安眠を得るために

■ショートシナリオ


担当:深白流乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 63 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月16日〜01月23日

リプレイ公開日:2007年01月24日

●オープニング

 キエフの端にある、小さな一軒の宿。そこに、一人の男が宿泊していた。時は真夜中。狭い宿の一室で、男は寒さに体を丸めながら眠っていた。
 宿は木造の質素な造りで、男が宿泊している部屋も余計な物は何一つ置かれておらず、あるのはベッドと小さなテーブルだけだ。安いという以外、何も特色もない安宿である。
 そんな宿だからか、自分の眠っている部屋でカタカタと小さい物音が鳴っても男は隙間風でも吹き込んでいるのだろうと思い気にはしなかった。眠っているとはいえ、小さな物音にも反応して起きてしまうのは冒険者としての男の性である。
 物音に目覚め、また眠りなおす。そんな事を三度ほど繰り返した後だった。
「何だ!?」
 激しくガタガタと揺れるベッドに男が飛び起きた。
「地震‥‥?」
 呆然とベッドの傍らに立ち、ベッドを見下ろす。しかしベッドは静かにそこにあるだけだ。ただでさえ物音で眠れない夜、男は深くは考えずにもう一度ベッドへ横になる。ベッドに横になり一息ついたところで、またガタガタと激しくベッドが揺れ出した。再び男がベッドから飛び起きる。
 今度は男がベッドから離れてもガタガタと揺れ続けるベッド、やはり地震‥‥という考えが頭をよぎるが、すぐにそれは否定される。目の前ではいぜんとしてベッドがガタガタ揺れているが、そのベッドが置かれている床は全く揺れていなかったのだ‥‥。

「どういう事なんだ!」
 男は上着を羽織ると真夜中にもかかわらず宿のカウンターに怒鳴り込んで来る。幸い、カウンターには明かりを灯して机仕事をしていた女将がまだ残っていた。
「あらお客さん、こんな夜更けに‥‥」
 気の立っている男とは逆に、女将の対応は落ち着いたものである。
「俺の部屋のベッドの事だ!」
 もう一度怒鳴り散らすと、男は今さっきの出来事を女将にそのまま伝える。
「はぁ‥‥それは‥‥」
 男の話を聞いた女将はあいまいな表情で言葉を濁すだけ、その様子に男がもう一度息を吸い込んだ時、二人の後ろから小さな声がかかった。
「どーしたのお母さん‥‥。またぽるたーがいすとの苦情ぉ‥‥?」
「まあダメよ、今日も冷えるから部屋に戻って寝なさい」
 まぶたを手でこすりながらとぼとぼと歩いてきた幼い少女。その自分の娘を女将はやんわりと注意するのだが、少女の言葉の中には男の無視できない単語が混ざっていたわけで、
「ポルターガイスト‥‥?」
「だいじょーぶだよお客さん。慣れればあのがたがたーって揺れるのが心地良くなってくるから‥‥」
 そんなセリフを残して、少女がとぼとぼと自分の部屋へと帰っていく。その様子を女将と男が見送った後、
「‥‥だ、そうですよ?」
「一晩で慣れるか!」
 女将の言葉に同意はしかねる男だった。


「とまあ、そんな事がありまして‥‥」
 一週間後、女将は冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「(というか、一週間もそのまま放置してたんだ‥‥)」
 その女将の話を聞いているギルド職員の心内はさておき、
「ええ、それで、どうにかしていただけないかと」
 宿屋に住み着いたポルターガイスト、依頼内容はそれを宿から追い出すことである。
「お仕事中は、二人部屋を一つと三人部屋を一つ、空けておきますので」
 ポルターガイストが現れるのはほとんどが夜、となれば宿に宿泊する必要も出てくるだろう事から女将の配慮である。
「依頼料はそんなに出せないのですけれど、よろしくお願いしますね」
 その言葉は社交辞令でなく、そのままその通りの意味だったが、なんとか女将の提示した条件の範囲で依頼書を作成するギルド職員だった。

●今回の参加者

 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb9900 シャルロッテ・フリートハイム(26歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb9928 ステラ・シンクレア(24歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ec0302 クレリア・マイルス(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

「こんな貧相でボロボロの貧乏宿に取り付くなんて許せない! 女将さん達はここのわずかな収入で食べているのよ!」
 一同が宿の建物に入り、入り口から中を見渡し、最初の発言はアクエリア・ルティス(eb7789)、通称アクア嬢の関係者の心をぐりぐり抉るような言葉であった。
「食事くらいは自分達で用意した方が良いだろうか‥‥」
 アクアに続き、思ったよりも危なげな宿のたたずまいに、シャルロッテ・フリートハイム(eb9900)が宿の経済状況を想像し、そう呟く。
「あらあら皆さん、いらっしゃいませ」
 入り口で固まっている冒険者達を見つけて向かって来るのは依頼主である宿の女将である。先ほどのアクアの発言も聞こえているはずなのだが。
「初めまして女将さん。よろしくお願いします」
 その女将にシフールのステラ・シンクレア(eb9928)が女将の視線の高さで挨拶。
「さっそくだが女将、いろいろと尋ねたい事があるのだが」
 一歩前に出て、事前に考えておいた疑問をいくつか女将へと投げかけるマクシーム・ボスホロフ(eb7876)。
「‥‥そうですね、特に取り憑かれるような心当たりはありません」
「そうか。ポルターガイストが騒ぐ部屋はいつも同じなのか?」
「いえ、時によってばらばらです」
 マクシームの質問に順番に答える女将だが、その質問の答えに付け加え、
「あ、でも、出てくるのは夜だけですね」
 外れとはいえ宿があるのはキエフの町の中、移動時間はほとんどかからず、到着したての今の時間は昼である。
「アンデットの類なら、そうなるか」
「室内を一通り回ったら部屋で寝て待つか。休めるときに休む事も必要だろう」
 シャルロッテの言葉にうなずきながらレイア・アローネ(eb8106)が案を出す。
「そうね! とても狭い宿だし、回るのもすぐ済みそうだわ」
 再び女将の心を刺すような発言をさらりと言ってのけるのはアクアだが、本人に特に悪気はない‥‥らしい。
「‥‥、ではご案内しますね」
 プロなのか慣れなのか、一瞬の間はあったもののアクアのセリフは聞き流し、冒険者を案内する女将。案の定、案内は短時間で終わり、空けてもらっていた部屋に分かれて一同は休む事になった。
 部屋割りは女性四人が二人二人に分かれ、「これだけボロボロだと、部屋の中も廊下もほとんど変わらないわよ!」との女将の目の前で行われたアクアの励ましの元、マクシームは廊下で‥‥と言う話にもなったが、幸い体の小さなシフールのステラが居たため、三人部屋に女性四人、二人部屋にマクシーム、と言う事に落ち着いた。

 そして二日後の朝‥‥いや、昼。起き抜けに遅めの朝食だか早めの昼食だかの食事を取る一同だったが、
「なかなか現れないものだな」
「二、三日おきに出てきてましたから、今晩くらいにはきっと出ますよ」
 レイアの言葉に、食事の皿を持った女将。今のところ、ポルターガイストは出ていない。
「冒険者をやっていると、あんな硬いベッドで寝るのも慣れたわ」
 そう女将に言いながら食事を取るのはアクア、相変わらず本人に悪気はないようだが。
「一通り見てきたが、やはり今晩も出てきていないようだ」
 遅れてテーブルに現れたマクシーム。テーブルに着くとマクシームの分の料理を取りに女将が下がる。
「じっくり待つしかないだろう」
 食事を終えたシャルロッテが部屋に戻ろうと立ち上がると、食事を終えた者からぱらぱらと部屋に戻るのだった。

 そしてその夜‥‥

―――ガタガタ
「!?」
 女性陣の泊まっている三人部屋、そこに並んでいる一つのベッドがわずかに揺れた。
「出たぞ‥‥!」
 そのベッドで休んでいたレイアが静かにベッドから下り、夜であるため若干声を殺して他の女性陣に知らせる。
「ついに出たわね!」
「マクシームさんを呼んで来ますっ」
 シャルロッテ、アクアも休んでいたベッドから下りて戦闘態勢を取り、ステラがその狭い部屋の合間を縫って廊下へと出る。
「出現と共に起こしてくれる‥‥親切な敵だな」
「まずはこちらから仕掛ける」
 魔力を持つ剣を頭上に構え、シャルロッテがずぶりとベッドへ剣を突き立てた。
「効いているのかしら?」
 ベッドは剣を付き立てられた状態のまま、変わらずガタガタと揺れている。一見して、ダメージがあるのかは分りにくい。
「‥‥揺れが収まってきたな」
 じょじょに揺れが小さくなり、やがて動かなくなる‥‥と同時、部屋の隅で、『ガチャッ』と重い音が鳴った。
 音の方を見ると、まとめて置いてあった自分達のバックパックが倒れ、中身がばら撒かれている。
「荷物が倒れただけね‥‥」
 そう安堵するのもつかの間、ばら撒かれた荷物‥‥その中の予備の剣といった類の物がいくつもふわりと宙に浮き、空中で静止すると切っ先が冒険者の方へと向けられる。
「まずい‥‥!」
 容易に想像できる次の展開に、三人が慌てて防御体制を取る。その瞬間、
「ええい!」
 自分達に向かって飛び掛かる複数の剣をアクアは両手に持ったダガーで、レイアは鞭で、シャルロッテはベッドから引き抜いた剣で、それぞれ弾いて防御する。
「ふぅ‥‥あ、危ないわね」
 何とか全ての剣を叩き落し、地面に落ちた剣を同じ手を食わないように足で踏みつける。
「スピードが遅かったのが助かったか」
 もしもう少しでも飛来する速度が速ければ、防御しきれずに自らの剣で自分の身体を貫かれていたかもしれない。
「すまない、遅れた」
 部屋の扉から、レイピアを持ったマクシームと呼びに行っていたステラが顔を出す。狭い部屋に四人も五人も入っては動き難くなるため、立っているのは廊下だ。
「状況は‥‥?」
 マクシームが部屋を見渡し尋ねるが、
「見失った‥‥か?」
 元から部屋にいた三人が部屋を見渡す。
「いえ、またベッドが動いてるわ!」
 アクアがベッドを指差すと、皆の視線がベッドへ集中する。最初に比べればわずかだが、確かにベッドがかすかに動いている。
「これを!」
 マクシームが廊下からアンデットに効果のある聖水を投げて渡すと、受け取ったレイアがその聖水をベッドへと降り掛ける。
 するとベッドは、今度は最初以上にガタガタと激しく動き出した、
「効果はあったみたいですね」
 ポルターガイストが部屋の外に出ないよう廊下から見張っているステラが部屋を覗き込み、
「出てきたぞ、これが本体か‥‥?」
 もやもやとベッドから立ち上がる白いもや。
「ここまで来れば後は楽ね」
「ああ、本体が見えれば戦いやすい」
 レイア、シャルロッテ、アクアの三人がベッドを‥‥ポルターガイストの本体を取り囲む。三人が手にするのは、どれも魔法効果のある武器だ。
 その後はアクアの言葉通り楽に終わる事となった。本体の耐久力はさほど高いものではなかったらしく、三人で数回殴るとポルターガイストは散り散りになり、最後に残った小さな本体は逃げようとしたが、廊下で待ち構えていたマクシームにトドメを刺され消え失せた。

「もう安心のようだな」
 ポルターガイストは退治した‥‥と思われるが、なにぶん攻撃しても本体を素通りして手応えがない上に、死体も残らない。念の為に余った残りの日数も宿に滞在する事にしたが、何も問題は起こらなかった。
「皆さんありがとう御座いました」
 冒険者を見送りに来た宿の女将が、深々と頭を下げる。
「あまり宿を傷つけずに退治出来てよかったわ! これ以上ボロボロになったら大変だものね」
 最後まで一言多いアクアだったが、女将ももう慣れたらしくあいまいに笑うだけである。
 結局、傷らしい傷と言えばシャルロッテが貫いたベッドの細い穴くらいだが、特に何か修理がされた訳ではなく、ベッドは穴が空いたまま普通に使用されている。
「それでは、失礼します」
「はい、皆さん今度は普通のお客さんとして、ぜひお越しくださいね」
 ステラの最後の挨拶を受け皆を送り出す女将のその言葉に、今度は冒険者達があいまいに笑うだけであった‥‥‥。