●リプレイ本文
「レッディーース、エーーーンド、ジェントルメーーン!! この会場にお集まりいただきました大部分の淑女並びに紳士の方々、本日は当商会の開催いたしましたイベントに参加いただき‥‥(中略)‥‥それではっ、早速右端の方から自己紹介いってみましょうかぁ!!」
参加者の緊張をほぐそうとしているのか、空気が読めていないのか、司会を担当している男は誰よりも派手な衣装を身に纏い、必要以上に大きな声と派手なテンションを撒き散らす。突然指名された右端の男は、普段これだけの人の前で話すことに慣れていないのか、しどろもどろになりながらやれ年齢と恋人がいない年数が一緒だの、こう見えて優しさだけは誰にも負けないだのあらかじめ用意していた原稿を抑揚のない声‥‥つまるところ棒読みで話してみせる。
「あはは〜〜、大丈夫ですよ。そういう方はこの会場にたくっさんいらっしゃいますから〜〜」
やはり会場の空気が読めていないだけだったのか、司会の男は腕をブンブン振り回しながら大半の参加者にとって余りにも痛すぎるフォローにもなっていないフォローをしてみせる。‥‥そうなのだ、合コン(正確には商会主催による出会いを求めるための食事会)といっても、貴族の晩餐会にならそれに近いものがあるとしても一般人に限って言えばそんな風習は聞いたこともない。言ってしまえば『怪しさ万点』のパーティーに参加する者など、余程の物好きか暇人、あるいは‥‥‥‥何らかの問題があって出会いがなく、余程切羽詰っている人のどれかなのである。
したがって、参加者たちは(司会者ほどではないにしても)着慣れぬ派手な衣装を身に纏い、目を血走らせながら必死に自分の限られた長所をアピールしていた。
「‥‥アマナギ・ソウジ、覚える必要は‥‥‥‥無い」
そんな中、恋人(らしき人)もいるので別段目を血走らせる必要のない天那岐蒼司(ea0763)は、ぶっきらぼうというよりは近寄りがたい雰囲気すら漂わせながら自己紹介にもなっていない自己紹介をすると、第三者からの冷静な目でこの会場に蔓延している異様な熱気を感じ取った。
今のところは皆自らを紳士たろうと見せようと気を引き締めているからいいものの、この熱気の方向性が少しでも変わったなら重大な問題が発生しかねない。
「‥‥‥‥まあ、それでもモンスターに比べれば余程楽なんだろうがな」
彼は誰にも聞こえないようにポツリと呟くと、そのまま退屈そうに自己紹介へ耳を傾けた。
<自己紹介は終わり‥‥>
長いようで短かった自己紹介タイムも終了を迎え、会場には豪華な料理が次々と運ばれてくる。まだもうもうと立っている湯気と共に美味しそうな匂いを運んでくる。ふだんであればナイフとフォークを両手で掴み、野獣の如き速さで料理を次々と運んでいくところなのであるが、緊張のためか、それとも少なからず見栄を張っているせいか、積極的に料理を口へ運ぶものはいなかった。
「やあトア君。私は美しく舞い、夜空の星を愛でるジプシーのユエリー・ラウです。どうか以後お見知りおきを」
この食事会の目的は口へ物を運ぶことではなく口から数多くの言霊を出すことであると体現するようにユエリー・ラウ(ea1916)は同じ冒険者仲間のトア・ル(ea1923)に話し掛ける。
「あっ、どうもはじめましてユエリーさん。どう、パーティーは楽しめてる?」
「いえいえ、まだこれからですよ。貴女のように美しい人と話すことができてこそこの場も華やかになるというものですから」
トアは自分にかけられた声に、それまで親しげに話していた女性へ軽く会釈をして別れを告げると、ユエリーへと向き直る。二人は初対面ではなかったが、一応参加者としてこの会場へやってきている立場上、初対面を装わなければならなかった。
「どうですかトアさん、これから少し二人でテラスにでも出てみませんか? 貴女とならきっと楽しく占星術の話でもできると思うのですが」
「‥‥そうだねっ。それじゃあテラスにいってみようか。‥‥‥‥どうしたの? いくんじゃなかったの?」
「えっ、ええ。もちろんですとも」
まさかOKされるとは思っていなかったのか、ユエリーは多少驚いたような表情を見せながらもトアと二人で、今や即席カップルでごったがえすテラスへと移動していった。互いに笑顔を見せ合って楽しそうに歩く二人であったが、その姿をよしとしない影が一つ‥‥。
「クッ、また一人この会場の華が減ってしまったか‥‥おっと、そこにおられるお方。そんな出で立ちでは折角のダイヤの原石が台無しですよ。俺が貴女の本当の美しさを見せて差し上げましょう!」
この日のために(間に合いはしなかったが)宮廷絵師に肖像画まで頼んできたというヲーク・シン(ea5984)は、また女性がこの会場から一人減ったという事実に舌打ちをするのもそこそこに、視界を横切った女性に歯の浮くような台詞で声をかけ、どこからともなく一輪のバラと化粧道具を取り出す。‥‥彼は既にこのような行動を幾度となく繰り返していた。
正直、彼にこのパーティーの間の限られた時間を最大限に使って一人の女性を口説くという気があったのなら、彼も今ごろテラス組の仲間入りをしていたのであろうが、いかんせん手が早すぎ、そしてストライクゾーンが広すぎる。生物学的に『女』であればあとは何でもいいというのは、口説く側にとっては世の中さぞ百花繚乱に思えることかもしれないだろうが、口説かれるがわからしてみれば余り気分のいいことではなかった。
「いえ、結構です」
「おお、ではその理知的な瞳に、俺の愚かな行為はどのように映るのだろう?」
自らの誘いをあくまで淡々と、理知的に返してきた女性に対し、ヲークは何を思ったのか冒険で鍛えられたその両腕を大きく広げ、女性を抱きしめようとする。さらには身の危険を察知して振りかざされた平手を軽々と受け止めると、そのままじっと目の前の女性を見詰める。
「キャーーー!!」
三文映画であるのならこのような場面から芽生える恋もあるのだろうが、なかなかそんなにうまくはいなかいのが色恋沙汰というものである。余りにも典型的といえば典型的に女性の口から放たれた悲鳴に会場は俄かに騒がしくなり、まだ女性を押さえつけているヲークへ流星のような飛び蹴りが見舞われた。
「‥‥ったく、折角の高いワインと口説きかけてた女がてめぇのせいで台無しだ。いいか、女を落とすときには俺のようにもう少しスマー‥‥‥‥」
参加者の一山を振り分けて冒険者としての職務を遂行したルカ・レッドロウ(ea0127)は、自分が蹴り飛ばした相手がどこかで見たことがあるという事実に驚きを隠しえない。
「‥‥‥‥何してるんだ? こんなところで」
長い沈黙の後、ルカは搾り出すように声を発するのが精いっぱいであった。
<控え室付近>
『紅月旅団の美容師ニル・ルーネーメンダー』
パーティー会場に掲げられた看板の下にはこの会場の空気に乗り遅れた数多くの人々が行列をなしていた。
「うん。綺麗になったよ。いい人が見つかるといいね〜」
特技をいかしている内にいつの間にかスタッフの一員のような存在になってしまったニック・ウォルフ(ea2767)はイメージチェンジで乗り遅れの挽回を狙う女性の化粧を整えると、背中を優しく撫でてともすれば躊躇しがちな女性の心を奮わせる。
「はじめまして、マドモワゼル。俺ァ紅月旅団『ターゲスアンブルフ』が団長、ルカ・レッドロウ‥‥といっても、ただのしがないレンジャーなんだけどな。よろしく頼むぜぇ」
「ああ、あなたの穏やかで気品に満ち溢れた物腰、そしてその風格が俺を魅了する。俺の名はヲーク・シン。どうか‥‥‥‥」
そしていざ会場に向かった女性へすぐさま徒党を組んだ男二人組みが特攻を仕掛ける。女性は突然のことにわけがわからず、二人を無視して会場へ歩いていった。
「くそっ、なんでこれだけいい男が二人そろって落とせねぇかな。このままじゃあ男だけの飲み会に一直線だぜ!」
「‥‥それもたまにはいいんじゃないのかな? 二人とも、少し落ち着いて身だしなみでも整えてみる?」
やりきれない表情で地団太を踏む二人へニックが声をかける。
「‥‥仕方ないか。このあたりで一旦‥‥‥‥三人で作戦会議だ!」
さすがにこのままではまずいと思ったのか、ヲークはいつの間にやらニックを仲間に加えると、三人でいずこへと移動していった。
一説によると、その後天那岐を巻き込み四人に増殖した後に、そのまま会場を抜け出して酒場へ消えたという話もあるのだが、真実の程は‥‥本人たちに聞くといいだろう。
<数時間後>
「すまないな。どうにもあなたとはやっていけそうにない。折角のお誘いだがここまでにしよう」
ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)は貴族風の衣装に身を包んだ男へぺこりと一礼すると、そのままぷいと料理の方へ向き直る。男は暫く呆然としていたが、やがてすごすごとその場から退散していった。
「‥‥少し出会いというものに憧れを持ちすぎたかな。出会いの場といっても、こんな短い時間で相手のことを知るのは難しいしな‥‥‥‥」
誰へともなく独り言を呟き、料理を口に運んでいく。かつて猟師として森の奥の小屋で一人で暮らしていた彼女にとって出会いとは未知なものであり、それなりに期待をもってこのパーティーに参加していた。
だが、現実はそれと大きく違っていた。彼女の目の前に現れたのは姿ばかり清潔に取り繕った薄っぺらい人間。つまり外見と中身が伴わない者ばかりであった。
「‥‥そう考えるとお前は裏切らないな」
今やむしろ彼女の興味は日々節制を心がけているためなかなか食べることのできない、外見通りこってりとした味を提供してくれる料理に注がれていた。
「イギリスの料理か‥‥ゼファー殿はこの国の出身ということであったな。この料理はどのように食べるのが正しいのかご存知か? 並びに作り方など教えていただければ尚ありがたいのだが」
突然自分に向けられた声に驚いてゼファーが声の主の方へ向くと、そこには料理を前にして、レシピを舌で解明しようとしているのかなにやら試案顔の尾花満(ea5322)の姿があった。
「ああ‥‥いや、私も礼儀作法に関してそれほど明るいといったわけでもないからな。まあ周りを見てそれを真似ていれば問題はないだろう。作り方は申し訳ないが知らないな。なにぶんこんな手の込んだ料理を作るような環境で育たなかったものでな」
「そうか。もしゼファー殿が知っていたのなら代わりにジャパンの料理を教えて差し上げようと思っていたのだがな。‥‥残念だ」
尾花は何気なしに半分口説いているような言葉を発すると、その後は何気ない話をゼファーと交わす。もしこの二人が豊富とはいかなくても人並みに恋愛経験を積んでいたのならここから恋が生まれる可能性もあったのかもしれないが、いかんせん二人とも恋愛に奥手すぎた。雑談は雑談として流れていき、気付けば会食の時間は終わっていたのであった。
●おまけ
「さあ、皆様長らくお待たせしました。いよいよお待ちかねのぉ、告白ターーーイム!!」
相変わらず耳鳴りがするような大きな声が会場に木霊する中、幾組かのカップルが誕生していく。カップルたちは祝福するものと憎悪を抱くものの視線の中に、置かれながらも、それぞれ照れながら互いの手を握り返す。
「‥‥それじゃ、お付き合いからよろしくお願いします」
「‥‥‥‥‥‥へっ?」
そんな幸せなカップルの中に、トア・ルと未だOKされたことが信じられないユエリーが混ざっていたことは、合コンの夜が創り出した奇跡と言えるであろう。
おしまい