【導きの風】死にゆく者の祈り、そして――
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■ショートシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月12日〜01月19日
リプレイ公開日:2009年01月21日
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●オープニング
メイの地図上に描かれている、東西に伸びた山脈をご存じだろうか。その傾斜が緩やかとは言い難い山中の、とある場所にはその地にしがみ付く様に作られてた人里があり、そこで密やかに暮らす民がいる。時代と共に変わりゆく下界の都、町、文化とは一線を隔して、陽精霊を始めとする精霊を祀り、コロナドラゴンを崇め、昔ながらの生活を続けようと決めた民が。
少し前にコロナドラゴンと、魔に落ちたドラゴンの間に抗争が起きた際、その戦いの場からそう遠くはないこの里もまた、危機に晒された。けれど民を護る為に尽力した者達もいた。
そう、この山脈のある場所で暮らす、竜の中でも絶大な力を誇るコロナドラゴン、その子供は三匹。二匹の幼い竜はこの山の麓の町へと預けられ、一匹はこの隠れ里へと身を潜めた。敵の追手を二分する為でもあり、長い間精霊と竜の為に生きた民を、自分達の抗争の末に死なせないよう、成獣には及ばないものの力を尽くし、守護者としての役割を担った。その際陽の精霊達もドラゴンパピィを、里の者達の守護に力を尽くし、追手のカオスの魔物が現れた際も戦った。
その里の民は永い間自然と向き合い、竜と精霊達に祈りを捧げ、熱心に彼らを祀ってきた。人間ではあっても、彼らは精霊達にとても近しい。心が、というべきか。
竜の闘いがコロナドラゴンの勝利により決着を見せた後も。麓の町へ預けられたパピィよりは大きな体の紫の鱗の、守護者たる竜はたびたびこの里に現れた。親の竜であるコロナドラゴンもまた、この地の民と、そして竜の子らを護る為戦った冒険者達の双方、今後彼らの力が必要とされる時には助力を惜しまないと約束を口にした。
そして神聖暦1004年を迎えたばかりの某日――、その里の長の血縁にあたる老婆が、里に訪れていた竜の子に面会を願い現れた。
「竜の若君、わしはもう長くはありませんのじゃ。かつてこの地に蛮族の侵入を手引きしたわしの孫の所業により殺されても文句は言えない立場にありながら、里の者らの温情により命を永らえてまいりましたが、生き恥を晒すのもそろそろ終わりのようでしての」
ふぉふぉ、とくぐもった笑いを立てる老婆の周囲で、皆が顔を強張らせている。
『お前は、昔から医療の心得を持ち、人々の命を幾度も救ってきたと聞いている。里の人間の命綱だったと。孫はお前とは別の人間ぞ。そのように言うのはよせ』
老婆は泣くのを堪えるように唇を震わせ、ゆっくりと頭を下げた。閉鎖された里での生活に嫌気がさして飛び出した彼女の孫がこの里に眠る宝のことを愚かな者達に話したことで起きてしまった惨事は、時を経ても拭いがたい記憶として皆の中に刻まれている。
「竜の若君はお優しい。ありがたいことですじゃ。薬師としての知識は長の妹君であるリフィア様にお伝えしてきました。わしの思い残すことは、あと一つ・・・・。お力添えをお願い申し上げたいのです」
『なんだ』
「とうに失ったと思った占の才が死期を間近にして・・・・皮肉にも蘇ってきたようなのですじゃ。数十年の昔、遠き異国の地に生きた高貴な方が殺される寸前、親しい精霊に託し、遠きこの里まで運んだ、宝玉。あの日のことをよく覚えております。・・・・託されしまわれているあのオーブの継承者の姿が視えたのでございます。蛮族共が襲ってきた時にも守り抜いた、今なお! 宝の中にしまわれているオーブが。陽の竜たる御方の若君なら、あの娘をこの地に誘う事が出来る筈と思いましたでございます」
『なぜ、そのように思う』
「水晶に映っていたのはコロナドラゴンの末の若君とお見受けする竜と。ひとりの少年。その傍らにいる藍色のローブをまとった若い娘がおりました。その娘が占の札を扱うのも、視ました。その娘が踏みこもうとしている場所に渦巻く、不吉な穢れも見えましたでございますじゃ。占い師は自分の運命を知ることは難しい、優れた占い師であればある程、自分の運命だけは見抜けないもの、ならば導いてやりたいのでございます。あのオーブは元々この里の品ではございません。然るべき担い手の元へ・・・・わしの命があるうちに、・・・・なにとぞ、なにとぞお願い申し上げます」
『弟を預けた少年には心当たりがある。お前達も周知であるスフィンクスを遣わせよう。しかし、なぜそれ程までに』
「ふぉふぉ・・・・。それが死にゆく者の祈りでございますじゃ。わしと、そして異国の地で死んでいった哀れな姫君の」
竜と老婆、里の者達がいる広場に駆け込んでくる娘がいた。金色の髪に鮮やかな蒼の瞳の娘。面会中であることに申し訳なさそうに竜に頭を下げた後、顔面蒼白で近づいてきたただならぬ様子の彼女に、皆が動揺した。この里の長の妹、剣の使い手である娘。その右手に持った剣には立った今使われたばかりの、痕跡があった。
「里の外で遊んでいた子供達を連れ戻しに行ったら、木に、あいつがぶら下がってたの。ぞ、ゾゾラクが。子供達はあの子達の母親に預けて、ひとまず兄さん達と婆様に知らせようと」
皆が口ぐちに騒ぎ始めた。静まるよう、竜が一喝した。
『知らぬ名だ。ゾゾラクとは里の者か』
「里を追放されしものの名前。わしの孫の名ですじゃ、若君。なんたること、なんたることじゃ。・・・・わしの孫は、どんな風に殺されていた、リフィア様」
よろめきながら近づいてきた婆を、慌てて里の者が支える。リフィアが逡巡した後、
「婆様」
「よいのじゃ、言ってくだされ!」
娘は顔を歪めた。
「体のあちこちを、食べられたみたいだった・・・・惨たらしく殺されて、体中から血を流して。でも、頭は無事だった。だから、判ったの。群がる獣は仕留めたけれど・・・・。なんてこと」
『私や陽精が守護する里へ、禍を持ち込もうとするものがいるようだ。お前の孫を殺し、わざわざ皆の眼に触れさせた事は、何か意味があるだろう。占い師の娘の件はスフィンクスに確かに伝える。そして今後、この里を精霊達と共に護りを固める。お前達は里から出ぬように』
そうきつく命じ、ドラゴンパピィは翼を広げ地を蹴った。
そしてその里に迫る魔物の存在が、明らかになった。最初は下級のカオスの魔物、邪気を振りまく者の姿が。そして次第に他なる魔物も現れ始めた。薄汚れた服をまとい、同じように首から縄の輪をぶら下げた、青白い肌を持つ者達。
占い師ロゼと相棒の少年クインはスフィンクスに状況を知らされ、婆の言葉も伝えられた。スフィンクス及び竜の召喚に応え、里へ向かうことに同意し助力してくれる者を冒険者ギルドで募る為の依頼を出した。
今まで二人に関わる依頼を受けてきた冒険者ギルドの受付嬢、フローラは彼らの身を案じた。依頼を成功に導くため、有益な情報をと。過去の報告書を探し、目撃されたとされる魔物がメイの南方にある運河の町で目撃された、死の幻を紡ぐ者と名乗った魔物に酷似していることを確認し、依頼書に書き添えた。月の魔法を操る同一の魔物で在る可能性が高い、と。
何故魔物がその里の周囲で目撃されるようになったのか。パピィや精霊に撃退されても、次から次に湧いて出るものの、全力で襲いかかってこようとはしていない。
それはさながら、援軍を待つようで――。
そして、里の周囲で人が演奏しているとは思えない程妖しく美しい笛の音が聞こえるようになるのは、そう先の事ではなかった。
●リプレイ本文
事に当たる前に、情報交換がなされた。最近の魔物で確認されている特殊防御の話が、風烈(ea1587)から。そして自分が関わった運河の町襲撃事件の際、現れた魔物に関しての情報が、マスク・ド・フンドーシ(eb1259)から皆に伝えられた。運河の町で死者二百人以上という被害を出した、奇妙な魔物達――死の幻を紡ぐ者。そして、その背後にいる者とは――。
*
状況は一刻を争う。馬でこの里に来るには相当な時間を要する為に、特定の移動手段を持たない者はスフィンクスらと縁のある生物の助力により、里へと向かった。
飛行するグリフォンの背から隠者の里を懐かしそうに見下ろすのは、エイジス・レーヴァティン(ea9907)だ。彼とアリオス・エルスリード(ea0439)は、この里の民を蛮族らの手から救った事がある。
「ん?」
冒険者達がその里の中へと降下していく時には、エイジスの呟きの理由に、気付いた。石造りの家並み、その上空に過るのは異形の姿。騎獣らは、一気に速度を上げる。
「邪気を振りまく者がいるな、かなりの数だ!」
風が念の為にと確認すると、その優れた視力は遠方より来る生き物達をも捉えた。素早くそれを皆に伝える。
「まじかよっ。ったく俺らが来てから襲って来いってんだ!」
とは、村雨紫狼(ec5159)が。そして相乗りしていクインに、ヤバくなったら使えと、回復アイテム等を押し付ける。
皆は戦場と化しているその里の場所へと、急降下した。
*
「手を貸そう!」
ドスッ。魔物の胸を射抜く一筋の矢。
接近し鋭い爪で里人の肉を抉ろうとしていた者を射抜き、アリオスが。
「あ、ありがたい」
怪我を負っている者達を庇うべく、アリオス、エイジス、風、マスク・ド・フンドーシが戦場となっている広場へ降り立つ。
「奴ら、夕方になるのを待って、とうとう本格的に攻めて来やがった・・・・!」
時刻は周囲が薄暗くなりつつある頃合い。うっすらと精霊の形作る銀の月、それは敵方にとって有利に働くものだろう。
「リフィア様が、竜の若君と共に行ってしまわれた・・・・!」
「リフィアちゃんは、どこに?」
エイジスが尋ねる。
「正門の方です。魔物の侵入を食い止めると、精霊らと共にっ」
「わかった。僕が行く。風君、魔法頼めるかな」
意を察し。風はペガサスに命じて、魔法を発動させる。レジストデビルを付与したのだ。
『僕も!』
小さく鳴いたパピィを撫で、ロゼが気遣わしげに声をかける。
「気をつけて・・・・!」
『うん!』
エイジスを追いかけていく竜の子。
不安が頂点に達していたのだろう、里の者達が不安を口にし続ける。
「竜の若君が、陽の精霊達が我らを護る為に戦ってくださった・・・・それでも、奴ら、次から次に」
「落ち着け! ここにいる奴らはあんたらを護る為に力を貸してくれる。強ぇし、魔物なんかに負けたりしねぇよ!」
とはクインが。まだ15にも満たない少年でも、良く通る威勢のいいその声に、皆はっとしたように押し黙る。クロード・ラインラント(ec4629)が爪に抉られた彼らの怪我の様子を見、止血の為腕を縛りあげながらも素早く言う。
「皆さんの避難場所は、どちらですか」
長の屋敷です、という言葉が返る。
「動ける奴は手を貸して、怪我人を連れていってくれ。その兄さんは名医なんだ。その人に任せとけば、大丈夫だ」
「・・・・里を、竜の若君らと共にお守りください」
「約束する。あんた達は、早く行きな」
風がそう力強く頷いた。
「って、何してんだ、ロゼ、お前も一緒に行けよ」
「でも!」
「婆さんがお前を呼んだ理由は、俺も後でちゃんと聞かせてもらうからよ」
それだけ言い。クインは傍に来た邪気を振りまく者の炎の攻撃を、魔法防御効果のある防具で防ぎながら、接近し剣で突き刺し切り捨てる。隙を見て、皆治療アイテムをクロード達に渡した。ロゼもまたそれを受取り。しばらくクインを見ていたが、やがて振り切るように背を向け、皆と共にその場から離れた。
クインの傍で背を預けるようにして闘いながら、紫狼が。
「先輩方、正門のほうがやばそうだ。何とかっていう悪魔野郎が来るのかもしれねえ。ここは俺らが何とかするから、エイジスさんの応援にいってくれよ!」
「紫狼さんの言う通りです。私も里の中の敵を排除しながら、怪我人の誘導を致します!」
とは元馬祖(ec4154)が力強く請け負った。
●
忍び寄る闇の間を縫うように、黒衣の者達が続々と現れる。
『人の里に近づくな、下衆どもよ!』
パピィが子供達の上を通り過ぎ、その熱風の息を異形の者へと吐き出す。ブレスでなぎ倒され、木や地面に叩きつけられ、芋虫のように地面をのた打ち回っている。だが魔物にブレスは致命傷を与えられないのか。やがて再び、動き出す。忌々しげなドラゴンの唸り声が響いた。
気を抜けば体の自由を奪われる、奇しき楽の音はその場にはない。だが。
その代わりに聴こえてきたのは、笛の音ではなく。
「何、この音」
天界人ならば金管楽器の音色といえただろうが、リフィアにとっては聞きなれない音というだけだ。
パピィの傍には、ミスラ達を始めとする、この地に縁の深い精霊達が。それぞれの属性の放つ光に、彼らの周囲で闇が束の間払われる。リフィアもまた、剣を握り直した。
「人間が怖いの? 訳の分からない音楽ばかり聞かせないで出て来なさいよ!」
「訳のわからない音楽?」
素っ頓狂な問いが、どこからか聴こえる。
音が途切れた。そしてその後、殺気を感じた。
リフィアは、自分が身動きができない事に気付く。影が縫い止められたように、地面から足が上がらない!
「人間の馬鹿な女が過ぎた口を聞くものです」
『殺しちゃえ』
傍でホルンを抱えた黒猫が口ぐちに騒ぐ。
「私がこの剣で、息の根を止めてあげましょう!」
近づいてきた者がリフィアの首目掛けて、剣を振るう。庇い立つようにして割って入ったドラゴンパピィの熱風に押し戻され、そしてその隙に――駆け付けた、エイジス!
剣戟の音。優れた剣客ならば、一度組み合うだけでも、互いの力量が解るもの。
「君が、親玉? 里の人を苦しめている張本人かな」
すぅっとエイジスの声から陽気さが消える。相手の殺気に反応して狂化を起こしたのだ。
傍で見るカオスの魔物はひらりと馬から降りる、中年風の男。強い怒りの表情でエイジスに巧みに技を繰り出すが、その肉を抉るどころか皮膚を裂くことすらできない。カオスの魔物は身をひき、術の詠唱を行おうとするが、エイジスがその隙を与えずすぐさま攻撃する。
魔物が弱いのではない、エイジスが力量的に上なのだ。
『なんだこいつ!』
『そいつも、邪魔だ、親ドラゴン程全然強くないくせにっ』
『ほんと邪魔だよ、ご主人さま、早く殺しちゃってよ!!』
死の幻を紡ぐ者が周囲に集まり、魔法の詠唱を行う。リフィアにかかっていた魔法は、陽精が光を使い影を消したことで、解かれた。そしてエイジスの援軍、風、アリオス、マスク・ド・フンドーシが駆けつけた時だった。
「やはり貴様らか。・・・・家族を奪われた少女の涙、運河の街を苦しめた罪は償わせるぞ怪人め!!」
マスク・ド・フンドーシは、オーラエリベイションを発動し、オーラパワーも付与した拳で、死の幻を紡ぐ者を殴り倒していく。遺恨を残していた相手だ。彼は被害に遭った者達の仇討の為、その拳を振るう。アリオスは的確にその聖なる矢で、魔物の急所を射抜き、打倒していく。月の魔法の使い手達――ムーンアロー、シャドウボムなどの攻撃を受け、怪我を負いつつも、それは致命傷にはならなかった。
数は、皆の圧倒的な力により確実に減っていった。
黒い霧に包まれた魔物達は、防御力が増したがそれは事前に皆の間で話し合われ、周知であった事。
魔物はエボリューションを発動し、防御力を上げたがそれに関しては風が想定済みだった。地面に他の武器を突きたて、いつでも武器の交換ができるようにしていたのだ。風は武器を持ち変えて、呻き声をあげた敵を見た。憤怒に染まった魔物を。
『お前達が、あの私の弟と共にきた猛者達か!』
魔物を爪で攻撃しながら、パピィが問う。そうだ、と答える冒険者達。
「約束してしまってな、わが双拳にかけて一歩も先には通しはしない!」
魔物は剣を風目掛けて振るうが、それをオフシフトで避ける。敵の腕を、体をアリオスの矢が射抜き、攻撃を畳みかける。風は武器を持ち変え、動きが鈍った敵の間合いに踏み込み、ストライクEXとダブルアタックを決めるべく、攻撃を仕掛けた!
それが、とどめだった。
*
元はフライングブルームに跨り、高速詠唱のインフラビジョンで、人の居場所を探り。魔物襲撃の場を見つけたときはオーラボディで防御力を上げ割って入り、里の者を救出し避難誘導を行った。優れた格闘技術を持つ元は里の者達を助けるのに、貢献した。比較的重傷の者はいなかったので応急処置を施し、ある時は彼らが避難する道を自らが盾となって確保した。
再び箒に跨り、石の蝶の指輪を使用し魔物の探査を行う。長の屋敷目指して近づいてきた魔物達には上空より七徳の桜花弁や白の聖水を魔物達に振りまき、ダメージを与え弱ったところをスクロールで発動したライトニングソードを使用し、倒していった。
そう、隠者の里の最奥には、長の屋敷があった。そこに避難してきた者達が現在身を潜めていた。魔力の籠った剣を持ち、皆に声をかけているのは20代半ば程の若き長である。冒険者達から預けられた赤の聖水もまた使用された。一時間程結界を張る効力がある。
クロードは婆と手分けして、怪我人の治療にあたった。婆はロゼと既に言葉を交わしていたが、状況が状況である為、込み入った話はできてはいない。
ロゼもまた申し出て治療に必要なハーブや、布等、冒険者達から預かった治療アイテムを受取り怪我人に声をかけながら手当を施していく。
クロードは水は浄水水筒を通して傷口洗浄に使用し、トリアージをしながら重傷者から治療を行っていく。 邪気を振りまく者に受けた火傷、爪で肉を抉られ出血している、そういった者が最も多い。布は仲間から大量に預かっている。清潔だから大丈夫だと全力で言われてマスク・ド・フンドーシから預かってきた未使用の褌なども、ありがたく使わせてもらう。
布を用いての止血、毛布はかき集めてきて、用意されている。火傷は冷やしてからハーブを使用した。敵の勢力は、仲間の精鋭達が押さえてくれている為か。中は静かだ。皆の不安そうな顔も和らいできている。
だが念の為。長と婆には敵の魔法対策を伝えておいた。相手が月の精霊魔法を使用する事、呪歌の対策では意志を強くもち、相互に声をかけあうのもよいかもしれないということ、突如として強い眠気が襲ってきたらそばにいる者を揺する等、刺激を与えるのがいいと。
精神抵抗詠唱は、主軸となる者に事前にクロードが付与しておいた。
そして――彼の懸念は現実のものになった。
笛の音と、強烈な眠気と――。
クロードが注意喚起をしていても、それでも防ぎようがなく昏倒していく者がいる。あらかじめ精神抵抗の魔法が掛かっていた者だけが、その異変の中で来訪者と対峙することになった。
「お前が、『死んだ筈の娘』」
屋敷の窓枠に腰掛けている者がいた。貴族風の衣装に身を包んだ、笛を手にした金髪の男。異質な気配。クロードが咄嗟にムーンアローの詠唱を開始するが、黒い光を纏わりつかせた男は、指を弾く。クロードの体が徐々に歪み、鼠の姿になった。
「クロードさん!」
「私は旋律を奏でる者。大人しくしていれば、じき元に戻ろう。鼠を潰されたくなかったら、会話に応じろ。里の者。貴様らがこの娘に継承させたかったのは、このオーブだな」
男は美しい首飾りを手にしていた。
淡い輝きを放つ、握り拳程ある大きな宝玉がついた――。
「なぜ!」
血相を変え、進みでた長を、婆が鋭く諫める。
「あれしきの封印等、仕掛けが分かれば解きようがある」
「それを放すのじゃ」
「口のきき方に気をつけろ老婆。この娘を除いて貴様らを皆殺しにすることなど、容易い事だぞ?」
「やめて!」
両手を広げ庇い立つロゼを、冷やかに男は見る。
「単刀直入に言おう。お前に縁の深いあの貴族、このオーブを持ち、あの男のもとを訪ねよ。そうすれば貴様の命は今後保障される。しかし貴様が敵対する道を選ぶのなら、容赦はしない。貴様の母と叔母が、あの男との間に紡いだ因縁のケリを、貴様がつけることになる」
「・・・・!」
「自分が何者なのか、知らぬ訳ではあるまい?」
ロゼは真っ直ぐに魔物を見返し、唇をかんだ。
「よろしい。身分を隠す為に、名を変え、立場を変えたか。貴様に手を貸した者は実に巧妙に貴様を逃がした。長い間足取りは掴めなかったという」
「・・・・」
「海の傍の古城の主が貴様を見つけた後、知らせが来た。屋敷が炎に巻かれた時、表向き貴様も共に死んだ事になっていた。だがやはり貴様はこうして、生きていたと――」
「魔物・・・・貴様らは我々を、殺しに来たのではないのか」
里の長が、尋ねる。
「里の民の命は、我が勢力を押えた者達の奮闘ぶりに免じて、見逃してやる。・・・・中々良い見物だった。それに私はこんなちっぽけな里一つがどうなろうが興味はない」
「・・・・」
「私はこの地で、この宝玉を手にした娘と会う必要があった」
男はオーブを放り投げる。反射的に受け取ったロゼは、男を睨む。
「私は、私の意志で動く。貴方がたを許した覚えもありません。そうあの貴族に伝えなさい」
男――旋律を奏でる者は、くつくつと笑う。
「よろしい、そう伝えよう。死んだ筈の娘は、お前にやはり仇なす者だったと」
男は唐突に、窓から姿を消した。
*
「この石を持ち、信頼できる者と共に目的の地へ行きなされ。それがお前さんと、あの領地に住む民が、唯一生き残る道でもある」
老婆がロゼの手を掴む。
「この宝玉の次なる継承者よ、願わくばあの国を救って欲しい――それが、ある姫の遺言じゃ」
「叔母様、の・・・・」
「そうじゃ。お前さんは、・・・・自分が何者なのか知っているんだね」
老婆の顔が憐憫の為か、歪む。ロゼが泣くのを堪えながら、囁く。
「私、ですか。今回この地に禍をもたらしたのは」
「お前さんはある渦の中心にいる。善き物も禍も引き寄せる定め。お前さんが連れてきてくれた援軍のお陰で、被害は最小限に抑えられた。大丈夫じゃよ――」
魔物達は、冒険者達の力により退けられた。共に闘った勇士達へパピィらより。精霊と、そして里の者から感謝をこめて宝やある品が渡された。里の者の為、依頼の日数冒険者の皆はこの地に残り、怪我人の治療、そして建物の補修作業を手伝った。
そしてロゼは自らの物語と、この里で向き合う事になったのだ――。