キエフの逃亡者

■ショートシナリオ


担当:深白流乃

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月16日〜10月19日

リプレイ公開日:2006年10月25日

●オープニング

『おいしー!』
「並んだ甲斐は」
「あったよね〜」
 キエフの街道、そこを一組の双子の少女達が並んで歩いていた。顔も体型も見分けが付かないくらいにそっくりで、服装や髪型まで同じにしているために本当に区別がつけられない。どっちがどっちなのか理解しているのは本人達だけではなかろうか‥‥という程である。
『お姉ちゃんの分も買って来てあげればよかったー♪』
 声をきれいに重ねてしゃべっている二人が手に持っているのは、この地では定番メニューのピロシキ。それをまったく同じタイミング、動作で双子が口にする。街道を歩きながら、なためお世辞にもお行儀が良いとはいえないが。
 二人の言葉に嘘は無かったのだろう、双子はおいしそうにパクパクとピロシキを平らげていく。そして最後の一口を口に入れようとした時、それは起こった。
「とう」
 妙に間の抜けたわざとらしい掛け声と共に、肩を並べていた双子の間に二本の腕が割り込んできた。
『はぁぇ?』
 少し大きめな最後の欠片を口に放り込むために大きく口を開けていた双子が、口を開いたままな所為でうまく発音できないのか妙な声を上げる。
 と、その妙な声を上げている間に割り込んできた腕は双子の手を同時にポンと軽く叩いた。突然の事に反応できない双子の手から‥‥ピロシキの最後の欠片がポロリと地面に落ちる。
『あっ』
 双子の目が地面に落ちたピロシキに向けられる。‥‥さすがにもう食べられないだろう。
「やぁ、ミィにクゥ、こんな所で何をしているんだい?」
 双子の間に割り込みピロシキを叩き落した人物がフレンドリーに話しかけてきた。
『さ、最後の一口だったのにぃーー!!』
 一声叫ぶとキッとその人物を同時に睨みつける双子。少し涙ぐんでいる‥‥そんなにおいしかったのだろうか?
「おや、それ、落としてしまったのかい? 食べ歩きなんてしているからさ〜」
 「はっはっはっ」と笑い声を付け加えて‥‥その人物は双子と大して年齢の変わらないような、ちょっとキザっぽい雰囲気の少年だった。
「あんたが手を叩いて!」
「落としたんでしょう!」
「う〜ん、そうだったかなぁ」などとわざとらしくとぼける少年。
「いつもいつもいつも」
「邪魔ばっかしてー!」
 双子達の怒りは最大限らしく、殺気を放つ二人に周囲から人が離れていく。
「まぁまぁ、ミィ、なんなら僕が新しいのを買ってあげようじゃないか」
 と、双子の片方に視線を向け微笑む少年。
「そういう問題じゃないでしょー!!」
 視線を向けられた方の双子が言葉を返す。
「そうかい? じゃあクゥにミィの分も合わせて二つ買ってあげよう」
 今度は視線を反対の双子の一方に向け少年。
「あんたの買った物なんていらない!!」
 今度も視線を向けられた方の双子が言葉を返す。
 『ミィ』『クゥ』というのが双子の名を指しているのは理解できるのだが‥‥この少年、相違点を見つける事も難しいほど似た双子の少女達の見分けが付いているらしい?
「今日という今日は」
「許さないんだから」
『今日は家に帰さないからね!』
 ビシッと同時に指を突きつける。
「それはそれで良いんだけど‥‥」
 むしろその方が良いとばかりに言葉を返すが、
「今日のところは逃げさせてもらうよー♪」
 何か思惑があるのかあっさり双子に背を見せ逃げ出す少年。
「あっちょっと!」
「待ちなさーい!」
 慌てて双子が追いかけるも、少年の背は見る見る小さくなっていき、角を曲がった所であっさりと見失ってしまう。
『どこに行った‥‥?』
 少年を探してきょろきょろと辺りを見回す双子。完全に見失いどうしたものかと考えているところで、とある建物が視界に入った。
『そうだ!』
 互いに顔を見合わせ笑みを浮かべると、急ぎその建物へと滑り込む。
『すいませーん!!』
 建物の扉を開くや声を張り上げる双子に、そのとき冒険者ギルドにあった全ての視線が集まった。

●今回の参加者

 eb0311 マクシミリアン・リーマス(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5634 磧 箭(29歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb7838 クロイツ・エクスパンド(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7890 レイム・デューカ(27歳・♂・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7953 シュン・フレスヴェル(22歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

「髪は黒くて、あんまり長くはないよー」
「背は私達よりちょっと高いくらいだね」
 急な依頼にもかかわらず、依頼を引き受けてもらえた双子は依頼を引き受けた冒険者達に少年の外見を説明していた。
 双子の説明は分りやすいとは言い難かったが、それでもその特徴をしっかりと頭の中に刻む冒険者達。
『名前はね〜‥‥シエレ。シエレ・アリレン!』
 そして最後に双子が揃ってその少年の名前を告げると、本格的な捜索がスタートした。
 
 冒険者達の初動作は迅速であった。
「では行って来ます」
 ギルドの外に出るなり、物影で魔法を詠唱するマクシミリアン・リーマス(eb0311)は魔法によりその姿を巨大な鳥へと変化させると翼を羽ばたかせ空へと飛び立つ。
 鳥の姿を借りれば、その捜索範囲は一気に広がるだろう。
「どっちか俺と一緒に来てくれ」
 双子に同行を頼むレイム・デューカ(eb7890)に一度顔を見合わせると、
「じゃあ私が行くね!」
 と双子の一方が手を上げ、意外にあっさりどちらが着いて行くかが決まった。
「‥‥どっちだ?」
 決まったのはいいが、自己紹介されたときに名乗った『ミィシュ』と『クゥリュ』と言う名前、はっきり言って名前を紹介されても一瞬でも目を逸らせばどっちがどっちだか分らなくなる。
「クゥリュだよ」
 レイムの反応は二人には日常茶飯事なのだろう。そう訊かれるのが分っていたかのようにスムーズにそう言ってクゥリュはレイムと一言二言打ち合わせをすると街の人込みへと消えた。
 残ったのはミィシュと河童の磧箭(eb5634)の二人。
「Missミィシュ、ミーがユーを肩車す‥‥」
 「肩車するから高い位置から少年を探すで御座る」と続けようとした磧の言葉は最後まで言い切る事無く止まった。
 磧の目線はミィシュのスカート。ミィシュに良く似合ってはいるが、今は似合っているかどうかはひとまず置いておくとして、そのスカートは割合短い部類に入るものだった。
「なんでもないで御座る。ミーはあっちを探すで御座るから、ユーは反対の方を探すで御座るよ」
 丈の短いスカート姿の女子を肩車すると言うのは‥‥危険だ。この場合の危険と言うのは複数の意味を持つだろう。
「よーし! じゃあがんばって探してね!」
 磧に軽くプレッシャーを駆けるとミィシュも街へと走り去り、磧もミィシュとは反対方向へと消えていった。

「ふむ。依頼を引き受けた冒険者は三人か‥‥少々心許無いな。さて、どうしたものか‥‥」
 五人がギルドの前を散った後、難しい顔をしてゆっくりとその場へと歩いてきたのはまさに現在捜索中の少年、シエレだった。
「ミィとクゥ、クゥと一緒に行動している男に河童の者はともかく、問題はあれか」
 シエレが空を見上げると、そこには人とほとんど変わらない大きさの、街中で見かけるにはやや大きすぎる鳥。他にも同じように空を見上げ目でその巨大な鳥を追っている人がいて、それなりに注目を集めている。
「どうやって地上に引き摺り下ろすか‥‥」
 うつむいて考え込むシエレの顔は真剣そのものである。
「あれを使うか」
 やがてぱっと顔を上げると、通りの人込みの中を自然な動作で歩き出した。
 その方向は磧が向かっていった方角であり、大きな目印としてコロッセオが威風堂々と待ち構えている。

 シエレがコロッセオの近くまで歩いてくると、通りで自分の名を呼んで声をかけてまわっている磧を見つける事が出来た。
 ここまで歩いてくる間にも、視界の端で鳥へと変化したマクシミリアンの大体の位置は意識して把握してある。空にただ一匹飛び回っている巨大な鳥というのは、視界の端にでも入ればすぐに分ってしまうのだ。
 それでも常にマクシミリアンの位置を気にしていなければならないシエレは、行動に大きく制限がついている事だろう。
「よう、シエレ!」
 誰へ言うわけでもなく、人波に向かってフレンドリーな口調で声を上げる磧。今のところこれで振り向いたり何か反応を示したりした人物は居らず、磧の地道な作業は続いている。
 その磧を視界に捕らえつつ、シエレはゆっくりと近づいていく。そして磧を追い抜き‥‥数歩進んだところで再び磧の声が響いた。
「シエレで御座らぬか!」
 その言葉に、なんと本物のシエレはゆっくりと振り返った。
「おや? なんだい? 僕に河童の知り合いはいなかったはずだけど」
 やんわりと‥‥どこか含みのある微笑を浮かべてシエレが立ち止まる。
「ユーがシエレ殿で御座るか‥‥?」
 磧が確認を取る。髪は黒で短く切りそろえており、背は双子より少し高め。双子に聞かされた特徴と食い違う箇所は無い。
「僕の名前の事を言っているんだったら、確かに僕の名前はシエレだね」
 「でも僕は君に見覚えは無いな」そう続けて表情を変える事無く軽く肩をすくめる。
「そうで御座るか。ではミィシェとクゥリュという名前に覚えが――」
「あぁ!! シエレ見つけた!!」
 磧がさらに問い詰めようとすると、突然後から大きな声が聞こえた。磧も思わずそちらへ振り返り目をやる。
 そこには双子の一人――ミィシェかクゥリュなのかは分らない――が磧のいる方を指差していた。
「まてー! 逃げるな!!」
 その言葉の意味を一瞬の間をおいて理解し‥‥磧が振り返るとシエレの背は遠く離れ、人込みの中へと消えようとしているところだった。
「待つで御座る‥‥!」
 慌てて磧もシエレを追いかける。
「早く! こっち!」
「待て! 連絡はテレパシーで行えと何度も言って‥‥マテマテ! そっちはダメだ!!」
 一度裏路地へと消えた双子が手を引っ張って連れ出してきたのはレイムだった。この時点でようやくその場にいる女子がクゥリュであると知れる。
 レイムは慌てた様子でクゥリュの手を振り解こうとする。しかしクゥリュはレイムを日当たりのいい大きな通りへと強引に連れ出すと、変化はそのときに起こった。
「あれ?」
 クゥリュがただならぬ気配にレイムへと視線を移す。レイムはうつむいて‥‥髪がゆっくりと逆立っていた。面を上げてクゥリュを睨みつけるその瞳は赤く変色している。
「えーと‥‥」
 レイムに何が起こったのかはすぐに理解した。理解はしたが、どう反応したら良いものかと思考停止気味のクゥリュが反応を起こすよりも先に、レイムが口を開いた。
「おいおい嬢ちゃんよぉ? おれぁマテっつっただろぉ、ぁあん? テメーどーするツモリヨ?」
 いきなりガラの悪すぎる口調でクゥリュに絡み始めるレイム。ついでに顔を斜めに傾けあごを引いて上目遣いでにらみつけると懐からダガーまで取り出し始めた。
「だいだいよぉ、依頼主だからってチョーシ乗ってんじゃねぇぞコラ。人の話は最後まで聞けって教わらなかったか? ぇえ?」
「あー‥‥えー‥‥」
 ダガーを手で弄びながらじりじりとクゥリュに絡み続ける。クゥリュもこの地で生まれ育ったからには狂化したハーフエルフを見るのは初めてではなかったが、レイムの狂化の仕方はちょっと斜め上を行っていて対応に困る。
「オレが社会ってモンをやさぁーしく教えてやっからよぉ、嬢ちゃんちぃーと面貸せや」
 レイムが顎で薄暗い路地を指す。その辺りで、クゥリュの停滞気味だった思考が普通程度に動き始めた。そこで真っ先に考えた事は「シエレが逃げちゃう」だった。速やかにこの場をどうにかし、シエレを追わなければならない。そこまで考えがおよぶとクゥリュの行動はとても素早かった。
「とうっ」
「ガハァ!?」
 一片の躊躇も無くレイムの顎を蹴り上げる。レイムとクゥリュには結構な身長差があったが、レイムは顔を突き合せるように前屈みでクゥリュを睨みつけていたためクゥリュの足でもきれいにレイムの顎を捕らえる事が出来た。
「て、てめぇこのアマ何しやがブッ!」
 クゥリュの蹴りによって仰向けに地面に叩きつけられたレイムの腹部に、今度はクゥリュの迷い無く振り下ろされた踵が鈍い音を響かせてめり込む。
「さ、シエレを追わなきゃ!」
 何事も無かったかのようにシエレを追ってその場を走り去るクゥリュ。
「まち‥‥や‥が‥‥‥れ‥‥」
 残る力を振り絞り、這いずってクゥリュを追おうとその背に腕を伸ばすレイムたが、残念ながら彼の力はそこまでだった。全身の力が抜け、伸ばした腕がパタリと地面に落ちると同時にレイムの意識は消え去った。

 さて、クゥリュがレイムを沈めている間も逃走劇は続いている。
「磧さん!」
 マクシミリアンの後ろからの声に、呼ばれた磧が足を止めた。
「シエレ殿はこの中で御座る」
「はい、空から入るところを見ていました」
 二人が立っているのはコロッセオの出入り口の前。街中でも割合見つけやすい磧の動きを見て状況を捉えたマクシミリアンは空からシエレを追い、コロッセオにシエレが入るのを確認すると地上に降りて魔法の変化を解いた。器用に服を着た姿になっている。コロッセオの中は空からは窺えない。そして今磧に追いついたところである。
「シエレはー!?」
 二人が言葉を交わしている間にクゥリュも後から追いつく。
「この中です」
 マクシミリアンが目でコロッセオを指す。
「ところでレイム殿はどうしたで御座るか?」
 一緒に行動しているはずの姿の見えない仲間の所在を尋ねるが、
「ヴィクトリー!」
『は?』
 にこやかにVサインをするクゥリュに二人は意味が分らず、同時に戸惑いの声を上げるととりあえずその件は置いておく事にした。
「では中で三方に分かれて挟み込みましょう」
「拙者は右回りで行くで御座るよ」
「なら僕は左で」
 最後に一番体力の無いクゥリュが一番距離の短い真正面を突っ切ることを決め、三人はコロッセオの中へ突入した。

「なかなか順調だな」
 後にマクシミリアンと磧、そしてクゥリュの「まてー!」だの「逃げるなー!」だの「ろくでなしー!」だの「かいしょうなしー!」だのといった叫びを聞きつつ、シエレが今いるのは追っ手三人が入ってきた出入り口とは正反対の出入り口である。
「後は‥‥」
 外に出ようとして、シエレの足がぱたりと止まる。
「あ、シエレ見つけたー!!」
「う〜ん、これは予定外だったなぁ‥‥」 
 微笑を浮かべぽりぽりと頬をかく。外に出ようとして出くわしたのは、たまたまその場所にやって来ていたミィシェだった。
「もう逃げられないですよ」
「大人しくお縄につくで御座る」
 そして後の三人も追いつき、シエレの退路は完全に断たれる。
『ふっふっふっ‥‥』
「逝く覚悟はぁ」
「出来てるわね」
 前後から不敵な笑みを浮かべて双子がシエレににじみ寄る。
 シエレは微笑んだまま肩をすくめるだけ。そして双子によるシエレぼこ殴り大会が華やかに開催されたのであった。

「どうやら‥‥捕まえられたよう‥‥だな」
 あっけに取られ呆然と大会の様子を眺めていた磧とマクシミリアンに『そろそろ止めないとまずいだろうか‥‥』という考えが浮かび始めたところで、ふらふらとやって来たのは行方不明中のレイムだった。
「大丈夫ですか‥‥」
「何かあったで御座るか?」
 ふらふらのレイムの様子に二人が気遣いの言葉を向ける。
「‥‥‥」
 その言葉には黙して答えず、容赦なくシエレを殴る蹴るしている双子を見てレイムはクゥリュの蹴りが見事だった訳を悟り、妙な納得をするのだった。
 そうこうしている間に双子は満足したのかようやくその拳を止める。
『あ〜すっきりした!』
 本当に晴れやかな笑顔でそう宣言する。
「それじゃ私たち帰るからねシエレ」
「あ、お兄さんたちもありがとう!」
 なんだかついでと言った感じで冒険者達に礼を告げると、双子は本当にあっさりと帰っていった。
『‥‥』
 残されたのは三人の冒険者と地に伏す無残な姿の少年。
「とりあえず、生きてますか?」
 マクシミリアンがシエレの横に膝を付き、生死を確認する。
「はっはっはっ、これくらいで死にはしないさ。慣れているからね」
 声だけはさわやかだが、口以外はまったく動かない。痙攣している部位はあるが。
「えー余計なお世話かもしれませんが、意地悪は止めて、気になるなら気になるで素直に伝えたらどうですか? 女の子は優しくて頼りになる人が好きなんですから」
「ふっ、若いね、君は‥‥」
 相変わらず口以外はぴくりとも動かない状態でシエレが笑う。ちなみにマクシミリアンとシエレは外見から判断するに、互いに『若い』という言葉を使うほど年が離れているわけではないだろう。
「好みと合わなければ嫌いというほど人の心は単純ではないし、その逆もまた同様なのさ」
 と言った事を悠長に話すシエレだが、どう見ても悠長に話をしている状態ではない。このまま放って置いたら普通に逝ってしまいそうな感じだ。
「それに、もし君の言った通りにして幸せな恋人同士というものになるとして‥‥」
「として‥‥?」
「それではミィとクゥに殴り蹴るされるという僕の至福の時間が減ってしまうじゃないか」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

 その後、冒険者の三人は何のためらいもなくシエレをその場に放置し、ギルドへ依頼終了の報告をしに戻ったのだった。