彼方から降り来たる貴方に どうか幸運を
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■ショートシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月23日〜09月28日
リプレイ公開日:2008年09月30日
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●オープニング
●異界の海岸
事件があったその日。最近煙草を吸っても酒を飲んでも、以前程気持ちは晴れない事に気付いた。そう、その日もいつものように生徒たちと他愛もない話をして、教壇で声を張り上げて。生徒指導を任されて、煙たがられる事が増えた現状にうんざりし。白い壁、同じ形の教室、放課後残業をしていた自分がふとその学び舎に目をやれば。それらがのっぺりとした空間のように、奇妙に歪んで見えた事に困惑した。
(家と学校の往復だから、俺‥‥相当、疲れてるんだろうか)
必死で生徒達の為に身を粉にして働いているつもりだったのに、空回りしている。30代に入り重要な仕事も増え新人の教師の面倒も任されている。上からの期待と下から頼られ板挟みになりながらも、時として生徒達からの憎まれ役もかって出た。
同様の独身の友人を誘って酒を飲みに、とも思ったが。酒に強い自分ならいざ知らず、翌日が休みでもないのに友人は乗っては来ないだろうと、その考えは却下し。
ふとした気まぐれだったのかもしれない。家に帰るのではなく、気付けば学生時代よく行った海岸に向かっていた。350mlのビール缶を一つだけ購入し。飲酒運転にならないよう、酔いが覚めてから家に帰ればいい‥‥バカみたいな言い訳をしながら海岸に訪れ。缶の蓋をあけチビチビと飲み。なんとなく帰りがたくて、子供のころのように砂浜に寝転んで夜空を見上げた。期待した星空はなく、真っ暗な空がただ広がっていた。そうして波の音に耳を傾けているうちに、やがて引きずり込まれるように眠りに落ちた。
そして――。
強烈な日差しに焼かれる頬に、その痛みにようやく目が覚めた。直後、ざぁっと血の気が引いた。完全に遅刻だ。教職に就いてから未だかつて遅刻などしたことはなく、動揺も当然だった。昼間まで浜辺で何をしているのだ、自分はと一瞬呆然とするが。
「まずいッ」
慌てて立ち上がりスーツについた砂を落とし。テトラポットの傍にある階段を上り、すぐ近くに置いた自分の車へ向かおうとして。男は手にしていたビール缶を落とした。濃い海の匂い。穏やかな潮騒。けれど。テトラポットが消え、車がなくなっている。
「そんなバカな」
男は困惑して目を擦る。ふと海に目をやると、地元の東北の海よりもっと鮮やかな蒼色の海が広がっていた。夏の花火の残骸と思われる、至る所に落ちていたゴミもない。綺麗な白浜が遠くまで続いている。
バシンッ。
自分の頬を容赦なく打った。しかし同様の景色が広がるばかり。手が勝手に震えだす。
何か、胸騒ぎがした。男は駆け出し、そして見つからない車を諦めその先に広がる見慣れぬ街へと足を踏み出した。
(なんだ? なんだ。なんだここは!?)
ここは―――何処だ。
「すまない、この街は‥‥ここは」
「は?兄さん、昼間から酔っ払ってんの? ここはメイディア。アトランティスのメイ、そこで一番大きな都さ!」
その恰幅の良い婦人、その容貌は明らかに日本人ではない。一瞬言葉が通じないのかと思ったが、大丈夫だった。しかし教えられた内容にただ呆然としている男の前から、怪訝顔のその女性は去っていく。
男はメイディアなんて都の名は聞いたことがなかった。
ましてや、アトランティスなど。
―――SF?
「‥‥ありえないな」
青褪めた顔つきのスーツ姿の男を見て戸惑い顔を向けてくる住民達。その視線を避けるようにして街を彷徨い、やがて教会風の建物の傍に腰を下ろした。
もう一度眠り目を覚ましたら、あの元の海辺に戻ってるのではないか。そして自分は愛車に乗って学校へ向かうのだ。しかし道端で無理やり眠っても目覚めると、先程と同じ教会の傍らの路地だった。
そして彼は自分を覗き込んでくる薄汚れた恰好の、子供達と目を合わすことになる――。
●彼方から現れた貴方
「ねえ、天界ってどこにあるのか、知ってる?」
リーダー格なのだろうか。12歳程のその少女は尋ねてくる。
子供の問いとは、答えに窮する場合が多々ある。幸いにして今のギルドは左程の混み様ではない。ギルドの受付嬢は、現れた小さな子供達の相手をしていた。
「そうね。どこにあるか‥‥難しいわね。精霊界のさらに上にあるとかは聞くけれど、私も見た事はないし、行ったこともないから」
天界から特殊な技能や知識をもった天界人が現れることは多々あっても、彼らが元の世界へ帰る方法は現在見つかってはいない。そのため、受付嬢の発言が多少あやふやなものになるのも、無理からぬことと言えた。
「やっぱり、向こうからはこれるけど、帰ることはできないってことなの?」
少女は重ねて問うてきた。
「ええ。どうしてそんなことを聞くの?」
「僕達の知り合いで、天界から来た男の人がいるんだ。一か月前、教会の傍で会って。今は教会で下働きみたいなことをしてるんだけど」
教師をしていたという、30歳程の男性。桜庭 幸人と名乗っているらしい。黙っていると一見強面の、けれど話すと怖くはない人物なのだそうだ。現在その教会に身を寄せているのだそうだ。
「いい人なの。あたし達がお腹を空かせて教会に行くでしょ? ご飯を食べた後、遊び相手をしてくれるのよ」
「でも、空を見上げて溜息をついているんだ。海にも時間があると行ってるみたい」
「だから、ユキトは天界に帰りたいんじゃないかって」
「ココロノコリがあるんだってさ」
「冒険者さん達、なんとかユキトを天界に返す方法を、知ってる人はいないかな?」
「ユキトはお家があるのに、帰れないのは可哀そうだよ」
「お願いする為に。これ、皆で貯めたんだ。‥‥足りないかな」
テーブルの上に広げられた布。袋を逆さに振ると、その上にコイン、綺麗な石が。別の袋からは飴が散らばる。真摯な顔つきで見上げてくる子供達の視線を受けて、受付嬢の胸が痛んだ。
「ごめんね。天界への道は見付かってはいないの。先程言ったとおりこちら側に来ることはできても、その逆はないのよ。帰る方法は誰も知らないと思うわ‥‥。とても残念だけど」
皆しょんぼりと肩を落とした。子供達本当に、その男性に懐いているのだろう。
「じゃあ、お願い。手伝ってくれる人を募集したいの」
決意したように、リーダー格の少女がはっきりと頼んできた。
「手伝う?」
「うん! やっぱりお金はないからお金をなるべくかけないで、そう、歓迎パーティ? みたいなことをやりたいなぁって」
「無理だった時はそうしようって、皆で考えてきたの。どうにかして‥‥ユキトを元気付けてあげたいの。ずっとメイにいることになるなら、ここがいいところだって少しでも思えるように。少しでも元気になるように」
「でも僕達どんなことをしたら、ユキトが喜ぶかわかんないんだ」
子供達は所持金が少ない。10歳以上の子達は靴磨きや掃除の仕事などをして、そのパーティに必要な費用を貯めているのだという。冒険者達が集まるまで、その仕事を続行するつもりだということを、代表して少女が告げた。
「あと、もし依頼を引き受けてくれた人の中に、同じように天界から来た人がいるなら――」
子供達の願い。異世界から現れた人を遠巻きに見るのではなく、案じている。自分達に優しく接してくれる、彼方から現れたその天界人のこの先の人生に、幸運があるようにと切実に思っているのだろう。受付嬢は、頷いた。子供達を見る目はとても優しい。
「―――依頼、確かに承りました」
●リプレイ本文
●教会にて
天界人、桜庭 幸人を励ますべく子供達が計画したパーティ。参加者は五名だったが、内一人はどうやら間に合わなかったようで、集まったのは四名だった。
「(一人少ないとはいえ。ッしゃ〜! 今回もハーレム状態、男は俺ひとりィ!! っく〜演歌ちゃんの控えめな胸も! 忍者ちゃんのつるぺたぼでーも! 焔さんの鼻血ブーもんのヘソ出しコスもっ!! ぜーんぶ俺が独り占め! いえふゥ、異世界ばんざーい!)」
ぐっと拳を握り何やらご満悦な様子の村雨紫狼(ec5159)は今日も絶好調だ。皆で和気あいあいと話をしつつ教えられた教会へと向かい、到着後裏口に回った。
「教会かー‥‥美人で巨乳のシスターとか居ねェかな〜」
「あーっ今の呟きは聞こえましたよ?」
とは水無月茜(ec4666)が。可愛く膨れて美芳野ひなた(ea1856)が軽くにらむ。
「そうですよ〜こんな可愛い女の子達に囲まれてそんなこと考えるなんて。まったくもう」
「いやいや勿論忍者ちゃんも演歌ちゃんも焔さんも可愛いし大好きだぜ! でも素敵な女の子は多ければ多い程嬉しいっていうか」
「御免下さい」
苦笑しつつも。土御門焔(ec4427)が礼儀正しく声をかけ、扉の呼び鈴を鳴らす。
「は〜い、お待ちくださいね」
中に招き入れられた四人は驚く事になる。
シスターなのに厚化粧のがっしりとした体つきのシスター達がドドドン! といた。
「アグネス」
「ラファエラ」
「ローズマリー」
「でございます」
同じ顔の三人がにっこり。顎がうっすら青いのは見ないふりをすべきか。
「小さい教会ですから、私共とあと神父様だけなんですの」
「幸人ちゃんを励ます会、なんとしても成功させてくださいね!」
「いい子なのに、故郷に帰れないなんて可哀そうで‥‥。あら、そちらのお兄さん、どうしたの。調子悪いのかしら? こっちいらっしゃい。治療をしてあげるわ」
「いやいやいや俺は元気なんで!」
慌てる紫狼に、真意が読み取れない完璧な可愛い笑顔で、ひなたが。
「良かったですね。紫狼さん。素敵なシスターさん達で☆」
「本当に♪ ひょっとして歌とかもお得意ですか? 皆さん。例のパーティで歌を歌ったりするのはどうだろうと思っているんですけど」
とは茜が。さして動じた様子もなく話に耳を傾けている焔。
「あら素敵ねぇ、二人ともぜひ協力させて頂きましょうね。ちなみに、神父様は鍵盤楽器が演奏できるわよ♪」
「すごい! じゃあ伴奏をやって頂けますね」
「では、また後程。こちらの建物は自由にご利用頂いて構いませんので」
「子供達もじきに来ると思います」
「それではまた後程」
礼拝堂へと向かうオカマ‥‥ではなくシスター達。
「なんだか楽しくなってきました! 頑張りましょう☆」
「紫狼さんも元気出して!」
「‥‥」
●その日の為に
「ありがとう、手伝ってくれて」
とは少女、リサが。子供達のリーダーだ。集まった子供達は総勢10人程。
リサを含め三人を除き、八歳未満の子ばかりだ。桜庭は普段は昼間も子供達の相手をしたりするのだそうだが、子供達は一週間程やる事があるから教会にはこないと伝えている。訝しげな様子ではあったが、子供達を問い質す事はしなかったらしい。
桜庭は朝晩と教会の清掃の仕事をしているとの事。
つまり準備をするなら彼が不在の昼間、ということだ。
「私も桜庭さんと同じ、天界人です。こちらの紫狼お兄さんもそうなんですよ」
二人は一斉に子供達の質問攻めにあった。やがて落ち着いたころ話を進める。
即ち、桜庭を励ます為に元気が出る地球の歌を贈ろう――という提案を。
「でも僕達‥‥歌なんて、歌えるかなぁ」
「お前絶対音痴だし〜。凄いだみ声だもんな〜」
「なんだとう! このっ」
「この〜〜っ」
「ちょっとあんた達、やめなさい!」
怒るリサを宥め。演歌歌手の茜は喧嘩を始める子供達をうまく仲裁した。
「別に下手でもいいんですよ、誰だって最初は下手です! 『唄は心』‥‥新人演歌歌手のオーディションで、大御所さんに言われたセリフなんです」
「エンカ??」
「オオゴショ?」
子供は問いを無視せず、ちゃんと答えてから。
「例え下手でも一生懸命、心を込めて歌えば必ず感動を与えることが出来ます。ね、やってみましょう?」
子供達が頷いたのを見て、茜は微笑んだ。
「決定ですね!」
桜庭の年齢が30代なので、日本の90年代に流行ったポップス。分かりやすくて、聞いていて元気が出るような曲―――。
この曲はどうでしょう? と。彼女は歌い始めた。
それは不朽の名作、応援歌の決定版ともいえる曲だった。
「おっ、懐かしいな。負けないで、か。結構俺も聞いてたぜ」
「でしょう♪ これなら歌いやすいし、最後まで自分の夢を諦めないで、負けないで頑張ろうよっていう前向きな内容の歌詞なんですよ」
再びサビを歌い始める茜の姿に、子供達の歓声がわあっと上がる。
「お姉ちゃん、お歌上手!!」
「バカ、俺達も歌うんだよ」
「ひなたは知らない曲ですけど、いい曲ですね。なんだか力が出てくる感じがします〜♪ ひなたも早く覚えて一緒に歌います☆」
「私はあまり歌は得意ではないですけど、本番ではライトを使って皆さんを照らしたり、そんな演出をしようと思います」
「ありがとうございます! 二人共。皆で心をこめて歌えば、きっと桜庭さんも元気になってくれますよ! 頑張りましょうね」
子供達の明るい返事が、部屋に響いた。
*
子供達の所持金は、予想通り左程多いものではなかった。
「市場で魚のアラや、野菜のくずを安値で購入してきましょう。それほど高い食材ではなくても、心のこもった節約料理こそ、小町流料理の真髄なんですから♪」
「俺達も食べれるの?」
「勿論ですよ☆ 沢山作りますから期待しててくださいね。パーティは今日から四日後だから‥‥市場に言って前日にに安く仕入れられるよう、そういった食材をよけて残してくださいってお願いしておきましょうか」
「忍者ちゃん、魚なら一応俺に任せておいてくれ。ちょっくら海に行って釣りにチャレンジしてくるから」
「わ☆ 心強いです、紫狼さん。じゃ魚は購入しなくてもいいかもですね?」
「う〜ん、ま、大丈夫だとは思うけどな‥‥(たぶん)!」
「ふふふ、了解で〜す。でも大丈夫、紫狼さんならきっと釣れますよ!」
「では、私達は飾り付けのほうをやりましょう。教会内を飾るお花が沢山必要ですね。今から摘んでは萎れてしまうから、花がある場所を捜して前日に摘んでくるようにしましょう」
「は〜い!」
歌の練習、料理の食材集め、飾り付け。何度も何度も子供達は歌を練習し、また神父もオルガンでの伴奏を快く引き受けてくれた。メロディも比較的分かりやすいものである為、桜庭が掃除を済ませ借家に戻った後密かに教会で何度も練習を重ね、子供達も伴奏に合わせ歌を歌う事が出来るまでになった。
唄は心――。
決して素晴らしくうまい訳ではないが、それを補って余りある程子供達は一生懸命頑張っていた。
●貴方への贈り物
少女リサと共に。紫狼は、桜庭の家へ向かった。扉越しに声をかけると、ぶっきらぼうな声で返答があり。不精ひげを生やした黒髪の長身の男が、訝しげな顔つきで出てきた。
「こんばんは〜。桜庭さん。ちょっといいかい?♪」
問答無用で扉を閉められそうになった紫狼は靴を扉の間に突っ込む。至近距離で睨まれ扉を全力で閉めてくる、それに抗する紫狼。
「何であろうと間に合ってる‥‥!」
「いや、話を聞いてくれって! ぃててててっ。ほらっ、リサちゃん」
「ユキト、教会に来てくれない?」
「? 一体どうしたんだ。掃除の仕事はちゃんとやってきたぞ」
そうじゃないよ、と告げるリサに。扉を引く力を緩め。傍らの見慣れぬ男――紫狼をしげしげと見つめて。あっと声をあげた。
「あんた、港で魚釣りをしてた。俺を可哀そうなモノを見る目で見てた男!!」
「うおっ。気づいてたか! 悪いなあ、スーツ姿でぼーっとしてる男なんて、目立ってしょうがないから一発で判っちまってさ。あんたを見てるとなんか涙が滲んできてな‥‥、や、すまん。大変だったなぁ‥‥気持ち、物凄いよく分かるぜ」
「‥‥何?」
「話は後。いいから、来て!」
桜庭の手をグイと掴んで、教会を目指し走り出す――。
教会の中は真っ暗だった。そこに唐突に灯りがともる。
総勢20人弱が笑顔と拍手で桜庭を迎え入れた。驚き眼を瞬かせる男に、神父が笑顔を向け。オルガンの演奏が始まった。
教会の奥、焔の使用魔法、ライトで明るさを増したその場所で皆は大きな声で歌う。普段歌を歌いなれていない、見知らぬ地、異国の歌を子供達が一生懸命、顔を真赤にさせながらも歌っている。
「ユキト、ようこそアトランティスへ!」
伴奏は続いている。皆の中に加わったリサが、大声で。
「ユキトが天界に帰りたい事は知ってる! でも、誰も、帰る方法は知らないの。帰る方法を教えてあげられないから、せめて元気になって欲しくて、パーティを計画したの」
「そうそう〜!」
「だから楽しんでね!」
「では。いち、に、さん、はいっ」
再び最初から名曲の大合唱になる。
その姿を手近な椅子に座り、最後の一音までじっと微動だにせず聞いていた。
終わった後。桜庭は大きな手で顔を隠した。
「‥‥ありがとう。とても、上手だ」
その声が震えていた事に、子供達はきっと気付いただろう。
「ユキト! 嬉しい?」
「ああ、とても‥‥」
子供達の歓声が上がる。傍に駆け寄り、ひなたが中心になって用意した野菜と魚料理が美味しそうな匂いを漂わせテーブルの上に並んでいる。焔が子供達と共に沢山集めてきた花も、椅子にテーブルに、テーブルの中央にとふんだんに飾り付けられている。紫狼がなかなか釣れなくて苦労した魚と、奮闘する彼に港のおじさん達がくれた何匹もの魚が様々な料理に姿を変えた。子供達が手分けしてランタンに灯りをつけていく。机や重いものを運ぶのは小さな子供達に代わり、先程力自慢のシスター達がしてくれたのを書き添えておく。
「紫狼さんが頑張ってくれたお陰でお魚代が浮いた分、野菜とかを沢山購入できましたから、これで皆お腹いっぱい食べれますね☆」
彼が全て釣ったわけではなく、漁師のおじさんと仲良くなった彼が貰ってきた魚も沢山あるというのは余談である。
「美味しそう!」
「ねっ、最初にユキトが食べて!」
差し出された料理に、桜庭は手を伸ばす。口にばくりと含み、飲み下す。
「うまい、です‥‥」
「口に合いますか、良かった。沢山食べてくださいね。皆も☆」
「はぁ〜い!」
神父はひとしきり演奏を続けてくれた。三つ子のシスターは滲んだ涙を布で押さえながら、笑顔で神父の元へと食事を運ぶ。
「幸人ちゃん、嬉しそう」
「良かったわねえ。ずっと沈んでいるから心配していたけど」
「あとは、あの皆さんとお話をしてこれからの事を前向きに考えてくれれば‥‥さ、神父様、ひなたちゃんが作ってくれた格別の野菜スープですよ。頂きましょう」
「はい」
神父は微笑んで受け取った。
●この国で生きていく
子供達が楽しげに騒ぐ傍らで。幸人と同じテーブルについた四人。
「改めて。演歌歌手を目指してる水無月 茜です」
「子供達に歌を教えてくれたのは、あなたか。ありがとう」
「私は、忍者の美芳野 ひなたです」
「料理人かと思ったよ。とっても美味かったから。あいつらも喜んでる」
「私は陰陽師の土御門 焔と申します」
「‥‥陰陽師。お目にかかるのは初めてだ。小説とかは読んでたんだが」
「?」
きょとんとした焔を見て。桜庭が苦笑した。
「いや‥‥。あなたにも色々世話になったようだ。子供らに、菓子もありがとう」
いえ、と微笑む焔から。傍らの紫狼へと視線を転じて。
「そしてあんたは、俺と同じ天界人か」
「ああ。村雨 紫狼っていう。気付いてると思うが、その演歌ちゃんも天界人だぜ」
「では聞くが。本当に、あちらへ帰る方法はないんだな」
子供達に聞かせない為か。声を低めて彼は聞いてくる。至極真面目に紫狼は応じる。
「ない。残念だが誰も知らねえと思う」
「そうか‥‥」
目を閉じ、長い溜息をついた。頭を抱え黙り込んだ相手に、紫狼が話しかける。
「‥‥これは、同郷の人間としてのアドバイスなんだが。俺もこっちに連れて来られて二ヶ月経ったんだ。 色々文句もあるがさ、今はゴーレムっていうロボのパイロット候補になったんだぜ」
「ゴーレム‥‥?」
「ああ、石の巨人の事」
「俺は、夢の世界に紛れ込んだのか‥‥?」
「いいえ。ひなたさんの料理を食べた事も、皆で歌った歌を貴方が聞いた事も、私や紫狼さん、幸人さんがここにいる事も――全て現実です」
青と紫、焔の異なる色彩の二つの瞳が幸人を見つめ。そう諭した。
「‥‥俺が帰れない事も、現実か」
「それでも、あなたを案じて励まそうとしてくれている人達がいる。それは素晴らしい事だとは思いませんか。失うばかりではなく、得るものもあるのだと――この地で果たすべき事があるのだと――。そう、考えてみませんか」
「‥‥」
「果たすべき事――俺達はどうもこの世界を平和にする為に呼び込まれたみたいなんだ。だから俺はエースになって平和にする。あんたもさ、先生だったんだろ? だったら、ガキどもの先生やってみたらどうだ?」
「同感です。教会の方に許可を得て塾て。この子たちも文字の読み書きを覚えられたら、きっと将来の役に立ちますよ」
「そう、子供達はアトランティスの未来を担うんだ。だから子供を育てるのは、立派な仕事だと思うぜ」
黙りこんだ後、桜庭は頷いた。
「ずっとこのままじゃいけないとは思ってた――。あんた達のアドバイス通りにしてみるよ」
「辛い事があっても、自分は一人じゃないんだって思えるのは、幸せな事ですよ」
ひなたの励ましに、子供達を見ていた桜庭はそうだな、と小さく呟いた。
焔は何かと覚えると便利だろうアプト語を教えることを提案したが、一朝一夕で覚えられるものではないので、それはシスター達に教わり少しずつ覚えていくとの事だ。
「本当は、‥‥茜さんには帰って欲しくないなァ」
「? ひなたさん、今何か」
「ううん! な〜んでも!」
友人に慌てて笑いかけたひなた。言ってはいけないことだと、自重したようだ。
そうして一つの依頼は成功した。心温まる催しは夜遅くまで続き、冒険者達もそのパーティーを存分に楽しんだのだった。