●リプレイ本文
●序幕
「我は騎士也! いざ、いざかつての力をもう一度! オーガ戦士程度などこの槍のもとに一突きにしてくれるわ!!」
その志を瞳に蓄えた老人は白銀の槍を天に掲げ、山道を駿馬にまたがって進んでいく。だが、天に掲げたその手はもはや槍の重みにすら耐えられず、小刻みに震えていた。
「オーガ退治‥‥か。元気なのはいいが周りの迷惑を考えてもらいたいものだ。‥‥だが、もしかすると本当はわかっているのかもしれないな。苦労して築き上げたものが崩れているなんて認めたくないものだ」
かつての自らにしがみつく老人を視界に、アリオス・エルスリード(ea0439)は同情にも似た視線を向けながらゲルマン語でぽつりと呟く。
最強とは意味のないものであるとはよく言われる言葉である。どれほど武の道を、あるいは智の道を極めようとも自らの年齢に、衰えや死という運命からは逃げることはできない。今でこそこの愚かな老人の姿を哀れみの視線で、あるいは嘲笑の視線で眺める冒険者は多いが、その姿は‥‥ある種自分の未来の姿かもしれないのだ。
「‥‥ご老体の誇りに口を出す必要もない、全員の生還に尽力するのみ」
その言葉を聞き取ったのか、同じくゲルマン語でオイル・ツァーン(ea0018)が一言だけ厳しい口調で言い放つ。今回の敵はゴブリンやコボルトとは違う。中級の冒険者でも手を焼く手練のオーガである。初依頼の者も数多くいる彼らにとってみれば死をも有り得る戦いになることは目に見えていた。
「へへっ、みんなそんなに辛気臭い顔をするなよ。今回は鬼退治としゃれこもうぜ」
そんな中、ルクス・ウィンディード(ea0393)の顔色は他の冒険者のだれよりも明るい。彼の頭の中には激闘の末オーガ戦士に止めを刺す自らの姿が幾回も通り過ぎ、『鬼殺し』の称号を受け取る算段までその思考を及ばせようとしていた。若さゆえのことだろうか? 冒険者としての未来に燃える若者に、依頼主の青年がかけた言葉は届かなかったようだ。
「ま、そうなってくれれば一番いいんだけどな。‥‥今回は相手が相手だ。やるだけやって倒せないなら、無理は避けてご老体を無事逃がすことに専念しよう」
ともすれば舞い上がりがちな青年へ、陸奥勇人(ea3329)は自らも戒めるようにゲルマン語で耳打ちする。強い相手との勝負‥‥彼にとっても今回の戦いは自らが強くなるための大きな一歩になるとは踏んでいたが、それで命を失っていたのでは話にならない。行動は大胆かつ慎重に‥‥冒険者として生き残るために必要な最低限の知識である。
「オーガ戦士が出没すると報告されている場所はこの辺りじゃ。今夜はここにテントを張り、明日から捜索を開始しよう」
少し開けた場所に到着すると老人の馬が唐突に止まり、野営の準備をするように指示が下る。今回従者として同伴した冒険者たちは分担して運んでいた荷物の紐を解くと、設営の準備を開始した。
●一幕
「いよいよご対面だな。ご老体、良かったらああいう手強い奴と戦うコツってやつを伝授してくれないか」
設営が終わってしばらくすると、冒険者のうち幾人かが火をぼんやりと眺めていた老人のもとへ集まってきた。もちろん今回の任務が老人の護衛であるからというのが半分、しかしもう半分は、純粋に熟練の冒険者である老人の知識を目当てにしてのことであった。
陸奥はまだ使い慣れない英国語を何とか駆使して老人に話し掛ける。すると、老人の口からは意外にも流暢な返答が――ジャパン語で返ってきた。
「――圧倒的に力量に差がある敵を前にした場合、まず正面から戦わないことが重要じゃ。斜めからの牽制で確実に敵の間合いと破壊力を知り、その上で攻撃を仕掛ける‥‥‥‥ことができたら一番なんじゃがな。相手も木偶人形ではない、まずは初撃を受けきり、距離をとって相手の体力の消耗を待つことが重要じゃな」
先ほどまでの頼りない姿とは対照的に、現実的なことを話し始める老人。続いて同じく自分の周りにいるものの言葉が分からないナラク・クリアスカイ(ea2462)と黄安成(ea2253)に、それぞれイギリス語と華国語で今の会話を通訳してみせる。
「懐かしい話じゃ‥‥かつてさまざまな大陸を渡り歩いてきた。数多の強大な敵と戦い、数多くの仲間が我の前を‥‥‥‥通り過ぎていった。たとえば四十年前‥‥」
三ヶ国語を巧みに操り、自らの武勇談を語り始める老騎士。ナラクは老騎士のためにお茶を用意しながらも、その言葉に真剣に耳を傾ける。注視すれば鎧の隙間から覗くその身体には無数の傷が見てとれた。
依頼主から今回の依頼を聞いたとき、あるいはここに至るまでの道中でこの老人を見た時はそうでもなかったが、こうして話してみればボケているなどとんでもない。歴戦の冒険者にふさわしく賢明な老人である。
「今夜はもう遅い。休んだ方がよいのではないかのぅ?」
「いや、風の音が変わった。もしかすると今夜辺り来るかもしれん。‥‥もうしばらく起きておこう」
‥‥しかしだからこそ疑問も残る。
『なぜこの賢明な老騎士はこの無謀な戦いにこだわろうとするのか?』
安成は華国出身の自分より流暢な華国語を耳に、どうしてもその思考を拭い取ることができなかった。
●幕間
「何をしているの?」
時を同じくしてテントの外、老人の話に興味がもてなかったのか、真剣に話を聞く三人を尻目に一人風に当たりに外へ出たアンジェラ・シルバースノー(ea2810)は、もうすっかり夜もふけたというのに松明のそばで何やら作業をしているクラリッサ・シュフィール(ea1180)に視線をとめて声をかけた。
「髪をとかしているんですよ。こんな時でも髪の手入れは欠かせませんから。‥‥アンジェラさんはご老体の話し相手はもういいんですか?」
「他に聴きたい人がいるみたいだから私は遠慮させてもらったのよ。それに逃走経路の確認ももう一度やっておきたかったし‥‥‥‥!!」
ここまでの道中に作成した地図を参照しながら、言葉少なに返答する。そして彼女の言葉が言い終わらない内、前方の暗闇に覆われた森にそびえる一本の巨木がミシミシと音をたてて大地に倒れた。
「‥‥もう一度、お前に会いにいくからね」
冒険者ギルドに預けた馬を思い起こしながら、クラリッサはついに姿を現したオーガを視界にロングソードを引き抜いた。
●二幕
「わたし達はまだ未熟で経験も知識も無い冒険者です。経験を生かして指揮を後方で取っていただけませんか? そしてオーガに隙が出来れば止めの一撃を」
「何度言ったらわかる、そんなことはまかりならん! お前たちの仕事はここまでの従士としての行動のみ、オーガ戦士と戦うのは‥‥」
「夜桜、こんな聞き分けのない爺さんは放っておけ。‥‥爺さん、あんただってわかっているだろう? そんな鎧を着て走ることもできないような身体で戦えるわけがないなんてことくらいな」
オーガ戦士の出現を聞きつけ、頼りない足取りながらもテントから飛び出してきた老人を夜桜翠漣(ea1749)は後ろに下がっているように再度説得する。そして尚もいきり立つ老人へ、冒険者メンバーの中で一番の年長者であるイルダーナフ・ビューコック(ea3579)は厳しい言葉を投げかける。
「どうかあなたはここで私たちの指揮をとってください。私たちは経験乏しい、寄せ集めの冒険者です。あなたのご助力がなければオーガ戦士を倒せるとは思い難い」
厳しい言葉に歯軋りをしながらもその場に立ち止まった老騎士をナラクがなだめる。さらには黄が二人の前に立ち、万一敵の突破を許したとき、あるいは老人が強引に突破をしようとしたケースへ備える。
‥‥その間にも、既にオーガ戦士は松明の光を頼りに、彼らのもとへ迫ってきていた。
●三幕
オーガ戦士の荒い息遣いが静かな夜をあっという間に別色へ塗り替え、その頭から突き出した角、そしてゴブリンなどとは比較にすらならない屈強な肉体は冒険者を威嚇させる。
「‥‥そのまま‥‥‥‥いけぇ!!」
『ガアアァアア』
刹那、夜桜の声とオーガ戦士の悲鳴が交錯し、仕掛けてあった砂袋が敵の視界を塞ぐ。
「今だ! オラオラ!! 火だるまになって踊り狂え!!」
そしてその機を見逃すまいと、ルクスは松明の一本をその手にとって敵へ向けて渾身の力で投擲する! その火はオーガ戦士の腹に命中し燃え移るかに思えたが、敵は片手を使って空気を遮断すると、ダメージを最低限に抑える。
「っ! ‥‥やっぱりこの程度じゃだめかよ」
本来なら油を投げつけてからの攻撃を仕掛けるつもりだったが、そんなことをしては大規模な山火事に繋がりかねない。ルクスは妥協案も失敗したことを悟ると、スピアを手に構えてオーガの背後に回り込もうと試みる。
『グウゥアアア!!』
だが、オーガ戦士のスピードが彼の作戦を全て紙切れにする。猛烈な突進から振り払われた槍の柄は枝をなぎ払い、ルクスは何が起きたのかもわからぬまま、ただ足を動かしてもいないのに猛烈な勢いで流れる地面を視界に収める。
「ルクスッ!! ‥‥ちぃっ、これで少しは止まってくれよ!」
「仲間は‥‥殺させません!」
木にぶつかってようやく止まったルクスへ止めの一撃を振り落とさんと再度突撃を試みるオーガ戦士! それを阻止せんとオイル、クラリッサは自らの武器を渾身の力を込めて突き出した!
『ガアアァァア!!』
だが、武器を突き出したオイルの耳に入ったのはオーガ戦士の咆哮、そして視界には突き刺さらぬダガーと、ガードを突き破られ一撃で後衛まで弾き飛ばされたクラリッサの姿であった。予想はしていたとはいえそれをはるかに超える圧倒的なオーガ戦士の力の前に、オイルは戦慄を覚える。
「ぼさっとするなオイル! 奴に前線を突破させるな!! イルダーナフッ、早く二人を回復してやってくれ!」
陸奥の声に反応し、咄嗟に足払いを仕掛けるオイル。そして陸奥は上体を下げた敵へ向けて、上段から一気に刀を振り落とす!! オーガ戦士は悲鳴をあげ‥‥‥‥彼らを睨みつけた。
「さすがに強い‥‥が、こうでないとな。やりがいがないってもんだ」
完璧な手応えにもかかわらず倒れることすらしない敵を前に、陸奥は全身から滝のような汗を流しながらも、口元を緩ませた。
「気をつけた方がいいぞ。こいつの攻撃は一発で中傷ものだ。下手に重症を負ったら俺でも治せない」
「注意してくれてありがと。でも、もともとそんなに長く戦うつもりなんて‥‥ありません! 『猿惑拳(ユァン・フォ・クァン)!!』」
けが人の治療を行っているイルダーナフの言葉が言い終わらない内、オーガ戦士の背後に広がる暗闇の中から夜桜が飛び出し、ステップから強力な正拳を敵の腹にめり込ませる。
『グワアァァァ!!』
だが、またしてもその一撃は決定打にならない。力に物を言わせて滅茶苦茶に振り回された槍は夜桜を弾き飛ばし、ついで突き出された槍の先端は陸奥の刀を弾き飛ばした。
‥‥つまり前衛は軒並み蹴散らされ、後衛までもがオーガ戦士の攻撃範囲に入ったことになる。
「ご老体、すまんがここは退いてくれんじゃろうか。このままでは私たちは全滅してしまう」
「それならば最初から下がっておれ! もともとこの程度の敵、我一人で片付けるつもりじゃった!」
黄の撤退を促す進言を老騎士は振り払い、ついで槍を構えながら厳しい眼光で敵と対峙する。
だが、気合だけで絶対的な実力差が埋まるはずもない。敵の猛烈な突撃に老騎士は反応することさえできず、その一撃を‥‥訪れるであろう衝撃を盾で防がんと震える左手を突き出し‥‥‥‥ナラクに弾き飛ばされた。
「何を‥‥‥‥!!!」
即座に起き上がり、ナラクを睨みつけようとした老人の前に横たわっていたのはオーガ戦士の一撃を受け、脇腹から鮮血を激しく流しているナラクの姿であった。激痛のせいか、早くもその表情は青白い。
「騎士よ、退け!! 真の騎士の勤めとは弱きを助けることのはずだ!!」
「猪突猛進は騎士の行いに非ず! 退くことは恥でなく、退かずに騎士としての義務を果たせなくなることが恥である。若者には貴方の指導が必要なのです!」
老騎士の耳に届くはオイルとアリオスの絶叫。目に映るは若き神聖騎士の苦しげな姿。
‥‥‥‥老騎士は、ナラクを自らの馬に乗せると撤退を始めていった。
冒険者たちはほっと肩を撫で下ろすと、馬に続けと言わんばかりに一目散に撤退していく。
『ガアアァァ‥‥ァ‥‥ァ‥‥』
退路を確認していたことがよかったのか、それとも退路に仕掛けておいた罠にはまってくれたのか、オーガ戦士の咆哮は、徐々に小さくなっていった。
●終幕
「どうも、依頼ご苦労様。約束どおり不足分の報酬は私が支払おう。傷も私たちのグループが治してあげるから怪我を負った者は言い出てくれ」
報酬を受け取った冒険者たちは、これで本当に終わりだと思い、椅子にどっと腰を落とす。
「それと、あの人は君達のことを気に入ったみたいでね。今度も是非同行して欲しいそうだよ。何でも今度はオーガ戦士なんて比較にならない‥‥‥‥」
‥‥‥‥青年の言葉がいい終わる前に、冒険者は部屋から一目散に脱出した。