運河の町連続変死事件、解決を求む!

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:3人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月26日〜12月02日

リプレイ公開日:2008年12月06日

●オープニング

 そこは、通称運河の町と呼び称されている、メイディアよりもっと南方に存在する町。縦横無尽とまではいかないものではあるが、水路が利用されている町では、優美な孤を描く小舟が河を渡る様を見る事が出来、味わい深い景観を生み出している。
 一部の酒場を残して、町が闇と静寂に沈もうとしているそんな時刻に。人気のない運河を進む、一隻の小舟があった。
 ぼちゃん! 何かが、落ちた音がした。船主が何かを川に突き落したのだ。大きな荷物だ。夜目が利かない者には、その布で包まれた何かの正体を掴めないだろう。
 けれど、それは人程の大きな塊。
 否、その船主の亡羊とした目に、その意味を悟るかもしれない。
 いったい、その荷物は何であるのか――。
 落とされた『荷物』は暴れる事はない。
 そこに静かな笑い声が、かぶさって。生まれる波紋。消えていくものは。
「いただきます・・・・」
 痩せた男の手のうちには、淡くひかりを滲ませる白い球。
 にぃ、と唇を釣り上げ男は球をそっと、握りしめた。

 *

 町に何か所かある、運河の船着場。その近くの橋の傍で。見すぼらしい身なりの中年の男が、くたびれた皮の鞄から、笛を取り出した。その楽器もまた、鞄同様相当な年代物のようだったが。楽器は思いのほか美しい音色を奏で出した。
 町を行き交う人達の目は、男を時に素通りしたり。ときに金を目の前の空き箱に投げ入れるくらいで。心からの賛辞を貰う事はなかったが。男はそれでその日、翌日を細々と食いつなぐだけの金は手に入れたようだ。それを丁寧に拾い集める男の近くで、誰かが足を止めた。

「魂を他者に委ねれば、このような生活は終えられるぞ」
「‥‥」
「こんな生活を続けるより、死んだほうが楽ではないか?」
 そちらを見る。そこに居たのは痩せぎす、髭面、薄汚れた風体の自分によく似た男。自分のような貧しい者は、似通った格好をしているものだ――そう思い直し。頭をかきつつも、男は苦笑した。最初不穏な言葉を浴びせられた気もするが、聞き間違いだろうか?
「死んだ方がって、言ったか? 俺は、この町が思いのほか好きなんだなぁ。金はなくても、この運河が眺められるこの橋で、笛を吹けると中々悪くない気持ちになるんだよ。たまには熱心に聞いてくれる子供とかも、いたりするんだぜ」
 へへ、と男は笑った。
「運河・・・・」
「見ろよ、ここからの眺め。夕陽が当たって、綺麗だろ? この町は朝には朝の、昼には昼の、夜には夜の顔がある。俺はこの場所でちょっとだけ得意な笛を吹ければ、そこそこには・・・・満足なのさ」
「死ぬ手伝いならしてやるが――」
 変な男だ、と想う。だがその発言が奇妙程淡々としていたから、つられて答えを返していた。
「変な事をいうなぁ。放っておいても、俺はいつかはこの町でくたばるさ。そう遠くないことかもしれんしな」
 そうか、と相槌を打たれる。
「見逃してやろう。あの方は楽の音を好むのでな・・・・」
「?」
 唐突に話を打ち切って背中を向けた男に、違和感を感じていた笛吹き男は。それに思い至り眉を顰めた。
 そうだ。その男の首にはあまりに奇妙な物がぶら下がっていたのだ。
 首飾りなどではない。細く薄汚れた、縄で作られた輪、が。

 *

 その晩、町のある屋敷にて、そこの主人が男が寝台に横たわり、胸をかきむしっていた。四十代程の恰幅のいい、大柄な男性である。真夜中、信じがたい出来事に直面して持病の心臓発作が起きた。きっかけとなったのは、寝台の脇に佇むある人物だ。
 逃げなければ、と身をよじろうとする。けれど胸を押さえつける手は思いのほか強く、願は叶わない。
 ランタンの薄明かりの下、金の髪、青い目の相手は男を見下ろしてきている。それが何よりも恐ろしい。首に縄をかけている、奇妙な風体。不法侵入した相手がガラスのような目で見てくる事より、そう、何よりも恐ろしかったのは。
「(わしが・・・・わしを殺しに)」
 相手の男が、自分そっくりだったからだ。違う、もう一人の自分がそこにいた。
「魂を差し出せば、楽になれるサ。いつ死ぬかもしれぬという恐怖からは、抜ける事が出来るヨ」
 相手は囁き。もう片方の手で首を掴む。男は一層の恐慌状態に陥った。
「お前は恐れていただろウ? いつ命が尽きるか、それが恐ろしかったのだろウ?」
 心臓発作か、それとも首を絞める手か、もっと他の要因が、止めとなったのか。
 屋敷の主人は、絶命した。顔を、はっきりと苦悶に歪めながら。隣の妻は安らかな顔つきで、深い眠りに入っているのが皮肉だった。ぬっと首を巡らせ、微かに上下するその体に、男が手を伸ばす。
「そちらも、もらっていくゾ・・・・」
 扉に体当たりを駆けるものが、いた。そして扉が、開く。現れたのは稚い少女と真っ黒い毛並みの、大型犬。少女は呆然と、同じ顔をした二人を見るが。見る見るうちに青ざめていく。犬は凄まじい勢いで吠えかかる。飛びかかっていこうとした犬に、男が手を伸ばす。そこに宿る、殺意。
「おまえの、命ももらえるのかナー・・・・?」
「バルト、待て!!!」
 犬は体をかき抱いた少女を振り払ってまで、獰猛な唸り声をあげながらも、突っ込んでいこうとはしなかった。
 彼女の目には、こちらを向いていた――死相の色濃い家族の顔が映っていた。悲鳴を上げる。
「お父様が・・・・誰か、来て!!! 早く!!!」
 少女の絶叫が静寂を切り割き、屋敷中に響き渡った。

 *

 運河の町で起きている怪事件。だが、どの事件が始まりなのか、明言はできない。
 町では日々死者達が増えつつあるが、病に侵されていた者、日々の生活に不安を抱いていた者、そういった悩みとは無縁と思われた者、豊かな者、貧しき者、実に様々で死者達に類似点はなく。全てがその何者かの手による殺人なのか、それとも他の死因であるのか医師達が全てを特定することはできないでいるのだ。
 ただ、悩みもなく明日の予定を楽しそうに語り、全くの健康体であった者が、変死した事例などもあり。皆不安を募らせていった。そう、彼らの怪死に関わる『何者』かは、魔物なのではないかと囁かれ始めたのだ。
 死者達によく似た姿で、殺害現場にその者は現れるのだという。顔色は悪く、首に縄をぶら下げているのだそうだ。目撃者は10歳にも満たない童女で、その信憑性が問われているが、彼女は嘘は言っていないと言い張っている。目撃者を募る為、情報提供者にはある一定の金額が町長より支払われる事になったが、礼金目当ての者達も多々いると予想され、その真偽も確かめる事が出来ず。中にはあったかもしれない有力な手がかりも埋もれてしまっている可能性が高い。
 いかに警備を増やそうが、怪人を捕まえる事は至難を極める――そう判断した町長は冒険者ギルドに、運河の町で起きる怪事件の解決をしてくれる者を募る依頼を出した。
 一刻も早い、事態の解決が望まれている。

【運河の町に現れる怪人】
●首に縄をかけた姿で現れる。目撃例も照らし合わせると、現場で殺害された人物によく似た姿を取る事からして、何らかの変身能力を持つ?
●犯行現場を目撃したものは基本的に殺されている。ただある笛吹き男がそれらしき男と間近で言葉を交わした物の、無事に済んだとの報告も入っている。詳細は不明。
●深夜運河を渡る、怪人の小舟の噂がある。噂は真実である可能性が高く、運河では多数死体が発見されている。

●今回の参加者

 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1259 マスク・ド・フンドーシ(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4467 ミルファ・エルネージュ(27歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

土守 玲雅(eb8830)/ 四十万 刀七郎(eb9353

●リプレイ本文


 運河の町で起きている怪事件。首に縄をかけた奇妙な人物達が訪れると殺されるという話は、実際に殺害されたと思しき被害者達が多数存在する為に、町中に広まり。事態を重く見た町長は冒険者ギルドに依頼を出し解決に乗り出してくれる者を募った――。

 依頼を引き受けてくれた冒険者達は町の入口で待っていた者に案内され、町長の屋敷へと、訪れた。
「ファーォ☆ 我輩こそ大英帝国にその名轟く愛と真実の騎士、マスクド・フ・ンドォォシッ!! この事件は見過ごせなかった為引受けましたぞ」
「初めまして、エヴァリィ・スゥ(ea8851)といいます。マスク・ド・フンドーシ(eb1259)さんと、こちらにいらっしゃる方々と共に、事件解決のために力を尽くしますね」
 男性の方は姿こそ相当奇抜ではあるが、熱意はびしばしと伝わってくる。頭巾を深く被った傍らにいる小柄な少女に礼儀正しく挨拶をされ、町長は幾らか落ち着いたようだ。もう一人依頼を引き受けてくれた参加者がいたがどうしても都合がつかず、共に訪れる事は叶わなかった。あと二人いる冒険者達は、日程の関係上初日しかいられない。だが限られた時間でも捜査協力など力は惜しまないと、約束した。
「よ、宜しくお願いします」
 町長始め、職員達が頭を下げる。
「うむ。町長、ギルド員から概要は聞いておるが、改めてお聞かせ願いたい。中でも謎の怪人・・・・こらこら、各々がた我輩を見るでない」
「も、申し訳ありません!」
 そのやり取りに苦笑する冒険者達。左程気にした風もなくマスク・ド・フンドーシは鷹揚に頷き。
「ごほん。ともかくなのだ、こやつから生き延びた生存者の話が聞きたい。あとは、今まで犠牲になった人々の情報。運河の噂にある、怪人の小船の目撃地点などだな」
「わかりました。生存者の方のお宅は確認してあります。職員ら案内させましょう。町の者達は日々、次は自分の元に例の怪人が現れるか、家族が被害に遭うのではないかと恐れています。皆さま、どうぞこの町を御救いください――」


 運河の町は広い。職員らの案内のもと、冒険者達はそれぞれに手分けして情報収集等を開始した。死者に良く似た姿の者が近くで家族に目撃されていたり、その首には特徴的な古びた縄が輪になってぶら下がっているという証言も多数得られた。怪人の影に気付き家族が被害を食い止めようと夜通し、その『狙われた者』の傍で事件が起きぬよう警戒しても、強烈な睡魔に襲われて目覚めたときは家族が冷たくなっていた――そんなことも起きているらしい。少しずつ衰弱して奇妙なうわ言を残して、やがて本当に死亡した者達もまた存在した。
 ギルドに依頼が出されてからさらに被害が拡大したことを皆が悟った。
 


「・・・・お尋ねするのは怖い気がしますが。一体何人お亡くなりになったんでしょう」
 エヴァリィの呟きに、淡々と感情を押し殺した風の、職員の返答があった。
 もうじき200人には到達するとの事だ。エヴァリィは言葉を失った。
 亡くなった者の遺族の住所等、職員の案内のもと訪れ、可能な限りの情報を得ようと尽力した。幾度か訪問を繰り返すうちに、有力な情報に行きあたった。怪人と音楽という二点を聞いて何か思い当たる事はないか尋ねると。扉の隙間から女が億劫そうにだが、答えてくれた。

「そういえば、橋のところで笛を吹いていた男が助かったって言う話は・・・・聞きましたけど。誰かが楽の音を好むから見逃すと言われたそうですよ。・・・・あの、もう宜しいですか。こんな町早く引っ越そうかしら。怖くてとてもいられないわ・・・・」
 吐き捨てる様にして家族を亡くした女は家へ引っ込んだ。沈痛な面持ちで黙った傍らの職員に、エヴァリィは言葉をかける。
「怪異が収まれば皆考えを変えてくれます、きっと。その、・・・・元気を出して下さい」
 疲れた様子の職員は、その励ましに頭を下げた。
「その無事に済んだという笛吹き男が演奏をしている橋は、確かここからそう遠くありません。行ってみますか」
 提案にエヴァリィは頷いた。



「なんとかしてやりたいものではあるが‥‥」
 いつになく神妙な調子で、ある少女との面会を済ませたばかりのマスク・ド・フンドーシは呟いた。彼の訪問に驚きつつも知っている事は全て伝え、少女は彼に願ったのだ。父の仇を取って、と。彼女に持っていたぬいぐるみを渡すと、涙を目に浮かべぬいぐるみを抱き締めた。

 あまりに多く寄せられる目撃情報に、その被害に冒険者達は寒々しい思いを抱いた。
 死が蔓延している。放置すれば被害は拡大し、運河の町から人が消えるだろう。
 
 *
 宿に集合した冒険者達は、情報交換を行った。
 目撃される怪人は、やはり複数いる。
 とある屋敷に住む、父親を亡くした一人の少女が聞いた怪人の口調。橋の傍で笛を吹いていた男が記憶している、その怪人と思しき男の喋り方。後の二人が聞き込みをして浮き上がる怪人像と、それらは異なっていた。勿論記憶が多少曖昧になった可能性があることを差し引いても、同じ種族であるにせよ最低でも三人以上は怪人は存在しているのではと皆は判断した。また、被害者の傍では強烈な眠気に襲われる家族が多数の為に、スリープやそれ系統の魔法を操る者である事が推測された。
 衰弱して無気力になり、死に至る者もまたあまりに多い。
 精神的に弱っているだけではなく、『生気』を吸い取られているかのようだ、と。実際にごく僅かではあるが、怪人が光る白い球を持っているのを目撃した者もいる。

「ただ殺すのではなく魂を回収していっているのかもしれませんね・・・・」
 そう推測するエヴァリィに、皆が頷く。
「また、我々には解らない、音楽に関わりのある者達だけが見逃されている特別な理由があるのだろうな」
「彼らが仕える者が『楽の音を好む』から、演奏家等は助かったようです。そう証言してくれた方がいました」
 しかしそういった魔物に心当たりはなく。皆揃って首をかしげた。
 協力してくれた二人は、事情があり初日のみの参加となる。二人は後ろ髪引かれる様子の彼らに出来る限りのことをするつもりだと約束し、見送った。
「‥・・身の危険を感じたら撤退もやむなしかもしれません」
「ふむ、だが・・・・吾輩はあの嬢に頼まれたのだ。嬢の家族の無念、何としても晴らしてやりたいが・・・・」
 
 そして夜が訪れた――。



 深夜、小船が運河を滑るように密やかに進む。運河付近の住人達が多数、謎の笛の音を聞いている。毎夜同じ場所に出る訳ではないが、そこにある一定の規則性を見つけた二人は、一か八かで、用意してもらった船に乗りこんだ。
 どうやら、怪人は深夜でも灯りがともっているような建物付近には現れない。人が大勢いる場所にも現れない。酒場等がある活気がある付近の運河にも現れない――。
 ならばある程度ならば絞り込める。
 そして人気のない薄暗い運河を、船頭が船を操り進んでいく。
 耳を澄ませていたシヴァリィが、囁いた。

「いけません。このままでは正面からぶつかります」
「じょ、冗談だろう?」
「エヴァリィ君は耳が良いのだ。確かだと思うぞ」
 追尾するどころではなくなった。皆の中に緊張が走る。
「笛の音が・・・・聞こえます」
 水音。やがて、確かに聞こえ始めた笛の音。不慣れな様子で櫂をこぎ正面から向かってくる船。
「・・・・!」
 動揺した船主は慌てふためきながらも方向転換をした。そこへ向け、放たれる銀の矢。身を伏せて頭上を迫りくる銀の矢をやり過ごした。必死で漕ぐ船主を二人は護る。
「ムーンアロー!」
 銀色の矢を牽制の意味をこめて、エヴァリィが解き放つ。
 淡く光る銀色の膜。それに阻まれ術は四散する。
 次に船に炎が放たれた。木の船は容易く燃え上がり。3人を抱え運河に飛び込むマスク・ド・フンドーシ。水は相当冷たい。船主の後を追い、彼はエヴァリィを抱えたまま岸まで必死に泳ぎきる。接近してくる船。
「吾輩の名は、マスクド・フ・ンドォォシッ!! この怪人め!! いたいけな少女から家庭の団欒を奪い去り、町の者らを恐怖に陥れた罪は腕立て10万回モノであるぞ!」
 寒さは気合いで吹き飛ばしたのか。ずぶぬれながらも、叫ぶ。傍らでエヴァリィが細かく震えている。敵の気力を削ごうとメロディを使おうとするが、寒さに苛まれる体は言うことを聞かない。怯える船主は迫りくる魔物を前に、すっかり腰を抜かしてしまった。

「怪人だとは、奇妙な名で呼ぶものだ。我らよりよほど奇妙ななりをしながら」
「なんだとぉう!?」
「200人の人間の魂。その全てを我が主に。我が国に戻るよう命が下った。最後にお前達全員の魂を貰おうと思ったのだが・・・・」
 魔物は失笑する。岸についた船目掛けてマスク・ド・フンドーシが接近を試みるが、船から相手が消える。別の場所にふっと現れた黒衣の怪人は続けた。どこからともなく、同様の姿をした四方から黒衣の者達が近づいてくる。
「!」
 エヴァリィ達の元へ戻り、庇うように立ち塞がる男を見て。陰気な声で、黒衣の男は言った。
「我々は、幻魔。死に至る幻を紡ぐ者―――貴様らのような者達が現れたという事は、警戒されてはやりにくくなるであろう。あの方の命が下った時であったのは、都合がいい――それならば、次なる町で魂の回収を行うだけのこと」
「待てい!」
「もうじき人間は皆死ぬのだ。男――我らの興味を引かぬ魂を持った事を幸運に思うがいい」
 そして哄笑と共に全ての魔物は――その町から姿を消した。

 明らかになったことはある。でもあの黒衣の者達が崇める主とは何者なのか。あの魔物達は、どこへ戻るのか。謎を残したまま運河の町の連続変死事件はひとまず終着した。だが根本的な解決には至らなかった為、冒険者達の心には苦い思いが残った。人々の胸に巣食った恐怖は当分消えうせる事はないだろう。