●リプレイ本文
●序幕
全くもって突然ではあるが、キャメロット在住の冒険者、ヲーク・シン(ea5984)(ドワーフ、16歳、男)は悩んでいた。何故だ。どうしてだ? よりにもよって自分が‥‥‥‥彼女がつくれないばかりか、あろうことか『ホ●であるかもしれない』という疑惑をかけられなければならないのだ!?
「宮廷絵師に絵画まで頼んだっていうのに‥‥」
彼の脳裏へ走馬灯の如く浮かんでは消える過去の‥‥パーティー会場へ至るまでの思い出。
●幕間
「神の御手より、貴女の優しい吐息こそ我が癒し」
‥‥と、彼が声をかけたのはノース・ウィル(ea2269)であった。なるほど、聖夜祭を間近にして敢えて神の御手を持ち出そうとするその大胆さは目を見張るものがある。
「輝く銀髪は我が灯火、いかなる暗闇に塞がれようと、俺は貴女を見失ったりしない」
‥‥と、彼が声をかけたのはゼファー・ハノーヴァー(ea0664)であった。口説こうとする相手の特徴的な部位を誉めることは基本に即している。まことに王道であり、かつ確実な台詞と言えるだろう。
「おぉ、メイドが‥‥ック! 大隈さん、職としての忠誠でなく、俺と愛を育まないかい?」
‥‥と、彼が声をかけたのは大隈えれーな(ea2929)であった。メイドという存在自体がツボにはまってしまうタイプの人間(ドワーフ)にとって、自己を制しながら口説くことは並大抵の精神力ではできないことだろう。職業をポイントに攻めるあたりも高等テクニックと言えるだろう。
だが、だが、だが!! 結果はすべて無残なまでの空振りである! えれーなに至ってはスタンアタックまで仕掛けてきた! 何故だ!!?
「ヲークさんが見境なく、手当たり次第に声をかけているからだと思いますけど‥‥」
「おおぉ! ケンイチ、君のその高貴な‥‥がああぁああ!!」
声を出して悩むヲークの後ろから、依頼に同行した仲間として客観的な見解を述べるケンイチ・ヤマモト(ea0760)。そしてヲークは彼を思わず反射的に‥‥口説こうとしてしまったのだ。
●一幕
「駄目だ、落ち着け、俺。最近のモーホー疑惑を確定させたら駄目だ」
会場に流れていた音楽が曲調を変えたことをきっかけに、ヲークは過去の忌まわしき記憶を頭の奥深くに封印する。彼とて今まで幾多の濃密な(この意味については敢えて触れまい)冒険をしてきたのだ。この程度でくよくよしてしまうほど小さな人間ではない。
「よしっ、ここは気を取り直してレッツダンスだ! ‥‥どうですかお嬢さん、あなたのような美しいお方がこのようなところで一人いるとは勿体無い。できることならばその滑らかな指先の‥‥‥‥」
ヲークはダンスタイムの開催に自らを奮い立たせると、猛牛の勢いで(見境なく)婦人に突撃し‥‥砕け散っていった。
「やれやれ、ヲークももう少しレディの気持ちを汲み取ることができれば、出会いを楽しむこともできただろうにな」
やれやれと溜息をついたのは天那岐蒼司(ea0763)である。彼からすれば、鼻息荒く相手に突進してわざわざ自らの語学力のなさを露呈させるつもりなどない。
こんな場であるからこそ悠然と構えている人間に価値が生まれるものだし、盛り上げ役に徹すればソツなくパーティーを楽しむことができる。それで‥‥
「折角のパーティーなんだから、楽しもうぜ〜?」
「別に静観しているつもりは無いさ、そう言うリオンこそこういう場所での出会いは大切にするべきではないか?」
思考を中断させられる形となったリオン・ラーディナス(ea1458)の言葉にも動じない蒼司。それはまさしくパーティーを知り尽くした、冷静な振る舞いといえよう。‥‥まあ、それだけなのでもあるのだが。
「オレの名前はリオン、出身はノルマンです」
合コンで押しを忘れた者に待つのは敗北の二文字である。その言葉を胸に刻み、いざノースへと突進するはリオン!
「いや〜、最近よーやくファ『イタ』ーが『板』について来まシタっ。どうかヨロシク〜」
非常に残念なことに‥‥初撃はかなり空振り気味ではあった。
「うむ、私はノースだ。リオン殿、どうかよろしくお願いする」
だが、ここで聖夜前のひとひらの奇跡が起こる。テーブルの上のチーズを頬張り、小さな幸せを密かに満喫していたノースは眉間に皺を寄せるどころか、丁寧な仕草とともに一輪の蘭を思わせる高貴な微笑を彼へ贈り返したのだ。
「そ、そういえばキミ。ダンスを‥‥教えてくれないか」
頬を赤らめ、しどろもどろになりながら予定していた言葉を何とか発しようとするリオン。
「ん、ダンスか? うむ、構わないぞ。僭越ながら手ほどきをしよう」
リオンに自分の手首を掴ませると、いつも生徒に社交ダンスを教えている要領で、ゆっくりとステップを踏むノース。爪先は楕円や半円をなぞりながら優美な曲線を描き、冒険者らしく華奢な中にも筋の通った上半身は、ダンスなどほとんど見たこともないリオンへ次の一歩を確実に示す。
圧倒的な技術に裏打ちされた彼女のダンスはいつしか会場全体のそれを巻き込み、参加者たちは踊りながら、あるいは食事を口に運びながらも彼女の一挙手一投足に注目するようになっていった。
「綺麗だな。ステップも‥‥」
『も』のところに若干力を込めて、ノースの耳元で言葉を囁くリオン。数分にして会場のマドンナへと変貌を遂げた目の前の女性に、彼もまた心を奪われていたのだ。
「余裕があるようだな。‥‥慣れたのなら少しテンポを上げるぞ」
囁かれた言葉に頬を朱に染めながらも、平静を装ってダンスのテンポをあげるノース。あっという間に早くなっていくそれに、徐々に二人の足は‥‥歯車が外れた人形のように食い違っていった。
足払いのような形でかかるリオンの足。バランスを保ちきれず、倒れこむノース。床に手をつこうとしたリオンの手がノースあらぬところに触れ‥‥‥‥一通りのお約束的行動が起こった。
●二幕
「‥‥あちらは大変なようだな」
ノースの平手がリオンの頬を捉えて『パーン』と小気味いい音が響いた時、ゼファーはその状況を横目に溜息をつきながら、テーブルの上に並べられた料理を頬張っていく。
冒険者として実績を積み、それなりに収入を得ていた彼女であったが、こと手の込んだ料理となるとその名の通り冒険を本分とする冒険者ではなかなかお目にかかる機会はない。色気より食い気というわけではないが、彼女はもぐもぐと料理を口に運んでいた。
「どうも、ゼファーさんはじめまして。私はイーゲル・クレイム(ea0226)です。できれば末永く付き合っていきたいものですね。‥‥どうですか、ご一緒にダンスでも?」
そんな折、横で同じく料理を頬張っていたイーゲルが彼女に声をかける。初めての挨拶にしてはかなり大胆な気もするが、出会いを目的としたパーティーであるのだからこのくらいの台詞は適当であろう。
「いや、すまないが遠慮しておく。ダンスを踊ったところで相手の足を踏むだけだろうしな」
これまで数人にかけられてきたそれと同じように、ダンスへの誘いを断るゼファー。誘いをあっさりと断られてしまったイーゲルは軽く首をかしげると、彼女へ礼をした後に他の参加者とのダンスへと興じていった。
「‥‥もう少し柔らかく言っていればよかったかな」
「ああ、そういうこともあるかもしれないなゼファーさん。でも、それはあなたの光に照らされた一側面しか見ていないからこそ‥‥‥‥」
微笑みながらダンスを踊るイーゲルを横目に、ゼファーは紅茶をすすりながら先程の断りが失礼にあたらなかったかなどということを考え‥‥いつの間にやら隣にいたヲークに軽く頭痛を起こして頭を抱えた。この短時間でかなり場数を踏んだらしく、ヲークの服装は歴戦の傭兵さながらに年季を帯びていた。
「ヲーク殿、気合いが入ることはいいことだと思うがな」
「ゼファー、これは気合いではないよ。君の美しさに対する情熱にほかならないのだよ」
やれやれと大きく息を吐き、無駄と知りつつもヲークを諌めようとするゼファー。しかし案の定ヲークは彼女のことなど意に介そうとせず、延々と口説き文句を述べていく。
「ヲークさん。あちらで美しい女性があなたをお探しでしたよ」
「なんだってえっぇええー!!」
テラスを指差しながら放たれた言伝の驚愕の内容に、ヲークは鼻息も荒くテラスへと突進していく。‥‥彼が行く先にはえれーながチョップを狙うべく手刀を構えて待っていたのであるが、その時の彼にそんなことは知る由もなかった。
「さて、それではゼファーさん。私たちもあちらのテラスで楽しいひと時を過ごしませんか? 僭越ながら演奏になら自信がありますので、一曲踊っていただければ幸いです」
スコーンとチョップの命中する音が微かに会場に響き渡る中、ダンスが踊れないならばとゼファーの手を取りテラスへ誘導しようとするケンイチ。
「やめておこうケンイチ殿。‥‥テラスに出る事は依頼内容違反だ」
「おっと、そうでしたね。‥‥それでは、普通に楽しくお話をしましょうか」
嫌な顔一つせずゼファーへ向き直ると、テーブルのワインを傾けながら彼女との会話に花を咲かせていくケンイチ。
その雑談は、雑談の域から出ることなく終焉を迎えてしまったのであるが‥‥。
●終幕
「お料理の味付け・調理方法・細工、洗練された食器、お部屋の飾りつけ・照明、ドレスのデザイン・縫製、化粧用品‥‥どれもすばらしいパーティーでしたね。ヲークさん」
「‥‥うん。そうだったね」
パーティーのことを思い出しながらうきうきと思い出を話すえれーなへ精気のこもっていない返答を返しながら、この日結局収穫らしい収穫のなかったヲークは両肩を落としながらガックリと宿への帰り道を歩いていく。
冒険者の告白数はこの日ゼロ。蒼司とイーゲルは告白はされなかったものの参加者の女性と食事に向かったものの、長続きするような付き合いになるとは思えない。
「どうでしたか、リオンさん。会場のマドンナを一時とはいえ独り占めにした感想は?」
悪戯っぽく微笑んだのはケンイチ。その後も素晴らしいダンスを披露し、一挙に十数名からの告白を受けたノースはこの場にはいない。誘いを丁重に断ることに時間がかかっているのだ。
「そうだな、俺は‥‥なんでこー、勇気を出して、後もう一歩を踏み出せないかなぁ‥‥」
あの時目の前に広がった、自分よりほんの少し年上の女性のことを思い描きながら、冬の色を帯びた薄暗い空を見上げたまま吐き出したリオンの溜息は、白くにごってそのまま雲へと吸い込まれていった。