●リプレイ本文
●一幕
「初めまして‥‥ではないのですが、一介の冒険者の顔など覚えていませんかね? 以前お会いした時には仲間が大変『お世話』になりましたが。そうそう、あの時は名乗りませんでしたが、卿のお父上と同じ名前を名乗らせて頂いています。覚えて頂ければ光栄です」
パーティーが始まって早々、ニヤニヤとした顔つきで参加者を『物色』していたアグラヴェインに声をかけるロット・グレナム(ea0923)。依頼でアグラヴェインの横暴な態度に少なからず憤りを覚えた彼の言葉の端からは、明確な不満の意図が漏れていた。
「フン、誰かと思えばあの影の薄かったウィザードか。‥‥まあいい、きょうは機嫌がいいのでな。男ばかり集まってはどうしようかと思ったが、それなりに揃ったものだ」
「‥‥それはそれは、とても正直なことで。卿ほどの人物になれば、自ら出向かなくとも女性の方から言い寄ってくるでしょう? もっと目立つ場所で悠然としておられるべきですよ」
「それも悪くはないが、いい女ならばこの手で掴み取らねば達成感というものがないだろう‥‥おっと、お誘いがかかったようだ。失礼するぞ。ハハハハハ!!」
高笑いをのこして、ミラ・コーネリア(ea4860)の手をとりながらロットの前から立ち去るアグラヴェイン。ロットは氷漬けにしてやろうかとなにやらブツブツと呟く。
「こらこらロット殿、せっかくの雰囲気を壊してしまっては仕方あるまい。ここはにこやかにいこうではないか」
「最初からその‥‥‥‥どうしたんだ?」
ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)から声をかけられ、彼女を見たロットは、ずるずると引きずられるヲーク・シン(ea5984)を視界に思わず呟く。
「いや、ナンパにかけるその情熱はたいしたものだと思っていたが、少し見損なった。使いまわしの台詞の上に、ノースへレースのハンカチならぬ褌とふぁんくらぶの会員証を渡そうとしたらしい。‥‥まあ五分もすれば復活するから気にせずとも問題はないだろう」
つらつらと言葉を述べながらヲークを会場の外に運び出すゼファー。恋破れたヲークはピクピクと痙攣しているが、彼と少しでも話したことがある者であれば、心配する者などいないだろう。
「ねえ、大丈夫?」
『!!!!!!』
だが、無知とは恐ろしいことである。痙攣するヲークを心配してか、彼をつっつくセラフィーナ・クラウディオス(eb0901)。ゼファーとロットは神をも恐れぬ驚愕の行為に震撼し、痙攣していたヲークは‥‥‥‥龍が天に昇るかの如く、たくましく起き上がる。
「宵闇を溶かしたかの様な黒髪、静寂な湖面を思わせる青い瞳、その神秘の中に俺を包みこんでくれ〜〜!!!」
「‥‥‥‥!!」
‥‥その後、ヲークとセラフィーナの間に互いの人生を賭けた決闘が発生した。結果はもちろん‥‥‥‥‥‥
「そこでしばらく静かにしておけ」
セラフィーナに会場外の樹木に縛られたヲークは、気絶したまま動けなかった。
●二幕
「ど、どうもありがとうございましたアグラヴェイン卿」
「いえ、楽しいひと時が過ごせて私も嬉しいですよ。‥‥次は、もう少しまともに踊れるようになってからお会いいたしましょう」
ノース・ウィル(ea2269)にレクチャーしてもらったものの、まだ初歩的なステップすらおぼつかないミラに、アグラヴェインは形式だけの一礼をすると、手も引かず彼女へ背を向ける。
「‥‥なによあれ、感じ悪〜〜い。円卓の騎士様って聞いていたけど、寛容のかけらもない人だったのね」
「はぁ‥‥‥‥ですね」
アグラヴェインに声をかけたものの、ハーフエルフに用はないと一蹴された水鳥八雲(ea8794)は自分で持ち込んだどぶろくを片手に、口を尖らせながらミラに話し掛ける。ミラは憧憬の念すら抱いていたアグラヴェインに冷たくされたことで、パーティー参加前に抱いていたような、舞い上がった気持ちを失ってしまったのか、深い溜息を吐いた。
「まあお二人とも、そんな悪い事ばかり見ないでいいところを楽しみましょうよ」
たちこめた重苦しい雰囲気を振り払おうとしてか、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)は果物を両手に二人の女性へ微笑みかける。よく見れば先ほどまで料理を頬張っていたのか、やや細身な彼の体はお腹の部分だけがぽっこりと膨らんでいた。
「あ、あの‥‥できれば‥‥」
「そうそう、私たちは食べに来たわけじゃなくて、素敵な人を見つけにきたのよ。でもその大本命が実は嫌な人だったから困るわけ。わかる?」
あたふたするミラと、果物にかじりつきながら自分の意見を述べる水鳥。ケンイチは一応異性である自分の存在を無視されたような言葉に苦笑いを浮かべる。
「あ、あの‥‥できれば‥‥‥‥一緒に踊っていただけませんか?」
「‥‥‥‥はぃ?」
が、ここでケンイチの耳に予想だにしていなかった言葉が飛び込んできた。苦笑いに終始するだろうとたかをくくっていたケンイチは、ミラからかけられた予想外の言葉に驚き、果物を持ったまま固まる。
「ほほぅ、なにやら面白い展開のようね。‥‥ほら、さっさといってらっしゃい!」
ケンイチとミカの背を押し、ダンスへ向かわせる水鳥。普段踊るよりは楽器を弾くことが多い彼らのために、連れてきたレティシア・ウィンダムへロマンチックな演奏を依頼する。
程なくして会場にいる者がハッと息を飲むほど滑らかな音楽が響き渡り、二人はぎこちないステップながらも笑顔で、ゆっくりと踊り始めた。
「あら、ミラさんもダンス特訓の成果が出せて嬉しいようですね」
「‥‥いや、そっちで喜んでるんじゃないと思うんだけど。そういえば今までどこに行ってたの?」
気がつけば横にいたリーラル・ラーン(ea9412)の声に呆気にとられた水鳥。リーラルはのほほんとした笑顔で会場内をさまよっていたとの答えを返す。
「そうなの‥‥そういえば、リーラルは誰かに声をかけられた?」
「え? ‥‥そういえば先ほど豪華な衣装をつけた方に声をかけられましたけど‥‥‥‥少し強引な方だったので断っちゃいました」
悪戯っぽく微笑むリーラル。彼女の視線の先には‥‥遠目からでもわかる程不機嫌な表情で壁にもたれかかる、円卓の騎士の姿があった。
「うわ〜〜、円卓の騎士でスポンサーを振るなんてやってくれるね〜〜」
「えっ、そうだったんですか?」
「‥‥って、知らんかったんかーい!!」
驚くリーラルを植物の葉を折り重ねてハリセン状にしたもので叩く水鳥。こういうパーティーは彼女のようにのほほんとしていた方が強いのだなと水鳥は心に強く思う。
「ま、これであの男も少しは大人しく‥‥」
気を取り直した水鳥は再びアグラヴェインがいた方向を眺めるが‥‥そこにはもう、かの男の姿はなかった。
●終幕
音楽が聞こえる。
自然と足が動く。
気がつけば‥‥‥‥天使のような笑顔でこちらを見る彼女がいた。
「うむ。初めにしては上手い方だと思うぞ。その調子でこれからも練習していけば、会場で素敵な貴婦人を射止めることもできるだろう。‥‥いや、私は射止めたいからソシアルをたしなんでいるわけではないぞ」
テーブルの上に置いてあったチーズを視線で物色しながら、先ほどまで踊っていたアンドリュー・カールセン(ea5936)に簡単な感想を述べるノース。
「ああ‥‥そうなれば嬉しいことだな」
そして一方のアンドリューも、つとめて冷静な表情と口調でノースに謝辞の意をあらすと、テーブルに置いてあるジュースに手を伸ばし‥‥‥‥その腕を掴まれた。
「強がるのはやめたらどうだ。緊張していたんだろう? 腕が震えているぞ」
腕に激痛を覚え、彼が視線をその腕の主へと向ければそこには卑笑を浮かべるアグラヴェインの姿があった。ノースに踊りを教えてもらった手前、無様にはできないと緊張していたアンドリューはアグラヴェインの腕を振り解こうとする。
「貴様まさかあれでうまく踊れたとでも思ってはおるまいな? そもそも女性にリードされている時点で失格だとなぜ気付かないのかな!? ハハハハ!!」
「‥‥‥‥うるさい。さっさと離せ」
しかし、彼がどれほど力を込めようともアグラヴェインの腕が外されることはない。まるで骨にめり込むように握られた指先は、円卓の騎士の笑い声と共に外された。
軋む腕をおさえて、アンドリューは外に出る。邪魔者がいなくなったことを確認したアグラヴェインは、先ほどとは打って変わった笑顔でノースと向き合う。
「見れば貴女は他の者とは格の違う優雅な舞をされますな。‥‥どうでしょう、ここは一つ、この円卓の騎士であるアグラヴェインと踊って‥‥」
「‥‥申し訳ない、優雅に踊れる方が好みなのだが」
言葉を途中で遮られ、呆気に取られるアグラヴェイン。一瞬怒りが顔に立ち昇るが、慌てて笑顔を取り戻す。
「どうやら貴女は私の実力を知らないようですな。このアグラヴェイン、武にも秀でておりますが舞踏も‥‥」
「『優雅に』踊れる方が好みなのだ。申し訳ない」
「‥‥‥‥‥‥随分となめてくれたものだな女」
毅然とした態度で拒絶の意志を示すノースに、アグラヴェインの表情が再度怒りへと変貌を遂げる。ノースを睨み据えるその眼光は、彼が戦場で見せるそれと何ら変わりはない。
「何を考えているんだおっさん。パーティー会場で手でも挙げるつもりか?」
円卓の騎士の腕をアンドリューのそれが抑えつける。いつの間に背後に回られたのだと、アグラヴェインは驚きを禁じ得ない。
「その人に手を出すんじゃない」
「面白い男だな。その隠し持ったナイフで俺と戦うつもりか? 決闘ならばこの場でも受けて立つぞ」
冷たく言い放つアンドリューの腕を強引に薙ぎ払い、腰に携えた剣をおおげさに見せるアグラヴェイン。アンドリューは深く溜息を吐くと、黙って外を指差す。
「勘違いするな。さっき外に出た時、美しい女性からお前に伝言を預かった。裏の林で待っているそうだ」
「‥‥‥‥ハッ! そんな手にこの俺が引っかかるとでも!? もしそれが嘘であれば、貴様などすぐさま両断してくれよう!!」
言葉とは裏腹に、笑いながら――――しかし外へと歩いていくアグラヴェイン。アンドリューはノースへ今のうちに帰宅するように提案する。
「助かったぞ。‥‥しかしいいのか? 方便ならばあの男がすぐに戻ってくるぞ」
「いや、心配はない‥‥と思う。少しくらい時間は稼げるはずだ。途中までおくろう」
掴まれた腕の衝撃を脳裏に思い起こしながら、ノースの手を引いて足早にエールハウスから退出していくアンドリュー。裏から聞こえてきたアグラヴェインの悲鳴を耳にして、彼はようやく安堵の息を吐いた。
エールハウスから冒険者街までの道のりは遠いようであっても、彼にとってはあっという間で、安堵の息を吐いたのも束の間、今度は理由も分からぬため息が、途絶えることなく彼の口から出ていた。
「ここまでで十分だ。おくっていただいたこと、感謝するぞ」
そして気がつけば、彼は彼女の家の前に立っていた。あの曲が鳴り止んだときと同じように、彼女は彼に向けて微笑んでいた。
「それではまた。機会があれば会うこともあるだろう」
「そうだな‥‥‥‥また‥‥‥‥」
言葉が浮かばず、口を小さく開けたまま固まる彼。その間にも彼女は彼へ一礼すると、小走りに棲家へと向かっていく。
「また‥‥‥‥ダンスを教えてくれ」
「ああ、構わないぞ。やる気があるのならいつでも言ってくれ」
彼は自分の口から出た言葉を噛み締めながら、彼女のいなくなった彼女の家をゆっくりと眺めていた。