【黙示録】操られし人形は、闇夜に舞う

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月26日〜02月01日

リプレイ公開日:2009年02月03日

●オープニング

 少年ラスの師匠は元々一か所に居られない人物である。そんな彼の性分に目をつけたのか。昔からの友人である女は彼にある事を頼んだ。現在メイの各地で起きている怪事件の調査――。そして彼は引き受けた。地の精霊魔法だけでなく剣の腕にも覚えのある人物だから、共に行動する少年が早々命の危険に晒されるような事はなく。男は黙々と出逢ったカオスの魔物の詳細を、女へと報告し続けた。勿論仕留めた後、である。女はメイディアの都の外れに屋敷を構える、マチルダ・カーレンハートという人物らしいが、ラスは面識が無い為良くは知らない。
 
「エドワンド、師匠」
「なんだ」
 敵と対峙した時は一切の慈悲はなく、葬る。男は強い。見事な程に。少年は何でも、とだけ答えた。
「なんだ、情けない面をして。家に帰りたくなったのか」
「そんなんじゃないです」
 男が笑うと、張りつめた空気が緩む。それに少年――ラスはほっとするのだった。
 
 ひと月ほど前の事。悪天候が続く中、二人はある町に滞在を余儀なくされた。また、エドワンドの友人からの連絡を待つ為に宿の一室を借り、そのさ中一人の青年と知り合った。彼は最近増えつつある魔物に対抗すべく、町の若者達で作った自警団に入った若者らしく。この宿屋を切り盛りしている婦人の子供の、17・8程の、活発そうな若者だった。

「俺はずっと体は鍛えてたんだ。いつか町の為に自分が役に立つ日が来るんじゃないかってさ」
「まったくこの子ったら調子にのっちゃって。本当にこんなお調子もの、お役に立つのかねえ」
「酷いな、かあちゃん。ほら、見ろよこの握りこぶし」
 そのやり取りにラスは残してきた母親を束の間、思いだした。少年の家族が死に至るきっかけを作った邪なる妖精を倒すまで帰らないと決め、母の事は屋敷の使用人達にくれぐれも頼んできたがそれでも――こういったときは、やはり思い出される。

「ラス?」
「お客様になれなれしい口を聞くんじゃないの。ラスさん、どうかしました?」
「ううん、何でもないよ。食事、美味しいです。おばさん、料理上手だね」
「難しそうなお師匠さんとの二人旅、結構大変そうだなぁ。苦労話なら聞いてやるぞー」
「こら!!」
 ラスが声をたてて笑う。母子の二人暮らしの平和そうな彼ら。最近、何やら難しい顔で考え込んでいる師匠の様子が気にかかっていたが、思わぬ気のいい彼らとの出会いのおかげでラスは束の間、心穏やかな時間を過ごした。
「それにな、凄い武器を貰ったんだぜ。俺もそれを使えば、カオスの魔物なんかに負けやしねえっ」
「ったく、武器に振り回されるんじゃないよ?」
 それが一月後に打ち砕かれる事になろうとは、当然彼は――予想もしていなかった。

 *
 
 冷たい雨が地面を濡らす。遠くで鐘が鳴る。一か月前とは打って変わった、音が絶えたこの、町で。馬車が行き交っていた舗装された道は、静まりかえり。鴉が舞い降りて残飯を漁り、糞を撒き散らしていた。
 皆家の中にこもっている。それで災厄が避けて行ってくれる事を祈るように。
 エドワンドとラスが、マチルダ・カーレンハートの頼みで別の場所で起きている魔物の事件を解決している間に。無残にも変わり果てていた町が、そこにはあった。

「――ラス。どこに行くんだ」
「あの宿屋のおばさんの所に、行きます!」
 営業を休んでいる宿屋にいたのは、ふくよかで笑顔が印象的な婦人ではなかった。
 ドアの隙間から見えた婦人、その目は落ち窪んでいた。
「おばさん」
 ラスが声をかけると。どうして、と繰り返し。彼を中へと引きいれ、ぎゅっと抱きしめて啜り泣いた。
「ラスさん、何でこんな危険な町に戻ってきてしまったんですか」
「おばさん・・・・!」
 彼女を落ち着かせ話を聞くと。町に起きた怪異が明らかになった。
 最初に、黒い翼を持つ子鬼達の姿が度々、目撃されるようになったらしい。人の魂を奪っていくかのような奇妙な技を使う。衰弱する者が続出した。しかし、皆が閉じこもっているのはそれだけではない。
 夕刻から夜にかけて、神出鬼没の人切りが出るのだという。
 追いついたエドワンドもまた、震える声で語る婦人の話に耳を傾けている。
「恐ろしい・・・・こう禍々しい顔を模した仮面をつけた男が、その剣で町の者を次々殺していっているらしいの。その噂が町には広まっている。その剣は男の手から離れて、勝手に人に切りかかる事もあるっていう――。魔剣だと皆が噂している。命を取り留めたものはごくわずかで・・・・。何人も何人も、それで死んでしまったのよ―――」
 婦人はポロポロと涙を零し、肩を震わせた。
「息子さんは? 若い人同士で、自警団を結成したんだよね? その人達は・・・・」
 力なく首を振る婦人に、ラスは続けるべき言葉が見つからなかった。

 *
 
 特別に婦人はラスと、エドワンドを受け入れてくれた。部屋でラスが頭を抱える。
「あのお兄さん、自警団に入ったんだって・・・・町を護るって。強い武器を手に入れたって、喜んでたのに」
「遺体は見つかってはいない。自警団で死んだ者の中で、見つかっていないのは彼を含めて数人・・・・か」
「そうですよ、きっとおばさんは毎日心配してろくに寝ていないんですよ」
「けれど、その彼はお前に誰かから渡された、武器の話をしていたんだな。そして勝手に動く剣・・・・それは間違いなく魔物の類だ。そして、人切りの事件・・・・これは関係性はないのだろうか?」
「お師匠」
「遺体が見つかっていないだけか、単なる行方不明か、それとも――そうではないのか」
「・・・・何が言いたいんですか」
「・・・・遺体が見つかってくれた方が、まだ救いがあるかもしれんな」
「お師匠! 何て事を言うんですか!」
 掴みかかる彼の手を押えて、押し殺した声でエドワンドは言う。
「めでたい奴だ。おまえはその男が例の人切りの可能性があるとは、考えねぇのか」
「え・・・・」
 手から力が抜けた。
「人は自分の意思でなくても人を殺せる。魔物の魅了の力に心を奪われる事も。魔法でその心を支配される事もある。その結果人を殺す奴が出てきても、不思議じゃねぇさ。その場合、そいつが善人かどうかなんて事は関係なくなるんだ」
 言葉を失ったラスに、師匠は言い聞かせた。
「俺らが例の別の魔物退治に行ったのが、一月前。其のあとから事件はずっと続いている。町の奴らを護る為に、町長が策を講じなかった訳でもないだろう。誰かが匿っているでもなければ、見つからず逃げおおせている事事態、あり得ない。共犯者――そっちも考えた方がよさそうだな」
「師匠」
「放置できんだろ。しゃんとしろ、ラス。さっき言ったことは、あくまで可能性だ」
「師匠・・・・。万が一、師匠の考えが当たって。その仮面をつけた、人切りの犯人が元は善良な人間なら・・・・。捕まえてその呪縛から解放した後。その人はどんな罪に問われるんですか。望んで人を傷つけた訳じゃないのに、裁かれるんですか」
「身内を殺されて、これは間違いだった、本当はそんな事したくはなかった、操られていました、そんな言葉で納得する遺族がいると思うか?」
 ラスは答えられなかった。

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec5159 村雨 紫狼(32歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 依頼を引き受けた冒険者三人は、エドワンドらと共に馬車で例の怪異が起きている町へと向かった。辿り着いた町は人口は数百人はいる町だと聞いているが、とても静かでとてもそんな風には感じられない。
 ただ、例えようもなく不気味な雰囲気が、漂っているように感じられる。カラスの姿も相変わらず、多い。
 夜は単独行動は危険だということは、皆の意見は一致しているが。昼間であれば効率化を考えて手分けして事にあたった方がいい。宿を拠点にし、事件の聞き込みに当たる。夕暮れまでには必ず戻るよう決めて、別れた。
 
 *
 扉を固く閉ざす住人達に、ノックをし声をかけ。素性を明かし、怪しいものではないと断った上で事件に関して強く聞き込みをしていく、忌野貞子(eb3114)。事件を解決させる為には、この町起きている出来事の、どんな些細な情報でも必要なのだ。
「この町に平和を取り戻す為・・・・奴らを追い払う為に、少しでも多くの情報を集めてるの。・・・・知っている事があるのなら、教えて・・・・もらえないかしら?」
 続く怪異に怯えたような様子を見せる老人に、引っ越しの準備を進めている家族に、そして衰弱していく恋人を持つ娘に――沢山の町の者の不幸を、目の当たりにして。かなりの数の聞き込みを行った貞子は。今事件について語ってくれた男に頭を下げた後。人知れず小さく、息をはいた。
「酷いわね、これは‥・・。本当に厄介な事件に違いないわね」

 *
 ある程度の、規模の町である。大小問わなければ、日々何かしらの事件は起きていた。窃盗、傷害事件などは珍しくはない。けれど、人が起こす事件と――今ここで起きている、正体不明の人斬りとカオスの魔物の襲撃などは、彼らが今まで解決に導いてきた事件とは根本的に質が異なるものだ。
 町には、通称保安隊とも呼ばれる、傭兵達で結成された公的な組織もあったが。魔物と戦うなどという事は、誰にでも出来る事ではない。だからこそ成果は上げられず、それにいら立った町の若者達がそれとは別の、『自警団』を設立したのだ。
「それが悲劇の幕開け、かぁ―――・・・・」
 たった今、自警団の生き残りの者達の一人と面会してきた村雨紫狼(ec5159)は、普段の陽気な彼とは異なり、憂鬱そうに顔をしかめていた。面会に漕ぎつけるには、用意ではなかった。数日彼らが逗留する予定の、あの宿の婦人に家のある場所を聞き。少々わかりにくい場所に立っているようで。できれば婦人が同行してくれれば助かったのだが、頼めなさそうな雰囲気だったのだ。目印を辿り、特徴のある建物の傍にある十字路を曲がり、枝状のように伸びた路地をいき、――やがて辿り着いた彼は、事情を察することになった。今、自分の宿に泊っている事も言わないように、といった訳が。理解できた。
「息子さんが犯人だって、仲間にまで疑われてるんじゃ、・・・・あのおふくろさんも、辛ぇよな。確かに辻褄はあっちまうとは、思ってたけどさー・・・・」
 彼を慰める様にして、ミスラのよーこと、風精のふーかが傍で浮遊している。手を握ったりしてくる彼女たちに。他にも聴いた話はひとまず胸にとめおき。紫狼は気を取り直したように、言う。
「わり、俺が暗くなっててもしゃーねーな! 戻って皆で情報交換だ」
 そう、立ち止まっている暇はないのだ――。


 *

 町長の屋敷へと訪れた、アマツ・オオトリ(ea1842)と、ウィザードのエドワンド。唐突な来訪者に最初は驚いた様子の侍女達だったが、礼を尽くした二人の態度と。怪異解決の為に彼らが行動しているということを知ると――別室へまず案内された。
 そしてそう時間を置かず、町長と面会が叶った。
「公務でお忙しいところ、失礼する。私は騎士のアマツ・オオトリ(ea1842)。この町で起きている事件を解決させるべく、こちらのエドワンド殿と共にこうして伺った次第。ことの詳細を、町長殿はご存じだろう。お聞かせ願いたい」
 町長はこれといって特徴のない――悪く言えば、凡庸な男に見えた。相次ぐ災厄のせいで、彼は精神的に参っているのだろう。
 それでもきちんと、カオスの魔物のこと、そして例の人斬りに関して知り得る事を。事件に関しての詳細を二人に語ってくれた。そして――
「保安隊ならば私が指揮を執る、公的な職務の者達ですから目も行き届きますが。先程お尋ねのあった、『自警団』に関して、私が語れる事は少ないのですよ。20数名・・・・でしたか。彼らは勝手に、それを結成し。カオスの魔物を狩るなどと言って、無謀にも危険極まりない夜の町に出て、自らの命を結果的に粗末にすることになったのです――」
 声が震えて。そして彼は堅く眼を瞑った。



 日暮れまでに合流した5人は、情報を交換し合った。二階の二室を借り受け、自由に使っていいと婦人に言われている。アマツとエドワンドが町長から得た情報は、皆に伝えられた。その話―若者達が自主的に作った組織である自警団に関しては、殆ど詳細が知られていないといった状態であること。現れる魔物は、やはり邪気を振りまく者。そして彼等は扉を固く閉ざした家にどうやってか入り込み、人々の生命力を奪っていっている。他の名の知れている魔物に関しては、ひとまず現れてはいない様子だということ。
 自警団は20数人程。どこから彼らが武器を入手したのか町長もまた調べを進め、――武器防具屋自体は突き止めたものの。そこの店主は事件のどさくさにまぎれ店じまいをし、行方が知れない事を告げていたこと。また紫狼が聞いた、自警団生き残りの者の話だと。武器屋の主人の、古馴染みの女が店へと訪れて、カオスの魔物と戦う上で役に立つと幾つかの武器を比較的安値で、売りさばいていったこと――。
 そして自警団の中でそれなりに腕がたった、この宿の息子にその剣は渡された。詳しく聞くと、それは曲を描いた武器で。金色の柄と、燃え盛る炎を形作ったような赤銅の飾りがついていたのだという。皆の重苦しい沈黙は、皆がある予感を抱いているからに他ならない。

「住民の人達から・・・・聞いた話。・・・・町で出る、人斬り・・・・。ほぼ毎日のように被害はあり・・・・ここひと月、その前半に限っては。事件現場に関しては、一貫性は、ないわ・・・・・・。被害者は、ここを、かききられるか」
 そういって、貞子は首筋をなでた。
「殆ど一撃で殺されている。・・・・ただ、戦いの心得がない、町の人が相手の話だから・・・・抵抗が難しかったのかもしれないけれど。・・・・それでも、その犯行の鮮やかさから言って。かなりの腕といっても・・・・いいかもしれないわ」
「貞子ちゃんの話に異議を唱える訳じゃないんだが。もう一つの可能性――その剣や仮面事態が魔物同様の意志を持つものだった場合。それが憑依主に選んだ者の身体能力値が、装備後の能力に差をもたらす事も、ありえるかもしれねぇぞ」
「強い魔力を秘めた道具を使う事で、その攻撃力が上がる――ではなくて。武器が強いのは元より、その憑依主に選ばれた人物の力が、操られる事で増している、ということ? ・・・・その可能性も、あるわね」
「あぁ。俺はそういう剣や武器に関して、職業柄色々耳にした事があってな。まぁ本当に詳しい事はでくわしてみねぇ事には、わからんさ。遭遇した者は死亡、二三週間前の事件の始まりのころの目撃者といえば、他人が襲われている隙に逃げだしたような奴で。詳しい事はわからないと来ている・・・・。まぁ、無理はないかもしれんがな」
 エドワンドと貞子のやり取りに。アマツはひとつ気になる点がある様子だ。
「皆、事件が解決していないことを今も肌身で感じている様子。それなのに夜間の被害が途切れないとは・・・・解せないな」
「皆警戒して、外を出歩かなくなったから・・・・親しいものの声が、・・・・扉の向こうから、聴こえるんですって。・・・・行方不明の家族だったり、最近死んでしまった、知人だったり。・・・・死亡した筈の、恋人の声で・・・・」
「それ、死人が、生き返るって・・・・ことか?」
「・・・・魔物には変身能力がある者が、いる・・・・。その故人を知るのなら・・・・化けることも、叶じゃないかしら。ともかく、声が聞こえて・・・・だから皆扉を開けてしまうの。それで・・・・被害が広がったのね・・・・」
 それも知りえたこと。貞子は感情をこめず淡々という。アマツが怒りをこめて、壁を殴り。許し難いな、と吐き捨てた。
「魔剣・・・・人斬り。やな事件を思い出すよ」
「ラス」
 貞子の傍らに座ってるエドワンドの弟子、ラスティエルが口にしているのは――彼の故郷の町に起きた似通った事件。ずっと彼の窮地を助けてきた貞子は、気遣わしげに声をかける。彼女に大丈夫だよ、とは言うものの。顔色が悪い。
「あの時は、タチの悪い妖精が――黒幕だったんだよ。犯人は、魅了の力で魔物に好意を抱いて、命じられるままに人斬りを繰り返してたんだ」
 自嘲気味に、ラスティエルは言う。床に目を落としながら。貞子とエドワンドは目を見交わす。
「俺、あの時の犯人が最後どうなったか。その件に関してだけは、詳しく聞かなかったんだ。聞きたくなかったから。あの妖精が現れなかったら、あの人斬りの犯人は普通に暮らせた筈だったんだ」
「?? おいおい、小僧。大丈夫か。ちょっと休んだ方がいいんじゃね」
 事情を知らない紫狼が、ラスのただならぬ様子を心配し、頭を撫でる。それを振り払い、ラスは、はっとしたように謝った。
「ごめん」
「いや、いいけどよ」
「ごめんよ・・・・紫狼さん・・・・」
 ラスは肩を落とした。少年の精神が、不安定になっている。彼はまだ12歳なのだ。初めて逢った時、彼はもっと幼く無邪気だったのを知っている貞子は、眉をひそめ、自嘲する。
「貴方も私も・・・・あの闇妖精の呪縛から、逃れられないみたいね・・・・。でも、いい? 今はこの事件に、集中なさいな。・・・・やつらは、心の隙を、つく。・・・・足元をすくわれないよう、しっかりしてね・・・・。犠牲者を、増やしてはいけない。・・・・そうでしょう?」
「幽霊ちゃんの言う通りだ。それができるのは、いまのところこのメンツだけみてーだしよ。頑張ろうぜ」
 貞子の言葉に続き。紫狼も明るく言う。
 ラスは目を見開き。唇を引き結んだ後、頬を一度強く打った。
「貞子さんと、紫狼さんの言う通りだ。ごめん、話を続けよう」
 昼間、エドワンドと共に行動したアマツは、ラスが魔物がらみの事件で父親を失っていることを知ったようで――、だがこの時は。黙して、聞いている。
「ラス、お前も聞き込みに言ってきたんだろ。それで、どんな情報を得たんだ」
「そ、それは・・・・。さっき、貞子さんが言ってたことと、同じような事だけ・・・・」
「嘘つくな。いいから言え、話したほうが楽になるぞ」
 エドワンドが素早く足音を立てずに扉に近づき、ドアノブを引いた。そして部屋の中に現れるのは宿の婦人。エドワンドに見下ろされて、婦人は慌てて頭を下げる。
「皆さま、お食事は本当に宜しいんですか? 簡単なものなら作れますけれど」
「お気遣いは無用ですよ、ご婦人。我々のほうで用意してきていますので」
 丁重に婦人を返したエドワンド。婦人の驚愕の表情。取り繕ったような笑みが――皆の目に焼きついた。何かを考え込むように――エドワンドが黙りこみ。そして彼の体の周囲を、茶金色の光が包み込んだ。
 弾かれたように、振り向いた彼が見るのは、少年。弟子を射抜くその瞳は、冷やかだった。
「―――ラス、お前誰かから聞いていたんだな?」
「師匠」
「バカ野郎、なんで早く言わない。放置すれば、手遅れになるかもしれねえんだぞ」
 声を低めて叱咤する。ラスは唇を引き結ぶ。
「ちょっと、おい、いきなりなんだよ。おっさん!」
 紫狼が、ただならぬ雰囲気に間に割って入る。
「紫狼さんがお兄さんの仲間から得た情報通り、・・・・犯人が『彼』だってことは、ほぼ間違いないんだ・・・・。人斬りのその犯人がお兄さんが持っている筈の剣を手にしているって――そう目撃した人がいる。同じ特徴を持っているから、間違いないって・・・・」
「それで、それを知ってて匿うものがいるなら、母親ならば不自然じゃない」
「師匠」
「バカ野郎、だからそれを何で黙ってたかって聞いてるんだぞ」
「あの人から武器を奪って。町の人に黙っていれば。お兄さんもおばさんも、このままこの町で暮らしていけるかもしれないって・・・・」
「ちっ!!」
 駆けだしたエドワンドの手には、高速詠唱で出現した水晶の剣がある。
「バイブレーションで、俺達以外の者の移動音が聞こえた。一階の奥に――おそらく奴はいる」
 彼の後に厳しい顔つきでアマツが。そして紫狼、貞子とラスが続く。宿の階段を駆けおり、宿の一階の入口付近で倒れている女性を見て皆に緊張が走る。首から腹にかけて切られているが、比較的浅い。エドワンドが持っていた回復アイテムで彼女の傷を癒す。窓の外は闇。月精霊の形作る仄かな光しかそこにはない。風に揺れる扉。皆が臆する夜の闇の中―――そこに飛び出していったのは誰なのか。皆もう確信している。婦人の悲しそうな顔を見て、込み上げてくるのは―――。
「―――いこう!!」
 強い意志のこもった、アマツの声に。皆が頷いた。



 町に灯りは少ない。紫狼が手にしたランタンが周囲を照らす。油を使用し、道行きを照らす。
「俺は弱ぇからな〜・・・・。クインといい勝負だし。これくらいは役に立たねーと。だから灯り持ちは任せてくれよ」
 皆の口は重い。たった今不吉な予感に繋がるものを目の当たりにしたから、当然だった。その中でどんな状況にあっても紫狼は皆の気持ちをひき立てる様にして、声をかける。沈んでいても状況は好転しないのだ。
「――クイン?」
「あ、いや。知り合いでさ。依頼で一緒になる事が、多かったんだ」
「聞いたことのある名だな。‥‥初めて聞いた時は、珍しい名前だと思ったもんだが」
 小走りで移動しながら、エドワンドが。しかし、状況が状況なので、言及はしない。バイブレーションセンサーを使用して町の外れへと向かっていく。そちらへかなりのスピードで向かっているのが感じられるらしい。自然皆言葉少なになる。
「エドワンドさん。・・・・話した通り、私と、ラスで・・・・捕獲を試みるわ。・・・・アイスコフィンと、ストーンで。・・・・問答無用・・・・そんな訳には、やはりいかないようだから・・・・・・」
 貞子の発言に、頼むと短く答えた。

 そして。町の入口に辿り着くと。そこに軽やかな足音が聞こえた。門があり、広場があり。そこでパンパンと手を叩く音が響く。くるくると剣を振り回し舞っているのは――。
 紫狼が灯りを掲げる。白塗りのお面に描かれているのは、絶望した人間の顔。飛び跳ねるようにして相手はこちらへと駆けてきた。手に握られている大きな剣を振りかぶって――!!
「アイスコフィン!!」
 鋭く響くのは、高速詠唱で行った水術。空中で凍りついた人物から、飛びだした二つの影。お面と剣が相手から憑依を解いたのだ。氷の棺は地上へと落下する。
「お兄さん・・・・!!」
 ラスの悲鳴に皆、それがやはりあの宿の息子であることを知る。
 皆、武器を構える。周囲で聞こえる羽ばたき。翼ある鬼が周囲に飛び交っている。刃が赤く揺らめいた。直後、ファイアーボムが皆の中に打ち込まれる。
「!! 剣単体で魔法の詠唱もするというのか」
 せき込む冒険者達、剣が皆に向かって凄まじいスピードで空中を突き進む。それを受け止めるアマツ。後方に押される程の強さだ。それを押し切り、巧みに剣は人の急所を狙ってくる。貞子がアイスコフィンで、紫狼が名刀、村雨丸で、ラスがストーンで。戦闘に参加している邪気を振りまく者の数を確実に減らしていく。相手は幾度か邪悪なる魔法の使用を試みた様子で、体の周囲に魔法の詠唱光が見られたが、皆に異常は起きない。恐らく、デスハートンをはじめとする魔法はアマツの事前に付与したオーラエリベイションが、効果を発揮したのだろう。
 棺に炎の塊がぶつかる。高温にあぶられかなり溶けたが、すぐに動けるところまではいかない。
「グラビディーキャノン!」
 エドワンドから直線状に風が起きる。凄まじい風圧に、何かが吹っ飛び壁に叩きつけられるような、鈍い音がした。しかしすぐにその影は起き上がり、その『人物』はふわりと空中に浮く。
「もーちょっと、あんたらなんなのよぉ。アタシの可愛いお人形さんが、動かなくなっちゃったじゃないのさあ」
 憤慨したような良く通る娘の声――。紫狼の陽精霊、よーこがライトでそれを照らす。高みにふわふわ浮かんでいるのは金の巻き毛が腰下まで届くかのような、丈の短い黒ドレスに身を包んだ少女。彼女は空中でくるりと舞い、手を横薙ぎにする。次々打ち出される水の塊。
「水で潰れてしまえ!」
 皆に一撃ずつ加えていく。歴戦の勇士達、一撃で戦闘不能に陥るようなことはない。舌打ちの後、見る見るうちに氷点下まで下がっていく周囲。防寒着を持参しそれをまとっていることで唐突な温度変化に、致命的なまでに行動に支障をきたすものは、いない。
「凍りつけ! ってなんで普通に動いてんのよ。ケッ、感じ悪ぅい〜〜」
 空中の一か所で動きを止め。鎖鎌をぶんぶん振りまわして、毒づく――天界風に言うならばゴスロリ少女。
「なんだぁこいつ!? カオスの魔物か??」
 紫狼の発言も無理はない。珍妙な格好の相手は、そうでーすと妙なシナを作ったあと、紫狼に鎖鎌で攻撃を加える。抗しきれずまともに食らう紫狼は痛そうな声をあげて後方に吹っ飛んだ。いってぇえと呻いているところを見ると、致命傷ではないらしい。
「紫狼さんっ!」
 ラスが駆けより、エドワンドから預けられていたアイテムで傷を癒す。彼らを護るように前に立つアマツと貞子。滑空してきた邪気を振りまく者を斬り伏せ、確実に致命傷を与えていくアマツ。そして貞子はこちらを見てくる魔物に狙いを定める。
「・・・・アイスコフィン」
「水使いが氷漬けになると思うの〜〜!? おバカさんね!!!」
 空をかけ、一気に接近した相手は鎖鎌を撓らせ、鞭のように振るう。貞子に襲いかかった少女、間に割って入ったのはアマツ、そしてエドワンドだ。紫狼の治療を終え、術の詠唱を行い、魔法を放つラス。
「ストーン!」
 ラスの詠唱は成功した筈だが、しかし石化はしない。徹底的に魔法防御を、あげてきているのだろうか。加勢しようとしたのか、かけてきた面と剣を、すかさずアイスコフィンとストーンで、貞子が封じた。してエドワンドは少女の相手をし――今も、鎖鎌をクリスタルソードで受け止める。
「アタシみたいな可愛いコを石にして、鑑賞したいという気持ちはわかんないでもないけどォ」
 強烈な蹴りを、左腕だけで受け止めて、ポイントアタック、シュライクといったCOを駆使し、手にした剣で連続攻撃を見舞うエドワンド。
 アマツもまた奇妙な風体の人物を、彼と共に追い詰めていく。劣勢に追い込まれていく少女は――それでも余裕はなくさない。
「騎士さん、最近可哀そうな娘さんを斬ったでしょう。もっと他に方法はなかったの? それで正義の味方気どりなの? あんたの手も血にまみれてるでしょう? アタシ達とおんなじよぉ」
「なっ・・・・」
「こっちのおじさんは、―――そうそう、大事な人を火の海になる屋敷から助けられず、死なせたのよね。あんたが頑張れば助けれたかもしれないのにさ――? 魔物がその女を殺した? 違う、助けられなかったのはアンタだよ」
「貴様・・・・私の記憶を」
 アマツが目に見えて動揺する。
「アタシは過去が見えるの。恐れいった? 過去を覗くことなんて、お手のものなんだよ〜」
 エドワンドの手から鎖鎌を掴む力が抜ける。冷たい硝子に似た人形のような目は、ラスへと向けられる。始終苛々した様子の娘は、エドワンドとアマツを振り払い、ラスへと接近し。その目を覗き込んだ。ぞっとするような冷やかな気配。相手は両手でラスの頬に触れる。
「あらあら、あんたは、『あの』邪なる妖精と関わり合いになったものなんだね。ふぅぅん」
「知っているのか。―――サラを」
「いい土産ができちゃった。しこたま、人間の魂は集めたしい。その妖精を追いかけていけば、また会う事もあるかもしれないよ。じゃあね」
 そう告げて、魔物は翼ある鬼へと姿を変化させ遥か高みに舞い上がっていった―――。
 


 高熱にうなされるあの青年――。犯行に関する全ての記憶が、失われていた。母親は未だ意識を取り戻していない。息子――彼らの事情聴取は、それぞれの意識がはっきりしてから行われるということだった。
「ラス、大丈夫か」
「・・・・はい」
 彼は言いたいことを我慢して、飲み込んでいるようだった。
 改めて魔剣と仮面はストーンで封じられ、しかるべき場所へと預けられた。
 町からあの『少女』と邪気を振りまく者たちの姿は、消えた。
 けれどこれは、何かの始まりではないだろうか?
 皆は不吉な予感を抱きながらも――この町を、後にした。