●リプレイ本文
●一幕
「ふえ〜〜、大きなお邸だね〜〜〜」
目の前に現れた巨大な館を前に、セルフィー・リュシフール(ea1333)は驚嘆の声をあげる。依頼主の館も大きかったが、今目の前に広がる貴族の邸はそれよりもさらに大きい。東西に曲線をふんだんに生かした建造物を構え、中央には優美な曲線を蓄えた塔が街全体を見下ろしていた。
「あんまり大きな声を出すなセルフィー。これだけ大きな邸だから気付かれることもないと思うが、侵入に備えてのリスクは少なければ少ないほどいい」
クオン・レイウイング(ea0714)が彼女の後ろから現れ、数枚の木の板を重そうに地面に置く。
「貴族の邸へ侵入か‥‥‥‥陽動班がうまくやってくれるといいんだがな」
「まああの人たちならやりすぎるくらいにうまくやってくれるんじゃないのかな? それよりアイスコフィンでその板を壁に固定して階段を作ればいいんだよね」
未だに陽動班が動き始めた気配はなく、静まり返った館にティルフェリス・フォールティン(ea0121)は不安の声を漏らしたが、セルフィーはあくまでものんびりとした声で侵入班である三人の冒険者が運んできた木の板をレンガの間に差し込んで、さらにアイスコフィンを使って壁に板を密着させていく。
「でもこれで本当に乗れるのかな‥‥」
セルフィーは自らが作ったその足場に片足を乗せて、軽く体重をかけてみる。‥‥結果、多少ぐらついてはいるが、どうやら短時間なら大丈夫な程度の強度は確保できているようだ。
「あたしは潜入とかできないからここまでだけど、頑張ってエリヌヴァーレさんに手紙を渡してきてね」
「そうだね。‥‥でも、まずは陽動班が頑張ってくれるのを待ってからにしようか」
セルフィーの言葉に見送られて即席の階段‥‥というよりはハシゴを登ろうとしたカズィ・クロスライド(ea1940)であったが、まずは別働隊の動向を伺い、正門がある方向へと視線を移したのであった。
●二幕
「ワラキア公子ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は怪人である。彼を改造したのは秘密結社グランドクロスである。彼はギャグと世界の為に日夜戦うのである! 夜、藤宮深雪(ea2065)と共に屋敷正門に現れ、啓発セミナー風に擬態した結社員勧誘を行い、潜入班が潜入しやすいよう陽動を行う!」
「ウラドさん、自分で言ってます‥‥」
ナレーションを模しているのか、用意した原稿を読み上げるウラドに深雪は消え入りそうな声で意見を述べる。その言葉に一瞬怯んだウラドではあったが、その程度の心の大きさでは怪人を名乗ることはできない。彼は結社グランドクロスX旗がくくりつけているハルバードを地面に突き刺すと、大きな声でたのもうと叫んでみる。
「‥‥‥‥何者だ」
「ふははははははは!夜分遅くに失礼するのだ!今夜はここで頑張っておられる傭兵諸君に話があって来たのである。警備の者を呼び集めて欲しいのである」
「帰れ。子供の遊びに付き合っている暇などない」
声を聞きつけて門のところまで歩みだしてきた傭兵を前に、ウラドは独特の語り口調で話を切り出したが、なにぶん時間が時間、そして人相が人相である。十歳少しの子供が旗を掲げてやって来ようと、一体だれが正式な客人だと思うであろうか。
「すいませんウラドさん。私が依頼主さんから正式な紹介状をもらえなかったばっかりに‥‥」
「いや、深雪ちゃんは悪くない。‥‥聞けい傭兵どもよ! 時はまさに世紀末! 我々の入手した予言が正しければ、今世紀か来世紀に、世界はメギドの炎につつまれる! 来るべき日に備え、我々はさまざまな活動をしている。そのためには優秀な人材が必要なのである。そう、まさに諸君のような! 共に世界のため、我らと共に活動しようではないか!」
深雪の悲しげな顔に触発されたのか、ウラドは大きく息を吸い込むと館の傭兵たちにあらん限りの声を張り上げて説法(?)を行う。煩さに気をとられてか、それとも退屈な警護作業の暇つぶしとしてか、傭兵達はわらわらと正門付近に集まってきた。
「しかしっ、栄光ある結社に諸君らを不作為に入れるわけにもいかぬ! 諸君らの実力が見てみたい。一手御教授願いたいのである!!」
ハルバードを『ドンッ』と地面に叩きつけて、傭兵を挑発するウラド。
「‥‥このレーヴェ・フェァリーレン(ea3519)もお前たちの相手になろう。遠慮はいらない。かかってこい」
さらには颯爽と馬に跨って現れたレーヴェが傭兵達を見下ろしながら手合わせを申し込む。それまでからかい半分だった館の人間の表情からも笑顔が徐々に消えていった。
「面白い。‥‥非礼な客には痛い目を見てもらってさっさと退散してもらうか」
「ふん、この入信試験、易々と通れると思うなよ」
ついに剣を引き抜き、正門から三人の前に現れた強面の傭兵に、ウラドとレーヴェはあくまでも強気のままに対峙した。
だが、彼らは気付いていなかった。‥‥自分たちは冒険者といえど、直接戦闘においてはまだ駆け出しのヒヨッコであるということを。
●幕間
「ここが東門‥‥かな」
ウラドとレーヴェが傭兵と剣を交えていた頃、チェルシー・カイウェル(ea3590)は邸の東門付近に陣取り、自分が今から仕掛ける陽動作戦に適した場所はないかと、きょろきょろと視線を左右に移動させる。
「恋愛自体に興味はないけど‥‥恋物語なら話は別。誰にも知られちゃいけない秘密の恋愛、これで心躍らずして、いったい何が吟遊詩人? その『物語』のお手伝い、あたし達がさせてもらうから!」
彼女は路上にあった岩の上によいしょとよじ登ると月明かりが街全体を照らす中、大きく息を吸い込んで、即席の演奏会を開始する。
楽しい宴の始まりだ お仕事なんか放りだせ
興味があるなら寄っといで 興味が無くても寄っといで
竪琴鳴らして歌歌い みんなで仲良く踊りましょ
大人も子供も犬猫も 道行くあなたも傭兵も
誰でもみんな寄っといで 来なくちゃ後悔するかもよ
楽しい宴の始まりだ さあさあ皆で寄っといで
「君、こんな夜中に演奏をするのはやめてもらえないかな。それに歌うならもっといい時間があるだろう昼間とか、夕暮れ時とかね」
途切れることなく流れ込んでくる呪歌に反応してか、東門からのろのろと若い傭兵が歩いてやってくる。しかし彼は言葉こそ厳しいものをもっているが、歌を歌っているのが少女とわかったからか、あるいは呪歌そのものが楽しかったからか、チェルシーへ不信感や敵意をあらわしてはいない。
「ああっ、お兄さん聞いていかない? いま大道芸の練習をしてるのよ」
チェルシーはそのことを感じ取ると、一旦歌を辞め、口元を小悪魔的に綻ばせる。そして付け入る隙があると見たのか、あくまで大道芸人を装って青年を言いくるめようとする。
「‥‥‥‥仕方ないなぁ。少しだけだよ。二、三曲聞いたら僕は警護に戻るからね。それと、あんまり遅くまでやってるとご両親が心配するよ」
余程暇だったのか、若い傭兵はこれにあっさりと言いくるめられる。そしてその場に座り込むと、少女が織り成す演奏会のたった一人の観客となったのであった。
●三幕
陽動班があの手この手で館の中の警護をひきつけている中、侵入班の三人は貴族邸の中へ侵入することに成功していた。三人は静かに壁から地面へ飛び降りると、植え込みの間を縫うようにして東側の建物へ接近していく。
「犬は‥‥‥‥寝ているのか?」
押し殺したような声を放つクオン。もはや目的地は眼前に迫り、そこに至るまでの障害はないように思えるが、特に潜入作業において注意はし過ぎて悪いものではない。
「しかし手がかりは紺色の長い髪ということだけか。‥‥本当にみつかるのか?」
「そこを何とかするのが冒険者ってもんだろ。この手紙に何が書いてあるのかはしらないが‥‥‥‥あいたぞ」
ティルフェリスの声にクオンは返事をしながら鍵あけにとりかかる。
返事が終わる前に簡素な鍵はあっさりと開き、彼らは建物の中へ侵入することに成功した。
「ここからは三手に分かれよう。エリヌヴァーレと思われし人物を発見した時点でこの場所に集合。手紙の受け渡しを行う」
クオンとカズィはティルフェリスから確認に頷くと、建物の中に入っていった。
●幕間
「‥‥‥‥お疲れ様でした」
深雪はあっという間に倒されてしまったウラドとレーヴェの手当てをしながら彼女なりに労いの言葉をかける。
相手は手練の傭兵、所詮レベル一の彼らが適う相手ではなかったのだ。しかも、彼ら自身にとってみても無理に勝たなければならない戦いではない。深手を負う前にさっさと戦いを止めることには止めたが、それでも二人は打たれた箇所を抑えて地面にうずくまっていた。
「む‥‥あとは潜入組を信じるのである」
できうる限りの時間は稼いだと思ったのか、ウラドは頭を深雪の膝の上に乗せたままに、満天に広がる月と星を眺め、潜入組の健闘を祈った。
●四幕
「あれがエリヌヴァーレとかいう女か? なるほど‥‥依頼主が熱を上げるのもなんとなく‥‥‥‥」
侵入してからものの数分、紺色の美しい髪をしているという情報しかないエリヌヴァーレ嬢はレオンによってあっさりと発見された。どこか人の心を安心させるような笑顔、手入れをされた美しい髪は使用人の中でもかなり浮いている。したがって発見は依頼主が言っていたように平易であった。
「へぇ、すごい美人だね〜〜。‥‥っさ、あとは手紙を渡して早く退散しよう」
突然自分の背後から響いたティルフェリスの声に、クオンは驚愕の余り叫びそうになった言葉を必死に飲み込む。
考えてみればこの建物はそれほど広いわけではない。使用人に見つからないように移動をしていたら潜伏場所が重なってしまう可能性も否定できない。
「すいません。エリヌヴァーレさん‥‥‥‥ですか?」
未だに体の震えを抑えているレオンを尻目に、ティルフェリスはエリヌヴァーレらしき女性へ話し掛け、本人確認をとる。あっさりと頷くエリヌヴァーレ。
「これはとある人から貴女あてに預かった手紙だ。私たちはこれを届に来た。‥‥確かに、預けたぞ」
それだけ言って、ティルフェリスは手紙を強引にエリヌヴァーレの手に握らせると、その場を後にする。そして依頼の達成をレオンとカズィも長居は無用とばかりに邸から一目散に退散していった。
「‥‥‥‥‥‥?」
後に残された使用人の少女は、あっという間に過ぎ去ったわけもわからぬ冒険者に、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
●余幕(数ヶ月前)
「さすがにラルゲバルク殿の邸は立派であられるな。‥‥少しの間だけ見回ってもいいだろうか?」
「はっは、構わぬ構わぬ。君も今後のために我の邸を見ることも大切であろう」
若い貴族は初老の貴族へ深々と頭を下げると、中央の塔から庭園へと移動する。そして立派な建造物が並ぶ西側には目もくれず、人目を避けるように東側へ足を向けた。
「何が今後のためだあの爺め! 若い若いと馬鹿にするのも‥‥‥‥っ!!」
悪態をつきながらお世辞にも舗装されているとはいえない道を歩いていく若い貴族。そして彼が目の前の小石を蹴飛ばそうとしたとき、彼はバランスを崩して豪快に転倒した。ぬかるんだ地面に、彼の衣服は泥まみれとなる。
「‥‥っ、上着だけでも脱いで‥‥‥‥」
何とかよろよろと使用人用の建物まで歩いていった彼は、執事を呼び寄せて着替えを持ってくるように命令すると自らは適当な部屋の隅で上着とズボンに手をかける。
「マリータァ。きょうのベコさ当番はお前だっぺよ、何こんなところで‥‥‥‥ぁ‥‥」
ノックもなしに部屋のドアを乱暴に足であけた‥‥エリヌヴァーレという名の少女は、下着姿を見せる若い貴族を前に、ドアのノブを掴んだまま固まってしまった。
「‥‥‥‥考えてみれば、悪趣味なものだな俺も」
依頼主である若い貴族はあの日のことを思い出して苦笑いをすると共に、冒険者へ託した手紙へ思いをはせる。
‥‥手紙の中には、あの時借用したボロボロのハンカチと、晩餐会への招待状が彼の思いと共に添えてあったという。