光闇

■ショートシナリオ


担当:みそか

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 13 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月24日〜12月02日

リプレイ公開日:2004年12月03日

●オープニング

<クロウレイ地方・村>
「どうです、嬉しいですかルード? ついにあなたがグルーダより勝っていると証明する日が訪れたというわけなんです」
 ディールは小高い丘の上から二十数件の建物が点在する村を眺めると、悦に浸ったような様子で隣の大男に話し掛ける。
「気にいらねぇな。‥‥俺とグルーダの優劣だって? それを決するなら何でお前がここにいる、そして後ろの奴等は何だ? そして、どうしてここでもう四日も待っているんだ!?」
 実践を重ねて経験を積んだ大男は、隣で悦に浸っている姿形と語調ばかり優雅な優男と、彼の後ろに立っている五人の戦士を交互に睨みつける。忌々しさから握られたその拳にはくっきりと血管が浮き出ていた。
「まあそうおっしゃらずに。こっちも依頼に記載してあった内容を遂行しなきゃいけないんですよ。『村を包囲して恐怖に陥れた後に村人を殺す』な〜んて今更何の新鮮味もない依頼を黙って受けなければならないわけなんです。‥‥私たちの力が冒険者程度には到底止められないってことを白日のもとに示すんです」
 あくまで紳士的に、イントネーションに気を配りながら今回の依頼内容を説明していくディール。ここ最近依頼が冒険者の手によって邪魔され続けているというのに、不思議と彼の表情に焦りの色はない。
「さて、絶体絶命のピンチに陥った村に、果たして希望の光を差し込ませるのは誰なんでしょうね。‥‥もっとも、光というものは常に影をつくる可能性をもっているのですがね」
 吟遊詩人が使い古した台詞を飄々と風に流していくディール。止まることを知らない彼の文句に、仲間たちは皆閉口して次第に耳を傾けるのをやめていった。
 ‥‥だから、最後に彼がつぶやいた言葉を聞いたものは、誰一人としていなかった。

「グルーダ、手伝ってもらいますよ。‥‥もう一度、仲間としてね」


<村内>
「村の終わりじゃ。この村が賞金首どもに狙われるとは‥‥‥‥何と恐ろしい」
 いつ来るかも分からぬ滅亡へのカウントダウンが今も鳴り響く村では、住民たちが村長の家に集まっていた。表向きは村を何とか護るための対策会議。
 だが、その実は命を奪われる恐怖にただ震えるだけの寄り合いであった。救援を呼ぼうにも、近隣の村からは皆そっぽを向かれ、領主に至っては「軍団結成まで半月かかるのでそれまではそちらで耐えよ」という手紙をぬけぬけと送りつけてきた。
 集団で村を脱出しようとすれば襲撃され、命を失ってしまう。‥‥つまり、彼らはただ自らの無力さを呪い、来る最期のときを待つ以外に選択肢は残されていなかったのだ。
「まあ村長、冒険者ギルドにこの依頼を受けてくれる者がいると信じようではないか。‥‥それに聞いてくれ、この村と近隣の村にいた傭兵もたった三人だが集めたのだ。いかに賞金首とはいえやつらも少数。これで領主様の軍がくるまで持ちこたえられるかもしれん」
 絶望的な状況において人は僅かな希望にもすがりつく。『傭兵』という単語に、集まった者達の顔は皆一様に明るくなった。村で薬屋を営む男は賛辞の言葉に顔を紅潮させると、表に待機させていた三人の傭兵を呼び寄せた。

「拙者の名は春菊。ジャパンより参ったサムライである。‥‥拙者の国の言葉に、腹が減っては戦ができぬという言葉があり申す。‥‥まずは飯を食わせてくれぬか」
「俺はレムー。先月まで森で動物を射ていたが、余り儲からないのでこの職業へ転職してみた。至らぬところもあると思うがよろしくお願いする」
 まず入ってきた男は無精髭を生やしたサムライ。一見すると手だれに見えないこともないが、唾と刀の接合部にはしる錆を見れば、実力は言わずとしれている。かといって二人目の男も余りに頼りない。儲からないということは森で十分に獲物をしとめることができなかったということである。
 期待の色がみるみる内に落胆へと変わり、賛辞の言葉は余計な金を使った男への非難へと変貌する。
 ‥‥そんな中、三人目の男は村民にでもわかるような殺気を漂わせながら、彼らの前に現れた。
「俺の名はグルー。‥‥賞金稼ぎのグルーだ。金さえくれればそれなりの仕事はする」

<冒険者ギルド>
 キャメロットから歩いて三日ほどの村を賞金首どもが襲おうとしているらしい。賊の人数は凡そ七人。村人は村から脱出することもできず、冒険者の助けを待っている。
 貧乏な村ゆえに報酬は少ないが、食料だけは道中に必要な分支給するそうだ。
 かなり危険な依頼になるだろうが、諸君らの奮起を期待する。どうにか村を崩壊の危機から救ってくれ。

●今回の参加者

 ea0263 神薙 理雄(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0285 サラ・ディアーナ(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0966 クリス・シュナイツァー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3098 御山 閃夏(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4202 イグニス・ヴァリアント(21歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea4665 レジーナ・オーウェン(29歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7422 ハインリヒ・ザクセン(36歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ルクス・ウィンディード(ea0393)/ ジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753

●リプレイ本文

<村付近>
「村までもうすぐです。クリスさん、皆さんもう少し頑張ってくださいね」
 クリス・シュナイツァー(ea0966)操る馬の背に乗った藤宮深雪(ea2065)は、労いの気持ちを込めて馬の背を撫でる。
 彼らがキャメロットを出発してから二日余り。人数に対して少ない馬を休ませながらの行軍ではあったが、彼らは予定より一日早く村付近に辿りつく事に成功したのだ。
「いよいよでござるな。‥‥ところで確認なのでござるが、賞金を倒した者が総取りすることになると、前に立って戦う以外の裏方をやった人が報われなくなるので、賞金は山分けがよいでござる」
「この依頼では誰を殺すかどうかより、自分が殺されないかをまず考えた方がよさ気です。山分けということに異存はもちろんありませんが、くれぐれも注意は怠らないようにしてください」
「ふむ、それは理解しているでござる。賞金首がいかに‥‥!」
 依頼のことについて御山閃夏(ea3098)と話していた黒畑緑朗(ea6426)の視界に一筋の赤い線がはしった刹那、彼の横にいたハインリヒ・ザクセン(ea7422)が小さなうめき声をあげてドサリと馬上から転落した。
 突然の出来事に冒険者達は一瞬言葉を失い、ハインリヒが乗っていたレジーナ・オーウェン(ea4665)の乗用馬は、悲鳴を上げながら身体を大きくのけぞらせる。
「ええい、静まりなさい! ハインリヒ殿、傷は‥‥」
「こんなもの‥‥傷のうちに入るものか。そんなことより、ここを一気に突き抜ける方が大事だ。押し通る! 邪魔をするな!!」
 レジーナは見事な手さばきで馬を落ち着かせると、落馬したハインリヒに駆け寄るが、彼は自分で肩から矢を引き抜くと、それを振り払って一目散に峠を下っていく。
「うーん、若いって素晴らしいわね。‥‥でも、確かに村に入る前から手間取るわけにはいかないわね。さあっ、みんなボサッとしてないでいきましょう! 依頼はまだ始まってもいないわよ!!」
 手綱がしごかれ、クレア・クリストファ(ea0941)の馬が峠を下っていく。残る冒険者達も間髪入れることなく、彼女の後へついていったのであった。

<某所>
「冒険者度もが今しがた通過していったぞ。一応一本だけ撃っておいたが‥‥致命傷は外した」
 茂みの中から強面の弓使いが茂みの中からにゅっと顔を出し、森の中でもお構いなしにティーカップを傾けるディールへ先ほどの出来事、冒険者の数を報告する。
「そうですか‥‥予想よりずいぶん早かったですね。しかしハーマイン、あなたが標的を外すなんて珍しいですね」
「無理を言うな、俺も人間だ。当たっただけでも褒め称えられて然りだと思うがね」
 ハーマインと呼ばれた強面は両手を肩の高さまで挙げておおげさに息を吐く。どうやら見た目ほどコミュニケーション能力が欠けているわけではないらしい。
「まあ挨拶としては上出来ですか。‥‥さて、いつ動きますかね」
 ティーカップに残った最後の紅茶が飲み干され、男は視界に映る村長の家を掌の中に収め‥‥握り潰した。

<村長宅>
「これが私たちの立てた作戦です。‥‥ですから、村長様は村人の皆様に、襲撃の際は村の中央に集まるように伝えておいて下さいまし。それと、殿方達には家具や農具で自分たちを守る壁‥‥バリケードのような物を作って頂けると幸いです」
「ご心配されなくても大丈夫です。私たちが必ずお守りしますのでどうか落ち着いて行動してくださいね」
「あと、申し訳ありませんが合図のための警笛をお貸ししていただけると本当に助かるのですが‥‥」
 村に入って早々、冒険者達は村長宅へと案内され、ほとんどの村人が取り囲む中で今回の作戦を説明していく。主に村長と話をしているのはレジーナとサラ・ディアーナ(ea0285)、深雪の三人である。やはりこういう時には礼儀作法や人相のよさが物を言う。
「うむ。任せましたぞ」
 もともと具体的なプランなど持ってはいなかった彼は、あっさりと冒険者の意見へ首を縦に振る。
「ところで、そちらに戦闘経験がおありの方はいらっしゃりませんか? こちらも戦力は多い方が心強いですし」
 サラの質問に今度は薬屋が、言葉もなく人込みの一角を向いて手招きをする。現れたのは三名。無精髭を生やしたサムライと、頼りなさそうな狩人。そして‥‥
『グルーっ‥‥』
「グルーダさーーん!!」
 閃夏とサラが仰天して身構えようとした瞬間、神薙理雄(ea0263)が正面から彼に飛びついた。
「おっ、お前‥‥離れろ、鬱陶しい!」
「いえ、離れませんの。ウチを傷物にした責任を取って貰うまでは、死んでいただくわけにはいきませんのね」
 何やら意味深な台詞を放つ理雄に、それを振り払おうとする三人目の傭兵。わけのわからぬ展開に、冒険者をはじめ周囲を取り囲んだ村人は皆一様に目を丸くする。
「あの‥‥詳しいことは知りませんけど、キ‥‥傷物にしたのでしたら‥‥」
「違うッ! 俺はこんなガキに手を出すほど落ちぶれて‥‥」
 偶然か必然か、ここで命中する理雄の頭突き。頬を赤らめながら人の道を説き始める深雪。暴れ始めるグルーダ。
 ‥‥話し合いは、ここで一旦中断されることとなった。

<村・東側>
「見張りご苦労様です。‥‥先ほどは大変でしたね」
「別に俺が大変だったわけじゃない。本当に大変になるのはこれからだろうしな」
 村の東側を警護していたイグニス・ヴァリアント(ea4202)は、クリスからのねぎらいに、振り向きもせずに返答すると、バリケード越しに村道を見つめる。無愛想なように見えるが、見張り番という役割上それは仕方ないといえるだろう。
「あのグルー‥‥さんですか? 彼を除いた傭兵二人の実力はやっぱり低いようです。彼らには村人の警護をお願いしておきました。不安材料が減って嬉しい半面、戦力は増えないわけですから、何とも複雑な‥‥」
 クリスが雑談を交えながら傭兵二人の実力を説明しようとしていた時、彼の視界の中で木立が風もないのに僅かにたなびいた。敵か、あるいは小動物か‥‥。
「あんのぅ、冒険者の方々。何もなくて失礼だども、よろしければ我が家で作ったパンなんぞ‥‥」
「駄目だ、今すぐ逃げろ!」
 冒険者に差し入れをしようとやってきた村人。その姿を見たとき、イグニスの腹は据わり、全身の息を警笛へと送り込む。耳鳴りがするほど高い音を木霊せる警笛、何事かと首をかしげる村人。村人に飛び掛るクリス! 茂みがざわめき、鈍く光を放つ武器が頚動脈めがけておどりかかる。
「ほぅ、そんな重装備でよく間に合ったもんだな。敢闘賞ものだぜ兄ちゃん」
「こんなところで鎧が邪魔になるほど‥‥っ!!」
 すんでのところで村人に覆い被さったクリスは、背後から迫ってきたシミターをその重厚な鎧で受け止める。だが、そこからの動きが遅いのが重戦士の欠点である。まだ武器も引き抜いていない彼は、敵の蹴りをヘルム越しに側頭部に受け、一瞬たじろぐ。
「受けてみろおォオ!!」
 その隙を見逃さず、敵がシミターを鎧の隙間に差し込もうとしたのと時を同じくして、イグニスが放ったソニックブームが小柄な敵を弾き飛ばす! 敵は逃げるように村の中へ走っていった。
「大丈夫かお前たち。クリス、早くその村人を村長の家まで連れて行け」
「ご心配なく、鎧のおかげでダメージはありません。それより、早く奴をお‥‥失礼、村長さんの家に急ぎましょう。こんなみえみえの陽動にひっかかるわけにはいきません。イグニスさん、くれぐれも無茶はなさらず、撤退戦を試みてください」
 村人の手を取って急ぎ村長宅へと走っていくクリス。イグニスは彼らの後ろ姿を見送った後‥‥‥‥背後に立った敵へ視線を戻した。
「ほう、てっきり二人相手かと思ったが‥‥エルフ。貴様一人か」
「さっきの奴がどこに潜んでいるのかわからないのに、村人を一人にするわけにもいかないさ。‥‥俺の名はイグニス・ヴァリアント。雲を掴むが如き我流」
「なるほど。貴様がそこまでの意気込みを持って尚刃を向けるのであればこちらも名乗らねばなるまい。拙者の名は木魂琥珀‥‥参考までに言っておこう。俗な言い方をすれば四十G! 先程の輩の四倍也」
 口元を緩ませ、日本刀を鞘から引き抜く琥珀と名乗った賞金首。流派は我流のようだが、磨き上げられた刃からは言い知れぬ威圧感が感じ取れる。
「来いよ‥‥俺は――まだ負けるわけには、いかない!」
 最初から退くような戦法を取って勝ち目などあるはずがない。二本のナイフが唸り声をあげ、琥珀へ襲い掛かった。

<村・北側>
「私はレジーナ・オーウェン。何故村を襲い、またも民を苦しめようとするのです」
「‥‥楼奉。通る」
 漆黒に塗りつぶされた棒を携えた男は、質問が理解できなかったのか、片言のイギリス語で返答になっていない返答をすると、そのまま彼女の横を通り過ぎようと歩き始める。
「なるほど。わたくしなど眼中にないという意思表示と受け取ってよろしいのでしょうか? ‥‥通じないでしょうが、一応申しておきますと‥‥外見で個人を軽視し、隙を見せるとは愚の骨頂ですよ!」
 十分な体勢から勢いよく突き出されるレイピア。
 ‥‥だが、その切っ先は空しく楼奉の服を掠めただけに終わった。賞金首の男は信じられない跳躍力で飛び上がると、空を飛んでいると錯覚させるような高度からレジーナへ肘鉄を振り落とす!
「オワリ‥‥」
 楼奉の顔が苦痛に歪み、レジーナに攻撃を仕掛けることもできぬままに両手をついて着地する。苦痛から怒りへと変貌した彼の右頬には、矢が掠めた跡がしっかりと残っていた。
「あちゃー、外しちゃったよお嬢。案外すばしっこいねそいつ」
「援護ありがとうジョー。ここはわたくし一人で何とかしますから、あなたは早く他の皆さんの援護に向かってくださいまし」
「りょーかい。‥‥ったくお嬢も人使いが荒いんだから」
 レジーナは援護射撃を放った友人に言葉と右手だけで感謝の意を表すと、トマトのように顔を真っ赤に染めた敵へレイピアをかざした。
「××××××!!!」
「誠に申し訳ありませんが、何をおっしゃっているのか理解できませんわ。‥‥あなたにはわたくしのダンスに付き合って頂きますよ。言葉がわからなくとも、きっと貴方だけは楽が出来ますわ」
 マントが吹き始めた風になびき、賞金首の雄たけびは大地を震わせた。

<村長宅>
「落ち着いて村長さんの家に入ってください。私たちがお守りいたします。皆さんどうか安心して‥‥」
「ご家族の方は一緒にいますか? 足腰の弱い方は皆さん協力して避難できるようにしてください」
 村長宅へ次々と逃げ込んでくる村人たち。サラと深雪の誘導で村長宅へと避難していく。
「救援には拙者が志願するでござる。イグニス殿とはここ数日で多少なりとも話を交わし申した。それに聞けば敵はかなりの強者の様、相手に不足はない」
「お願いします緑朗さん。回復役として深雪さんも向かってください。私はこのまま南にいってきます」
 敵の気配がない西側から舞い戻ってきた閃夏は、クリスからの報告に黒畑と深雪を救援へ向かわせ、自らも南へと走っていく。
「南から警笛! 北からもですの。それと‥‥!!  ‥‥前!」
 屋根の上から全体を監視し、逐一報告していた理雄の肩口に矢が深々と突き刺さり、彼女は激痛に顔をしかめながら新たな敵の襲来を告げる。だが、射られた彼女ですら物陰に隠れた敵の弓使い・ハーマインの姿を発見することができない。
「理雄、貴殿はもう降りられよ。治療を受けた後に北か西へ向かうのがよかろう。前方は私が調査する」
 ハインリヒは神の十字架が刻まれしクルスソードを構えると、両肩をいからせて歩んでいく。いつ飛んでくるかわからない矢に注意しながら行う彼の索敵は、意外な敵の出現で終焉を迎えた。
「はじめまして冒険者の皆様。私はディールと申します、以後お見知りおきを!」
 物陰から飛び出してきた男はレイピアを構えると、そのまま一気に胸元目掛けて突き出した! 空気が裂音を起こし、先端はハインリヒの右足に深々と突き刺さる。
「ははっ、ご挨拶だけになっちゃいましたね。それではごきげんよ‥‥っ、さすがにそこまで簡単にやらせてはくれませんか?」
 血に染められたレイピアが顔面へ標的を定める間際、ハインリヒの豪腕から振り落とされたクルスソードが衣服を掠める。笑いながら一旦距離を置くディール。
「神に仇なす愚か者よ、神の名の下に絶せよ!」
「さあて、愚か者はどちらでしょうかね。神に立ち向かう私か、それとも私に立ち向かうあなたか? 答えは‥‥この一撃が教えてくれるとは思いませんか!?」
 ステップを踏むと、目にも止まらぬスピードで側面から一気に襲い掛かるディール! 右足の機動性を失ったハインリヒにその攻撃を回避する手立ては残っておらず、肉が裂けるような音と共に、鮮血が大地を彩った。
「よくもですの!」
 レイピアの先端が内臓部まで達しようとした時、理雄が油袋をディールへ投げつける。反射的にそれを回避するディール。地面に落ちた油はディールの足にこびりつき‥‥レイピアは命を奪う寸前のところで引き抜かれた。
「軽く落ち着いてくれませんかね冒険者の皆さん。私ばかりに気をとられていると背後からブスリですよ‥‥ねえ、グルーダ?」
 こびりついた血液をハンカチで拭い取ると、ディールはドアの前に立っている一人の剣士へ向けて呟く。
「聞いてくださいグルーダ。実はこの仕事は、ボスの下を抜けて新しく旗揚げする『私の』、私の組織の初仕事なのです。優秀な部下を組織から引き抜きました。あとはグルーダ、あなたさえいてくれれば完璧なのですよ。既に強力なバックアップ‥‥」
「言いたいことはそれだけかディール!!」
 ディールの口上が終わらないうちに燃え盛る剣を手に斬りかかるグルーダ! 振り落とされた剣は猛烈な衝撃波を巻き起こし、ディールを建物の中まで吹き飛ばす。
「わかりませんかグルーダ。今まで何百人殺しました? 心を幾ら入れ替えてもあなたの賞金は消えないんですよ。賞金稼ぎから狙われ、ギルドの依頼に名前が踊り。逃げ惑う日々‥‥そんな生活が御望みですか。お前はどこまでいっても同じ穴のムジナなんだよ!! 皆、集まれぇ!!」
 ヒーリングポーションを飲むと、よろよろと起き上がりるディール。かつての相棒へ向けたその語気には、普段の彼が見せるような理知的なそれはなくなっていた。
 そして、冒険者達が村人に借り受けた笛の音とは違う音色が、唐突に響き渡った。

<村・東側>
「おおおぉおお!!」
 全身のバネと二本の刃を最大限に使い、琥珀へ攻撃をけしかけるイグニス。最初こそ余裕を持って必要最小限の動きだけで攻撃を受け流していた琥珀も、徐々にその動作が大きくなっていき、ついには頬に切り傷をつけられる。
「これでも喰らえぇえ!」
 一瞬怯んだ敵の姿を見逃さず、素早く前蹴りを放つイグニス。直線的に繰り出されたその蹴撃は琥珀の水月(みぞおち)目掛けて突き進んでいく!
「‥‥やはりな‥‥貴殿ら冒険者は、こと戦闘に関しては素人の集まりというわけ也!」
 だが、イグニスが足を伸ばした先へ既に敵の姿はない。そして間髪入れることなく飛んでくる敵の一撃! 上から振り落とすように放たれた攻撃に、イグニスは力なく大地に倒れこんだ。
「戦闘は格闘術さえ鍛えればいいというわけではない。状況を見極め、適時回避を使わないと上には進めないのだ。‥‥まあ、貴殿には既に必要ないことであろうがな!」
 刀をイグニスの腕へ突き刺す琥珀。全身が砕け散るような痛み、飛び散る激痛。イグニスはうめき声をあげながら叫び声をあげる。
「さて、本当ならここで遊んでいたいところだが、生憎と時間がない。‥‥エルフよ、苦しまずに死ねることをよろこびに」
 琥珀が刀をゆっくりと持ち上げようとした時、彼の頭に液体の入った袋が投げつけられる。液体を滴り落としながら、琥珀はその招待を悟った。
「油とは‥‥ぬかったわ!」
「どうしてそんな‥‥‥‥悲しいことをするんですか!」
 彼が歯軋りをしながら見詰めたその先には、涙声になった深雪と、怒りに肩をふるわせた黒畑の姿があった。
「深雪殿、あやつは拙者に任せて早くイグニス殿を治療するでござる。必要とあればサラ殿のもとまで届けるのもよかろう。奴は、拙者が止めてみせるでござる。‥‥いざ!」
 殺気混じる気迫を発散させ、二本の刃を引き抜く黒畑。ランタンを持って威圧したいところだが、相手を火だるまにしたところでこちらの首を飛んでは意味がない。
「お前もジャパンの出身ならわからないかな? ‥‥圧倒的な力の差ってものをよ!」
 上段の構えから、一気に刀を振り落とす琥珀! 黒畑は二本の刃を交差させ、それをギリギリのところで受け止める。
「だからお前達は素人なんだ。‥‥二本の腕を受けるのに使い、その後一体どうするのだ!!」
 間髪入れずに放たれた膝蹴りに、黒畑は嘔吐感を抱きながらその場に突っ伏す。
「‥‥‥‥!!」
 必然の流れと言わんばかりに、黒畑めがけて軌道を描く切っ先。だが、琥珀は言い知れぬ殺気を感じて命奪う一撃を止め、後方へ飛びのいた。
 次の瞬間、彼の胸には二本の傷がはしっていた。
「なるほど、回避が大切ってことがよくわかったよ。だがな‥‥だからといって、俺達はお前に負けるわけにはいかないんだ!」
 回復剤を服用して(正確に言えば腕をやられてしまった彼は深雪に飲ませてもらったのだが)戦線に復帰したイグニスは、乱れた息を整えるように再び二本の刃を構える。
「本来ならば一対一の決闘を望むところだが‥‥敢えて、自らの向上のために、もう一度御教授願おう」
 同じく二本の刃を、腰の火のついたランタンをちらつかせながら構える黒畑。この戦いが防衛戦である以上、ここまできて卑怯だという言葉など使ってはいられない。
「わからないか‥‥拙者が、お前たち素人に負けるわけがないであろうがあぁああ!!」
 暫し睨みあう三人と五本の刃。そして彼らは、奇妙なことにぴったり同時に叫びながら敵へと突進していった。

<村>
「×××××!!」
「これは受け止め‥‥!」
 賞金首・楼棒が振り回す棒の先端がレジーナの脇腹を捉え、軽量の彼女は弾き飛ばされる。既に全身は軋む様に痛く、許されるならそのまま一日中寝てしまいたい気持ちであったが、そんな状況でないことは彼女も理解している。
 レジーナはレイピアを杖代わりにして、矢が肩に一本刺さっている敵を見据えながら立ち上がった。
「大丈夫ですかレジーナさん。今回復します!」
 予想外の声に驚き、後ろを振り向くレジーナ。彼女の視界に映ったものは、村の中央部にいるはずのサラの姿と‥‥村の中央部にあるはずの、村長の家であった。知らず知らずの内にここまで誘導されてしまっていたのだ。
「わたくしとしたことが、踊らされていたとは失策でしたわ。‥‥でも、ここからはそうはいきませんわ!」
「‥‥押し通―る!!」
 だが、結果としてそのことは彼女へ有利に働いた。回復を受け、ハインリヒの援護をも受けたレジーナはダメージも抜け切らず、時折弓矢の攻撃を受けながら戦わねばならない楼奉と互角の戦いを演じる。

「ちっ、さすがに三対一は楼奉でも辛いですか。‥‥ですが、ゴノフッ! お前の出番ですよ!!」
 グルーダと理雄の二人に狙われ、剣を交えるというよりは逃げ回っていたディールは、口元を醜く歪ませながらなぜか空へ口を向けて叫び声をあげる。
「‥‥ハハッ、綺麗な背中が丸見えだぜ。お嬢ちゃん!!」
 冒険者達がディールの叫び声の意味を悟った時には‥‥サラは背中をナイフで貫かれ、その場に崩れ落ちていた。
「どうですかっ! これであなた達の便利な回復薬はなくなってしまったわけなんですよ。さあゴノフッ、そのまま村長の家に押し込んで‥‥!! ころせぇ!」
 グルーダの攻撃を必死にかいくぐりながら、ゴノフと呼んだ暗殺者に指令を送るディール。ゴノフはサラに止めを刺すべきか一瞬躊躇した後、より殺せる命が多い村長宅を選択した。
「‥‥どうした、冒険者はみんな一対一じゃ賞金首に敵わないと思っているんだろう? だったら‥‥きっちり正面からかかって来い!!」
 ゴノフの眼前に、とめどなく溢れる怒りから全身を小刻みに震わせたクリスが立ちはだかる。重厚なその鎧、盾、日本刀‥‥それはクリスから充満する殺気と混ざり、ゴノフへ言い知れぬ恐怖を与えた。
「ハーマインッ! 頼む、俺を援護し‥‥ぅ‥‥ぁ‥‥」
「戦いの最中に目を逸らすな。‥‥終わりだよ」
 クリスの鎧に突き刺さった矢から血が一滴、大地へ落ちたとき‥‥胸元を日本刀で一突きにされたゴノフは、その場で絶命した。
「サラさん、これを誕生日プレゼントとでも思って使ってください」
「クリスさん‥‥ありがとうございます」
 ヒーリングポーション、ついでリカバーポーションをサラへ服用させるクリス。やがて立ち上がったサラを見て、ようやくいつも通りの微笑を見せるクリス。
 しかし、彼の笑顔は長く続かず‥‥新たな敵の襲来に日本刀を振り上げた彼は、その敵の一撃を受けて村長宅の壁に激突した。
「やれやれ、鎧が重くてバリケードを超えるのに手間取っちまった。すまねぇなディール」
「遅すぎますよミシェラン。‥‥でも、あなたが来てくれたからには百人力です」
 皮肉にもクリスと同じく重厚な鎧を身に纏った彼は、クリスを遥かに凌駕するその巨体を冒険者達の前に現したのであった。

<村・南側>
「知り合いにあなたへ執念を燃やしている奴がいるんだけど‥‥かなりの凄腕らしいわね」
「それを知っているのならそこからどけ。俺に敵わないことくらいわかっているだろう?」
「悪い冗談ね。あなたが例え誰であろうとも、私は任務を全うするだけだから。‥‥後ろに護るべき対象があるのなら尚更だわ」
 賞金首であるルードの噂を伝え聞いていたクレアは、自分より一回り大きい相手と躊躇することなく向かい合う。退転することなき相手の意思に、ルードも大剣を引き抜き、間合いを測る。
 突撃を心情とする彼の戦闘スタイルが崩れたのは、彼自身の変化の影響か、それとも相手に対する敬意を表してのものだろうか。ルードは相手に比べれば確実に長い間合いをいかして、徐々に距離を詰めていく。
「間合いに差があれば‥‥縮めればいいだけの話よ!」
「‥‥なにぃ!」
 唐突にクレアの腕が『伸び』、紙一重の間合いをあっという間に制圧する。手に握られたホイップはクレアの腕の振りにあわせて大いにしなり、金切り声をあげながらルードの左足に絡みつく。
「そんなものはもう少し相手を見て使うんだな!」
 だが、ルードはそのまま足を掬い上げようとするホイップを、大地を踏みしめることによって無効化させると、そのままの勢いでクレアへ肩から突っ込んでいく。女性冒険者としては長身に分類されるクレアであるが、二メートルに迫ろうとする大男の突撃に回避することもままならず弾き飛ばされる。
「脆いな。さあ、急がねば‥‥‥‥」
「待ちな‥‥さいよ。私は夜駆守護兵団団長‥‥必ず護ってみせる!!」
 背を向け村長の家へ急ごうとするルードの足を再度ホイップが襲い掛かり、命中した部位からうっすらと血液が爛れ落ちる。胸を押さえ、息を詰まらせながらも気丈な言葉を放つクレア。
「哀れだな、格の違いってものがわからないか小娘! 俺はグルーダ以外眼中に‥‥」
「弱者ばかりを狙うあなたのどこに格がある!? 護ることも知らない人間が、偉そうに言うんじゃないわよ!」
「煩い! お前に、お前に一体何がわかるというのだ!!」
 からのリカバーポーションが投げ捨てられ、大剣は切っ先を喉元へ向けたまま直進する。空を染める膨大な量の血液、それに染められる両者! ‥‥あとに残ったのは、全身を深紅に染めて呆然と立ち尽くすルードと、力なく大地によこたわるクレアの姿であった。
「‥‥‥‥‥‥ハァッ、ハァッ‥‥」
「ルードオオォオ!!」
 その場から動かないままただ息を荒げるルードへ、激昂した閃夏が襲い掛かる! 回避をよしとせず、大剣を上半身の力だけで振り放つルード。
 鳴り響いたのは金属音。腕力だけならば、この力比べの結末は火を見るより明らかであった。
「足を一本もっていかれちまったか‥‥」
 だが、徐々に剣が峰を顔へ押し付けられていくのはルードであった。予想外の手応えを感じた閃夏は大地を蹴り、両腕の筋肉を隆起させて一気に勝負を決めようとする。
「ルード、その顔を見るのもきょうが最後だ!」
「悪いが、この程度ならまだ俺が‥‥!!」
 金属と金属とが激しく擦れ合う中に通った金切り声。その声をあげた主は、ルードの片足の感覚を奪った後に‥‥引き際をわきまえた役者のように大地に寝そべった。
「貴方達に誇り高き月と‥‥崇高なる夜の‥‥恩寵を‥‥守って‥‥」
 朦朧とする意識の中でホイップを放ったクレアは、微笑んだまま何かを呟き、今度こそ完全に意識を失う。
「何てことだ、グルーダどころかこんな小娘に負けちまうとはな‥‥うおおぉおお!!」
 ルードは上半身に残った最後の力を振り絞ると、日本刀の軌道を僅かに‥‥心臓から指へと変更させる! 肉の斬れる音、骨が切断される音‥‥肉の塊となったそれは、ボトリと言ったきり、動かなくなった。
「これまでだルード! お前が今まで殺してきた人に罪を詫びながら‥‥」
「終わるつもりは‥‥ねぇんだよ小娘!」
 指をもぎ取られ、戦闘手段をほぼ喪失したルードへ日本刀を振り上げる閃夏。しかし、確実に止めを刺そうとする彼女の行動は一瞬の隙を生み、ルードは指の残った腕で余るほど入手可能な鮮血を掬い取り、目潰し代わりに投げつける。
「さらばだ! 俺は‥‥まだ終われない!!」
 閃夏が思わず怯んだ隙を突き拳で腹部に一撃を加えると、追撃もせぬまま逃走していくルード。
「大丈夫ですかクレアさん!」
 閃夏はリカバーポーションを服用すると、倒れたままぴくりとも動かないクレア彼女のそばへと駆け寄っていった。

<村・東側>
「ニィッ、どうやら拙者の‥‥勝利のようだな」
 琥珀は腕と額、そして胸からとめどなく流れる血液を包帯で止血すると、倒れこんだ二人の男と、二人の治療にあたっている深雪を見下ろす。
「拙者は無駄な殺生をよしとせぬ。そのまま寝ておけ」
 一通りの止血を終えると、傷に響かないようゆっくり村長宅へと歩いていく琥珀。この程度の傷ならばまだ戦えないこともない。
 そう、まだ自分程度の傷であるのなら。
「‥‥‥‥」
「貴様‥‥‥‥」
 だから自らの前にまたしても、言葉もなく立ちはだかった満身創痍のイグニスを前にして、彼は驚きを隠し得ない。疑問、罵詈雑言の類の言葉が浮かんでは消え‥‥彼は武器も持たない男を、ただじっと眺めることしかできなかった。
 一歩たりとも前に進むことはできなかった。
「馬鹿らしい、拙者は帰る!! そこの女、こいつを死なせるなよ。放っておいたら死ぬぞ!」
 結局足を踏み出すどころか武器すらまともに握ることもできなかった琥珀は額の汗を拭い取ると、深雪に捨て台詞を投げつけて村長の家とは反対方向に歩いていった。

●余幕
「さて、これも依頼なんでなぁ。悪く思うなよ!」
 ミシェランが持っていた槍が真紅に染まり、床が鮮血に覆われる。足を貫かれた村人は、悲鳴をあげながら悶え苦しむことしかできない。
 賞金首がついには村長宅に突入したというのに、冒険者達の中で手が空いている者はいない。理雄はディールと、レジーナとハインリヒは楼奉とそれぞれ交戦中であるし、ハーマインの標的にされているクリスは遮蔽物を利用しながらゆっくりと村長宅に近付くしかない。唯一止めに入ったサラは戦闘能力を持っておらず、あっという間に弾き飛ばされてしまった。
 自分たちを守ってくれる者はおらず、ただ捕食者が生を奪い取るのを待つのみ。さながら地獄絵図のような状況を打破する力を持った者、そんな都合のいい存在は‥‥。
「うわあぁぁあああ!!」

 久しく使っていなかった全身の筋肉が悲鳴をあげる。鞘に収まっているばかりで、抜こうとすればギリギリと音がする、錆まで入った刀を握り締める。
 弓の弦を引く、矢を構える。あれは獲物ではない。だが、決して外すことはできない。十回に一回も当たらなかった自分の腕をわかっていようとも!
 思い出せ! 思い出すのだ!! かつて武器をとった懐かしき記憶を! 何のためにジャパンの片田舎から遠くキャメロットにまで渡ってきた!? 何のために偉大な父から弓と罠を、生きるための知恵を学んだのだ!?
 せめて、せめてこいつを足止めすることくらいできてもいいだろう!!

「まさかここまできて伏兵がっ!」
 鬼気迫る一撃を受け、ミシェランは家の中を転がりながら外へと脱出する。
 そして彼が重い鎧と身体を起こした時、そこには‥‥クリスとグルーダが刃をこちらに向けて立っていた。
「ミシェラン、もういいです。一応の目的は達成しました。さっさとずらかりますよ! ゴノフはともかくあなたまで失うわけにはいきません!!」
 矢の援護を受けながら、逃走を開始する賞金首達。冒険者達は依頼本来の目的を思い出し、追撃することをよしとせずに傷ついてしまった村人の手当てにあたったのであった。

 こうして、冒険者達の依頼は一応の成功を迎えたのであった。