ある冒険者の回想録〜青春のメモリー〜

■ショートシナリオ&プロモート


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月25日〜04月30日

リプレイ公開日:2008年05月03日

●オープニング

●冒険者ギルドにて


 その日、空には重苦しい雨雲が広がっていた。ウィルの町に冷たい雨が降り注ぎ始めたのは、その日の昼過ぎのことだった。
 いつもそれなりの、日によってはかなりの利用者で溢れ返る冒険者ギルドも、こういう多少は暇なときもある。午前中に受け付けた依頼の書類を整理していた受付の女性は、今日はいつもほどは忙しくないかしら、と考える。必要事項を記入して、ふと入り口に目をやった。かすかな音をたてて扉が開きかけていたからである。
 しかし、途中から強風で煽られたのか、扉が勢い良く開け放たれた。

 そして扉の向こうには小柄な老人の姿が。彼は太い杖をついて佇んでいた。
 完全に腰が曲がってしまっているので、いっそう小柄なふうに見えていた。毛髪は皆無でしょぼしょぼとした目もとといい、風にゆらゆら頼りなく揺れている白いあご髭といい、なんとも頼りない風情である。よくこの悪天候の中きたものだ、と受付嬢は息を呑んだ。
「お、お、おたすけ〜〜〜‥‥」
 ギルド内にいた冒険者達も皆現れた老人に、注目している。口々に皆大丈夫か、じいさん!?などと声をかけるが、老人は同じ言葉を繰り返すだけである。
「だ、大丈夫ですか!?」
 受付から飛び出して女性は急ぎ、駆け寄る。今にもその老人が倒れそうに思えたからだ。けれどそのお年寄りはがしっと背後から現れた青年に支えられ、転倒は免れた。褐色の肌に赤茶けた髪を短く刈りそろえた、中々に精悍な風貌の青年である。あきれ果てたといった様子で大仰に嘆息する。
「あ、すみません。びっくりさせて」
 扉を閉めつつ、足を止め目を真ん丸くしている女性にぺこりと頭を下げる長身の男性。
「まったく、なんだってこんな天気の日に‥ほんっとうに頑固者なんだからなぁ‥。依頼は後日にしようっていっただろ? 馬車まで出してくるほどのことなのか?」
「こんのぶわっかもぉおおぉん」
 間延びした様子で老人は叫ぶ。正確には「こぉんのぶわあああぁあああっかもぉぉおおん」だったが。持ってた杖で孫?とおぼしき男性に殴りかかり、えらく緩慢な動きだったので当然簡単に見切られはっしとそれを受け止められ。はいはい、と背中をぽんぽん叩かれている。
「あそこにゃあわしのたからがあるんじゃぞうっ。あぁあぁぁ。ゴブリンめっ。ゴブリンめええ。なんでよりによってわしのたいせつなばしょにふみこんでねじろになんかしやがったんじゃあ。おまえもなんでそれだけがたいがよくてええ、ゴブリンの一匹二匹退治できんのっ」
「無茶言うな。俺は農夫だぞ。農夫が鍬以外のもの持ったら誇りに反するだろうが。それにゴブリンの数は30匹くらいはいるって話だぞ。実の孫が怪我してもいいのか、あんたは」
「‥‥あ。あの。お話中申し訳ないのですが」
「あ、すみません」
 男性は頭をかきつつ続けた。
「このひとは俺のじいちゃんなんですが。じいちゃんの大切な場所が、ゴブリンに占拠されちゃったみたいで」
「ゴブリンに?」
「そうなんですよ。俺達が住んでいる村からそう遠くない場所に丘があるんですが、そこに今は使われていない、でもなかなか立派な風車小屋があって、先にそちらが占拠されたんじゃないかと村の者達は言っています。以前もそういうことがあったらしくて‥。まあそのときはたいした数ではなかったので、なんとかなったらしいんですが‥。今回はゴブリンの数も多いし、俺たちも手を出せなくて。そんなわけで、奴らを追い払って欲しいので、ここは冒険者の方にお任せしようと。依頼を出しにきたんです」
 ふむふむ、なる程。受付嬢はひとまず理解した。
「今のところ怪我人もなく、村からもそれなりに離れた場所だったんで、村にもまだ被害者はないんです。村と、問題の場所の間には川が流れていて、いざとなったら橋をきって、ゴブリンが渡ってこないようにしようと、見張りを立ててる状態で。実害がまだないっていうことで村ではいざ退治を、といっても重い腰が中々上がらない状態なんです。今のところこういっちゃなんですが、困ってるのはうちのじいちゃんだけですからねぇ‥。風車はとっくの昔に使われなくなってますし。村ではそんな状態なので、礼金はうちのじいちゃんのへそくりから出す、とのことですので。な、じいちゃん?」
「かねはもんだいありませんっ。あそこにおいてあるわしのたいせつなたからのかずかず‥そしてわしのわかかりしころからかきためたにっきが〜。特に、にっき、あれがなくなるか、それかわしがしんだあとみなの目に触れるようなことがあると思うと、しんでもしにきれんのです。どうか、後生ですじゃああ」
「だから―落ち着けって、じいちゃん!」
 ほろほろと老人は涙を流し始めた。
「わしの‥わしのたいせつなばしょ‥たから、そして‥わが青春のめもりー‥ゴブリンめえ、ゴブリンめぇぇえ。もがもが」
「ハイハイ。じいちゃんが今言ったように、そこにはずっとつけてる日記と、書き溜めた小説があるらしくて。特に日記を無事に取り戻してくれたら礼金は増額する、とのことです」
「そ、そうですか」
 日記? 目をぱちぱちと瞬かせながら、娘は頷く。余談ではあるがなんでも、その別宅はご老人が昔から集めてきた骨董品置き場にもなっており、宝物に囲まれながらのほほんと一日の大半をそこで過ごしていたのだという。朝送り届けて、畑仕事を終えた孫達が帰りに迎えに行く、という日々を過ごしていたらしい。
「では依頼書を作りますので、受付のほうにお越しください。タオルも今、お貸ししますね」
 今日はもう左程依頼はこないかと思いきや、珍妙な依頼が舞い込んだものだ。ゴブリンとは穏やかじゃないし、老人にとっては大事件と言えるだろうが、老人と孫の青年のやり取りを見てると少し和むものがある。しかし、日記に小説とは。羊皮紙は高価なものだが、青年と老人のきちんとした身なりを見るに、農夫といえど中々に上手くいっている裕福な農家なのかもしれない。手に入れるのも不可能ではなかったのだろうか、と勝手に納得し。ふと考え込む。
 ―――日記は誰かに見られると、確かに気恥ずかしいというのはわかるけれど。
(あんなに見られるのを恥ずかしがるなんて、一体どれだけすごいことが書いてあるのかしら‥)
 受付嬢は密かに、首をかしげるのだった。
 

●今回の参加者

 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb0131 アースハット・レッドペッパー(38歳・♂・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb4270 ジャクリーン・ジーン・オーカー(28歳・♀・鎧騎士・エルフ・アトランティス)

●リプレイ本文

 目的地であるその村は、見渡す限りのどかな風景が続く景色の中にあった。沢山の畑に囲まれ遠く青き山脈が――その美しい景観が一望できる村里。外れにある牧場では牛や馬がなんとも平和そうに暮らしていた。一件事件とは無縁そうな村、今回のゴブリン騒動(?)に関して、村人もかなり困惑しているようだった。
 ペットは敵から狙われないよう用心の為、全て村で待機となる。村の子供達が面倒を見てくれるとのことだ。敵地に向かう前に、クレリックのピノ・ノワール(ea9244)が老人に声をかけた。

「では行って参ります。これ以上ゴブリンに好き勝手な事はさせませんのでご安心を」
「そうそう。じいさん、小屋の中に取り残された青春の思い出は俺たちがきっちり取り返してきちゃるけんね」
 不敵な笑みを浮かべつつそう宣言したのは、ウィザードのアースハット・レッドペッパー(eb0131)。
「あぁあありがとうございます!なんと心強いおことばであることかっ」
 感無量、といった面持ちで老人は叫ぶ。周囲には見送りに出てきてくれた村人が多数。
「放置すると、この村にゴブリンが押し寄せてくる可能性も皆無ではありませんからね」
 村人の激励に答えたのは、神聖騎士のアトス・ラフェール(ea2179)だ。
「奴らは凶暴凶悪らしいですからねぇ・・。皆さんの腕を持ってすれば大丈夫だと思いますが、お気をつけて。宴会をいつでも始められるよう準備をしながら朗報を待ってます!」
 そう告げるのは老人の孫だ。四人は顔を見合わせ吹きだす。鎧騎士のジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)が笑顔で応えた。
「ありがとうございます。御期待に添えるよう頑張りますね。必ず、私達が皆様をゴブリンの脅威から解放致します。どうぞ御安心下さい」

●陽動
 聴いたところによると。村の周囲を取り巻く畑、そこに流れる川にかかる橋、それを渡り道なりに進むと、林の中に小屋が見える。そしてその林の端、緩やかに隆起した丘の上に、今は使われていない問題の風車小屋兼、見張り台があるのだそうだ。四人で事前に打ち合わせたことを速やかに実行した。

「デティクトライフフォース!」
 小屋から3・4匹の生命反応。半数以上・・30弱程の反応が例の風車・見張り台がある方角から探知された。
「予想通りの人数、といったところでしょうか」
「だな。じゃ、事前に計画した通りあちらの、多すぎるゴブリンをまずなんとかすっかね」
「私の演技でどこまで敵を騙せるか、少し不安はありますが。できるだけの事はしてみますよ」
 アトスがちらりとジャクリーンへ視線を転じると。敵の動きを鈍らせる為にレミエラを起動させたばかりの彼女は、応えるように微笑んだ。
「ではアトス様、早速参りましょう?」


●陽動作戦

 石造の見張り台兼風車小屋はかなり大きく、敵が根城にと目論んだのも頷ける。入口の扉を前にして、二人は顔を見合わせ。次の瞬間には扉を蹴破った。薄暗い室内、ざわめきが走る。絡みつく様な視線。その中に放たれた一本の矢。敵意を漲らせ、ぎしぎしと奇妙な音を立てて扉に近づいてきた異形の者達――。
「私の名はアトス・ラフェール! お前達を葬りにきた。ここはお前達ごときが住んでいい場所ではない!」
 アトスは朗々と宣言し、剣を抜いた。傍らで弓を番えるジャクリーン。再度、シュン! と風を切り裂く鋭い音をたて室内へ吸い込まれていく。壁に突き刺さる音。けれどそれが合図とばかりにわらわらと浅黒い肌の人ならぬ者が、外へ飛び出してきた。邪悪な形相で鉈を振りまわしてくる相手、その攻撃を受け止め。応戦しながらも、叫ぶ。
「なんだ? 聞いていたよりも数が多いぞ! ・・くそ、一時撤退しましょう!」
 二人は敵の予想外の勢力に怯んだように見せかけ、林のほうへ後退し敵を引き寄せる。途中目を見交わし、ジャクリーンが彼から離れる。何匹かは彼女についていったが、7割がたはアトスが引き受ける形になった。彼の演技が功を奏したのだろう。
 ――防戦、攻撃を受け流すばかりで決定的な致命打を与えられない騎士相手にゴブリンらは、次第に苛立っているのか、敵意だけが空回りし統率が完全に失われつつある。
 そして開けた場所に出た! 避けきれなくて腕に負った石礫による怪我をぺろりと舐めて、アトスは剣を構え直す。矢傷が先程まで痛んでいた筈だが、今は不思議と何も感じない。
「さあ、反撃開始といきましょうか」


「さて、これで奴らは戦線離脱、と。アトスとピノも数を減らせたかな?」
 見張り台付近の林の影で待機していたアースハットは飄々とした口調で楽しげに言う。たった今ジャクリーンを追ってきた数体の敵を魔法で派手に吹っ飛ばし、こけつまろびつ逃げていくゴブリンにトドメを、と弓を番えた彼女を止めたところだ。
「・・あれだけ傷めつければ、ここには戻ってこないさ、たぶんね」
「そうですわね。‥静まり返ってるのが、逆に不気味ですわ。まだ十数体は中にいる筈ですのに・・」
 ヒュン! 耳慣れた音。そちらへ顔を向けたジャクリーンの目が大きく見開かれた。



●合流

 多少の怪我は負わされたが、剣を唸らせ敵を葬り、戦意喪失した者は深追いはしない。鉈を持ったゴブリンに際どいところで大怪我を負わされそうだったが、援護で駆けつけてくれたピノの魔法で敵は消え去り事無きを得た。老人の小屋にいたゴブリンも誘き出し倒した。軽傷を負った仲間に治療を促したピノ。けれど同意しかけてアトスが嫌な予感を覚えた。
「二人が気になります。合流しましょう、治療は後で構いません」

 見張り台は要塞と化した。窓から一斉に弓矢や石礫で狙われたのである。逃げるべく背を向けた直後、攻撃されかねない。ジャクリーンが窓から見えるゴブリンを狙うべく構える。アースハットが二人に向かってくる矢や石を剣で叩き落としていくが全てを防ぎきれる訳はない。石礫などは容赦なく彼の腕を打ち、矢に肉を抉られた。
「・・っこのままここにいると、格好の的になるって感じだな」
「どうします。アトス様とピノ様が来るまで私たち二人だけで持たせるか。それとも敵の思惑通り建物に入りますか」
 矢を放ちながら冷静に告げる彼女に、アースハットは苦笑した。彼女もまたよくわかっているらしい。そう、自分たちは敵を誘いだしたが、今度は相手に彼らの砦に誘い込まれているのだ――見張り台の中へと。そして彼らは怪我を治療する魔法等は扱えない。どんどん不利になっていくのは目に見えている。二人で建物の中に突っ込むのは無謀だ。――思案しかけた時に二人は気付いた。予想より早く、ゴブリンを多数引き受けてくれた二人の仲間がこちらに向かってきてくれた事に――。



●其々の反撃

 男三人は建物の中に流れ込んだ。奇怪な動きを見せるゴブリン達は、本領発揮とばかりに三人目がけ殺到してくる。
「ライトニングサンダーボルト!」
 アースハットが仕掛けた魔法――稲妻が敵の中を駆け抜ける。衝撃波、敵がなぎ倒される音。それは、敵を混乱の渦に叩き込む事に成功した。窓が破られる音がした。だが、飛び出したものは外にいる彼女の弓が引き受けてくれる。それなりに広い小屋の奥、階段めがけて彼らは走る。邪魔するものは各々の武器や技で倒していく。
「ひときわ強い力を感じたのはこの上です!」
「俺がここは引き受ける!行け!」
 魔力で生み出した水晶の剣で敵達を葬ることを宣言したアースハットが、唸りを上げる剣を受け止め、薙ぎ払う。仲間を先に行かせ階段を護る形で剣を構えた男は、苦笑する。
「たく、俺の本業はウィザードなんだがな」
 
 螺旋状の階段を駆け上がる――その先には、一回り大きい鎧をまとった首領とおぼしきゴブリン! 側近らしき者が仕掛けてくる弓矢が肌を掠めるのも構わず突っ込み、アトスが剣で胴を薙ぐ! 背後で術を解き放つため、詠唱を終えたピノが声を上げる。

「ブラックホーリー!」
 大剣を携え二人を待ち構えていた首領格のゴブリンは、魔法に抗しきれず壁に叩きつけられる。しかし加わったダメージで頭に血が上ったのか、咆哮を上げながら素早い動きでピノに向かい大剣を唸らせる。だが、ぎりぎりで両者の間に割って入ったアトスの剣が辛くも受け止める。激しい剣戟。怪我を負わせたゴブリンが、窓から外へ身を躍らせる。
 この親玉だけは確実に仕留める! 二人の気迫と実力あってゴブリンの首領は打ち取られた。外への逃亡を図ったゴブリンは、見張り台の外にいたジャクリーンに攻撃を仕掛けたが反撃に遭い、弓技で葬られたことを明記しておく。




●あぁ 青春の・・

 小屋の中にある、老人が集めた絵や、陶器類・・絵画は破られ割れモノは殆どが原型を留めてはいなかった。だが――。
 書庫。柔らかな光が差し込む室内、徹底的に壊されたのは飾り物だけで、丸められ紐で括られた沢山の羊紙皮は多少汚されてはいたが床に無造作に転がっているだけだった。 
 あの老人にとって黄金や宝よりも大切なこの巻物が無事だったのは幸いだった。
「この小説は冒険に対する思いが伝わります。日記は・・読まなくても大体分かりますね。そっとしておくべきでしょう」


 その晩四人は老人とその家族(大家族だった)が準備してくれた宴会に参加し、酒や御馳走を振舞われながら楽しい時間を過ごしていた。

「まあ、今度はモンスターに占拠されないような秘密の場所に隠して、墓の中まで持って行くといいよ」
「はい、そうしますじゃ!! ほんとうにありがたいことでした」
 そのあと、本音と思われる独白をアトスが口にする。
「・・私も、小説の主人公になれる程の冒険者でありたいですね」
「私もそう思っていたところですわ」
 老人は皺だらけの顔をくしゃくしゃにして、笑う。
「――あなたがたなら、きっとそういった冒険者になれるでしょう。わしが、ほしょうしますじゃ」
顔を見合わせた四人に向けられたその双眸は、優しく、そして生き生きと輝いていた。