【バレンタイン】甘いお菓子に想いを込めて

■イベントシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月15日〜02月15日

リプレイ公開日:2009年02月24日

●オープニング

「あの人達は友人で、そういうのではありませんから」
 憮然として言うと。目の前の女性達は一様に目を丸くした。一応先輩達に対しては礼儀を――ほぼいかなる時も忘れる事のない娘は、ぺこんと頭を下げ――逃げた。
「ありゃあ。これは荒れるぞう」
 書類を片手に、その状況を見ていた女は――呆れ声で言った。

 地球出身で来落した後、縁あって工房に所属することになり今に至るゴーレムパイロット、富永芽衣は。一見大人しげな美少女だったが、男顔負けの行動力と格闘技の使い手で、期待されている若手の一人として仕事を日々実直にこなしている。
 真面目で硬い物言いで誤解されがちだが、本来の彼女は優しい性格の持ち主だ。たいていの事はなんでもこなす人物だったが、彼女にも――苦手な物がある。
 愛想笑いと、女性らしい振る舞いと、愛だの恋だのそういう言葉を口に出す事――そして耳にすることだった。
 だから積極的に、【こういうイベント】に関わろうとはしていなかった。
 つい最近大変な依頼をこなし、とても意外な人物との再会を果たして本当に驚きの連続で。ひとまず依頼の詳細の報告を――と、ある子爵領から戻ってきたと思ったら――彼女は大変な騒動に巻き込まれてしまった。

 *

 そして翌日。一晩明けても疲労の色が濃いゴーレム乗りを呼びとめる声があった。
「あんたがそこまでへばってるのは、珍しいねー」
 工房の中で働く事務職員、ユメと芽衣は。女の派閥(?)などには属する事がないぶん、こうやって話す機会も少なくなかった。
「天界の行事が、この国でも増えてきた――それは、知っていましたけど。カカオがないこの世界で、何もこのイベントが広まらなくてもいいじゃありませんか」
「まぁよくわかんないけど。あんた、今度こそはっきりしないと後が大変だと思う。ゴーレムニストのリカード君か、鎧騎士のロッド様か。二人狙いの女の先輩達が、本気で目がつり上がる前に。で、どっちが本命なの?」
「・・・・は?」
「あんま人の恋愛には興味ないけどさ」
 ユメの言い様に。芽衣は溜息。
 翌日工房に来てみれば。いつの間にか芽衣がバレンタインにどちらかに告白する。しなかったら、芽衣は本当に二人の事は何とも思っていない、後は押して知るべし――という事になっていた。
 話題の人の片割れのリカードは、何やら本業や武器開発等で忙しくしているしで耳に入っているかどうかわからない。ロッドはロッドで事情が耳に入ってるらしく何とも言えない笑みを浮かべながら、『大いに期待してるからよろしくな。絶対俺に渡すように』などと冗談を飛ばしてくる始末。
 
「このご時勢、王都のゴーレム工房がこんな事で、いいのかな。もっと他にやること、ある気がする・・・・」
 騒いでいるのは一部だけなのだが。真面目かつ、ごもっともな発言に。苦笑い。
「皆殺伐とした日々を過ごしてるからねー。あ、私はどんなお菓子でもいいからね」
「・・・・いま、なんて?」
「? 何だっけ。天界では――」
 そしていわゆる『友チョコ』、『義理チョコ』、さらに言うならば職場の同僚にチョコを配り歩く風習があるんじゃないの、と。ユメは口にした。
 芽衣はぐらりとよろめいた。いつの間にか女の同僚にまで、渡すことになってるこの事態に。
「あれ? 違うの? 芽衣は天界人だから、バレンタイン。なんかみんな期待してたみたいだよ? 今の状況だと工房の職員全員は無理でも日頃付き合いのある人には渡したほうがいいよ? 円満な人間関係の為にも。女は甘いもの、基本的に好きだからね」

 *

「もう、勝手に言っててください‥・・」
 休憩時間、宮廷図書館へと避難してきて。机に突っ伏して、芽衣は呟く。
「何が勝手に、なんですか?」
 そう楽しげな声に。芽衣は顔を上げた。話しかけてきたのは、ショコラ・カックマッカだった。
 芽衣はもともと読書家だったということもあり。彼女はこの世界に来たばかりの頃、この図書館に通い詰めた。
「・・・・こんにちは。お久しぶりですね」
「最近お見えにならなかったんですね。ここに来るのは、息抜きと――すとれす発散と仰ってましたっけ。だとすると、何かそうしたくなるような――大変なことでもありました?」
 宮廷図書館の本の虫――そう異名をとる女性は。くす、と上品に笑った。

 *

「なるほど、話をまとめますと。14日にその二人の男性どちらかに告白しなくてはいけないと。その為にお菓子が必要。さらに言うなら、お世話になってる女性を含める同僚方にもお菓子をプレゼントしなければならない――ということですね」
「ええ」
 ショコラは首を傾ける。
「悩む必要がありますか? 二人のどちらか・・・・という話ですけど。本命の方に告白するなり、本当に違うのであればはっきりとさせればよろしいだけの筈――違います?」
「・・・・それはそうですけど」
「?」
「ある日突然この世界に来た天界人は、帰るのも突然なんではないかって。そう思うと。私はあの人に、何も言えないんです」
「芽衣さん・・・・」 
「ねぇ、司書さん。お話中ごめんなさいね。ちょっといいかしら?」
「あ、はい。何でしょう?」
「私、探しているものがあるのよ。受付の子達だとどうも判らないみたいだから、探すの手伝ってくれる?」
 しんみりとした空気をふっ飛ばすような勢いで、話しかけてくる人物。図書館に不似合いな派手な赤のドレス姿の。美貌、金の髪は波打ち、派手な装飾品、凹凸のあるナイスバディの、エルフの女性だった。
 そして。――彼女が探しているのは俗にいうお菓子のレシピらしい。しかも『チョコレート』の。
「天界から落ちてきたチョコを、そこそこ手に入れる事が出来たから。それで何か作ってみようかと思ってるの。ただ元々この土地にない食材だから、周りの誰も作り方が判んなくって」
「申し訳ありません、そういった写本はございません」
「ええー、せっかく来たのに。そうなの?」
「あ、でも。こちらのお嬢さんは天界ご出身の方なので、天界風のお菓子も作れるかもしれませんわ。丁度訳あって同僚の方に渡すお菓子を、考えていらっしゃったみたいですし」
「‥‥!(ショコラさんっ!?)」
 友人のアイコンタクトは無視し。ショコラはにこりと笑う。へぇ、と相手はにこやかに、ほほ笑み。
 老紳士を従えた迫力のある女性は、隣に座り。
 饒舌、話術が巧みなその女性に乗せられて。
 ――でもってなぜかいつの間にか、芽衣は彼女の家で、お菓子作りをすることになっていた。
「このご時勢、私の周りでも殺伐をした事が続いているから。あの子達もこういう潤いが必要だと思うのよね。うん」
「は? そ、そうですか(え、えーと。なぜこんなことに?)」
 芽衣の困惑は、当然だろう。が約束は約束だ。女傑は、いたくご機嫌だった。ショコラまで、
「私も楽しみにしていますね」
 と。そう――調理場や材料は提供する、その代わりに天界風のお菓子を作って欲しいとのことだった。あと、レシピを作成し置いて言ってほしいと。
 勿論作ったお菓子はその場で試食したり、一部お持ち帰りにしてもいい。あと労力に見合った分だけ、何か役に立ちそうなアイテムをプレゼントするから――そう言って笑った。


●今回の参加者

風 烈(ea1587)/ 美芳野 ひなた(ea1856)/ 門見 雨霧(eb4637)/ 布津 香哉(eb8378)/ アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)/ 水無月 茜(ec4666)/ 村雨 紫狼(ec5159

●リプレイ本文


「皆さん、どうぞよろしくお願い致しますね☆」
 冒険者ギルドに集まった彼らを迎えに現れ。ぺこりとお辞儀をしたのは依頼人の屋敷の侍女であり、彼女の弟子であるミーアという少女だ。彼女と面識の有る者、そうじゃない者、様々だったが屋敷までの道中、それは和やかな時間を過ごした。普段のバトル関連の依頼などとは違い、ある事を楽しむ依頼である。皆の間には、いい息抜きになりそうといった雰囲気が漂っていた。
「そこそこ、ちょこれーとが手に入って、普通に食べるだけじゃ勿体ないし、とは言ってもどう食べると美味しいのかよくわからなくて困ってたんですよぉ」
 えへっと笑うミーアに感心したようにへー、と相槌をうつ彼ら。
 その時彼等は知らなかったのだ。そこそこ、というのがどれだけの量があるかということを――。

 *

 チョコはこちらにはないもので、貴重な品だ。メイディアの都の外れにある、いかにも富豪といった好事家ウィザード・エルフの女傑、マチルダ・カーレンハート邸へと赴いた7人の冒険者達と、天界人ゴーレムパイロットの富永芽衣は屋敷の調理場へと通され――テーブルの上に乗っている大きな『段ボール箱』を覗き、揃って目を疑った。
 天界出身の数名は、それぞれ感嘆の声を上げる。焦げ茶色の包装紙に金色の文字が踊る、薄い板状のそれ――。
「うわぁエンジェルの板チョコ!」
 とは、門見雨霧(eb4637)が。
「これだけあればいろいろ作れそうだな」
 同じく天界出身のゴーレムニスト、布津香哉(eb8378)が感心している。
「ミーアたん、マチルダのおばさん、これどこで手に入れたんだ?」
 とは、天界人ゴーレム乗りの村雨紫狼(ec5159)が。――かつて店などで見慣れていたお菓子が、箱の中にぎっしりと詰まっているのは圧巻だった。
 ――てかこの異世界に、なぜこんなにチョコがあるのだ。
「マチルダ様のお仕事上の付き合いのある方で、全く甘党じゃないのにこれを手に入れた方がいらして、それで半分程くださったんですよ」
 だそうである。砂糖自体が貴重なこの土地で、このチョコレートの価値はおのずと知れようというもの。普段出不精なマチルダが自ら宮廷図書館に赴いてチョコのレシピを捜していたのも、頷ける。
「美味しそうですね。でも・・・・なんというか、私は作った事がある物っていったらせいぜい、ブラウニーとかクッキーくらいなんですよね」
 芽衣が困り顔で板チョコを眺めている。すっかり期待されてたみたいなんですが、と腕ぐみして悩む彼女に。同じく天界出身の演歌歌手、水無月茜(ec4666)がじゃあ、と提案した。
「ひとまず溶かしてスポンジケーキに混ぜてチョコケーキなんていうのもどうです? ひなたさんなら、基本が分かれば大丈夫だと思いますし」
 メイド忍者の美芳野ひなた(ea1856)が、にこりと笑う。
「えへへ、料理ならまかせて下さい。未知なる食材に挑戦、楽しみです☆」
 華奢で小柄な外見に似合わず豪快な料理からデザートまで、様々な依頼で料理を作り続けその実力はかなりのもの。男性陣も、知る限りのチョコの扱いに関するアドバイスをする。芽衣は傍らのアルトリアに尋ねた。
「アルトリアさんもお菓子作りとか、興味が?」
「ええ。お手伝い中心に動きますから、何でも言ってください」
 アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)が、腕まくりをしつつ申し出る。
「じゃ、とりあえずチョコレートを刻んで、湯煎で溶かしていきましょうか!」
 女子が数人集まれば何とやらというもので。この屋敷の数人の使用人達に、手伝いを依頼して。エプロンをつけたり水で手を洗ったり慌ただしく動き出した彼女達と、菓子作りは任せるとして。残り四名の男性陣は、ひとまず調理室を出た。

 *

 彼らに歩み寄ってきたのは、エルフの老紳士、マチルダの執事で在るレンという人物だった。派手な女主人と彼女の弟子のミーアと、個性的な使用人達の中では地味な方だが、振る舞いはきびきびとしていかにも有能そうな雰囲気を醸し出している。
「女性が多くて、力仕事等は大変でしょう。何か手伝える事があれば何でもやりますよ」
 武道家の風烈(ea1587)が、そう申し出る。
「うん、チョコの為に頑張るよー」
「まずは仕事っと。あ、チョコフォンデュやろっていうの忘れた。まいっか、後で」
「ま、ミーアたんを別依頼で借りるしいっちょ頑張ってやるから何でも言ってくれ」
 老紳士はにこりと穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。皆様、それではこちらへ」
 彼らへ与えられた任務――それは屋敷の裏庭に訳あって滞在中の空飛ぶ獣――『グリフォン』の為の小屋を完成させる事だった。なぜここにグリフォンが居るのかとか、事情を知らない数名はびっくりしたが、詳細は長いのでここでは省略する。優美な屋敷の裏側に、彼等はいた。獰猛そうな外見はさておき、何とも平和そうに暮らしている。さすがに小屋を建てろとまでは言われなかったのが、不幸中の幸いだ。
 小屋は建てられていたが、元の木の色のまま。大工に依頼してここまでは作業は終わっているが、色が塗られていない。塗料もはけも準備済みだ。
「材料は用意してあります。お手数お掛けしますが、宜しくお願い致します」
「お疲れ様〜、頑張ってねぇぇ」
 屋敷の二階の窓から身を乗り出し、ハンカチを振りながら声援を送ってくるのは、例の年齢不詳の金髪美女その人である。彼女はご機嫌な様子で、鼻歌など歌いながら中へと引っ込んでいった。どうやらただで手に入ったチョコを使って、こちらの作業費を浮かせようという魂胆らしい。天界風チョコ菓子も作ってもらえるし、一石二鳥というやつか。きっと貰えるプレゼントというのも彼女が使わないモノだろう。マチルダ・カーレンハート、したたかな女傑なのだった。



 数時間後。その部屋には、甘い香りが満ちていた。烈が『雑務』に行く前に、女の子達に『チョコを型に流し込んで固めたら』という提案をしたのだが、それはハート形の可愛らしいチョコレートになっていた。しかも沢山。チョコレートケーキと、チョコチップクッキー、マーブル状になっている蒸しパン、など色々な食べ物ができていた。途中他に必要な材料は、爺やをはじめ使用人が買いに走っていた事を一応書き記しておく。
「やだもう、凄い美味しそうじゃない〜〜!! 貴方達に頼んで大正解だったわ! っと貴方達もお疲れ様」
 モンスター退治をしていた方がひょっとしたら楽だったかも。塗料をはみ出さないよう丁寧に塗って赤い屋根に白い壁の小屋を完成させてきた彼等は、マチルダの言葉にとりあえず愛想笑いを返す。人使いが荒い、という感想はひとまず心にしまった懸命な三名、ひとりだけ正直に口にした者がいた。
「ったくおばはん、経費浮かす為に人件費ケチっただろ」
 女傑は羽つき扇子をぱしりと畳んで紫狼の鼻先にビッと向ける。
「紫狼、あんたのお土産は背中にド派手な青竜が描かれた法被よ。お祭りで着るようなやつ。ほほほありがたいでしょう。・・‥あなた達にも、役に立ちそうなアイテム今使用人に運ばせてるから、帰りに持って行ってね。さて、お茶の時間ね♪」
 調理室をちょくちょく覗いていたらしい女傑が、手を合わせ無邪気に喜んでいる。
「皆さん、お疲れ様でした。わわ、手を洗ってきた方がいいかもですね」
「これ、あちらのテーブルに並べて構いませんか? 飲み物は何かありますか」
「紅茶とかが合いそうですけど」
 女子達が顔を見合わせ首をひねる。
「あ、ねえ芽衣ちゃん。天界の飲み物ならあるわよ。なんだか真っ黒ですごくにがーいやつ。それなら、このお菓子となら合うかもね」
「真っ黒で苦い?」
「そ。あれだったら大量にあるんだけど。二階の物置にしまってるから、ちょっと重くて持ってくるの大変なのよね。なんか皆にのませても反応がいまいちだし、全然在庫が減ってないの」
 マチルダをはじめ、女性達がじっと男性陣を見ている。
「よろしくー(はあと)」
 男はか弱い女性の為に馬車馬のように働くべきである、と彼女の目はそう言っている。この女傑は本当に人使いがあら(以下略)。

 *

「ブラックコーヒーですね」
「っていうの? 前に貰ったんだけど、なんか不思議な味がするのよぉ。容器になんか書いてあるんだけど、私にはさっぱり読めないし」
「これはこういうモノなんですよ」
 と雨霧が。香哉が続ける。
「砂糖は一切入ってないからこういう味だけど、悪くなってる訳ではないから体に害はないですよ。・・・・しっかし久しぶりだなぁ」
 これまた天界人から見たら、懐かしい銘柄のモノが並んでいる。異世界でこういうのを口にできるとは思っていなかったらしい。
 冒険者7名、芽衣、マチルダとミーア、そしてレン、という不思議な顔ぶれのお茶会が開かれた。どれも失敗の品はなく、皆に美味しいと口ぐちに言われて女子達はとても嬉しげだ。烈は初めて食べるチョコレートの甘さにびっくりしているようだったが、口に合わないとかそういうのはないらしい。屋敷の使用人達にも少しずつふるまわれた。芽衣の職場の女性達に配る分、マチルダが数名の知人に配る分を差し引いてもかなりの量が残る。それを次々とぱくつきながら(チョコフォンデュなども途中作ったりした)和やかなお茶会は続く。話題はそしてVDの話へと―――。

 *

 富永芽衣が、自分の気持ちを伝えるか否か。ほぼ満場一致で、伝えるべき、という結論に。
「いつ元の世界に戻るか分からない身だがらこそ、悔いを残さないように1日1日を大切にしたらどうかな。バとの戦争が再開したりすると、今の状況がいつまで続くか分からないしな」
 後で後悔することになるのなら、できるうちにやったらどうかな、と烈が。
「そうそう、いつか居なくなって悲しませてしまうかもしれないけど、だからこそ、少しでも長く一緒に居られる時間を満喫した方が良いんじゃないかな? それに、嬉しさや楽しさだけではなく、悩みや悲しみさえも別け合える関係が恋人なんだと思うしね」
 雨霧がにこやかに、続ける。密かに『色々と悩んで踏ん切りが付いてない俺が言うのも何だけどね〜』という事を考えているかどうかは、本人のみぞ知る。
「俺はこっちの世界で守りたい人ができたから、何が何でもこっちの世界で暮らそうと思ってるぜ。強制的に返される羽目になっても精霊に願うさ。ここにいさせてくれってな」
 香哉の発言。大切なのは自分の意思、ということだ。絶対にここに残るのだという、強い意志。
「・・・・まあさ、天界人の中では異世界の女の子とけっこうラブってる奴いるじゃん。俺もさ、ふーかたんによーこたん連れてるしな」
 ふーかとよーことは、紫狼の連れてる可愛らしい少女の姿をした、陽精と風精だ。
「突然帰る可能性かァ・・・・。まあよ、そんでもさ。出会ったのは価値、あるんじゃね? 同じ日本人だろ、俺とメイたん。でも、向うじゃ会わなかった。でもこの異世界で会ったんだ。けっこうハンパなくね、この出会いってさ」
「そうですね・・・・」
「だろ。なあ、メイたんには価値がねーのか? この世界で出会ったみんなってよ。まー帰れる保証もねーんだけどさ! 言っちまえよ!!」
「紫狼さん、紫狼さん」
「なに、ミーアたん」
「えっとですね、芽衣さんがチョコを渡すか迷っている相手は、芽衣さんに何度も告白していらしたみたいですよぉ。だからお二人は実は、両想いって訳ですv」
「え、そうなの?」
「はいv」
 これは意外だった人もいるらしく、驚きの声が。マチルダやミーアは彼女の意中の人物を事前に聞いていて、どうやら本命は鎧騎士のロッドではなく、ゴーレムニストのリカードという人物だという事がはっきりしているのではあるが、照れまくる彼女に遠慮して一応黙っている事にした。にこにこ笑っている師弟に頭を抱える黒髪美少女。
「あの・・・・(汗)」
「いいじゃないですかぁ。いつか天界に帰ってしまうかもしれないから、受け入れるか否か、迷っていたって事なんですよね」
「まぁ、チキュウからこちらに来る仕組みも良くわかんないし。帰れるかどうかも判んないんだから、難しいわよね」 
 とはマチルダが。
「んー。告白するかはお任せします。けど、別れを怖がったら出会いなんて出来ませんよ。ひなただって・・・・別れは怖いです。けど! 出会った皆さんとの思い出は、かけがえの無い宝物です。今の自分に正直になるのも、ひなたはいいと思いますよ」
「自分に正直に・・・・うん、ひなたさんの言うとおりですね。。・・・・私もある方に告白、しようかなって・・・・。地球人じゃないです。今日作った本命チョコ、渡しに行って来ます! 頑張りましょう? お互いに!」
 丁寧に作ったそれを包装して。茜がにこりと照れたように微笑んでいる。周りからおおっという声と、頑張れ、という声が次々上がった。芽衣が眩しそうに彼女を、そして皆を見る。皆の意見に静かに耳を傾けてきたアルトリアが、口を開いた。
「私も、告白すべきだと思います。私も、いつか帰ることになるかもしれませんが・・・・。想い人ができたら告白しようと思います。どんな結末になろうと私は自分のしたことに責任をもって動こうと思ってますから。そして何もしないで後悔するくらいなら動いて後悔したほうがいいと、想います」
「‥・・はい」
「いつか来る別れに怯えるよりも『出会えてよかった』と思えるような思い出を、作っていけばいいと私は思います。きっと、大切なのは怯える心に負けないこと。いつか来る別れに怯えるよりも『今』を大切に生きていく、それが」
「大切なのは、今・・・・?」
「ええ。きっとそういう形が一番なのだと想います」
 芽衣に助言する為にちゃんと考えをまとめてきてくれたのだろう、確かな説得力のある言葉だった。アルトリアの言葉、そして皆の励ましは確かに芽衣の心に届いたようだ。傍に置いているハート型のチョコを詰めた袋を見て、芽衣は一度目を瞑った後。柔らかく微笑んだ。
「―――はい。きっと皆さんの・・・・仰る通りですね」



 全員にハート型のチョコレートと缶コーヒーをお土産に渡し。烈とアルトリアにはかなり上質の回復アイテムを、チョコを食べて天界の食材に興味がわいたらしい、ひなたには天界風調味料(?)を数種、雨霧と香哉にはソルフの実を、紫狼は見た目こそあれなものの、ある魔法防御効果のついた法被を、芽衣と、誰かに告白を考えていた様子の茜には恋愛系の可愛いお守りをマチルダはプレゼントした。料理、雑用等を頑張ってくれた彼らへの出血大サービスといったところか。チョコケーキも渡されたが、日持ちしない為そちらはなるべく早く食べた方がいいですね、とはひなたから。
「さて。大量に作ってくれたお菓子の一部は、お友達に配ろうかしら」
 板チョコより見た目が美味しそうなモノへと変貌した事で、価値もまた上がる事だろう。
「なんだかマチルダ様、今日は気前がいいですね〜〜!」
「私はいつだって気前のいい女よ(にこり)」
「あ。もしかして数倍返しを期待していらっしゃるんですかぁ?」
「さーてっ、どうかしら」
「はー、やっぱりマチルダ様は抜け目のない御方なのですぅ。・・・・ほんと、皆さんに手伝ってもらってよかったですね♪ すごーく美味しいです」
 ぱくり、とチョコケーキを頬張り、幸せそうに顔を綻ばせるミーア。
「芽衣さん、次に遊びに来てくれる時はお相手のゴーレムニストさんと一緒かもですね。他の皆さんの中にも、密かに意中のひとがいそうって方もいましたし〜。羨ましい限りです」
「こういうご時勢だからこそ、余計に大事ってことかしらね。・・・・ってそれ以上食べると子豚になるわよ、ミーア」
「もう、なりませんようっ(汗)!」

 *

 甘いチョコレートに想いをしのばせて、大切な人へと贈る儀式。チョコこそ出回る事はないものの、そのイベントはアトランティスで今後も広まっていくに違いない。
「(後悔のないように。大切なのは、今)」
 後日。自分に言い聞かせ。よし、と工房内を歩く天界人ゴーレムパイロットの彼女は。仕事終わりの時間を見計らってその場所へと足を運び。白衣姿の――ゴーレムニストの女性に尋ねる。
「リカードってまだ仕事してます・・・・よね」
 何か察したように笑顔で、彼女は呼んできてあげるわよ、と申し出てくれた。
 緊張の一瞬。深く息をすいその時を待つ。

 それは特別な儀式。戦いの続く先の見えない時だからこそ尚更、大事にすべきものもある。


 Happy Valentine!