●リプレイ本文
それはある星降る夜のことだった。
星空の下、見つめ合う一組の男女。両者ともこれから起こり得るであろう場面を創造して頬を紅潮させる。緊張からくる鼓動は互いに手に取るほど感じ取れた。
男の名はヲーク・シン(ea5984)。先のキャメロットの第一回武闘大会では優勝を飾った冒険者きっての注目株である。女の名はゼファー・ハノーヴァー(ea0664)。流れるような銀髪と絹の如き色白な肌が特徴的なレンジャーだ。
二人は星空のもと、ただ言葉もなく見つめ合う。それは無為な時間の使い方かもしれないが、当の二人にとってはその無為さを考えることはどれほど愚かしい事であろうか。
‥‥ただ、時間だけが経過した。
<道中>
「合コンよ合コン、パーティーよ! もぅ張り切っちゃうんだから」
会場となっている貴族の邸まで至る道中、マナ・クレメンテ(ea4290)の期待に満ち溢れた声が空に吸い込まれるように風に乗っていく。
「そうですね。純粋にパーティーを楽しむというのも一つの方法かもしれませんね」
マナの言葉を受けて、竪琴を片手に微笑みながらもう一人の男性参加者であるリオン・ラーディナス(ea1458)に話しかけるケンイチ・ヤマモト(ea0760)。‥‥女性参加者のほうが多いというのは男性冒険者にとっては願ってもいないチャンスであろうが、だからといっていきり立ってしまっては好機を逃してしまうというものである。
「そ、そうだよな。‥‥ところでケンイチさん、さっき見送りに来てた人は誰ですか? もしかして恋人‥‥」
「ははっ、できればセレスさんとも一緒に踊りたかったんですけどね。恋人ですか‥‥‥‥どうなんでしょうね」
微笑みながらリオンの質問へ御茶を濁すケンイチ。早くも精神的に一歩先に出たライバル(?)にリオンはギリリと歯ぎしりをする。
「そういえばヲークさんはどうなさったんですか? 昨夜から姿が見えないですが‥‥」
「ヲーク殿ほどの者なら大丈夫であろう。気に病むこともあるまい」
ヲークが見当たらないというリーラル・ラーン(ea9412)の疑問をさらりと流そうとするゼファー。彼女が握り締めた日本刀が昨夜起こったすべてのことを物語っていた。彼女自身ヲークに何か恨みがあるわけでもないが、円滑に依頼を達成するためには最大の懸念材料から排除しなければならないわけなのである。
<会場>
「ああ、ひのきさん。黒曜石の様な深い瞳に、俺の心は飲み込まれてしまいそうだ。‥‥で、みかん日和って何?」
「気障な台詞、あたし嫌いなんだ。みかん日和のいいお天気って意味も知らないなんてダメダメね」
‥‥数時間後、会場には当然のように空流馬ひのき(eb0981)を始め女性へ手当たり次第にナンパを繰り返すヲークの姿があった。
「うむむ‥‥木に吊るしてきたはずなのにもう復活しているとは‥‥さすがにヲーク殿といったところか」
「ああっ、ゼファーさん。矢を放つ凛とした姿、夕日を溶かした様な金髪に浮かぶ碧い瞳を、俺の姿で独占したい」
感心というよりは半ば呆れ模様のゼファーへもほがらかに挨拶と口説き文句を並べるヲーク。既に何十人にもの女性に声をかけているのか、よく見れば頬には幾重にも平手の跡が浮き出ていた。
「ああ、そんな言葉を私にかけてくれるなんてうれしいよヲーク殿。さて、ここでは何だから仕事中だが二人に‥‥」
「ええっ! いいの!? いやぁ、仕事中だけどゼファーさんがそこまで言うなら‥‥」
ひとしきり溜息を吐いた後、ヲークの肩を持って前夜と同じように外に誘導しようとするゼファー。当のヲークも昨夜騙され、結果的に闇討ちを受けたのにもかかわらず笑顔で(しかも依頼失敗というリスクを背負いながら)ついていこうとする。
「ヲーク? どこかで聞いた‥‥‥‥間違いない。武闘大会で優勝されたヲーク殿がおられるぞ! ヲーク殿、是非我が傭兵団に入団してはくださらんか!?」
「悪いけど今女性連れだから‥‥‥‥!」
いよいよゼファーとヲークが外に出ようとしていたとき、ヲークの肩が後ろから筋肉質の男にむんずとつかまれる。ヲークは女性連れだからということを理由に品よくその誘いを断ろうとしたが‥‥‥‥彼が視線を向けた先には、既にゼファーの姿はなかった。
「はっは。ご冗談を。ヲーク殿のねぎ‥‥武勇伝は伝説となっておりますよ。さあ、いこうではありませんか。ヲーク殿を兄貴と慕う者たちがざっと二十は‥‥」
「い〜〜〜や〜〜だぁぁあ〜〜」
抵抗空しく、いつしか彼を取り囲んだ十数名のマッチョ軍団にずるずると引きずられていくヲーク。‥‥その後、彼がどうなったのかは、誰も知らない。
「ヲークさんなら大丈夫だろ。‥‥多分」
連れ去られたヲークと、連れ去った男が残した謎の言葉『ねぎ』とを頭の中で整理して、ダンスをしながら全身から汗を噴出すリオン。あと一歩で彼もそっち側の住人になっていただけに、あそこで彼の選択は非常に賢明であったと言えるだろう。
「リオン、よそ見を‥‥っ!」
心からふつふつと湧き出してきた恐怖で集中力が乱れたのか、リオンのステップが乱れてティティル・マニャーナ(eb0820)の衣服の裾を思い切り踏みつける。普段の彼女であったのなら軽やかにかわし、ダンスを取り直していたのだろうが、いかんせん今彼女が着ている衣服はなれない正装である。ティティルはバランスを崩してリオンに覆い被さるように倒れこんだ。
「っと、大丈夫かティティル? ‥‥バランスを崩すなんて珍しいな」
「ああっ、それは悪かったな!」
あくまでも紳士的にティティルを抱きとめるリオン。‥‥だが、絶望的なことに彼のダンスの腕前はティティルがバランスを崩して事が自分の責任であるという事すら気付かない程度のものであった。怒りから頬を紅潮させ、料理を取りに行く彼女をリオンはわけもわからぬまま見送るしかなかった。
「‥‥おや、どうしたんですかティティルさん? ご機嫌斜めでは折角のパーティーも台無しですよ」
誰の目にも明らかなほど不機嫌に料理をつまむティティルを視界に、先ほどから部屋の隅で楽器を演奏していたケンイチが声をかける。
「ちょっとあってな。‥‥第一、本当のあたしはこんな‥‥」
「でしょうね‥‥っ、失礼。ティティルさんのふだんの衣服からお見受けするに、こんな社交界の舞踏を専門になさっているとは思えませんでしたから」
ブツブツと愚痴を言い始めるティティルへ、あくまでもにこやかに話しかけるケンイチ。彼が手にしていた竪琴が澄み切った一音を奏でた。
「‥‥何が言いたいんだ?」
「よろしければ演奏いたしましょうか? ここに集まっているのは王族でも貴族でもないんです。みんな寡多の違いこそあれ無理をしているんですよ。‥‥どうでしょうか? 一緒に皆さんを楽しませてみませんか?」
「‥‥‥‥悪くねぇな。本物のダンスってやつをビッシビシ見せてやるぜ!」
彼女の返答を待つまでもなく、なり始める竪琴の音色。その技巧は主催者側が雇った演奏者のそれを遥かに凌駕し、主催者に止めに入ることすら忘れさせる。会場の人間はこれから何が始まるのかと胸を弾ませ、ティティルは手にしていた料理をポトリと落とす。
「どうしたました? 皆さん注目していますよ。ビッシビシ、お願いします」
「‥‥おもしれぇ。やってやろうじゃねぇか!」
これまで溜まっていた鬱憤を吐き出すように、情熱的に踊り始めるティティル。ところどころに粗さを残しながらも躍動するその肉体は、会場の人間の目を引き付けて離さない。‥‥例え彼女がハーフエルフだとしても。
「美しい‥‥ものですね」
ケンイチはうっすらと手ににじんだ汗を拭い取ると、観客の期待に応えるため二曲目の演奏に入るのであった。
<テラス>
「え、えーっと‥‥やぁ、夜空みたいな宝石箱だね」
「‥‥そうですね。もしかするとこの夜空は、神様の宝石箱なのかもしれませんね」
緊張から夜空と星空を逆転してしまったリオンの言葉を好意的に受け取り、可憐に微笑みかけるリーラル。彼女に言われて夜空を見たリオンは、本当に今自分が見上げているものが宝石で、そして目の前にいる女性が女神なのではないかという錯覚に襲われる。
「リオンさんも退屈になってここに来られたんですか? 暴れだす方もいらっしゃらないようですし、少し寒いですけどここは空がよく見えますもんね」
「リーラルさん‥‥その、よかったら俺と‥‥‥‥こいび‥‥」
一目惚れとは時に恐ろしいものである。リオンの頭の中で走り出した恋路を行く超特急馬車は当然のようにダンスをぶっ飛ばして、一気に告白へと持っていこうとする。
「本当にここはいいみかん日和だわね。会場と違って空気もいいし」
「あっ、ひのきさんこんばんは。本当に星が綺麗ですよね」
暴走馬車は(良いか悪いかは別にして)突然の来訪者によって急停車を余儀なくされた。のんびりとテラスに歩み出してきたひのきは二人の間に入ると、空と会場とを交互に眺める。
「ちょっと会場がもめてるみたいだから手伝ってくれない? 少し暴れだしているお客さんがいるみたいでさ」
「それは急いで止めないと‥‥‥‥ところでどうして暴れ出しているんですか? 原因は?」
「それがね‥‥‥‥」
リオンからの質問にひのきはポリポリと頭を掻きながら、現在会場で起こっていることとその原因を話し始めた。
<会場>
「俺が最初に声をかけてもらったんだ!! てめぇは引っ込んでいろ!」
「なんだとぉ! マナちゃんは俺のことを‥‥!」
ゼーゼーと息を切らしながらポカポカと殴り合いを始める二人の男。見れば二人ともスタイル、顔、服のセンスとも御世辞にもいいとは言えず、始めた殴り合いも迫力の欠片すらない。二人の周囲には多数の野次馬と、そして何故かおろおろしているマナの姿があった。
「どうしたんだマナ? 見ればお前を巡って争っているようだが?」
「ゼファー。‥‥それが‥‥愛の伝道師を目指そうと思ったら‥‥」
料理を頬張りながらもかけつけたゼファーにこの喧嘩が起こるまでの成り行きを説明するマナ。何やら御世辞にもモテそうにない男性へ慈愛を振り撒いていたらこうなってしまったらしい。
「どうしよう? ここで手を挙げるわけにもいかないし‥‥」
「‥‥ふむ、それならいい手が一つあるぞ。この手の人間は女性ならばある程度誰でもいいという思考回路を持ち合わせているのだ。ここは作戦名『対ヲーク』で臨もう」
言うが早いか一人の男に言い寄り、外へ連れ出すゼファー。男は勝ち誇ったような顔をして、先ほどまでの喧嘩もどこへやらでひょこひょこと彼女の後についていく。
「‥‥‥‥‥‥」
途中ゼファーがボーイから木の棒を借り受けたのを視界に、マナは全てを理解してポンと手を打つ。そして悩ましげにもう一人の男へ話し掛けるのだ。
「ごめんね私のせいで。‥‥仕切りなおしに、二人で外にでよっか?」
‥‥数分後、会場の外には仲良く木にもたれかかる二人の男の姿があったそうな。