●リプレイ本文
●関門海峡
決戦と一言にて表現することは簡単であるが、
その実、中にあるものは人の葛藤に他ならない。
<関門海峡 ・ 北面>
「敵影を確認しました。数はわかりませんが‥‥1万5千以上は確実かと。
‥‥なるほど。それだけの数になれば、不謹慎にも壮観という言葉を使いたくなりますな」
望遠の視界ごしに、イザナミ軍の黒山のような群集を見てため息を吐く宿奈芳純(eb5475)。
黒い山というものにいいイメージを抱く人間などしれているが、それも多くが集まり、ひとつの姿を形成すれば話は変わってくる。
「確かに壮観ではあるが、大事なことはそこではないだろう。敵はこちらに気づいている様子なのか?」
「これだけの軍勢を動かして、気づくなというほうが無理でしょう。待ち構えているようですよ」
海風にその優美な黒髪をなびかせる円巴(ea3738)、宿奈からの言葉を受けてカチリと得物の鍔を持ち上げる。敵影を前に抱く感情は個人よって違う。それは彼女に限ったことではなく、個というものを押し殺さなければならぬ、指揮官によってより顕著となる。
「巴さん。お気持ちはわかりますが、あなたの役割はもう少し先です。接近するまえにまずは敵に一太刀浴びせる必要があるでしょう。敵はこちらにむかって来ます! 速度をあわせて、射程の中にできるだけ引き込んでください! それまで航空部隊は前線で防御を!」
「‥‥簡単に言ってくれますね。こっちの飛行部隊は全員合わせても30いないんですよ」
冒険者側の絶対的な圧勝という、明確かつ難解な問いの答えを導こうと、上空に待機する冒険者を中心とした空戦部隊に指示を出す陸堂明士郎(eb0712)にマグナス・ダイモス(ec0128)はつぶやかずにはいられない。
冷静な指揮といえば聞こえはいいが、肉眼でも確認できるようになった黒山から分離してこちらに向かってくる敵の空戦部隊はゆうに数百を数えている。それらを相手にしながら、魔術師を守るということは困難を極める。
「いずれにせよ、やるしかないでしょう。この場に来たということは、そういうことです」
「‥‥わかっていますよ兄さん。それにこんな修羅場、越えてきたのは一度や二度ではありません!」
徐々に輪郭をあらわにしていく黒い点を凝視しながら、マグナスは兄でもあるファング・ダイモス(ea7482)の言葉に頷く。
そして俄かに瞳を閉じ、得物の柄に装飾された十字のシンボルを軽くなでると、目下に迫ったウィバーンの首を一撃で切り落とした。
「こちら上空。フィリッパ・オーギュスト(eb1004)。敵と戦闘を開始しましたわ。魔法隊が動き始める前にはご連絡ください。即座に斜線から離脱します」
「了解。‥‥さあ、それまでいっちょやったろうじゃないの!」
オーギュストの声を聞くや、弓から射撃を放つリンカ・ティニーブルー(ec1850)。空には見渡す限りの大軍勢。狙いをつけるまでもない状況で彼女が放った矢は確実にモンスターの眉間を貫いていく。
長い時間の‥‥それでいてこの国の命運を決めるにはあまりにも短い関門海峡の戦いは、きって落とされたのである。
<実と義>
「まだなんでしょうか?! 回復ならソルフの実がありますから、出し惜しみをする必要は‥‥!?」
冒険者が繰り出したあらゆる防御手段を物量のただ一点のみでかいくぐるイザナミ軍に、船舶にわずか30名程度の航空部隊だけでは抗えるはずもなく、地上からの射撃・魔法支援にもかかわらず、徐々に船団は押し込まれていく。
ジークリンデ・ケリン(eb3225)は魔法部隊を統括する深螺藤咲(ea8218)へ超越魔法の使用許可を求めるが、言葉を終える前に彼女の瞳に鋭い刃が突き立てられ‥‥寸前で頭上を大きく越えていった。
「ケリンの言うとおりだ。ひきつけるにしても限度があるぞ。‥‥航空部隊だけならともかく、水夫の安全までは保障しかねる」
何がおこったのか理解できず、必殺の一撃を放ったままの姿で固まるモンスターをホイップで絡めとり、海に投げ捨てるオルステッド・ブライオン(ea2449)。
ペガサスにまたがり、ケリンの危機を救った彼の姿はまさに物語にうたわれた白馬の王子そのものであったが、蓄える表情はそも物語に描かれているような、埃ひとつもなく微笑む白馬の王子とはにつきもしない。
まるで海そのものと戦っているのではないかと錯覚すらおぼえるほど増援を繰り返す敵に幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼であっても‥‥否、彼であるからこそ、このままではいずれ訪れるであろう敗北の影を感じずにはいられなかった。
「まだ予定の八分ほどでしょうか‥‥いかがなさいますか、ルーラス様?」
彼女の瞳めがけて飛びこんできた矢を造作もなく武器で払いのけると、連戦によって浮かんだ汗をぬぐい、九紋竜桃化(ea8553)は上空からの敵影の判断をルーラス・エルミナス(ea0282)に確認する。
「これは敵が寄ってこないというよりは敵の数が多すぎますね‥‥このあたりが限界でしょう」
上空から見ても途切れることのない敵影に、ルーラス・エルミナス(ea0282)は魔法攻撃で敵を一網打尽にすることが難しいと判断すると、各船に乗船していた冒険者たちへ攻撃開始の指令をおくる。
(「攻撃許可の指令が出ました。敵の引付が十分ではありませんので、前進しながら攻撃をおこなってください」)
「了解! 皆さん、派手にやっちゃいましょう!」
戦場の主要部射程に収めるレティシア・シャンテヒルト(ea6215)からのテレパシーが次々と魔法部隊に伝えられる。最初にその伝令を受けたイリア・アドミナル(ea2564)は、他の全員への挨拶とでもいわんなばかりに、その掌から高濃縮された吹雪をつくりあげる。
巻き込まれたイザナミ軍の視界すら奪うその雪の嵐は、目前まで接近してきていた船を覆い、進路すらも狂わせた。
『うろたえるな! 敵船に乗り込んでしまえば範囲魔法など何の役にも立た‥‥!』
予めこの展開は予想していたのか、鼓舞と伴う号令とともに冒険者のふねに敵将は乗り込もうとするが、存在するはずの足場がはるか眼下に存在し、驚愕の表情で周囲を見回す。
「その程度のことも読めないとでも思っているのか? ‥‥人の底力をお見せしよう‥‥!」
待ちに待った攻撃許可に口元をわずかに緩めながら、ラザフォード・サークレット(eb0655)は『空に浮いた』敵船団を確認する。ローリンググラビティーによって浮き上げられた敵船団は持続時間の消失と共に、本来あるべき当然の姿を取り戻す。
「落ちろ!」
サークレットの声が発せられ終えた直後、戦場のすべてを包み込まんばかりの轟音と、伴って打ち上げられた海水が間欠泉のように打ち上げられる。
もともと屈強なつくりをしていなかった船体は落下の衝撃で木っ端微塵となり、鎧を纏った敵兵は海の底に沈んでいく。
『敵の魔術師を集中的に狙うのだ! 数にて押し込めばわれらの勝利は揺るがない!』
「そうそう‥‥そのまま突進してきてくださいまし。ただ、たどりつければよいのですけど‥‥」
「怯むな! 敵の矢は当たらん! こちらが斉射し、敵の出鼻をくじくのでござる!」
「さてと、熱砂の魔法‥‥ではなく、熱石の魔法、受け止められるかしら!?」
勢いを増し、数にものをいわせて押し込もうとするイザナミ軍が放つ矢や進軍は、ヴェニー・ブリッド(eb5868)の作り出した風によってさえぎられ、進路をそらされる。攻めあぐねる敵軍に、逆にラグナート・ダイモス(ec4117)は纏め上げた弓兵隊にて射撃をおこない、フェザー・ブリッド(ec6384)はうちあげたイタニティルデザートをケリンに石化させ、船に落石として降りおとさせる。
「補給は幾らでもあります。私も遠慮せずにいかせてもらいますよ!」
「あんまり水しぶきはあげないでくださいね。‥‥水が羽にかかると大変ですから」
さらにエル・カルデア(eb8542)、リーリン・リッシュ(ec5146)が絶え間なく重力変化を起こし、敵船がまともに近づくことすら許さない。しかもこの決戦に重大な決意で挑んだ冒険者は、MPの回復用に無尽蔵ともいえるソルフの実を持ち合わせてきたため、その攻撃がとどまることはない。
引き付けられた敵兵は後退することもかなわず、十数秒に一度強烈な魔法攻撃を受けてただただその戦力を消耗していく。
「陸堂さん。乗り込んでくる敵も守備要員で十分に対応できます。こちらこのまま戦えば目的の大勝利、達せられるのではありませんかな?」
傷つきながらも乗り込んできたイザナミ兵を一撃のもとに叩き伏せたバル・メナクス(eb5988)は、やや昂揚したような声で陸堂に話かける。
最初こそ被害は大きかったものの、味方であってつくづくよかったと思えるほどの魔法部隊の活躍に、無謀とすら思えたこの戦の勝利が現実に近づいてきたように感じられた。
「否、まだだ。‥‥敵の増援が誘いに乗ってこない。躊躇なく味方軍を見捨てられることがこれほどつらい状況になるとは‥‥」
軍全体の盛り上がりとは裏腹に、陸堂は伝わってくる情報に、爪の先を静かに噛み切る。
この戦い、限定的戦局に限ればもはや冒険者ギルドの勝利はゆるぎあるまい。
だが、まだ関門海峡全体を制覇したわけでもなければ、敵兵の2割も打ち滅ぼしたわけではない。まして長期戦になればこちらの援軍は0でもイザナミ軍は無尽蔵ともいえる回復力を持っているのである。
関門海峡を舞台においかけっこをしていたのでは、いずれ逆にこちらは海上で包囲・殲滅されてしまう。
「敵軍後方には囚われた人々もいるようですが‥‥どうします?」
ベアータ・レジーネス(eb1422)は上空部隊から寄せられた情報を報告する。範囲魔法といえば聞こえがよく、実際に威力も絶大ではあるが、その実は敵味方区別せず攻撃する使い勝手の悪い攻撃手段である。
とはいえ、戦争において人の命など大事の前の小事。ここで攻撃しても後世からとがめられることはないだろうが‥‥
「後世に語り継がれる戦に汚点があっては人心も集まらないでしょう。ただの勝利ではなく大勝利‥‥であれば、理想を掲げることも大事です」
思案するベアータに磯城弥夢海(ec5166)は微笑みながそう告げると、海は自分の領域だと主張するかのように、天高く飛び上がり‥‥一滴の飛沫すらあげずに水中へ降下する。
未だ海上は魔法攻撃が続けられているので危険ではあるが、海中からなら侵攻することも可能である。海中からの敵攻撃を防ぐ、あるいは敵船に船底部から攻撃することを目的に構築された10名足らずの水中奇襲部隊は、夢海の合図と共に待機していた水中から、敵軍中断に位置する主力部隊目掛けて移動を開始する。
(「いいですか、あくまで目的は敵軍統率の乱れです。ピンポイントの船団を適度に破壊させ、敵の後退速度を鈍化させます」)
(「わかっていますよ。無茶な作戦に志願しておいてなんですが、別に命を好んで捨てたいとは考えていません」)
この少数で数万の兵と戦うことは無謀以外の何者でもないが、大軍同士の戦いになればなるほど、小回りがきかない分小さなほころびが戦場の勝敗を決することもある。
レイムス・ドレイク(eb2277)はこちらに気づいたのか、海上から降り注いでくる長槍を払いながら、冒険者との距離をとり続ける船底に取り付く。
(「前方に数十のモンスターを確認! 早めにやらないと作業が間に合いませんよ」)
簡単に敵の船底までたどり着けたと思ったのもつかの間、俄かににごり始めた海の先に、イレイズ・アーレイノース(ea5934)は少しあわてたような声で冒険者たちに警告をおくる。
まがいなりにも3000の兵がいる陸上と違い、10名足らずの人員で戦い続けるのは無理がある。予定では水中からの敵の攻撃を防ぎつつ、あわよくば敵船にダメージを与えることを目的としていたが、敵の水中攻撃がそれほどでもなく、まして陸上部隊が想定通りに成果を出せていない今となれば、敵軍の進行を著しく妨害しなければならない。
(「了解だ。‥‥いずれにせよ、少しばかり時間稼ぎを頼んだぞ!」)
リウス・クレメント(ec4259)は手に持った刃を船底に力強く打ちつけ、人が通れるほどの穴をあける。人が通れるとはいえ小さな穴などいくつあけても同じだが、人員を裂かせたり舵などを破壊して操舵を乱したりすれば、相対的に冒険者側の進軍速度が上回ることもある。
(「どっちにしろ、こちらは短期決戦だ。やってやろうではないか」)
別の船に取り付いていた張真(eb5246)は、みるみる内に近づき、既にこちら目掛けて突進を開始した一角獣のようなモンスターを相手に水中で身構える。
目標を変更し、張真目掛けて直線的に突進するモンスター‥‥いかに水中とはいえ回避は容易であるが、下手に避けてしまってそのまま防備の薄くなった味方船団に乗り込まれては厄介である。
張真は手に持った爪を水を欠き斬るように構えると、敵の突進にあわせて身体を翻し、すれ違いざまに表皮を切り裂いた。
一撃で倒された敵からは赤い血液が漏れ出し、ゆっくりと海面に浮かび上がっていく。
(「さて、こちらも少しばかり派手にいかせてもらいますよ。皆さん、何かにしっかりとつかまっていてください!」)
冒険者たちの水中からの攻勢に、俄か敵船団が動き出したことを察知したルメリア・アドミナル(ea8594)とフェリシア・ダイモス(ec4063)は、水中でトルネードを用い、イザナギ軍と敵船が身を委ねる水流を大きくかき乱す。静かな水という唯一の足場を崩されたモンスターがその場に踏みとどまることができるはずもなく、
(「皆さん大丈夫ですか?! このロープに繋がってください!」)
ただ、水流の影響を受けるのはもちろんそれは海中にいるイザナギ軍も冒険者も同じことである。ダリウス・クレメント(ec4259)は予め船に括りつけたロープを冒険者に渡し、全員の位置が離れ、作戦行動に支障をきたさないようにする。
十数秒の混乱の後、冒険者たちが水面を見上げれば、突然の水流の変化にイザナギ軍は十分に対応することができず、船の接触がそこかしこで起こっていた。
ゆっくりとした後退進路であったため接触もよる直接的被害こそ少ないが、重要な要素は別のところにある。
接触により集団的統率を欠いた敵軍は後退を断念。正面から冒険者と対峙することを決める。
それは、合戦の本格的な開始を意味していた。
<関門海峡・冒険者側軍最前線>
水中に巨大な渦が発生してから十数分の後、イザナミ軍は既に距離をとることを諦め先ほどとは反して高速艇全軍をもって冒険者との距離を詰めつつあった。距離が近付くにつれ、両軍からは矢や魔法による攻撃が疾風のように交換される。
「後方に敵影を確認しました! イザナギ軍主力と思われます。接触まで15分程度と予想されます」
ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)の伝令が船上にて戦う冒険者たちに伝わった時、両軍の船はまさに接触の時を迎えようとしていた。
「敵の援軍か、これは計算に入っていたのか?」
「すべては掌の上‥‥と言いたいところだが、予想よりも早い。合流されて守りを固められてはこちらには勝ち目がない。‥‥期待しているぞ」
豪雨のように降り注ぐ矢を盾で弾きながら、明士郎はイグニスの質問に答える。
当初の海峡に追い込んで敵軍を魔法で一網打尽にするという目論みは、有る程度の被害を与えたものの、作戦目標の達成までには到らなかった
既に3000の敵兵を海に沈めたといえど、ギルド軍が変わらず5000に対して敵軍は尚も1万を超え、援軍も間近にせまってきている。これから二倍以上もの兵力を前に、正面からの衝突が始まろうとしているのだ。
敵高速艇は魔法攻撃によって大半が藻屑と化しつつも、屑と化しても尚敵はその屑をかきわけ、ついに両軍は接触する!
『ゆくのだ! 既に我らの勝利は決まっている。正面か‥‥』
「期待されるのは嫌いじゃない。やるなら徹底的にやらせてもらう」
接触の直後、船頭に立って乗船しようとしたイザナギ軍を指揮官は、自らの最期の時すら知ることなく力を失い、海に小さな波紋をつくる。
『‥‥っ、放て! 指揮官の無念を晴らすのだ!』
「お前たちに無念という概念があったことにまずは驚かせてもらうよ」
指揮官を討ち取った冒険者は敵にとって格好の的となる。剥き出しの刃のように発せられる気迫と共に次々とイグニスにむけて攻撃が放たれるが、イグニスは自らに浴びせかけられた矢の雨を足場の不安定な船上ですべて潜り抜け、号令をかけた指揮官をまたも力なく、海の中へと落下させる。
「ガアアアアアア! 今こそ突撃の時!」
僅かに怯んだ敵軍の間隙を縫い、叫び声と共に乗り込む風雲寺雷音丸(eb0921)。ジャイアントの大柄な彼が振りぬいた一撃は乗船を許さんと阻止する敵の盾を弾き飛ばし、防衛線の中に乗り込む穴を作りだした。
「まさに今、只この時が攻め時である! 天の理法を外れ、外道の法理を以って通過を企てるものを、教皇庁が! ジーザス会が! この余が! 許してなぞおくものか!」
『怯むな! 突撃せよ! 命の交換を続けている限り我らに敗北はない!』
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の声とイザナミ軍指揮官の声と共に、両軍の兵士は瞬く間に両陣営内部に歩を進めていく。
「いいか、これからが医療局・俺たちの仕事だ。治療用の船を後方に下げろ。敵に押し込まれた場合は陸まで撤退しても構わない。国がこれ以上傷つけば、勝利しても未来に繋がるものはない。俺たちの役目を果たすんだ」
白翼寺涼哉(ea9502)は既に衝突から間もないというのに次々と運び込まれてくる怪我人の治療をおこなうべく、後方陣地の確保に尽力する。
あるいは初期の魔法攻撃による決着を一番望んだのは‥‥自分たちの出番がまわってくることを最も望まなかったのは彼であったのかもしれないが、砕かれつつある希望を修復することこそ彼らの職責である。
「重傷者はこの中にどうぞ。安全な場所で治療して差し上げますわ。‥‥普通の軍隊であれば別に負傷者なんて狙う必用はないんでしょうけど。相手にとってみれば味方をふやすチャンスなのでしょうからね」
彼女が言葉を紡いでいる間にも、ホーリーフィールドの中へと運ばれてきた怪我人を治療するシェリル・オレアリス(eb4803)。
ジャパン諸勢力同士の合戦であれば、まだ敵兵が残っているのに好んで負傷兵を狙いに行くものは少ない。負傷兵を狙って首の数を稼ぎに行くのもいいが、後方陣地まで突き進んでは自らもその仲間入りするのが関の山である。
「だが、兵を使い捨てる覚悟があり、死を恐れなければ話は別‥‥ということか。この調子だと水中からも来るだろうな。‥‥あるいは、ここに守備を裂くのが狙いか?」
単身、既に四肢の半分を失いながらも救護所までやってきた敵兵を明王院浄炎(eb2373)は槍でなぎ払うと、面倒な敵を相手にしているものだと、頭を布の上からボリボリと掻く。
海中からの奇襲は成功したが、それがすなわち海中の優位を確立したことには繋がらない。海中戦力というひとくくりでいえば、そもそも戦いにすらならないレベルの戦力差が開いているのである。
奇襲で負った怪我を癒しに戻ってきた明王院は白翼寺の軽い相槌を確認すると、木片が流れる海中へと再び身を投じた。
「海中からの敵に関しては、ホーリーライトで援護しておきましたのである程度防げるはずです。‥‥これから前線に負傷者の救出に行ってきますので、後の守りはお任せします」
「それじゃ、がんばって援護してくるねっ。行くよチロ」
琉瑞香(ec3981)はホーリーライトを海中に沈めると、天馬に騎乗してパラーリア・ゲラー(eb2257)と共に前線へと移動していく。
「‥‥本当に行くんですかい? 前線まで救護の船をまわして、足手まといの怪我人を載せて戻ってくるなんてことが‥‥」
「安心しろ。お前に当たる矢はすべて俺が弾く」
「へぇ‥‥ですが、めっぽう強いやつが出てきたら‥‥っ」
「まあ細かいことは気にすんなっ! 怪我人含めて俺がドーンと守ってやるからよ!」
前線まで負傷兵を迎えに行く行為に渋る船員は、説得するアルディナル・カーレス(eb2658)に尚も引き下がろうとするが、ケント・ローレル(eb3501)に力強く‥‥ほぼ攻撃の域にまで至るほど力強く背を叩かれ、炎と絶叫がこだまする戦場へと船を進めていく。
『海に沈むのだ冒険者!』
「‥‥ひぃっ、いってるそばから!」
前線といってもそれほど大規模な船は数えるほどの、もとが小船同士の衝突である。
明確な境界線などは存在するはずがなく、彼らの船は目標地点が視界になんとか入ってきた時には既にイザナミ軍によって発見され、前方の視界がすべてふさがれるほどの衝撃波に飲み込まれる。
アルディナルは先刻の言葉の通り、自らの身体を盾としてその一撃を受け止めるが、負傷者を運搬する用途を持っているとはいえ、瓦礫の中を前進するためにこぶりなものが選ばれた船は、衝撃にのまれて大きく左右に揺れる。
「全員無事か?! ちょっくら倒してくるからそのまま待っていろ!」
攻撃を受けたアルディナルを含む全員がぐらつく足場に、安定しない船のへりにつかまる中、前方に立っていた水夫の視界の端をローレルの赤髪が瞬く間に通り過ぎる。
「ちょっと、チロの足をあんまり強く握らないでよ〜」
あまりにも遠すぎる跳躍に誰もが海中への落下(そして狙い撃ちによる串刺し)を連想したが、ローレルは先ほど前線に赴いていたパラーリアのロック鳥の足に片手でしがみ付き、そのまま空中移動を開始し、放物線を予測して放たれた敵の攻撃は悉く海面に吸い込まれる。
「重いところありがとよっ、あとでうまい肉をおごってやるからな!」
『馬鹿にしているのかっ!? 着地するところを狙うのだ』
だが、状況はあまり緩和されていない。すぐさま体勢を立て直した敵軍は矛先を今度はちろの足をひと撫でし、甲板へむけて飛び降りるローレルへと再度向ける。
「‥‥あまりにも後先を考えなさすぎだ。突破のためならなんでもしていいというわけじゃないんだぞ」
天城烈閃(ea0629)の弓から放たれたムーンアローが攻撃態勢に入っていた敵をつらぬき、ローレルは烈閃のため息交じりの言葉を聴きながら着地に成功する。
「まあそう言うなって。負傷者を運びにきたんだ。どこか集まっているところは知らないか?」
「‥‥帰りは気をつけるんだぞ」
勢いで突き進んでいる人間に理論で説明しても無駄だと判断したのか、額に手を当てて負傷者が逃げ込んでいる場所を指差す烈閃。
一箇所に集まっているということはないだろうが、おおよそ負傷者が逃げ込みそうな場所くらいはわかる。
「敵軍が合流しましたぞ。間もなく攻勢が始まるでしょう」
ローレルの後姿を見送る暇もなく、バル・メナクス(eb5988)から敵軍増援の報せが来る。既に何人指揮官を倒したかわからないが、動きが乱れたと思えば増援によって統率を取り戻すということをもう何時間も繰り返している。
「天城殿。敵が合流したとあれば、負傷兵を逃がす時間をつくるためにもう一度内部に入り込まねばなるまい。‥‥この戦、最後までやらねばなるまい」
「その通りであろうな。生命だけではなく数の面でも不死の者と戦うの気が滅入るが、これだけの数の組織的な攻撃を受ければ、守備側はひとたまりもあるまい。回復がおいつかぬほど、一気に攻めねばならぬ」
さすがに疲れの色を隠せないのか、その場に立ち尽くしていた天城の肩をアンドリー・フィルス(ec0129)とガルシア・マグナス(ec0569)が叩く。
イザナミ軍は既に統率を取り戻し、冒険者たちの内部へと再突撃を仕掛けようとしている。三名の冒険者は、敵の心臓部に楔を打ち込まんために、足場もおぼつかぬ船の上をただひたすらに駆けていった。
●夜
「敵船20! まだまだ来るわよ!」
既に夜のとばりがおり、視界を散発的な魔法光と木々が燃える明かりだけが光源となる中、紅千喜(eb0221)は目を凝らして本陣兼救護所に接近する敵影を確認する。
流しても流しても、ただ湧き出てくる泡のように押し寄せる死者の行軍は、生なる軍にいたずらな消耗戦を強いさせていた。
「陸上と水中だけに気をつけてください。空中からの敵は通しません!」
「一応の援護はするがな‥‥どうにも守らなければならない範囲が広すぎるな」
味方が次々と戦士から負傷者へと変貌していく中で、フォックス・ブリッド(eb5375)とリンカ・ティニーブルー(ec1850)はもう一撃も外す余裕などないと、的確にこちらに向かってくるモンスターの眉間を矢で打ち抜く。
あるいは冒険者のみであれば、「戦い続ける」ことだけは可能かもしれないが、敵軍がただがむしゃらに押し寄せ続けている今、歴戦の勇士とはいえ冒険者には劣る水夫たちの援護をしなければ役割は達成できない。
「さて、どうにもここもやばそうやで? 夜間移動は危険やが、陸地に移動するしかないんやないかな」
救護所にも次々に迫る敵兵をけり落とすフレア・カーマイン(eb1503)。一対一でも十対一でも勝利することができてもこちらは人間である。睡眠をとらなければ負けるし、兵を使い捨てにすることにも躊躇は存在する。
「白翼寺さま、私がここで時間を稼ぎながら後退しますので、お先につれて陸に移動してください」
将門夕凪(eb3581)は重体者を船に寝かせると、血の汗をぬぐいながら治療をおこなう白翼寺へ後退を促す。
「すまないな。‥‥そういうことだ明士郎殿。もう少しだと思うが、あまり無理はするなよ」
「援護をつける。いちはやくここから後退してくれ」
押し寄せる敵の群、そして集約された情報に、時の襲来を覚えた医療班の面々はミラ・ダイモス(eb2064)、ボルカノ・アドミラル(eb9091)らに護衛を受けながら後退していく。
「さて、明士郎殿。そろそろもて過ぎて困ってくるな。いかに私が若く美しいと言ってもな」
若作りな顔を返り血で染めつつ、苦笑いを浮かべる空間明衣(eb4994)。戦いには慣れていたはずだが、回復する間もなく片手で武器を持つ彼女の姿は、この戦いの継続が難しいことを物語っていた。
護衛部隊が次々と撤退していくさなか、指揮所にはもはや数えるほどしか防衛用兵員は残っていない。この場面のみ切り取ってみれば、義に厚い指揮官が部下を逃がすために少数の信頼する親衛隊と共に踏みとどまっているようにも見える。
「‥‥こうするしかなかったとはいえ、ずいぶんと被害を出してしまったな」
明士郎は自らの頬から流れる鮮血を指になじませると、結末の訪れを察知して空を仰ぎ、瞳を閉じ‥‥天に打ち上げられたフォックスの矢が猛烈な光を放つのと時をまったく同じくして、海峡深くまで突進してきていた敵を半包囲していた魔法部隊攻撃を告げるべく拳を高々と突き上げた。
夜のとばりを、幾十もの光の渦が彩り‥‥四方をかこまれたイザナミ軍は『わけもわからず撤退する』か『魔法に正面から飛び込んで終わる』かの、厳しいふたつの選択肢をつきつけられる。
魔法の光がその競演を終えた時‥‥船の燃える炎の色だけが、荘厳に海の黒に赤い色をつけた。