さかさまの遊びは、禁断の遊び

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 15 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月28日〜10月03日

リプレイ公開日:2008年10月01日

●オープニング

●それは、禁断の遊び
 枝葉の隙間から漏れてくるその日差しの中を、子供達は駆けていく。手伝いを終えた子供達。鬼ごっこ、かくれんぼ、大人になる前の貴重な、至福の時間。有限なのに無限とも思えるような楽しい時。
 そして大人達も例外ではなく。皆は信じ込んでいた。ずっとこんな慎ましく幸福な生活が続いていくのだと。
 そんな平和な村に、小さな異変が起きたのは、いつの頃だろうかと。ある場所を目指す村長は、静かに熟考する。
 家の手伝いを皆が嫌がるようになったのは。
 親や大人に反抗する子供が増え、相談を持ちかけてくる者が増えたのは。
 金はないが自然の恵みを受け平和に皆が暮らしていた村で、子供達の明るい笑い声が消え、その代わりに皆がどんよりとした目で、隅のほうでくすくすと気味の悪い笑い声を立てるようになった。
 しまいには、もっと恐ろしい事が起きるようになった。
 平気で生き物を傷つける子供が出て来てしまったのである。ある者は大切にしていた筈の兎を。乳を出してくれる牛を。可愛がっていた犬を。大切な両親を傷つけた――。
「(守らなければ、私と彼らの村が――)
 子供達の間に疫病のように広がる悪意に、大人達は怯えた。村を巣食いつつあるモノの気配を敏感に察知し。村長は胸を押えた。心臓がわしづかみにされたようにただ苦しかった。
 村長は川原に向かった。子供達が変貌した原因。老いた頭で考え、そして一つの結論に達した。彼らがある遊びを始めてから、この村を蝕む奇妙な現象が始まったのではなかったか、と。

『村長、さかさまの遊びって知ってる?』
 見上げてくる少女。きらきらと目を輝かせながら問われた内容。
『さかさまのあそび? ミーシャ、それはなんだい?』
 当初はただの、他愛のない子供達の遊びかと思った。
『ある特別な男の子達がね、教えてくれたの。ほしいものはほしくない、きらいなものはすき、かなしいことがあっても私はしあわせ――思ったことと逆のことを口にし続ければ、願が叶うんだって』
 ―――だが、違った。
『それは変な遊びだね。だってミーシャがお母さんやお父さんが好きだと思っても、嫌いだと口にしなくてはいけなくなってしまうよ?』
『同じ事を言った子がいたわ。でも村長、あの男の子は笑って、遊びだから言い続けてごらんって。僕は特別な魔法が使えるんだからっていうの』
『村の子ではないね? ちょっと変なことを言う子だね、あまり関わるのはやめなさい』
『面白い子よ、片方の子は布を被ってて、ただ笑ってるだけで、無口なの。でももう片方の子はなんでも知ってて――』
 最初はそう、他愛無いことだったのだ。奇妙な事を言う子が増えて、そう、自分の気持ちとは反対の――逆さまの言葉を言う子が増えて。それが次第に陰湿になっていった。

『手伝いなんかいや』
『ご飯おいしくない』
『こんな村いたくない』
 一言ひとことがどれ程相手を傷つけるか知らずに、悲しそうな両親らの様子を見て残酷な笑い方をする。子供達は苛々し、なぜだか常に不愉快そうで。相手が悲しそうな顔をすると、ひとたび気が鎮まるかのようにそんなことを繰り返した。
 そう、きっかけは些細なこと――。けれど今、平和そのものだった村の様子は一変してしまった。少しずつ肌寒くなっていく季節。冬に向けて心まで凍えていきそうだ。このままではあの村は本当におかしくなってしまう―――村長は誇張ではなく、本気でそう案じていた。恐らくその危惧は杞憂などでは済まない事も。

「出てこい! 子供達に変なことを教えて、貴様らはいったい何だ、魔物か?! 一体何を企む」
 川原に訪れた村長は、堪らず叫んだ。
 いつか倒れた木が一本横たわっていて。誰の気配もない。その周辺に『少年』らはいたのだというが、少し前の事だ。もしかしたらもう立ち去ったのかもしれない――。
 それでも言わずにはおれなかった。
「貴様らのせいで、村が―――」
 途中からは駆けてきたのだ。老いた身には堪えた。膝に手をつき、村長は叫び続けるが。呼吸を整えるため言葉を切った。眼尻に涙が浮かぶ。
「村が―――‥‥このままでは」
「子供のいう事を信じて僕達に会いに来たの、御爺さん」
 木の傍に、忽然と少年が姿を現した。瞬きするほどの、一瞬の間に。
 川の傍の林の陰から現れた、見慣れない黒髪に黒い瞳の少年。身綺麗な格好をしている。絶句した村長を見つめ返した。
「驚かないでよ。呼ばれたと思ったから出てきてあげたのに」
「子供達におかしなことを吹き込んだのは、‥‥貴様か」
「教えてあげたのは、遊びだよ」
「‥‥遊びだと」
「うん。さかさまの遊びさ」
「さかさまの‥‥?」
「人間てさ、大人になると心に思ってもないことを平気で言うようになるじゃない。反対のことを言うって結構怖いことなんだよ。言葉は力が宿る。取り消しはきかない」
「貴様―――」
「子供って愚かで純粋だよね。だから平気で言えるんだ。酷い事も言えるし、時には嘘だって平気でつける。あっさり信じたよ。言い続けると最後に願い事が叶うって言ったら」
「お前は、何だ?」
「さぁ。でも、僕達は人が不愉快な気持ちになるのが大好きなんだ。でも今回は趣向を変えたんだ。不愉快な感情も、悪意も、負の言霊も、子供達が出所ならどんな素敵な闇を生むんだろうって。そして、どんな形であの村を壊すんだろうってね」
 子供達の心に火種を忍ばせるのは、実に容易かったよ――。
 少年はそう言ってくすくすと笑う。
 黒髪の少年の傍らに近づいてきたみすぼらしい風体の子供の額にある角を見て、村長は唇を戦慄かせる。
「この子は僕の仲間みたいなもの。彼も、僕以上に人を不快な気持にさせるのが大好きなのさ」
(鬼――!?)
 凍てついた目でこちらを見てきて。もう一人の少年も唇を釣り上げる。
 親しげに肩を組み、相手は異様なまでに無邪気な様子さを滲ませ笑っている。
「(助けなければ、村を守らなくては――)」
「助けを求める? でもその救援がくるまで、あなたの村の人達は正気を保てるかな? 僕達が今度は大人に悪意の埋め込めば、今度こそ終わりだよ―――」
 喉が乾ききっている。しわがれた声を辛うじて絞り出す。
「なぜわが村を狙った‥‥?」
「別に、理由なんてないよ。しいていうなら、あまりに平和そうだったから、ちょっとひっかきまわしてやりたかった――それだけ、かな」
 顔を歪め悲愴に問うてきた老人の姿が可笑しかったのか。子供を装う異形の者は爆笑し――またも唐突に姿を消した。残された鬼は、その場に膝をついた老人を冷やかに見て、林の奥へと姿を消した。
「(けれど、どうやって救える?)」
 魔法はおろか、武器を手にして戦う力を持つ者などあの村には皆無といってもいい。その時村長の頭に、メイディアにあるという様々な強き者が集うというある施設の事が思い出された。
「確か、冒険者ギルド――‥‥」
 どのような依頼であっても引き受けてくれると聞いたが、本当だろうか。ならば――震える足を叱咤して立ち上がる。そして可能な限り早く村へと戻り始めた。老いても村長である。初めて遭遇したと言ってもいい、異常な事態に直面して思うのは、村長はいかなる時も村と大切な村人達を守るために最善を尽くすということ――心の底から湧きあがってきた恐怖をねじ伏せ、彼を動かしているのは一つのその信念だった。 

●今回の参加者

 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●さかさまの少年の物語
 荒んだ空気の漂う村に、竪琴を持つ一人の吟遊詩人が訪れた。出迎えてくれた疲労の色が濃い村長を力づける言葉をかけ、何事か言葉を交わし彼はある場所へと向かう。村の中央の、催事などで使われる広場へと。
 勿論それは不運にも偶然この村に訪れた吟遊詩人ではない。ファイターのルイス・マリスカル(ea3063)が扮した姿である。
 広場の中央、隆起した場所に腰を下ろし、竪琴で曲を奏で始めた。ギラギラと強い敵意をむき出しにした様子の子供達が、近づいてきた。
「なんだぁこいつ!」
「変な格好! 誰も聞いてねえのに演奏してやがるぞ、バカじゃねえの!?」
「騒音よ。目障りだわ。出て行ってくれない?」
「死んじゃえ!!」
「余所者はこうしてやる!」
 残酷な笑顔で鶏の卵をぶつけてくる少年。ルイスはすっと身軽にそれを避け。彼は構わず演奏を続ける。棒を持って殴りかかってくる体格のいい少年。それを片手で受け流し。その後も彼は何事もなかったかのように演奏を続けた。異様な雰囲気の子供達はとても奇妙な物を見るような様子で。やがて嫌がらせをやめ、音色を聞き続けた。
「――あるところに、さかさまの遊びの名人の少年がいました。
 その少年が口にするには、たったひとつの「さかさまの言葉」。
 でも、その一つで少年は願いを叶え続けました。
 彼の願いは――みんなを騙し、悲しませること。
 彼のさかさまの言葉は――「さかさまの遊びをすると、願いが叶う」ということ――」
「あなた‥‥何が言いたいの?」
 進み出てきた少女が冷やかに尋ねる。
「逆さまの遊びが成就させるのは、皆を悲しませたいという名人の少年の願いだけ。
 さかさまの言葉を言い続ければ願いが叶うと言われた子供達は騙されただけだったのです――」
 ひとしきり演奏が続く。少年が、怒鳴った。
「‥‥僕等は騙されてなんかいないぞ!」
「言い続ければ望みがかなうって約束してくれたんだから!」
「貴方達の願いとは、一体なんですか? ここまでして叶えたいものとは?」
 演奏を止め。吟遊詩人‥‥ルイスに低く問われ、子供達は怯んだ。
 怒気ではなくとも、彼からは静かな凄味が感じられたのだろう。睨んでくる者、視線をせわしく動かす者。動揺する子供達に、彼は朗々と語りかける。
「考えましょう。大人達を悲しませ、貴方達を結果的に傷つけている者の事を。この遊びの虚しさを。心を静かに落ち着けて――」


 *

 別行動は道中、打ち合わせ済みだ。村長や大人達と共に広場の様子を遠巻きに見守っていた導蛍石(eb9949)は、感嘆を込めて告げた。
「ルイスさん、さすがですね。皆が大人しくなっている。子供達はあの広場に来ている子達で、全てですか」
「いえ、動物を傷つけたり、体格がよく暴力を振るうようになってしまった子供は、其々の家で閉じ込めています。食事などを差し入れる時に逃げ出そうとする子も多いので、その度に村の大人達が数人がかりで対応しております」
「フン。すでに村人に肉体的被害が出ているという事は、子供達もそれ相応の覚悟はできてるとみてよさそうだ」
 同行者サイクザエラ・マイ(ec4873)はそう呟く。
「‥‥この度の事件で、皆さん精神的に辛い思いをされたでしょう。貴方が目撃された魔物も必ず仕留めますので、ご安心ください」
「‥‥村が滅茶苦茶になると、本当に不安で夜も殆ど眠れぬ日々でした。あの子達は本来は素直な、良い子達なのです。力強いお言葉、ありがたく思います。どうか宜しくお願い致します――」
 導の手を握る村長。震えている手の主に、優しく言葉をかける。
「約束は必ず守ります。‥‥怪我をされた方もいらっしゃるとの事でしたね。最も怪我人だけでなく精神的に苦しい状況に置かれていた大人の方達全て、魔法での治療を行いたいのですが」
 余程不安だったのだろう。何度も何度も頷き、村長は他の者達と共にそれぞれの家を回っていった。
 そして速やかに村長の家へと村人が集まってきたが―――。
 ある一軒家で騒ぎが起きていた。

 バシンバシン。痛烈な音がする度、子供の悲鳴が響き渡っていた。
 子供の尻を、サイクザエラが容赦なく打っていたのだ。ひとりふらりといなくなったと思ったら、各家を回っていたらしい。十歳程の少年の手にはフォークが握られている。食事を運んできた大人達に、隠していたフォークで襲いかかってきたらしい。
「やめて! 痛いよ、やめてよう」
 その言葉に我が得たりとばかりにサイクザエラは軽く笑って、それを続ける。
「そうか。『嫌じゃない』『やめないで』か。いいぞ、もっともっと叩いてやる。だって、逆さま遊びなんだろう?」
 と冷淡に言い放ち、ついには泣き続けて喋れなくなった子供を開放し。家を出る。
「サイクザエラさん!」
  戸口で導は呆れたように彼の名を呼ぶが。サイクザエラは特に悪びれた様子はない。彼の脇を過ぎ去り、大人を捕まえ同様に暴れている子供の家へと案内させ。同様の事を繰り返した。
「なんで僕達をぶつんだよ。お前誰だよ、そんなに僕達が嫌いなのかよっ。父さん、助けてよっ!」
「好きだから『嫌なこと』をしてやったまでさ。お前らがさんざん『逆さ遊び』とやらで親や大人にやってきたことだろうが」
「痛いよ!」
「いいか、覚えとけ。私は子供だからといって親や大人を泣かす子供は遊びでも容赦しない。 お前らが逆さ遊びとやらを止めるまでは、私もお前らの逆さ遊びにつき合い、お前らが嫌がること、痛い事をどんなにお前らが嫌がってもやり続けてやる」
「あ、あの‥‥」
 心配そうに村長がおろおろと制止しようとするが。やがて任せようと思ったのか不安げな目をしたまま口を噤んだ。導がそっと息をつく。ひとまず完全に子供達が観念すれば手を放してはいるが、少々乱暴だ。激しく泣き続ける子供達の声を聞き続ける大人達も胸を痛めているだろう。
「私は魔物の気配を追って居場所を突き止めます。恐らく村の様子を窺っている筈だ、そう遠くにはいないだろうとは思いますし。あなたも共に行きませんか?」
「構わないが‥‥。子供達にも魔物を倒すところを見せつけた方がいいんじゃないか? 自分が仕出かした馬鹿げた遊びの真相を判らせる為にも」
 大人達がざわめいた。村長がギクリとしたように身を強張らせている。禍言を聞き続けた疲弊している村人達を慮ってか、宥める。
「――そこまでする必要はないでしょう。‥‥私達が受けた依頼は、魔物を退治する事、心身ともに傷ついた村の方達の治療です。それ以上、それ以下でもありません。子供達の事はルイスさんにひとまず任せましょう」
 
 *

 ペガサスに騎乗した導が、上空でディテクトアンデットを使用し魔物の居場所を探る。どうやら村の周囲の林の中にいる事が解った。待機していた仲間と合流後、ペガサスに先に魔物の居場所へと向かわせる。
 村にほど近い場所にいる事から、いつも魔物はそうやって村の様子を、子供達のしていることを不謹慎にも、眺め楽しんでいたであろう事が推測された。
 アガチオン、そしてグレムリー1体ずつであろうというルイスの読みは当った。駆け付けた導とサイクザエラが見たものは、少年二人と戦うペガサスの勇姿だ。精神に働きかけるような特殊能力は持っていてもこの二体は左程強い敵ではない。逃亡を図ろうとする魔物は動きを封じられる。導のコアギュレイトの魔法だ。それぞれを拘束し、グレムリーは幾度となくペガサスに魔法攻撃を受け、絶命している。
 絶対的不利を悟りながらも、グレムリーは媚びるように上目使いで歩み寄ってきたサイクザエラに話しかけた。
「ちょっとしたお遊びじゃないか。たかが人間のちっぽけな村一つどうなってもいいだろう? 嫌だなあ‥‥。来ないでよ! そ、そうだ。僕を助けてくれたら君達の願い事を、一つだけ叶えてあげるよ!」
「‥‥くだらないな」
「やめ!」
 ゴゥッツ。
 手から放たれた鮮やかな炎。肉が、髪が共に焼かれていく嫌な臭気が当たりに充満する。三者はサイクザエラのファイアーボムで焼かれていく魔物を見つつ、燃え尽きるまでそこにいた。

●遊びの終わりに
 導はその後、村の大人達も心身共に健康を取り戻す為力を尽くした。子供達にも念の為、メンタルリカバーだけでなく、ニュートラルマジックも。彼の魔力の負担も考え、翌日も村に留まり村人達全ての状態が良好なものと思える程に回復させ。冒険者達は彼らの身に起きた話を聞いて慰め助言を与え、魔物は退治した事を大人達には伝えた。

「誰かを傷つけたり悲しませたりしてまで願い事を叶えたい、と本当は思っていなかったんでしょう? もしそう思うなら、もう『逆さま遊び』は終わりにしませんか? そして、本当にやりたかった事をしてはいかがですか」
 導が子供達に治療を施しながら、そう言い聞かせていく。仕出かした事を覚えていても、治療をうけまるで憑き物が落ちたかのような子供達は。導の一人として言葉に反発したりする事はなかった。
 魔物の末路を子供達にどう言葉を尽くして伝えるかは、ルイスの案を導は飲み、そしてサイクザエラも最終的には受け入れた。サイクザエラに甘いな、と評されようとも。ルイスは苦笑していたが。
 彼らは魔物の残酷な遊び巻き込まれ、ついにはその悪意の歯止めがきかなくなっていたのだ。嘘は暴かれ、彼等はあの遊びで願いが叶う事はない、という真実を知った。魔物は消え、村人には元のような平穏が訪れた。
 これから恐らく村に伝えられていくであろう、戒めの物語。さかさまの言葉を紡ぎ続ければ願いが叶うというある少年の嘘がもたらした、恐ろしい出来事。
 さかさまの遊びは、禁断の遊び。
 少年は彼の「さかさまの遊び」が見抜かれ、いなくなりました――。
 最後にそう締めくくられ、伝えられていく事だろう。言葉を誤った使い方をすることの恐ろしさ、その教訓として。