●リプレイ本文
●事前準備
「どうしても、これに合う髪型が思いつかないんだ!」
頭頂部近くまで後退した髪をかきあげ、冒険者達に悩みをぶつける依頼人。お洒落には人一倍気を使っているのか、彼の家の中には他国のものと思われる、普段目にすることも無いものも含めて、数多の服や装飾品がズラリと並べてあった。
「私は人生のほとんどすべてを賭けて、これらのものを収集してきた。・・・・これまでも、そしてこれからも・・・・皆をリードするような存在になりたいんだよ」
熱意を述べる依頼人。一般人であれば全てを投げ打って見栄えに賭ける依頼人に少し引いてしまうかもしれないが、ここにいるのはどちらかといえば変わり者に位置する冒険者達である。皆真剣な面持ちで依頼人の話を聞き、それぞれ対策を考える。
「いっその事・・・・剃髪して頂き、それを流行らせるというのは・・・・どうでしょうか。それに合わせて・・・・服装も・・・・それに合うような物に・・・・して頂くと・・・・良いかも知れません」
「そうですよ。私は頭を剃っていますが、別段困ることもありません。頭を洗うのも楽ですし」
まず出てきたのが、中途半端な髪の毛を剃り、スキンヘッドにしてしまおうというものであった。長寿院文淳(eb0711)はスキンヘッドの野性味を前面に押し出し、ショコラ・フォンス(ea4267)は自らの実体験をもとに依頼主へ剃髪を勧める。
「・・・・いや、個人的な意見だが、頭を剃るということは髪をいじるという行為を放棄しているとしか思えないんだ。先程も言った通り、私は『髪型』が欲しいんだ。そして剃ることは髪型ではないと、私は思っている」
『剃る』この行動は一種いさぎよいようでああるが、諦めた末の行動ともとれる。自分にはまだ掴める髪があるのだ。自分に最後までついてきているこの物を切り捨てることなど到底彼に考えられることではなかったのだ。
「でも、頭を丸めるといろんな付け毛がつけられるよ。そういう楽しみ方はないのかな?」
「・・・・・・・・」
だから依頼主はチョコ・フォンス(ea5866)の説得にも無言のまま、首を縦に振ろうとはしない。今あるものを・・・・自分の命の叫びを切り捨てたくなどはないのだ!
頑なに頭を剃ることを拒否する依頼人に、冒険者達の思考も底をついたのか、部屋に重苦しい空気が流れる。
「・・・・なるほど。それなら考え方を変えよう。土を掘り返すんじゃなくて、今ある地盤の上にもう一度作り直せばいいんだ」
「?」
レイジュ・カザミ(ea0448)の言葉を、最初は誰も理解することができなかった。土を掘り返さずに何ができるというのか? 老朽化が進んだ物を、壊さずにどう直すというのだろうか?
「レイジュ、それは・・・・」
「全部発想をひっくりかえすんだ。今あるものを有効につかえなくては、それを全て捨てたところで未来には進めないさ。今の依頼人さんは髪を後ろ向きに捉えているからいけないんだよ。もっと前向きに、明るくなれば、僕みたいにイギリスじゅうから尊敬を受けられる人間になれるさ」
シェゾ・カーディフ(eb2526)の質問さえも遮り、言葉を続けるレイジュ。彼が実際にイギリス中から尊敬の念を集めているかどうかはこの際置いておくとして、彼の頭の中では残された少ない髪の毛をどうやっていかしていくかという明確な地図が、みるみる内にくっきりと浮かび上がっていっていた。
「そう、具体的に言えば・・・・」
喋れば喋るほどに、彼の頭の地図は広がっていく。頭の髪をいかしつつ、流行の最先端をつくる作業・・・・それは立て替えというよりは模様替えだった。
外見は変わらなくとも、内面の見せ方次第で外見も変わっていく。そう、彼自身が葉っぱ一枚で外をうろついているように!
最初彼の言葉の意味を理解していなかった者達も、徐々に彼の考え、言葉、存在にひかれていく。そうだ、自分達は何にひけめを感じていたのだ。
既成概念など、覆してしまえば怖いものなど何も無い!!!
「依頼主殿、あなたの気持ちには大いに共感できる。この私も、寝る間を惜しんで協力しよう!」
どの部分に共感したのかは不明であるが、変な意味ではなく依頼主に近しい感情ルシフェル・クライム(ea0673)は、気合を込めて握りこぶしを高々と突き上げる。
冒険者達が立ち上げた企画・・・・それは髪を剃るよりも多くの労力を必要とし、また依頼主だけではなく彼らまでも蔑まれるリスクを秘めたものであった。だが、彼らの瞳に宿った闘志は衰えるどころか、天をも焦がす勢いで熱く燃え上がる。
「そうと決まれば話は早いですわ! 早速服を見繕いましょう!」
拳を突き上げると共に、声を張り上げるキルト・マーガッヅ(eb1118)。そして他の冒険者たちも、握り締めた拳から力を引かぬままに、とある『計画』に向けて準備をすすめるのであった。
●企画までへの道
軽快な太鼓の音が響き、それにあわせて冒険者達は足踏みをしていく。それは普段から鍛えている彼らにとってもなかなかの重労働であったが、苦しい顔など見せるわけにはいかない。なぜなら・・・・・・・・
「ストーップ、ストーップ! みんな、そんなので明日の舞台(ステージ)に本当に立てると思っているの? 笑顔はあくまで自然に、本当に楽しそうに。・・・・フアナさんはもう少し手を使って大きくみせるんだよ」
「はいっ! わかりましたコーチ!」
普段の彼からは想像もできないような厳しい態度で仲間を叱責するレイジュ。フアナ・ゴドイ(eb1298)は自分が目指していた楽しい踊りができなかったことが悔しかったのか、ギリリと歯軋りを放ったが、すぐさま自らの心に眠る熱気を思い起こして、大きな返事を返す。
「確かに、今のままだと明日の舞台(ステージ)は厳しいかもしれぬな。舞台は独りよがりではならない。しかも今回私たちは引き立て役・・・・調和を崩さず、それでいて自分の個性をみせつけられる演奏をしなければ・・・・」
「・・・・すまない・・・・どうしても・・・・シンクロできなくて・・・・」
「いや、文淳は悪くない。私があそこのトントンドントントントントンのフレーズを強めてしまったばかりに・・・・」
楽器を片手に専門的な会話を始めるシェゾに文淳。音の大きさなど少し変わっても構わないと思うかも知れないが、舞台の実をつくっているのがフアナら踊り手なら、全体的な影をつくるのは他でもない自分達なのだ。
そこに妥協が入る余地はないし、そもそもそんなことはあってはならない。もちろんそれは踊りに関しても同様である。
「チョコ、そのあたりにしておかないと怪我をするよ」
「・・・・ありがとう兄様。でも、あたしはここでくじけるわけにはいかないの。今もルシフェルさんは人を集めようって慣れない集客活動を頑張ってるし、キルトさんやレイジュさん、何より依頼主の人も不眠不休で、これまでの自分を変えるような特訓を頑張っているんだよ」
長時間にわたる酷使に耐え切れず、笑い始めた膝を叩いて気合を込めるチョコ。ショコラはそんな妹を見て心配そうな顔つきをしたが、頑張る姿勢を見せる妹を素直に応援することを心に決め、自らはおそろいの衣装をキルトの助言を受けながら作成するのであった。
●本番
好奇、侮蔑、奇異、嘲笑・・・・周囲から彼らに向けられる視線は決して良いとは言えなかった。ここイギリスでは特異となるジャパンの服装、そして髪型。長い伝統を持つこの国に突然現れた一団をまっすぐ受け止められるほど、人心は深くないのかもしれない。
「本当に、これで自分は変われるんだろうか?」
「・・・・それはやってみるまで分からない。だが信じるんだ! ここ数日やってきたことを、これまで自分が作り上げてきた価値観を! 人は集まった。少しくらいの理不尽なら・・・・実力でねじ伏せてしまえ!」
そんな不安に怯える依頼人の肩を叩き、強く励ますルシフェル。ここ数日の勧誘活動にて、彼の褐色の肌はより黒くなっていた。
「ここまできて尻込みするのはナシですわよ。企画を考えたのは私達でも、この舞台の中心に立つのは他でもないあなたですわ」
「なに、そちらが少しくらいミスをしてもこちらでフォローするさ。気負わずにいこう」
微笑みかけるキルトにシェゾ。正直、この依頼を受けた段階ではこんなことをするなんて夢にも思わなかったが、依頼人一人を変えるだけではなくて、自分達、そして一つの町まで巻き込んだこの企画は、やればやるほどにのめりこんでいった。
「あとは、僕達のしてきたことが正しかったかどうか、判断してもらうだけだね。・・・・みんな、伝説になろう!!」
『オオッ!』
手のひらを一箇所に集める冒険者と依頼人。笑顔で散会すれば、すぐさま文淳とシェゾが奏でるリズミカルな音が響き渡る。
「マゲマゲ〜〜〜、ウィリー!」
「みんあでおどろ〜〜!」
フアナが辺りに響く声を出せば、チョコを先頭にして冒険者達が装飾のついた棒を上下に振り、両足で大地を思い切り蹴飛ばす。
一糸乱れることなく全員の身体が空に飛び上がれば、文字通り空に浮いていたキルトが、思わず聴衆が踊りだしたくなりそうな明るい歌声を、イギリス中に届けとばかりに歌い始めた。
一糸乱れぬ演奏と踊りはその後しばらく続き、嘲笑の目で彼らを見ていた観客達を驚愕させる。冒険者の姿に恥じらいは無い! 誇りをもって踊るその姿は、勇壮さすらも感じ取れる!
音楽と踊りが最初の山を迎えた頃、満を持して彼らの後ろから、ドンキーにまたがった依頼主が現れる。伸ばしていた後ろ髪を頭上で束ね、ジャパンの伝統らしい衣服を着れば、たちまち彼の禿は恥ずかしいものではなく、むしろ前面に押し出すものとして変貌を遂げる。
「・・・・・・・・・・・・!」
キルトの歌を引き継ぐ形で、歌い始める依頼主。ドンキーから降り、聴衆に手を振りながら歌うその姿勢は、今後の舞台における未来すらも感じられた。
『!!!!!!!』
突然始まった面白いショーに、足を止める通行人。声と音は大きさを増し、いつしか歓声を飲み込んでいく。
そうだ、隠すことなど無い。隠さなければならないなど誰が決めたのだ?
自分は自分に誇りをもって、今の自分自身にできることをすれば・・・・皆からの賞賛を受け取ることもできるのだ!
恍惚の表情を浮かべる依頼人。冒険者達はそんな彼の表情を視界に安堵の息を漏らしながら、残り少なくなったステージに全力を尽くしたのであった。
余談ではあるが、このステージの直後から依頼人は『禿の人』として、一部でそれなりの人気と尊敬を集めているという話である。