●リプレイ本文
「これが‥‥‥‥葱?」
ついに封印を解かれた、噂のアイテム『空飛ぶ葱』を目の前にリオン・ラーディナス(ea1458)は驚愕の声をあげる。まさか本当にこのようなある意味素晴らしいアイテムが実在するとは思っていなかったらしく、その身体は畏怖のため小刻みに震えている。
「そう、これが奴らに対抗する唯一の力を持ったアイテムなんだ。‥‥本当はこの世に出しちゃいけないものなんだけど、みんなを守れないよりはずっといい」
誰を守るのかはさて置き、レイジュ・カザミ(ea0448)は歴戦の兵らしく感慨深げに葱を見つめる。先端にうっすらとこびりついた朱色は戦士達の戦いと悲鳴の跡か‥‥。
「まさかこのリオンが‥‥葱に‥‥倫理観を破壊されて‥‥」
「リオン、お前レースには出んのか?」
葱に何とかして乗らない口実をつくり上げようとしていたリオンの首筋にクラム・イルト(ea5147)が鋭い言葉と日本刀を突きつける。それはわざわざこの依頼に参加したにもかかわらず葱に乗ろうとしないリオンへの戒めというよりは強迫であった。
‥‥いつから葱は乗って当然のものになってしまったのであろうか?
「そうだよリオンさん。おいらも最初は痛かったけど、慣れれば‥‥」
追い討ちをかけるように放たれるチップ・エイオータ(ea0061)の言葉。
「い、や、だぁぁあああ〜〜〜!! 慣れればどうなるかなんて知りたくない〜〜!!」
「待て、お前の下(吟遊詩人の意志により割愛)ろうか!!」
必死にこの場から逃げようとするリオンとそれを追いかけるクラム。ここに障害物レースの前哨戦とも言える恐怖のレースが始まろうとしていた。
「ハハハハハ!! 待たせたなぁ冒険者どもよ。このダンボに勝負を挑んだその勇気。まずは褒めてつかわそう!」
「‥‥っ、この猛烈なプレッシャーは!」
残念なタイミングで現れたダンボが放つ威圧感に天那岐蒼司(ea0763)以下冒険者は一様に戦慄を覚える。ダンボの持つ坊主頭、油を塗った全身、長い舌、毛深い足などは‥‥深くは語るまい。
「‥‥よしお前ら、どーんとイッてこい! 後ろのサポートはあたしらに任せてさ」
「蒼司様‥‥‥‥どうかくれぐれもお気をつけて」
言葉巧みに早くも傍観を決め込むライラック・ラウドラーク(ea0123)と、あらゆる意味で恋人の心配をする狂闇沙耶(ea0734)。
何と言うことか、早くも冒険者達はダンボの気迫に呑みこまれてしまっていたのだ!
「チップさん、外見に惑わされちゃだめだ。相手は一人で乗る分尻がどうしても厳しくなるんだから‥‥」
「うん、わかってるよ。‥‥さあ、始めようかダンボ」
だが、やはり経験者は違う。レイジュとチップは囁きあいながら作戦の確認をすると、威風堂々たる態度でダンボと向き合った。
「これが‥‥あのかつての葱戦争を乗り切った者の力なのか!?」
二人の放つ余りにも巨大な風格にたじろぐミケーラ・クイン(ea5619)。ダンボは楽しませてくれそうな敵の登場に、口元を大いに緩める。
‥‥今まさに、幾多の想いを込めて葱は飛び立とうとしていた。
「お願い、おいら達に力を貸して。君達のあの時の涙を無駄にしないために、おいらも頑張るから‥‥‥‥いきます!!」
「‥‥!! グッ、計算より早い‥‥!」
天を仰ぎかつての敵の力を借りて、ついに浮き上がる葱! 操るチップはペース配分などお構いなしに葱をフルに刺し込む! 勢いよく飛び出したそれは、木々の間をかいくぐって突き進んでいく。最初にリードを奪ったのはチップ!
「チップの強味は何よりあの軽量をいかした素早い直線だ。相手より先にコーナーをとり、コンパクトにカーブする。基本だが、それだけになかなかあれは破れない」
「そうなのか。‥‥だが、差がつかないのはどういうことじゃ?」
適当極まりないクラムの解説に素朴な疑問を述べる沙耶。
‥‥そう、猛スピードでチップが進んでいるにもかかわらず、差は広がるどころか徐々に縮まっているのだ。
「逃げ切れると思うなよ小僧! レースはスピードだけで決めるものじゃない!!」
汗臭い巨体が唸り、油が激しく飛び散らせながら突進するダンボ。木の枝にぶつかりながらもショートカットを敢行する彼は、インベタを死守するチップを追い抜こうと内へ外へと激しく動く。
「そこだああぁああ!!」
ダンボの目が見開き、無理矢理内側に切り込むや否や、チップへ側面から体ごと葱を浴びせる! 荒っぽい接触に、軽量のチップは大きく外側に弾かれた。そしてチップはついに尻が限界に達したのかふらふらと落下していく。
「ごめんね、おいらの力が及ばなくて‥‥みんな、頑張って」
「まずいっ、沙耶さん!」
「言われずともわかっておる!」
落下直前のチップを葱ごと受け止めようとするリオンと沙耶。だが、葱の速度は予想外に速く、二人とも受け止めることができない。
「チップさ〜〜〜ん!!」
レイジュの悲鳴が木魂する中、チップは‥‥筋肉質な三人組にめりこんだ。
「フッ、かつて戦った者のよしみでこの三兄弟が助けにきてやったぜ」
チップを受け止め不敵に笑うこの三兄弟。その正体は‥‥まあご推察願いたい。
閑話休題
「あたいは葱の力に目覚めし者‥‥みんな、早くチップを救ってあげるんだ!」
次なる走者、ミケーラはチップの落下を受けてすぐさま飛び立つと、冒険者全員に三兄弟とチップを引き離すよう指令する。
全ては報告書が発行できるためだ!!
「女? 女の分際で葱に乗るというのか!?」
「甘いな、葱を使えるのは男ばかりではない、女でもヤれるのだよ!!」
葱くらい女性に乗るのは勘弁してもらいたいところではあるが、ミケーラはかくも堂々と正当性を主張する。
「言ってくれるではないか女! ‥‥だが、これだけついた差をどうするのかな?」
「余裕を見せていると、後で吠え面をかくのはそちらだぞ!!」
再び空を駆る葱。冒険者達が張り巡らした罠を避けながらも、ダンボのスピードはいまだ衰えることを知らない。ミケーラは徐々に差を詰めるが‥‥尻は既に限界に達していた。
「あぁ、こんなになって‥‥お願いっ、もう飛ぶのはやめてっ、これ以上やったらもうアナタは!!」
「意地で‥‥もう一周こらえて‥‥みせる!!」
響き渡るライラックの悲鳴。だが、ミケーラはまだ葱から降りようとしない。最早誰の目にも彼女の限界は明らかだが、執念だけがまだ彼女を葱に乗せているのだろう。
「蒼司さん。ちょっと相談なんだけど」
「みなまで言うなレイジュ。‥‥俺もそれしかないと思っていた」
ただでさえ差が開いてしまっているというのに、ここにきての交代してタイムロスをしていては追いつくことはできない。
冒険者達は、伝説の秘儀‥‥もとい必技を再現することを決意したのだ。
「ミケーラ! 直接葱を俺の尻に刺せーー!!」
『!!!!!!』
蒼司のまさかの言葉に、レイジュを除くその場にいた全員が耳を疑う。言わずと知れたことだが、飛行している葱をそのまま尻に命中させれば‥‥最悪命を落としかねない!
「そんなこと‥‥」
「迷っている暇はないんだ。俺達は‥‥こんなところで最速伝説を終わらせるわけにはいかないんだ!」
「わかった。やってみよう!」
最後の力を振り絞って突き進む葱! その先端がミケーラの尻から抜かれた瞬間‥‥蒼司は葱と一つになった。
「ぐああぁあおおおあぁぁああ! これが堪えられなくて‥‥武術家が名乗れるかーー!!」
「バ、バカナ‥‥あの伝説の‥‥!!」
気迫で激痛に堪える蒼司。ダンボはそれに恐れおののいたのか、カーブを曲がるタイミングがずれて大きく外側によれる。
「モアパワー、モアトルク‥‥目も眩むようなスピードの先に最速は存在する!」
わけのわからないことを言いながらも、とにかく距離を詰める蒼司! 既にその尻は見るに堪えないほど痛々しい傷を持っているが、今の彼の気迫はそれすらも勲章へと変貌させる。
「さあっ、次は僕の番だ! 蒼司さん、直接来ていいよ!!」
「‥‥ああ。そろそろ限界だ、レイジュ、今突き刺してやるからな!」
非常にヤバイ台詞の交換後、さも当然のように尻を突き出すレイジュ。そして伝説の必技はまたしても成功する!!
「頼んだぞ‥‥レイジュ‥‥俺達の‥‥希望‥‥‥‥」
「いけええぇえええ!!」
衝撃に顔を歪めながらも、仲間(とも)達の声援を受けて飛び上がるレイジュ!! 抜群のキレと鋭さを見せる葉っぱ男の飛行に、もはや冒険者達は総立ちでレースの行方を見守る。
「‥‥ひょっとすると‥‥‥‥俺は取り返しのつかないミスをやっちまったんじゃないのか。前半あのチップとかいう小僧を抜こうと思ってアタックを繰り返した結果、尻に負担を負いすぎた!? これじゃあ‥‥」
「あのダンボの体格は脅威じゃが、それゆえに尻への負担も大きくなる。己の力を過信したあまりりの結末じゃろうな」
「‥‥だけど、レイジュの尻も必技の衝撃でそれほど長くはもたない。抜くチャンスはそんなにないよ」
適当な解説を沙耶とライラックが交わしている間にレイジュはぴったりとダンボの背後につき、抜く機会をうかがう。
「オィ、とんでもねぇ勘違いをしてねぇか? 少しぐらい尻が怪しかろうと、このダンボ様が抜かれることなんてことは、天地がひっくり返っても有り得ねぇんだよ!!」
「コースが甘い!!」
熱くなった余りスピードを落としてまでインに固執してしまったダンボの隙を見逃さず、レイジュは外側から一気に抜きにかかる。
「待てっレイジュ、それは‥‥罠だ!」
「ハハハ、今ごろ気付いたところで遅いわ! 内側から弾き飛ばしてくれる!」
チップと同じように弾き飛ばさんと、内側からその巨体をかぶせるダンボ! とても回避できるような代物ではない!!
「僕は‥‥‥‥こんなところで死んでたまるかああぁあああ!!」
レイジュの中で何かが弾け、彼は葱を力強く握り締める。そして葱よ折れよと言わんばかりの角度にそれを曲げ‥‥脅威の鋭角ターンを実現する!
「ばかな‥‥‥‥そんな角度で‥‥‥‥」
姿を消すように自分の傍らを通り過ぎていったレイジュに、茫然自失となるダンボ。冒険者と謎の三兄弟は、勝ち得た栄光に‥‥‥‥拳を天に突き上げるのであった。