水竜と花嫁の物語、その結末は――?
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■ショートシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月04日〜11月09日
リプレイ公開日:2008年11月12日
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●オープニング
それはある村に伝わる水竜と娘の物語――。
二百年程前、メイのある沿岸部の近海に、一匹の水竜が棲んでいた。人と一定の距離を保ち深く関わる事はなかったが、村随一の美しい声の娘が小さな岬で楽器を奏でよく通る声で歌を歌うその時ばかりは、その岬に近づき。水竜は大人しくそれを聞いているようであったのだという――。
そしていつしか近くの孤島に棲みついた、もう一匹の竜がいた。その竜個人の性質なのか、その竜は元よりいた水竜とは異なり他者をいたぶり殺害する過程を楽しむような、残虐な竜だった。幾度となく村人達はその存在に船を沈められた。そしてその竜は次第に村に近づいてきているようだった。
事態を憂えた村人達、けれど村の危機が解ったのか。その水竜は自らを盾にし、その竜に対抗し、そして酷い怪我を負いながらもなんと、勝利を収めたのだという。その事実を知った村は喜びに沸き立ち、娘は水竜に心からの感謝の歌と演奏を捧げた。そしてその祭りの翌朝。娘は忽然と姿を消し、水竜もまたいなくなり、平穏が戻った海には穏やかな波が立つばかりだった。
そしていつしか時は過ぎ。風雨が凄まじい嵐の晩に、海岸にあの水竜と思しき竜が現れた。奇妙な声を上げ、竜は何かを捜し回っているようでもあった。村の者達が英雄である竜の行動が嵐を引き起こしたのだと思い込み、村人は様々な供物を岬より海へ投げ入れ、かの存在が鎮まる事を心より願った。
そして嵐が収まった翌朝。供物を運ぶ為岬と村を行き来していた村人のうち、一人の娘が消えていた。それは数年前水竜と共に姿を消した娘と、左程変わらない年齢の女だった。そしてこの二百年の間に同じ事が幾度となく繰り返された。村人は噂しあった。竜はその乙女が死した事を悲しみ、彼女を捜しまわっているのだと。いつからかその少しずつ肌寒さが増す季節の、あくる日に竜は彼の花嫁を捜しに来る。娘が見つけられない限り、竜は荒れ、決まって悪天候の日が続き海は大時化になるのだという――。
*
メイディアの都から沿岸部を南下していくとある、鬱蒼とした森。旅人が素通りしてしまうような、一見なんの変哲もない場所。だが、その森を抜け海の方へと向かうと村がある。人の行き来がない閉鎖的な村には、今尚奇妙な風習が存在する――。
「姉さん、きっと助けるから。大丈夫、御祖父さん達の部屋から、多少古そうだけど、地図を見つけたの。あの子は賢いからモンスターを避け、きっと都まで、走り通してくれるわ」
村の女達の手で作られた細部まで刺繍の施された、花嫁の衣裳。近々それを着ることを村長より命じられた娘は、悲しげに微笑んだ。
「私は、絶対に姉さんを殺させたりしないから――」
首筋に顔を埋めて、震える声で言い募る。姉は、妹の髪を撫で、その体を柔らかな腕で抱きしめた。
そして彼女は妹の耳元で、信じがたい事を囁いた。
けれど妹はそれを彼女の弱気だと、断じた。顔を歪め、それを振り切るように、妹は家を飛び出した。必要最低限の荷物と弓矢、そして古い地図。それを持ち馬に跨り、その横腹を蹴った。疾風のように駆けるといわれる村で一番の馬で、無謀とも思われる行動を、決行した――。
*
「どうぞ、温まります。飲みながらで構いませんので、続きをお聞かせください」
夜通し駆けてきた娘がメイディアに辿り着いたのは、本来なら陽精霊に世界が温かく照らされている筈の時刻。しかし空は鈍色の雲が垂れこめ、今にも一雨きそうな程だった。
「ありがとう。‥‥本当に、辿り着けて良かった‥‥」
娘は礼を言い、飲み物を口に含んだ。細かく震えている。今更のように村からメイディアまで女一人で馬を駆り向かってきた自らの行動力に驚いているようだ。
「次なる水竜の花嫁‥‥、いいえ、生贄に選ばれた姉を、救ってほしいんです」
彼女は話を続ける。そうする事で不安を和らげようと思っているのかもしれない。
「信じてくれますか? お伽噺のようかもしれないけど、私達は本当にあそこでその物語に縛られて生きている。異変が起きたから、絶対に皆は姉を利用する。もう、我慢できない――」
震えながら、彼女は吐き捨てた。
「村では竜が花嫁を求めていると解る、異変が起きたと言いましたね。それでは、今こうしている間にも――」
依頼主の娘は首を左右に振る。
「男の人に言うことじゃないかもしれないけれど。生贄になる娘は、穢れがあるうちは儀式の場には連れて行かれはしないの」
「‥‥穢れ」
「姉は、月のものが来たところだったから。あれが終わるまでは水龍の花嫁として捧げられる事はないの。だからあと数日は姉さんは無事でいられる」
そう彼女は説明した。ギルド職員は困ったように顔を曇らせ、眉を寄せた。
「‥‥失礼致しました」
本当に申し訳なさそうに謝罪された娘は。謝ることじゃないですよ、と自嘲的に微笑った。
「昔から数年に一度選ばれる水竜の花嫁。村を救い竜神の嘆きを鎮め海の恵みを約束する、聖なる娘。皆そう言ってる。でもそんなのは欺瞞だわ。皆飾り立てたその言葉で、可哀そうな役目を継がされた女達を生贄にする後ろめたさを隠したいだけよ」
「あなたは儀式をなんとしても中止させたいのですね。‥‥依頼は受理致します、すぐに助けてくれる冒険者の方を募りましょう」
「本当に?」
「はい。次の儀式のときに、何としてもお姉さんを護ってくれるよう」
娘は大きく眼を見開いて。やがて泣きそうな顔で頭を下げた。ありがとう、と何度も口にする彼女に職員は確認する。
「しかし、依頼を遂行するということは――即ち村で畏怖されているその水竜を倒すことになるかもしれません。構いませんか?」
「‥‥」
「? 花嫁を得る儀式を邪魔されたら、怒りのあまり襲い掛かってくる可能性はあるのでは」
依頼人は怒っているような、悲しんでいるような複雑な表情をし。頷いた。
「ええ、‥‥よろしく、お願いします」
「‥‥どうかなさいましたか? 確かに、村の方達の守護者を倒す依頼をしたとあっては、あなたが村で居辛くなることはあるかもしれませんが――」
そんなことはいいんです、と彼女は呟く。
「私が気になるのは‥‥。姉は竜を憐れんでいることで‥‥。姉は生贄になることを受け入れていて‥‥でも、私には理解できない。どうか、倒してください。あの竜は哀れな女達を食い殺す――人殺しの竜でしかないのだから」
●リプレイ本文
●儀式の前に
200年にわたり、水竜への信仰を続け恐ろしい儀式を受け入れてきた、一つの村。依頼人ライアが言うには、急げば儀式に間に合うとのこと。仲間達の移動は馬車を使用し、御者はキース・レッド(ea3475)が務めた。土御門焔(ec4427)は所有している戦闘馬で、依頼人の娘の先導のもと、その村へと向かう――。
儀式を失敗させるつもりである事は村人に伏せると、皆の意見は一致している。それ以前に不用意な接触を控える事も。村には入らず野営道具を使い、来たるべき時に備える。
儀式が行われる日の昼間は岬に作られた儀式の場への女達の出入りが増えるのだと、依頼人は語った。場を清め、海に水竜への供物――獣の肉だったり、そういった物を投げ入れる。
到着した日に、それらの動きは見られないようだ。野営の場所は森の中のある開けた一角。そこを拠点とし、離れた場所から儀式の間を交代で見張る事になった。
「村人がここには近づかない可能性が高いなら、それに越したことはない。極力彼らに見つからないでいて、儀式の時に乱入すればいいのだからね」
とはキースが。ライア曰く、この拠点として決めた場所付近は、村人があまり近寄らない場所なのだそうだ。
「ただ私がいなくなったことで、あの人達は警備を強化するだろうとは思うわ。姉が次の花嫁に決まった時、私はとても反対していたのを皆見ているから」
「わたくし達を止める為彼らが何かをしたとしても、警備が強くなっていても。村の人達は傷つけないよう牽制しますから、大丈夫ですよ」
クリシュナ・パラハ(ea1850)が彼女の気を引き立たせるように、明るく言う。少しずつその時が近づいていくことで緊張が増しつつある依頼人は。少し安堵したように頷いた。
「人身御供――俺にはさっぱりわからねぇ。なんでそういうのを受け入れちまうかなぁ。儀式に反対するライアちゃんみたいな奴は、村では少数派なんだな」
「もし嫌だと思ってる人がいたとしても、表面上は従ってるの。それを表に出す私みたいなのは、紫狼さんの言うとおり確かに少数派ね。ううん、私一人って言ってもいいかもしれない」
嫌悪が彼女の顔に滲む。彼女の怒り。それは弱い村人達に向けてか、それとも水竜に対してか、姉に対してなのか。
仲間達が水竜を殺さぬ事を告げると、ライアは意外にも落ち着いていた。何より強い思いは、姉を護りとおして欲しいという事だからだ。誰かを犠牲にして村の平和を護るなど間違っている、その儀式が起こらぬよう竜を遠ざけてほしいと彼女は願った。二度とこの地に近づかないよう何とか説得を試みてみる事を、焔はライアに約束した。
「焔さんは今、何を?」
「フィーノリッヂという魔法で、これから起きる出来事、未来を視ているらしい」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)が教える。眼を瞑り精神を研ぎ澄ませて、物言わず離れた場所で倒木に座っている焔を。感嘆を込めて、ライアは見詰める。
「未来を占う?」
「最も可能性の高い未来を『視る』事ができるそうですよ」
と補足したのは、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)だ。
そして焔は、視えた未来を口にした。
「水竜は岬にいる花嫁、ライアさんによく似た女性を飲み込もうとしていました。私達が邪魔をしようとすると攻撃を仕掛けてきます。水弾の息を次々吐き出してきていました。ぶつかると地を抉る程の力です。そしてその女性は・・・・竜を怖がる様子でもなく自ら歩み寄ろうとしていました」
「・・・・」
ライアはその内容に、息を呑む。
「ってか、わかんねぇな。何でだ? 自分から歩み寄るって」
理解不能だ、と言いたげに紫狼はしかめっ面をする。キースは気真面目に続けた。
「贄となる役目を受け入れて、・・・・運命に殉じると心を決めているのかな」
「えぇ、きっとそう。本当に、バカな姉さんだわ」
口調は弱々しかった。
●妨害
夜通し、念の為テント傍に交代で見張りを立てていた。村人達が近づく様子はない。来訪もなかった。
森に滞在して二日目の昼間。動きがあった。岬にある儀式の間を清め、海に何かを放り投げる彼女達。重苦しい空模様、荒れる海の潮騒、今晩起きるという儀式に向けて村は動きだした。
そして自分達の役割の確認をした後、夕刻から夜にかけて始まる儀式に皆、備える事にした――。
*
陽精霊の光で空が朱色に染まっていく。村人達に守られて、花嫁の装束をまとい儀式の場を目指すライアの姉。石を組み合わせて作ったのだと思われる円形の祭壇に上り、彼女は膝を折り頭を下げた。村の者達が楽器を奏で、海に供物を投げ入れた。岬の付近には、ランタンの灯りが揺れる。薄闇の忍び寄る中、灯りが妖しく揺れていた。
海から奇妙な音がした。荒波とは異なる、何か巨大な存在が海面を切るよう進む音。ライアの手引きで儀式の間よりそう遠くない場所で身を潜めていた冒険者達は、その変化を聞きとった。
空気を震わすような咆哮が響き渡り、灯りは引き潮のように下がっていく。
「来た・・・・!」
ライアが皆に教える。冒険者達はそれぞれの武器を手に飛び出した。村人達は弓を向けてくる。備えていたのだろうことが分かる。儀式を邪魔する敵と見なした冒険者達に向かって、矢を次々放ってきた。
「うわぁ、問答無用っすね」
「‥・・やれやれ、予想以上に荒っぽいな」
「仕方ない、強行突破だな」
「げ! 危ねぇなあ、おいっ。こっちにはライアちゃんもいるってのに!」
彼女の手を引き、庇いながらも回避する紫狼が。避け切れない矢はアルトリアがその剣でうち払っていく。
「サンキューセイバーちゃん! ってライアちゃん。堪えろ! 今飛び出しちゃやばいって!」
「放して、紫狼さん! 止めさせる、こんな酷いこと・・・・!」
「村を救う為には、手段を選ばない――あなたがお姉さんを救うことを心を決めているように、村人達もこの儀式を邪魔するものは容赦しないと既に決めているんですね」
剣で矢を防ぎながら、アルトリアの声に滲むのは微かな憤り。冒険者達が人垣に近づいた。
「邪魔しないでください。貴方がたではなく、水竜に用があるんですよ」
クリシュナが高速詠唱で生み出した炎。虚空に忽然と現れた炎に、皆がどよめく。ファイアーコントロールで炎は膨れ上がり巨大な蛇にも似た姿へと変化した。それを鞭のように操ると驚愕した村人達が左右に逃げ、中央に道が生まれる。
「村の方達はわたくしが押さえます。皆さん、行ってください!」
仲間達を祭壇へと向かわせ、クリシュナは村人達が近づかないよう牽制すべく、その炎を一閃する。
竜の元へは、単身で焔が向かっているのだ。陸路ではなく、包囲網の上――上空から接近を試みる!
●水竜の花嫁
全長10メートル以上、二抱え程もあるその胴をくねらせ、岬に半身を乗りあげるようにして花嫁を真正面から視ていた水竜に、上空から焔はテレパシーを使い語りかける。また、知りえた情報はすぐさま仲間に、そしてこの場にいる者達にテレパシーにて伝える手筈になっている。
『お初にお目にかかります。私は陰陽師の土御門焔と申します。 恐れ入りますが、貴方様は誰を、何をお探しなのでしょうか。 よろしければ村から女性を攫って行く理由をお聞かせ頂きたいのですが』
厳めしい大きな目を眇めて、竜は水の塊を高速で上空の焔に向け放つ。ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼でそれを際どいところで避けつつ、続ける。
『ナニヲ――?』
『そうです、貴方が探している方は、最初の花嫁ではないのですか。貴方が200年も昔に出逢った娘――』
『ソウダ、サガシテイル。イナクナッテシマッタカラ。ドコニモイナイ。コノ、ミノナカニモ。ミアタラナイ』
『彼女は――。いいえ、この、身――とは?』
『トモニイキルコトガデキナイカラ、ソノミヲクッタノダ。ホシカッタカラ。ダガ、ガクノネガキコエナイ。コエガキコエナクナッテシマッタノダ』
『その身を、食った・・・・?』
焔は反芻する。この竜は自分が殺した女を捜していると言っているのだ。
『コエガキコエナイ。サガシテイルノニ。アノムスメガドコニイルカシルナラコタエヨ』
「私は、それには答えられません‥‥」
竜の目に過ったのは失望か。衝撃を受けた様子の焔は、連続で放たれた水弾をよけ切れない。咄嗟に回避が遅れて、彼女は水弾をくらい儀式の祭壇へと落下してしまう。激突寸前のところでキースが受け止め、臼はけたたましい音を立てつつも傍に落ちる。辛うじて壊れずに済んだようだ。レインフォルスが彼らを庇うように剣を構える。すぐ傍には花嫁が無言で成り行きを見守っている。
「私の声、は‥‥聞こえましたか?」
「あぁ。だいたいの事情はわかった」
とはレインフォルスが。キースも頷く。
「僕もだ。あの竜が狂い掛けているということもね」
「最初の花嫁を殺しておきながら、その面影を追っている・・・・とはな」
「そう、心惹かれる人間の娘を、自分のものにする為に彼女を食べた。でもそれなのに、体のどこを探しても彼女の存在が感じられなくなったと――彼女の声が、楽の音が聞こえなくなったと。それが悲しくて。花嫁を再び求めて、儀式を繰り返している・・・・」
焔が竜を睨む。
「花嫁たちは貴方に、この場で、食べられたのですか」
テレパシーを用いながらも、焔は肉声でもその問を発した。水弾が次々打ち込まれていく。
「危ない!」
レインフォルスが剣で水弾に抗しようとするものの、受け流すので精一杯だ。
『この女性は、あなたが探していた娘ではありません。もう、彼女はこの世にはいません。この地でこれ以上女性たちの命を奪うのはやめにしてくださいませんか』
『イナイ? ドコニモ? ドコニモイナイトイウノカ。ソンナハズハナイ、アノムスメモマタキサマトオナジヨウニワタシニカタリカケ、ズットトモニイルトヤクソクシタノダカラ』
「・・・・」
知りえた情報を、焔は皆に伝える。
「あなた様の心を少し御慰め出来るのなら。私は・・・・構わない」
状況を傍観していた花嫁が、静かに進み出た
「ライア君が君の身を案じている。やめておきたまえ」
キースが前を塞ぐ。花嫁は薄く微笑む。全てを受け入れた殉教者の瞳だった。
「私は初代のように特別な力を持った娘ではありません。それでも、一時竜を鎮める事は出来ます」
「それは一時花嫁を再び得る事が出来たという、竜の錯覚に過ぎない」
「・・・・錯覚でも良いのですよ、見知らぬ御方。私は、それでいいのです」
背後から紫狼がその場に駆け寄り、竜に向かっていく彼女の肩を掴み、その頬を殴った。
「バカかあんた! 姉ちゃんにも考えがあるみてェだがな、俺たちゃ人間なんだよ! 妹よりバケモノ選ぶんじゃねーよ!」
間近で怒鳴られて、揺さぶられた女は。頬を押え呆然と紫狼を見返す。
何かを言いかけ、彼女は続けるべき言葉を見失ったように沈黙した。
「もう一度対話を、説得を試みてみます――」
焔が横笛『早春』を吹き始める。哀愁漂う音色がその場に響く。荒波の音にかき消されることなく聴こえる笛の音。竜はその場にいる者達全てを睥睨し、やがて空気を震わせるような咆哮を上げて、苛立ちを爆発させるように水弾を降らせ、――海の中へと戻っていった。闇雲に打ち出された水弾の一部を辛くも仲間達は避け、けれど大部分は周囲の地を抉り――。古くなっていたのであろう石造りの祭壇を、壊していった。
「あの竜に明確な死の概念はない・・・・ということですね」
呟き。やがて力なく崩れ落ちた村人達の啜り泣きを前にして、クリシュナが術を解除する。闇の中踊っていた炎の蛇は幻のように姿を消した。
*
「ありがとう。水竜から姉さんを守ってくれて・・‥」
彼女に石を投げる者がいた。渋面になりつつ、冒険者達が彼女を庇う様前に立つ。
「やめろよ、この子は全然悪くねえよ」
「その通りです。やめてください」
見かねたのか、ライアの傍にいた紫狼とアルトリアが。その言葉が耳に入らないのか怒鳴る村人がいた。
「煩い! ライア・・・・このバカ娘! お前はなんて奴らを連れてきたのだ。水竜様がこの地を去られてしまったのだぞ! 永きに渡ってわが村を他の敵より護ってくださってきた方に仇なすような真似を!」
「お祖父ちゃん‥・・」
「どう落とし前つける気じゃ! 貴様らもだ」
「そうだそうだ!」
「皆、やめて」
凛と、遮る女の声があった。女達に囲まれた、花嫁。
「水竜様は別の地へと去られた・・・・そうなのですね?」
花嫁が焔に確認する。頷きを返されて、悲しげに微笑む。
「私は水竜に捧げられた花嫁。立場上、あなた方に礼は申し上げる事は・・・・できません。それでも、あの御方がまたいつか別の場所で荒ぶるのならばそれはとても悲しい事。数多く捧げられた花嫁達の命を無念に思ってくださるのならば、それを心に留め置いてくださいませ」
「姉さん・・・・」
そして歩み寄った彼女に、姉は驚くべき事を口にした。
●面影を追う者
「これは、君に渡す。君はあの竜を退治したいと言っていた。もし竜がどこかで問題を起こすようであれば、君が望むのならまた依頼を出してほしい。できる限り、力を貸そう」
キースは彼女の手に20Gを握らせた。遠慮する彼女をいいから、と何度もいい含めて。
花嫁は護ることができたから、依頼は成功だが。だが遺恨が残ると、彼が考えた結果のことだった。
「ありがとう。キースさん。・・・・何度お礼を言っても足りないわ」
「村を出ろとお姉さんが言ったのは、あなたがあそこに残ると辛い思いをすると案じてのことだと思いますよ」
クリシュナの心のこもった励ましに、ライアは目に涙をにじませつつ、頷く。
「俺もそう思う。君が村には相応しくないと言ったのは、きっと村の外で自由に生きる事が君には似合っていると思ったからじゃないかな。姉さんの分まで、色んなことを見た方がいい。沢山の事をな」
レインフォルスもまた励ましを口にする。感情の豊かな少女は目を潤ませ、こくりと頷いた。
「皆さん、本当にありがとう・・・・」
そう、ライアは村を離れたのだ。特殊な環境で暮らしてきた彼女だ、苦労が予想されたが。滞在先はメイディアと決まると、後のことはとんとん拍子に決まった。
馬車をギルドに返しに行く時、事の顛末を彼らより知らされた職員が滞在先を捜すことを約束してくれた。この依頼の対応したギルド職員は、ライアの事を随分と気にかけていたらしい。
そう、水竜がどこかで事件を起こすならギルドに情報が入る可能性が高い。ライアは皆に願った。
「焔さんの力で竜の内面を見て、判ったの。あの竜はもう狂ってしまっているって。きっとどこかでまた事件を起こすわ。犠牲者を増やさない為に、どうかその時にはまた手を貸して下さい」
と――。