海を臨む古城 暗き塔の鎖

■ショートシナリオ&プロモート


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月02日〜09月07日

リプレイ公開日:2008年09月10日

●オープニング

(バカ野郎、だから当りすぎるのも考えもんだって言ったんだ‥‥!)
 床に崩れ落ちていく時に、連れの娘の泣きそうな顔が見えた。体が床で跳ねた。脇腹を蹴りあげられて、獣のような声が漏れる。やめて、と叫ぶ声がする。やめて、やめて! 耳の中でわんわん響く声。なんでか少し前に、あいつがめくっていたタロットの絵柄が頭に浮かぶ。太陽の雷を受け、崩れ落ちる塔。逆さまになった、豊満な体つきの女、角の生えた魔物―――。

『やめろ、そいつに手を出すな‥‥!』
 同じ言葉を繰り返す。逆鱗に触れるのか男達は、俺を蹴り続ける。獣じみた呻き声を俺はあげてしまう。いや、獣なのはこいつらだ。女の泣き声が聞こえて居た堪れなくなる。
(泣くな)
 泣かないでくれよ、頼むから――‥‥。





 *


 ある親の頼みで、行方知れずの子供を捜す、という占いをしたのが始まりだったのか。その結果をあいつが口にしたとき。周囲の町の者がざわめき、強張らせるのを俺は見た。

(息子さんはこの町のどこかにある、光が入らない、塔の中に閉じ込められていますわ。お腹を空かせて‥‥。お子さんを連れ去ったのは、その塔を所有している者です)
 あいつは眉を寄せて、もう一枚の、表になった札を見下ろしていた。
 角のある魔物の絵柄。何度やり直しても同じ札が出る。【塔】【女帝】そして【悪魔】の札が何度きっても必ず出てくるのだ。
(よからぬ結果が‥‥。人に有らざる魔性のモノが、この一件には関わっているようです)
 町の奴らの動揺が伝わってきた。波が引くようにひとり、またひとりとやつらは俺達の傍から離れていき。当惑した俺らの傍に唯一残ったのは茫然とした様子の占いを依頼した若い夫婦と。ひとりのじいさんだった。
(娘さんや、この町においてはその占いの結果は口にしてはならんかった。‥‥決して口にしては、ならんかったよ)
 老人のあたりを憚るような低い声―――。


 *



 途切れていた俺の意識が戻ったのは、宿屋の若旦那に抱きあげられている時だった。彼は俺を覗き込み、顔を青ざめさせる。
「これは‥‥酷い。子供の骨が折れるまで蹴るとは、なんて奴らだ。大丈夫か、おい!」  
「だい、じょうぶ、内臓はやられてないみてぇ、だし。‥‥ッてぇ‥‥あ、あいつは‥‥?」
 聞かなくても予想はつくが思わずその問いは口から零れた。
 男は気の毒そうに顔を左右に振った。
「あいつら、絶対に‥‥許さねえ」
 口の中がざくりと切れているらしく、沁みた。
「無理して喋っては駄目だ、あ、母さん! うちに治療薬があっただろ。あれを」
「だから、‥‥言ったであろ。この町の外れのあのお屋敷は、この町の不可侵の領域、高貴なるお方の闇を探るような真似をすると、‥‥よくは思われぬ」
 若者の背後から現れたのは、その声で。あのとき、意味深な事を言った相手だを判った。

「愚かなことだ。早く町を出よと、教えてやったのにのぉ‥‥」
 宿にあった荷物を取りに戻ってきたんだ、という反発の言葉が頭を掠めたが、それより聞きたい事がある。

「‥‥あん時の、じいさん‥‥。あんた、この、宿屋の‥‥? あいつを攫ったのは塔のある屋敷の主人か、嗅ぎ、つけ、られていやな‥‥ことを、皆の前で、あいつが言ったことが‥‥そんなに‥‥ゲホッ‥‥」
 口の中に血の泡がいっぱいになり、脇を向いて吐き出す。制止する若旦那の声も悪いが無視する。今一番知りたいことを、なんとか知ろうと気ばかり焦る。

「ふん。あの屋敷にお住いの高貴なる御方は、人からの批難がお嫌いなのじゃよ。町の貧しい者の為に財産をお使いになり、幸薄い子供の為の孤児院も作っていらっしゃる。そういった御方だ、自分を悪く言う相手を、心良くは思わぬ‥‥」
「‥‥嘘、つけ。そのご立派なお方の使いが、俺みてぇな善良な一介の旅人を、こんな目に‥‥遭わせるわけねーだろっ」
「善良‥‥とは、面白い事をいう。おぬし、こそ泥じゃろ? 身のこなしでわかる」
「‥‥煩ぇ。もう、足は、洗ったんだよ」
「じいちゃん、この子にこれ以上喋らせては駄目だ。休ませてやらなければ!」

 若旦那も、事情を何か知っていそうだった。女の持ってきたアイテムのおかげか、怪我が癒されていく。激しい痛みを訴えていた全身から、それが次第に消え失せ。代わりに襲ってくるのは眠気だった。

「俺は、あいつに借りがある‥‥助けに行く‥‥!」
 ぼんやりする頭を叱咤して無理に起き上がるが、若旦那に強い力で抑え込まれる。
「やめておけ!」
「放せよっ。あんな奴らに、連れていかれて、あの女が無事に済むわけねぇだろ‥‥!」
「いいか、塔の中には誰も捕まっていない。誘拐された子供なんて一人もいないんだ。事件など起きていない。君も、早く忘れるんだ」
「あんたら、何を隠したがってる‥‥」
「それが、君の為だ。‥‥それ以上は、言えない」
「‥‥あ、あんた何を言って‥‥!放せ!」
 男を突き飛ばし、立ち上がってすぐよろめき、扉の前で膝をつく。
 肩で息する少年に、冷やかな声が降る。

「こそ泥一人では、あの中に入れたとしても帰っては来れぬよ。冒険者ギルドにでも行って助けを借りるか? もし小僧、お前の助力をしてくれる者がいるなら、わしも力になってやってもいい。塔への道を開く、【鍵】も渡してやろう」
「塔への、鍵‥‥?」
「わしはあのお屋敷で長いこと使用人をしていた。解雇こそ、されたがな。眠れ、こそ泥。もし願いが叶わず貴様に手を貸してくれる者が現れぬ時は、今の話は全て忘れるのじゃな――」




●冒険者ギルドにて


 先程までここにいた少年の話をもとに、依頼書を作成する冒険者ギルドの受付嬢。
 メイディアから馬車で一日程の場所にある、人口1000人弱程の、小さな町。閉鎖的なその町で、依頼人の連れである占術師は事件に巻き込まれてしまった、という。未来予知の術をつかえなくとも、さまざまな事を的中させる、天分をも言える占いの才能を持つ女性だったようだ。
 張り出した依頼、成立しなかった場合、彼はたったひとりでも、その【屋敷】へと向かうだろう。本当なら今すぐにでも向かいたいのだと、言葉にしなくても全身で言っていた。経験は少ないが、人を見る目は昔からある。確信にも似たものを抱いた受付嬢は、溜息をついた。

「思いつめた目をしていたわ。‥‥あの子」
 町の外れ林と壁に囲まれた古城、町を脅かす魔物から、その町を守ってきた魔術を操る、一族。町で唯一の【塔】を所有する者。占いの結果が真実の一端を捉えたなら、孤児院を作り慈善事業をする傍ら、彼らは何を秘密裏に進めているのだろう?

 受付嬢は先程書き留めた文章を、読み返した。占い師の娘が連れ去られる直前に宿でしたタロット占いの結果も、依頼書に書き込む。少年が覚えていた意味も。もしかしたらこれもまた、事件解決の為何かの役に立つのかもしれない。 


【塔】
 絵柄‥‥太陽からの雷に打たれ、崩れた塔、王冠が塔から落ちている。
 意味‥‥崩壊による目覚め、闘争、予期せぬ災害、古い概念の混乱。
     逆位置。抑圧、監禁。
 
【女帝】
 絵柄‥‥母親になるらしい落ち着いた女性が、実り多い庭に座っている。
 意味‥‥逆位置で出た場合、怠惰、戦争や破壊の可能性。家庭の崩壊。

【魔物】
 絵柄‥‥蝙蝠のような翼をもった角ある魔物が、台座の上に座っている。
 意味‥‥到底理解できない感覚、病気、暴力、力、黒魔術。

●今回の参加者

 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 eb0139 慧斗 萌(15歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●古城の住人

 依頼人の少年が身を寄せている例の宿屋の一室に皆、集結していた。協力してくれることになった冒険者達を、老人はぐるりと見渡して。

「‥‥良かったな、こそ泥」
 老人の言い様に思うことがあったのか、年の頃12・3程の少年は軽く鼻を鳴らした。
「俺の名は、クイン。‥‥協力、感謝するよ」
 礼を言う事に慣れていないのだろう。ぶっきらぼうな物言いに対し、怒るような冒険者はその場にはいない。それぞれに名乗り、挨拶や、少年を気遣う言葉をかける冒険者達。
 救助するなら可能な限り早くしたほうがいいことは、当然皆の意見は一致している。乗り込むなら今晩、闇に紛れての侵入を決行することも。

「‥‥わしはお前達を密告するつもりなどない。だが、表だって助けてやる事はできん。あの御方達がこの町の英雄であることは事実。影で何が行われていようと、それが皆からみた真実じゃ。彼らに仇をなすものに協力の限りを尽くしたのでは、わしの家族に禍が飛び火するかもしれんのでな」
「‥‥俺にこの鍵を渡した時点で、だいぶ協力しているような気がするけどな」
「長く生きると様々なものを見る。多少わしにもあの一族の御方に、思うところがあるということだ」
「‥‥聞いてもどうせ答えねえんだろ」
「‥‥」
「けっ」
「この町と、城に住む一族の事情は大体は、わかりましたわ。‥‥新しい知識、黒魔術‥‥魔法の実験‥‥慈善事業を隠れ蓑にして、人々の目を誤魔化しているやも知れません」
 シャクティ・シッダールタ(ea5989)はそう口にして考え込む。
「まったく‥‥妖怪より、たちが悪い‥‥人間の方が、よっぽどって‥‥奴ね。 ま‥‥あの忌々しい闇妖精よりは可愛いものだけど。くくく」
 過去に戦った魔物のことを思い出しているのか、忌野貞子(eb3114)が独白する。それを聞きつけたのか闇妖精、と反芻するクイン。貞子は訝しげな顔を少年へと向けるが、思考に没頭しているのか少年は難しげな顔で黙り込んだままだ。

「少しでも有利に運ぶ為に、聞き込みをしてきたいのですが」 
 クロード・ラインラント(ec4629)の発言に老人が口を挟む。
「‥‥うかつなことは、せんほうがいいと思いますぞ」
「う〜ん、確かにあぶなそうだもんね〜」
 ふわふわと浮遊しつつ、シフールの慧斗萌(eb0139)が同意する。
「確かに、城にの人を英雄視している方々に、事件を匂わせるような問いはできませんね。ですが使用する術の系統や、他にも得られる情報があるかもしれません」
「それならば、町の皆が知っている。答えるのもやぶさかではあるまい。あの方達は風を従える一族と呼び称されておる」
「ふん。精霊魔法、風使いの一族か」
 ずっと言葉少なに耳を傾けていたものの、魔法を操る者として気になるところだったのだろう。サイクザエラ・マイ(ec4873)がそう呟く。
「‥‥聞き込みのことだけど。この町のどこに内通者がいるのか、全然わかんねえんだ。下手なことを聞きゃ、奴らまたこの宿屋になだれ込んでくるかも」
「‥‥それは、厄介な話ですね」
「ただ。誘拐された子供の親の顔なら判る。いくら子供がいなくなって落ち込んでたって、旦那もいるし買い物にもくんだろ。もしかしたら市場に行けば会えるかもしれねえ」
「子供の大事です。何か重要な情報を提供してくれるかもしれませんね」
「ああ。だから、一緒に行くよ。‥‥俺も聞きたいことがある」 





 クロードらが得た情報によると、失踪した子供は他にもいるらしい。しかもそれは、この城の周囲の森でかくれんぼをしていた子供達のほぼ全員だった。
 城の一族の事件の関与を口にした占い師までもが姿を消したという事実に、その母親は絶句していた。
 無事に済んだただ一人の子供は、母親の言いつけを守って暗くなる前に帰ってきたことが幸いした。彼は城の周囲を飛ぶ黒くて大きな鳥を何羽も見かけた、と言っていたことを教えてくれた。
 明らかに疑わしいと思っても、相手が悪すぎて告発できない、とのことだ。城に訪れて行方知れずの子供のことを尋ねてもやんわりと門前払いをされるだけだったと、夫人は涙を零していたという―――。


●侵入
 真夜中、夜空には精霊が形作る大きく欠けた月が浮かぶ。微かな明かりを頼りに森を進む。ずっと感情を押し殺していても、少年が早く救出へという焦りを募らせていたのは皆が知っていた。道中声を極力顰めながらも、短く言葉を交わす。
「心配なのは、‥‥わかるけど。‥‥気が立ってるわね。ほらほら‥‥せっかちな男は、女を満足させられないわよぉ、うふふ」
「なっ」
「あ、‥‥でも。数歳の年の差はむしろアリ、ね‥‥。安心なさいな」
 余談ではあるが占術師の娘は18歳とのことだ。何が言いたいのか判ったのか、クインが声をあげかける。顔にべしっと体当たりをし、止めた萌。
「!?」
「萌っちもそう思うけど、し〜、話してると危険だよ〜」
「そうね。‥‥それは冗談として‥‥あなたにも働いてもらうわ。ね、元・泥棒さん」
「‥‥わかってる」

 城壁のごく目立たない場所に、その今は使われていない様子の扉があった。老人が教えてくれた内部へ侵入できる入口。シャクティがバイブレーションセンサーを使用する。
「城門、城壁の周囲に見張りの兵士が多々おりますわね。城の内部にも10弱、それぞれに反応がありますわ‥‥塔の方は?」
「奥の塔に一人、近くの塔に数人いますね。ただ‥‥」
 ブレスセンサーを使用したクロードが。少年を慮ってか言い淀んだ後。低く告げる。
「塔から感じられる反応が弱い‥‥。危険な状態かもしれません」
 急ぎ鍵穴を見つけたクインが、鍵を差し込む。だが、予想に反して扉は開かない。
「‥‥この鍵、この扉の物じゃない」
 少年の独白に、皆面食らう。念の為用意してきたのだろう。針金を使って鍵を若干時間をかけつつも、開錠に成功した。あのじいさん何の為にこれ寄こしたんだ、と声を低めつつも毒づくことも忘れない。
「扉の傍には誰もいませんわ。参りましょう」






 城門に焚かれた松明の炎と、幾つかの明かりがあるだけだ。深夜ということもあり敷地内は暗く、城内も静寂に包まれている。大勢で城内を探ると見つかる可能性が高い。二手に別れて、捕虜になっている者達の救出に当たる。
 侵入口から近い塔。城の内部から繋がる通路を行くと人目につく。まずシャクティのロープを借り、紐の先に細工をしたクインがそれを放り投げ。一人壁を身軽によじ登っていく。辿りつきロープを頑丈に巻きつけて、クロード、そしてサイクザエラが続く。塔の鍵を開けた後は、クインは城の後方よりもう一つの塔を目指す手筈になっている。城の周囲がどうなっているかは不明だ。他の皆は、城の内部を、通ることになった。
 
 隠密技能に長けた貞子が先に内部に入り込む。通路に灯るのは微かな明かりだけで、薄暗い。その暗がりに紛れる事ができた。共にシフールの萌が続く。静まり返る廊下。後方のシャクティへと萌が大丈夫、との合図を送る。シャクティもまた極力物音をたてず進んでいく。赤い絨毯が伸びた廊下の途中途中に、美しい女の像から、薄気味の悪い生き物の石像まで、並んでいる。やがて、中央の大広間への出入り口まで辿り着いた。

「だれか、いるよ」
 偵察から戻った萌が、貞子に耳打ちする。こつこつ、と足音が聞こえてきた。慌てて彼女の背後に隠れる。
「ぎゃ、やだやだ、近づいてくる〜」 
 貞子が携帯していた保存食をその方向へと放った。直後、保存食は地面につくことなく、空中で切り裂かれる。それと同時に皆の頭に直接飛び込んでくる声があった。
『塔に閉じ込められていた子供を、保護しました。中には酷い脱水症状を起こしている子もいます。意識がない子も。このままだと、助かるかどうか‥‥!』
 苦渋と子供達をこんな目にあわせた者への怒りも露わに、クロードが魔法で思念を飛ばしてくる。
『シャクティさん、治療が先決です。来てください!』 
 広間より来るものと、塔と。迷う様子を見せるシャクティに、貞子と萌が頷く。シャクティは渡り廊下がある二階へと階段を駆け上がる。囚われている子供達は発見した。侵入への正当性は成り立つ。例え立ち塞がる者がいても。

「鼠さん、出ておいで。そこにいると稲妻で焼かれちゃいますよ?」
 小馬鹿にしたような、若い男の声。
 前方、後方より貞子と萌目掛けて放たれた、波打つ稲妻。
 階段へと逃げこんだ二人の背後で強烈な放電光が炸裂する。衝撃で吹っ飛ばされて階段に顔面から突っ込んだ萌は絶叫する。

「あいたァ!! ‥‥(ブチッ)‥‥このイカレ術師がァ!! てめえチョーシこいてんじゃねェぞおらあッ!! ‥‥はっ! あ、あはは〜萌っちは可愛いシフールさんだよ〜」
「‥‥。ここには私しかいないから‥‥、別に取り繕わなくていいわ‥‥行くわよ」
 貞子と萌が向かおうとした先には、魔術師のローブをまとう、短髪の男が。そして廊下から幽鬼のように人影が次々現れ、彼女に近づいていく。どこか生気を欠いた様子で集まってきたおそらく一族の者達の姿に、うわっと引く萌。 

「うん。当然こっちに逃げ込むよね。いらっしゃい、風を従える魔術師の城へ。私達の元に喧嘩を売りに来るなんて、勇気あるんですね」
「その声‥‥さっき、一階に」
 驚いた様子を見せる二人。男が手を印を描くと、直後に放たれる風の刃。避けきれず風刃を受けて怪我を負う貞子と萌。階段の立つ者へ放たれた炎の玉が、炸裂した。
「サイクザエラ!」
「‥‥先に行け。塔から、城壁の上にある通路と行ける。もう一つの塔へと繋がっている」
 渡り廊下へと二人を逃がして、サイクザエラは酷薄に笑う。だが、その笑顔が曇った。魔法抵抗を行ったのか、そのローブが特殊な効力がある物なのか。無事にすんだ魔術師は、微かに笑う。
「君は、戦うことが好きな人なんですねぇ。私達を倒すつもりのようですが、いいのかな? 私達がいなくなったら町は魔物にやられちゃうかもしれないんですよ?」
 サイクザエラは再びファイアーボムを放つ。絨毯の上で弾ける炎の中。体の周囲を風に纏わりつかせたまま、平然と立っている魔術師は首を傾げる。
「そんな事言っても無駄だって顔をしてますね、全部燃やして燃やし尽くしてしまいたいのですか? その魔法で」
 でもそんな事をしていると、いつかその内なる炎に、君が飲み込まれちゃいますよ? そう――魔術師の男は自嘲的に続けた。
「そして人にあらざる者に救いを求めるしかなくなる。父様や、母様や‥‥そう、私達みたいにね」
 直後、男から放たれた術。
「グァッ‥‥!!」
 サイクザエラは体中をウィンドスラッシュで切り裂かれ、渡り廊下へと飛び出した。もんどりうって転がった彼の元へ駆けつけるシャクティ。出血の余りの多さに悲鳴を上げる。
 一目見て命に関わる怪我だとわかる。治癒魔法を施そうとするシャクティ。皆を庇い、クロードが立つ。
「ムーンフィールド」
 彼を中心として、月の精霊による守りの球体が生まれる。直後吹き付けてくる風の刃から仲間の身を守り通すことができた。その後、魔術師達はさらなる力を解き放つことなく、気配を消した。
「なぜ‥‥?」
 止めをささず引いた魔術師達に。クロードの囁きは薄闇の中に溶け消えた。


●暗き塔の鎖
 海から吹き付けてくる生温い風に煽られながら。貞子と彼女に抱えられた萌は昼まであれば断崖絶壁を見下ろすことができるだろう、城の城壁の上の通路をよろめきながらも駆けて行った。そしてもう一つの塔へと辿り着いた。開かれた扉。城から繋がる渡り廊下へと降り立った二人は、襲い来る無数のそれに気づく。
「なにー! 蝙蝠!? でかっ」
「違う、わ。魔物よ‥‥」
「へっ」
「‥‥アイスブリザード」
 闇の中でも貞子を取り巻くのは淡い青の光。高速詠唱を使い彼女の手より放たれた激しい吹雪は飛行していた相手の翼を凍らせ、次々地面へと墜落させていく。
「入口を守ってるから‥‥。‥‥彼氏さんと、占い師の彼女を‥‥連れてきて」
 次々襲ってくる魔物。まるでこの塔にいる娘を奪われまいとするように。
 子供達がいた塔には、こんな伏兵はいなかったというのに――。
「は〜いっ、萌っちいきま〜す」
 扉の中へ萌が飛び込んで行った。

 窓が皆無な塔の中。螺旋階段を行くと、娘を背負って出てきた少年がある部屋の前にいた。彼の足元には太く長い鎖が落ちていた。この扉は鎖で幾重にも封じられていたのだろう。
「鍵は、塔と‥‥その鎖の鍵だった」
「彼女さんは? だいじょーぶ?」
 占術師の女性。小柄な娘であるらしく、少年は彼女をしっかりと背負っている。
「あぁ。さっき宿の兄さんからもらってきた薬を、飲ませた」
「えーと〜。それって〜」
 口移しだね〜と言いかけて。脳裏に響く声がある。クロードだ。再びテレパシーを使用したのだろう。
『こちらは侵入口から、ひとまず子供達と共に脱出しました。警備が手薄です。占い師のお嬢さんを救出後、皆も脱出してください』
「ま、いっか〜。りょーか〜い!」
 萌とクインは頷き。貞子と合流し城壁の通路を使い、脱出を図った。


●秘め事は密やかに
 町から出ることが先決――。脱出後、早急に子供達を例の親元へと送り届け。皆共に町を後にし、メイディアへと向かった。

「皆さん、危険も顧みず助けに来てくださって本当にありがとうございました。‥‥心から感謝いたします」
 馬車の中で言葉を交わした占術師ロゼは、やつれてはいたものの笑顔が印象的な娘だった。
「おまえ、‥‥城の奴らに何かされたか?」
「‥‥占の力を貸せって。協力しろって言われて突っぱねたの。子供達を解放しないと協力しませんて」
「‥‥それだけ、か?」
「うん。‥‥それだけだよ」
 娘は微笑むだけで、それ以上は何も言わなかった。

 意識がしっかりしてきたものの、暫くは療養するとのことである。
 微笑ましい二人を見届け、冒険者達は宿を辞した。 

「本当に、無事に救出できてよかったですわ」
「お似合いの二人で、結構なことだわ‥‥」
「ただ、意味しんなこと〜、あのおじいちゃんはいってたね〜」
「ロゼさんが再び巻き込まれる可能性がある‥‥でしたね」
「胡散臭い一族だからな。他に何を隠していてもおかしくない」

 町を出る間際、老人と少年が交わした会話について、彼らはひとしきり話し合った。

(ウィザードとしての才能がある娘は、昔から城へと連れてこられた。より強い後継者を生み出す為に)
 彼女が閉じ込められていた塔は。連れ去ってきた選ばれしあの一族の花嫁を、一時的に幽閉させておく場所だったということである。
 何故ロゼは解放されたのか。魔術師達が目論んでいた事は、他にも何かあったのか。暴くことができなかった姦計は、今も静かに進行しているのだろうか―――。