失われしモノ

■ショートシナリオ


担当:深白流乃

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月16日〜06月21日

リプレイ公開日:2007年06月24日

●オープニング

 キエフの端にある、小さな一軒の宿。そこに、一人の男が宿泊していた。
 夜の暗闇の中で見ても分かるほどに宿は古く、木造の質素な作り‥‥言ってしまえば、安いだけが売りのボロ宿である。その男が宿泊している部屋も、あるのはベッドと小さなテーブルが一つだけ。
 男は隙間風で窓がカタカタと鳴る中、ベッドで眠っている。ベッドの脇にある使い古したバックパックからその男が冒険者である事が伺え、このキエフにありながらこんな宿に宿泊している辺り、一箇所に留まるタイプの冒険者ではないのだろう。そのためか、さほど裕福な様子も伺えず、この宿を選んだのもその安さゆだろう。
 普段野宿が多いのだろうか、大して寝心地もよろしくないベッドの上ですやすやと眠る男。
 そして‥‥その男が眠る部屋に忍び込む影一つ。

 翌朝、異変に気がついた男は宿の女将の元へと足を運んでいた。
「すまない、俺の剣を見なかっただろうか?」
 朝、起きると自分の剣が見当たらない。部屋の壁に立て掛けていたはずだが‥‥宿のどこかに置き忘れたのだろう。宿に着いたときには確かに有ったのだから。そう考え、宿の女将に先ほどの質問を問いかけるにいたったのだが、
「さあ、見かけませんでしたけれど‥‥」
 言ってニッコリ微笑む女将。その笑顔が‥‥作ったような完璧な笑顔。けれど営業スマイルとも微妙に違う。
「‥‥ポルターガイストはいなくなったんだよな?」
「ええ、それはもう」
 変わらない笑顔で男の問いに答える女将。
 実はこの宿には‥‥一時期ポルターガイストが取り付いていた。夜中にガタガタとベッドを揺らすので泊まった客は安眠できず、営業妨害も良いところだったのだが、それは断腸の思いで冒険者ギルドに退治の依頼を出し(この宿の売り上げで依頼料を払うのはそれなりに厳しいのである)無事に退治された。
 この男も、ポルターガイストが取り付いていたときに宿泊し、迷惑をこうむった客の一人であった。
「まあ、ポルターガイストと物が無くなるのは関係が‥‥」
「お母さんおはよう、それじゃあいってくるね!」
 男と女将の会話に割って入ったのは一人の女の子。どこか遊びにでも行くのだろう。
「はい、気をつけて行って来るんですよ」
「は〜い」
 女将はその女の子を、先ほどまでの笑顔とは違う、母親の顔でやさしく見送る。
「あ、お譲ちゃん、一つ良いかな?」
「なにー?」
 出かけようというところの女の子を男が後ろから引き止める。
「宿の中で剣を見なかったかい? 俺の剣なんだが、朝から見当たらなくてね」
「ああ、また出た?」
「『また』『出た』?」
 気になる単語に、男はギギギと首を女将へと向ける。
「さいきんね、よくお客さんの物がなくなるの」
 と、女の子は続ける。
「このまえ泊まっていったお客さんは、グレムリンなんじゃないかーって言ってた」
 さらに続ける女の子。男の女将に向ける視線がだんだんと険しい物になる。
「あ、もういい? そろそろいかないと」
「あ、ああ、ありがとう‥‥」
 男が礼を言うと女の子は外へと出て行った。そして流れる、気まずい沈黙。
『‥‥‥‥』
「まあ、剣の一本くらい」
「あの剣を金に変えればこの宿に軽く一月は泊まっていられるっ!」
 女将の言葉は男の感情を逆なでするだけであり、そろそろ潮時かな‥‥などと考えながら、女将は再び断腸の思いで冒険者ギルドへと依頼を出すのであった。

●今回の参加者

 eb8120 マイア・アルバトフ(32歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 eb9900 シャルロッテ・フリートハイム(26歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec2055 イオタ・ファーレンハイト(33歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 ec2700 フローネ・ラングフォード(21歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ec2843 ゼロス・フェンウィック(33歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec3079 シオン・セイファート(23歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec3084 一刀斎 村正(62歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クロエ・アズナヴール(eb9405

●リプレイ本文


「ふぅ‥‥本当にボロボロの宿ね」
 依頼人の宿に着いたマイア・アルバトフ(eb8120)の第一声、それは、その宿を訪れる者のほとんどの人間が思う内容と同じ物であった。
「数日過ごせば慣れる‥‥しかし次から次へと難儀な事だな」
 実際にこの宿に宿泊した事のあるシャルロッテ・フリートハイム(eb9900)、住めば都、人は慣れるものである。
「次から次へ‥‥ですか、それはさぞお困りでしょう」
 シャルロッテの言葉を聞いて、困った人は見過ごせない、とフローネ・ラングフォード(ec2700)。女性三名で立ち話をしていると、奥から声が聞こえてくる。
「え、そ、そうなんですか?」
「はい、グレムリンに剣を持っていかれたお客さんはもうとっくに出て行かれましたよ」
 声の主はシオン・セイファート(ec3079)と宿屋の女将。
「よく来られるお客さんですけれど、いつも一晩二晩しかお泊りになりませんし‥‥それに、今回はグレムリンが出ると聞いてすぐ出て行かれました」
 シオンは被害者の一人である宿泊客の男に話を聞きたかったらしいが、その男はもうとっくに宿を出て行ったらしい。いや、グレムリンが出ると知って泊まり続ける者の方が稀であろう‥‥。
「おお、これで全員揃っただろうか?」
 奥の部屋から現れたイオタ・ファーレンハイト(ec2055)が集まった面々を見回す。今回の依頼はキエフにある宿が舞台という事で、冒険者達はそれぞれがこの宿に直接現地集合である。イオタは先に到着していたらしい。
『全員‥‥?』
 若干人数の合わないメンバーに、何人かの言葉が重なった。
「ああ一人は宿に来てすぐに女将と少し話をすると外へ出て行ったぞ」
 足りない一人、ゼロス・フェンウィック(ec2843)の様子をイオタが口にする。
「まったく、仕事を放ってどこに行ったんだか‥‥」
 それを聞いてシャルロッテが呟くと、その隣でマイヤも呆れたような表情を浮かべる。
「まあいない人の事はいいわ、女将さん、提供してもらえる分だけじゃ足りないと思うから、もう一部屋用意して貰いたいんだけれど‥‥部屋は空いているかしら?」
「ええ、こんな状況ですから、部屋は空いています」
 マイヤが女将に尋ねると、女将は微笑を浮かべながらその問いに答える。
「笑いながら答える事ではないような‥‥」
「というより、現在俺達以外に宿泊客はいないな」
 女将の様子にフローネが心配そうに呟き、イオタが厳しい現状を説明。
 そして女将と一言二言、部屋の事で話をすると今着いたばかりの女性三名はそれぞれの荷物を手に取る。いや、正確には手に取ろうとして、揃ってピタリと動きが止まる。
 視線の先にはマイヤが持ち込んだ荷物‥‥の、それに群がる三つの『丸っこい毛むくじゃらの生き物』。
「え、えーと‥‥」
「??? 皆さん、どうかされましたか?」
 誰ともなく口に出た戸惑いの言葉に、女将は不思議そうに冒険者達を見ている。
 その三つの毛玉に手足の生えたような生き物は、マイヤが持ち込んだ発泡酒をグビグビと、とても幸せそうに飲み下していた。それなりの数を用意していたのだが、もう半分ほどは消費されておりすっかり出来上がって(?)いる。楽しげに人には理解できない言葉で騒いでいる三匹だが、突然その内の一匹がテンションを落とすとヒックヒックと肩を震わせると、隣のもう一匹がそれの肩をやさしく叩いて慰める。‥‥彼らの世界にも、いろいろあるのだろう。その様子を見ていた一匹が静まる場を盛り上げるように叫び声を上げると、また再び三匹は楽しげに発泡酒を飲み始めた。
『‥‥‥‥』
「い、いつの間に!?」
「はい? 先ほどからいましたけれど‥‥」 
 しばしの間を置いてシャルロッテが我に返ると、横から女将が冷静に。
「気づいていたならどうして教えてくれなかったんですか!?」
 シオンがつっこむが、女将は首を傾げてまだ状況が良く分かっていない様子。
「ですから、グレムリンに気がついていたのなら、もっと早くに‥‥」
 フローネがそこまで言って、女将はようやくそれがグレムリンと理解できたようで、
「あぁ、私、てっきりどなたかのお連れになったペットなんだとばかり」
 「最近は見たこともない不思議なペットをお連れになる冒険者さんが珍しくないものですから‥‥」しみじみと呟く女将。冒険者を相手に商売をするのも、大変なのだ。
「いや、まて、とりあえずそんな事はどうでも良い」
 そんな宿屋の苦労事情をイオタがあっさりと脇に退け、
「そ、そうですね」
 皆でうなずくと今だ酒盛り中のグレムリンをぐるりと包囲する。
「ふふ、ふふふふふ‥‥デビルなんてみんな滅せば良いのよ」
「マ、マイヤさん?」
 グレムリンに暗い言葉を送るマイヤに周りがちょっぴり引き、グレムリンも自分達に向けられた殺気にビクンと身体を震わせると、そこでようやく自分達の置かれた状況が見えてきたらしく、発泡酒を持ったままさっきまでとは違う意味で騒ぎ出す。 
「覚悟‥‥!」
 ナイフを構えたイオタと剣を持ったシャルロッテが踏み出すと同時、グレムリンが球状の結界で包まれた。それはホーリーフィールドに似ているが、表面は漆黒の炎をまとっている。
「何だ!?」
 その結界の中へと入った二人はその瞬間に軽い痛みを感じ、戸惑いに一瞬動きが止まってしまう。
「危ないっ」
 その一瞬にグレムリンの一匹がイオタへと飛び掛る。とっさにシオンが間に入り、マイヤがそのグレムリンへとホーリーの魔法を放つ。が、
「中まで届かない!?」
 ホーリーは漆黒の炎の結界に当たるとそのままグレムリンに効果を及ぼすことなく消滅してしまい、グレムリンは間に入ったシオンに絡みつくと、一声叫ぶ。すると、シオンの身体がみるみる小さくなっていき、シオンの身体はネズミの姿へと変化してしまった。
「ちっ!」
 シャルロッテがシオンの身体を変化させたグレムリンを横から剣で凪ぐと、グレムリンは簡単に跳ね飛ばされた。イオタも別のグレムリンに切りかかり、一匹にダメージを与える。あまり目にする事がないデビルの魔法に不意を突かれたが、グレムリンの戦闘能力はそう高くないらしい。
「やってくれたわね‥‥」
 マイヤも再び魔法を唱え、ホーリーでグレムリンを攻撃する。マイヤ自身も結界の中に入ってしまえば、魔法が結界に当たって消えてしまう事はないようだ。
「皆さんがんばってくださいっ」
 フローネはというと、ネズミになったシオンを掌に乗せ一歩下がって戦闘の様子を見守っていた。リカバーでの救護役だが、どうやらグレムリンは戦闘中にリカバーを必要とするような相手ではないらしく、皆に声援を送っている。
「追い詰めたぞ‥‥」
「さあ、セーラ様に謝りに逝って来なさい」
 そうこうしている間にもグレムリンを宿の隅へと追い詰めたシャルロッテ、イオタ、マイヤの三名。
 隅で縮こまって肩を寄せ合う三匹のグレムリン。互いに見合わせると、諦めたように肩を落とした。
「観念したようだな」
 その様子に一瞬気を抜いた三人、しかしその瞬間、グレムリン達が三人の横を走り抜ける‥‥!
「しまったっ!」
 三人は慌てて道を塞ごうとするが、毛むくじゃらで見た目の割りに身体の小さなグレムリンはそれをすり抜け逃げて行ってしまう。
 ‥‥振り返った時には、もうグレムリンの姿を見つける事は出来なかった。
「どっちへ行った?」
「外に出て行ったようです‥‥」
 離れて見ていたフローネへと尋ねる。返ってきた答えに、複雑な表情を浮かべる。
「逃がしたか」
 悔しそうに呟くシャルロッテ。
「油断したな」
 イオタの呟きの響きも同じである。
「まあまあ、あの様子ならもう懲りてここへは戻ってこないでしょうし、皆さんそんなお顔はなさらないでくださいな」
 十分に依頼の目的は果たした、と皆をねぎらう女将。
「セーラ様、申し訳ありません‥‥」
 そうは言うものの、やはりそう簡単には割り切れないもの。
 冒険者達は、心にしこりを残し、今回の仕事を終えたのだった。

 ちなみに、シオンの身体は一時間ほどで勝手に元に戻ったそうである。