【闇より出でし妖精、暗躍す】
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月02日〜08月07日
リプレイ公開日:2008年08月09日
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●オープニング
メイに数ある街のひとつ。この街ではほんの二ヶ月程前に宝石商や、高価な宝石の持ち主ばかりを狙う連続殺傷事件が起きた。怪我人が続出する中、街で随一の知名度を誇る貿易商、『アーク商会』が動き事件解決の為、冒険者ギルドに依頼をした。結果引き受けてくれた冒険者達の働きによって敵は捕獲され、問題の犯行に使われた宝石の装飾が美しい短剣も押収した。実際とは異なるところがあるが、‥‥表面上は、そういった形で処理されている。街の者達は事件が解決し、再び起きないと耳にし胸を撫で下ろしたものだ。
だが、この事件の背景には明らかにできないある事情があった。
その問題の事件で使われた短剣は元々アーク商会トップの親友にして片腕、テムザという男が仕入れをしてきたものだ。その剣を手にした者は他者の血を求めるという、別の町で幾つもの殺傷事件を起こした訳ありの剣。しかしとてもそうは思えないほど曇りのない美しい姿は、テムザの心を捉えた。清めを丁重に済ませてある、問題はないという言葉を信じ仕入れてきた‥‥それが、前回の事件のそもそもの発端だった。
曰く付きの物品が原因で、テムザ夫妻は喧嘩をするようになった。息子のラスティエルは心を痛めた。事件を起こした剣を仕入れた夫に過敏に反応し、不快感を露にした母。ラスティエルは日に日に二人がぎすぎすしていくのを感じずにはいられず密かに悩んでいた。ラスの親友のアルフレッドは、父テムザが働く『アーク商会』の総取締役の息子である。父が勝手に仕入れてきた剣のことを、相談し辛かった。
密かに鬱々としていた時だ。ラスはさるきっかけでひとりの娘に出逢った。長い銀髪、黒いドレス姿の妖精。利発で打てば響くような聡明な彼女と会話をするのは、少年にとってとても楽しいひと時だった。彼女はふらりと毎日現れ、少年と会話していくようになり、出逢って数日、やがて少年は彼女に恋をしていている自分に気付いた。
(原因になったその短剣を盗み出し捨ててしまえばいいのでは?)
少年の頬に手を当てて、あの時彼女はそう囁いたのだ。
宝物庫の鍵のスペアが密かにしまわれている場所はラスには自明の事だった。その案に乗り剣を盗み出し、処分はシフールが引き受けると言ってくれたので頼んだ。
後に起きた殺傷事件。実行犯の背後には、『魔物』がいた。それが『彼女』だと彼が知ったのは、妖精が彼の前から去った後のことだった。競り会場での戦いの後、黒幕のその魔物は逃亡し、行方知れずだ。様々な事情により事件の詳細は関係者以外には伏せられている。
少年の心に手酷い傷を残したものの、事件に纏わる話は、概ね収束の傾向にあった。
「なんだよ、こんなところに呼び出して」
「ラス君、機嫌が悪そうね。ふふ、でも別にいいじゃない、アル君と違って君は結構時間はあまってるでしょ? 勉強より体動かすのが好きだって宣言して、ご両親を嘆かせてるみたいじゃない。将来アーク商会を盛り立てて行く為学べる事は学ばなきゃいけない身分なのに」
少女の口調に皮肉なものが混じる。
「何の用だよ」
小柄な少女を見下ろし、声を低めてラスは繰り返した。彼はこの妙にねちっこいユリという、塾の女子生徒が苦手だった。彼女は常にラスとアルを敵視していた。特に、ラスを。
「じゃ、言うわ。私知ったのよ、ラス君のお父さんが何をしでかしたのか。この街で起きた例の宝石商や高額の宝石の持ち主ばかりを狙う殺傷事件、原因になった短剣を仕入れるなんて馬鹿な真似をしでかしたのは、あんたのお父さんでしょ?」
絡み付くような声音。冒険者ギルドに依頼した際は例外として、彼は両親達に止められあの一件の真相に関しては、口を噤んでいた。ラスは動揺を押し隠し、睨み付けた。
「いきなり呼び出して証拠もなしに、いいがかりを付けるのかよ」
「‥‥私の叔父さんが例の事件で大怪我を負ったのよね。真相を知りたいと思うのは当然でしょう? 調べれば調べる程男一人で行うにしては、どの犯行も鮮やか過ぎる。手引きする者が必要だと私は思ったの。でも捕まったのは男だけだった」
「‥‥」
「真相を知りたいと思っていたら、現れたのよ」
誰だと思う? と少女は顔を傾けて。肩下まで伸びた二つに結わえた三つあみが揺れた。ラスはある嫌な予感を覚えて、少女の目を内心の動揺を抑えながら睨み返し、吐き捨てた。
「わけわかんねー。変な作り話は止めろよ。これ以上付き合ってらんねえからな」
ぷいと背を向けてその場を立ち去ろうとしたラスの背に鋭く、言う。
「私の前に現れたのは妖精」
「‥‥!」
「それだけ言えば判るでしょう? 逃げる気? なら、好きにさせてもらうわ。さすがに皆が事件の真相を知ったらアーク商会もまずいよね? 事件の真相をお金で揉み消したなんて話は、聞こえも良くないし」
ラスは唇をかみ締めたまま、足を止めない。
決めるのはあなたよ、と。少女は嗤う。
「私が何を言いたいか、判るわよね? いい? 今夜まで待ってあげる。私の家の場所は、判るでしょ? お父さんに全てわかってる者がいることを、ちゃんと伝えるのね。あなたの秘密は『全て知っている』と言えば判るわ。アーク商会を潰したくないのなら言う通りになさい」
足早に立ち去る際、建物の影から現れた一人の男にぶつかった。剣を持っているらしくガチャリと音が鳴った。ぐらりと傾いたラスは当のその男に支えられた。白髪に褐色の肌に戦士風の出で立ちの、若い男。動揺に顔を強張らせる少年を感情のこもらない目で見下ろしている。
「‥‥すまん」
男は裏庭の樹の傍へ佇む少女の下へと向かった。けれどラスはそれどころではなかった。
話を聞いたラスの父は青ざめ、夜密やかに少女の家へと向かい――その途中何者かに襲われ朝方、血を流し道端で倒れているところを発見された。剣で肩から腹に掛けて彼は、切られていた。
虫の息とはいえ辛うじて命を取り留めたラスの父が、切れ切れの口調で囁いた。
「‥‥‥奪われた・・‥。やはり、取り戻してくれ、あれは。私の‥‥」
「何言ってるんだよ、親父!」
「‥‥どうしても、あの剣を処分する事ができなかった‥‥。ルドルフの目を盗んで‥‥魔術師から‥‥取り戻したものの‥‥あの妖精に私も唆されたのだ‥‥許してくれ、許して、くれ‥‥」
目の前でうわごとを繰り返し、やがて息を引き取った父親が残した、謎に満ちた最後の言葉を。ラスティエルは序々に理解し、顔色を失った。
ラスが翌日少女を問い詰めたところ、気の毒そうに眉を顰め、こんな事になってしまった以上別にあんたの家をゆすることはしないから安心して、と告げた。だが、ラスはこの少女が父の死に絡んでいる事を直感していた。だが、証拠がない。
「サラ‥‥!」
ユリに接触した、シフールの名をラスは呼んだ。かつてのように、慕わしさを込めて呼んだりしない。自然と体が震えだす程の、怒りしかない。
「サラ‥‥って誰だよ、どうしたんだよ、何があったのさ、ラス!?」
ラスの体をがくがくとゆすり、心底案じるように尋ねてきたアルにも、満足に返事すらできない。
(冒険者ギルドに助けを求めて、一緒にこの『謎』に満ちた事件を解決してもらおう)
少年はそばかすの散った顔を歪めた。
(誰か、助けてくれ)
少年の人生はあの妖精と出逢った時から、何かが狂い始めたのかもしれない。
●リプレイ本文
●状況を整理する
今冒険者達がいるのは、依頼人のラスの家の部屋だ。葬儀も済んで屋敷には人の気配が少ない。夫が奇妙な死に方を遂げた今、心穏やかとは到底言い難いだろうに気丈にも葬儀中は耐えていた彼の母親は疲れと心労が祟ったのか寝込み、お手伝いの女性らが彼女の看病をしている。
「じゃ・・・・お久しぶり。ラス、アル・・・・。ラス、お父様の事・・・・ご愁傷、様・・・・」
「この度の事は本当に‥‥何ていったらいいのか」
前回の依頼で少年と顔合わせしている忌野貞子(eb3114)と、水無月茜(ec4666)は沈痛な面持ちで、口々に悔やみの言葉を述べる。今回初顔合わせとなる者達と少年もまた、それぞれ挨拶を交わす。
「・・・・先日散々問い質して、やっとラスが僕に相談をしてくれた時、正直途方にくれたけど、皆さんが協力してくださるなら心強いです」
そして、アルは自分の両親に今回の一件に関しては説明を伏せている事を告げる。
「俺が、アルにそう頼んだんだ。真相が判ったら、俺がルドルフさん達に説明に行く。母さんには事情は話してあるから、ここを拠点にしてもらって構わない。‥‥親父は夜更けにユリの家へ口止めの金を持っていく途中、襲われた。敵から身を守ろうとしたのか親父、裏路地に逃げ込んで・・・・発見も遅れたんだ」
父親の体に残された裂傷。それ程深くはない傷だが、出血が原因で彼は死に至ったのだと彼の口から説明があった。
「もうさすがに、闇妖精に恋焦がれるなんて・・・・馬鹿な事は、言わないようね」
「判ってるよ、貞子さん。もう、あんな事は言わないよ。俺が馬鹿だったから、皆に迷惑かけたんだ・・・・」
「そもそもそのユリという子は、どうしてそこまで君達を敵視してるの?」
「ユリの家はアーク商会同様、貿易商を生業にしてる。規模は‥‥小さくて、経営も上手く言ってないらしいんだ。あいつ昔から家の為に、勉強とかなんでも凄く頑張ってて、親父を支えようとしてたみたいだった。遊び歩いてる俺みたいなのが、目障りで仕方なかったんじゃねーかな」
淀みなくどこか投げやりに、ラスは答えた。
●情報収集
危険を減らすために単独行動は控え、二手に分かれて聞き込みを開始することになった。ラスの父が斬られ倒れていた現場付近を訪れたのは貞子、布津香哉(eb8378)、ラスだ。彼が倒れていたのは宿と酒場の間の路地。酒の入っていた客は騒ぎの中、悲鳴を聞き届けたものはごく少数。従業員等幾人かが一応外を見たが
それらしき人影もなく、空耳か、で片付けられたとのこと。酒場、周囲の家を当たってみたが新しい情報は得られなかった。ラスが訪れた宿へ、改めて向かう。宿へ入ると愛想の良い主人が迎えてくれた。布津が事件に関しての話を、切り出した。
「営業中、失礼する。最近この宿脇の路地で倒れていた男性、彼が巻き込まれた事件に関して調べているんだが」
「ああ、あのアーク商会のテムザって人が斬られて倒れてた事件ね。‥坊主、確かこの間も来て」
「‥‥亡くなったのは、この子のお父様、よ」
「ああ、そうだったんだな。何が原因かは知らんが、気の毒になぁ‥‥。様子がちょっと変だってんで家内が見に行ったときには、あの人の姿は見えなかったし。まさか路地裏に逃げ込んでたとはなぁ‥‥」
「些細な事でも構いません。ラス‥‥この子が聞き込みに来たときお話頂いた以外の事で、何か思い出した事などあれば」
「‥‥ああ、そういえばつい先日まで滞在してたお客さんの一人が、宿を引き払う時、気になる事を言ってた」
「気になる事?」
「関係あるかは、知らねえよ? ただ、そのお客は、傍の酒場に通ってたんだ。で、そこにある晩、頭から布を被った、妙に物静かな、客がいてな。ずっと一人で飲んでたんだってよ。酔っ払い特有の気安さで酒を注いでやろうとして、相手の服に酒を零してな」
拭こうとして、布を引っ張ってしまった。
「白髪に、褐色の肌の容姿の、若い男らしかったんだが」
「‥‥若いのに白髪、褐色の肌の‥‥背の高い、戦士風の、男?」
「そう言ってたな。‥‥知ってるのか、坊主? で、あの人、その話をしてる最中ずっと顔色が悪くてな、こう言ったんだ。『冒険者の仲間に以前聞いた話を思い出した。きっとあいつは、カオスニアンって生き物だ。俺はとんでもないのに関わるところだった』って‥‥」
塾の授業を終え帰宅するところだったユリを、アルが呼び止め。近くの小さな公園へと、彼女を誘う。公園内の花壇の傍のベンチにいた茜、ひなたを少女は睨む。
「アル君、この人たちは誰? ここに連れて来て何を言い出すつもり?」
「依頼を引き受けてくれた冒険者さん達さ。僕はラスに全てを聞いたんだよ、ユリさん。君が何をしようが、アーク商会は揺るがない。いざとなったら逃亡中だという事実で皆の混乱と不安を招いても・・・・カオスの魔物の関与を皆に明らかにすればいいことなんだからね」
「テムザさんに非があるとは、アル君は思っていないんですよ。テムザさんもまた、被害者だって」
「何をっ・・・・!」
「ユリちゃん、あなたも、あの闇の妖精に魅了の力で丸め込まれたんじゃありませんか? 妖精の目的は何ですか? ラスを傷つけるのが目的なだけでは、ないでしょう?」
「何を言ってるの? 私は私の意志であいつを追い詰めてやりたかったの・・・・!」
叫び声で切り返された茜は、歌い始める。『メロディ』だ。相手の心を落ち着かせ、彼女が全てを吐き出せるように。
「な、何・・・・!?」
不思議な響きを持つ歌に怯み、逃げようとした少女の手を、素早くアルが掴む。
「テムザさんを襲ったのは、誰ですか?」
そう、ひなたが問う。
「放して! アル君、放してよっ」
「よく聴いて。この事件の陰にあの妖精がいるのは判ってる。このままじゃまた誰かが犠牲になるかもしれない」
「放して! その歌、やめてよ・・・・聴きたくない、嫌よ!!」
「ユリちゃん、あなたは利用されてるんです、きっと。カオスの魔物が人に好意を持って近づいてくるなんて考えられないんですよ」
「あの妖精が、彼を殺した訳じゃないわ。私は聴いたわ。でも、ラディウスはいいひとよ! 私を助けてくれるって言ってたわ。父さんは仕事を廃業するって・・・・じゃあ、私は何の為に頑張ってきたの? 負けるの? あんた達の会社に?! あんた達なんかに!」
「ラディウスって・・・・?」
「・・・・カオス、ニアンの彼・・・・」
紡がれた言葉、その禍々しさに、皆息を呑む。
「私がこの公園で泣いてたら・・・・声をかけてきて・・・・、それから何度もあのひとだけが、私の話を聴いてくれた」
「ユリさん・・・・」
「お父さんはもう私は必要じゃないの・・・・でも、彼はこの町から連れ出してくれるって言ったのよ。私を連れて行ってくれるって・・・・!」
少女はアルを渾身の力で突き飛ばし、走り去っていった。
●カオスの影
夜、ラスの家で合流した彼等は、情報を交換した。テムザが襲われた場所の付近で、カオスニアンと思しき姿が目撃されていたこと。テムザは闇の妖精に殺された訳ではない事。茜のメロディの効果を踏まえ、ユリの様子を見るに信憑性が高いこと。ユリはカオスニアンのラディウスという男、そして闇の妖精サラの両方と接触している。
「・・・・図書館にある写本で見ました。カオスニアンはカオスの魔物の使い魔のように、いいように使われる事があるって」
ポツリとアルは呟きを零す。冒険者達は頷きあった。
「同時期に同じ少女に複数のカオスの者が関わりを持つ、恐らく偶然じゃないだろうな」
難しい顔で布津が言えば、貞子はラスに確認をする。
「ラスのお父様の・・・・遺体からは、金品も短剣も、‥‥発見されなかった。お父様は短剣を持っていったのは、‥‥間違い、ないのね?」
「この家の何処からも見つからなかったし、あの様子だと親父は肌身離さず、隠し持っていたんだと思う。」
「あのユリという女の子、『あの妖精が、テムザを殺した訳じゃないわ。私は聴いたわ。でも、ラディウスはいいひとよ』‥‥って私達に言いました」
「つまり、彼女は事件の核心に本当に近いところに居る」
「そう、でも、とラディウスという男を庇っている。それってつまり、テムザさんを殺したのが『彼』だと聞こえませんか? ひなたは、そう感じたんですけど」
●消えたユリ
ラスは父の謎の死の後、暫く塾を休むと連絡してある。アルは迷った後、ユリにもう一度話をしてみると、翌日塾へ向かった。冒険者達は二手に分かれ、ラスを伴い町に特に青年のさらなる情報を得られないか、少女の屋敷の周辺でもその男の目撃情報を探したが、皆無ではないものの有力な手がかりは得られなかった。
「ユリさん、今日は塾にはこなかったんです」
帰宅後のアルの発言を聴き。冒険者と少年達は、ユリの家に向かった。出迎えた父親はラスがテムザの息子だと知ると、若干顔を曇らせ、形ばかりと思われる悔やみを述べた。ラスが不快さを露にする前に、彼は今日ユリが塾を休んだことを理解するなり怒り出した。
「な、朝は確かに塾に向かいましたよ? 家が大変な時に、あの娘は一体何処をほっつき歩いているんだ‥‥!」
ユリが姿を消した。彼女が残した言葉が真実味を帯びてくる。冒険者達は手当たりしだいにユリと男を探し回った。だが例の公園にも姿はなく。ラスとアルが顔を見合わせ言う。
「まさか、塾に‥‥」
彼等は夕刻の、薄暗さが忍び寄る塾へと向かった。
●少女の夢の、結末
教室に並ぶ机。その中で倒れているのは、一人の少女。その傍には背の高い男が。
「その子から離れて!」
少女は微動だにしない。男は冒険者らを見るなり、無言で木の机を蹴り飛ばしてきた。
派手な音を立てて机と椅子が散乱する。布津が身を翻し逃亡を図る男の背めがけて弓を射る。立て続けに二度。一つはその剣で叩き落され、もう一つはその左肩を射抜いた。しかし男は、呻き声を上げることなく、無表情に矢を引き抜く。
「あなたが、‥‥ラディウス。‥‥なら傍にいるわね。どうせ…今も覗いてるんで、しょ。出歯亀はモテナいわよ、闇妖精さん…!」
「ブラックフレイム!!」
漆黒の炎の塊が教室内で炸裂する。机が燃え上がり爆風が駆け抜けた。
「随分な言われ様ですわね、お久しぶりな方も、初めましてな方も、こんばんは。・・・・ラスも」
魔法の余波を受けて、銀の髪が柔らかく泳ぐ。妖精は黒ドレスの裾をおどけた仕草で摘み上げ、嗤う。サラ、と呻き声を彼は上げる。
「今度は何が目的ですか! テムザさんを殺してまで」
咳き込みながらも声を荒げた茜の剣幕に、妖精は少し迷惑そうな様子だ。
「彼を死なせたのは、私じゃありませんわ」
「あの男を斬ったのは、俺だ。金と短剣をよこせといったのに、渡さないどころか訳のわからない事を言って鬱陶しかったからな」
「げほっ、な、なんだって・・・・!」
怒鳴り飛び出しかけたラスを、押さえつける布津。
「妖精。今回の一件、お前の影がずっとちら付いていた。何が目的で彼女に関わったのか、言わないで逃げられると思うなよ」
「うふふ」
妖精は笑う。
「あの短剣は私の物。テムザは勘違いをしていたわ。あれを自分の物だと思っていた。ユリ・・・・彼女はアーク商会を、ラスを、ぼろぼろにしてやりたかったの。叔父さんを傷つけた『私』以上に嫌いだったそうよ。私は悩む彼女の背中を押してあげただけ」
教室内で乱闘が続く。直接武器を持って戦えるのはひなただ。布津が弓矢で援護を行う。
「・・・・やはり、そうくるのね。性質が、悪い・・・・」
迷惑そうに呟いて、術の詠唱を開始した貞子の傍で、炎の玉が炸裂する。
「駄目よ。水の術法の使い手のお嬢さん。私を倒したいならもっと確実に私を討ち取れる魔法を覚えてからじゃないと。怪我だけじゃ済みませんわよ? ・・・・それとも本当に、皆一緒に死んでみます?」
聴くものをぞっとさせる程、凍てついた声。妖精の傍に夕闇よりもっと濃い闇が生まれる。怯みかけた仲間の心を鼓舞するように、ひなたが術でそれを生み出す。
「大ガマの術!」
教室中に体長3m程の巨大な蛙が教室の中央に突然現れた。カオスニアンに、そして闇の妖精にも飛び掛っていく。術の詠唱を異様な姿の生き物達に拒まれた妖精は、心底嫌そうに悲鳴を上げた。混乱の最中、布津が倒れている少女を抱え、短剣も拾った。
「大丈夫だ、生きてるぞ!」
叫んだ布津、短剣を握る彼に切りかかろうとしたカオスニアンの攻撃をひなたが受け止める。援護するように、大蛙が妖精へと踊りかかる!
どんな事態にも泰然とし続けた妖精は、初めて動揺を見せ火の術法を、蛙にぶつけた。くそっと毒づいたカオスニアンが、窓を蹴破って外へ飛び出した。
「サラ! 引くぞ」
「・・・・・・ッ」
「サラ!」
庭の男目掛けて放たれた茜のムーンライトアローを食らって、術の威力に抗しながらも、男は妖精に一喝する。怯んだ自分を恥じるように妖精は、一層冷ややかな調子で言う。
「この世にはこれからもっと沢山のカオスの魔物が現れるわ。このアトランティスには混沌が広がるの。そうしようとしている同族の気配を、息吹を感じるの」
「・・・・人を脅かすものは、倒すわ。迷惑な奴等だってことは、よくわかるもの」
「同感だな」
「これ以上人を傷つける事は、許しません!」
「その通りですっ。もう一回蛙をけしかけてあげましょうか!?」
妖精は、嫌そうに舌打ちする。
「ラスティエル、私の事が理解できない? 私が、憎い?」
黙って睨み付けてくる少年に、彼女は問う。
「ならいつか捕まえてごらんなさい。万が一あなたが戦う力を得ることがあるなら、私を殺しにおいで。この世界で起きつつあることを、見届けるのね」
妖精の魔法で塾は炎上している。庭に転がり出た皆に結果的に軽傷を負わせ、サラと男は夕闇の中に姿を消した。
●妖精に魅入られた少年
翌日、全てアーク商会のルドルフの耳に入ることとなった。ユリは塾を辞め父親と共にこの町を離れることになった。カオスニアンの男がなぜ彼女を殺さなかったのか、真意は不明だ。そしてラスもまた、塾を辞め家を出ると決めた。アルや母親、周囲の説得も、彼の心にはもう届かないようだった。
「短剣の処分を引き受けてくれる事になってたウィザードのおっさんが、俺を弟子にしてくれるってさ」
少年を案じている様子が伺える冒険者達を見て、少年は苦く笑う。
「そんな顔、しないでくれよ。あんた達のお陰で、判ったことが沢山ある。感謝してるんだ。それにどう考えてももう、前みたいには戻れないなって思ったんだ。俺はあいつをいつか倒したい。サラを、あの男を、この手で・・・・倒すんだ、いつか、必ず」
決意を込めて告げる少年を諌める声をかけることは、皆にはもうできなかった。