●リプレイ本文
<森>
「行方不明の二人が普段狩りをしていた場所というのはこの辺りか‥‥壬、行方不明の二人の気配は?」
「い、いえ。まだ何も‥‥‥‥村の方の話によると、この辺りではドッグが群をなしているようです。ドッグの遠吠えでも聞こえれば‥‥ま、まだ聞こえないんですけど」
森の中に入り一応の目的地に到着した明王院浄炎(eb2373)は、行方不明の二人の姿を木々の間に求めながら、鋭い聴覚を持つハーフエルフ、壬鞳維(ea9098)へ言葉を投げかけるが、当の壬はというと、緊張しているのかその屈強な身体を小刻みに震わせながら、おどおどと首を横に振るばかりである。
既に村での聞き込みに多少時間を費やしてしまったため、捜索時間にさほど余裕があるわけではない冒険者達の表情に、慣れない冒険ということもあってか焦りの色が浮かぶ。
「‥‥焦ることないと思うよ。さっきから地面には動物の糞が落ちてるから。きっとこの近くにドッグはいる。二人も生きているならその近くにいるはずさ」
地面を注意深く見詰め、断片的ながらドッグの情報を収集するラフィ・アンローズ(eb1762)。彼のモンスターや動物に対する知識自体は決して深いものとは言えなかったが、情報が少しでも得られたならばそこから類推することはできる。
二人の狩人が襲われたのなら、交戦の跡を見ることができるだろう。今も二人が生きているのなら、ドッグに囲まれている場所に二人はいるはずである。冒険者達はとても大半が初冒険とは思えぬ思考展開で推理を確信へと近づけると、時折聞こえる遠吠えと微かに残る痕跡とを頼りにして行方不明者を捜索していく。
「そろそろ日も落ちてきたし。きょうはこれくらいで休んでおこうよ。あたしがおねーちゃんから教わった料理を作るからさ。どうせだったら暖かい食べ物のほうが良いよね?」
点在していた痕跡が素人目にも発見できるようになってきた頃、無情にも落ちた太陽が全てを闇で覆い隠した。冒険者達は松明を持っての捜索も考えたが、これまでの強行軍で皆に疲れがたまっていることと、夜間戦闘ではモンスター相手に分が悪い事を理由に、休息へ入る。
味気ない保存食がチェルシー・ファリュウ(eb1155)の手によって命を吹き込まれ、暖かな湯気を放つ別の料理として生まれ変わる。他の冒険者達が集めてきたマキがパチパチと火を放つ頃には、料理から放たれる匂いが彼らの鼻に届いた。
「これはうまいっ! ‥‥私も少し勉強しなくてはな」
お世辞にもいい評判は聞こえてこなかった冒険中の食事の、予想外の美味しさに舌鼓を打つ武楼軒玖羅牟(eb2322)。空を見上げれば木々の間から星が見える。このまま晴天が続いてくれれば明日にでも行方不明者を探し当てる事はできるだろう。
「ふむ、それでは私がこの素晴らしき料理と冒険の成功を祈って一曲‥‥‥‥おや、壬さん、体調でも悪いのですか?」
一曲披露しようと横笛を手に持ったアークライト・アップルトン(eb0995)は、湯気の収まりつつある料理にほとんど手をつけていない壬の顔を心配そうに覗き込む。
「い、いえ。そうではないんです。‥‥みなさん、料理を早めに食べて、武器を‥‥持ってください」
耳に飛び込んだ微かな情報は、彼の頭の中で一つの結論へ終着する。この中では自分とチェルシーのみが冒険の経験者、あくまでも冷静に‥‥‥‥それが、例え敵に囲まれつつある状況であったとしても!
「どうするの? まだ囲まれていないんだったら場所を変えて‥‥」
「‥‥いや、下手に夜間移動して現在位置を見失いたくない」
この場を明け渡し、戦闘を避けられないものかと提案するアステリア・オルテュクス(eb2347)に、明王院浄炎(eb2373)は手から滲む汗を拭いながらナックルを握り締め、この場の死守を決定する。
「火を絶やさなければドッグはこちらにこない‥‥はずだよ。みんな、火の近くから離れないで」
「戦わなくてすむならそれに越したことはないってことか。‥‥初戦闘がドッグっていうのもピリッとしないしな」
冒険者達は初心者らしからぬ冷静さで焚火を中心に陣を敷き、今や誰の耳にも届くようになったドッグの声と暗闇の中にぼんやりと浮かぶその姿に傾注する。
クルスダガーを構え、敵を睨みつけるベナウィ・クラートゥ(eb2238)。敵の数は凡そ十。戦えば勝てない相手ではないが、冒険者は戦えば戦うほどその場で強くなるような都合のいい体質ではない。避けられる戦いは避け、ここぞという時に力を振るう。
それが依頼を成功させる上での絶対的なセオリーと言えた。
「‥‥‥‥」
やはりセオリーとは先人達の知恵の結晶か、ドッグは匂いにつられてやってきたものの、火と武器を恐れて冒険者達に襲い掛かることができない。
睨み合いはいつ終わることなく続き、ドッグは何か事態の好転を、冒険者達はドッグ達の退散を望んでその場から動こうとしない。‥‥このような場合、どちらが先に痺れを切らすかは簡単に予想がつく。
「ウウゥウ!!!」
「来たわね、これでも食べてなさい!」
一向に進展せぬ状況に、本能のまま飛び掛ってきたドッグへ保存食を放り投げるアステリア。それに貪りつくドッグは‥‥全て食べきる前に口から泡を吹いて倒れた。
「‥‥死んだのか?」
「残念だけど、十分な毒草を集めることができなかったわ。暫く痺れて倒れる程度かしら」
罠に食いついた愚かな敵に口元を緩めるアステリア。とてもこれが初依頼だと思えぬ‥‥あるいは初依頼だからこそ発揮できる残虐性に、武楼軒は額から浮き出た汗を拭う。
残るドッグは毒が混入した保存食の存在に感付いたのか周囲を徘徊するものの食べようとはせず‥‥ついには冒険者達の前から姿を消した。
「‥‥おおよその方向はわかりました。夜が明け次第やつらの後を追い、二人を捜索しましょう」
敵の撤退に一息つくのも束の間、冒険者達はラフィの言葉に頷くと、夜が明けるまでの時間僅かな休息に入ったのであった。
<小屋付近>
「‥‥ぃ‥‥‥‥!」
「き、聞こえました。行方不明の御二人の声とみて間違いないと思います」
翌日、まだ太陽が頂点に昇る前に壬の聴覚が仲間以外の声をとらえる。それと共に感じ取れるドッグの群の気配に冒険者達は武器や松明を手に持ち、駿馬は脅えからかか細い声でいななく。
「駿馬は戦いには不慣れなの。ここに繋いでおこう」
チェルシーの提案に、冒険者達は馬に乗せていた物資の中から必要なものを手に取る。依頼の目的がドッグの殲滅であれば武器と回復薬だけあれば事足りるのだが、そうでない以上幾つか必要なものもでてくる。
「‥‥さて、今度もうまくいってくれるか?」
たいまつを持つ武楼軒とアークライト、それにチェルシーを等間隔に据え、ドッグの群へ‥‥そしてその先にある小屋へと歩み寄っていく冒険者達。火を恐れてか、棒ケ円者たちに道を譲るドッグ。
そして、小屋のドアが数日ぶりに軋みながら開かれた。
「ウウウウゥウウウ!!」
「‥‥っ、一筋縄ではいってくれぬか! アークライトとアステリアは中の二人の治療を、その他の者は入り口を死守するぞ!!」
空腹から覚悟を決めたのか、目の前にいる肉の塊向けて唸りながら突進を開始するドッグ達。明王院は舌打ちを放ちながら、ナックルを握り締め‥‥直線的な軌道で拳を突き出した!
手にはしるは拳が肉にめり込むような感触、僅かに飛び散る鮮血に耳に木魂す悲鳴! それらの全ては『戦闘』が始まっているということを否応なしに彼へと告げた。
「異郷の空に歌を吟じ、朱に染まる街並の愛しきを想う嗚呼尊きかな、帰りを待つ家々の暖かな煙よ。今や黄昏は過ぎ去り月は南天に座す、懐かしき我が家までは幾星霜を数えようとも、我は門扉をくぐり伝えよう、笑顔もて家族に『心配をかけた』と」
小屋の中の二人を鼓舞しているのか、冒険者にとっては不釣合いな歌詞が流れる。目の前に迫るは猛り狂うモンスター!
避ける戦いもあるならば、これは避けられぬ‥‥勝たねばならない戦い!!
「オオォオオ!!」
「‥‥‥‥!!」
雄たけびをあげ、ドッグを殴り飛ばす武楼軒。ついで無言のまま突き出されたベナウィのクルスダガーは、ドッグに戦意を喪失させる。
「ウウゥウウィキイイィン!!」
武楼軒とベナウィの背後より聞こえた雄たけびは悲鳴へと変わる。振り向けば、胴に矢が突き刺さったドッグが地面を転がりまわっていた。
「案外当たるものだね。‥‥みんな、援護は任せて! ‥‥矢を回収しないと」
力強い言葉とは裏腹に、ラフィの矢はもう三本の余裕しかない。ドッグに突き刺さった矢を回収することは難しいし、とはいえ‥‥‥‥
「中のお二人から矢をもらってきました」
抜群のタイミングで小屋の中から差し出される矢の束! そういえば捜索していたのは狩人だったと思いだし、使っても『無料』の矢をつがえるラフィ。
「フッ!!」
そんな彼の視界の端を、風斬り音と共に吹き飛んでいくドッグ。延長線上に視線を移せば、先ほどまでのおどおどしていた姿からは想像もつかないような、精悍な顔つきをした壬の姿があった。
「退きなさい! そうじゃないと‥‥怒っちゃうんだから!」
チェルシーのか細い腕に力が込められ、ダガーによって傷をつけられたドッグは悲鳴をあげながらその場から逃走していく。残るドッグも勝ち目はないと悟ったのか、仲間の後を追うように撤退していった。
「‥‥ふむ、なんとか退けたようだね。中の二人も多少衰弱はしているが、命に関わるほどではない。ここで簡単に食事をとって、早くこの森から脱出するとしましょう」
「りょーかい! すぐに身体に優しい料理をつくるねっ!」
遠ざかる敵の声に、やれやれと息を吐くアークライト。チェルシーは保存食を皆から募ると、空腹で動くことのできない二人のために特性の料理を製作するのであった。
‥‥幸いにしてその後ドッグの襲撃はなく、冒険者達は無事二人の狩人を家族のもとへ送り届け、キャメロットへ帰還したのであった。