●リプレイ本文
●一幕
見上げればどこまでも広がる青い空が、まるで冒険者たちの初依頼を歓迎しているかのように広がっていた。木々からは小鳥のさえずりが程よく聞こえ、時折彼らの間を吹き抜ける風は心地よく思えた。
「いや〜、今日もいい天気、絶好の‥‥‥‥農作業日和ですよね〜‥‥」
壮大な冒険を予感させるその他の条件とはうって変わって、自らの目の前に広がる広大な畑という『現実』を前にして、リーン・エファエイム(ea3198)はガックリと肩を落とす。フランク王国で生を受けた彼は、心躍らせる大冒険を夢見てここイギリスまでやってきたのだ。
だが、まだ冒険者として何の依頼もこなしていない彼のもとにそんな勇壮な冒険の依頼が訪れるわけがない。柔和なその人相が災いしたのか、冒険者ギルドから薦められた仕事‥‥彼の記念すべき初仕事は、この目の前に広がる畑を耕すという‥‥言ってしまえば『別に冒険者じゃなくてもできる』仕事であった。
もっとも冒険者という職業が、ある種便利屋という機能を兼ね備えているということを理解していれば、今回のような依頼も納得はできたのだろうが、夢を追って国境まで移動してきた青年に、その事実は余りにも重たくのしかかっていた。
「いやいや、これもちゃんとした仕事なんだ、頑張れ自分、負けるな自分っ!」
そんな自分を奮い立たせるように、エファエイムは黙々(?)と鍬を荒れた大地へ向けて振り落とす。
「リーンさん、いきなり耕すよりもまずは石をどかしてしまいましょう。雑草は引き抜いておけば後々肥料になるにしても、石は作物の生育にいい影響は与えませんから」
エファエイムが闇雲に鍬を振り落とし、土地を耕しているのを見て農業経験を持つルーラス・エルミナス(ea0282)がそっと近寄り、小石を片手に彼に話し掛けた。依頼主である農家の人間に作業方法を聞くのが一番だったのかもしれないが、彼女たちであれ遊んでいるわけではない。男手を一人欠き、必死に働いているのだ。じっくりと農作業の基本からご教授‥‥というわけにはなかなかいかない。
だからこそ、農業経験を持つ冒険者の助言は他の者たちにとってもありがたいことであった。おぼつかないながらも基本は抑えた指導により、冒険者たちは効率よく作業をすすめていった。
「‥‥何とも‥‥この作業は単純なものですね」
だが、効率がよくなるのと楽しいのとはまた別問題である。彼らは魔物退治を仕事にするべく集まった冒険者なのだ。タイタス・アローン(ea2220)は己の手にもっているものが剣ではなく鍬であるということに憮然とした表情を浮かべる。
「こんな作業すらできないで魔物退治ができると思ってるの? 魔物退治にしろ、この作業にしろ、大切なものは役割分担と各人の意識の持ちかただよ。‥‥頑張っていこうよ!」
夢と現実の狭間で苦悩するタイタスの表情を見て、もう一人の農業経験者である御山閃夏(ea3098)は彼女なりの言葉で彼を励ましてみせる。
「‥‥わかっている」
どんな依頼であれ一度冒険者ギルドで引き受けたものは最善を尽くさなければならない。そんなことは彼自身も理解していたことであった。だからこそタイタスは眉一つ歪ませることなく再び作業へ戻る。
その後、彼のその口から不満の声が漏れることはなかった。
●二幕
「皆さん、依頼主のおばさまからお昼ご飯をもらってきましたから少し休憩にしましょう。そろそろお昼の時間ですし、適度な休息も大切ですよ」
作業開始から数時間立ち、日が天頂に昇ろうとしていた頃、最初の休憩の提案が藤宮深雪(ea2065)によって冒険者たちへ伝えられた。その言葉を待ちわびていたかのように、冒険者たちは農具をその場に置いて数時間ぶりに畑から足を踏み出した。
「畑を耕すなんて、生まれて初めての経験でしたから‥‥なれないと大変なものなんですね。‥‥貴重な経験ができる機会を神に感謝しないといけませんね」
普段使わない筋肉を酷使したからか、早くも痛み始めた節々に苦笑いを浮かべながらラス・カラード(ea1434)は依頼主から用意された昼食のスープとパンを口に運んだ。別段何ら特徴のない味付け、材料ではあったが、一仕事した後の食事は不思議とおいしく感じた。
「ラスさん、よろしければお水もどうですか? おばさまから水筒を借りてきたんです。中身はこの近くを流れている川から汲んできました。皆さんもよろしければどうぞ」
「ええ、もちろんありがたくいただきますよ。‥‥‥‥ああ、水がここまでおいしく感じたのは久しぶりです」
直射日光の下で熱を蓄えた身体と、汗で湿る体とは対照的に渇いた喉を潤し、冷やしてくれる水にラスは思わず唸り声をあげる。彼はクリエイトハンドで食料を作り出そうかとも思っていたが、この瞬間にその計画の延期を心に決めた。神からの恵みによって作り出す食料や水は、自然の中で満たされる場合においてむやみに消費するべきではない。神意的にも‥‥‥‥そして予想外にも訪れたこの単純な喜びを薄れさせないためにも。
「賢明だと思いますよ。‥‥あなたのその配慮に感謝します」
「どうもありがとございます。午後からも頑張りましょうね」
そんな彼の僅かな心の動きを読み取ったのか、何時の間にかラスの隣に座っていた恋雨羽(ea3088)は、正面を向いたままラスへ感謝の言葉を発し、そして微笑んだ。遥かジャパンからこのイギリスまで渡ってきたこの幾らかの日々‥‥まだ言葉も十分には使えず、地に足がついていない日々を送っていた彼だからこそ、ラスの僅かな計らいを嬉しくも感じたのかもしれない。
「‥‥それでは皆さん、午後の作業もがんばっていきましょう。依頼主のおばさまから帽子も借りてきました。熱射病にかかると大変ですから、皆さんぜひ使ってください」
僅かな昼休みはその余韻も冷めぬうちに終わりを告げ、冒険者たちはほんの少しだけ軽くなった心を携え、再び畑の中へと入っていった。
●三幕
「‥‥‥‥‥‥」
「タイタスさん‥‥キミ、意外に適応能力高いんだね」
午後の作業が始まって数十分後、先ほどとはうって変わって、不満を口にするどころか口元を緩ませながら作業を行うようになったタイタスを視界に、御山は驚きとも感心ともつかない言葉を呟く。
兄から農作業を教わって早幾年、彼女自身もその日々を思い出して農作業をしていたが、タイタスにとってはこの土地で体験する全てのことが初体験なのだろう。単純な作業の中に現れる僅かな違い――土の固さであれ、土の中で眠っていた昆虫であれ、彼にとっては興味のそそられることであった。
「全ては経験ですからね‥‥どんな依頼でも、それなりに充実させながらこなしてみせますよ」
言葉少なに自らの考えを語り、仕事に戻るタイタス。
「‥‥だね。‥‥それじゃあ日が沈むまで、がっばって見ようか!」
御山はそんな彼の横顔を眺めるのもそこそこに、自らも農作業へ戻るのであった。
「ん〜〜〜、冒険活劇の物語なんかだと、こんな些細な日常で宝の地図や謎の物品を掘り起こして大冒険に繋がるものだけど‥‥埋まってないかな〜。そんなの‥‥‥‥」
ザクザクとただひたすらに耕地を耕していたエファエイムは、ザクザクという擬音から連想したのかどうかは定かではないが、冒険小説の一場面を頭に思い浮かべながらぼんやりと言葉を呟いた。
「もし財宝がそんなに埋まっているのなら、世の中は農民が支配するようになっているだろうな‥‥まあ、その一面は持ち合わせているんだが」
そしてそんな彼の言葉へ間髪いれずにナラク・クリアスカイ(ea2462)は言葉を発する。
「‥‥いやだなぁ、冗談に決まってるじゃないですか。‥‥はい、夢を見ていないで仕事をします」
心のどこかで本気で宝が出てくると考えていたのか、エファエイムは苦笑いと照れ笑いを同時に浮かべると、恥ずかしさを打ち消すように鍬を耕地へ振り落とす。
「‥‥ところでナラクさんは、こんなに暑いのにいつも仮面をしているんですか? 魔物と戦うときにも視界が狭くなって不利だと思うんですけど‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
思い出したようにナラクの‥‥‥‥凡そ農作業をする姿からは似つかわしくない仮面のことに言及したエファイエムであったが、その答えは沈黙をもって返されることとなった。だがナラクは、彼女の心の中だけで想う。血を浴びる定めのあるわが身のことを、その先に見える奈落を‥‥。
‥‥日が沈み、冒険者たちの初日の作業は終わりを告げた。
●四幕
「あんたらみんなお疲れ様! いや、あんたらうちの旦那より働いてくれて大助かりだよ!」
その日の夜、夕食の席へ冒険者たちを招待した依頼主は、豪快な笑い声を陽気に発し、先ほどまで咳き込みながら寝込んでいた細身の夫の背中をバシバシと音をたてて叩く。
「いえ、お気になさらずに。依頼を受けたものとして当然の行為でありますし、騎士として力をつけるには、日々の生活を知ることと、筋力が必要となってきますからね」
「あの‥‥‥‥病み上がりの体に無茶はよくないと思うんですが‥‥」
ナイトとしての鍛錬の賜物か、頭を掻きながらもレディに礼を欠かさないルーラスと、強烈な衝撃にまた咳き込む依頼主の夫を、汗を流しながら見る深雪。だが、依頼主はまたも豪快に笑い飛ばすと、冒険者たちのために作った、質素ではあるが心のこもった料理をテーブルに並べていく。
「宿まで提供していただけるとは本当にありがとうございます。この様な計らいをしてくれた神に感謝しなければ‥‥」
「かみさんに感謝するのもいいけど、もたもたしてるとせっかくの料理が冷めてしまうよ。さぁ、早く食べておくれ」
冗談とも本気ともとれない言葉を言う夫。苦笑を浮かべたり、聞き流したりする冒険者。
‥‥だが、とにもかくにも、彼らの初依頼にて訪れた初のテーブルを囲んでの食事は暖かく始まった。
冒険者たちは皆暖かな食事を口元へ運び、依頼主やまだ名前もよく覚えていない仲間たちと語らいあった。ある者は自らが生まれた国の話を語り、別の者は生い立ちについてや家族について語る。そしてもちろんこれからの夢についても。彼らはそのために冒険者ギルドに足を運び、冒険者という危険と隣り合わせの仕事を選んだのだから。
‥‥夕食後、彼らは昼間の農作業の疲れからか、程なくして床について安らかに寝息をたてた。
初日に大方の作業をやってしまったせいか、二日目は筋肉痛に悩まされながらも作業は滞りなく過ぎ、彼らの初依頼は成功をもって幕を閉じた。彼らはお礼を受けとり、依頼主と仲間たちへねぎらいの言葉をかけると、キャメロットへの道をゆっくりと歩いていった。
大いなる志を抱くものよ、今はまだ夢を見、笑い、これから先の未来をぼんやりと見据えよ。これから諸君らに訪れるのは苦難の道と栄光と挫折の道。
その道に差し掛かる手前の今だけは‥‥‥‥すべてを忘れ、笑い合おう。
●おまけ
「‥‥ねぇあんた。畑の隅に立ってるあの旗って何なんだろうね?」
「さぁなぁ。‥‥まあ、せっかくの記念だから倉庫にでも保管しておこうか。もしかしたら忘れ物かもしれないしな」
深雪が畑の隅へと立てた旗は翌日引き抜かれ、倉庫へと保管されたのであった。
その後、この旗がどうなったのかは‥‥‥‥神のみぞ知る。