運命の恋は、すぐ傍に
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 99 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月09日〜09月12日
リプレイ公開日:2008年09月17日
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●オープニング
●人魚の救い手
陽光を受け煌めく海面。身動きが取れずに、けれど懸命に体をばたつかせていた人魚を、船に乗っていた人間が見つけた。
「‥‥これは、これは。久しぶりに逢ったな」
その姿を見て軽く驚いた様子を見せた後、初老の男性は話しかけてきた。
他の人間を呼ばれる! 脅えた様子で、一層体をばたつかせた人魚を、制した。
「あぁ、人間が怖いんだな。‥‥ごめんな、ちょっと体に触らせてもらうよ。網を外さなくちゃなんねぇ」
そう、柔らかく低い声で言って。大柄なその男は笑いかけてきた。恐怖に囚われた少女を落ち着かせるように。
丁寧に網を外し、すくい上げてくれた。
「ここいらに現れるなんて、珍しいな。可哀そうにな、痛かっただろう」
傷ついた鱗から滲む血。僅かに裂けた皮膚。でもその痛みも気にならなくなった。その傷口を押えてくれた手がとても温かかったから――。
●娘を追う者
メイディアの港では最近、奇妙な青年が現れたらしい。知り合いの娘を捜しているようなのだが、妙に誰に対しても敵意を漲らせている様子で、喧嘩腰。そりゃあ物を尋ねる言い方じゃねぇぞ、オラ! と言いたくなるようなものであるらしく。港で気性の荒い漁師ともめ事を起こし、何処かへと姿を消したと噂になっていたが。
「それでは依頼を受理致しますね。さっそく貼り出しましょ‥‥う?」
ドンガラガッシャーン!!
「ななななな何事!?」
突如聞こえた派手な音に、ギルド職員、そして冒険者達もこぞって外に飛び出した。ギルドからほど近い、ある住宅の傍で取り押さえられているのは一人の青年。
「野郎、い、いきなり何すんだ!?」
「それはこちらのセリフです。人の顔を見るなり、『何ガンつけてんだオメェ』などといった挙句、私の肩を掴んできたのはあなたの連れでしょう。正当防衛というやつです」
これまた冷たく言い放ち、体にかかる手を力任せに振り払った男。
壊れた窓。周囲の者の驚愕の顔を見るに、行き過ぎた防衛というのが誰の目にも明らかだった。何事かと飛び出してきた家の主。ざわめく周囲、非難たっぷりに見られていても、男は悪びれた様子はない。
「加減しました。今日のような陽気であれば、一時間もあれば溶け始めますよ。死にはしませんのでご安心を」
アイスコフィンで氷棺に閉じ込められたあげく、回し蹴りで蹴っ飛ばされた男は、‥‥気の毒という他ない。
『や、やりすぎじゃねえ〜〜?』
こいつ怖ぇ、と皆がドン引きしているのに気付かないのか、彼は新米受付嬢にくるりと向き直る。肩で切り揃えている瑠璃色の髪、同じく真っ直ぐに揃えた前髪。神経質そうに顰められた眉。刀を佩いた、どことなく異国風の出で立ちの、背が高いのもあって威圧感がある。
(凄く美形な方ですね‥‥)
ただお釣りがくる程目つきが悪く、性格も難あり、といった感じではあったが。
「冒険者ギルドは、この周辺では?」
「‥‥ギルドなら、この道のもう少し先にあります」
「あなたはギルドの職員の方ですか?」
言い当てられて受付嬢は驚きつつも、頷く。
「はい、そうですが。あの。もしかして、ギルドに何か御用件が」
仕事柄その問いがしみついている。先輩達はいつの間にか傍に姿が見えなくなっていた。さっさとギルドに戻ったらしい。健気にも応対する受付嬢。
「私の従姉妹、カーリエを捜すのを手伝っていただきたい。この街にいることはだけは、分かっています。あの女の思いでの地とやららしいですし、来てみれば案の定‥‥あいつが来た形跡は、港にはありました」
つまらなそうに彼はいう。窓の弁償を迫ってくる住宅の婦人に、溜息をつきつつ短く詫びをつげ宝石を渡したのが見て取れた。立派な大きさの、美しい真珠だった。
不思議な人。受付嬢はなんとなく浮世離れした感のある相手を見て、頷いた。
ひとまず吹っ飛ばされた男も大事には至っていないようではあるし。
「わかりました。私に付いてきてください」
●運命の恋は、どこに?
カウンターにいる二人を遠巻きに見ている、他のギルドの職員、そして利用者達。離れているのは、ある意味良かったかもしれない。彼は極力他人と関わりたくない様子を見せていたから。
「‥‥マーメイドの男が珍しいのは分かりますが、そうあまりじろじろ見ないで頂けますか」
咳払いをした後に、言われ。慌てて謝罪した受付嬢である。マーメイドそのものが珍しいのは事実なので、好奇心が皆無とは言えなかった。
「‥‥それとも、マーメイドの依頼は受理できませんか」
「そんなことはありません!」
淡々とした問いを、即座に否定する。過去マーメイドに対して人間が行ったことは決して褒められた事ではない、例にもれず、この男性も人間に敵意を持っている。
それでも素性を明かしてくれたのだから、誠実に対応し、少しでも人間に対する悪印象を拭えたら、と思う受付嬢である。
「‥‥」
「すみません、本題に戻りますね。従姉妹のカーリエさんは以前網にかかって難儀していたところを助けてくれた人間の男性を捜しに、この都に現れたと?」
「ええ」
ほぼ十年近く前の話。その時点で初老にさしかかる年齢であった、男性。
受付嬢はペンを動かす手を止めた。
「‥‥よほど助けられたことに恩義を感じていたんでしょうか。少し、年の差が」
「少しじゃありません。まぁ、そんなこと関係ないらしいですが。力強いがっしりとした体つきの、優しげな人物だったんだそうで。傷を負ってあまり泳げないカーリエの為に、わざわざ船を出して、里の近くの海域まで連れてきてくれたんだそうです。そしてあいつは里に戻ってこれました」
「‥‥‥いいお話ですね」
「耳にタコができるほど聞きました。だが人間の、しかも年寄り。十年もたてば、とっくに死んでいてもおかしくないのに、もう一度逢って、礼を言いたいなどと」
そのやり取りを思い出したのか、彼は顔を曇らせた。
「‥‥それ、まさかその娘さんに言ったんですか?」
「いけませんか? 本当のことですから、言いましたよ。それに。昔の思い出をいつまでも引きずって、そのことを指摘されると感情的になる、お前は子供だと」
もしかして、と思いながら。忍耐強く受付嬢は尋ねた。
「それで、カーリエさんはなんて?」
「‥‥したたかに私の頬を打って、翌朝にはもういませんでした。妹にだけ、都に行くと言い残して」
「なんで彼女が怒ったかは、当然理解されていますよね?」
「‥‥。私は間違ったことは、言っていません」
気まずげに目をそらして、一言。
受付嬢は微妙〜な顔をした。ぐったりとした様子の彼女を見て、一言。
「どうしました? ‥‥腹痛でも?」
「いえ、至って健康なんですが。‥‥。少しお聞きしてもよろしいですか?」
「‥‥どうぞ」
「あなたはただ従姉妹を連れ戻しにきたと、仰いましたよね。それだけですか? カーリエさんが恋した相手が人間ではなく、年相応のマーメイドの男性だったら。その恋を祝福したんですか?」
痛いところを突かれたのか、言葉を失って。睨んでくる。
(だから、その目、怖いですって‥‥)
「‥‥何が言いたいんです?」
「いえ。無事に見つかるといいですね。依頼書のタイトルは、これで」
運命の恋は、すぐ傍に。
「あなたは何か誤解をしておられるようだ」
「恥ずかしがらなくていいですよ。そう仰りたいことは、びしばし伝わってきましたから」
にっこり。受付嬢は、そう微笑んだのだった。
●リプレイ本文
●人魚を捜して
ギルドの片隅で打ち合わせをしている面々。窓側のテーブルを二つ陣取ってカーリエ捜索の為最終打ち合わせをしているのだが。
「べ、べつにお前の為に迎えに来たんじゃないんだからなっ! ‥‥とか言っちゃいそーな依頼人さんっスね」
とはクリシュナ・パラハ(ea1850)の多分に呆れを含んだ発言だ。出逢ってまだ短い時間だが、既に何かを悟ったらしい。
「同感。ぜってえツンデレだ」
呆れたように、巴渓(ea0167)。クリシュナはさらさらとスクロールにペンを走らせている。依頼人より特徴を聞き、探し人である人魚の娘の絵を描いているのだ。
「ふう‥‥困った坊やだこと。女心が分からない男はちょめよ、ちょめ。 女はね、自分を受け止めてくれる包容力が欲しいの。分かる?」
「‥‥わかりません。それに坊やではなく、ルリです」
「あ〜ら、つれない。あたしも若い頃は年上のナイスミドルに憧れた時期があったのよ〜☆ だからその子の気持ちも、わかるわぁ。ルリくん、あなたも好きな子の憧れの人の存在を認めてあげるくらいの包容力を持ちなさいな」
「ギルドの職員の方のせいで、貴方がたまで勘違いをされているようだ。‥‥不愉快です。‥‥そもそもあなた、男性では? それなのに男、が」
長曽我部宗近(ec5186)に諭され、痛いところを突かれてカチンときたのか。歩く毒舌マシーンの切り返し、そのやり取りに皆はとりあえず戦慄した!
「まぁ‥‥なんだ、あまり時間もないしな」
「ええ。あまり長くお話ししてはいられませんよね」
動揺を押し隠してか、冷静に言ったのはレインフォルス・フォルナード(ea7641)、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)だ。ただならぬ空気を案じたのか、桃代龍牙(ec5385)が、依頼人の肩をポンポンと叩く。
「まったく、そのすぐに睨む癖も直したほうがいいと思うぞ! あと面白くないからといって言いすぎる癖を直したほうがいいぞ。なっ」
「‥‥はぁ」
「そうそう、もう少し 相手の言葉に耳を傾ける器量が必要ですよ〜。カーリエさんに頬を打たれた訳を、もうちょっとちゃんと考えないと本気で嫌われちゃいますよ〜」
依頼人が横目で睨んでくるのは、とりあえず気付かないふりをするクリシュナ。
「お〜お前、絵うまいのな」
「任せてください。こういうとき美術の心得って役に立つんですよね!」
「‥‥私は」
「私は、なぁに? 坊や」
これ以上ないほど優しげに微笑んだ、宗近。
「な、なんか今日のギルド、寒くないか」
そう、遠くで別の冒険者達が。宗近の周囲に吹雪‥‥の幻を皆が見た気がした。何かを察したのか依頼人は、気まずげに目を逸らす。
「いえ、別に。‥‥なんでも‥‥」
「こんな感じでどうですか? 教えてもらった特徴をもとに描いてみましたけど」
依頼人は軽く眼を見開き、呟く。
「‥‥カーリエ」
絵はかなり彼女そのものに近かったらしい。腰ほどまで波打つ髪に、同色の茶の瞳。紺色の男物の服。丸顔で大きな目に小さな唇。背はクリシュナよりやや大きいくらいとのことだった。
●捜索
「じゃ、さっき話し合った通りだ。‥‥カーリエがおのぼり気分でフラついてんなら、噴水広場より上部。 冒険者街から城にかけての繁華街や、酒場や食堂なんかの下町界隈になるだろうな。嬢ちゃんを捜すのは、頼んだぜ」
とは巴が。クリシュナが頷く。
「は〜い。女の子だから服とかアクセサリーとかのお店は、足を止めて見てるかも。巴さんとレインフォルスさんに港での恩人さん探しをお任せして、私達はカーリエさんを早く見つけましょう!」
*
港にて。丁度一仕事終えてだべっている漁師達に、聞き込みを開始する。
「十年前に人魚を助けた漁師を捜すお嬢ちゃん?」
「うん、数日前確かに来たぞ? こいつらが食事でも〜とかに誘ってな。であっさり断られて、挙句逃げられてやんの」
その場に男達の爆笑が広がる。顔を真っ赤にするいかつい顔つきの男二人。
巴が声を張り上げる。
「あ〜、ナンパの話はいいんだ。悪いな、ちょっと急いでるもんで。その嬢ちゃんが探していた男の事で」
「お二人さん、あの顔はいいけど、あの感じの悪い兄ちゃんの仲間かい?」
胡散臭そうに問われ。巴は視線を彷徨わせ、頭をかいた。
「あ〜まぁ、なんつ〜か。それはともかく。その人魚を助けた爺さんっていうのは、10年前このメイディアで漁師をしていた筈なんだが‥‥話、聞いたことないか?」
真剣な二人の様子に心動かされたのか。軽く肩をひそめて一人の男が教えてくれた。
「例の男が来たあと、話を聞いてな。それは俺の父ちゃんのことだ、って言った仲間がいる。今あの船から魚降ろしてる背の高い、ほら、あのがたいのいい男いるだろ? 人魚を助けた漁師っていうのはあいつの父親の、昔漁師をしてたケヴィンさんの事だと思うぜ。詳しくは知らねえが」
「そのケヴィンという男性は、まだ健在なのか?」
「息子がしっかり稼いでるから、今は家でのんびりしてるみたいだがな」
「あの漁師と、今話すことはできるだろうか?」
レインフォルスが再び尋ねると、相手は頷いた。
「あいつも丁度仕事も一段落するところだから、大丈夫だろ」
聞き込みは、順調な滑り出しといえた。
*
さて、一方その頃。
宗近は依頼人が少し離れている隙に、皆にはある事を耳打ちしていた。
「あまり昼間から話す内容じゃないんだけど‥‥人魚の肉を食べると不老不死になるっていう迷信があったのよ」
故郷である天界にも同様の八尾比丘尼伝説というものがあったらしい。
――そのせいで、過去人魚は乱獲されたのだという。
「あの坊やの人間嫌いも、きっかけを作ったのは人間なのよね‥‥。あと、以前別の人魚姫ちゃんを助けた時に知ったんだけど‥‥体を水にぬらすと人魚の姿に戻っちゃうの。往来で大騒ぎにならないよう、見つけたら人魚姫ちゃんを水に濡らさないようにしましょうね」
異論は当然ない。巴の提案で、夕刻噴水傍で落ち合う予定だ。その時までにできる限りのことをしなくてはならない。
そして皆改めて知ることになる。天下のメイディアの都、店の数が半端ではないことを。
「ぎゃ〜これは大変っすよ。効率的に回らないと」
「じゃ、私はあっち方面に行くから。人魚姫ちゃんが着れそうなドレスも見繕うから。後でお金ちょうだいね、坊や!」
「‥‥。‥‥了解しました」
「改めて。俺は桃代龍牙、宜しくな!」
がしっと握手してきた相手の勢いにのまれ、挨拶を返す。
「とりあえず娘さんを捜す傍ら、君が苛ついて喧嘩を吹っ掛けた人に会ったら謝ろう。な?」
「はぁ。‥‥??」
さりげなく肩を抱かれつつ。密かにボディチェックをされている。それが気になり返事が上の空だ。ちなみに桃代も(?)そちら側の御方である。あまりにその笑顔が行動が自然で、さしものツンデレ君も振り払うことができないようだった。
●噴水の傍で、そして――
「男物の服を着た娘さん? 来たよ〜。ただお金がないみたいで、何も買ってかなかったけど」
「その娘さんなら、噴水傍で男達にナンパされてるのを見たよ」
「焼きたてのパン、うまそうに食べてきょろきょろしながら歩いてたよ。田舎から出てきた子なのかな?」
出るわ出るわの目撃情報。ただ、同じ店に何度も現れる訳でもないようで。男性陣には若い娘がうろついては危険な一帯も確認してもらったが、目撃証言なども得られず。
繁華街を中心に数時間歩き聞き込みを続け、目撃情報だけが増えるまま。未だ居所はつかめていない。
そして、噴水の傍に集まった。
「みんな、元気出せ! どっかにいるのは間違いないんだから。あと恩人にはさっき会ってきたぞ。ばあさんと二人暮らししてる。カーリエの嬢ちゃんのことも、ちゃんと覚えてた」
朗報に、皆の顔に生彩が戻る。
「‥‥生きて、いましたか」
「そういうこともうカーリエちゃんには言わないほうがいいぞ」
「‥‥解っています」
桃代に諭され、ルリは溜息をつく。
「そういえば、カーリエちゃん、どこに寝泊まりしてるのかしら。所持金も少ないのに」
「そうなんだよなぁ。恩人探しの後、レインフォルスと手分けして片っぱしから宿屋は当ってみたんだが、それらしい嬢ちゃんはどこにも泊まった形跡がなくてな」
「ああ。もう少しで暗くなる。今日も一体どこにいるのか‥‥」
沈黙が下りた。唸った後。代表し巴が口を開く。
「悩んでる前に、行動しよーぜ。嬢ちゃんが心配だしよ」
「‥‥人騒がせな女だ。世話の焼ける‥‥」
「あ〜も〜ッ。違うだろ? いいか、心配なら心配、大事なものは大事だって言えばいいんだ。好きなら素直になれ。大切な事は口にしなきゃ相手に伝わらねえぞ」
「‥‥」
「あと。お前は人間嫌いかも知れねえが、全部ひとくくりにすんな。少なくとも、俺らは嬢ちゃんを見つけてやりたいと思ってるし、お前の力になりたいと思ってるんだ。ツンデレが行き過ぎて可愛くね〜とも思ってるがな」
面と向かって言い放たれて。依頼人は沈黙した。じっと彼女を見ている。
拍手したのは宗近だ。明るい声がその場にあがる。
「いいこと言ったわ、お嬢ちゃん。私も異論はないわよ〜」
「そうですね、カーリエさんが心配ですから。いきましょう」
「早めに見つけたほうがいい。俺も異論はない」
「じゃ、こうしちゃいられないな。ほら、ルリ君もぼんやりしてないで、行くぞ」
「ですね。もう少し陽が落ちるまで時間がある。探しましょう。カーリエさんて可愛いみたいだし、変な男にまた絡まれてたりしたら大変っすからね!」
歩き出した冒険者達に礼の言葉こそなかったが。彼が無言で頭を下げたのに、何人かは気付いたのだった――。
*
「カーリエさん、この店気に入ってたみたいなんですよねぇ」
「あら、可愛いドレスがあるじゃない。お値段おいくら程? あら、案外安い」
柔らかな素材の淡いレモンイエローのドレス。薄い布地を何枚も重ねた、可愛い衣装だった。
「おや、魔法使いのお姉さん、また来たのかい」
「何度もすみません、やっぱり例の女性は来てませんか」
「来てないねえ。そういえばドレス買うのに、お金稼いでくるとか言ってたんだよね〜。仕事でもしてるのかな?」
「し、仕事?」
のほほんと人の良さそうな店主が言う傍で、考え込むクリシュナ。
「あのっ、すみません。そのドレス購入されますか?」
脇から聞こえた甘く高い声。購入を考えていたのか、宗近が頷く。
「えぇ、丁度人に買ってあげようかと思ってたところでッ!?」
「どうしたんすか、宗近さんんんんッ!?」
思わず抱き合う二人に。娘は、慌てて手を振った。
「あの、あ、だったらいいんです。違うものを見てみますから」
「おや、お嬢ちゃん。丁度良かった。この人達がね。君を探してたみたいだよ」
「あなた、カーリエちゃん‥‥!?」
「ですよね?」
「はい?」
スクロールの似顔絵と同じ。大きな瞳。小さな唇。茶色の波打つ髪。生来好奇心旺盛に輝く目なのだろう。その一対は今、不思議そうに二人に向けられていた。
●再会
「初めまして、皆さん。カーリエです。御手数おかけしてしまって、ごめんなさい。ルリ君と一緒に私を捜してくださったんですね」
依頼人の従姉妹とは思えないほど。周囲をぱっと明るくするような、可愛い女性だった。皆宿に移動し、彼女から様々な事を聞いた。数日、短い期間という約束で住み込みでパン屋に勤めていたらしいことも。
「‥‥さっさと、その恩人とやらに逢って帰るぞ」
「‥‥ふぅん」
「なんだ」
「どもね。ドレス代も、ルリ君のお金なんでしょう? 宗近さんに聞いたよ。私このドレス本当に欲しかったの。裏方の仕事してお金貯めようとしたくらい。だから、ありがとっ」
「‥‥現金な奴だな。私の事を、怒ってたのではなかったのか」
「確かに、本当は連れ戻しに来たらもういっかい叩いちゃおっかって思ったんだけど。それくらい腹が立ってたんだけど。ふふ。もういっかな」
「‥‥なんだ、それは」
「内緒」
「もう今夜は遅いから、明日その恩人の方のお宅には伺おう」
「はい!」
そしてカーリエは人間に囲まれてごく自然な様子でいる従兄弟を、嬉しそうに見つめたのだった。
●あの日の夢の続き
そしてその日の午前中。宿の一室にて宗近が昨日購入したレモンイエローのドレスを彼女に着せ、髪を整え化粧を施す。天界の化粧品パールルージュで唇に色を乗せる。波打つ髪をハーフアップで、緩くまとめて。
「素材がいいと楽できていいわぁ」
そうはいいつつ、手は抜かない。
「さ、完成。鏡を見てみて」
おずおずとカーリエがその鏡に映った自分を見る。そして笑顔が広がった。
「ありがとう‥‥! 宗近さん」
「どういたしまして〜☆」
皆の惜しみない賛辞。依頼人もまんざらでもなさそうだったのを書き添えておく。
巴とレインフォルスの後について、彼らは恩人の家へと向かった。花が咲き乱れる小さな庭がある一軒家。にこやかにカーリエを出迎えてくれた女性は、中へと誘う。
「ちょっと忘れっぽくなってるけど、昔のことは驚くほど覚えているんですよ」
庭の片隅の椅子に座りこむ一人の老人。杖を手に、妻に耳打ちされ。そして現れた一人の娘に目を向ける。
「私を、覚えていらっしゃいますか?」
初めて逢った時より、老人のその皺は増えているだろう。それを見てカーリエは何を思っているのか。だが、そこにあるのは絶対に失望ではない筈だ。
老人は、顔を綻ばせた。
「‥‥あの時の、人魚のお嬢さん?」
カーリエは目を潤ませる。
「‥‥はい!」
駆け寄ったカーリエを、大きな手が包み込む。
「すっかり綺麗な娘さんになりましたな。‥‥ちゃんとあなたが家に帰れたか、気になっておりましたよ」
カーリエは涙を滲ませる。
「あの時の私は、まだ人間が怖くて。あの‥‥全部は信じ切れなくて、だからお礼もちゃんと言えないままで。逃げるみたいに海に戻ってしまったから。御免なさい、ただ優しい気持ち一つで私を助けようとしてくれた、それだけだったのに―――」
「お嬢さん、名前は?」
「‥‥カーリエ、です」
「今も、人は怖いかね?」
娘は顔を左右に振る。
「カーリエさん。わしは、‥‥。人は人魚に嫌われても仕方ないと思っていた。でも嫌わないでほしいとも、ずっと思っていたよ。だから‥‥」
「‥‥私からも、礼を」
「あなたは?」
「私はルリと申します。従姉妹のカーリエがその節は大変お世話になりました。‥‥私の大切な娘です。命を救って頂いたこと、感謝いたします」
「ルリく!?」
「頭を下げろ」
そう言って無理無理頭を下げさせる。痛いっという悲鳴は黙殺して。
冒険者達は、見た。ルリのその耳が、僅かに赤くなっていることを。
「お〜言ったな!」
みな口々に囃し立てる。その場に拍手が沸き起り、そして。温かな笑い声が、その庭に広がっていったのだ―――。