【世界】のカードと、世界の意味を問う獣

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月19日〜11月24日

リプレイ公開日:2008年11月27日

●オープニング

●予兆
 タロットカードには一枚一枚、異なる絵柄と、象徴の意味がある。
 0番を司る道化師風の人物が描かれた愚者から始まり、四方に四匹の獣、中央に女が描かれる21番の世界で終わる。22枚のカードはひとつひとつが、書物としての側面を持ち、読み取るには膨大の知識と優れた占術の才能が必要とされる特殊な道具――。
 
 目を瞑りシャッフルした後。重なった順番に従い、いくつかある占いの方法のうち一つ――カードを切り十枚決められた順番で並べ、木の札をひっくり返していくと次々に鮮やかな絵柄があらわになる。八枚目、九枚目、十枚目を捲ると、やはり彼女が予想していたカードばかりが、出た。
 並はずれた的中率を誇る占い師と称された娘は、寝台の上の占いの結果を見下ろし息をついた。

「何なのかしら、最近同じカードばかり」
 その栗色の髪の若い娘が、はぁ、と息をつくと、先程までの侵し難い神聖な雰囲気が消える。
「吊るされた男、死神・・・・そして、世界・・・・。吊るされた男は、予言、それとも犠牲? 死神は破壊の後の転換、それとも転換の後の、破壊? それに、この世界の意味は・・・・」
 寝台の上で膝を抱える。幼さの滲む動作。そのまま壁に体をもたれかけ目を瞑った。考えて答えが出るかは分からなかったけれど、彼女は思考の海に沈む。
 世界、移りゆくもの、破壊、たくさんの犠牲、転換とは? その後の吉凶を占う為には、もっと何か情報が必要ではないのか。胸にあるのは、焦りのようなもの。何かが起きつつある予兆、けれど読み解く為には何かが足りない。
 
「おぃロゼ、ローズマリーが夕飯にしようって言ってるぜ! ・・・・って」
 彼女は寝息を立てていた。部屋に入ってきた14程の若者は寝台の上で占いの結果をそのままに寝入っている彼女に溜息をつく。
 ここはメイディアのある教会。占い師の娘ロゼは友人(親友)であるシスター・ローズマリーを訪ねて来て、現在教会に滞在中なのだ。何度会ってもロゼの親友は凄まじい破壊力のある個性のシスター(しかも三つ子)で、彼女の奇妙な人脈には恐れ入るばかりである。どう凄いのかは、見れば解る。ちなみに人生に悩んでいた三人を今の生活に導いたのは、ロゼなのだそうだ。
「・・・・おい、俺一人であいつらの相手しろってのかよ」
 渋面で言いつつ、寝台の上に並ぶ色鮮やかなカードを、その順番と絵柄を見て。少年――クインはさらに顔を顰めた。この占いの結果について考えながら寝てしまったのだろう。
「・・・・この間俺が見た結果と、また同じのが出たのか」
 彼女の不思議な力、その的中率の高さはさる縁で共に行動しているクインが認めるところである。百発百中に限りなく近いその能力。だからこそ心配になる。
「・・・・占なんてやめちまえ。そうすればお前はもっと楽に生きられるんじゃねぇの」
 起きていたら絶対言わない言葉が、思わず口をついて出てしまう事に唇をかんだ。少年がかつて泥棒を生業にしていた時、彼が救われたのも彼女の特殊な能力あってのことだ。彼女の力で救われる人間がいるのかもしれない。彼や、この教会のシスター達のように。それはあまりに、分かり切ったことなのに。
 彼女がかつて同じカードを幾度も引き当てたときは、決まって良くない事が起きる。彼女の命に関わるような恐ろしい事件が起きた事もあった。ある海の傍にある古城で起きた忌まわしい出来事は、まだ記憶に新しい。
 また何か起きるのでは――。毛布を彼女の肩にかけ部屋を辞したクインが案じたこと――その予感は、ある意味的中することになる。
 
 占術師の娘と、同行者のクインはその晩、ひとつの同じ夢を視た。

 色彩鮮やかな夢に登場した、一人のその存在の輪郭は曖昧だった。
 その獣は軽やかにその四肢で駆け。けれどその獅子の身体の上にはぬっと伸びた人間の上半身があった。陽の光を直視するように眩しさの中、二人はそれぞれの夢の中でその者と対峙した。彼は奇妙な言葉を二人に聞かせた。
「災禍は広がり、大勢の者が死ぬかもしれず、全力で立ち向かおうとも下手をすれば己の命を落とすかもしれぬ。広がりつつある禍の予兆を感じ取る者よ。貴様らが己が巻き込まれる運命に立ち向かい、戦う事を選ぶのならこの問いに答えよ。【貴様らにとってこの『世界』とはなんだ?】【禍が広がり平和な時が失われようと、貴様らにとって『世界』の価値は同じであり続けるのか?】」
 獣の半身を持つ男は、くぐもった笑いを上げる。
「そう永くは待てぬ。大勢が答えを持ち寄っても良い。貴様らが豪の者であるなら、しかるべき時に吾輩の名を呼ぶがいい」
 スフィンクスと名乗った存在は、眩い景色の中に溶けて消えていった――。

 
●冒険者ギルドにて
「と、まぁ。こういう訳なんですよぉ。そのロゼって娘は私の大親友で、嘘なんて絶対つかないし占いの腕もぴか一なんですの! クインちゃんもロゼと全く同じ夢を見たって言うし、こりゃ意味があるって事で。教会の皆も一生懸命考えたんですけどありきたりなことしか思い浮かばないんですの。困ってしまって」
「あ、ええと、はい、その夢に現れた者が出した謎なぞの答えを一緒に考えてくださる冒険者の皆様を募集する、と」
 受付嬢のフローラは動揺を必死に押し隠しつつ、応対していた。どどんとカウンター前にいるのは大柄で恰幅の良い、顎のあたりがうっすら青いシスターだ。相手は頬に手を当て、溜息をつく。
「あ、いえね、それだけじゃなくて」
「あぁもうっ。なんでお前が付いてくるんだよローズマリー!」
 耐えきれなくなったのか叫んだ少年の首をぐぎっと回した。今変な方向に回らなかった? 受付嬢は生唾を飲み下す。
「メンドクサイ子ね、少し黙ってなさいな。なんでこんなガラの悪い子をロゼが連れ歩いてるのか、私には全っ然わかんないわぁ〜。ええと、あなた、え〜フローラちゃん。この子に戦う術を教えてくれる冒険者の方達を募集したいの。この子は以前、ロゼが巻き込まれた事件の時、彼女を護りとおせなくて、今だにそれを気に病んでるのよ。愛するロゼちゃんを護る為に頑張りたいんですって。オホホホホ」
「て、てめぇ・・・・ローズマリー! 黙ってないとぶち殺すぞ!!」
「まぁ、口の悪い坊やだこと」
 にっこり笑いながら、頭を掴んで前後にガクガクガク。
「あ、あの、どうか落ち着いて・・・・! ええとロゼさんて・・・・、いつぞや古城の主に誘拐されたっていう女性?」
 首を摩りながら頷く依頼人の姿に。かつて少年の持ち込んだ依頼の対応をした受付嬢は、そう、と答えた。その占いの的中率を身を持って彼女自身が証明した形になった、あの一件。その不可思議な夢を二人が見た事も、意味がある可能性が高い。そして少年がこの先何か彼女の身によからぬ事が起きるなら護り通したいと願っている事も伝わってくる。
「簡単に身につくものではないわ。してもらえる事も限られているとも、思う。それでも構わない?」
「俺は魔法も使えないし、剣の腕も自慢出来る程じゃない。・・・・だからって諦めるのはおかしいだろ」
 個人的に受付嬢はこの少年に好感を持っている。恋心故に一途に頑張る存在は視てて大変に好ましいものだ。受付嬢はとびきりの笑顔で頷いた。
「依頼、確かに承りました」

●今回の参加者

 ea0489 伊達 正和(35歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1504 ゼディス・クイント・ハウル(32歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 冒険者ギルドにその日時に集ったのは、例の存在の登場する、同一の夢を見た者達である。
 夢の中で紡がれた問いに、答えること。そして依頼人の少年を鍛えること。これが今回の任務だ。
 依頼人は占術師ロゼと各地を渡り歩く生活である為、特定の所在地がない。身を寄せていた教会はあるが、特訓を行うことは内緒にしたい考えのクインの意向を尊重し、街外れの空き地で行う。
「古城での一件から二か月程・・・・見違えましたよ」
「本当に背が伸びましたね。うふふ、これもロゼさんへの愛ゆえかしら? 早く大人の男になって彼女を護りたいという」
「違うって! あいつは頼りない奴だからさ。傍にいる俺が一応護衛みたいなことしてやらねえと」
「なるほど」
「ええ、そうですよね。ふふ」
 二人は少年の様子に微笑ましいものを感じている様子だ。クロード・ラインラント(ec4629)と、シャクティ・シッダールタ(ea5989)は、占術師ロゼ誘拐事件の依頼の際、クインとは面識があるのだ。

 *

「俺は、ゼディス・クイント・ハウル。占の預言性には思う事があるのだが――それよりも件の夢の方が問題だな」
 ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)の問いたげな目に、クインは察したように頷く。
「俺はクイン。姓はねぇよ」
「では。来たるべき邂逅の時まで、クインの特訓に当ろう。俺は戦闘に左程興味はないがな」
「私は、ウィザードの元 馬祖。聞けば、クインさんは魔法を使う相手との戦いについて頭を悩ませているとか。今回、少しでも魔法に抵抗する力が付与されるような装備を選んでみました」
 ホークウィング、アデプトローブ、月桂樹の木剣、氷晶の小盾、防寒具一式、防炎の指輪――等など、元馬祖(ec4154)が袋から取り出したのは、魔法に対して守りの力が宿る物ばかりだった。
「こんなに!? 助かるけど、いいのかよ?」
「気にしなくて構いません。ロゼさんと仰いましたか、占術師の彼女を護る為に役立てて下さい。使い方、効力は後で説明しますね」
「気前のいい姉さんだな、・・・・恩にきるよ」
 不器用な少年の精一杯の感謝の言葉に、元はにこりと笑った。
「うわ。不思議アイテムが山程。良かったな! あ、俺は村雨 紫狼だ。チキュウってところから来て、現在ゴーレムのパイロットをやってる」
「‥‥天界人? ローズマリーんとこの幸人と一緒か」
 クインの独白に、村雨紫狼(ec5159)はちょっと視線をさまよわせたあと。少年の背を景気良く叩いた。
「ま、俺も一緒になって特訓受けてやるからさ、頑張ろうぜ!」
「?」
「そうそう、頑張れ。女の為に強くなろうって心意気は、気に入ったぜ」
 同じように背を叩かれるクイン。
「いや、だから別にあいつの為だけじゃ。えーと」
「その方は、伊達様。わたくしの最愛の方ですわ」
 照れたようにシャクティに微笑まれて、伊達正和(ea0489)はまんざらでもなさそうな様子だ。寄り添う二人はひとしきりラブラブなやり取りを繰り広げていた。
「あらあら、強くなる試練だけでなくてラブラブな恋人達を間近で見なければいけないなんて、青春真っただ中のクインちゃんには目の毒って感じだけども‥‥うふふ」
 クインの背後にいつの間にか立っていたのは、巨体、くるくるの金の髪、うっすら青い顎のあたり、そして黒服に身を包んだシスターだ。
「てめ、いつの間に沸いて出た、ローズマリー‥‥! あと妙な言いがかりつけんな!」
「うげぇ、やっぱりか、幸人のところの三黒星の一人」
「あらぁ、紫狼ちゃーん♪ ここで会えるなんて凄い偶然。天の導きってやつかしらぁ」
「わぁぁ両手広げてくるなぁっ」
 背後で繰り広げられる再会劇やらラブラブやらはとりあえずさておき。立てたテントの傍でクインの特訓をどのように行っていくか話し合っていた冒険者達に、クインは言う。
「例の奴を呼びだすのは四日後。そん時に、あんた達なりの答えをスフィンクスに言ってやって欲しい」
 彼等は勿論了解した。
 

 正和がクインが得意とする技の確認をした後、投擲の訓練――バックアタック、スタンアタックを実践した。投擲の訓練は人に対しては勿論行わないが、格闘技の相手になるのはクインと共に訓練を受けると宣言してくれた紫狼だ。飄々としたラブラブ侍かと思いきや訓練には真剣に行ってくれている。実際その技がどういうものであるかは、身をもって知るべし。二人が伸びた時の為、シャクティとクロードが治療係として傍に控えていた。

「ソニックブーム」
 傍の木の太い枝がザクリと切り落とされ、傍におちた。
「ご覧の通り、衝撃波ってーか、真空刃として離れた敵へ飛ばしてダメージを与える技だ。後は。すまん、シャクティ、ちょっと来てくれるか」
「はい、伊達様」
 二人は打ち合わせした後、戦闘を開始する。間を開けず踏み込み拳を突き出すが、伊達が素早く脇によけて攻撃を回避する。
「これがオフシフト。技をまともに受けるばかりじゃなく。避けて敵の隙をつくやり方をもっと覚えたほうがいいな」
「わたくしも幾つか技を伝授して差し上げる事はできますが、クインさんは身のこなしが素早いですから、そちらを生かした技を先に習得する方が良いでしょうね。では次はわたくしが」
 シャクティは優しげな女性だが特訓は結構容赦がなかった。というか熱が入ってしまったのだろう。数分後、歯が立たなかったクインと紫狼は揃って静かになって地面に横たわっていた。シャクティの慌てたような謝罪と、クロードが的確な治療を行って彼等は暫く立つと意識は取り戻したが、少々バツが悪そうだ。
「申し訳ありません! わたくしったらつい」
「‥‥いや、謝る必要はねぇよ。でも。俺は、まだてんで弱いな‥‥」
「そうかもしれん、だが。それに先程シッダールタが言っただろう。自分の適性に目を向け、その技を磨いた方がいい」
 ゼディスは無表情のまま手を掴み、クインを引き上げた。感情の起伏は少ない人物のようだが、今のは彼流の励ましらしい。クインは頷く。
「あぁ」
「次は私ですが。一度休みましょうか」
 穏やかに元に問われて、大丈夫だと答える。特訓は続行である。
「まず、私なりの闘い方なのですけれど」
 元がそう宣言した後。彼女の体の周囲にある種の力場―力が生まれたようだ。クインは持っていたナイフで攻撃を仕掛ける――それなりに素早いが、彼女は避け、羊守防、十二形意拳・羊の奥義を使い短時間で気を高めて、クインの攻撃から身を護る。
「これは自分が敵の魔法の壁役となって相手の攻撃を食い止め、その間に仲間に敵を倒してもらう時に使う戦い方です。では次」
 元の体から赤の光が生まれる。そしてその後彼女は持っていたスクロールを使用し、周囲に煙を生じさせ視界を遮り。
「‥‥!」
「相手の熱源を辿り、視界を遮り、背後から襲いかかる」
 背後に立つ元は、バックアタック+スタンアタックの寸止めで攻撃を終え、クインに語りかける。
「クインさんの嫌な戦い方かもしれませんが。人によって戦い方は千差万別、こればかりは全て教える事は叶いません。でも、ようはあなた流の戦い方を見つければいいのですよ」

 *

 一日目の夜。昼間稽古をつけてくれた正和、シャクティ、元、そして訓練に共に付き合ってくれた紫狼はそれぞれテントで休んでいる。勿論正和とシャクティは仲良く一夜を過ごしていることは、言うまでもない。
 今ここにいるのは、ゼディスとクロード。そしてクインだ。クロードは彼が疲れているのではないかと気遣っていたが、実際はどうであれ平気だと告げている。
「‥‥あらゆる戦闘の基本は敵の戦力分析だ。 皮肉な話だが属性と習得魔法が解れば白兵戦技術者より魔法使いの方が行動が読み易い」
「そう・・・・なのか?」
「ああ。単独で格上の魔法使いを相手にする場合、戦術は二種類しかない。 逃げるか、奇襲かだ。負傷が魔法詠唱の結果に直結する以上、先手を取るのは常に有効な手段となる。覚えておくのだな」
「‥‥わかった」
 ひとしきり続いた会話がやがて、途切れた。そしてクロードが口を開いた。
「私は得た魔力を持って、自分はどうあるべきか、とこちらに来たときに思いました。ただ闇雲に武器を振り回しても、体を動かしても、強くはなれない。 守りたいものを守ることはできない。そう、思ったのです」
「‥‥うん」
「どうすれば勝てるのか、ゼディスさんも仰ったように、まずは相手の手の内を知ること。この前の塔の人は風の魔法を詠唱していました。 風でも切れないものはある、雷でも感電させられないものがある。先周りして防ぐ事も可能です。魔法は万能ではないのだから」
 少年は頷き。じっと火に目を向け真顔で、考え込んでいた。

 *

 そしてクインの特訓にあてられた数日はあっという間に過ぎ去り――。



 彼等はクインに案内され、街外れのある屋敷へと訪れていた。そこにはロゼの父の友人である、ある好事家の婦人が暮らしている。
 約束の日時、現れた彼らを出迎えたのは、占術師ロゼと屋敷の侍女ミーアだ。ここでも面識のあったミーアと紫狼が再会を喜び合う。
 栗色の髪、18歳程の娘。絶世の美女ではないが、強い眼差しと柔和な面差しが人の印象に残る娘――ロゼ。
「クイン! この方達が、話していた冒険者の皆さん?」
 そこでシャクティとクロードに気付き、彼女は目元を和ませる。何かを言い掛けたが、会釈するに止めた。積もる話は後にと思ったのかもしれない。
「では、皆さん。こちらへどうぞ。『邂逅』に相応しい場所へ」
 舌っ足らずな侍女がそう切り出す。不思議そうな皆に、彼女は補足説明をした。
「ええと、この屋敷の主人は精霊に詳しい御方なんです。ロゼ様が仰る夢に現れた存在の特徴を聞くに、それなりに高位の陽の精霊に間違いないと申されまして」
 案内された場所は陽のあたる場所。暖かい季節なら、花壇の中で色とりどりの花が咲いている事だろう。代表して、ロゼが精霊を呼び出すことになった。
 ロゼは両手を組み、額に押し当てる。
「世界の異変の兆しを知らせ、世界の意味を問う者よ。尊き陽の精霊の一体よ。――スフィンクス、その問いの答えを欲するなら、ここにその姿を見せて」
 陽の光差し込む、円形の花壇に光が生じ、風が起きた。
 夢の中に現れた存在は、確かに今眼前にいてそこに並ぶ冒険者達、そしてロゼらを睥睨していた。

「待ちかねたぞ。では早速問うか。
 【貴様らにとってこの『世界』とはなんだ?】」

「生きる為に必要な空間だ。それ以上でもそれ以下でもない」
 迷いなく、ゼディスが。
「生命の息づく場所‥‥です」
 クロードが続ける。
「戦って勝たなければいけない相手であり、同時に自分達が住む守るべき居場所だ」
 とは正和がいつになく、真剣に。
「ただの異世界だ!  って、そりゃ冗談だがな。異世界だろうがよ、今はここが俺の居場所だ」
 とは紫狼がはっきりと言い切る。
「『世界』とは、すなわちそれぞれの絆、護るべき居場所です。自身の心が安らかになる場所。家族、仲間、そして‥‥恋人です。 戦に明け暮れる者であっても、帰る場所の無い戦いは虚しいでしょう。それぞれがかけがえの無い想いを護るなら、それが『世界』ですわ」
 シャクティが心情をこめて続ける。
「全てのものに意味があり、世界は移ろいやすく不安定ですが、それ故に強い。私は私と私が大切に思う全てを引き合わせてくれたこの世界が好きです。それが禍が来れば戦うと決意する理由です」
 一つ目の問答は、元の発言で結ばれた。
「成程‥‥」
 半人半獣の男は、頷く。


「では。【禍が広がり平和な時が失われようと、貴様らにとって『世界』の価値は同じであり続けるのか?】」


「平和の定義が判然としないが、本質としての価値は変わらない」
 ゼディスが、先程同様に冷静に告げる。伊達が続ける。
「たとえこれから先に何が起ころうとも、変わらない」
「禍もまた世界を構成するもの。断末魔でのた打ち回ろうと、世界は続くでしょう。故に何が起ころうと私にとっては世界の価値は変わりません」
 とは元が。
「ここに飛ばされてきて半年。依頼で色んな奴に会った。ムカツく事もあったけどさ‥‥いい奴の方が多かった。 世界平和なんて口にする程俺は出来ちゃいないけどよ。そいつらを守る為なら‥‥この世界ってのにも価値はあるぜ!」
 紫狼が照れ隠しなのか威勢良く言う。
「平和な時は失われようとも、そこに生きるものの中に希望を見出せば、世界を守る価値はかわらない。生命の灯火が消えるまで、私にとって生きることは世界に働きかけること。‥‥私は医術を持って人々を支えたい、生きる喜びを等しく皆へ。 それが可能ならば、私の見る世界は今あるものと同じです」
 クロードが告げ、シャクティが続けた。
「『世界』の価値は、希望を捨てなければ減じる事はございません。理不尽な暴力に‥‥時に、かけがえの無い絆を喪うこともあるでしょう。 命を失うこともまた、避けがたいことでしょう。ですがわたくしたちは命ある限り、先に進んでいく事が運命。絆を信じ、希望を捨てぬ強さが『世界』を護るのです」
 一人一人の答えに真摯に耳を傾けていた陽の精霊は、一度大きく頷く。
「貴様らの答え、確かに受け止めた。戦う事を選ぶ、豪の者。今の言葉に虚言はあるまい。何故戦うかも、またその胸の内に確かに決まっているのだろう。例えば。貴様はなぜ戦う?」
「俺は俺達みたいな人間とジャイアントの恋人や夫婦に子供が産まれその子がまた子を産み育てていける未来が欲しい。その為なら世界を敵に回すし神だろうとぶった斬る」
「伊達様‥‥」
 シャクティを抱きよせる伊達に、精霊は答える。
「それが貴様の望みなら、その真を護り通してみせよ。このアトランティスだけでなく、遠き異国の地においても、未曾有の大惨事が起きようとしている。カオスの魔物、デビル、地獄より出でる異形の者達が貴様らを攻め滅ぼさんと行動を開始した」
 皆の中に緊張が走る。
「さぁ、占い師達。貴様らは自らの世界でこれからどう、行動するつもりだ」
 ロゼは予期せぬ問いが向けられた事に驚きながら、毅然と告げる。
「私は‥‥世界がどこへ進んでいくのか、それを見届けます」
「貴様には自身に降りかかる禍の予兆もあるようだ。遠くから貴様らを窺っている者もいる。『傍観者ではいられぬぞ』」
「誰しもが、運命に飛び込む事こそがそれに抗う道なのだと言った人がいました。構いません。‥‥危ないかもしれない、でも一緒に来てくれる?」
 最後の言葉はクインに向けられたもの。
「お前危なっかしいからな。最後まで付き合うさ」
 ロゼは嬉しそうに微笑んだ。スフィンクスは消える直前、皆にある言葉を残した。

 全身全霊で立ち向かえ。貴様らの『世界』が壊れぬようにと。