●リプレイ本文
夜はふけ、会場は踊り始める。
ダンスというものを考え出したのは誰であるのか、今の私達には到底予想もつかないことであるが、なるほど、これほど社交に適したものもないのだろう。
踊りは一人でできるものではない。相手の手を取り、時には身体を密着させ、相手の息吹や足使い、性格を感じながら僅かな時間を過ごすのだ。
己をさらけ出し、相手を垣間見る場‥‥その時間を過ごす内に、相手にひかれていくことは決して想像に難いことではあるまい。
「アルラム‥‥だったっけ‥‥」
和やかな音楽と空気が会場を支配する中、かつて踊りを交わした男の名前を呟く限間時雨(ea1968)。刃を介して命すら賭けたその踊りは、忘れられぬ旋律として彼女の脳裏に深く刻み込まれたのだろう。
だからこそ、恋愛沙汰にこれほど躍起になっている人々の間に入る気にはなれなかったし、共感などできるはずもなかった。
「アル‥‥ラム?」
「うわっ! 驚かせ‥‥って、知っているのか!?」
殺気すら感じさせるほどの決意で、何度目かになるパーティーへ臨もうとするリオン・ラーディナス(ea1458)。かつて対峙した賞金首の名前を思い出し、そのことを告げる。
「‥‥だったんだけど、その人がどうしたんだ?」
「いや、あんたみたいな軟弱そうな男でも苦労してきたんだな〜〜って思っただけさ。‥‥酒でも飲むか。私がおごるよ」
質問に答えないまでも、笑顔でリオンの手を引く時雨。基本的にパーティーに置いてある酒は無料であるからおごるも何もないのであるが、女性から誘われたリオンは細かいことなど気にせず、トコトコとついていくのであった。
●一幕
「アルディナル・カーレスと申します。お美しいお嬢さん‥‥良ければ自分と一曲如何でしょうか?」
「‥‥そうですわね。それじゃ、少しだけ」
これまで、この依頼を受けた冒険者達の半数以上は、あくまで単純に任務を遂行しようとしていた者がほとんどであったが、今回は‥‥寒い時期が心に温かさを求めているのであろうか、それとも聖夜祭付近の魔力か、平静を装いつつも積極的に声をかける者の姿が目立っていた。
神聖騎士であるアルディナル・カーレス(eb2658)もその多分には漏れず、あくまで紳士的にキルト・マーガッヅ(eb1118)の手をとり、ホールの中央へと歩んでいくものの、緊張からその指先は少なからず震えている。
「できれば今度‥‥」
手と手がつながり、ステップを踏むたびに身体へはしる震え、そして自らに伝わる緊張感。それほどダンスに暗いわけでもないのだが、あちらが慣れているとも思えないのだが、カーレスは曲も終わらない内に早く緊張感から逃れたいと言葉を紡ごうとする。
「急いてしまっては、すぐ傍にあるはずの幸せのかけらを逃してしまいますわよ。落ち着いてくださいませ、ね?」
だが、その言葉が終わらぬ内にかえってきたのは、すぐ目の前にあるキルトの天使のような微笑と‥‥その向こう側にある深く、そしてどこか冷たい感情。音楽の終焉と共につながれた指先は離され、踊り終わったレディに手を振って姿が見えなくなれば‥‥彼は、戦争を終えた後の兵士のようにその場でがっくりと座りこんだ。
「はぁ〜〜〜」
なんとかテラスまで這い出したカーレスは、誰にも見られないように大きく息を吐く。寒空に吸い込まれていった彼の溜息はどこまでも白く‥‥続いていった。
彼が余所行きの服を自分の心にかぶせていなければ、あるいは彼に訪れていた結末も代わっていたのかもしれないが、今の彼にそんなことを知る由はない。
「おや、カーレスさん、落ち込んでいるようですね。まっ、嫌なことは忘れて飲みましょうよ」
吐いた息がまだ夜空に吸い込まれる前に、カーレスの肩にポンと手が置かれる。振り向いてみれば、ワインを片手に持ったベナウィ・クラートゥ(eb2238)がどこまでも笑顔で立っていた。
なんとも面白みのない結末だとカーレスはさらに深い溜息を吐くが、不平を言うことなくベナウィが持っていたワインを受け取り、息をつく間もなくひとのみする。
「‥‥で、そっちは一体何に悩んでいるんだ?」
「い、いやですねぇ。俺が悩んだりなんてするわけないじゃないですか」
ワインで気持ち温かくなったところで、横に座っているどこまでも陽気なパラに話し掛けるカーレス。いかにこのパーティーが出会いを目的としていようとも、複数人に声をかけているようでは成功の可能性は極めて低い。
広告が言うほど高くはない達成率の中、夢破れてしまった彼のもとへくるということはよほどの物好きか‥‥あるいは、寒さ以上の緊張感に震える指を止めに来たことに違いない。ベナウィがどちらで来たのかは分からないが、少なくとも彼は‥‥後者であると信じたかった。
「‥‥いえ、実はそこにいるジゼルさんに占ってもらいたいんですけどね」
「それは‥‥躊躇するようなことなのか?」
ベナウィの指差す方向には先ほど彼と踊っていたキルトと談笑を交わすジゼル・キュティレイア(ea7467)の姿があった。
「いえ、だから聞いて欲しいんですよ。‥‥『目の前にいる人に告白したらどうなるでしょう?』って聞いて、成功しますかね?」
「‥‥‥‥‥‥」
惚気のようなそうでないような、余りにもその占いは直球だろうということはさて置き、とにかく占いの前に占ってもらうことを相談されているという奇妙な構図に、思わず苦笑いを浮かべてしまうカーレス。彼は自分よりふたまわり以上小さなパラの青年の背中を言葉で力強く押してみせる。
背中を押されたベナウィは巨人に突き飛ばされたようにジゼルのもとへと駆けていき、用意していた台詞を言おうと口を開き‥‥‥‥ホールに響き渡った大音量に身構えた。
●二幕
「どうしたんですかっ!」
冒険者の癖か、持っていないナイフがあった場所に手を置くジゼル。キルトも反射的に音の方向を向き、ベナウィも涙目ながらに向き直る。
会場を埋め尽くす参加者達の視線が集まる中、その方向には‥‥‥‥
「あいたたたた‥‥」
「大丈夫ですかリーラルさん? お怪我はありませんか」
スカートもつけていないのに何故か転倒したリーラル・ラーン(ea9412)と、彼女に手を差し伸べる紅谷浅葱(eb3878)の姿があった。
なんということはなかった原因に、会場の参加者達は苦笑いを浮かべ、警戒をしていた冒険者達もほっと肩の力を抜く。告白のチャンスを逃してしまったベナウィが酒場でのアプローチへ考えを馳せていることを除けば平穏は保たれた‥‥はずであった。
「な、な、なな‥‥なんてハレンチなことを〜〜!!」
かつて自分も似たような行為をしていたことなど忘れてわなわなとふるえるリオン。倒れたリーラルの手を握り立ち上がらせる紅谷の姿に、時雨と他愛もない雑談をしている間にすっかり当初の目的を忘れてしまっていた彼は、ここにきてようやく目的を‥‥そう、リーラルに告白するという目的を思い出したのだ!
「完全に出遅れた‥‥」
そのつもりがい今やリーラルには紅谷がモーションをかけているという現実に、リオンは小声で叫びながら、頭を抱えてもだえ苦しむ。告白に競争相手はある種無意味ではあるが、競争相手を押しのけてまで告白ができたなら‥‥告白できようものなら、彼はこのパーティーに恋人をつくる目的で何回も参加してなどいない!!
「なんか‥‥あんたって本当にヘタレーなんだな」
がっくりと肩を落とすリオンを視界に、全てを理解した時雨は微笑み‥‥彼に、協力することを決意するのであった。
●終幕(形なき者たちの群像)
「少し喉が渇いちゃいましたね」
「リーラルさんはどんな料理がお好きですか? 嫌いなものはありますか?」
テーブルの飲料に手を伸ばすリーラルを傍目に、紅谷は質問しながら料理の物色を行う。こういうパーティーでの礼儀は友人であるレオナルドから聞いておいた。急ぎ、せっかくのチャンスを逃すつもりなど彼にはない。
胸にはさんだ赤い花は告白の道具であり、彼の心に込めた気持ちの表れでもあった。今はただ彼女と楽しい時間を少しでも過ごし‥‥そして‥‥‥‥
「大変だよっ。あっちで酔っ払った客が暴れてるんだ。私一人じゃ無理だから、手伝って!」
「‥‥! それは‥‥‥‥‥‥リーラルさん、これを!」
彼の思考は時雨の声と掴まれた腕によって中断させられた。有無を言わさぬ彼女の態度に紅谷はたじろぎ、リーラルに赤い花だけ渡してその場から去っていく。
そして会場にはきょとんとした表情で花を持つリーラルと‥‥‥‥全身から脂汗を流すリオンの姿があった。
「あれ? どうしたんですかリオンさん?」
「‥‥い、いや。ちょっとリーラル‥‥に、恋愛‥‥相談があって」
ブルブルとふるえながら、考え抜いた言葉を紡いでいくリオン。一部の冒険者の間ではヘタレーで通っている彼ではあるが、ここにきて引く選択肢はない。それは、この状況をセッティングしてくれた時雨の期待すら奪ってしまうことになるからである。
『リオン‥‥』
紅谷と時雨を除く四名の冒険者が彼に応援の視線を送る中、彼は震える口を開き、幾つか恋愛に関する質問をリーラルへと放つ。
それは彼女が普通の少女であったならばすぐにリオンの気持ちに気づいてしまいそうなほどのものであったが、当のリーラルはというとなかなか気づいてくれない。時間は間違いなく限られており、質問を重ねるたびにリオンの動揺は膨らんでいく。
「‥‥大丈夫ですかリオンさん? 調子が悪いみたいですけど」
「いっ、いや。なんでもないんだ。‥‥‥‥それじゃ、きょうは‥‥」
ふがいない自分に歯をギリリと噛み締めて、彼女へ背を向けるリオン。自分にしてはよくやったと必死に自分を慰めようとするが、それが少しの未来への指針すら残してくれないということは、彼自身が一番よくわかていた。
「ちくしょぅ‥‥でも‥‥‥‥!!」
両拳を握りしめるリオンの耳に、かすかな声が届く。その声の正体に驚き、周囲を見渡すリオン。そう、その声は‥‥‥‥
「リオン‥‥」
「言うんだリオンさん!」
「ここでいかなきゃ男じゃないだろ!
「お前が前に進まないと‥‥俺達もこの連鎖から抜け出せない」
「応援ならしよう。あとは道を切り開くだけだ!」
「進め、リオンさん!!」
『頑張れ!! 進むんだ!!』
それは、それは間違いなく彼がこれまで聞いたことがある声・・・・このパーティーで恋人を見つけることなく散っていった冒険者達の声であった!!
姿亡き感情が具現化したかのように紡ぎだされたその声は、激しく‥‥しかし底知れぬ優しさを込めてリオンの耳へと届き、彼の身体に溢れんばかりの力を与えていく!!
「みんなの声が‥‥‥‥聞こえる!!! みんなが俺に勇気を分けてくれている!!」
「どうしたんですかリオンさん?」
ここまできたらその声が幻聴かどうかなどということはもはや関係あるはずもない!! 彼は拳をさらに強く‥‥限界だと思っていた先程よりもさらに強く握り締め、挙動不審となった自分をぼんやりと眺めるリーラルへと向き直る!!
「待ってくれリーラル! もう一つ聞きたいことがあるんだ!! もし‥‥もし目の前に好きな人がいるとすれば、俺はどう言えばいいと思う!?」
「そうですね‥‥‥‥やっぱりその人のことが好きだって‥‥正直に言うことが‥‥一番だと思いますよ」
頬を紅潮させ、リオンの質問に答えるリーラル。普段のリオンであるならば、ここで躊躇のひとつもするところであるが、今の彼は違う! 数多の感情を受け取った男・リオンラーディナスは、間髪入れることなく次の台詞を叫ぶように紡いだ!
「俺は、君のことが好きなんだ! ずっと一緒にいてほしい!!」
‥‥言った。言ってしまった。思えばこの言葉がどれほどいえなかったことだろう? 言ってしまえばたったこれだけのことなのに、今までの自分は‥‥。
『おめでとう、おめでとう』
どこからか賛辞の声と拍手とがリオンの耳に入っていく。成否などここまでくればどうでもいい。彼は‥‥‥‥一つの壁を乗り越えたのだ。そしてそれは、リーラルの口からさえずられる言葉によって‥‥‥‥どんな形であれ決着を迎える。
「そ‥‥‥‥‥‥そうですよリオンさん! それを本人に言えればバッチリです!!」
『ダーーーーー!!!!!』
絶望的に何も気づいていないリーラルの返答に、リオンと取り巻いていた感情とが一斉に絶叫を放つ。リオンは慌てて訂正し、再度挑戦しようとしたが、彼が口を開いた時にはリーラルは‥‥‥‥紅潮の原因であったお酒の影響で、その場に寝転がっていた。
‥‥その日、会場を取り巻く感情の中にどれだけの新参者が入ったのかは‥‥‥‥定かではない。