●リプレイ本文
ガタゴトと音をたててリアカーが森の中の道を移動していく。
彫像を運搬しているリアカーは相当ボロがきているのか、車輪は今にも外れそうであり、引き手を担っているハイエラ・ジベルニル(ea0705)の腕へ、揺れに伴って断続的に衝撃がはしる。
「‥‥っ、バランスを取るのが難しいな」
「おいおい、気をつけろよ。‥‥つーか、彫像と言ってもわからねぇもんだなぁ」
小刻みにゆれるリアカーと時折ふらつくハイエラの様子に、空魔玲璽(ea0187)は彫像の状態を伺いながら一応声をかける。
「ったく、本当にわかんねぇ。こんなもんのために十人も冒険者を雇ったのか?」
ぐらつく彫刻を再度固定した後、たった一つの運搬物を守るために集まった自分を含めた十人の冒険者を改めて確認し、苦笑いの感情も込めてケラケラと笑う。
「あんまり文句は言えないんじゃないのか? 言葉も通じない俺たちを雇ってくれてるんだ。俺も、あんたも華国以外の言葉は喋れないからな。‥‥まあ、通じない言葉を言ってもしかたがないから不満は抑えておこう」
今回結成された十名の冒険者パーティーの中で、唯一玲璽の言葉がわかる人間である天那岐蒼司(ea0763)は独特のなまりがある華国語で玲璽に話し掛けた。
酒場で相談をしていたときはシフール通訳がいたため他の仲間たちとの会話に別段困ることもなかったが、一歩酒場から出てしまえば――正確には通訳から離れてしまえば、華国語しか話せない彼らに、キャメロットに住む大半の人々とのコミュニケーション手段は存在しない。
他にも、今回集まった10人の冒険者は自国語しか話せない者が多かった。ツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)とアッシュ・クライン(ea3102)はゲルマン語しか話せないし、ハイエラに至ってはラテン語しか話せないのでこのパーティーの誰とも会話をすることができない。したがって冒険者たちは時に身振り手振りをしながら何とか自分の意志を伝えようとする必要があった。
「やれやれ、言葉が通じないってことは難儀なことだねえ。あたしはイギリス語とゲルマン語なら喋れるから、通訳なら任せておきな。‥‥もっとも、通訳の経験はまったくないけどねぇ」
全体で再度作戦を立てようにも、あるいは単純に『話す』という行動を取れずにいる冒険者一団の状況を見かねて、パトリアンナ・ケイジ(ea0353)は、その凡そレンジャーであるとは想像し難い筋肉質の肉体そのままに、堪能とはいえないイギリス語で豪快に笑い飛ばして見せた。
「それはありがたい。いざという時はよろしく頼む」
「ああ、もちろんだよ。あたしも若い男に囲まれて、嬉しいからねぇ! あっはっはっは!」
ゲルマン語で話し掛けてきたアッシュへ、またも豪快に応対するパトリアンナ。余りにも大きな笑い声と叩かれた背中に、アッシュの頬へ一筋の汗が流れ落ちた。
‥‥だから、彼はその笑い声の中、自分を取り巻く森の一部がほんの少しだけざわめいたのに気付かなかった。
「来たぞ!! 全員油断するな!」
ゴブリンの襲来をいち早く察知したアレス・メルリード(ea0454)の声が笑い声を一掃させ、ついで彼が乗る馬の蹄音が森の中に凛と響き渡る。アレスは馬上でノーマルソードを引き抜くと、前方に現れたゴブリンへ向けて騎馬突撃を仕掛けた。
『ギギイイィ』
だが、今は足場も悪ければ戦場適性もよろしくない。悪い足場の中で馬はそれほどのスピードは出せず、尚且つひとたびゴブリンに森の中に逃げ込まれては、馬上の彼に打つ手はない。逆に、森の中から木の枝などを投擲され、牽制されてしまう始末である。
「この俺が‥‥ゴブリン如きになめられてたまるか!」
だが、彼もそれで終わってしまうような冒険者ではない。どこからともなくダーツを取り出すと、笑い声をあげながらこちらへ落下物を投擲してくるゴブリンへ向け、木々の隙間を縫うようにしてダーツを狙い済まして投げ入れた。
ダーツはゴブリンから僅かに逸れて樹木に突き刺さったが、慌てふためいたゴブリンは他の仲間と共に、彼らの有利な場所であるはずの森から冒険者が待ち受ける道へと移動した。
「おいでなすったか。絶対にこいつには近づけさせないように‥‥!」
唐突にやってきた戦いの時に、アッシュが自分へ言い聞かせるようにして放った言葉が言い終わる直前、ゴブリンが持つぼろぼろのロングソードが彼めがけて躍動した。鈍い金属音が響き渡り、彼がもつ盾が刃を受け止める。ついでアッシュはロングソードをゴブリンの喉もとめがけて突き出したが、その一撃は逆にゴブリンの持つぼろぼろのスモールシールドによって受け止められた。
『イィイィ!』
両手が塞がったアッシュを狙い、別のゴブリンが棍棒と奇声を振り上げながら迫り来る。アッシュは目の前のゴブリンを前蹴りで弾き飛ばし、その攻撃に対処せんと試みるが、振り上げられた棍棒が振り下ろされることはなく、ゴブリンは悲鳴をあげながらその場に棍棒と共に倒れこんだ。
「ダーツを使うのは初めてだが‥‥悪くないな」
ゴブリンへダーツを投げた当人、ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)は見事に命中した自らの攻撃を評価するのもそこそこに、新たなダーツを握り締める。
噂どおりの十匹、しかし大挙して襲い掛かってきたゴブリンは、冒険者が持つ荷物を奪い取ろうと、森の中、あるいは道で冒険者と戦いを始めていた。
「簡単そうで報酬が高いと飛びついたのはいいけど‥‥接近戦は苦手なんだよな!」
ゴブリン二匹に囲まれたツウィクセルはダガーを振り回しながら必死に敵を牽制していた。そもそも彼の専門は射撃分野なのであるが、予算の都合上、現在彼は射撃武器を持ち合わせていない。かといって気休め程度のダガーでは、敵がたかだかゴブリン二匹であるとはいえ、苦戦は免れ得ない。棍棒はダガーを弾き落とし、敵のダガーは彼の頬から鮮血を滴り落とさせた。
「悪いな‥‥戦場で背中なんて見せるヤツが悪ぃんだ! 『龍飛翔!!(ロン・フェイ・シャン)』」
刹那、叫び声で振り向かせたゴブリンの顎めがけて蒼司の拳が突き上げられる。あたかも龍が大地から飛び上がる様を模式したかのようなその技は、スモールシールドをあっさりと突き破り、ゴブリンを天空へと打ち上げた。
「なかなかやるなお前。‥‥斬るや撃つもいいが、男はやはり拳で語る生き物だからな!」
その光景に呆気に取られていたもう一匹のゴブリンを玲璽の拳が樹木まで弾き飛ばす。
「当てりゃ勝ちだ! 賭け事は分が悪いほうが面白い!!!」
さらに玲璽はゴブリンに止めを刺さんと、片足で大地を蹴り、渾身の力を込めた拳をゴブリンへ向けて突き出した。刹那、郷土が弱くなっていたのか、樹木が豪快な音をたてて崩れ落ちる。‥‥そう、つまり彼は賭けに負け、運悪く命中率の悪いこの一撃を外してしまったのだ。九死に一生を得たゴブリンは安堵のため息を漏らすのもそこそこに、ダガーを構えて玲璽へ向かおうと試み‥‥豪快に転倒した。
「申し訳ありませんね。自然の力を感じられるこの森は僕たち精霊魔法使いにとってはいい場所なんですよ。‥‥あなたの足、塞がせてもらいました」
冒険の最中、初めての依頼に緊張したのか、ひたすら青白い顔を浮かべながら震えていたアルノール・フォルモードレ(ea2939)のスタッフが大地につけられ、雑草が生命をさずかったかのようにゴブリンの足に絡みつく。ゴブリンは予想外の事態に自分がダガーを持っていることも忘れ、何とか力で振りほどこうとするが、焦りのせいもあってかなかなかうまくいかない。
「ごめーん。こういう時待ってあげるわけにもいかないからね」
そしてゴブリンの眉間にサックリと夜黒妖(ea0351)が投げた手裏剣が突き刺さり、ゴブリンはその場に倒れこんだ。
「舞うように‥‥踊るように!!」
「ふおおおぉおお!!!」
他方では、ハイエラとパトリアンナがゴブリンの一団と戦っていた。かたや舞うように、ナイフを曲線的に動かすハイエラと、豪快にスープレックスで投げ飛ばすパトリアンナ。‥‥どちらの方がより効果的にゴブリンへダメージを与えられているのかは、言わずもがなのことであった。
『イィイイぃ‥‥』
パトリアンナに投げ飛ばされ、樹木に脳天から激突したゴブリンは弱々しい声をあげて意識を失う。‥‥本来、彼女は飛び道具を専門とするレンジャーであるはずなのだが‥‥‥‥何でもお金がなくて矢が一本しか買えなかったから肉弾戦を主体としているらしい。
『ナイフで傷つけられ、スープレックスで止めを刺される』という、何とも奇妙な二人の協奏曲は、二人に多少の手傷を負わせることとなったが、次々とゴブリンを撃破していった。
『イイイギィイ!!』
いかに相手がレベル一の駆け出し冒険者であろうとも、所詮は何の統率も持たないゴブリンの一団である。奇襲に失敗した時点で勝ち目は既になく、数においても敗色濃厚となった時点で彼らは誰からともなく撤退していった。
「‥‥さて、ゴブリン達も逃げていったことだし。私たちは先に進んで依頼を達成させようか」
ゴブリンの一団が撤退したことを確認すると、黒妖は安堵のため息を漏らして先に進もうと仲間たちへ促す。
だが、予想外にもこの至極当然の意見に異を唱える者があった。ダーツでゴブリンを牽制していたゼファーである。
「まだ駄目だ。‥‥まだ投擲した武器を回収していない」
彼女の言葉に合わせて、冒険者たちは無言でダーツなり矢なりの捜索を開始する。‥‥‥‥何が悪いのかって? 言うまでもない。すべては貧乏が悪いのだ。
<小屋>
「‥‥‥‥ああ、注文通りの品物だ。よくぞここまで仕立て上げてくれたものだな。君達も道中は大変だっただろう。たいしたものは出せないがお茶でも飲んでいってくれ」
無事目的地にたどり着いた冒険者を出迎えたのは、立派な顎髭を蓄えた老人であった。猟生活を営んでいるのか、小屋の外には弓の類が点在している。
「はい。それは構わないのですが、まずは預り証をいただけませんか」
「おお、それはうっかりしていた。‥‥少し待ってくれ。確かここに‥‥‥‥ああ、あった」
アレスの言葉に老人はポンと手を打つと、身を翻して部屋の奥の引き出しへと向かう。そして、冒険者は今まで老人に塞がれて見えなかった小屋の中の様子‥‥‥‥小屋の中にたてかけてあった一枚の肖像画を初めてその瞳に映す。
「あの絵‥‥‥‥どこかで‥‥」
目に映った肖像画を前に、どこか違和感を覚えて首をひねる玲璽。
その絵に描かれていた老婆は、優しく彼らに微笑みかけていた。
‥‥だが、その瞳は、どこか誇らしげであった。