【焔の系譜】海賊討伐の為、助力求む!
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■ショートシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月12日〜01月19日
リプレイ公開日:2009年01月18日
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●オープニング
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神聖暦1003年12月末のある晩、アトランティス・メイ、ステライド領の近海を、微かに見える灯台の炎を目指し、一隻の帆船が航海していた。月精霊の形作るジ・アースで言う星座に酷似したものは、雲に隠され暗い夜空が広がるばかりで、風を受けて膨らむ帆が静かに船を進ませていた。いやに暗く静かな夜だと乗船した者達はその晩、仲間達と語り合った。今はゴーレムシップと呼ばれる風の力を借りない特殊な乗り物が使われる事もある時代ではあるが、一隻作成するだけでも多額の金銭的負担が生じるその『船』より、昔ながらの帆船は使用される頻度は高い。今この時のように帆に吹き付ける風が弱く、進度に差が生じようとも荷の引き渡しまで余裕を持って航海は始めている。誰も不安など持たず、貿易商を営む者達より依頼を受け、その商船は沢山の積み荷を乗せいつもと同じように目的の港に入るものだと思っていた。
同じくらい大きな帆船が斜前方より近づいてきて、マストに登っていた乗組員が良好とは言えない視界の中、船を確認したときにはそれは、避けられないほどの距離にいた。
そしてそれは同業者たる商船などではなかった。後方に幾つかの船も続いていた。
「俺達は・・・・海賊に・・・・襲われた・・・・人では、ないものに・・・・」
その船団によって引き起こされた、その後に起きた惨劇の中。奇跡的に生き残った乗船していた若者。人一倍体力のある若者で、泳ぎにも自信があった。比較的温暖であるメイの国、けれどそれでも冷たいこの季節の海の中で、必死で陸を目指した。途中漂流物を掴み、無我夢中で――。やがて力尽きて進めなくなった生死の境をさまよっていたころ、ある船乗りに見つけられた。上半身を木板の上に乗せられていた事が幸いした。
降伏するなら命の保証を、抵抗するなら皆殺し――。それが海賊の常套句だ。けれど商船を襲い積み荷と船を奪った族達はそのような言葉は口にしなかった――そう、一命を取り留めた青年は証言した。
ランタンの明かりで浮かび上がったのは、腐った肉を持つ者、或いはもうとうに白骨化しているような忌まわしい外見そのものの、海賊。――血相を変えた乗組員が武器を手にし攻撃をしかけてもまた、鎧を鳴らしながら前進してくるものは、人ではなかった。次々乗り移ってきた海賊達は、乗組員を恐怖の中に叩き落とし、その強さで青年の仲間を次々殺していった。
高熱が続く中、彼は懸命に状況を説明した。数日後、動けぬ彼に変わり青年を保護した船乗りが代理人としてメイディアの港へと訪れ。その商船に積まれていた荷の引き取りに現れた者達に、状況は伝えられた。積み荷の量、その損害はかなりの額である。ひとしきり喚いていた者達も、恐らくその海賊達に殆どの乗組員が殺されたという事実を知ると、静まり返った。
「物騒な世ですから、海路もまた危険にさらされていると想定して、マチルダ様にご忠告差し上げるべきでしたな」
人ごみの中、身なりのきちんとした老紳士が独白する。
「爺やさんのせいではありませんよぉ。それにしても‥‥酷い話。皆さん、・・・・お気の毒ですぅ」
「若い娘に聞かせるべき話ではありませんでしたな。大丈夫ですかな、ミーア?」
傍らの赤い髪の娘もまた、主人の命で執事と共に積み荷の引き取りの為足を運んでいたわけなのだが、予想外の事態にさすがに普段のように溌剌とはしていられない。
「あ、はいっ。大丈夫です」
マチルダ様の頼んでいた魔力の籠ったレア・アイテムの数々・・・・それも奪われた訳ですね、という独白は胸中にしまい込んだ。
●
優美な屋敷の日当りの好い一室。定位置たる長椅子から起き上がり、話をぽかんとした表情で聞いていたエルフの好事家、金髪美女マチルダ・カーレンハートは。次第に柳眉を寄せ、渋面になった。
「マ、マチルダ様‥‥?」
「あー腹の立つ!!」
空のカップをミーアに向けて投げつけてきた女主人。
「あ、危ないじゃありませんかぁっ」
「マチルダ様」
「避けたんだからいいじゃないの。ったく、魔物ども、多すぎだっていうのよ」
その美しい碧眼は怒りに燃え、怒髪が天を突くという有様だった。慣れっこの執事は顔色も変えないが、ミーアは彼の脇で小さくなっている。腕組みしたままウロウロと部屋を歩き回り、
「乗組員達が太刀打ちでないような奴らだった、魔物相手ならそれは百歩譲って仕方ないとしてもいいわ。殺されちゃった以上、責めても可哀そうだし。でもね、それとこれとは話が別よ。大切なレアアイテムの数々を、誰が魔物のアホ共にくれてやるかっ」
「どどどどうするんですか」
「海賊退治よ。ミーア行って取り戻しておいで」
「いや普通に無茶ですよ!! ミーア死んじゃいますよ!!?」
先日屋敷からある場所へと向かった占術師と相棒の少年と。共についていけばよかったとミーアはその瞬間本気で思った。
「炎の魔女見習といえど、あんた多少は使えるようになってるって。マチルダ様の荷物が乗ってる船に手を出したことを、後悔させてやる。全員綺麗さっぱり火葬してきてやんなさい」
「マチルダ様、それはあまりに危険では」
「爺やさんの仰る通りですよぉ、嫌ですよぉぉ(泣)マチルダ様がそうなさったらよろしいじゃありませんか」
「そんな気味の悪い化け物と戦ったら、暫く食事が美味しくとれなそうじゃないの(キッパリ)嫌よ! それに夢に出てきたらどうするの。悪夢は美肌の大敵よ」
「マチルダ様の体はそんな繊細じゃありませんから大丈夫です(キッパリ)!」
「いけません、そんなにミーアの頬を引っ張ったら、形が崩れます」
「いひゃいでふう、うっ、うっ」
「まったく。奴らを倒してやろうっていう気骨のある者達が集まらなかったら、その時は私が出るわ。でも、それはあくまで最後の手段よ。何も一人で行けなんて言ってないんだから安心しなさい」
「??」
「冒険者ギルドに依頼を出すのよ。ねえ、レン。あんた達が聞いてきたその海賊船の情報の詳細を、あそこの職員に伝えてきて。敵がそれなりの数で船も一隻じゃないのなら退治にも人手がいるわ。逃がさないようにして、一網打尽にするのよ」
「なるほど、マチルダ様の仰る通りですね。確かに可能であれば、一度に済ませるのが得策かと」
「ステライド領には港なんて沢山あるもの。そこにどれだけの船があり、船乗りがいると思う? 各地の私の知人にシフール便を飛ばして、それらしき船の目撃情報が得られていないか、当たってみて。派手に海賊行為を行うような奴らだもの。どこかで目撃されていても不思議じゃないわ」
執事は一礼し、部屋を辞した。女主人は、ミーアに尋ねる。
「その生き残った彼が見た敵の特徴を、もう一度教えて」
「えっと、ですね。その海賊船は旗とかがぼろぼろの、不気味な船で。そこには死人が動いているような、奇妙な外見をしたものが多々いた‥‥ようです」
「・・・・」
「あ、それと。その中には鎧をつけた、白骨化した戦士もいたようで。あと船長らしき一人が、魔法を使い次々お仲間が倒れていった、と」
「確かなのね?」
「はい」
「・・・・アンデッド」
「は?」
「ジ・アースならまだしも。もしそうなら、なんでそんなモノが『ここに』」
そう呟き、マチルダは黙り込んだ。
●リプレイ本文
●アトランティスにアンデッド?
ステライド領の都メイディアを目指していた商船が狙われた、海賊による襲撃事件。乗組員はひとりを除き惨殺されたと、言われている。積み荷は人命と共に恐らく全て奪われ、船は放逐されたか、或いは奴らの船団の一つに加えられた――と推測される。
依頼主のマチルダ・カーレンハートが人脈を使い総力をあげてメイの各地に住む知人を通して調べた所、ある港の船乗りの中で最近噂になり始めた話と、例の海賊船が非常に酷似しているのが解った。噂を辿り広まり始めた時期もまた、例の商船の事件が起きた日時の――後。近隣の港町で似たような目撃情報はないか調べられたところ、メイディアの港から大雑把にいえば南西の方角に海賊船は向かっているようだった。
それはつまり。
「マチルダ様の荷物が乗った船が襲われたあの事件は、一番最初の大きな被害を受けた事例、という事になるようです。現在遠くからジャイアント・クロウと思われる巨大な鴉を引きつれた海賊船と思しき船団の目撃情報はあっても、他に船が襲われた報告は入っていません」
その港町へ移動する途中、依頼人の代わりに同行するミーア・エルランジェ――火の精霊魔法の使い手であるマチルダの弟子――から、依頼を出した後さらに彼女達の元へ舞い込んだ事件の情報の詳細が、伝えられた。ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)のペガサスは主人の言うことをよく聞き、馬車の後を付いてきている。
「今回けりをつければ、これ以上の悲劇を増やさないで済みます。‥‥頑張りましょう」
天界人の音無響(eb4482)は今回の依頼に特別な想いをもって挑んでいた。彼女が尽力しようと思ったのは、襲撃で命を落とした沢山の船乗り達の弔いの意味が強いからだ。
「そうですね。しかし・・・・ある日突然そのアンデッドが現れたという風に、聞こえます。そもそも依頼を受けた時――竜と精霊、そして様々な魔物達・・・・何か足りないと思っていたら、この世界にはアンデッドがいなかったんだと、思い至ったんですが」
同じく天界人の龍堂光太(eb4257)が、そう口にする。
「光太様、ご慧眼ですぅ。本来、このアトランティスには、ジ・アースでアンデッドと呼ばれるものはいないのですよ、そこが妙なのです。いない筈のものが、いるって言うことですから」
とミーアがチキュウ出身の光太と響へ、真面目な調子で言う。
「死後人々の魂は精霊界へ行く――肉体を失った後、地上を彷徨う魂の存在など普通、あり得ないんです。それがアトランティス人の考え方です」
とはルエラが補足した。鎧騎士のパラの女性、シファ・ジェンマ(ec4322)も頷く。
「・・・・とても珍しい類の事件、なのだと思います。なぜ彼らがこの地に現れて悪さを仕出かしたのか、解った事は書留め、マチルダさんに書面で提出しますね」
「よろしくお願いしますぅ、助かります」
ミーアはほっとしたように、顔を緩める。強い意志で海賊の討伐に乗り出してくれた彼らに、頭の下がる思いを抱いているのは彼女の様子から、想像に難くない。
海賊船の捜索に必要なゴーレムグライダーの機体数は冒険者ギルドに伝えられ、既に港にグライダーは手配されている。到着後、すぐさま船に乗り込み行動を開始することになっている。
●海賊船の捜索
船に乗り込む際、ルエラのペガサスは乗船を許可された。最初は羽根が生えた馬という珍しい生き物に少々面食らっていた船乗り達も、
「乗員の安全は檻に入れて確保しますので」
と 礼儀正しく頼まれ、また大人しく言うことを聞いているペットの様子に、見咎めるものは現れなかった。船には三台のゴーレムグライダーが積み込まれている。
やや風が強く、雲行きも多少怪しいが、出港は通常通り行うということ。
「大丈夫、俺達が必ずあなたがたを守りますので」
今回の船のかじ取りを行うのは、熟練の船乗り達だ。陽に焼け屈強な男達とて、海賊船と聞いて、それがさらに大きな商船を襲った異形の者達と聞いて不安を持たないのは難しいだろう。それを見越して響が、そして皆が安心させるよう声をかける。
ミーアが船長の前に進み出て、告げた。
「先日山岳の町を、魔物の大軍が襲った事件があったんです。私もその場にいたんですが、その事件の時にこちらの光太様とルエラ様は他のお仲間の方達と尽力し町を、皆を守り抜いてくださったんです。響様もシファ様も、お二人がよくご存じの御方、とても信頼できる方々だと。ですから」
「すまねえな、嬢ちゃん。ミーアって言ったか。こいつら、あんたがたを信用してない訳じゃねえんだ。ただ、こいつら、死人が動かしてる海賊船なんて聞いたことねえもんでよ。まぁ、俺もだが」
アトランティスに暮らす者にとって、死者が現世にとどまるというのはそれ程までに馴染みが薄いものなのだ。新手の魔物、と思ってるのが彼らの言動の端から伺える。
鼻を乱暴に擦り、はあっ、と呆れたように船長は息をついた。
「ビビってる奴等は、けつを蹴っ飛ばして気合いを入れとくから大丈夫だ。同じ船乗りとして見過ごせねえ。死人がこの世を彷徨うのも、そんな奴らに船乗りが襲われるのも我慢ならねえ。そうだろう、お前ら!」
一喝され。後ろで船乗り達は、やがて顔つきを改め。おお!! と声を上げた。
「俺らは全力で協力するから、何としても事件を解決してくれ。頼んだぜ!」
*
「発見してもしなくても時間を決め一定時間後船に戻り、お互いに結果を報告し合う形式にしましょう。その中で海賊船らしき船を発見したら、船に戻り報告。その後皆で海賊船を叩きに向かう――といった手法は、如何でしょう?」
近隣の港を拠点とする船乗り達の海賊船の目撃証言から、恐らく次なる出現場所はこの近海だろうという、大体の海域を割り出すのがやはり精一杯だったようだ。その後は彼らにかかっている。提案したのはルエラ。仲間達の同意を得て、方法はそれに決まった。彼女はペガサスで、光太、響、シファはゴーレムグライダーを使用し海賊船を発見できるよう、尽力する。ミーアもマジックアイテムを使用すれば上空からの探索が可能ではあるが、他の面々と違って彼女は航空の知識がないので、最悪拠点となるこの船を見失ってしまう可能性がある。それをふまえて船の守りとして残る事になった。
時間を図れる道具を持参していない者には、ミーアがマチルダから事前に借り受けてきた、天界のアイテムを貸す。貴重品とのことで扱いには気をつけるよう言われていたが、ミーアはとりあえずその件は沈黙している。いや普通に使っているだけなら壊れないだろうからして。
「地球の物語の中にもある、幽霊船・・・・。船自体がお化けだったりもする場合もあるのかも? その辺も一応注意して・・・・」
その点を、皆考えていなかったらしい。皆の視線を浴びて、響が目をぱちくりとさせる。そうなのだ、アンデッドと思しきものが乗っている、だけでなくてその船もまたそうである可能性は大いにあり得る。皆それを肝に銘じた。
航海図を船長も交え、皆で話し合った後。海域のある場所に出たところで、三機のゴーレムグライダーが甲板から飛び立つ。ルエラのペガサスもまた檻からだされ、翼を優雅にはばたかせ、飛翔していった。
一定の時間ごとに母船へ戻り結果を報告しあう。今までゴーレムグライダーの訓練や使用してきた実戦での経験を生かし、横から強く吹き付ける海風の中グライダー乗り達とペガサスと共に行動するルエラは、懸命に海賊船の探索をした。ただしゴーレム稼働時間を失念することはできない。体力、精神力共に消耗していくゴーレムの例にもれずグライダーもまた個人差はあるにせよ、稼働時間に限りがあるのは同じだ。ゴーレム乗りとして経験をつんだ彼らがそれを失念し、海に墜落する事などあり得ない。船の上での話し合いでその点も気をつけようと、改めて確認し、消耗した体を休めるべく休憩時間に関しても事前に話し合われていた。
幾度探索、報告、を繰り返したことだろう。日数は過ぎ、皆互いに励まし合い捜索を続けた。依頼を引き受けた者達は、この件に関われる日数に限りがある。焦りは口にしなくても、このまま見つからないのではないかという思いが、皆の胸に巣食い始めた。そして探し始めて5日目―――。
いつもと同様に戻る時間を決め、四方に散った彼ら。
グライダーを駆るシファが、遠方の海上に本当に小さな黒点を見つけた。戻る時間にはまだ僅かに猶予がある。母船の場所を再度確認した後、接近を試みる。
海面が朱色の空の色を写し取る、遠くから闇が忍び寄りつつあるそんな時刻。
「これが・・・・」
ある程度の距離を保ち、シファがその優れた視力で詳細を確認する。船の上には奇妙ななりの者達が動いている。否、蠢いているといった方が正しいのかもしれない。人とは思えない動きで、よたよたと気味の悪い動作を繰り返す。
船の数、三隻。船団と、シファ達の乗る母船が進んでいた航路は、皆の読みとは僅かにずれていた。
事前にしっかりと打ち合わせをして、効率化を考えて戻る時間を定め、情報交換を徹底しそれを繰り返していた事が幸いした。下手をしたら取り逃がすところだった。
奇妙なルート。血のように紅い―――ぼろぼろの旗をはためかせ、海面を進むどす黒い船舶、その存在をぎりぎりのところで見つける事ができたのは、まさしく僥倖に違いなかった。
●亡者たちの船
急ぎシファが戻り皆に状況を報告したのち。皆の中で歓声が上がる。船長は航路を変更し海賊船へある程度の接近を試みるべく、動き出した。船を近づけ過ぎると、この船の乗組員の命が危険に晒される。事前の打ち合わせ――それぞれの方法で海賊船に向かい、戦闘を仕掛ける策が実行された。先鋭である彼らが奇襲をかけ、一気に敵を倒す考えだ。
「いつでも出発してもらって大丈夫だ。お前さん達、くれぐれも気をつけて行って来いよ!」
船長を始めする皆の激励を受け、皆、力強く頷く。
「ミーアさんも本当に行きますか? この船に残っていても大丈夫ですよ」
ペガサスに乗りながら、ルエラが声をかけた。そう、面倒見のいい彼女が一番、今回の同行者で年若い彼女を気にかけていた。アンデッドに生理的に恐怖を抱いているらしいにも関わらず、師匠の命により健気にも同行した若い娘だ。そう促す声も、優しい。
「見て気持ちがいい類の敵では、ないですから」
その目で見てきたシファの発言も、間違いなく彼女を慮ってのものだろう。響も傍らで尋ねる。
「お師匠さんに何が何でも戦ってこいっ! って言われている訳じゃないんだよね?」
「えぇと。・・・・命の危険を感じる程なら、無理はしなくてもいいとは、いわれています」
「なら。あの船に積まれている物は出来る限り運び出そうと思っているし、その点も心配いらない」
光太もまた、そう告げる。ミーアは一人一人を目を合わせ、ちょっと微笑った。
「お師匠様には怒られちゃうかもしれないんですが。私、マジックアイテムの事よりも。どうしても殺されてしまった人達の事ばかり考えてしまってて。そんな不気味な敵にいきなり襲われて、怖かっただろうなあ、と。さぞ、無念だっただろうと・・・・。商船だからこそ、狙われたのかもしれませんし、なら尚更責任も感じます。だから、できれば仇をとってあげたいんです」
そう、これは弔い合戦でもあるのだ。四人同様ミーアもそう思っている。彼女は手にしたロッドと箒を強く握った。
*
「これで、声に出さなくたって連携出来るから」
響の月の精霊魔法テレパシーが、皆にかけられた。これで海賊船で傍にいて声を発さずとも、連携が可能になった。時間制限は一時間。術の効力が切れる前に――敵の親玉を叩く。
海賊船の場所はシファが把握している。グライダーが風を切り、彼女の後を皆が速度を上げ近づいていき、海賊船目掛けて高度を下げる。そしてシファはいざというときの為に上空から他の帆船の様子を見張り、仲間達の援護を行うべく離脱した。
そう、彼らが狙うは追従している船ではなく、母船と思しき先頭の巨大な帆船――!!
「セクティオ!」
立ち塞がる亡者に突撃し、強引に甲板へ着陸したルエラ。そのあとに皆が続き、降り立ったったときには既に武器を手にしていた。
「本当に幽霊船、海賊船・・・・とは、恐れ入る」
不気味この上ない外見の者達を武器で押し切りながら、光太が言う。
冷たい海風が吹きつける中、不死者達が生者である彼らへと群がってくる。腐った肉体、眼球は飛び出し、或いはそこには空洞があるばかり、といった者も大勢いる。
「(これはやはり京都で噂に聞いた、アンデッドのようです)」
前方の敵だけでなく、背後から近付いてきた骸骨の戦士の体を打ち砕き、すぐさま次の敵へと向かいながら響が、皆にそう教える。
総勢、数十匹。しかし船内から次々現れそうな気配である。荷物が隠されているなら、中だろう。中央に船内へと続いているらしい入口が見える。
そして唐突に吹き付けてくる冷気。周囲の気温が、一気に下がった。ただでさえこの季節の海風は冷たいのに、顔が、むき出しになっている部分の肌がびりびりと痛む。
「(船内へ向かいます!)」
船内は魔物の巣窟になっている可能性が高い。それでも怯まずルエラがそう皆に宣言し。ペガサスにレジストデビルを付与させ、船内へ彼女は突っ込んでいく。
「ルケーレ!!」
繰り出される攻撃から身を守りすかさずカウンター攻撃、スマッシュをたたきこむその技。それで順次なぎ払い、敵数を減らしていく。その強さに抗しきれず、彼女の傍で敵が次々倒れていく。
仲間達は寒さに行動を鈍らされ、圧倒的に多い数、押し寄せてくる者達に剣を繰り出され、或いはその長い爪で肌を切り裂かれ、手傷を負わされていった。だがその反面確実に敵数を減らしていっているのは事実だ。そして甲板で戦う光太と響を強烈な吹雪が見舞った。
「(水の精霊魔法――?!)」
この急激な寒さも、吹雪も。
「(そういえば、魔法の使い手がいると言っていたな!)」
だがそして合わせて襲いかかってきたジャイアントクロウ達の攻撃に、凄腕の勇者達といえど攻撃を防ぐことは難しい。武器を握る腕と、頭を狙う鴉達。彼らを援護すべくシファとミーアが行動する。グライダーで甲板に降り立ち、シファが再び群がってくる敵から彼らを護るべく盾になる。COを駆使しシファが持ちこたえている間、響と光太が戦線に復帰した。
「マグナブロー!!」
ミーアの声が響く。船首の方で派手に上がる炎の柱。その周囲でジャイアントクロウが炎の中でのたうちまわる。骸骨兵士達が散り散りになる中、燃え移る炎の中ひとり平然と佇む者。肌の表面をふじつぼや海草などで覆い、大きな曲刀を手にし、古びた海賊風の衣装をまとっている――亡者。眼球はないのに、表情筋など失われているだろうに、皆はその者が嗤っているように見えた。
「(魔法を使っていたのは、あの亡者ですぅ!)」
その直後、水の塊が凄まじい勢いでミーア目掛けて飛び、炸裂した。ウォーターボムだ。
「きゃああああっ!!」
悲鳴。箒を握ったまま空中を激しく、くるくると回転し、フライングブルームから手が離れ、少女は甲板へと落下した。比較的軽傷で済んでいるシファが彼女を救うべく、ミーアへと向かうアンデッド達を斬り伏せていく。ミーアは、まだ高速詠唱が使えない。魔法の発動まで時間が必要なのだ。
「(お二人は、あいつをお願いします!)」
顔を見合わせ合い、駆けだした二人。アンデッドであっても、カオスの魔物であっても。その魔力は無尽蔵ではない。この地に存在するものに共通する理のようなものだ。そんな中闘い続けるのは難しい。立て続けに魔力を使い続ける者としては、いずれ力も底をつく。アンデッド達は統率のとれない動きで我武者羅に向かってくるだけ。雑魚ならば、付け入る隙はある。
船首へ――到達した!
響が繰り出した重い一撃を、船長はその剣で受け止める。亡者を取り巻くのは黒い炎の膜。燃える黒いそれは結界。それは精霊魔法とか根本を違える、邪悪なる魔法だろう。組みあう時に光太と響の体にびりびりとした痛みが広がっていくが、共闘を試みる二人は怯まない。
「死んでいった者達がいる、託された船乗り達の言葉がある。だからこそ負ける訳にはいかない」
光太の攻撃を盾で受け止めるが、立て続けに攻撃を仕掛けられ高速詠唱は使えないのだろう、得意とする魔法を繰り出す猶予を与えられず亡者は劣勢に追い込まれていく。他のアンデッドはシファとミーアが食い止めている。
「(それらしきマジックアイテム等は見つけました。このまま運び出します!)」
ルエラの声が、船内から聴こえた。テレパシーの効力はまだ切れていない。足でヘリに体を押し付け、響はその船長の首に狙いを定める。
「これ以上、お前達の好きにはさせない!」
響が繰り出した重い一撃を受け、首を落とされた亡者は最後に何を思っただろうか―――。
「消えていく・・・・・・!?」
数多いた亡者達の一部が、消えていく。そして皆気付いた。
ゴゴゴゴという鈍い音が辺りで聴こえる。船が海に飲み込まれていく。それとも、下から消えて行っているのだろうか。
「行こう!」
光太が焦り声を上げる。怪我が痛むが、命がかかっている。その体に鞭打って、皆それに習って駆けだした。
現状をもはや追及する時間も惜しい。船が傾きつつある。異変に気づいた時は皆、ゴーレムグライダー目掛けて走り出し、ミーアは箒をに跨り、浮遊した。ルエラも甲板へ飛び出し、ペガサスに乗り船から離脱する。その数隻の船は少しの時間を置いた後、その海上から完全に姿を消した。
●彷徨える魂に、安寧を
ルエラが持ち出せた荷物には限度があったが、それでも半分以上のマジックアイテムはマチルダの手に無事渡ることになった。
「お疲れ様」
港町で帰還した冒険者達を出迎えたマチルダは、彼らが負った怪我に驚き持参していた治療アイテムを使用し傷を多少だが癒してくれた。治療を終えた後、ちょっぴり色をつけてくれた報奨金も執事より、渡される。
「収めて頂戴。ありがとう。――助かったわ。これはあくまで応急処置だから、後は早めに教会で治療してもらいなさい、その方が確かだから。レン、この町の教会に急いで運んであげて」
高圧的な金髪美女と思いきや――言葉や振る舞いは乱暴だが、どうやら決して冷たい人物ではないらしい。傍らに控えていた老紳士が、皆を馬車へと誘う。
「その前に。マチルダさん、こちら報告書です」
シファは今回の顛末したため報告書を作成していた。マチルダは頷いてそれを受け取る。それを見て、ふむと頷く。
「なるほど、判りやすいわ。・・・・これを見ると、ふぅん、やっぱりそうか」
「「「「「?」」」」」
「ジ・アースに現れるアンデッドに関しての情報をまとめた、写本が宮廷図書館にあったのよ。それで見たアンデッドの特徴とやっぱり一緒だわね。・・・・そっくりのカオスの魔物というより、アンデッドと考えた方がしっくりいくわ。その写本によると船長を倒すと、呼び出されたアンデッドは消えていくとあったし、今回貴方達が見たのと、一緒でしょ」
黙示録に関わることを独自に調査していたマチルダが、可能性として考えられるのは、こういったことらしい。
最近地獄の入口が開いた事により、状況が代わり一部のジ・アースにしかいないアンデッドが、本来居る筈のないアトランティスに出現した――ということ。アトランティスで霊魂が精霊界にはいかず地上にとどまるようになった、というより余程納得のいく考えだ。
「でもまぁ。貴方達が倒してくれたなら、とりあえず一件落着ね。この子、役に立った?」
彼女が奮闘したのを見ていた冒険者達は、頷いた。一度危ない場面はあったけれど。マチルダはミーアの鼻をつまみあげ、軽く頭を小突いた。
「それは良かったわ」
「お師匠様、痛いですよぉ。ってか本当にマチルダ様もいらっしゃれば良かったのに。本当に気持ち悪い方々でしたよ。倒すの大変だったんですからね〜。海賊船を捜すのも、皆さん一生懸命頑張ってくれたんですから。もっとちゃんとお礼を言ってくださいっ」
「さっき言ったわよ」
「もお、マチルダ様ったら(汗)」
死者はしかるべき場所へ。死者と生者は住む世界が、当然ながら異なる。
彷徨い一線を越えてきた者は、本来いるべき場所へと戻さなければならない。それが生者に仇なす者になり果てた存在であれば――この地は明日へ生き行く者達の為の、場所なのだから。
―――かくして、彼らの奮闘によりステライド領の近海で起きた商船襲撃事件は無事、幕を下ろしたのだ。