禍の徴は、上流より来たる

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月20日〜11月24日

リプレイ公開日:2008年11月27日

●オープニング


 夏であれば子供達が涼を取るのに格好の場所である、村のすぐ傍を流れる川。村の女達はそこで洗濯物をするのが常だった。
 そこは渓流に沿って開けた一つの山村。暑い季節は子供達が水を掛け合って遊んだり、この川には笑い声が絶えないが。今はもう当然ながら水に手を入れれば冷たく、川の上を渡る風も時々身震いしたくなる程寒かった。そう夏でさえあれば周りで話をしながら仕事をする女達も、用がすめば草々にこの場を離れるよう自然なっていった。誰もが急いで仕事を終わらせようとする。誰だって体の調子を崩したくはない。当然のことだ。
 そしてその場に一人残っていた村の女が、うっかり洗濯物を川に流してしまった。他の荷物をその場に残し、慌てて後を追う。しかし水の中に入らなければ取り戻せない。考えただけで寒々しさに震えてきそうだ。
「迷っても仕方ないわね、ぇいっ」
 走りながらも靴を脱ぎ棄て、意を決して川に入る。数日前からの悪天候のせいで川は増水していて少し流れが速くなっている。ばしゃばしゃと水の中を進んで洗濯物を拾って岸を目指す途中、女は何かに足をひっかけた。岩の傍に何かがある。それに無意識のうちに手を伸ばし、それに触れたときはっとその手をすぐにひいた。
「き」
 女は尻もちをついた。彼女は視線を、そこから動かす事が出来ない。麻の服を水分が吸い取りずっしりと重くなっていく。体の大部分を濡らして寒気が這い上がってきた。
「キャアアアアア!!」
 鋭利な爪、大きく開かれた手のひら、その人ではない者の赤黒く太い腕が引っ掛かっていた。そしてその傍に岩と岩の間に何か丸いものがある。淀んだ光を失った目がどこかを見ていた―――鬼。


 今の季節、夜間ともなればかなりの寒さだ。だがその晩、村唯一の酒場ではその冷気の侵入を拒むような熱気に包まれていた。
「いい飲みっぷりだな、旦那ぁ」
「ホラ、次々持ってこーい!」
 酒場の者達は自分達も酒や食事を楽しみつつ、その対決を見守っていた。片方は20代半ばのしっかりとした体つきの村の若者。同席しているのは、茶色がかった黒髪の青い目の40歳程の男だ。見苦しくない程度に癖のある髪を伸ばしている、魔術師風のマントを身につけているが、剣を荷物と共にすぐ傍らに置いている。
「くそ、負けるか!! ホラ、空だ」
「ちょっとぉ、飲めるにしたってあんたこっちのほうは、大丈夫なんでしょうね?」
 ビールを差し出しながらも、呆れたように快活そうなウェイトレスがポケットを指し示す。中々に可愛らしい顔立ちの娘でイヤミでない程度に露出の多い格好も、似合っていた。
「誰に言ってんだ。それに勝ったら代金はただ! なんだからな」
「負けそうだから心配してんじゃないよぉ。ま、今日は無理でも後日しっかり請求しにいくけどさ。ね、エドワンドの旦那。あっという間に負かしちゃってよこいつ、二言目には金金ってうっさい男なのよぉ。こないだなんてお金であたしを口説こうとしたんだからねぇ〜?」
「う、うるせえな」
 ビールを辛くも飲み干したあと、赤い顔でウェイトレスに食ってかかる。娘はにやにや小馬鹿にしたように笑っていた。
「そりゃいかんな〜。女を口説きたければ粋な言葉の一つや二つ覚えて誘惑しなくてはな」
「まだまだケツの青いがきんちょだな、お前はよ」
「う、うるせー」
「ねぇねぇ。あたしエドワンドの旦那なら今夜ずーっと一緒にいてあげてもいいよー♪」
「・・・・久方ぶりにきて驚いた。こちらの地方の娘はそこまで積極的なものだったかな」
「ふふ、昔から寒空の下訪れた旅人を温めるのは酒と、女の柔肌って決まってるのよ旦那♪」
 周りから歓声が上がる。首筋に腕を絡められ抱きつかれ、頬を押し当てられ、男は頷く。
「ふむ。それもいいか、可愛い娘さんにそこまで言わせて何もしなければ男が廃るし、夜は長ぇしな」
「そうこなくっちゃ♪ てかその声もほんと渋くて、ぞくぞくする〜♪」
「俺は駄目でそっちのおっさんはいいのかよ! ってかまだ勝負は終わってねえから!」
「いや終わりだ、若造」
「・・・・いやまだ、うぇっ」
 旅の男が快活に笑った。
「ではこれで勝負あったな」
「うぇっぷ。く、くそ〜〜じゃ、じゃあ、賭博をしようぜ。賭博!」
「も〜やめときなさいよ、あんた、負けそうだからって」
「賭け事ねぇ・・・・」
「あの、この辺でやめときましょう」
 人垣を縫って現れた年のころ13程の少年が、渋面で言った。
「おい、ラス。お前どこ行ってたんだ?」
「用事を済ませてました。ったく、賭博だけは絶対やめて下さいって言ってるのに油断も隙もないんだからな」
 バタン! 扉が勢いよく開く。
「ったく、気楽でいいよな。こっちは寒い中見回りしてきてるっていうのによ」
 唐突に酒場に入ってくる厳めしい顔つきの男達。盛り上がっていた者達は自分達との温度差に戸惑う。
「それはあなた達が腕が立つからよ。お疲れ様、とりあえずお酒用意するわね♪」
 ウェイトレスが無理に笑顔を作って、その重苦しい空気を破った。
「何だ、あの陰気な男達は?」
「師匠・・・・」
「口が悪いおっさんだな。まぁ教えてやるが」
「・・・・喋って大丈夫? かなり顔赤いけど」
「喋ってた方が気持ち悪さを忘れられる。あのな、最近ちょっと気味の悪い事件が続いてるんだ。次々、川に化け物の遺体が流れてくるんだよ。もっと上流のほうで何か起きてるんじゃないかって話してんだけどな。ただ上の方にはもう一つ村があってな」
 飲み比べをしていた男が、ひそひそと教えてくれた。
 その村とこの村は交流があったのだそうだ。こちらの村は色々な農作物を生産しておりそれを運び、向こうの村で作った楽器や工芸品を都に売りに行く仕事を請け負っていた。長い間交流があった村で、異常が起きてかなり案じてもいるらしい。
「根拠は?」
「その村の手前に吊り橋を渡らなくちゃいけないところがあったんだけどさ、それが何者かの手で落とされてたみたいなんだ。村と村の間にはそこしか道がなかったから――孤立しちまってるんだよ、あそこは。それにでかいカラスみたいのが、あの近辺の林の上を沢山飛び回ってるのを、見たって奴もいるんだ・・・・」 
「漂着する化けもんの亡骸、飛び回る生き物の群れ、陸の孤島と化した村・・・・ね。ラス、お前はどう思う?」
「ここに流れ着いた既に死んでいた化け物が、その村の人達に退治されたならよし。もしその化け物を残虐な方法で殺したのが別のモンスターなら、‥‥村の人達の命が危険に晒されているんじゃ」
「まぁ、そうだな」
「調べに行くんですか、お師匠」
「うん、お前がな」
「はい?」
「世の為人の為に身を粉にして働け、愛弟子。お前も数ヶ月間頑張って俺についてきたんだ、少しは使えるようになってるさ」
「って、師匠は、どうするんですか!?」
「俺はこの村にいてここが万が一襲われた時、村の人達を護るために行動する」
 他の男達に酒を提供しながらも、あの若いウェイトレスがエドワンドに流し眼をくれたのを、ラスは見てしまった。――視てはいけなかったかもしれないが。
 この脂がのった四十路男め。なまじ顔と声が良くて実力があるから性質が悪い。目は口程にものを言っていたのだろう。ニヤリと師匠は食えない笑みを浮かべた。
「もし不安だったら、冒険者ギルドで応援を募ってきてもいいぞ」
「そうさせてもらいます」
 超低音でラスは呟いていた。


●今回の参加者

 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文


 二つの村を繋ぐ一つの川。上流より流れ着くオーガの死体は、人々の不安を煽るのに十分なものだ。
 師匠の指示でその調査に乗り出したのは、ラス。彼と冒険者達は件の村へ向かう。
「師匠、ここにいたら絶対貞子さんと、ベアトリーセさんのこと口説いてたって。そういう点ではついてこなくて良かったかな。さっさと村を出てきて正解だったかも」
「滞在して数日で随分と村の者達と打ち解けている風だったな。あながち村の者達を護る為というのも、嘘ではないかもしれないと思うが」
 とクロック・ランベリー(eb3776)が分析して。ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)がくすりと笑いながら評する。
「可愛い弟子をあえて苦境に立たせて、一気に成長させよう、なんて考えもあるかもしれませんよ」
「えー勘弁してほしい。ってか、まぁやるしかないんだけどさ。村の人達困ってるのは間違いなさそうだもんな」
 ラスは元々ある商家の息子として育てられた少年である。師匠の前では一応敬語を使うが、羽根を伸ばしている風なのかとにかく良く喋る。大人の中に一匹子犬が混じっているような有様だった。
「でも貞子さんに久しぶりに会えて、俺も本当に嬉しいよ」
 ラスは忌野貞子(eb3114)とは面識がある。再会時にぎゅっと抱きしめられた事を思い出したのか、少し照れたように笑った。
「アルは元気だった、心配してたかい? あいつには師匠と旅に出るとは言ってきたけど、どこに、とまでは言えなかったから・・・・」
 アルとは彼の親友だ。父を魔物の仲間に殺された後、さる縁で今の師匠のところに弟子入りした。それまでの生活を離れて違う人生を選んだのである。
「当り前よ。私も、本当に心配したわ。・・・・早まった事を、してるんじゃないかと思って」
 咎めるように貞子に言われて、ごめん、ラスは謝る。
「・・‥私もあの闇妖精の手がかりを探したんだけど・・・・何も掴めなかったわ。本当に、ごめんなさい・・・・」
「大丈夫だよ。俺はきっと見つけ出すから。そしてあいつらを必ず滅ぼしてやる」
 笑みが拭われた少年の両眼には、ここにはいない存在へ向けられた怒りがある。クロックと、ベアトリーセは事情を簡単にではあるが理解していた。カオスの魔物に運命を狂わされた少年。貞子は元より、二人も少年を気遣わしげに見つめていた。
 そして例の、落ちた吊り橋へと辿り着く。向こう岸の上空で飛び回る何かが確認できた。
「カラスというよりあれは・・・・別の生き物のようだな」
 とはクロックが。ベアトリーセが眉を顰めて、上空に飛び交うその存在を凝視した。
「ジャイアントクロウではない、あれは以前戦ったことのある魔物に良く似ているようですね。私は魔法の絨毯がありますからこの川は渡れますけど・・・・」
「皆は俺がむこうに連れていくから、大丈夫だよ。ベアトリーセさんは先に行っていてもらっていいかな? あれが魔物なら、余計村の人達が心配だ」
 少年の言うことには一理ある。また後で、と言葉を交わしベアトリーセはむこう岸に消えていった。
「ラス?」
「うん、この距離ならいけるな。貞子さんが提案してくれた方法は夏ならありだと思うんだけど。俺やクロックさんはまだしも、貞子さんもずぶぬれになっちゃうだろ? 女の人にそんな真似させられないよ」
 ラスは術の詠唱を行う。やがて彼の体が茶金の光に包まれる。彼の背後にあった植物達がうねうねと動きだした。その植物は見る見るうちに伸びて橋を形作り、向こう側の木々に何重にも絡みついた。
「よし、プラントコントロール、成功。これ短い時間しか持たないから、ごめん、走りぬけて!」
 頑丈な橋とは言い難かったが、三人は無事向こう岸へ渡る事に成功した。
「成程、これが・・・・ラスが使える魔法」
「あと石化の魔法だけ」
 まだ駆け出しだから、と彼は苦笑いした。



 林の中に開けた場所がある。途中出くわしたのは、目にしたことのある黒い両端1メートル程の蝙蝠の翼を持つ鬼だ。それを何匹かに攻撃を試みようとして、だが彼女はそれをやめた。
 ベアトリーセに気付いているにも関わらず、その者達は彼女を眺めているだけ。攻撃を仕掛けては来なかった。様子がおかしい。村はすぐさま見つかり。三人より一足先に村へ辿りついた彼女は、困惑していた。

「無事・・・・なのは良かったですけれど」
 素朴な造りの家が立ち並ぶ。男や子供達の姿はないが、疎らに女達の姿は確認できる。上空には魔物が。この状況はなんなのだろう。
「あ、あんたは」
 皆は吊り橋が落ちた以降孤立していた村に現れた人物に、驚きを隠せない。
「私はベアトリーセ。川の下流にある村でこの地の異変を察知した方達より依頼を受け、きました。ここで起きている事についてお聞かせ」
 荷物を落とした中年の女性に、震える手で掴まれた。そして建物の蔭へと引っ張られていった。
「あなた、その姿。騎士様か何かかい? あいつらを殺したりはしてない? あいつらは監視役なの。傷つけたら村の者達の命が危ないんだよ」
 強引な行動、婦人のその目には強い怯えがある。ベアトリーセは自分の推理が外れていたことを薄々予感した風だ。けれどすぐさま頭を切り替えた様子で、真剣に問う。
「まだ殺していません。教えて頂けますか? この村で何が起きているのかを」



 ここ暫くの間に、この村の周囲ではオーガ達が姿を見せるようになったのだという。昔から山に住む異形の者達の襲撃は皆無ではなかったから、腕に覚えのある者が村を守っていた。けれどそれはある時を境に、防ぎきれなくなったのだという。数が増え、村の者達は恐怖した。けれど本当の恐怖の始まりはそこからだった。
 何処からか一人の男が現れて、オーガ達を『殺害した』。相手は長身に金の髪、琥珀色の瞳のどことなく冷たい印象を与える男。彼は沢山の魔物達を引きつれて、高慢に命じたのだと。
 一つの楽器を直すようにと――。
『楽器を直せ?』
 合流した皆が声を揃えて問うた。先程の婦人の家に誘われ、声を顰め話し始めた。
「ここは楽器の職人ばかりが寄り添って暮らす村でね。良い材質の木々が周囲にあるから歴代受け継がれた技術は磨かれ、比較的有名ではあるんだよ」
「あの男も、またどこかで噂を聞きつけたのでしょう」
「男が笛を吹くと、オーガ達は同士打ちを始めてみるみるうちに屍が増えて、私達は拒否することができなかった」
 妖しい笛の音を奏でる楽士が望むのは、ある楽器の修復。
「立派な弦楽器で、今この村一番の職人が何とか直そうとしてこもっているところなんだけど・・・・」
「あの流れついたオーガの死体は」
 ベアトリーセの問いに。
「あいつらがばらばらにしたものを、村の者達が、少しずつ川に流したんだ」
 下流沿いにある村に異変を知らせる為に。
「あの笛吹く魔物が約束を守ってあたし達を殺さない確証は、なかったからね・・・・あの男も今夜にでも来るだろうさ。約束の日だ」
 冒険者達の読みは外れたが、それは無理はない。誰が村がこんな異常な事態に陥っていると思うだろう。魔物は村人達の監視を命じられているのみ。現在は襲いかかってきていない。信じがたいことに、村人達で死傷者は現在はいないのだ。
 そして続けられた言葉に、皆耳を疑った。



 ある家に現在、軟禁状態を甘んじて受け入れている女がいるのだという。
『一人女を置いていく。約束の日時まで私の代わりと思って、丁重に持て成せ』
 ―――相手は、二十歳半ば頃の女。腰ほどまで届く黒髪、黒眼の娘は、マリという名だという。信じがたい事に、ただの人間だそうだ。

「魔物と行動を共にしている、女とは」
 クロックの問いに。
「ええ、私です」
「・・・・信じがたいな。ありえんことだぞ」
 呆れたように額を押え息をつくクロック。彼の目には彼女はやはり普通の人間にしか見えないのだ。ベアトリーセも渋面になる。
「・・・・同感ですね。一体なんでそんな真似を。どういった考えあってのことかは知りませんが、魔物が約束を守るなど。楽器を直させたら本当に約束通り立ち去るとは、とても思えないのですが」
「・・・・信じてもらえるかはわからないけど。私達は、頼んでいたことを終えたらすぐにでも去るよ。だからね、私達に構わないで。私を傷つけると面倒なことになるから」
「・・・・あなたは、・・・・その旋律を奏でる者と、・・・・一体どういう関係」
「私は、あいつの『楽器』なの。それだけ」
「魔物は魔物だ。人とは絶対に相容れないものだ」
「ええ、本当にそうだと思うわ」
「なら何で一緒にいるんだ」
「・・・・成り行き、かな」
「正気なのか、あんた。あいつらは人殺しなんだぞ!」
 ラスが怒鳴る。掴みかかろうとした彼を止めた貞子。彼女を押しのけ、ラスは外へ出て行った。
「あの子は・・・・?」
「あの子はお父さんを・・・魔物の仲間に殺されてるの」
 貞子の淡々とした説明に、女は顔を歪め。そう、とだけ呟いた。



 その晩、旋律を紡ぐ者は現れた。一角獣の姿から、人の姿へ転じる。短く揃えた金髪の、貴公子然とした身なりのいい男――の姿へと。集まる村人達と冒険者らの姿を見、そっけなく告げる。

「おやおや、妙な輩が混じっているな」
 村に血の雨を降らせたくなかったら、絶対に手は出さないで。
 面会の最後に、冒険者達に懇願ともいえる言葉を、女は口にしていた。
「・・・・村の者達に危害を加える素振りを見せたら、すぐさま行動する」
 クロックの抑えた発言に、ラスは唇を噛み締める。こうして向かっているだけで異質な男の取り巻く覇気は、あまりに強い。
 怯えながらも職人が、恭しく差し出した楽器を受取り、それを進み出た真理へと渡した。
「弾いて見せろ」
 威圧的な物言いに溜息をかみ殺し。彼女は楽器を愛しそうに撫で。弦を引き、曲を奏で始める。
 彼女が異世界から持ち込んだという、ヴァイオリンという名の名器。
 彼女は酷く悲痛な音色の曲を奏でる。美しくも激しいそれを。皆状況も忘れそれに聴き入っていた。
 見事という他ない稀有な楽士――。
 魔物の男は、問う。
「それは?」
「巨匠・・・・いや、あんたには解らないよね。死者達に捧げるレクイエムよ」
「ほう、嫌味か。楽器は黙って曲を奏でていればいい。そして、小僧。私と戦いたくて仕方ないのか?」
 翼ある鬼達が男の周囲で動き出す。皆がそれぞれ臨戦態勢に入る。気が早く黒炎の攻撃を仕掛けてきた魔物を、ベアトリーセのソニックブームが切り裂いた。クロックもまた村人の、そしてラスを護るべく剣を構える。ラスは貞子が押さえた。
 一色即発――その状況を破る者がいた。

「無粋じゃない。せっかく私が名曲を弾いたって言うのに。これじゃ台無し」
 真理がわざとらしく大声で言う。邪気を振りまく者達が彼女を睨んでいる事には怯まず。
「この楽器は元通りにしてもらったし。ここにはもう用はないよ」
 凍てついた空間に沈黙が降りた。それを破ったのは、旋律を奏でる者だった。
「ふむ、確かに無粋か」
「ええ、無粋だわ」
「成程。戯言だが、聞いてやっても良い。今はそれ程悪い気分ではないのでな。皆、引け」

 不満そうに唸る声が沸き起こるが、抗う意思を見せる者はいない。男が睨むと、静まる。女性は、皆に一度会釈をした。それに気づかない様子で男は笛を、吹き始めた。とても奇妙な美しい音色だった。それに抵抗てきない者達は、自分の意思とは無関係に踊り出す。やがて皆が踊りを終えてあたりを見渡すと、二人と魔物達は忽然と姿を消していた。
 今回の依頼で最も重要とされたのは、村人の安否の確認とこの村で起きている出来事を調べる事。村人達は無事に済んだのだから彼等は役目を果たしたといえるだろう。

 魔物と人の奇妙な楽士の組み合わせ。それはこの先もメイに関わって来るのかもしれない。