【舞姫アメリ】〜魔の蔓延る町〜

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月19日〜10月23日

リプレイ公開日:2008年10月28日

●オープニング

●魔力を持つ歌姫
 開演まであと僅か。薄暗い天幕の中には沢山の客席が並ぶ。前から数列のところにいた若者三人中二人が、楽しげに話をしている。
「さて、こちらさんのお手並み拝見と行きましょうか」
「絶対流星座のほうが上だと思うけどね。歌姫はいるらしいけど、うちには評判のアメリがいるんだからね。勿論俺らも日々練習に余念がないし」
「二人とも煩いって。静かにね」
 彼らを諫めるのは黒髪の佳人。女性にしてはやや低いが、よく通る声の持ち主だ。
 それはその筈、その人物は相当な美少女ではあったが何を隠そう――男性なのである。かつて男だと正体を知られた上で男から恋慕を寄せられ、ストーカー被害に頭を悩ませていたのをある冒険者達に助けられたという稀有な経験を持つ。――舞姫アメリ、旅芸人の一座「流星座」の奇術師でもある。
 彼らは座長同士が旧知の仲である縁で、今日の公演に招待されてきているのだ。ちなみに流星座は数日後より公演を予定している。
「それに失礼だよ、ご招待頂いて来てるんだから」
「はぁい」
「へいへい。‥‥ってお前眉間に皺。もしかして昨日の一件が気になってるのか? 向こうの座長が自慢げに話してた‥‥魔物の見世物だっけか。邪なる妖精を歌姫の魔力の籠った歌声で従えるとか」
「どうせシフールに尻尾をつけただけの、偽物だと思うけどなぁ」
「ま、あんま難しく考えさんな。今日は遊びに来てるんだからさ」
「‥‥そうだね」


●籠の中にいた妖精
 ライトが舞台の中央、そこに置かれていた布を被せた籠を照らす。舞台衣装に身を包んだ一座の若者が、布を剥ぎ取ると。その中には妖精らしき生き物が蹲っているのが観客の目から明らかになった。一座の者達が主張するところ、邪なる妖精。哀愁漂う笛の音が響く中、一座の歌姫がのびやかに歌う。妖精は鍵を外され、たどたどしい動きで扉から外へ出た。そしてそのあとは小さな笛を渡されふわふわと飛翔する。この後舞台、前列の客席の上を飛び回り演奏を行うのだろう。事前に聞いていた通りだ。
 薄い羽根を広げる。笛を手にし、旋回し、さらには縦横無尽に飛び回る。波打つ銀の髪が動きに合わせて羽衣のように広がり、青の裾の短いドレス、そこから伸びた黒い矢じりを持つ尻尾が揺れる。皆がほう‥‥とため息をつく。惹きこまれていく。その柔らかで類まれな響きの声に。その妖精の軽やかで美しい舞いに。
 町で大々的に宣伝していた魔力を持つ歌姫、の評判はあながち外れてはいないようだ。まるで本物の魔物を操っているように思えてくる。歌の効果だろうか、それは不明だが。妖精が笛に口を当てる。
 皆が世にも珍しい見世物に、興奮気味に手を叩いていて―――。妖精から奏でられるだろう音色を期待していた観客達は。
 ピィィイイイィィィイイイイ――――!!!
 そこから生まれたあまりに異質な笛の音にぎょっとした。水を打ったように静まり返る天幕内。呆然とする歌姫。妖精は笛を勢いよく舞台に投げ捨てた。床に派手な音をたて転がる笛を一瞥し妖精は、嘲笑う。そうしてはっきりと告げた。
「だって、私は笛なんて吹けませんもの」
 直後、歌姫の胸にばっと赤い鮮血が飛び散った。崩れ落ちた歌姫、歌が途切れて。傍にいたのは巨大な蝙蝠に似た生き物。鋭利な爪が血を滴らせている。
「な、なんだあれ‥‥!」
 アメリの仲間が呆然と呟く。それはまさしく皆の心境そのものだっただろう。天幕の中にあるのは、最早歓声ではない。悲鳴だけだ。頭上を飛び回る黒い翼の持ち主達は人々に敵意をもって魔法攻撃を仕掛けてきていた。逃げ惑う観客の体を淡い黒い光が取り囲み、彼らは奇妙に体を歪めていった――。襲い来た魔物同様の姿に次々変貌して――。
「あ、アメリ‥‥!」
「二人は外へ」
 鋭く言い。脱出を図る人々、その流れに逆らいながら、アメリは前列を目指す。あそこには流星座の座長がいるのだ。友人の為にご丁寧に用意した、大きな花束を持って。混乱状態にある中、やはりあの気の弱い座長はその場にへたり込んでいた。
「座長!」
「あ、アメ」
「何腰抜かしてるんですか、立って!」
 現れた舞姫に、小太りの座長は世にも情けない顔つきで喘いだ。またも近くで悲鳴があがった。一座の若者だろう、男が魔法を受け、魔物へと姿を変じている。すぐ傍にいた一座の少女が、仲間が醜悪な魔物の姿に変化していくのを目の当たりにし、その場で凍りついている。次の狙いを定めたのか、鬼はその翼で少女に向かって滑空してくる。その脇腹をナイフが突き刺さる。魔物のくぐもった悲鳴が上がった。
「アメリ!」
 護身用のナイフを投げつけ危機を回避させたアメリは、少女を庇い立ち、その体を突き飛ばす。
「逃げな!」
 思いのほか深く突き刺さったのだろう。のたうち回る魔物が向けてくる暗い目に、アメリは肌を粟立たせた。
「正義感の強いお嬢さん。私はそういうのが‥‥大嫌い」
 若い女の声。銀髪の美しい――あの妖精だ! 近づいてきた妖精を、アメリは腕で振り払った。妖精は笑みを湛えたまま、ふわりと浮遊し傍より離れて。不愉快げに言葉を紡いだ。
「カオスの魔物を見世物に、それを見に来いと客寄せをする――偽りとはいえ私達からすれば見逃せないこと。まして私の名を利用する愚者達は、そしてそれを楽しんでいた者達は。懲らしめる必要がありますわ」
「入れ替わった‥‥!? まさか、お前は」
 そして彼女は目を細める。
「そう、私こそが闇より出でし妖精――ホンモノの」
 アメリが怪我を負わせた黒い翼の魔物が、アメリに何か力を放った。妖精も魔物もそれを見届けて、その場から離れた。嘲笑を残して。
 長く艶やかな漆黒の黒髪は失われ、肌は鉛のそれへと色を変え。その背には翼が生え、口は耳まで裂けた。
 暫く呆然としていた流星座の座長が、よろよろとその場へと近づいていく。蹲る一匹の翼ある鬼だけがそこにはいて。座長は動揺しつつも、生唾を飲み下し。真っ直ぐに見てくる魔物に問いかけた。
「――アメリ、か‥‥!?」
 

●冒険者ギルドにて
 再会早々、またメイディアでの次の公演はいつですかと尋ねたいのを堪えながら。ギルドに足を運んだ事情を聞いたアメリのファンの職員の頭から、血の気が引いた。そして目の前に佇む舞姫の容姿が失われなかったことに、心の底から安堵した。
「つまり、アメリさん同様に一時間と少し程で、元の姿には戻れるんですね」
「ええ。でも‥・・、町の人の中では魔物と間違われて攻撃されて、怪我を負った人も続出しています。‥‥一座の仲間も被害に遭いました」
「友人の座長も。歌姫達は瀕死の重傷を負うわ、一座の者達も町人には元凶はお前らだと迫害されるわで、さっさと町を離れてしまったんですわ」
「そうでしたか‥‥」
「被害は今も続いていて。夕刻から夜にかけて黒い翼のあの生き物が沢山出るものだから、活気があった町なのに今はもう、皆家に閉じこもってろくに眠れもしないでいるようなんですよね。見るに見かねまして我々が依頼に来たわけなんですが‥‥」
 額の汗を拭いながら憂えたように溜息をつき。座長は説明した。
「――それで、専門家の皆さんの力をお借りしたいんです。前の依頼同様、きっと見事解決させてくださると信じてきました。何度も公演をさせて頂いた町で、皆さんを助けてあげたいんです。どうぞ宜しくお願い致します」
 舞姫は優雅に一礼をした。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8147 白 銀麗(53歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb4494 月下部 有里(34歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4322 シファ・ジェンマ(38歳・♀・鎧騎士・パラ・メイの国)

●リプレイ本文

●魔の蔓延る町
 魔物達の行動が活発になる夕刻前である現在、昼間のその比較的安全なうち、人々は流星座の天幕へと避難してきていた。というのも今回対象となる敵数は相当多く、より魔力を温存しこちらに有利に戦う為、人々を魔物に変化させられぬようあらかじめ隔離することを冒険者達が依頼主に提案した為である。依頼主の座長、アメリが町長へ交渉を行いそれを実現させた。ひっそりとしていた町の何処に此れほど人が隠れていたのだろうと想うほど、続々と集まってきていた。魔力等を回復させるアイテムがあったとしても無尽蔵ではない。彼らが出した案は、今回の依頼を遂行する上で賢明な選択だったと言えるだろう。
 冒険者は闘いに備え、最終打ち合わせを行った。不安な様子で身を縮こまらせている町人達を流星座の皆が温かく迎え入れている。
「奴等を倒す事が出来ないのは口惜しいですが、皆さんならこの町の禍から救うことが出来るでしょう――そう信じています。私達は私達で。芸人としての役割を果たします」
 恐怖に囚われた町人の中でその舞姫を始めとする一座の者達は、あくまで泰然として見えた。信頼に応えられるよう、冒険者達は全力を尽くす事を約束した。

 天幕の入口傍にペガサスがいる。そして導蛍石(eb9949)が、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201) と共に両脇を固めていた。中に入れるのは頑張って五百人程といったところだろうか。入口で導のペガサスにホーリーフィールドを使用させているので、人に悪意を持つ魔物の侵入は防げる。ベアトリーセの持つ魔物に反応をする指輪に強い動きが見られれば導き出される結論は一つ。そしてその後幾度となく中には何食わぬ顔で入ってこようとする人の姿をした魔物が現れたが、彼らは透明な壁に阻まれ侵入ができないので一目瞭然だった。見つけ次第ファイターのファング・ダイモス(ea7482)、武道家の巴渓(ea0167)がすぐさまそういった存在を連れていき、しかるべき対応をした。

 以前トランスフォームを使う敵相手に苦戦をしたファングが、皆に教える。
「以前昆虫等の小さい姿に変えられた後に叩かれて潰されたことがありました。近接系は出来る限り隙が出ないように即効で切りかかり、魔法を詠唱出来る時間を相手に与えないように注意する事が重要だと思います」
 皆それぞれに了解の意を示す。あらゆる状況を想定して動く事は、大事だ。経験を語るファングの言葉は説得力があった。彼は続けた。
「仲間に化けられて後ろから刺されないようにも注意した方がいいでしょうね。同士打ちを狙ってくる可能性もありますので」

●襲撃
 異常事態を感じ取ったのか。夕刻にはまだ至らないその日中、遠くより翼ある魔物がポツリポツリ、現れ始めた。子鬼の姿に大きな蝙蝠のような翼を持つ醜悪な生物。即座にベアトリーセが魔物の行動を鈍らせるレミエラを起動する為、祈り始める。避難する者達を庇い攻撃態勢を整える者達。巴渓はヘキサグラムタリスマンを使用し、半径15mの対魔結界を生み出し、オーラパワーを付与した。また同様の力が使えるアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)も巴と共に前衛で戦うシファ・ジェンマ(ec4322)、ファング、ベアトリーセへと付与を行う。通常の敵とは異なるカオスの魔物相手とはいえ、より多くのダメージを与える事が出来るだろう。すかさずソルフの実で使用した魔力の補給を行う巴。導は随時ディテクトアンデットと魔法解呪を行えるよう彼らのすぐ傍に居る。そして僧侶の白銀麗(ea8147)と医学に精通する月下部有里(eb4494)は後方に。白はこの天幕に避難してきた者達を達人レベルのホーリーフィールドで護る重要な役目を、有里は今後一連の魔物に怪我を負わされた患者達への対応をする役目を負う。怪我をしても、恐怖が先に立って外へ出られず身を潜めていた者達も随分な数いるようだった。心身共に傷ついている彼らを労わるよう、有里は声をかけ迅速に治療を開始した。

「今向かってきている魔物は、全て本当の魔物です」
 敵の襲来に合わせディテクトアンデットを使用した導が、大声で皆に教える。その直後勢いよく飛来してきた魔物が途端に僅かに動きを鈍らせる。ベアトリーセや巴の生み出した結界に、侵入した為か。続々飛来してくる魔物達――敵ならば遠慮は無用だ。前衛を務める冒険者達はその戦いに身を投じた――!

 *

「ギャアァアアア」
 敵対する相手に我武者羅に向かってくるのは、下級の魔物の本能のようなものなのだろうか。得意とする剣技で、鞭を撓らせ、またその拳で確実に一匹一匹を仕留めていく。形勢を変えようと目論んだのか、黒炎を仲間の中に打ち込んできた者達もいた。トランスフォーム以外の魔法の使用を予測していなかった皆は突如襲いかかってきた黒炎に怪我を負わされる。響き渡る魔物の哄笑。一瞬の発動で大怪我には至らないが数度打ち込まれればまずい。
 怪我を負いながらも治療を後回しにして、ファングが大剣では虫のような魔物を振り払い、有無を言わせず切り裂いていく。巴もまたそのオーラパワーを使用した上での強烈な一撃で魔物の体をふっ飛ばし、戦闘不能へ追い込んでいく。
「数が多い、厄介な奴らだ」
「まったくだぜ。おらおら! さっさとかかってこい。命の保証はしてやれねーけどよ!」
 その術者達にトドメを刺していく。高速詠唱は行えないのだろう。発動までに揃って時間がかかる。同じように黒の霞をまとい印を結ぶ邪気を振りまく者を、鞭で打とうとするが回避されるも。ベアトリーセがソニックブームで切り裂く。
「上空にいれば殺されないと思いました? 甘いですね」
 煤に汚れた頬を拭い、微笑んだ彼女は鞭を撓らせ襲いかかってこようとした新手の魔物を打ち払う。シファが巴と連携し、フェイントアタックで敵を翻弄し確実に数を減らしていく。先程ブラックフレイムを二発撃ちこまれたシファは、アイテムで既に回復しているので、動くのに支障はない。
 町の者達はだいぶ避難してこれたようだ。中には家の中に閉じこもり嵐が過ぎ去るのを待つ町人も数多く存在しただろうが。最後の一人が天幕へ入るまで、アルトリア、そしてシファは水晶の盾やデットorライブを使用し襲い来る敵に対峙した。皆それぞれに一人で数体を一度に相手にするような状態だ。アルトリアもまたその剣で魔物を切り伏せていくが、その彼女の傍らに、ぬっと立つジャイアントがいた。彼女は息をのむ。ファングに似ているが異質な気配を持つ者。それに抜け目なく気付き、即座に間に割って入り続けてスマッシュを決め絶命させたのはファング。淡々と彼は言う。
「そういった戦法は想定済みでしたので。無駄ですよ、――通じません」

 *

「妖精に命じられているから? 次々向かってきて。死ぬのが恐ろしくないのね‥‥下級の魔物ならそれが普通なのかしら」
 人々が逃げ込んだ流星座の天幕の傍の、大きなテントで。怪我人の治療を行い続けていた有里があちらを一瞥し、評した。白の提案により天幕と、怪我人用テントと、あと一つ魔物に変えられた者達の為の場所が確保されていたが。
「おかしいですね、未だトランスフォームで魔物に変えられた者が現れません」
 白が疑問を口にすれば、ディテクトアンデットを使用したばかりの導が疑念の表情で、飛来してくる者達を見た。
「場合によってはイリュージョンで皆を人間に見えるようにして、周囲にトランスフォームを沢山の者にかけようとする魔物がいればそれが本物の魔物だ、そう想ってたけど。それには及ばないかもね。導さんがディテクトアンデットで何度か確認してくれた通り、ここに来てる魔物はどうやら皆本物みたいじゃない?」
「ですが、アメリさんのお話では魔物に変えられた者達が数多く存在し、また新たな被害者もいるだろうとの事でしたから、奇妙な気もします」
「皆はどこにいるのかと‥‥いうことですね」
 結界を掛け直す傍ら、怪我人の治療を手伝っていた白が問い返す。
「えぇ。魔物に姿を変えられても、人として意識があるのでしょうか。それならば魔物と間違われて攻撃されないよう、身を潜めている事もありえますね」

 *

 皆の奮闘のお陰で、敵数は格段に減った。その場にうっすら積もる塵芥は、全て導のディテクトアンデットで反応した者達のなれの果て。ごく稀に判断がつかない者は、念の為ベアトリーセがスタンガンで気絶させていった。彼らは魔法で改めて確認後止めを刺した。
 天幕の外には静寂が戻った。中から聞こえる音楽に、微かな歓声に皆が幾分ほっとした顔を見せる。
 度重なる黒炎の攻撃、本来なら中傷を負う攻撃も、恐らく巴とベアトリーセが使用した結界の効力により怪我が軽減されている。幾度となく受けたトランスフォーム使用による悪質な攻撃も、すかさず導がニュートラルマジックを使用し、仲間が窮地に立たされるのを回避した為大事には至らなかった。有里と導が仲間の治療を行う。ソルフの実などを自分で使ったり仲間に渡したりと、かなり数を減らしたが、敵の数の多さも一人一人への負担の多さも予想済みだ。背に腹は代えられない。
「もし町の皆さん目掛けて魔物達がこようとも、私が結界を張り続ければあの者達を阻み通す事ができそうです。まだ他にいるかもしれません。皆さんはそれらの魔物を追ってください」
 白がそう告げれば、アルトリアが傍らで頷く。
「私も残り、白さんと共にこの場を護ります」
「私もここにいるわね。怪我をしてる町の人を放置してはおけないから。どこかで怪我人を見つけたら連れてきて。くれぐれも気をつけて――まだ、例の妖精が現れていないから」
 声を低め警告してきた有里の言う通り、例の邪なる妖精は姿を見せてはいなかった。それが皆の不安を煽る。まだ解決にはひと波乱ありそうな――何かがある、と。

●教会で待つ者
 導はペガサスを出口付近に待機させ、ホーリーフィールドを展開させようと想っていたようだが。町を取り巻く壁はそれ程高くはなく、その気になれば魔物はどこからでも逃げられるだろう――それを推測したのか断念し。ホーリーも使用できるペガサスには、結界に弾かれた存在――魔物を見つけ次第魔法攻撃を仕掛けるよう命じた。先頭を行くベアトリーセが魔物探査の指輪――石の中の蝶の反応に随時注意しで大まかな場所を突き止め、導がディテクトアンデットでより正確な場所を割り出し。ファングが、シファが、巴がそれぞれの武器で魔物を撃破していく。途中見かけた沢山の家屋、それらの窓や扉に残された傷跡。硬く閉ざされたそれを破ろうと、邪気を振りまく者がどれだけ侵入を試みようとしたのかも一目で解る。じっとそれを見たシファが、言う。

「先程の闘いで、だいぶ数は減らせました。あと、少しですね」
「だな、もうじき皆安心して、窓を開ける事もできるようになるさ。頑張ろうぜ、シファさん。皆も」
 強く頷き合う仲間達。魔物探査、撃破を繰り返し辿り着いた場所は。
「蝶の反応がとても強い――この中に、いるようですよ」
 とはベアトリーセが。蝶の羽ばたきが目の前の教会へと、皆の視線を向けさせる。曇天の下、その建物は薄気味悪く皆の眼に映った。ファングと巴が頷き合い、息を合わせ扉を蹴り開ける。赤い絨毯、並ぶ椅子、そしてそこには十数人程の人々が祈るように頭を垂れ、座っている。困惑しながらも注意深く皆が中に入る。
 しかしその数秒後暗がりから先程の魔物が続々と現れ出した。人々は冒険者達にゆらりと向き直る。彼等は武器を構え、向かってくる。背後で扉が重い音をたてて閉まった。
「な、なんだぁ!?」
 巴が開こうとするものの、扉は何人がかりかで押さえつけられているように動かない。
 生彩を欠いた皆が剣を振りかぶり向かってくる。皆がそれぞれに身構える。ベアトリーセと巴が先程再度発動している結界の効力が、彼らを護る助けとなるだろう。

「サラ様の敵は」
「殺せ」
「殺せ」

 うわ言のような言葉を繰り返し攻撃してくる人々を、皆嫌悪をこめて見返す。導がディテクトアンデットを高速詠唱で発動し、人間達は魔物ではないと教える。さらに彼がニュートラルマジックを使用すると、かけられた相手が糸が切れた人形さながらに崩れ落ちた。
「恐らく、この人達は皆魅了の力で操られているだけです。気絶させてください、術を解除します!」
 魔物と操られた人々――。赤い絨毯の道の先に、ひとりの妖精が浮遊している。青銀に輝く髪の、青いドレスを着た妖精だ。
「‥‥皆、殺してしまいなさい」
 妖精は命じる。
「出やがったな、妖精!」
「――待って巴さん! 罠です!」
 シファが鋭く制止する。だが巴も攻撃を仕掛けようとした直後にそれに気づいたようだ。高速詠唱のオーラショットを妖精めがけてぶちかます直前、巴は攻撃を止めた。
「一体!?」
 鞭をしならせながら、ベアトリーセが鋭く問う。動揺する巴達を庇うようにファングが大剣で魔物を振り払い人々を気絶させていった。彼もまた何かを探るよう油断無く妖精にも目を走らせる。
「くそ妖精、エグイ真似しやがるじゃねえか!」
 巴が怒鳴り、傍に来た邪気を振りまく者に強烈な一撃を叩きこみ壁に叩きつける。シファが戦いながら頼んだ。
「導さん、魔法で確認を。あの妖精はきっと――」
 
 *

 彼女は、例の一座で邪なる妖精を演じていたシフールだった――生きて、いたのだ。そういえばアメリらは死体を見た訳ではないようだった。元々青銀の珍しい髪で、話に聞く例の妖精に多少似通った容姿を持つ娘。殺されたくなければこの教会に居て、邪なる妖精をもう一度演じて見せろと言われたらしい。おかしな真似を少しでもすれば即座に手下に襲いかかるよう命じてあると、冷酷にも脅されて。
 邪なる妖精の手下と、彼女の魅了の力で操られた人間達の傍で逃げる事も出来ず命令に従うしかなかったシフールは、余程恐ろしかったのだろう。冒険者達と話している間中、ずっと肩を震わせ泣いていた。
 そう――巴とシファが優れた視力で見たのは演技をしながらも頬に涙を伝わせる彼女の姿だったのだ。そして娘は告げた。
「私はこれからまだ沢山の禍を撒くのだと――。もしお前が身代わりとして殺されなければ。その時には。貴方達にそう伝えろと、――言っていました」

 幾度となく探査を試みたが、妖精は既に逃亡したらしく見つからなかった。けれど町に蔓延っていた他の魔物は全て退治できた。
 冒険者の皆は仲間と合流し、流星座の座長、アメリ達から沢山の礼を言われ、報酬を受け取った。町人の恐怖は終わりをつげた。これから少しずつ、日常を取り戻していくことだろう。人々の心身の治療に手を尽くした後町長からもまた謝礼を受取り、一つの事件は幕を下ろしたのだ。