【導きの風】〜幕間〜

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 49 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月29日〜02月01日

リプレイ公開日:2009年02月06日

●オープニング

●冒険者ギルドにて
「あら。クインさん!」
 栗色の髪を耳下で束ねた、二十歳程のギルドの受付嬢、フローラが笑顔で迎え入れたのは、黒髪、浅黒い肌の目つきの悪い軽装に身を包んだ少年――クインだ。そしてその後ろには小さなドラゴンがぱたぱたと翼を動かし、浮かんでいる。

「依頼は成功したとは聞いていましたけど。でも本当に良かった、無事で」
 他の職員は依頼を持ち込んできた者達の接客中だったが、彼女は手が丁度開いているところだった。
「ちびドラ君もいらっしゃい」
 笑顔を向けられ、竜の子は鼻をすぴすぴ鳴らして、ご機嫌で答えた。大きくなるとごつくなるが、本当に小さいパピィは可愛らしい存在である。いそいそとお菓子をカウンター下から引っ張りだすフローラに、クインが。
「どうも。こないだは世話になったな」
 愛想がないのはいつもの事。すっかり顔みしりになった少年の言動には、受付嬢のフローラは慣れている。パピィの相手もそこそこに。カウンターで先日の依頼で起きた事の詳細を聴こうと、あれこれ話しかけて。そして、――その反応を見てあれ、と気がついた。
「(?)」
 愛想が悪いのはいつも通り、しかし普段の彼はもう少し饒舌なのだが今日は言葉少なだ。いつもの彼にある筈の、覇気がない。
「(・・・・なんだか、元気がない?)」
 ふむ。とフローラは思い至る。だが、一緒に暗くなっていても仕方ない。職業柄、人と接する術に秀でているフローラは、穏やかに続けた。
「その里がなんとか無事で済んだなら、本当に良かったですね。それで今日はどのような御用件で? 顔見せにきてくれた訳じゃ、なさそうですよね。それに、ロゼさんはご一緒じゃ?」
「・・・・あいつは、里に残ってる」
 何か言葉が続くのかと思いきや、沈黙。カウンターを見てしかめっ面をしているクイン。フローラは目を瞬かせた。
「えっと、残っていると言いますと――」
 辛抱強く尋ねて。今回の隠者の里襲撃事件の原因を作ったのは、自分なのだとロゼが自身を責めているらしい事が、フローラにも理解できた。
 ロゼはスフィンクスをはじめとする――陽の精霊と、そして竜と。とても縁のある女性である。そして、隠者の里にあった宝玉は、陽のエレメンタラーオーブと呼ばれる物で。どうやらそれの次の持ち主であるのが、彼女であるらしい。フローラには詳細は分からないが。竜と精霊との関わりに重きをおく里の者達が、彼女を迫害する事はなかった。よって隠者の里の皆が、ロゼを責めているという事でもないようなのだが。
 それは里への被害を押えた冒険者達の貢献も影響しているに違いなく、それを彼女はとても感謝しつつ、早々に立ち去るのが筋だと思いながらも、――今も里に残っている。怪我人の治療、壊れた家屋も修復しきれていない。手を貸しながら、他にも里の人達に何か出来る事はないかと―――それを模索していた。

「なんでも聴けば、竜と精霊に感謝を捧げるような儀式――竜と精霊を祀っているあの里では、頻繁にそういった祭りをやってるらしいんだがな。近々のびのびになってた精龍祭を、行えないかって話が出てて。こんな時だからこそ、って。あそこの長と妹が決めたらしい。それにロゼも協力したいって言いだしてて、受け入れられた。でも里には結構怪我人が出て――随分治療とかもしてもらったけど、完治してない者には、無理はさせられない。それで人手がいるんだ」
「成程、それで。お祭りの手伝いをしてくれる人を、募りたいんですね」
「あぁ。音楽や、歌、踊りが祭りで行われるらしいんだけど。別にそれだけに囚われる必要はなさそうだ。祭りを盛り上げられるような名案があるなら、それをやってもらっても提案してもらえればってことらしい」
 詳細を書き込むべく、フローラは羊紙皮にペンを滑らせていく。祭りで料理等も振る舞えたら喜ばれるかもしれない。ちなみにそちらにかかる費用は、ロゼがある程度であれば負担できるとの事だ。必要な食材等があれば、伝えてもらいたい。
 ――また。怪我人の治療や里の復旧作業に追われて。前回依頼を受けてくれた冒険者達と落ち着いてじっくり話す時間がなかった為、ロゼができる事なら改めて里を守ってくれた礼を言いたいと思っている事も、伝えられた。
「お祭りかぁ・・・・いいですね、それ! 沢山の方が、里の人の為にも――ロゼさんの為にも手を貸してくれるといいですね」
「・・・・あぁ。じゃ、そういう事で。頼んだぜ」
「ちょっと待って!」
 さっさと立ちあがって背を向けた彼の腕を、素早くがしっと掴む。眉を寄せて振り返った彼に。
「クインさん、悩んでる事があれば、誰かに言っちゃった方がいいですよ」
 そう。耳打ちの内容は、助言。
「・・・・は?」
「ちなみに、私は恋の悩み相談は大歓迎ですよ」
 椅子に座りなおしたフローラがうふふふと笑う。受付嬢を軽く睨むと。隣からぷぴぷぴ聴こえた。ちびドラが、焼き菓子を食べながらクインを見て――小馬鹿にしたように鼻をふくらませているところだった。
「ちびドラ・・・・お前いつ俺を笑える程偉くなった・・・・?」
『いたいいたいいたい!!! たすけてー』
 ぎゃいぎゃい騒ぐちびドラにギルドの利用者達が驚いて、カウンターを見ている。こ脇に抱えて頭を拳でぐりぐりするのに、あわあわしたフローラが、ストップをかける。
「クインさん、虐待は駄目!! 駄目ですよっ。本当に、一体ぜんたいどうしたんですかっ」
「・・・・別に」
 竜の子を放り投げて。フローラは軽くため息をつく。
「・・・・余計な御世話かもしれませんが、機嫌が良さそうにはとても見えませんよ。里に戻る前に眉間の皺はなんとかした方が、いいかと思います」
 睨まれて、フローラは素知らぬ顔で。依頼は承りましたので、とにこり。
 視線をそらしてボソリと呟いた。
「女の秘密主義ってほんと腹立つ」
「え?」
「それだけだ。女って何を隠してるか、ほんと判んねぇー・・・・。この後に及んでがんとして黙ってる事もあるし。・・・・じゃあ、何か。俺がそんなに信用できねえって事かよ」
「? クインさん??」
「何でも、邪魔したな。ほらこいちびドラ! それ以上食ったら豚になるぞ」
「きゅう〜〜〜ッ!!」
 首根っこ掴まれて連れてかれた竜の子。ポカンとした受付嬢はひとまず椅子に座り直し。周囲の視線はとりあえず無視して、依頼書を読みなおすふりをしつつ。野次馬根性を押えるのに必死になった。わなわな震えつつ。
「(き、気になる・・・・、あの二人・・・・!)」
 フローラは依頼を受けてくれた冒険者に、可能ならあの二人に何があったのか後で聞こうと思いつつ――ギルドの掲示板に依頼書を張り出した。

●今回の参加者

 ea9907 エイジス・レーヴァティン(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


「さあ、ちびドラと遊びに・・・・じゃなかった、お祭りの助っ人にいこうか!」
 エイジス・レーヴァティン(ea9907)はそうにこやかに促す。
 鎧騎士のルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は事前に好意で祭りで使えるようにと――沢山の食材を買ってきていた。それを皆が、持つのを手伝う。
 依頼人のロゼとクインの知人である、エルフのマチルダの屋敷へ向かう。クインの話だと屋敷の庭で、今回四人が騎乗するグリフォン――スフィンクスがロゼに与えた騎獣――が待機している筈である。四人を出迎えたのは屋敷の侍女、ミーアだった。
「では、申し訳ありませんが宜しくお願いします」
 グリフォンを使用する為、その間預かってくれるとの申し出で。そういって馬の手綱を預けるのは、クロード・ラインラント(ec4629)。餌代を、と差し出そうとするのを遠慮して。
「いいですよぉ。爺やさんもそう言うと思いますし。ロゼさん達によろしく。お祭り、楽しんできてくださいね!」
 彼女に見送られ、四人は里へと向かった。


 戦いの爪痕は残るが、嵐が去った後の清々しさがある。
 陽の光も下界にいる時より強く感じ、風もまた澄んでいる。
「精霊達の力――ここはやはり、他の地より強く感じますね」
 地に降り立ち。元馬祖(ec4154)が伸びをしながら気持ち良さそうに言った。
 一緒についてきた精霊達は、主人を見上げる。
『行ってきて、いい?』
 クロードの精霊、エヴェリンが。にこりと頷いてもらって、ぱっと花咲くように笑う。
「今のこの里なら、何の心配もないでしょう」
「だね〜♪ 君達も行っておいで」
 精霊達はご機嫌で仲良く飛んで行った。その時遠くから声が聞こえた。
 駆け寄ってくるのは里の長の妹、リフィアと。ロゼだ。
「エイジスさん! 皆さんもっ、いらっしゃい!」
「こんにちは、遊びに来たよ〜」
 四人は手を振り、小走りでこちらに来る二人に応えた。

 *

「こんにちは、ロゼさん。自分にできる事でお祭りを支援できたら、と思ってきました」
「元さん・・・・! またお会いできて嬉しいです。・・・・あなたはこの手で、あの時たくさんの人を助けてくれた。何度お礼を言っても足りないけれど――本当に、ありがとう」
 握手をし。丁寧に頭を下げられて、照れた様子だ。
「私は ルエラ・ファールヴァルト。楽しいお祭りになるといいですね」
「こんにちは、ルエラさん。ロゼです」
 握手を交わす二人。そして、あっと声をあげた。
「あなたはあの子を・・・・もしかして、パピィを護るとき戦ってくれた騎士さん?」
「ええ。その時に、あなたと縁のある方々より、ミスラをお預かりしました」
「やっぱり! 二人から、皆さんのご活躍は聞いていました。宜しくお願いします」
「こんにちは。精龍祭、楽しみにきました。お祭りを盛り上げられるよう、少しでもお役に立てればよいのですが」
「クロードさんが来てくださるだけで、皆さん盛りあがりますよ! 里の皆さんの命を救った英雄のお一人ですから。お約束します」
 そう言って。握手しながらロゼは心をこめて改めて、先の依頼での礼を告げた。



 さて、早速エイジスは持参してきたリカバーポーション20個と保存食100個をリフィアに渡した。少女は勿論、彼女の兄の里長も、他の皆も。気前の良さに驚いていた。
「こんなに沢山・・・・!」
「困ったときにはお互い様だからね」
 そして長の屋敷傍にある儀式の間にいる、立派なドラゴンパピィ、通称若から弟を借り受け――。
「そらそら〜♪」
「きゅ、んきゅきゅ〜♪」
 じゃれあって、くすぐったり。ほっぺたをつついたり。ちびドラは翼もぱたぱたと楽しげに動かしていて――至極、ご満悦。
「さて、そろそろ行こうかな」
 えーっと子ドラが苦情を言う。終わりね、と頭をぽんぽん撫でつつ。
「何かお手伝いできることがあれば、するよ?」
「いいの? 色々ありがとう、エイジスさん。ね兄さん、門付近の修理を手伝ってもらおっか」
「リフィア」
「遠慮しないで」
「では申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」
「任せて」
『僕も行く』
 後ろからしがみ付かれて。
「いつもクイン君と一緒なのに。喧嘩でもしたのかい?」
 冗談半分に肩越しに聞けば。むぅぅっとほっぺたを膨らませている。
『あいつ、今機嫌がよくないから、傍にいるのヤダ』
「あらら。なるほどね」
 事情を察したのか、エイジスは苦笑した。

 *

 医師であるクロードと、怪我の治療の心得がある元が。ロゼと共に長の屋敷の一室、怪我人の為に開放している場所へと向かう。
「皆さん概ね、経過は良好みたいです。ただ完治とまでは、いかない人もいて」
「気になりますから、見せて頂きますね。婆様はお元気ですか?」
 ロゼが足を止めた。
「・・・・婆様は」
 そして二人はあの老婆が長い時間身を起こしているのも、難しくなっている事を知ったのだった。
 
 *

 持参した木材で修復作業を行えたら――そう思っていたルエラだったが。料理が出来るという事で女達に強引に連れてこられ――木材は男達に託された。
 広げた珍しい食材に興味津々の女達に請われて、一つ一つ説明をする事に。
「これは?」
「こっちはどう使うの?」
 詰め寄られ、ルエラは、えっと、あの、と。言葉につまる。
 都は海に面している為、市には魚類がかなり並ぶというと、溜息が洩れた。まぁ羨んでも仕方ないね、と年かさの女の豪快な笑い声に、魚に関してはそこでおしまいに。
 ただ、皆この地での暮らしを愛しつつも、外界にも興味はあるようで。 
「海なんて見たことないねえ。でも若君がその上を飛んだ時のことは聞いた事があるけどね。リフィア様の瞳みたいな綺麗な青色の、大きな水溜まりみたいなんだって?」
「ええ、はい。そうですね」
「わ、賑やかですね。失礼しま〜す」
「まぁ、ロゼ様」
「あの、様はほんとに。呼び捨てで。・・・・ルエラさん?」
「ロゼさん・・・・」
 魔物相手なら一歩も引かない彼女でも、熟女達のパワーには押され気味であったようだ。
「これは?」
「芋がら縄です。使えば、ちょっと珍しい汁物も作れますよ。食材もかなりの量ですし」
「うわぁ、ほんとに沢山。(ありがとうございます)」
 こっそり耳打ちした後。ロゼは笑う。
「山羊の乳が使えるんですって。魚貝ミルクスープ煮なんていうのも作れますね」
「いいですね。魚の塩焼きなんていのもシンプルでいいかもしれません。串にさして。お祭りに参加しながら食べやすいものもいいとも思うんですが」
「わ、素敵。それも作りましょうか」
 この土地で普段食べられている物を考えて。数種類の汁物、何種類かのパン、塩焼き、煮付けなどの魚料理。この里で作られている伝統的な焼き菓子に買ってきたフルーツを入れてアレンジしたりして。購入して余ったものは処理をして、一部長期保存が可能なようにして里の女達に大変喜ばれた。

 *

 クロードと元は手分けして、怪我人の容体を見て回った後。子供達に捕まって、踊りの練習をした。クロードはそういえば、と持参した長期保存に適した食材を、調理場にいた女達に預けてきて。そこで感謝の言葉と、できたての焼き菓子を頂いてきた彼は、その良い香りと味に顔を綻ばせる。
「クロード様、これどうぞ。この前私達の為に、沢山使ってくれたでしょう? 少しですけど子供達が見つけて摘んできたものなんですよ」
「! ありがとうございます」
 ハーブの束を、クロードは受け取った。他にもある『実』をお一人二個ずつどうぞ、と配られた。元も合流し、彼等は出来た料理を祭りの会場へ運ぶ手伝いを始めた。

 * 

 精龍祭――。儀式の間の中央で炎が上がる。広々としたその儀式の間を見渡せる大きな台座には竜の若君がゆったりと身を横たえ。傍には里の娘達が美しく着飾り、楽器を手に、控えている。
 笛の音、打楽器――素朴で味わいのある音がその空間に響く中、剣舞を披露するのはこの里の若手で一番の剣の才能を持つリフィアと、祭り初参加になるエイジス。
 華麗な舞いを披露した後、起きた喝采に二人は笑顔を浮かべる。
 音楽は続き、ルエラやロゼ達が里の女達と共に作った料理が皆の手にいき渡るよう、里の女達が忙しく動き回っている。料理を口にした者が次々驚嘆したように、美味しいを繰り返す事に。里の女達が小突きながらも、でもそこには笑顔があって。
 そして剣舞の後には、この里特有の踊りが始まった。四人も事前に子供達から教えてもらっているので当然参加した。二部構成になっていて、先に食事をして後で参加してもよい。踊りは最初はゆったりとした動きなのだが、徐々に軽快さがまし、火の傍で皆が汗をかく程にリズミカルに飛び跳ねるのだ。その踊りに合わせエイジスはリュートをかき鳴らし調子っぱずれな歌を歌い、里の者達に大いに受けていた。
「すごい! エイジスさん、こういう特技もあるんですね!!」
「あ、ロゼちゃん発見。じゃ、さっそく。僕が精霊占いをしてあげるよ♪」
「まぁ」
 輪から引っ張りだされ。ロゼが笑う。
「カモミール、おいで。・・・・フムフム。悩み事は、人に相談するが吉。あなたの話を待っている人が沢山居るよ、だってさ」
「・・・・エイジスさん」
 そう呟いた彼女に。悪戯っぽく片目を瞑って。また、リュートを鳴らし祭りの輪の中に戻っていった。
「ち、ちびドラど〜こだ〜。コッチの水は甘いぞ〜!」
「結構酔っ払っちゃったのかな?」
 近くで料理を配るのを手伝っていたリフィアが。そして目を瞬く。
「ロゼさん?」
「・・・・ううん、なんでも」

 *

『僕も混ざる〜♪ 兄上、いいでしょ?』
『まったく、いつまでも子供なのだから。仕方のない奴だ。行け』
『わぁーい♪』
 人の輪の中に入っていく弟を見つめ。恭しく注がれた果実酒を口にする。若の傍にはあの婆の姿もある。椅子に腰掛け眩しそうに祭りの光景を眺めている。
「あなた様と、精霊と。英雄達が護ってくれた事でこの里は生き延びた。竜の若君と精霊と人が共に祭りを楽しんでいる光景・・・・死ぬ前にこんなに良いものが見れるとは。わしは・・・・もう、何も思い残す事はありませぬ」
 竜は仮初の慰めの言葉は口にしない。真っ直ぐで、偽りのない言葉を向ける。衰えた老婆へ、――今も。
『――貴様は里人の為に力を尽くした。あの娘の背を押してやれた。死は誰にでも平等に訪れる。恐ろしい事ではない。精霊界にその魂は迷わず向かい、安住の地に迎え入れられるだろう』
 婆は深く頭を下げた。

 *

「クイン、楽しんでる?」
 冒険者らに踊りの輪の中に引っ張りこまれていたクインは、一つに結んだ長い髪も、服もぐしゃぐしゃだ。撫でつけながら、
「おぅよ。さんざん食ったし酒は飲まされるし」
 といっても不機嫌そうでもなく、彼は答える。
「ふふ。楽しいねぇ。こういうのもいいよね。またこんな風に皆で騒ぎたいな。精霊達も元気で、若君達もいて、みんな楽しそうで。――私こういうの、好き」
「そうだな。・・・・で、まだ話す気にならねえの?」
 ロゼは祭りの光景を見ながら、なった。と答えた。
 お祭りの後でね、と。

 *

 元が音楽で盛り上がる中、里の男達の手を借りて、中央で軽技を行う。縄の両端を男達にしっかりと固定してもらって、用意した台からぴょんと乗り。綱渡り。多少ぐらぐらするところはあっても、持ち前の技能を生かし渡りきり、格好よくくるりと一回転して飛び降り万歳。拍手喝采を受けて、ちょっぴり照れくさそうに笑っている。
 盛りあがる祭りの後半、ルエラが鈴を利用し作ってきた歌を披露した。歌や音楽を愛する者はどこにでもいる。皆彼女の歌声に耳を澄ます――。
 
 美しい歌詞を、ルエラの良く通る綺麗な声で歌いあげた――。
 皆がそれに耳を傾け、そのあと沢山の拍手が沸き起こった。

 *

「皆さんに、聞いて欲しい事があるの。クインも」
 そうロゼが切り出したのは。祭りの終盤―――。
 彼等は彼女が与えられている部屋へと通された。そしてキャンドルに火を灯す。先の依頼で冒険者の一人に贈られたものだそうだ。良い香りが広がった。
「なんでスフィンクスまで」
 室内に大きな半人半獣が居る光景は、ある種の異様さを醸し出している。獣の足を折り、ゆったり寛ぎながら。
「喧しいな、小僧。せっかくこの女が話をする気になっているのだから、鎮まれ」
「偉そうに」
「あの、二人とも、喧嘩しないで」
 一応両者沈黙した。
「私は昔、小さな頃。――別の名前で呼ばれてたの。その時、私の両親はありもしない謀反の罪を着せられて、ある貴族に殺された。火を放たれ、屋敷は火の海になった。沢山の人達がその時に命を奪われたの。救い出されたのは私と、弟だけ」
「弟――・・・・」
「うん。そして彼らは魔物と共にあの領地に暮らす人達を傷つけようとしている事が、このあいだの一件で――解ったの」
「何で、‥‥今まで黙ってたんだ」
「巻き込むのが怖かったから」
 ロゼは呟く。そして取り出したオーブを両手で包みこむ。
「でも、時間は余りないのかもしれない。私が想像しているよりもっと、恐ろしい事が起きている。あの領地で。――止めなくてはいけないの。でも私一人で出来る事は限られている。だから、どうかまた力を貸して下さい」
「私は、このアトランティスの国々の事はよく知らないけれど、人々が苦しむのは放ってはおけない。私でも力になれることがあれば」
「これからも自分がどこまでできるかわかりませんが、自分にできる形で皆様の『戦い』を支援していきたいと思います」
 そう、クロードと元が。四人がロゼを見る目は優しい。彼女は丁寧に頭を下げた。
「クインさんもロゼさんのナイトのように頑張っていますし。これからも、心を込めてお守りするのですよ?」
「だそうだ、小僧」
 スフィンクスがにやにやしている。
「〜〜〜〜ッあー。――で? お前が行こうとしている領地って、どこだ」
 偽りを許さない強い目に。ロゼは覚悟を決めたように告げた。
「イムレウス子爵領――そう呼ばれている場所よ」
 ルエラは、クインに石の中の蝶の指輪を。そしてロゼにファルコンアイの首飾りを渡した。
「綺麗、これは・・・・?」
「決断と前進を意味する石の首飾りです。きっと今のあなたに相応しいと思います」
 ロゼはそれを見つめ、ありがとうと微笑んだ。

 
 空に満ちる陽
 地に降り注ぐ
 生きる全てのものに恵み与えん
 始まりの朝告げる歌声を奏で

 この身灯して明き黎明に
 淡き祈りの朝陽とならん

 緑萌え出ずる 草と花
 今日も明日も恵み溢れ
 囁く空も大地もこんなに優しい
 空よ 祈りよとこしえに

 光あれ
 この優しき地に生きるものに
 愛を永久に


「私、あの故郷を守りたい。ルエラさんの歌のように――、皆が優しい気持ちで世界を見る事ができるように。皆の悲しい事も辛いことも、早く終わりにさせなくちゃ」