●リプレイ本文
●一日目
「集まったようだな。選ばれし者たちよ!」
議場に響き渡るカマバットの声。無意味に光を遮り、松明の灯りのみに照らされた会議室は、いわずもがなで異様な雰囲気をかもし出していた。
「まずは自己紹介より始めよう。我の名はグランパだ。誉れ高きカマバット一族を率いる者なり」
松明に照らされ、グランパの濃い髭が冒険者達の視界に浮かんでは消える。
言い知れぬ威圧感は、これから話し合われる内容とは打って変わって会場の空気をピリピリと緊張させる。
「自己紹介する必要もないかもしれないけど、僕はレイジュ・カザミだよ。最近は葉っぱ男って言った方が、通りがいいんじゃないかと思う。‥‥これから三日間、最後までよろしくお願いします」
「レンジャーのオーガじゃ、オー爺とでも呼んでくだされ。この年寄りの知恵一つでイギリスがネギリスになるのなら‥‥ワシは喜んで時代の礎となるつもりじゃ」
これまで数多くの葱を巡る死闘に関わってきた二人であるレイジュ・カザミ(ea0448)と、オーガ・シン(ea0717)もそれに続く。考えてみれば三日間も葱について話し合うのだ。この話し合いを無意味なものにすることは決して許されない。
「ここではっきり言わせてもらおう。俺は今までネギリスになるのを阻止したく戦い続けてきたつもりだ。今回は葱の有効性を考えるために参加した。断じてイギリスをネギリスとするためではない」
そんな長丁場にも関わらず、議論は早くもヒートアップする。
葱の隠れた実力者としてソノ手の世界では名の通っている来生十四郎(ea5386)である。ネギリスを否定する発言に、グランパら参加者の眉がピクリと動く。
「‥‥それは難しい問題だよね。ネギリスって言葉自体は素敵な響きだけど、そこに本当に葱の楽園があるのかどうかと考えると‥‥‥‥ちょっと考えちゃうよね」
「ウムム、葱を誰もが使える世界‥‥確かにそれは力の氾濫をも生みかねぬのぅ」
来生の発言を受けて、葱の氾濫が及ぼす問題について考えを巡らせるチップ・エイオータ(ea0061)とオーガ。道徳的にあーだとか、倫理的にこーだとか、そういう話には一切辿り付かない辺りが、使用した者を虜にしかねない葱の魔力を物語っていた。
「それについてはこのグランパも考えた。‥‥だが、恐れているだけでは、ヒトは未来に進めぬのだ! フライング葱をつくれる者も世界で一人、激闘を再現できる吟遊詩人も世界で一人! 葱を描きたいという宮廷絵師がほぼいないという現状を、我々はなんとか改善せねばならないのだ! 人々が皆笑顔で葱に乗れるその日まで」
熱弁するグランパ。ギルドに受け入れられるかギリギリのところでいつもせめぎあっている葱である。いきなり『葱を尻に刺しているところを描いてください』と言われて困っている宮廷絵師も出ているという葱である。
‥‥このギリギリのところが世界では常に難問として降りかかってくるのだ。早い話、葱を刺している絵を宮廷絵師に頼むのはやめておきましょう。持っている絵とかにしてください。吟遊詩人からのお願いです。
さて、話が逸れてしまったが、会議はそんな感じで序盤からヒートアップ。葱の持つパワーをどのように活用するのか、そして誰がその力を制御するのかという議論は、いつ終わることもなく続けられた。
「ネーネー、話し合いが盛り上がっているところ悪いんだけどさ‥‥‥‥葱って結局何なの?」
新たな朝日が昇り始めた頃、睡眠と清聴とを交互に繰り返していたシフールであるケヴァリム・ゼエヴ(ea1407)が初めてその重い口を開く。同時に数回、話の腰が音をたてて折れ、熱心に議論を交わしていた者達は皆机に突っ伏した。
「そうだね‥‥一言でいえば『乗る・刺す・飛ぶ』ってことかな」
だが、そんな細かいことを気にするようでは葱リストとしてやっていられない。気分転換に丁度いいと決め込んだレイジュは、彼なりに簡潔極まりない説明をケヴァリムへする。
「‥‥補足すると、早い話フライングブルームの形が葱で、尻に刺さないと飛べないといった代物だな」
「そうなんだ。てっきり俺は食べる方の葱を連想していたよ」
的確なフォローに、ここにきてようやく事の重大さを理解したケヴァリム。食べる葱と飛ぶ葱とでは、形は同じでもその意味合いや使用用途は全く変わってくる。
「おいらはねぎを刺さなくても飛べるけど〜、空を飛んでお日様の光をたっぷり浴びるのってー、気持ちいいよねー」
ようやく会話する機会が巡ってきたと、先ほどから参加者の肩という肩を飛び回っていたルディ・リトル(eb1158)が羽音を鳴らしながら参加者達に意見を言う。
「うむむ‥‥私としては葱という噂に高き名器を実感するために、メーベルナッハ家女子として是非とも一回くらい‥‥うぁぁ!」
果敢にも葱を刺そうと試みたロイエンブラウ・メーベルナッハ(eb1903)は、どこから表れたのかも分からぬ黒い服の男達にさらわれていってしまった。いろいろな意見はあるが、やはり葱くらいは男の乗り物になってほしいものである。
「女性葱リストをいかに理解してもらうのかはまた大きな問題だけど‥‥‥‥まあきょうは葱の底辺をどうやって広げるかって話し合いだからね。ロイエンブラウさんが帰ってくるまで休憩して、議論を戻してから再開しようか」
これ以上葱が抱える数多の問題に突っ込んでも収拾がつかないと判断した参加者達はレイジュの提案に頷くと、紅茶を片手に彼が持ち込んだケーキを食べて舌鼓を打つ。‥‥数時間後、まるで何もなかったように議論は再開された。
●二日目
「最初にも言ったが恐れていては始まらない。未来へと繋がる意見を出そう」
頷く参加者。二日目になってようやく議論は本道に戻ったのだ。
「葱とは尻に突き刺すもの、だが本来『出口』である尻にいきなり異物を刺せば激痛を引き起こすのは必至。葱が危険であると誤解される理由もそこにあろう。ゆえに、使用者の葱への習熟度‥‥つまり葱スキルに合わせた葱を色々作ってみては如何か、と愚考した次第だ。具体的には、最初柔らかい素材で細く作った葱で慣れ。以後、順を追って段々と太く硬い葱を入れられるようにしていくというのはどうだろうか?」
「使用時の身体への負担軽減、それに運転技術スキルを持たなくとも運転できるように葱を改造することは大きな課題だな。しかし逆に言えば、それさえ克服できれば、葱はお年寄りや障害者等の手軽な足代わりや、地上から助けるのが難しい場所へのレスキュー用、救急医療用に使える。怪我人や地方の難病患者搬送用に専門チームを作るのもいいかもしれないな」
葱の底辺を拡充するにあたり、まず一番問題視されるのが身体への負担の事であった。ロイエンブラウの意見はフライング葱がこの世に数本しかないという現実から考えるに難しいかもしれないが、それをさらに発展させた十四郎の意見は参加者達の胸を打つ。
重病患者も尻に葱を刺した救助チームになど助けてもらいたくはないだろうが、命の危険が迫っているとなればそうも言っていられまい。半ば押し売りのような手段ではあるが、人命救助を行うことによって確実に葱のイメージをアップさせることができるプランと言えよう。もしかすると今後そんな依頼がギルドに舞い込んでくるかもしれない。
「そうそう、それに葱と〜〜、使う薬をセットにすればいいんじゃないのかな〜〜」
『!!!!!』
ルディの意見に驚愕する冒険者達。これまでの葱は流れ出る鮮血をむしろ勲章とする風潮すらある厳しい世界であった。葱を細くすれば、あるいは葱に乗らなければ全ての問題は解決するが、前者は葱リストとしての誇りから、後者も葱リストとしての誇りからなかなかベテラン勢の賛成を得られなかったことがげ現状であった。
しかし、それを一気に解決する手段がまさか存在しようとは!? 『薬を持つ!』至極当然の事であるが、今まで誰もしなかったことなのだ。勝利の余韻に浸りながらも、局部から血を垂れ流す姿は葱リストから見れば見目麗しくとも一般人からするとそうではない。
「‥‥今度から、薬を持とう。貴重な意見感謝する」
「わーい。おいらほめられた〜〜〜」
三児の父であるグランパが頭を下げ、ルディは空をぐるぐるとまわりながら喜びを表現する。
大事なことにみんなが気付いたところで、二夜目も終了です。
●最終日
「‥‥いけない! みんな起きるんだ。僕達はこんなところで倒れるわけには‥‥いかない!!」
冒険者といえども超人ではない。ほぼ不眠不休での討論で、既に皆の体力は限界へと近付いていた。自らの頭を叩き、自らを奮い立たせるレイジュ。
あと一日だ、あとたった一日で‥‥‥‥葱の未来が決まる!!
「えっと、葱リストの底辺を広げるには、未来の葱リストを育てるのも大事だと思うんだ。それで、まだ葱をよく知らない子供達に、葱はかっこいいんだって思わせたらどうかなって思うの。ちょっと地味だけど、今までの戦いを絵にして、町の辻とかで演じてみせるのはどーかな。そのままだとまずいから、登場人物の名前も顔も変えちゃって、派手でかっこいい筋立てにするの」
「失礼な、ワシらそのままでも格好いいはずじゃ! 真実を描いたときにこそ、初めて未来が見えるはずじゃ」
三日目になり、議論の中心はより具体的な、葱リストの数をどのようにして増やすかについてに移っていた。子供向けの芝居をつくろうというチップの意見に、ナマナマしている真実を見せるべきだと猛烈につっかかるオーガ。
「‥‥いや、チップさんの意見はいいと思うよ。葱はもっと楽しいものであっていいと思うんだ。例えば葱を使ったアクロバティックな動きを楽しむ『葱サーカス』。空という無限のステージを利用した『葱劇』『葱コンサート』『葱ダンス』『葱連続劇』‥‥特に劇は、国の有名人が出演すればそれだけでアピールになるはず。もち、それにはこの僕が出演してもいいけどね! できれば国王さまにも出演してほしいな」
さすがキャメロットを代表する(葱がキャメロットにしかないことを考えればこの言葉がいかに彼を賛辞しているかお分かりだろう)葱リストだけのことはあり、レイジュの頭から実現可能かどうかは別にして、アイデアが湯水のように湧き出してくる。
「空を飛べるんだからそれを利用しないことはないよね。『葱の宅配便』は貴方の元へ商品を素早くお届け! 『葱警備』は、葱に乗ったまま町を警備。空からなら怪しい人物も一発! 葱で客を目的地まで乗せて運んであげるのもいいかも。あとは‥‥葱をおしゃれに装飾したり、葱を着るための衣装を‥‥」
「それだっ!!」
とめどなく溢れるレイジュの空想をケヴァリムの叫び声が打ち消す。
「短い葱に、ふわふわのモコモコのウサギさん尻尾をイメージした飾りをつけて、装備してる人がウサちゃんファッションなのはどうかな? 葱の可愛さをアピールできるんだな〜」
「健全な青年男子に対するアピールじゃと、ウサ耳な葱を提案するぞい。葱が尻尾になるわけじゃ。女性にセクシーなウサ耳姿になって貰い、空中で『男性に普段見せる事が難しいポーズで悩殺』してもらおうかの。これじゃと男性と女性の両方にアピールでき‥‥‥‥せっかちじゃな! 今のはセーフじゃと‥‥ぅぁぁ‥‥‥‥」
「‥‥時間がない、議論を続けよう」
未来にそのような葱リストが現れ、報告書が裏ルートを闊歩するような状態は避けなければならない。オーガは謎の黒い服の男たちにさらわれ、いずこへと連れ去られてしまった。
「ううむ、葱とウサ耳は私がやってみてもいいと思ったのだが‥‥そもそもウサ耳がイギリスで入手できない以上、惜しいものだな。まあ聞いた話だと、葱の本数はかなり限られているようだからファッションとしては少し難しいか。‥‥‥‥無念だ」
ガックリと俯くロイエンブラウ。彼女の言葉で、ようやく葱DE合コンも不可能であったことにグランパも気付いた。
「ええぃ、こうなったらケンブリッジに葱部を‥‥ぎゃぁ!」
‥‥グランパまでもがさらわれた後も、残った冒険者達は活発に意見を交換した。
そして気付けば‥‥‥‥
「‥‥‥‥あら、また日が昇りましたね。みなさんお疲れ様です」
会議中ただ彼らの言葉に耳を傾けていたセレス・ブリッジ(ea4471)が、討論三日目が終わったことに気付き‥‥‥‥長かった葱の新たなる可能性について考察する討論会は幕を閉じたのであった。