【月海さん原作】恋の呪文を唱えてよ
|
■ショートシナリオ
担当:みそか
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月11日〜07月16日
リプレイ公開日:2005年07月20日
|
●オープニング
薄暗い部屋の中。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯りに照らされて、深い闇のような黒髪が舞う。
彼女は蝋燭に両手をかざして、何か言葉を紡いでいるようだ。その声は小さく、そして意味が聞き取れない言葉。ただの単語の羅列。異国の、または異種族の言葉とも思えない謎の言語。
「――これでよし、と」
長い呪文のような言葉を呟き終えると、その黒髪の女性は流暢なイギリス語で、疲れきったように言い放った。
そして、朗らかな笑みを浮かべる。
「これからは、ハッピーになれるのね」
最初は小さな含み笑いではあったのだが、次第に高笑いへと変わっていく。
――想い人を振り向かせる魔法の呪文がある。
道端に転がっていた酔っ払いの老人の戯言だと最初は思っていたが、こうして儀式を何だか効果があるように思えた。
先日20の誕生日を迎えたばかり。
いまだ独身。
恋人おらず。
友人や知り合いの女性は次々と恋人との甘い一時を過ごすようになったり、家庭を築き上げている。彼女だけが一人身のまま。
別に気立てが悪い、というわけではない。単に日頃の振る舞いが妖しいだけだ。
突然高笑いをあげたり、意味なく含み笑いをしたり、陰でこそこそ追いかけまわしたり。
そんな彼女でも、恋人は欲しいし、想い人はいる。ただ、打ち明ける勇気がないだけだ。そもそも、妖しすぎる彼女に対して付き合う勇気のある男かどうか疑問だが。
数日経って、冒険者ギルドにて。
ギルドの担当者はそこはかとなく遠い目をしながら依頼が書かれた羊皮紙を壁に貼り付けていた。
依頼の内容は、思わず苦笑いを浮かべてしまうものであった。
依頼人を付回している女性をどうにかして欲しい、といったもの。
その男性の依頼人が街を出歩いていると、黒髪の女性が後を追ってきて、物陰で妖しい言葉をぶつぶつ言っているのだ。
気味が悪いうえに、しょっちゅうこう付回されたのでは、己まで奇怪な視線を道行く人に投げかけられる。
「早くどうにかしてくれっ!」
そう叫んだ男性の後ろに見える、ギルドの入り口の傍には、それらしき人影が見えたのを担当者は思い出したのであった。
●リプレイ本文
●一幕
「何かが違う‥‥」
いつものように彼の家の前を徘徊する彼女だが、その日は何かが違っていた。
木戸はいつものように閉まったままで、彼のウブな気持ちを感じ取る事ができた。くちずさんだ呪文はきょうも彼女の心の中に深く浸透してきて、思わず口元がニヤリとゆるんでしまう。
だが、この違和感はどうしようもないほどひしひしと伝わってくる。
その原因は、その理由は‥‥‥‥!?
「ふっ、少なからず動揺しておるようだな。まさか依頼主をつけまわしていた当人がつけまわされるとは思ってもいなかったであろう」
目の下にクマを作りながらも、住宅の影から依頼主をつけまわす女を監視する天宵藍(ea4099)。途中冒険者仲間にみつかって声をかけられること数回、キャメロットを守る自警団に追い掛け回されること数回、見知らぬ相手に決闘を申し込まれる事二回‥‥だが、彼はそれらの困難を全て乗り越えてここに立っていた。
「あっ、天さんこんなところにいたんですか。‥‥ほんと、がんばっていますね」
「ああ、昼夜もなくつけまわしているからな。どんなことでも思い立ったら徹底的にやるのがわしの長所かつ短所だ!」
追跡行為を続けていたものの、途中で根負けして仮眠をとりに行ったマルティナ・ジェルジンスク(ea1303)へ自信たっぷりに言葉をかける天。
背後から監視しているだけではつまらぬと、故意に視界に入り、怪しい異国語で話し掛け、時には夜道の暗がりで突然肩を掴むなどの行動もとってきた。
‥‥依頼のためならばどこまでも許されるかどうかは微妙なところではあるが、決めたことを最後まで貫こうとする彼の姿勢はある種冒険者も見習わなければならない部分を持っていると言えよう。
「もう少し、もう少しなんだ。女が参ってくれれば‥‥あとは他の連中がなんとかしてくれる」
「あはは‥‥わかってますけど、完全に台詞が犯罪者ですよね」
パタパタと空中を飛び回りながら、荒い息を吐く天へ苦笑いを浮かべるマルティナ。周囲の視線は案の定というべきか、なんというべきか、とにかく刺すように痛く、健全な精神を持っている彼女にとっては長時間なかなか耐えられるものではない。
「ああ、早くチョコさんたち動いてくれないかな‥‥」
彼女は両手を合わせると、祈るように空を見上げるのであった。
●二幕
「ほら、これを着ればお前に見えない。いわば完璧な変装だ。やはり蒼い衣服は‥‥」
「いーーやーーだーーー!! そもそもお前たちの依頼はあの女の追跡行為を止める事じゃなかったのか? それがなんでここにいる!?」
依頼主をなんとかして外に連れ出そうとするヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)。しかし、理屈ではどう考えても彼のほうが負けている。依頼主は明らかにヴルーの趣味としか思えない蒼い衣装の着用を頑として拒むと、早く追跡女に追跡を止めさせるよう彼らに命令する。
「まあ少し落ちつけ。これはその追跡行為を止めさせるために必要なことなんだよ」
しかしヴルーはそんなことにくじける素振りすら見せず、力ずくで依頼主を着席させて無理矢理納得させると共に、依頼主の好みのタイプを聞き出そうとする。
「ちなみに俺はちょっとおとぼけな感じで可愛くて、それでいてちょっと危険な感じもある子がいいな」
「‥‥それはあんたの彼女の話だろう。俺の好み‥‥そうだな。清楚で、おしとやかで、優しく、料理がうまくて‥‥楽器でも弾けたら最高だね」
遠い目をして好みのタイプを語り始めるヴルーと依頼主。依頼主のタイプを聞いて隣にいたロート・クロニクル(ea9519)が若干顔をしかめたが、その理由はここでは触れないことにしておく。
「とりあえず外に出ないことには始まらないんだよ。どっちにしろこれが最後だと思えば我慢できるだろ? つーか、我慢しろ?」
そのロートはライトニングソードを片手に素敵な笑顔で依頼主を強迫‥‥ではなく説得する。目の前でバチバチと音をたてる雷の束を前に、依頼主も首を縦に振るほかなかった。
「そんなに怖いのか? なんなら手でも繋いでやろうか?」
ようやく納得する姿勢を見せた依頼主に気分をよくしたのか、少しからかうような口調で手を差し出すロート。
‥‥だが、その手が差し出された瞬間、依頼主はおろかヴルーまでもが信じられないスピードで彼と距離を取った。
「あんた、それっぽい顔をしていると思ったらやっぱりか」
「お、俺はだめだからな。男に手を出されたなんてばれた日には‥‥」
盛大に勘違いをしてガタガタと震える二人。一方のロートはというと、それとは別の意味で―――――猛烈な怒りによってブルブルと震えていた。
●三幕
逃げても逃げても追ってくる怪しい男。
既に彼女は追跡者から逃亡者へと変わってしまっていた。彼を振り向かせるためだけにおまじないをしていただけなのに‥‥どうして私がこんな目に遭わなきゃならないの!?
極めて身勝手ではあるが、彼女の心に恐怖という言葉が浮かんだ時‥‥彼女を救い出すためか、それとも追い討ちをかけるためか、彼女の目の前に赤い髪の少女が立ち塞がった。
「あたし、チョコ・フォンスっていうの。あなたがいつも見ている人からのギルド依頼で、あなたに付回すのを止めて欲しいって伝えに来たのだけど‥‥訳を聞かせてくれない?」
「私はつけまわしてなんていないわ! ただ、あの人に見てもらおうとしておまじないをしているだけよ」
のっけからかみ合わない会話に頭をポリポリと掻くチョコ・フォンス(ea5866)。だが、この程度でくじけているようでは冒険者などやっていられない。チョコはすぐさま用意していた次の言葉を放つべく、家と家の隙間に挟まり、熱い吐息を『ハァハァン』と漏らす天の方向を指差し‥‥‥‥軽く固まった。
「キャーーーー!!!」
チョコの心の叫びを代弁するフレア・レミクリス(ea4989)。すかさず空に舞って逃亡したマルティナとは違って、家に挟まり動けなくなった天は警備隊に連行されていった。
「‥‥しっ、今の人、あなたの知り合いかな?」
「違うに決まってるじゃないの。あんな変態と一緒にしないで」
予想以上に怪しすぎた天の姿を見て言葉も上ずるチョコに、歯に衣着せぬ言葉で天を変態呼ばわりする女。
「だけど、依頼主さんから見たらあなたの行動もちょうどあんな感じだったのよ」
「‥‥違う、違うわ!!」
頭を抱えながら必死にチョコの言葉を否定しようとする女。全ては彼に振り向いてもらおうと思って始めた行動なのに、よりにもよってあんな人と一緒の行動なんて!?
「気持ちはわかります。だけど、現実を受け入れないと彼に振り向いてもらえませんよ」
「そうやで、恋に呪文なんてあらへんのや。ウチらが手伝ってあげるから頑張って彼氏を振り向かせるようにしような〜」
「‥‥でもっ、どうやって?!」
座り込んだ女の頭を撫でながら優しい言葉をかけるフレアとティファル・ゲフェーリッヒ(ea6109)。だが、女は乱暴に彼女たちの腕を振り払うと、この世に希望などないといわんばかりの形相で自分を取り囲む三名の冒険者に具体的な方法を問い掛ける。
「フッ、うちにあんじょう任せとき。既にあんたが恋してる相手の好みのタイプは聞きだしとるんや。つまり、それに合わせれば何の問題もないわけや!」
ヴルーから受け取った情報を頼りに、力強く宣言するティファル。女も自信たっぷりの言葉に感化されたのか、頭を激しく上下に動かす。
「そうよ。いける、いけるわ。‥‥ッフフ、ファハハハハハ!!!」
「‥‥‥‥まずは、その高笑いからなんとかせんといけんな」
天に轟くような高笑いをあげる女に、ティファルをはじめ冒険者三名は道のりの長さを再確認したのであった。
●幕間
それから一日。一人の女を磨くために、三名の冒険者の苦闘が始まった。
なにしろ、依頼主の好みのタイプと女の現況は余りにもかけ離れていたのだ。
髪はながくない、おしとやかとはとても言えない、清楚かと言われればそうかもしれないがどちらかと言えば根暗と表現した方が正しい気がする、優しいどころか突然発狂したように掴みかかってくる、もちろん楽器などひけるはずもない。
それを達成しようとすることはいわば『別人』をつくりあげるための『作業』であった。高笑いをやめるのは簡単だった。だが、そこから先は演技になってしまう。一朝一夕で楽器など弾けるはずもない。優しさを演技で出すことはできるのか?
さまざまな疑問とぶつかりながらも彼女達は突き進み、そして‥‥‥‥
●終幕
「よっしゃ、もう当たって砕けろや。一生懸命告白すれば心は伝わるはずや。ここまで頑張ってふられたら、それは男に見る目がなかったってことや」
結局一日で人格を変えるなどということは不可能なことであった。
女の服装と髪型だけを整えると、ティファル達はヴルーとロートが連れ出してくるであろう依頼主を待ち構えてキャメロットの外れに悠然と立つ。
追いかけるのではない、向こうから(無理矢理にではあるが)出向いてくれるのだ。依頼人をつけまわしていた女も緊張しているのか、普段の高笑いはなりを潜め、まるで彫刻のように動かない。
「お〜〜い、連れてきたぞ〜〜」
ヴルーとロートの声が聞こえる。二人に挟まれるようにして歩く依頼主は遠目にもわかるほど不満顔ではあるが、だからといって逃亡するような素振りは見せない。
追跡や恋の呪文は一つの逃げ道であった。声をかければいいことなどわかっていた。
「君は‥‥いつもいた‥‥」
「ご、ごめんなさい! でも、私はいつもあなたのことを見ていたくて、それで‥‥‥‥‥‥‥‥」
長い沈黙の後、女は地面から視線を持ち上げぬままに、冒険者にとっては依頼主へ‥‥彼女にとっては恋する対象へ向けて‥‥‥‥本当の、恋の呪文を紡いだのであった。
●余幕
「あの二人、うまくいくといいのだがな。それなら俺の苦労も少しは報われるのだが」
「‥‥うん、本当に苦労したみたいね」
何かと勘違いされて厳しい尋問にあった天に声をかけるチョコ。
邪魔者は退散とばかりに現場から離れた冒険者達は、自らの棲家へとゆっくり歩いていく。
「正直、俺もあの女の気持ちが少しはわかるよ。誰でも告白するのには勇気を使うものだ」
「ああ、俺も告白するときは恥ずかしかったもんだ。‥‥ところで、ロート、お前の『彼氏』は一体どんな奴‥‥がぁ!」
鉄拳がヴルーにむけて飛び掛り、この小さな物語は一応の収束を迎えた。
それでは、新たに結ばれし二人が紡ぐであろう物語の末永きことを願って‥‥‥‥