【襲い来る魔蝶】〜町と葡萄畑を守って〜

■ショートシナリオ&プロモート


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月01日〜08月07日

リプレイ公開日:2008年08月07日

●オープニング

「ほんっとうに、頭が痛いったらねぇ。頭皮にも良くねえよ、まったく。今まさに実が大きくなっていく時期だってのにな、何か被害が出やがったらと思うとな、心配で心配でいられねえわけよ‥‥!! うん? お気持ちお察しします? おう、わかってくれるかい、ねーちゃん。何分葡萄栽培を親父の代からずっと続けているんでな、大切なんだ、うん。うちにとってはね。あ、お代わりもらえるかな、喋ってるとのどが渇いていけねぇ!」
「は、はい」
「姉ちゃんがべっぴんだからな、ついついお喋りに夢中になっちゃっていけねぇね。良かったらうちの倅の嫁に、がはは、冗談よ、そんな顔しないでくれな。しかし悪いね長々時間を取らせて、仕事沢山あるだろうにな」
「あ、いえ。大丈夫ですよ。お一人おひとりのお話をちゃんとお聞きするのも仕事のうちですから」
 にっこり。立石に水の勢いで喋り倒されても、新米でもギルド職員。健気にも笑顔を維持し続けている。
 ギルドの受付の椅子に座りつつ、汗を手拭でふき取りながらぼやき喋り続けている依頼人の男性は髪が薄くなった頭皮に盛大に皺を寄せて、首の骨をごきごき鳴らした。大柄な体を窮屈に縮め馬車で揺られて休憩を取りながら、二日かけてきたらしく大層体が強張ってしまったらしい。
「本当に、長旅お疲れ様でした。要点をまとめさせて頂きますと、大切な葡萄畑を取り囲むようにして周辺に生えている、紫の小さな花の群生に、普通の蝶ではない、恐らくモンスターの一種である『蝶』がかなりの量、花の蜜を求めて群がってきていると」
「そうそう、もともと紫とか赤色の花の蜜てのは元々蝶が好むらしいんだがな、今年はいつもの年より随分と花が威勢よく咲きやがった。普通の蝶より圧倒的に妙な鱗粉を出す蝶が多すぎる。それに普通の蝶は昼間、主に活動するもんだろう? 光に照らしてみたところ、夜中だってのに、変に鮮やかな羽でひらひら飛び回ってるんだぜ、かなり異様よ」
 思い出したのか、むぅっと顔を顰め男は告げた。町に住む者達も増える蝶を不気味に思っているらしい。
「畑の仕事をする際にかなりの数飛び回ってやがったから、皆で軽く追い払おうとしたんだが、そのうちの一人のヤツがその粉を浴びて、ひっくり返って痙攣起こしたり、町ではかなりの騒ぎだったんだぜ。俺もその粉少しだが浴びて、二三日は目は充血するわ皮膚はかぶれたように痛みやがるは、散々だった」
「まぁ‥‥」
 柳眉を顰めて、気の毒そうに呟く。職員の娘の視線の先には、依頼主の二の腕かなりの範囲に巻かれた包帯がある。
「葡萄の花は小さくて蝶が好むようなものじゃないし、幸い花はもう殆どが落ちちまってる。蝶による葡萄の被害は、あの妙な粉さえかかってなきゃ大丈夫だと思うんだが‥‥。あと、もう一つ別にちょっと厄介ごとも頼みたいんだが」
「はい。それで、別のといいますと?」
「何が原因で山から下りてきてるのか知らないんだが、畑の傍やら町のあちこちでオーガやゴブリンの目撃例が少しずつ増えてきてやがるんだ。ったく面倒ごとっていうのは重なるもんだよな! ま、今までも稀にそういうのが出てきたりする年もあったんだが、今年はちょっくら多いみたいでね。やれやれってなものだな」
「え‥‥!? ということは町の人が今、自ら戦ってらっしゃるんですか?」
 驚く娘に男はにやっと笑って腕の筋肉を見せ付けた。
「山岳部には昔から色んなモンスターがいやがるからな。降りかかる火の粉は払わなきゃなんねえのさ。腕に覚えのあるものが、対応してる。昔冒険者をやっていて足を洗った、とかいうヤツもいるが、まぁ、基本が農夫とか普通の町民だからな、数が多すぎるとヤバイッてんで、応援を頼みたい」
「了解しました。問題の蝶を追い払い、モンスター退治を冒険者の方に依頼したいということで出しておきます」
「ああ、頼む。あの町の一番高台にあるのがうちら農家の葡萄畑なもんで、山から下りてきたモンスターが町に一番最初に入ってこようとするなら、あの畑っては思ってたんだが‥‥。やっぱり畑周辺の森とかで目撃されることが多くてな。こう、バシバシっと、そいつの退治も頼みたい」
 見渡す限りの葡萄畑。受付嬢は照りつける日差しの中ぐんぐん成長し実を大きくしていくその果物を想像してみた。蝶だかオーガ、ゴブリンだか知らないが、その美味しいワインの元である葡萄の収穫を脅かすものは断じて許せない。と、ペンを握る手にぐっと力を込め、自他共に認めるかなりのワイン好きの彼女は奮起した。
「わかりました! 沢山の冒険者の方が目に留めてくださるよう、依頼書、しっかり書かせて頂きますね!」
「依頼を受けてくれた冒険者さん達には、食事も泊まるところも提供するからな。今年のあの町のワインの生産に関わってくる重大な問題なんだ。どうか、頼んだぜ!」
 始終陽気さを滲ませていた依頼人は、最後そう真面目な顔で言い、どっかりと座ったまま深々と頭を下げた。

●今回の参加者

 eb4494 月下部 有里(34歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb7689 リュドミラ・エルフェンバイン(35歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb8174 シルビア・オルテーンシア(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●葡萄畑を守れ!

 馬車に揺られること二日、現地に辿り着いた冒険者達は、例の葡萄畑をこよなく愛する依頼人オルトとの挨拶もそこそこに、作業に取り掛かる事になった。
 広大な葡萄畑、周囲をとり囲む紫の花の群生、事前の情報通り、ひらひらと舞い踊る蝶――。
『というか、夜も飛んでいるんだから、蛾なんじゃ?』
 という話題が道中出た。蝶と蛾の響きの違いのせいか、尚一層不気味に見えてこなくもない。間近で見ると、黄だの青だの色味も模様も変だというし。

「ご覧の通りだ、うじゃうじゃいるだろ? やばいくらい鮮やかな模様の羽してやがるっていうか。かーっ。見るだけでざわざわしてきやがるぜ。見てくれ、この鳥肌‥‥! 依頼書には書いてもらわなかったが、粉を防げるような防具はあるかい?」
「大丈夫ですよ、用意してきましたから」
 にこやかに応じるリュドミラ・エルフェンバイン(eb7689)が、パピヨンの鱗粉を吸入してダメージを受けないよう、解毒剤の液体で湿らせた布を用意し、他の仲間に配った。馬車で揺られる道中、解毒剤つきのそれが一番ダメージを受ける危険が少ないと判断した仲間は、ありがたく受け取り、装着する。

「沢山咲いてる例の紫の花は‥‥、綺麗ですけどそのままだと、今後またパピヨンが寄ってくるかもしれませんね。葡萄の花は基本的に自家受粉、ならば葡萄の発育には関係ないと思われるんですが」
 持ち前の植物知識で葡萄の受粉について考えたところ、恐らくあの紫の花は葡萄の花の受粉には関わりがない事を踏まえ、シルビア・オルテーンシア(eb8174)は提案した。詳しいね、とオルトは少し目を丸くしている。
「という訳で依頼人さん、差支えがなければ刈ってしまっても構わないかしら?」
 月下部有里(eb4494)も同意見だったので、重ねて問えばオルトは頷く。
「葡萄畑と紫の花の群生、中々のいい眺めだったんだが背に腹は代えられないね」
 了承を得た。パピヨン退治、紫の花を刈り取る作業、そして町を脅かすオーガらの退治。行うべき事を把握して頷きあう冒険者達に、激励が飛ぶ。
「オーガらと戦う上では町の者も手を貸すからな! 息子達や仲間にも見張りを頼んでいるから、蝶退治をしてくれてる間オーガたちが襲ってきたら、知らせが来るようにしてる」
 蝶とオーガ。別々に対応できればいいのだが、万が一と言う事もありえるのだ。
「怪我しないよう気をつけてくれよ。それじゃ、冒険者さん達、くれぐれも頼んだぜ!」


●襲い来るパピヨン

 効率を考えて葡萄畑周囲の対パピヨン戦、花に関しては距離を置きつつ対応できる、魔法が使えるアリサとサイクザエラ・マイ(ec4873)が中心に行う事になった。

「お互い、葡萄畑を傷つけないよう気をつけましょうね」
 先程受け取った特別な布で口と鼻を覆い、伊達めがねを装着して準備万端、といった様子のアリサが傍らの仲間に声をかける。
「・・・・了解。言われるまでもないさ」
 クールにそう返すサイクザエラに、アリサは頷き。半端でない数飛び回っている、毒々しいまでの蝶の群れに目を戻す。

「レミエラを使って術の範囲を扇状に、射程距離を短く」
 呟いたアリサが、装備品についているレミエラを起動させる。胸元に模様が浮かび上がり、
「ライトニングサンダーボルト!」
 手を横に一閃すると、そこから一斉に広範囲に放たれた稲妻が空気を震わせ、パピヨンを巻き込み散らしていった。稲妻により高温で炎が上がる。術の詠唱を終えたサイクザエラが後に続く。
「ファイアーボール!」
 見たところパピヨンは一塊になっているわけではないので、ファイアーボールはパピヨンの一部しか倒せなかった。サイクザエラは機転を利かせ、別の術の詠唱を行い発動させた。
「ファイアーコントロール」
 炎が一気に膨れ上がった。彼は冷静に、生まれたその炎を自在に操り蝶を、紫の花を飲み込んでいく。ざわり、と蝶達が敵の襲来に色めきたったような風に感じられた。敵意を漲らせ、蝶がこちらに向かってくる――!

「大変です! 皆さん、ゴブリンや、オーガがまた山から下りてきやがった! 親父が」
 依頼人のオルトに激似の既に額の生え際が危険な息子が、ぜはぜはと呼吸を乱しながら畑に向かってきている。
「オルトさんは?!」
「今、仲間の農夫が戦ってます! 親父は近道を通って町に知らせに走っていきました。でも直ぐ行かないとやられちゃいます!」
 息を切らしながら向かってきた息子は、泣き出しそうな顔で訴える。蝶はこちらに襲い掛かってきている。今更中断もできないのは一目瞭然だ。リュドミラとシルビアが顔を見合わせ、仲間へと目を向ける。アリサが指で○を作る。
「二手に分かれましょう。パピヨン退治、中断は、できそうにないわ」
 日の光を浴びて煌く鱗粉を睨みながら、アリサは言う。
「気をつけてくださいね!」
 リュドミラが声をかけ、アリサが答える。
「そちらもね!」
「でもオーガがこちらにも向かってきたら」
 シルビアが懸念を見せると、アリサは大丈夫と手を振った。
「平気、気にしないで! 手に余りそうなら一先ず氷付けにしておくから、そっちをお願い!」
「こちらの心配は無用だ」
 冷ややかな目を蝶へとむけ、容赦なく炎で次々に蝶と花を絡めとっていくサイクザエラも簡潔に、だが自信たっぷりに言い切った。頷きあい、リュドミラとシルビアは息子の後を追い、駆け出した。


●二人の鎧騎士、オーガを斬る!

 オーガやゴブリン達はあろう事か、葡萄畑に来る事なく脇の坂を下りその先に広がる町中へ降りたらしい。
 住宅街、家の中に駆け込む者、現場へ急行した二人の鎧騎士は、それぞれの武器を手に、町の者の救助とオーガの軍勢を打ち倒す。オーガはそれなりに強いが、冒険者として経験を積む二人の敵ではなかった。だが数が多すぎ、町の者達全てが戦い慣れた者では当然ない。怪我人は皆無ではなかった。風に流れて血の臭いがあたりには漂っている。

「きゃあああ!!」
「なんだこいつら、今までより数が‥‥!!」
「危ない、武器を操れない方は、早く家の中へ!!」
 修羅場と化しているレンガ通りを駆け抜け、無駄のない動きで敵を倒し的確に町の者を救助するリュドミラが、警告する。彼女が操るのは、異国の片刃反身の刀だ。恐ろしいまでの切れ味でオーガやゴブリンを次々倒していく。蜂の巣をつついたような騒ぎの中、二人の活躍と武器を操れる町の者の力で敵勢は減っていった。

「アブねえっ」
 そう叫んだのは聴き覚えのある声、依頼人のオルトだ。棍棒を振り下ろしてくる長身の男が狙う対象を目の当たりにして、その腕にしがみついた。だが青白い肌の常軌を逸した鬼気迫る顔つきのオーガは、馬鹿力でオルトを家屋の壁に突き飛ばす。オーガが狙うのは逃げ遅れた子供だ。泣き喚きながら這って逃げようとしている、その小さな背中めがけて武器を振り下ろしたオーガーの腕が切り落とされる。ズッパリと体から切り離された腕、切断箇所から血が吹き上がった。

「ウガァアアアアア!!!」
 レミエラを起動したシルビアの短刀は、彼女の手に小気味いい音を立てて収まる。その短刀はレミエラの特殊効果で、投げつけた後も使用者の手に戻るようになっているのだ。絶叫を上げるオーガを背後から切り伏せ、止めを刺したリュドミラ。暫く乱戦は続いたが、そして協力し合い町に下りてきたオーガ等は全て倒した。

「凄い数でしたね・・‥。怪我人を早く治療しないと」
 と、シルビア。敵がいなくなった事を知った者が、少しずつ家の外へと出てくる。手にしているのは怪我の治療に使用できるアイテムだろうか。オーガ等を倒した事、あがる歓声を聞くに怪我人はいるものの、死人は一先ずいなそうな様子だ。オルトも手を振り無事を示してきた。彼もまた治療を受けているようで、一安心だ。町を守り通せた二人は顔を見合わせ、ほっと息をついた。
「山から下りてきたゴブリンを合わせて50体以上‥‥一体、この付近では何か起きているんでしょう」
 額に滲んだ汗を拭いながらリュドミラが難しげな顔つきで、そう呟きを零し。一見何の変哲もないその山を、振り仰いだ。



●依頼の終りに
 
 アリサがクリエイトエアーで空気を発生させて入れ替え、その畑の周辺は蝶も、鱗粉もなく正常な様子に戻っていた。粉を吸い込まないよう、防具を準備した事が幸いしたのか怪我を負うこともなく無事に済んだ。
 退治したオーガは町の者が手分けして町の外へと運び出し、火葬することになった。炎の術を使えるサイクザエラが、そう名乗りを上げたのだ。
 累々と積みあがる倒したオーガやゴブリン達はファイヤーコントロールで火の加減を調整しながら、ファイヤーボムで焼いて灰にする手はずになっている。

「こいつらを腐らせて醜くさせるよりは、灰にしたほうが綺麗だろ?」
 サイクザエラが冷徹な口調で言い、発動させた術の力で、皆の前で彼等が燃えて灰になっていく。恐ろしい風体のモンスターが炎に飲み込まれていった後、残された灰はやがて風に流され消えるだろう。
 翌日は部分的に残った花の刈り取りを行い、依頼されていた事は全て終了した。

「お疲れさん、冒険者の皆さんのお陰で今年の葡萄の収穫は無事見込めそうだ。例の蝶? 蛾? もスッキリいなくなったしな! ちゃんと手入れして美味い葡萄を育てて、いけてるワインを造ってやるよ! また秋になったらぜひ遊びに来てくれ。アトランティスにこの葡萄畑あり、って言われるくらい有名になる予定なんだからな。そんな上質葡萄からできたワインを、あんた達ならこれでもかってくらい、飲ませてやる。ただ‥‥」
 依頼人のオルトは陽気な調子で冒険者達を労ったが、最後に少し神妙な顔つきになり顎をなで、唸った。
『ただ?』
 皆が反芻すると、彼は目を瞬かせた。
「いや、何だって今年はこんなに奴等の姿が多く見られるんだろうなァってさ、年取るといけねえね、また降りてくるような気になっちまったのよ。オーガの野郎どもがよ。そろそろ打ち止め、杞憂だといいんだけどよ」
 彼はそう言って山頂を、心配そうに見上げたのだった。