沈黙は金?

■ショートシナリオ


担当:みそか

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 36 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月18日〜01月27日

リプレイ公開日:2005年01月28日

●オープニング

<クロウレイ地方・アーノルド領>
「ようやく落ちつきを取り戻してきたようですな。先代が亡くなった時は、正直どうしたものかと思っていましたが、これも領民の協力があってこそのものですな」
「ふん、僕に言わせればこの程度はまだまだですね。紙一重で黒字の財政、領民を苦しめる高利貸し対策、他国からの脅威‥‥問題は挙げればきりがありませんよ。これら全ての問題を解決しようと思ったら‥‥‥‥ああっ、考えるだけで膨大な時間がかかってしまう。それを止めることができないのもまた領主としての苦しみではありますがね」
「まったくもってその通りでありますな。できることなら、あなたにはまず歳相応の口調を覚えいただきたいという希望もありますが‥‥」
 目の前でえらそげにたいそうな理念を述べる子供に、後見人である元執事はいつもの通り嫌味を込めた諌言を述べる。なるほど、頼りがいのある領主というものは稀有であるがゆえに本来ならば称賛されるものであるが、それには年齢という要素も非常に重要なのだなと実感させられる。
 執事は大人気なく引きつってしまった口元の皺を気付かれないように整えると、恐らく自分は見ることはできないであろうこの子供の将来を案じた。
「シュペルーー。ちょっとお願いがあるんだけどいいかなぁ?」
「なんだいミーア。生憎だけど僕は仕事が忙しいんだ。要件なら手短に頼め‥‥」
「衛兵、無愛想、怖い。何とかしろ」
 自分の言葉を遮って実の妹から放たれた恐ろしく簡潔な(そして恐ろしく一定の感情がこもった)台詞に、今度はシュペルが口元を歪ませる。それを整えようとしないあたりは彼の社会経験不足が露呈した部分と言えよう。
「‥‥なぜだいミーア。衛兵が無愛想なのはいいことじゃないか。仕事中に無駄口はしないってことは、基本だけどなかなか守られないことだよ。それを実践している衛兵は窮地の際にも的確で迅速な行動が‥‥」
「仕事以外でも無愛想だもん。こっちから話しかけても『はい』か『いえ』か『難しいですな』の三つしか返事がないんだよ! これって信じられる!?」
「そうですな。明朗快活であってこそ窮地の際にも安心できるというもの。衛兵と信頼関係をつくることは重要なことですぞ」
 歳相応の意見を述べる妹にシュペル少年の口元はみるみる引きつっていく。さらには後見人から打ち込まれた援護射撃に、さしもの彼もついつい陥落した。
「わかった。‥‥こういう仕事は冒険者に頼むのがいいだろう。強き者の言葉こそ衛兵の心をほだす鍵でしょうからね。至急、ギルドに依頼してください」
 領主はやれやれと溜息をつくと、ギルドへの依頼文を作成するため書斎へ移動するのであった。

<冒険者ギルド>
 依頼内容は無愛想な衛兵一名をせめて挨拶くらいはできるように教育していただくことです。こちらの調査ではその衛兵の雑談を聞いた者は城内では皆無であり、文章として成り立っている言葉を聞いたことがある者ですら稀のようです。そのためか、武の実力はあるのに四十路を過ぎているというのに恋人らしき存在すらいないようです。
 彼の過去に何があったのかまで詮索するつもりはありませんし、また詮索して欲しくもないのですが、どうにかして彼の性格をほんの少しだけ明るくしてやってはくれませんか? 手段、経費は常識の範囲内なら不問とします。
 尚、冒険者の皆様はこちらが臨時で雇った有識者として滞在していただきます。それゆえ、武術でも調理でもダンスでもラテン語会話でも結構ですので、何か特殊技能を持った方に限定させていただきます。もちろん、特殊技能は衛兵を警戒させないための単なる口実ですので、何もなければ『誰にも負けない熱意』や『優しさ』あるいは『生き抜くための知恵』など無形のものを特殊技能とされても当方は一向に構いません。
 どうかよろしくお願いします。

●今回の参加者

 ea0370 水野 伊堵(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0445 アリア・バーンスレイ(31歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea0966 クリス・シュナイツァー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea2929 大隈 えれーな(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea8366 フランシスカ・エリフィア(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ケンイチ・ヤマモト(ea0760

●リプレイ本文

●序幕
「近々お客様が来訪されるので、それに備えての増援という形で配属されましたクリス・シュナイツァー(ea0966)です。よろしくお願いします!」
「同じくキャメロットから来ましたルーウィン・ルクレール(ea1364)です。慣れないところもあると思いますがどうかお手柔らかにお願いします」
 日が真南から大地を照らす頃、新入りの衛兵という名目で一足先にアーノルド城にたどり着いた両名は馬から降りてこれから三日間生活を共にする衛兵達に挨拶をする。
「短い期間ですが、いざという時に衛兵内の連携がとれないのでは話になりません。皆積極的に交流し、職務に励むように!」
 領主であるシュペルの号令を受け、後ろ姿を敬礼したまま見送る衛兵達。‥‥だが、そんな張り詰めた空気はあっさりと終わる。衛兵達は大都市であるキャメロットの話を聞こうと自己紹介を兼ねて積極的に二人へ話し掛けてくる。‥‥ただ一人の衛兵を除いては。
「‥‥‥‥」
 改めて依頼書を見直さずとも容易に判別できる寡黙な衛兵は、二人へ軽く会釈をすると、訓練場の方向へこれから何が行われるか理解しているかのように堂々とした足取りで歩いていく。
「さてと、新入り。一通り自己紹介も済んだことだし‥‥お前達の実力を見せてもらおうか? 臨時とはいえ一応慣習なんでな、よろしく頼むぜ」
 無口な衛兵が見えなくなってから暫く時間が経過したとき、一人の衛兵がニヤニヤと口元を緩めながら肩を掴むと、他の衛兵達と共に二人を訓練場へ誘導していく。‥‥どこにでもあるとはいわないが、凡そ力自慢の集団に新入りが入ったときにはよくある光景である。
 そう、新入りに格の違いというものを最初見せ付けておくことが、組織の円滑な運営を可能とするのだ。
 木刀を手渡された二人は、有無を言わさず模擬戦に挑まされることとなった。

●一幕
「ぐあああぁあああ!!」
 悲鳴をあげて弾き飛ばされる衛兵が二人。武器を構え、悠然とその衛兵を見下ろす二人の冒険者。格の違いを見せ付けるはずが、思いも寄らぬ実戦経験の差をみせつけられる形になった衛兵達は歯軋り交じりに新入り二人を睨みつける。
「おおっ! 二人ともその調子でガツガツ倒せよ〜!!」
「はは‥‥もしかしてこれって勝っちゃいけなかったですかね」
 いつの間に到着したのか、外野から聞こえてくるクリムゾン・コスタクルス(ea3075)の声援と、衛兵達からの刺すような視線とにクリスはルーウィンと苦笑いを交わす。どうしても訓練の域を出ない戦いしかできない衛兵達は、多くの実戦を積んでいる彼らにとって倒せない相手ではなかったのだ。
「あぁ、こんな楽しそうなイベントがあるんなら歌手じゃなくて衛兵にしとくんでしたよ。‥‥おっ、あれが件の無口な衛兵ですか?」
 本来ならジャイアントソードがある場所についつい手が伸びるのは水野伊堵(ea0370)。目の前で繰り広げられる戦いに、今回彼女のテーマである『純真、笑顔、ほがらか』へ早くも綻びが生じ始めていた時、衛兵の一人が何も言わずに立ち上がると、クリスに向けて木刀の切っ先を向ける。
「もう一戦ですか? 構いませんが‥‥‥‥あなたの名前は?」
「‥‥‥‥!!」
 言葉もなく、一礼をもって始まる模擬戦! 先ほどの相手とは比べ物にならないほど鋭い突きが繰り出され、クリスは『ヨハン』と大きく書かれた相手の小手を視界の隅に映しながら弾き飛ばされる。
「っ、やるしかないわけですか!? ‥‥これでっ!!」
 ふらつく足で大地を踏みしめ、前のめりになりながらもカウンター気味に振り抜かれる木刀! 切っ先は勢いよく風を斬り、衛兵の脛付近に直撃する。
 聞くほうが痛くなるほど鈍い音が訓練場へ響く。‥‥だが、衛兵は激痛から口を真一文字に結びながらも何も喋ろうとはしなかった。
「‥‥‥‥ヨハンさん‥‥で、いいんですよね?」
 ゾンビのように無言で剣を振るってくる不気味な衛兵とクリスとの戦いは、騒ぎを聞きつけたシュペルが止めに入るまでその後暫く続いたのであった。

●二幕
 真南に位置していた太陽が西へ傾き始める頃、アーノルド城の食堂には普段とは違う香ばしい香りが漂っていた。実態は冒険者といえども、これだけの客人を迎え入れることはなかなかない機会である。きょうは訪れた客人をもてなすためのパーティーが催されるのだ。料理を作っているのはアリア・バーンスレイ(ea0445)と大隈えれーな(ea2929)。二人とも家事に携わる仕事を生業としているだけに、手際よく大人数の料理を調理していく。
「この城にいる全ての皆さんとの出会いを祝して、シュペル様とリーア様のご厚意に感謝して、これから一曲披露したいと思います」
「皆さんごきげんよう〜〜。私たちからのささやかな贈り物、受け取ってくださいね〜」
 次々と料理がテーブルに運ばれていく中ケンイチ・ヤマモトは曲を演奏し、伊堵はそれに合わせて見事な歌唱を披露する。ぎこちないかった会場の雰囲気は徐々に和やかになっていった。
「はじめまして。私はリーア、あなたは?」
「よろしゅうな〜。うちはイフェリア・アイランズ(ea2890)や。‥‥しかしあの衛兵のおっちゃん、本当に何も喋らんなあ」
 領主の妹・リーアと元気に、そして終盤は囁き声で挨拶を交わすイフェリア。依頼書では一部領主の妹の名前が間違って表記されていたが、彼女自身が名乗る辺り本名はリーアで間違いなさそうである。
「はじめましてリーア様。フランシスカ・エリフィア(ea8366)と申します。‥‥ふと思いましたが、彼の無口はイギリス語が上手く話せないだけということはないでしょうか?」
「う〜〜ん。あんまり話したことがないからよくわからないよ。‥‥でも、もしそうだったらこの疑問もスッキリ解消だね。どうやって見分けるの?」
 リーアへ自分の率直な疑問をぶつけるフランシスカ。リーアは暫し俯いて考えた後、好奇心に満ちた表情で次なる冒険者の行動に期待を寄せる。
「簡単なことや。『はい』『いいえ』『難しいですな』の返答がでけへんような質問をすればいいんや。‥‥よしっ、善は急げや、行ってくるで!」
 二人の見送りを受け、一人音もなくスープをすするヨハネという名の衛兵のもとへパタパタと飛んでいくイフェリア。
 ‥‥今ここに、シフールと衛兵による、前代未聞の問答合戦が始まろうとしていた。
「なあなあ、あんたどこ生まれや?」
「‥‥」
 黙って立ち上がると、壁にたてかけてあった領地のおおまかな地図を指差すヨハン。‥‥彼はイギリス生まれのようだ。
「ここ来る前は何しとったん?」
「いいえ」
 首を振り、剣を見せるヨハン。‥‥類推するに、彼が初めてついた職業はこの城の衛兵らしい。
「最初からここの兵士だったん?」
「はい」
「何歳の時から働くようになったん?」
「‥‥難しいですな」
「わからんの?」
「はい」
「好きな女性のタイプは?」
「難しいですな」
「ここの領主さんの名前ってなんやったっけ?」
「はい?」
 ‥‥問答は長期戦を迎え、終わる様子を見せなかった。

●幕間
「‥‥どうなんでしょうか?」
「私も郷土料理について聞いてみたんだけどだめだった‥‥。実物をつくってくれたし」
「それにしても三つしか言葉を喋れないのでは、暗くなってしまうのも当然ですねぇ‥‥」
 翌日、えれーなとアリアの二人は料理を片手に、溜息をつきながら廊下を歩いていた。とりあえず無口な衛兵の語学力に問題はなかった。しかしながら、だから挨拶ができるかというとそれは全く別の問題になってくる。
「でもっ、料理人の意地としてせめて『美味しい』くらいは言わせてみせようね」
「はいっ。忍者メイドの意地として」
 ‥‥後者の職業はよくわからないが、二人は談話室にいるヨハンへ渾身の料理を届けるために廊下を突き進む。そして四人がいるはずの談話室の前に到着したとき、彼女達はとらえず中の様子を確認しようと、ドアの隙間から漏れ聞こえてくる声に耳を傾けるのであった。

「‥‥ジャパンでは、武術は体を鍛えるのは勿論、精神や礼儀作法の鍛錬としても良いと言われているのですが‥‥こちらの方ではどうなのでしょうか?」
 最初に聞こえたのは伊堵の声。
「‥‥難しいですな」
「なぁ、衛兵って言葉を話さなくても成り立つと思うか?」
 ヨハンに続き聞こえたのはコスタクルスの声であった。微妙に興奮しているのか、少しだけ語気が荒い。
「‥‥」
「‥‥違うな。衛兵っていざというとき、連携が必要になるだろ? まぁ、黙って任務に専念するのも悪くはねぇよ。でも、普段からコミュニケーションをとっていれば、心が通じ合うようになって、いざというときの連携もスムーズになるってもんだ。」
「そうです。人付き合いも仕事の一つですわ。それに来客などの際に、ただの衛兵とはいえ、今のままではあまりに無作法というもの」
「これはあくまで噂ですが‥‥こちらの領主様が、衛兵たちが寡黙なのは何か不満があるからなのか、と気に病まれているようですよ。いきなり会話しろとは無茶な話ですが、今後はせめて挨拶はするよう心がけていただけないでしょうか?」
 ドアの向こうから聞こえてくる、畳み掛けるような部屋の中の三人の言葉。廊下側の二人は、すぐそこに迫っているであろう結末に息を飲む。‥‥耳がつくほど顔を近づけていたドアが、勢いよく開いたのはそれから間もなくのことであった。
「‥‥失礼」
 一言言い残して立ち去っていくヨハン。‥‥その言葉は三種類の内のどれでもなかったが、冒険者が求めていたものには程遠い言葉であった。
「やれやれ、少し怒らせてしまいましたか。お酒が入れば少しは口が滑らかになるとは思ったんですけどね」
 伊堵は両手を肩の位置にまで持ち上げて、掌を天井へ向ける。部屋の中では、中途半端に飲まれたエールが虚しく揺れていた。

●終幕
「どうも御世話になりました。‥‥ご助力できず申し訳ありません」
「いえ、気にしないで下さい。無理難題を押し付けて申し訳ありませんでした」
 アーノルド城に仕える人々見送りを受けて帰路につく冒険者達。依頼を達成できなかったからか、その足取りは比較的重い。

「はぁ、あの人を挨拶ができるようにするだなんて可能だったのかな‥‥」
 帰路の途中、食事をとるため滞在中に依頼主から手渡された弁当を広げる冒険者達。弁当を包む植物の葉を広げると中からはパンが、そして葉の裏側からは‥‥見覚えのある文字が出てきた。

『迷惑をかけた。努力する』

「‥‥‥‥まあ、その内できるようになるんじゃないですか。なが〜〜い目で見ればね」
 冒険者達は溜息混じりに葉を折りたたみ食事を取ると、先程よりは少し軽い足取りで、キャメロットへと帰還するのであった。


 冒険者がアーノルド領を離れたときから衛兵の態度に改善の傾向が見られたとして、冒険者にはきちんと成功報酬が支払われることとなった。