●リプレイ本文
●本幕
「皆さんこんにちは。キャメネット路上ショッピングの時間がやって参りました。最近、お腹の弛みが気になる。もっと身長が欲しい。簡単な運動で体力をつけたい。な〜んて思っていませんか? そんな貴方にピッタリの商品を今回はご用意させていただきました。‥‥さあ、それでは商品を楽しく紹介してくれるスペシャルゲスト達の登場ですっ」
道の一角で声を張り上げるジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)。何事かと思ってポツポツと野次馬達が集まってきたのを確認すると、『スペシャルゲスト』達に目配せで合図を送る。
「ふははははははは! さあお立会い! 本日の紹介するのは究極の屋内運動マシーン『ぶら下がり君』だ。ここは屋外だって?そんな事は気にしちゃいけないな! 細かいこと気にしているとハゲちゃうぞ」
のっけからテンションを上げまくり、客の注目を引こうとするローゼン・ヴァーンズ(ea0310)。元来目立ちたがりである彼にこのような役目はうってつけと言えるであろう。
「最近贅肉が増えて気になる‥‥でもなかなか運動する時間が取れない。そんな人にお勧め!! このぶら下がり君は1日わずか10分であなたを理想のボディに! しかもサルでもできる簡単さ!」
「複雑で苦しい運動なんてもうサヨナラッ! これさえあれば問題ないよっ」
大ざっぱな司会進行(?)をするローゼンをフォローするシャラ・アティール(ea5034)。彼女はあらかじめ用意していた看板を台詞と同時に出し、遠くの客にも見えやすいように工夫していた。
「さっそく始めようか。‥‥いでよ! たるんだおなかの救世主たるミスタ〜〜〜〜〜!! ブ・ラ・サ・ガ・リく〜〜〜ん!!」
商品を覆っていた布が取り払われ、その向こう側からぶら下がり君とオーガ・シン(ea0717)が現れる。
「HAHAHA! 今日はノルマン生まれの美容器具『ノルマンディアボディシェイパー2』の紹介JYA!」
年齢不相応な筋骨隆々とした体つき。覆う服は褌のみ。怪しいイギリス語。商品名の名前が代わっているなどツッコミ所は満載であるが、細かいことは気にしてはいけない。とにかくオーガは暖かな日差しの中ぶら下がり、健康的な汗を飛び散らせる。
「懸垂だけでなく、レッグリフトを同時に行えば下腹部もシェイプUP! ぶら下がるだけでも、背筋が伸び、身長もUP! 手軽にスリムボディが貴女のモノじゃYO! 運動能力で、負荷レベル自由自在! 特別セットの銘入りブリッツウェイトを使えば、更に効果UPなのJA!」
語学力がそれ程でもない上に、ぶら下がりながらなので言葉は聞き取りにくいことこの上ないが、まあだいたいやっていることを見れば、言っていることも分かる程度の内容しか言っていない。通行人は明らかに何かやってくれそうなオーガが次に何をするのか、好奇の目で見つめる。
「そろそろ頃合じゃな‥‥‥‥さぁっ、それではこれからぶら下がり君歴、十年のこのワシが、鍛え抜かれた肉体はどんな刃も弾き返す屈強な鎧となるところをお見せしよう!」
大地に足をつくオーガ。彼の視線の先には‥‥‥‥何を思ったかダーツを構えたジョセフィーヌの姿があった。
「それでは『ぶらさがり君』の効果の程を検証してみましょう。毎日『ぶらさがり君』で鍛えているオーガさんの腹筋はプレートアーマーと同じぐらい硬い筈よ」
適当極まりない台詞を放ち、ダーツの狙いを定めるジョセフィーヌ。固唾を飲む観客! そしてダーツは放たれ、へろへろと宙を彷徨い‥‥オーガの腹によって弾き返された。
「わぁお、すごいわ! ホントに鋼のような腹筋ね!?(わざとらしくおどけてみせる) 皆さんもこんな肉体を手に入れてみたいと思いませんか?」
「彼も今でこそこんな肉体を手に入れているが、昔は病弱で家から出られないほどだった。ここでこうして皆さんの前に立っていられるのも、すべてぶらさがり君のお陰なのだ!」
パラパラと起こる拍手の中、驚き役を演じるジョセフィーヌとオーガの過去をでっち上げるローゼン。ちなみにそこから少し離れた場所ではシャラが小さな文字で『効果には個人差があります』と書いてある看板を掲げていた。
「さあ、迷うことは‥‥」
「待て、今の投擲は怪しい。痛くない場所に投げているだけだろう。本当に弾き返せるのか俺がチェックしてやる」
そこそこ場も盛り上がり、とりあえず値段を発表しようとローゼンが意気込んだのも束の間、彼らの不正を見抜くかのように、ギャラリーに紛れ込んでいたクラム・イルト(ea5147)が割って入る。
「俺がダーツを投げる。そんな健康器具で本当に鍛えられるのか、この目で確かめてやろう」
「言いおったな‥‥ならば、わしが見事そのダーツを受け切ったならば、お主にはこのノルマンディアボディシェイパー2を購入してもらうぞっ!」
睨み合う両雄。野次馬精神でそれを面白がって見る観客。
クラムの細い指がゆっくりとダーツを掴み‥‥勢いよく投げつけた! 突き刺さるダーツ。‥‥だが、オーガは笑いながらそれを引き抜く。
「おおーーっとーー!! やはりぶら下がり君で鍛えた腹筋は本物だぁああーー! この感動が今ならあなたにもたったの60Cでぇえーー!!」
「なるほど、本当に鍛えているようだな。仕方ない、一個購入しよう」
ローゼンの歓喜の叫び声に観念したのか、がっくりとうなだれてぶら下がり君を購入するクラム。
もう隅の方でシャラが『効果には個人差があります』なんて看板を掲げているのも気にならない。数名の観客達がナイフでもなく矢でもなくダーツをクラムが使ったことに疑問も感じず、ぶら下がり君を購入していく。
「‥‥やはり、痛いものは痛いのぅ」
一通りの脚本を終え、オーガは寂しげに呟くのであった。
自分はこの実演を‥‥‥‥今日だけであと何十回するのであろう?
<キャメロット・別の場所>
「背が伸びたらお兄さんきっとモテモテだよ! あっちで背の伸びる道具の実演販売をやってるんだ。行ってみない? ねえ、ねーーったら〜〜」
路上で偶然会ってイリヤ・ツィスカリーゼ(eb0603)にしがみ付かれた若者は、暫く小柄な彼をずるずると引っ張っていたものの、やがて観念したのかやれやれと溜息を吐いて彼の後をついていく。
この時点で彼は全くイリヤの言うことなど信じていなかった。だがしかし、『モテモテ』という単語に彼は弱かったのだ。
彼だって憧れるのだ。年齢と同じ恋人いない歴に終止符を打つことを! だが、自らのお腹を触ってあるのは腕の太さほどもある脂肪のかたまり‥‥こんなんじゃあ無理だ。『ありのままの自分を好きになってくれ』っていったところで、自分でも自分自身に自信が持てない。そんな、そんな日々と‥‥
「サヨナラできますよ。世界中の誰が敵にまわっても、このぶら下がり君だけはあなたの味方なのです」
「ああっ、やはりっ!!」
全てを見透かしたようなショウゴ・クレナイ(ea8247)の穏やかな物腰に、若者は平伏しながらぶら下がり君の方向へと歩いていく。
「こんにちは、注目あたしは華国の武道家「明舞の天使」ことミヨンファ(明華)です。華国にいたときには出会わなかったいい商品。これで運動すれば少し気になる体も綺麗になりますよ」
「今なら私の占いもついてきますよ。あなたの運勢は‥‥‥‥すばらしい健康運をお持ちですね」
するとそこには李明華(ea4329)とシーン・イスパル(ea5510)という美しい二人の異国情緒溢れる女性が! さらに見れば背後にもコーカサス・ミニムスとカレン・ロストという女性四名に囲まれるという構図に、男性は早速願いの一部が敵ったのかと、意気揚々と鼻歌を歌いながらぶらさがり君を購入していった。
「なにか‥‥少し騙してしまったような気もしますね」
「いいじゃなぇか。気分よくして帰ったんだからバッチリだろ。あれで本当に鍛え上げればひょっとするといけるかもしれねぇぞ」
男性の容姿はシーンが健康運しか占わなかったところから推して知ってもらうとして、過剰な期待を抱かせてしまったことに一抹の良心の呵責を覚えるカレンと、深く考えずにとにかく売れたことを喜ぶフィアー・ロンド。彼の横で筋肉をいからせて実演販売をしていたジーン・アウラも無言で頷く。
「そうだよカレン。このぶら下がり君はなにもぶら下がっているだけで、筋力の低下を防止できると共に適度な筋力を維持でき、懸垂運動を取り入れればより筋力をつけられるって効果だけじゃないんです。体を伸ばす事により筋肉の緊張を和らげ、腰痛肩こりに効果があり、さらに激しい運動をする訳で無いので、老若男女問わずに運動を楽しめるという、まさにバランスのとれた器具なんだよ」
「それに勉強疲れにも伸びが一番なんだ。ぶらさがり君でいい成績を取ろう!」
周囲に客が集まり始めたと察知するや否や、途端にセールストークを再開するショウゴとイリヤ。この辺りは依頼成功を第一に考える冒険者の面目躍如と言えるだろう。
「そうですね。初心者の方は身体を捻るだけでも美しいお腹が手に入りますしね」
「えっ、本当ですか?! その効果が本当なら‥‥私も欲しいですね」
さらに、明華の言葉に驚いたフリをしてヨシュア・ウリュウがぶら下がり君を持っていくなど、サクラの効果も十分発揮する。
路上で催される珍しい企画に、キャメロットの人々は買うか買わないかは別にして、皆笑顔で集まり、冒険者達が織り成す一連のセールストークを三日間、存分に楽しんだのであった。
‥‥全身ダーツの穴まみれとなった一人の老人の貴い命を犠牲として。
●余幕
結局ぶらさがり君はほぼ完売し、冒険者達は一応の依頼成功を迎えた。
ただ、演出を余りにもこりすぎたので、治療費やその他雑費などで少し貰える報酬が目減りしたことは、やはり依頼を達成する上で起こった仕方のないことであった。