【争いの終曲】暗闇

■ショートシナリオ


担当:みそか

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月22日〜12月27日

リプレイ公開日:2006年01月11日

●オープニング

<アーノルド領・アーノルド城>
「‥‥迷うことはありませんシュペル様。ザーランドが円卓の騎士までを味方につけた以上、ベガンプが倒された後では全てが遅すぎるのです。小さな抵抗はできても、勝利することはできません」
「‥‥‥‥‥‥」
 カイーラからの進言を受けて、無言のまま考え込む領主アーノルド・シュペル。彼に言うことが正しいということくらいは分かっている。
 ザーランドは既に弱小領主へ圧力を加え、半属国へと変貌させて力を急激に増している。一度は勝った相手と言えばその通りだが、今はあの時とは状況が違いすぎている。ゴーヘルドはまだ戦いの爪跡から抜け出すことができず、コイルはベガンプとの戦いに傷つき動くことができない。
 他の領も『北か南か』を合言葉にどちらかの陣営につき、各地で小競り合いを行っている。‥‥そしてそれは北にも南にも属さない、この領とて例外ではない。
「ここままだとどっちが勝とうとこの領地は蹂躙されるのがオチだぜシュペル様。‥‥例の計画も失敗し、パワーバランスを保つ計画も崩れた。これ以上あんな仕事をしないためにも、ここは‥‥‥‥正義はないのは承知でも、どれだけ罵られようとも、味方してくれる数少ない兵を引き連れて、相手の睨みを解消し、力を拮抗させるしかない!」
 力強く宣言するカイーラ。コイルの実質的敗北と共に理想が瓦解した今、現実を見なくてはこの領を‥‥見知ったる数多の命を守ることはできない。
 ザーランド軍が既に領内にまで侵入し、強力な牽制を行っている今、それを排除せずして自領を守ることなどできるはずもないのだ。
「‥‥わかった。カイーラ、兵をまとめ、ザーランド軍の掃討にあたってくれ。‥‥くれぐれも深追いだけはしないように」
「了解!」
 ‥‥思えば今の状況はできの悪い悲劇だった。ザーランドとベガンプとの境界線上に存在していた一つの村‥‥政治的にも戦略的にもそれほど重要だったわけでもないこの一つの村が引き金となって、いまやこの地方全体が、戦争をしなければならない状態に陥っているのだ。
 利益よりも理念を追求した末の戦いだった。最初は誰もこれほど大規模なものにするつもりはなかったのかもしれない。ただ『北』『南』、『格上』『格下』と、くだらない意地やプライドで、全ては始まってしまったのだ。
 豊富な国力を持ち、潤沢な兵力を持つ領がこの戦いを征し、全てを手に入れることができるだろう。しかし、その手に入れた『全て』は、果たしてかつてその領が手にしていた『全て』よりも大きなものだろうか?
 そして、『全て』を本当に手にしたままでいられるとでも思っているのだろうか?
「‥‥どちらにしろ‥‥‥‥逃げるわけにはいかない」
 戦いが始まった今、それらのことはもはや考えることしかできなくなっていた。

<ザーランド領>
「レクア様、アーノルド並びにその趣旨に同調する者は軍の準備を始めたとのことです」
「なるほど。黙っていてくれればそれが一番だったんだが、あちらもそれほど愚かではないということか。ベガンプとの一戦を控えている現状で、相手を圧倒させるほどの兵力は出せないが‥‥燕、君が指揮をとりにいってくれ。クラックの例もある。くれぐれも油断はしないように」
「はっ!! かしこまりました」
 一礼し、レクアの個室から退室する燕。
 ‥‥だが、彼が部屋から出ようとした時、鎧に身を包んだ男が進路を塞いだ。
「俺もつれていけよ。こんな田舎で長いことくすぶっていたら剣が錆そうなんだ。‥‥それに、ちょっと前に俺を狙ったのはあそこの奴らなんだろ?」
 ニヤニヤと上から見下ろすアグラヴェインに、不快な表情を浮かべる燕。椅子に座ったまま口元を綻ばせるレクア。
「アグラヴェイン様‥‥命の保障はできませんが」
「言うねえ燕君。ただ、そういう発言は俺の名前がわかってから言うんだな」
 笑いながら、燕を『先導』するアグラヴェイン。戦いに生きる『騎士』が戦いに臨む‥‥その当然のことが、後には引き返せぬ『争い』を証明していた。

<アーノルド領・辺境>
「報告! ついにアーノルドの小僧が動き始めました。その数はゴーヘルドなどの援軍を合わせて凡そ500!! 率いているのは仮面の騎士カイーラであります」
 甲高い声を持つ伝令からの報告に、町を占領して陣を展開していたザーランド軍はざわめく。戦いの傷跡が癒えず、周辺から圧力をかけられている現状で500という数はほぼ奴らの全兵力にあたる。
「え、燕様の部隊は間に合うのであろうな?」
「はっ! 奴らの部隊が到着する前日、正規軍と援軍との混成軍でこちらに向かってくる予定。合流すればこちらの兵は600となります。力押しも可能となるでしょう!」
「なるほど‥‥‥‥下がってよいぞ」
 安堵の息を吐いて、伝令を下がらせる指揮官。
 だが彼が‥‥安堵の息とは比べ物にならないほど大きな溜息を吐くのには、さして時間はかからなかった。
「匹夫であり卑怯者である『北』を排し、ザーランドこそがクロウレイに覇を唱るべきだというレクア様の志は分かる。‥‥だが、この軍の編成はなんだ? 先ほどの伝令など、まだ声変わりもしていなかったではないか!! そんな子供にこんな辺境で名誉の死を‥‥‥‥‥‥犬死しろというのかぁ!!」
 こちらから仕掛けなければ争いなど起こるはずもなかった相手‥‥それすらも倒さねば、蹂躙せねば、声変わりもせぬ子供同士が戦わねば‥‥‥‥覇を唱えることは、平和をもたらすことはできないというのか?
 指揮官が抱く疑問はやがて頭の中からせきを切ったように濁流となって溢れ出し、彼の拳を机に叩きつけさせた。

●今回の参加者

 ea0602 ローラン・グリム(31歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea1716 トリア・サテッレウス(28歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea6237 夜枝月 藍那(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6609 獅臥 柳明(47歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)

●サポート参加者

シャーリー・キエフ(ea1627

●リプレイ本文

●序幕
「始まりましたか。戦いの開始とは、かくも美しいものですね」
 高台の上、両軍の陣と陣とが激突するさまを恍惚にも似た表情で眺めるトリア・サテッレウス(ea1716)。罠など仕掛けようもない地形で、互いの誇りと誇りとが激突するさまは大規模な決闘にも似ている。
「決闘には野次馬がつき物ですが、ここにはそれはいない。決闘と戦争とは似て非なるものと考えていいでしょう。‥‥誰も分別がつくほど余裕を持ってはいないですから」
「そうですね‥‥なぜ、なんでしょう」
 爪をカチリと噛み、突撃のタイミングをうかがう獅臥柳明(ea6609)の傍らで、夜枝月藍那(ea6237)は留まることなき思考をめぐらせていた。そう、『何故争いは起こるのか?』という有史以来何百何千回ともなく繰り返されてきた疑問を!
 『戦争はいけない』などという認識は誰もが共通で持ち合わせている。争いはいとも簡単に友人の、恋人の、家族の、そして自分自身の命を奪っていく。だが、その共通認識はなぜ毎回こうも簡単に破られるのであろうか? そこに野心に燃える侵略者がいた場合は少数である。天災であったり、不幸であったり、不祥事であったり‥‥そんなものを覆い潰すために、あるいはもっと単純な‥‥好き嫌いの論理ですら争いは始まってしまう。
 戦争は誰もが好まないが、それ自体は一つの手段なのである。そしてその手段に皆が臆病であればあるほど、人は虚勢を張ってその手段へと突き進まざるを得ない!
「‥‥頃合だ。一気に指揮官を‥‥『円卓の騎士』・アグラヴェインを討つ!!」
「欲張ってはいけませんよローランさん。戦功よりも生き残ることが最優先です」
 背後に控える二十名の騎馬兵を奮い立たせ、突撃の合図を送るローラン・グリム(ea0602)。トリアは興奮する彼に耳打ちをするが、その声は猛る彼の息吹を完全に押さえ込むことはできなかった。騎馬はいななき、命奪い合う戦場へとその足を向けていく。
 砂埃がたちのぼり、冒険者達は敵陣へと吸い込まれていった。

●一幕
「くだらぬ話だな。誰かこの円卓の騎士に戦いを挑もうとする者はいないのか!?」
 槍を突き出し、歩兵をそのまま放り投げるアグラヴェイン。胸に空気穴のあいた歩兵を目の前に‥‥そして何より『円卓の騎士』という肩書きを前にしてある者は尻込み、ある者は功を焦って一太刀に突き伏せられる。少なくとも精神的には指揮官を務める者が最前線近くまで前進することなどあってはならないことだが、このアグラヴェイン・オークニーは平然とそれを行う。
 戦いにおいて最も忌むべきものは『臆病』。だとするならば、誰が最初に見本を見せるべきかということは決まっている。
「俺様に遅れるな!! 全軍突き進め、アーノルドの田舎兵などなぎ倒してしまえ!」
『‥‥!!!!!!』
 アグラヴェインの声に応じ、恐怖心を身体の中へと隠して突進を始めるザーランド軍。槍を突き出す側と迎え撃つ側、一対一の戦闘であれば有利なのはむしろ後者であろうが、戦場においてその定義は当てはまらない。
「アグラヴェイン様、このあたりで後退し、指揮をお願いいたします」
「フン、もとよりそのつもりだ。いつまでも最前線で‥‥迎え撃て!!」
 アグラヴェインの鋭敏な聴覚が音を捉え、頭の中で警戒信号がけたたましく鳴り響く。突風が護衛の兵士の視界を奪い、その先からは‥‥‥‥円卓の騎士の命狙う重厚な刃が幾重にも重なり突き出された!!
「さすがと言おうかアグラヴェイン殿。俺に‥‥!」
「‥‥っ!! 気を抜くな愚か者がぁ! 貴様ら何のための護衛だと思っている!?」
 肩を抑えて後方にゴロゴロと転がる両雄。アーノルド軍の一人は隙を見逃さず突進しようとするが、彼の前進は横から突き出された刃によって、命脈と共に止められた。
「愚かにも 醜くも 卑しくも、私たちは戦いましょう。血塗れの名誉に目を眩ませ、歪んだ大義に耳を塞ぎ、これが最善だと偽って」
「おおぉおお!!」
 だが、屍が倒れた先にも道はできあがる。アグラヴェインを護衛しようとした兵士の行動は再度ベアータ・レジーネス(eb1422)の起こした突風により食い止められ、倒れた兵の背後から柳明の小太刀が突き出される。
 突風に乗ったその刃は、威力を落とすことなく突き進み‥‥‥‥砂埃の中に掻き消えた。
「勘違いをするな小僧ども。貴様らの実力は認めるがな‥‥俺の名前を知っているのか!?」
「ええ。できるならこれで終わらせようと思っていたんですが」
 金属音が突風を切り裂き、砂埃の向こうからオーラに――見たこともないようなオーラを武器に纏わせたアグラヴェインの姿が見える! 柳明は圧倒的な威圧を放つ円卓の騎士を眼前に口元をほころばせると、おぼつかない足元を力強く踏みしめる。
「円卓の騎士とはいえ、刃を突き刺されれば倒れるでしょう!? 名前を知っている、いないの問題ではなく、倒せるか倒せないかの問題なのですよ!」
 柳明の力がアグラヴェインを一瞬押し返し、側面からスピアを携えたトリアが踊りかかる。日差しを遮るかのごとく飛び上がった彼は空中で槍を握りなおすと、全体重をかけてアグラヴェインの脳天へと突き出す!
「道理だ。‥‥だが、それはそちらも同じだということを忘れるな!」
 槍を迎え撃つ別のオーラ、トリアは舌打ちを放つと、アグラヴェインを守る兵士の肩を突き抜く!! ザクリと嫌な音が槍を通して彼の耳に入り、同時に突き抜けるような痛みが彼の足に響いた。
「左足一本と引き換えですか‥‥上出来と言えばそうなんでしょうが‥‥いかんせん、この場所でこの負傷は‥‥!!」
 倒れた兵士を眼前に目を細めるトリア。激痛に視界は歪み、背後から轟いた音は‥‥彼を大地へと転倒させる。
「一旦藍那のところまで下がれ。その負傷で‥‥!」
「なんて言ってられないでしょう実際。奇襲と意気込んで突っ込んだんです。味方の援護は期待するほうが愚かといったところですよ」
 身を大地に落とし、攻撃を回避したトリアへローランは撤退を勧告するが、間髪いれずに彼の顔面を刃が切り裂く! 額から溢れ出した鮮血は視界を塞ぎ、トリアは内心悪態をつきながら彼の背に膝立ちの状態でたどり着く。
 奇襲と言ってみれば聞こえがよく、戦術の王道のようにすら考える者もいるが、その実奇襲の目的が達成されなければ、奇襲とは無謀な突撃以上のものにはなりえない。指揮官目掛けて勇敢にも奇襲を行った冒険者とその手勢十数名は、圧倒的多数の敵に囲まれ退路すら絶たれてしまったのだ。
「勇敢と無謀とは違う。そのことを教えてやろうじゃないか」
「勝利を確信することは油断を生むと‥‥習いませんでしたか!?」
 口元を緩ませ、柳明を一気に押し返すアグラヴェイン。手出しは無用と護衛兵を片手で制止し、前蹴りで柳明を弾き飛ばす。
「ぬかせ、これは油断ではない。余裕というものだ!」
 アグラヴェインが手を挙げるのと同時に、柳明ら冒険者に向けられる刃。逆効果だったかと柳明は静かに目を閉じ‥‥‥‥炎を纏った兵士が眼前を飛んでいくさまを確かに見た!
「大丈夫ですか皆さん、ここは一時後退してください」
 炎纏う剣が敵陣を切り裂き、その向こう側から藍那の声が聞こえる。九死に一生を得たと冒険者達は声の聞こえる方向へと一気に走っていく。
「その思考がくだらないというんだ。一度閉ざされた退路はそう簡単に復活などしない!」
「こちらも単純に後退できるとは考えていなかったさ!」
 アグラヴェインの行動を予測していたかのように、前に出していた右足でふんばり、切り返すローラン。大見得を切ってアーノルド軍から兵士まで借りておきながら、何ら戦果を挙げることなく後退するわけにはいかない!
 ローランの肉体が躍動し、身体の動きを束縛しようとする重厚な鎧を制圧する。渾身の力を込めて振り落としたクレイモアは‥‥‥‥大地に接吻をし、すぐさまけたたましい金属音と共に後方へと弾かれる。
「くたばれ冒険者ああァ!!」
 刃を受け止められた衝撃と共にローランの聴覚へと響く兵士の声。正面と側面から同時に聞こえる空気の裂けるような音は、数秒後に全身が引き裂かれるような衝撃をもたらす。
「‥‥っ!! ううぉおおオオオ!!!」
 激痛を激昂でかき消し、大地を踏みしめるローラン。倒れたらどれほど楽かとも考えるが、その選択肢を選んだとき彼は自らの墓標を選択したことになってしまう。
「これで‥‥!!」
「っ!!」
「ローランさん!!」
 三つの声が合唱でもしているかのように重複し、三者がそれぞれ同種の目的へと向けて同時に動き始める。ローランは敵の武器を刃で受け止めようとするが、それは間に合わない。柳明は敵の背後から切りかかろうと足を踏み出し、アグラヴェインによって阻止される。そして振り上げていたザーランド兵の刃は‥‥‥‥何者にも邪魔されることなく、ローランの脳天目掛けて振り落とされる!!
「‥‥ぅっ、おおァァアアア!!」
「其は満たされるものであるか?」
 防ぐことが不可能であると判断を下し、悲鳴にも似た叫び声と共に刃へと頭を直進させるローラン! 鈍い音と共に、彼の頭に耐え難い衝撃が襲い掛かり‥‥‥‥彼は、突風によって弾き飛ばされるザーランド兵を視界に収めながら、その場に倒れた。
「ローラ‥‥!!」
「余所見をするとは余裕だな貴様。これが‥‥」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ!」
 ローランが倒れると同時にまたしても動き始める三者! ローランの身を守ろうと踏み出した柳明の胸元にアグラヴェインの刃が突き刺さり、トリアの突き出した槍がアグラヴェインの肩を突き抜いた!
 その場に倒れこむ柳明、肩膝をつくアグラヴェイン‥‥そしてトリア。
「さすがといいますかなんと言いますか、この足では‥‥仕留め‥‥きれなかったということですか」
 ドサリという音と共に倒れこむ二人の戦士。兵士達はアグラヴェインを守ろうと大挙して押し寄せ、強制的に戦いを中断させる。そして両者は‥‥‥‥戦場における奇妙な暗黙の了解のように、指揮官の命と、自らの命を天秤にかけて‥‥‥‥その場からの撤退を選択した。

 ‥‥もちろんそれは極地的なものであり、戦いは尚も続き、地の利を活かしたアーノルド軍がザーランド軍よりも少しだけ長くこの地にいたということで‥‥‥‥形の上だけでは、勝利をもぎ取ったのであった。