【黙示録】『竜』のカードが導くその先に

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月17日〜12月24日

リプレイ公開日:2008年12月25日

●オープニング

●ターニング・ポイント
 世界各地を。竜と精霊が息づく世界――アトランティスを滅ぼさんと。生者を脅かす『魔』の軍勢は今や、はっきりと形を表しつつある。魔物達は、確かな目的があって人を世に進行を開始し、攻め滅ぼし彼らが望むものを、手に入れようとしている。
 メイディアの外れに建つ屋敷の、ある一室。占い師の手である規則に従って並べられた、タロットカード。
 占い師が目を開くと、熟年のエルフの美女が猫のように目を細め。カードを視ていた。
 テーブルの上で10枚の木の札が表に、順番にひっくり返されていく。
「(8、9、10。【四番・ドラゴン】、【16番・塔】、【20番――審判】。最後の三枚、全て正位置)」
「意味を教えて、占い師さん」
 占術師は暫くの黙考の後に――口にした。
 魔物達と戦うのは、人間ばかりではない――竜達の中にも変化が訪れている、その可能性を。


●護るべきものとは?
「はぁああーあ」
「あーもー煩ぇなあ。いい加減言わせてもらうけどさ、隣で溜息つくのやめてくれ」
「ミーアは今とっても落ち込んでいるんですよ。・・・・ぐすっ。少しは同情してくれてもいいじゃありませんか」
「知るか。・・・・最近竜達の間で何か起きていないかある町で情報を集めてこい、なんて。適当な指示突っぱねりゃよかったって後悔してんだ。グチりたいのは俺のほうだぞ」
「ロゼさんてほんと物好き・・・・(ぼそ)。あ、なんでもないですよ。クインさんはまぁだ解ってないんですねぇ。マチルダ様のモットーは働かざるもの食うべからず。勿論これはご本人は除いて、の話です。さらに言わせてもらえば、ロゼさんはお客人ですがあなたはおまけ、だそうです」
「ああそうかよっ」
 彼らがいるのはメイディアから馬で二日弱程の、山脈の麓にある人口数百人程の小さな町である。都より離れているため、前時代的な昔ながらの建築方式が取られ、町には石が敷き詰められている道が多数存在し、赤煉瓦で造られた建造物が立ち並ぶ。
 二人はメイディアの外れに居を構える好事家のウィザード、マチルダ・カーレンハートの命により、この地に赴いた。若い娘は、ミーア。目つきの鋭い少年はクインという。ミーアは彼女の屋敷で働く侍女であり、弟子でもある。少年の方はさる縁あって屋敷に身を寄せている、占い師のロゼという娘の連れだ。
 元々炎を操る術にたけた高名なウィザードとして、夫(現在別居中)と共にメイの各地を飛び回っていたマチルダは、見た目こそ若いものの実際は結構おば(げふげふ)である。長い冒険稼業の末、彼女は莫大な資産を得た。その金を元に庭つきの屋敷を立て、現在彼女自身が好む、骨董品や特殊なアイテムを収拾する生活を送っている。が。彼女が最近興味を引かれているのは、【黙示録】に関すること。世界の行く末に関わることである。面白可笑しく暮らしていたのに、迷惑ね――。とぼやき。自分が楽しく暮らすためにハタ迷惑なカオスの侵攻を食い止めたいと本気で思っている事がうかがえる。
 自己中ではあるが、結果的に世の為になるのかもしれないから良いのだろう。たぶん。

 *

「竜の抗争が始まる暗示が出ている―――のですって。勿論全ての竜同士が、というわけじゃないと思うわ。彼等は群れないけれど、頂点に立つヒュージ・ドラゴンの元同族同士で無益な戦いはしないでしょう。だから推測されるのは一部の、魔物の陣営に属した竜と、古くからこのメイに住んでいた高位の竜――の争い」
「竜ってのはアトランティスの各地で崇められてるもんじゃねえの。魔物側についた竜なんて本当にいるのかよ?」
「勿論。竜の全てが崇められるに相応しい存在だとは思えないわね」
「北西の方角より禍の兆しがあり――そう出ているの。【ドラゴン】のカードは様々な意味があるけれど、マチルダさんにお話したとおり、今回は竜そのものを指し示しているのだと思う」
 とはロゼが。
「あ、名案を思いついたわ。私は肉体労働には不向きだし、ロゼは爺やに陽の魔法の基礎を教わってる最中だし。ミーア、それにクイン。あんた達二人でちょっと行ってきてくれない?」
 彼女はここより北西にある竜の信仰が厚いとある山岳の町の名を口にして。慌てて危険だからと止め、私も一緒に行くといい募るロゼの発言などどこ吹く風で、有無を言わせぬ調子で畳みかけ、押し切ったのだ。

 *

「ずるいですぅ。ま、マチルダ様私の修行なんて殆どしてくださらないのに。ロゼさんとばっかり難しいお話をなさったり、お傍に置いたり、ずるいったらずるいですっ」
「だぁかぁらっ。あぁあー悪い、泣くなって! うーん、・・・・でもあいつ、ややこしい事に巻き込まれる率が高いんだ。修行したいって気持ちも汲んでやってくれよ」
 町にて情報収集を行うものの、二人は現時点で有益な情報は得られていない。メイディア出発後、地図を頼りに二日目の昼過ぎにつき。喉もカラカラ、腹がすいては何とやらということで遅めの昼食を取っている。
「わかってますよ、あなた達が今まで何度も大変な目にあったってことくらい。でも修行より雑用とかの方が多いんですもん。どこかに行ってきてアイテム持ってこいとか。私は、先日陽の精霊が告げたように。今以上にカオスの魔物が増えて悪さをすることが予測されるなら、私だって強くなりたいのに」
「もしかして、これが修行なんじゃねえの」
「え」
「傍にいたら庇ったりするだろ。師匠のもとを離れて一人で難事に対処するっていうのがさ、修行だったりするんじゃね?」
 目から鱗が落ちたような顔をし、何かを言いかけた彼女が口を噤むほどの事が起きた。
 何かが落ちてきたような強い『衝撃』があった。何かが破壊される音。町の者達が顔を見合わせそちらに向かって駆けていく。椅子から立ち上がり、行くぞ、と短く言って。クインもまた駆けだした。代金を慌てて石机の上に置いて追うミーア。
 二人が見たものは。

 *

 そこにいたのは、人が抱えられる程の大きさの。同色の鱗を持つ二匹の、竜の子供。
「‥‥まじかよ。ロゼの占いも、マチルダの読みも当たりやがったか」
「きゅう」
 すぐ傍にいた光の塊は、姿を形作った。
 驚愕にざわめく人垣を抜けて、駆け寄ってきた二人を。半獣半人の男は睥睨し――少し驚いた様子だ。
 そう。その相手は先日彼らに予言を残し、去っていった陽の精霊に他ならなかった。
「ほう、成程。さすがは世界の相を見る占術師。手回しの良い事だな。‥・・吾輩はスフィンクス! 貴様らが崇める、コロナドラゴンの使者としてこの度参った!」
 朗々と響くその名上げに。神々しいばかりの姿を前に、町の者達は次々に平伏していった。
「手短に言う。人間ども、貴様らもこの地に魔物が増えつつある事は周知の事であろう。この山に古くから住むコロナドラゴンと、魔に落ちたドラゴンとの間に戦いが勃発した。戦いを終結させるまでしばらく時が必要だろう。その間、追手どもよりこの、竜の子らを護れ」
「・・・・お前」
「人は試されているのだ、小僧。貴様と共にある娘の言葉を借りるなら、それぞれの運命というものに」
 眉を寄せる彼を見下ろし、唇を歪める。
「応援を募れるようあの娘に知らせてきてやろう。人間ども、この魔物達との戦いに打ち勝て。そうすればこの先、混沌が広がる世界において貴様らは拠り所となる『力』を得る事が出来るだろう」

●今回の参加者

 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 冒険者達は闘いの舞台となる町へ、所有する駿馬で、ペガサスで、セブンリーグブーツで、特に移動手段を持たない者は馬の扱いに慣れた者に同乗させてもらい皆急ぎ向かった。案内役はスフィンクスの命を受けた陽のエレメンタラーフェアリー達。現地まで案内をしてくれる精霊の存在により、都から遠く離れた現地まで、皆道に迷うことなく向かえる。勿論速度に差はあるので、全員集合まで時間を要しそうではあるが―――。
 物々しい張りつめた雰囲気が、漂っている。
 
「ロゼからきた連絡によると、そろそろの筈なんだけどな」
「あ、クインさん! ね、あの方達じゃないですか?」
 鎧を着た男達が町をぐるりと取り囲む壁の傍で行き来している。その中で小柄な人影が二つ。片方は飛びはねんばかりに手を大きく振っている―――。

 かなりの移動力を誇るペガサスを所持するルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が、後ろに晃塁郁(ec4371)を乗せ一番最初に辿り着いた。その後に龍堂光太(eb4257)や、他の皆が続く。
 彼らを出迎えた栗色の髪にぽっちゃりとした明朗そうな少女――ミーアのほっとしたような笑顔は、皆にこの依頼を引き受けて良かったと思わせた。黒髪浅黒い肌の目つきの悪い少年、クインもまた彼らの来訪に安堵したようでもある。
 まだ魔の大軍は攻めてきてはいないが、偵察の為にか何匹もの飛行するカオスの魔物が現れたことを、仕留め切れず一部が逃げた事を、クインは説明した。
 町の戦士達は四十人程。腕に覚えのあるその者達が、協力する旨が伝えられた。その拠点に向かう途中、クインは冒険者に問う。
「こんな厄介な依頼を引き受けるなんて、奇特な奴らだなぁ。無事に済む保障はないぜ?」
「なに、パピィを守ることによって竜が安心して戦えるならこっちの益になるし、今後の関係にも得になるだろう。
 特にそんな事情がなくても、パピィを守るのには異存はないんだが」
 光太の発言に何か納得したのだろうか、クインは真面目な顔で頷く。
 到着した順に町長の屋敷へと案内された。コロナドラゴンの使者のスフィンクスと知り合いらしいということで、クインとミーアは特別待遇を受けそこに滞在していたらしい。
 先に到着した者の中で代表して光太が、前衛防衛チームと、パピィ護衛チームとに分かれる事を告げる。集会所など、使用できないかという申し出も受け入れられた。ひとまず町長の家にて匿われていた竜の子らは魔物達の目に触れないよう、町の催事の時に使われるその場所へと移された。町の戦士達も含め交代で警護に当たる事は彼らの賛同も得られ、決定した。
 今まで下級のカオスの魔物と対峙した経験はある町の者達とはいえ、飛行するカオスの魔物達は初めて目にするとの事だ。歴戦の冒険者達の力添えは大変に心強いものだった事だろう。彼らの安堵した様子が、それらを物語っていた。



 ルエラと、晃がペガサスで偵察を終え戻ってきた。魔物は今現在町の周囲には存在していないが、油断は禁物だ。
「鳥の姿すら全然見えません。それが気になりますね」
「魔法で調べたところ、現在は魔物の接近はないようなのですが」
「そういえば、町の人達と話してきたんだけど。最近、鼠達の姿を見ないって言う話を聞いたよ」
 エイジス・レーヴァティン(ea9907)が得た情報を伝える。そのやり取りに、皆警戒を強めた。危機を察知し生き物がそこから逃げる――よく聞く話だ。

「じゃ、これ置いていくから使ってね」
 エイジスが、警護に向かう前に。パピィ護衛部隊の者達に持参した聖なる釘を預けていった。時間制限はあるものの、打ちつけた箇所から直径三メートルの空間は魔物の侵入を拒む事が出来る品物。しかし、それは制約、効果範囲に制限があるので最後の手段だ。パピィの護衛の一人、鎧騎士のベアトリーセ・メーベルト(ec1201)はそれを受け取った。
 集会所に、クインが駆け込んできた。
「下級の魔物用のビール樽を置いたり、準備は整ったらしいぞ。・・・・しっかし、そんなにうまくいくかな?」
「お疲れ様です、クインさん。ええ、きっと大丈夫ですよ。お酒が好きな魔物は本当にいるんです。私が持参した清酒般若湯も置いてもらえるよう頼んできましたし、あとはご自由に飲んでもらって」
「ぼこぼこに、叩きのめすと」
 クインの言葉に、手っ取り早くていいでしょう、と笑った。
「ベアトリーセさんのマント、パピィ達が気に入ってるみたいですよ」
「あ、ほんとですか?」
 ミーアが手まねきする。奥の、陽のあたる部屋にて布にくるまれ、寄り添って寝入っている。将来はさておき、今現在子供の彼等は人が抱えられる程の大きさしかない。くうくうと寝息を立てている幼い竜をクロード・ラインラント(ec4629)は優しく見つめ、普段賑やかな村雨紫狼(ec5159)も起こさぬよう気を使い、傍にいるミーアにひそひそと話しかける。
「さっきまで先輩のお菓子を食べて、騒ぎまくってたのにな」
「ふふ、本当ですね」
 んぐんぐと光太が差しいれた饅頭やクッキーなどをぺろりと平らげ、もっとちょうだい、と騒いでいた彼らの姿も大変可愛らしかったことを記載しておく。

 *

「チビドラ、色々美味しそうに食べたり、表情がくるくる変わったり・・・・」
「見てて飽きなかったな。ほんとに」
 エイジスの言葉に同意するよう、レインフォルス・フォルナード(ea7641)が頷く。
「まさかあそこまで愛らしいとは思わなかった・・・・」
 デジカメをそっとしまい込み、光太が。頷き合う迎撃部隊の男三人。彼らが集会所を後にする時そんな会話をしていたのはここだけの話である。
 竜の子らを護ろうと決意を新たにした彼ら。穏やかな時は終わり、そして異変は間を置かずして訪れた。
 白い雲すら存在しない、その青空に黒点が増えていく。抜けるように青い空をバックに忌まわしい者達が近づいてくる。ディテクトアンデットは敵の存在を明確に伝え、指輪の中の蝶が羽根を動かし始め。協力者達は銀の装飾品を可能な限り持ち、仲間達が迎撃の態勢を整える。
 戦いが、始まった。



 山の麓に広がる町。一般の町人は隠れ、息を潜めている。
 黒点はあっという間に姿がはっきりと確認できる程になり、町へ降下してきた。
 翼ある鬼達が放つ黒炎が、町の建造物に向け放たれた。特殊な炎は、木材や人でなく石の建造物であろうと舐めるように広がっていく。
「グァアッ!!」
 ルエラが技を放ち、次々遠距離の敵相手に衝撃派を飛ばして撃墜させる。レミエラは既に起動済みだ。ペガサスに同乗する晃が彼女と連携し、ディテクトアンデットで目の前の魔物達が『本物』であるかどうか確認して素早く教えていく。
「フォデレ!!」
 意識を凝らすように動きを止め黒い靄に包まれ始めた魔物に、同様の衝撃派を叩きこむ。上空で立ち回りを演じる彼女達は敵を多分に引きつける。ペガサスの結界は打ち出される黒炎を防ぐが、そのホーリーフィールドは術者ではなく、その場に張られる物だ。そこを出ればダメージは被るのは必然。ペガサスは主人の命令に従い幾度も結界の張り直しを試みるが、術発動までの隙をつきその攻撃は彼女達にダメージを与えた。

 *
 エイジスは愛用している武器、虹光を振るい、スマッシュEXを使用し飛来する敵を、倒していった。普段温和な彼の様子が張りつめた物に代わっている。既に狂化を起こしているのだ。彼と共に正門付近を護るのはレインフォルス、そして光太だ。最近攻撃や魔法が聞き辛い魔物が現れている事は、事前に皆との話で出ていたが。彼らの読み通りその魔力の籠った武器は、確かな手ごたえで敵を倒せていた。
「雑魚でも数が多いと、面倒だな!」
 COを駆使し、敵を確実に減らしていくレインフォルス。光太が両刃の愛刀で仲間の背後に迫る敵を斬り伏せる。
「ギャアア!!」 
 耳障りな悲鳴。球体のような漆黒の炎に囲まれた翼ある魔物の接近時は、その結界内に入り込むと全身に鋭い痛みが走った。軽傷を負いつつ攻撃を試みるが。結界を挟んで攻撃は効かないらしく、攻撃を受け流し、時間を稼いでいる内に結界はたち消えた。使用時間に限りがあるらしい。そして、繰り出される爪も歴戦の冒険者達に致命打を与えるまでは当然いかない。

 壁を通りこし、かなりの数の敵が町中へ入っていく。それに一瞬気を取られた光太に、迫る魔の手。例の黒の結界に包まれた魔物達がすぐ傍まで。
「ちっ」
 しかし黒の炎が掻き消えた。
 そう、上空より晃のニュートラルマジックにより結界の効力を消された魔物を、光太がきわどい所で絶命させる。この結界は魔法解除の術が有効であるらしい。察したように晃が上空で声を張り上げる。

「その結界は可能な限り解除させます!」
 あの魔物達は、パピィの傍にいる仲間達、そして町の戦士達に任せ。今はここにいる敵に集中すべきだ。光太は手を振ってそれに応えた。
 頷き、傷を負いながらも無駄なく、ひたすらに敵の殲滅を行っていくエイジスに続き、彼等は次々に向かってくる敵を減らしていった。



 侵入者――透明になった魔物もまた存在した。晃の魔法で姿見せぬ者たちの存在も確かに確認されていたが、テレパシーを使用できない彼女が離れた場所にいる皆にそれを伝える事は出来ない。
 透明な風のように通り過ぎていく者達により、町の戦士達の中には強烈に湧き上がってきた不愉快さに翻弄される者達もいた。
「魔物の仕業だ。皆、変な考えに囚われるな!!」
 リーダー格の男が、頭を振り、叱咤した。必死で皆不快感に抗している。
 人を不快にさせるアガチオンの仕業である。密やかな笑い声が風に紛れた。

 *

 彼等はある匂いを嗅ぎとった。彼らが好む、ビールの香り、しかも酒は沢山あるようである。その広場には蓋が開かれたビールの樽が並び。単純な思考回路を持つ彼等は、すぐさま酒に心を奪われた。いつしか体は透明ではなくなり、彼等は樽を横倒しにし、溢れる酒に口に含んでいる。見慣れぬ風の酒も口にし強い刺激にぎゃっと声を上げた者もいた。集まり来た魔物の総数、二十体以上。
 これは、罠! ようやくそれに気づいた時には、集まった彼らに次々振り下ろされる武器があった。



 物が焼かれる臭い、皮膚や髪を焼かれる臭気が交じり風に流され。今やまさしくその町は戦場だった。翼ある敵相手には、防壁は役割を果たしているとは言えない。正門側で冒険者達が迎撃を行えたのは、敵が飛行してくる方向に適した場所であったからにすぎない。
 事前に冒険者の中に医療の心得のある者がいる事は、伝えてある。天界人のクロードは集会所傍で包帯、消毒用ワインなど治療道具を駆使し町の中で戦闘になった戦士達、黒炎により酷い火傷を負った者、軽傷重傷問わず怪我人の治療に当たる。隠れている事を良しとしなかった気丈な一部の女達が、見よう見まねだが彼の傍で治療を手伝っていった。除菌はされていないものの包帯も寄付されていた。あまりに酷い何名かには、クロードがアイテムを使用してその命を救った。
 パピィ一帯は、皆の守りの結界が張り巡らされている。ある者は昼でも使用できる月の術を駆使し、聖なる結界を張り、レミエラを機動させ竜の子のすぐ傍にはミーアが詰め、その彼女を護るように冒険者達、そしてクインは建物の付近で魔物と対峙していた。
 魔者達の中には、例の今までとは異なる能力を見せる者達もいた。内なる力を解放させる為か――魔物が動きを止めること十秒程。その後に特殊な防御力を得る魔物の能力は見ていれば解る。瞬時にして力が増す訳ではない。そこが狙い目、である。

「この武器が通用しないという事は、さすがになかったですね!」
 ベアトリーセのソニックブームが魔物を滅する。クインは冒険者達程の力量はない。魔法剣を使い、見慣れない異形の姿の翼ある鬼を、嫌悪を滲ませながらも紫狼と共闘して、倒していく。
 エクソシズム・コートのレミエラを使用しているベアトリーセが傍で魔物と戦っている為、直径15メートル程は魔物は行動に制限を受けているのだ。彼らでも戦いやすい条件は整っていた。
「言ったろ、これが終わったらリンデンってところでクリスマスがあるんだぜ。楽しいこと沢山だ。絶対生き残んねえとな」
 軽傷を負って顔を煤だらけにさせながらも、軽口を叩く根性はなくさない紫狼にクインはちょっと笑う。だが、その笑顔もすぐ強張った。いつの間にか建物の入口まで勝手に出てきていたパピィ達に、気付いたのだ。ミーアだけでは抑えきれなくて。バカ野郎、と毒づき。駆け寄り、押し込もうとした。
「バカ、何出て来てんだ! 戻れ」
 苦情を言うようにパピィ達が騒ぐ。乱暴に押し込んですぐ後にしようとしたクインの腕に絡みつき押しとどめ、伸び上がる。
「よせ!」
 二匹が思い切りブレスを吐き出す。激しい熱風が魔物達の一部を高みへと舞上げた。しかし規模は成獣には遠く及ばない。息も荒くなるパピィらの片方を、ベアトリーセが抱え込む。
「出てきちゃ駄目ですよ!」
 ブレスを回避した邪気を振りまく者がブラックフレイムを解き放つ。それは結界に触れ四散。その体を銀色の光の矢が貫通し撃ち落とした。クロードが援護したのだ。
「こちらへ。パピィが無事ならお父さん、お母さんも頑張れるんです」
 駆け寄り。ベアトリーセから預かったパピィに、クロードは語りかける。
「ええ、その通りですよ。いい子だから、大人しくしていてくださいね」
 二人に言い聞かせられ、パピィは――クインに捕まえられたほうも、しゅんとした。
「さて。だいぶ数は減っています。一気に行きましょう。まだ頑張る元気はありますか?」
 武器を構え再び近づいてくる魔物達を見上げ、仲間達に問うベアトリーセ。
「へっ、とーぜん! いっちょやってやろーぜ!」
「‥‥ふん、負ける気はしねえな」
「ミーアも、及ばずながらお手伝いさせてもらいます」
「いや、ミーアたんは後ろに!」
 焦る紫狼に、魔女見習いの少女は笑う。
「戦う術があるなら。非力でも護りたい物ができたなら、全力で立ち向かうべきかなぁって。私一人じゃ無理でも、皆さんと一緒なら――」

  *
 
 そう、歴戦の勇者達であれ、人一人の力では為せる事に限界がある。
 だが力を合わせれば。人同士が、また人が異なる生き物と、竜と確かな絆を結ぶ事が出来たなら。

「あれ――」
 ペガサスに騎乗していたルエラ達が真っ先に、その巨大な生き物に気付く。
 両翼を広げ、町目掛けて滑空してくる、見事な体躯の薄紫の鱗の竜。
 コロナドラゴンの登場は、今回の一件――竜の『闘い』の終結を意味していた。

 そして竜はもたらす。共闘するに相応しいと認めた存在へ、その絆の証としての精霊を、力を増す特別な品を。
 そう、彼等は魔物との戦いにおいて拠り所となる『力』を手に入れる事になる――。