トレントの子供に 伝えるべき言葉を
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■ショートシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月20日〜02月25日
リプレイ公開日:2009年02月28日
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●オープニング
眠れ、眠れ、可愛い坊や――
この季節夜に差しかかる時間に窓を開けるのは――その病弱な婦人にとって決して良い事ではない。少女は10歳にも満たない幼い子供ではあったが、それくらいの事は解る。
でも、窓の向こうから。遠くから。何かが聞こえた気がした。
「メリッサ・・・・」
暖炉であたためられた部屋の中。呼びかけられた婦人は、小さな声で、子守唄を歌い続ける。その腕の中にいるものを見て、窓際に佇む少女は悲しげな顔をした。
布と綿で作られた人形。それを優しくあやす婦人を見て。いつだって皆が顔を強張らせ、見てはいけないものを目の当たりにしてしまったというふうに。顔を背ける。
でも少女はただ顔を曇らせるだけで。眼を逸らす事は――ない。殆ど自分の事が出来ない彼女の面倒を、このときも家族に頼まれて――手伝いに来ていた。
「メリッサ、今のトレントの子供の声かもしれないよ」
「・・・・トレントの?」
現実と違う場所を行き来する婦人の、危うげな目に生気が過る。それに励まされる心地で、少女――フィオリは笑顔で強く頷いた。
「まって。もう一回ちゃんと」
「・・・・窓を開けて、フィオリ」
「・・・・でも」
「それくらいで風邪はひかないから。大丈夫よ」
儚げな婦人の優しい声に。うん、と頷く。泣きたくなる衝動を、我慢しながら。――彼女を『こちら』に呼べるのは、恐らく無意識下で理解している――森に住む我が子に関わる言葉を、かける時だけなのだ。
出産時のショック、子供を捨てられた事で母親は精神を病み。そのエルフの父親は――消息不明だ。メリッサは若いころこの貧しい村を少しでも立て直そうと勉強の為一時的にこの町を出た、その際に知り合ったのだろうと――村の者達は言っているが。肝心のメリッサがこの状態なので、皆詳しい事は知らないのだ。
そう、少女は確かに幼い。けれど数か月前に、この村と森を棲みかとする者達の間で起きた事件が――彼女を年齢より遥かに大人びた少女にしつつあった。彼女の中に芽生えたものに答えを与えてくれるものは、どこにもなかったから。
だから彼女は毎日――ずっとずっと、ひとり考え続けたのだ。両親や兄妹ですら腫れものに障るようにして扱う、孤立した婦人に寄り添いながら。
だから少女は窓を開け。今も、耳を澄ます――。窓越しにも聴こえた、獣の遠吠え。それがあの少年のものだと願うように。
森の奥深くに入る事が出来ない村人にとって、彼の安否を知る事ができるのはその声だけなのだ。
村の人々が人とエルフの間に生まれた子を、森へと捨てた事。生まれたばかりの赤子を森に捨てた事が何を意味するのか、今の少女には解る。助けてくれる人はいない森の暗がりの中に、捨てたのだ。その子が食べるご飯は? 寒い時に身をつつむ服は? 泣いている時にその涙を拭う手は?
それに想いを馳せる事を、やめなかった。だからこそ、その罪深さを少女はこの村の誰よりも――、知っている。
人とエルフの親を持つ子は、ハーフエルフと呼ばれ迫害される。迫害は当たり前の事だ、と大人達は言う。そう言われるたびに、尖った耳、獣のような振る舞いは自分たちとは違う、そして狂化――何より流血を見て凶暴化するなど――異端だ。恐ろしい――・・・・。そんな声を聞くたびに、
―――お耳がとがっていても、だからなんだっていうんだろう。獣のようにっていうけど、もともとそれは村の皆が森に、あの子を捨てたからで。あの子を守ってくれた獣と一緒に暮らしていたから、あの子はそういうふうになったのに。それに何より――沢山の血が、あの子を変えるのだとしても。そんなのあの子のせいじゃない。
そう反発したくなった。
そう――その件に関して。村の大人達が当たり前だということすべてが、フィオリには納得できなかった。
そして――。一方その頃。森の中では異変が起きつつあった。
メイの国では魔物の動きが活発になり、人里に被害を出すモンスター達の話も多数報告されている。それはこの地でも例外ではなく――今まで均衡を保っていたその古くから存在した森の中で、モンスター同志の抗争が起きている可能性が高いのだという。
森の周辺で薬草や水の採取を行っていた村人が、異変を知った。多数の森の生物達の死骸が、発見された。森の傍で、せっかく薬草を育てそれを他の町へと売りに行き生計を立てつつあったその村は――やっと得た平穏を乱される事も、自分達に禍が降りかかる事も――恐れ。ひとつの方策を打ち出した。
「森の中で、何が起きているのか――原因を突き止めて解決してくれる冒険者を、募集しにいく。前に行ったメイディアだ。覚えているだろう?」
と傍らのフィオリに、父親は告げる。本当に行くんですか、と。不安そうな婦人を抱き寄せて、長老と話してもう決まったことだと――その頬にキスをした。父親の服の裾をつかみ、フィオリは願う。
「パパ、私も行く」
「・・・・フィオリ」
「パパ達は村の人達より、あの子の事を心配してるよね? 昔メリッサの子をみんなが捨てようとしたとき、一度は止めたってママから聞いたよ」
「お前」
話したのか、と言外に告げられ。憂い顔で沈黙した妻に、まっすぐに見上げてくる娘に。男は口ごもる。
「今森は危険なんでしょ? あの子を助けてあげようよ。あの子がこの村に帰れるように、なんとかしてあげようよ!」
「良くお聞き。そんなに簡単な事じゃないんだ、フィオリ。だいたいあの少年がこの村に戻ることを望むとは・・・・思えない」
「私が一生懸命お話する。メリッサのためにも。私がその子に会って、お願いするから」
夫婦はその言葉に血の気が引く思いで、森に入る事がどんなに危険か、それがどれほど無謀なことか語って聞かせたが。冒険者の人達に守ってもらえるようにお願いする、と。少女は――、一歩も譲らなかった。
●リプレイ本文
●トレントの言葉と、少女の想い
都から村へと向かう道のりは、それなりに長い。道中、依頼人と娘は母親から持たされた食材を使って、食事の用意してくれた。保存食を用意してきた事を告げ一度は遠慮したものの、彼は首を振った。
「娘を庇いながらあの森を行くのは、きっと大変でしょう。・・・・本当は調査の依頼だけだった筈なのですが。依頼を引き受けてくださって感謝しているんですよ。さぁ、冷めないうちに」
そう言い、椀を渡される。冒険者らは、道中依頼人とその娘のフィオリと様々な話をした。森で起きている異変、少年の事。
――フィオリが眠った後、父親は低く告げる。村の長老らは相変わらず例のハーフエルフの彼の受け入れを拒絶していることを。
「あなたの意見は。もし仮にフィオリ君の望む通り、彼が村に来る事になったとしたら?」
村とハーフエルフの少年の行く末――それを密かに気にしていたキース・レッド(ea3475)は。そう、尋ねる。村の、少年を何とも思っていないような老人達とは異なり。フィオリ同様、その父親は違った想いを抱いているらしい。その面は苦渋の色が、濃い。
「以前の依頼の時も協力してくださった、あなたや、土御門さん・・・・でしたか、お二人は覚えておられるでしょう。以前村を去る前に、トレントの言葉を私達夫婦に教えてくれたのは、あなたがたなのだから」
森の奥にある巨木に、テレパシーで会話を試みた事のある土御門焔(ec4427)は、顔を曇らせつつも頷く。
「あの子は人の世から捨てられた。あの子は一度死んだのだ。彼を一生護ってやることができないのなら、そんなことを言ってはいけない―――・・・・だったね」
「ええ。何度も、考えたのですよ。あの言葉を」
*
「お初にお目にかかります。医者のゾーラクと申します。もしよろしければ、体調を崩している方の診察を、行いたいのですが」
物腰柔らかな医師、ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)が、穏やかに切り出せば。閉鎖的な村の住人とはいえ、それを無下に断るような者はいなかった。仲間達と事前に打ち合わせし、森に行く前の時間を使い。ゾーラクは、医学の知識と経験を生かし、写本薬物誌を駆使し、可能な限りの診察を行った。
村から森まではすぐだ。その為森の異変や災禍は、村にとって見過ごせないもの。
体調不良を訴える者は、皆精神的なものが多いようだった。
「森の奴らが、俺らを襲って来る事はないとは思うんだが」
信じがたい事だが、樹海の中に生きる者達は均衡を保ち、暮らしてきたからだ。
「トレントの言葉通り、俺達は互いに干渉しないで来ていたんだ。だっていうのに今さら派手にモンスターらが諍いを起こすなんてなぁ・・・・。奴らが考えてる事ぁ、判んねえな」
無骨な男達が互いに頷きあう。村に蔓延しているものは、以前来た時感じたものと同じ。煩わしげな、面倒事は御免だと暗に主張する、態度。少年らに対する気持ちも頑なで、変化がないようだ。
*
「・・・・どうだった?」
メリッサの家へと訪れた皆。その気遣わしげな村雨紫狼(ec5159)の問いに、ゾーラクは首を振る。そーかぁ、と答える彼の声も苦い。
「子供を失った後、彼女はずっとあの調子なのですね?」
ゾーラクのその問いに、彼女の家族が頷く。椅子に座り人形を子供だと思い抱き、優しく話しかける様子は奇異だが。彼女は医師だ。動揺する事なく冷静な目で、夫人の状態を診た。その家の、別室にて。メリッサの家族も交え、彼女の状態を説明する。
「体には異常は見当たりません。彼女がこうなったのは、現実から目を背けたいから。深く負った心の傷は、薬などでは癒せません」
家族が頭を抱え、悲嘆にくれる。
「お医者様、メリッサは良くならないの・・・・?」
可能性があるとすれば一つだけだ。けれどそれは、余りに難しい事。彼女は答えに窮した。それを告げるべきか、否か。ゾーラクの目に葛藤が伺える。
フィオリは、それに気づいたのか俯いた。
メリッサが病んだのは、子を失うことが決定的になった瞬間に定められた、必然だったのかもしれない。婦人の心は言葉にせずとも、伝わってくる。村の者達への非難、子供を守れなかった自分に対する自責の念が。
*
「あの、話って」
フィオリに目線を合わせ、焔は真っ向から尋ねた。
「少年の事です。仮に説得がうまくいったとしましょう。 しかし、村で彼はどうやって生活をするんでしょうか? 村で普通の人間らしく過ごす少年を、貴方は想像できますか?」
「・・・・すぐには無理でも! 少しずつここに慣れていけば。少しずつ好きになってくれれば。森が危なくなってるなら、あの子だって」
「ええ。最初から諦めたくないという気持ちは、とても良く解ります。・・・・けれど村の人達の意見は、あなたとは違うようだという事は解りますよね。それがあなたから見て正しくなくとも、事実なんです」
少年がここで暮らす為には、もっと沢山の仲間が必要であることは歴然とした、事実。
「それに、彼は、モノじゃない。彼自身の意志で、いるべき場所を決めるべきなんです」
「焔さんは、私があの子を無理やり連れ戻そうとしてるっていうの」
傷ついたような様子を見せるフィオリに、焔は根気強く話しかける。
「いいえ。・・・・あなたがこの村で、他の誰よりも少年の事を大切に思っているのは、わかります。あなたが優しい気持ちで、少年を気にかけている事も」
フィオリは俯いた。
「焔さんも・・・・皆も、反対なの? あの子がここに来るのは難しいって、思う?」
真剣な少女の問いに、懸命に彼等は言葉を捜したが――容易く口にできるものでもない。口ごもる彼らに、何かを察したのか。少女は手を握りしめる。
「私、私だけはあの子の味方になろうって思った。メリッサがああだから、私だけは絶対あの子の味方でいるんだって」
「・・・・はい」
「あの子は怒っているだろうけど、皆のぶんも一生懸命謝って。そうしたら、少し気持ちがかわるかなって。ここで暮らしてくれたらって。でも、間違っているの・・・・?」
焔はフィオリを抱きしめる。嗚咽が聞こえる。雛鳥のように小さな体から、痛いほどの悲しみが伝わってくる。
「泣くなよ、フィオリちゃん。俺達が一緒に森に行く。そこでそいつに会って、気持ちしっかり伝えなよ。話を聞いてそのオオカミ少年が、どんな答えを出すかはわかんねーけどよ、でも何もしないうちから気持ち押し込めて、諦めて。そんな風に泣くなんて、なしだぜ」
紫狼はそう言い、皆も少女を励まし力付けた。
●森の奥で
『お初にお目にかかります。私は医者のゾーラクと申します。 恐れ入りますが森にいらっしゃる少年にお会いして話がしたいという方がいらっしゃいますので、そちらに向かう事をお赦し願えますでしょうか』
月の精霊魔法を使いこなすゾーラクが、広大な森の奥に在るトレントへと、思念での対話を試みる。だが、沈黙が返るばかり。
「ふむ・・・・。だが、来るなとは言われていない。行こう。フィオリ君、君は僕達が必ず守る。だから怖がらないで。焔君達の傍から離れないように。いいね」
フィオリは、頷いた。
森の中に入るのは二度めのキースが先頭に立ち、記憶をたどりながら先に進んでいく。樹海の中、隆起した木の根や鬱蒼と茂る植物など、昼間だというのに視界はお世辞にも良いとは言えない。灯りは紫狼の連れている陽の精霊、ミスラの少女がライトを使用し、先を照らした。
巨大な蟷螂や、りんぷんを撒き散らしながら行き交う妖蝶、他にも多種多様なインセクト系のモンスターが現れたが。遠巻きに見ている者は放置し、蟷螂、ゴブリン、枝を撓らせ攻撃を加えてくる、トレントより小さな樹木――そういった敵の攻撃は事前に決めていた通り、かわし。前衛のキースが殺傷能力の低いホイップを使用し、流血は厳禁だとキースより聞かされた紫狼が、刃物ではなく格闘技で敵と戦う。巨大蟷螂は直接組み合ってはその鋭利な鎌で肉を裂かれる。窮地に陥る前に、焔がスリープで即座に眠らせ、戦いの気配を察知してか多勢で押し寄せてきた時には、ゾーラクがイリュージョンで『強烈な眠気に襲われる』幻覚をモンスター達に送って、無力化させた。
入口付近から、様々な場所で以前の森では見かけなかった種類のオーガらの亡骸を見つけ、冒険者らはそれを気にしつつも、先に進んだ。
「まじ、村の方角もわかんなくなってきた。何だかどこも同じように見えるぜ」
ぐるりと四方を見渡せば、似た光景が広がるばかり。困惑をこめて紫狼が言えば、キースも困ったねと息をついた。
「前の依頼の時は、途中で例の少年が騒ぎを聞きつけて出てきたんだが」
ぎゅっと唇を結んでいたフィオリが、ふいに叫ぶ。
「ねえ、トレントの子供、出てきて!! お願い」
女性達に庇われていた少女が、走り出し同じ言葉を繰り返した。森に不慣れな少女は、足元が疎かになりバランスを崩す。転んだ彼女にキースが即座に駆け寄り抱き上げた。
「危ないよ、レディ。一人で先に行っては」
「でも、でも」
彼女の膝についた泥を落とす。あっと、ゾーラクが声を上げた。優れた視力を持つ彼女が、真っ先に気付いたのだ。
「少年がいます。あの木の影から様子を窺っている」
テレパシーを使ってみます、と彼女は続ける。
「『覚えのある匂いだ』と。・・・・焔さんとキースさんに、気付いたようですね」
声を張り上げた少女に警戒する様子を見せながらも、獣のように――その二本の手を足として使いながら。彼は身軽に地を蹴り、近づいてきた。
ハーフエルフの少年――トレントの、子供だった。
●罪と罰と――、そして希望
仲間達が流血には配慮していた為か、彼は狂化を起こしてはいない。
「あの、私と話を――」
そう足を踏み出した少女に警戒したのか、吠えかかる。冒険者らがひとまず現在森で起きている事に関して、トレントと話をしたいと。面識のある焔が皆の意見を伝えると、頷いた。
こい、と言わんばかりに背を向け、走り出す。ショックを受けた様子のフィオリを、励ますように皆が肩を叩き。後を追った。
そして――樹海の中、開けた場所。だいぶ時間を経て――トレントの居場所へと辿り着いた。
森を守る、知性を持った大木―――。樹齢数百年には及ぶだろう、その大木の周囲にはモンスターの姿はない。この区域では森の生物達は殺生を行わないのだろう、そう思わせる静謐さがあった。
『ご無沙汰しております。陰陽師の土御門焔です。その後いかがお過ごしですか?』
焔が丁寧に挨拶しながら、進み出る。キースも後に続き、二人、そしてフィオリも。
――彼は温厚な森の主だが、人に対して友好的な気持ちを持っている訳ではないのだ。
それ以後、焔が通訳を行っていった。少年は少し離れたところで成り行きを見守っている。
『森には最近、別から来たオーガらが棲みついたのだ。どうやら他所から追われてきたらしいが・・・・。それはこの森の者達を傷つけた。それで戦いが起きた。だが――森で、死体を見ただろう。戦いは既に、収束しつつある』
一応今回の依頼は、村の長老達、そしてフィオリの父親より頼まれた『森の怪異』の調査である。筋の通った話を聞かされ、彼等は納得した。
『このトレントに会いたい人物がいると言っておったな。その娘か。おまえは何者だ』
離れた場所で蹲っている少年を、フィオリは悲しげに一瞥し。まっすぐにトレントを見た。
「私は近くの、あの村で暮らしている、フィオリといいます。その子のお母さんを、良く知っているものです。あの。メリッサ・・・・あの子のお母さんは凄く後悔してます。村の皆から護ってあげられなかったって、今もずっとずっと苦しんでいます。心が傷ついていて、普通に生活することもできないくらいなんです。・・・・あなたがいれば、きっとメリッサは元気になると思う」
少女の言っていることを理解し、少年は僅かにひるみ――それをごまかすよう、吠えた。
『そんなこと知るか』
グルル、と。その獣のような声に、彼の言葉が聞こえた。それにはっと皆が目を見張る。意味のない唸り声だけではわからないが、意志をこめて発せられたそれは、ダブって人の言葉として伝わった。
「でも、お母さんだよ? お願い、戻ってきて。村の皆のしたことは本当に酷い事だと思う。でも、メリッサが望んだことじゃないよ。あなたのこと、毎日考えているんだよ」
少年は答えない。泣きだしそうなフィオリを睨む力は弱まっても。
『娘、幼いお前には解らないだろう。この子が受けた、屈辱と絶望を。外に戻ってどうする? また迫害を受け傷つけられ、彼が苦しむだけではないか。母親がそのような状態では、守る事などできはしない』
「メリッサの代わりに、私が」
『無理だ。・・・・人間どもよ、この娘を連れて帰れ。人の世に帰るがいい。これ以上の対話は――無意味だ』
「トレント、・・‥僕の彼女も、同じだ。彼女も差別の中で生き、笑顔を失った。 でも、今は取り戻せた。僕が彼女の人生を背負う、彼女の為に生きる。 そう心に決めている。今は無理でも、いつか。彼もまた人と手を取り合う道は残されている。フィオリ君のように、彼を傷つけたいと思う者ばかりではないことを、判っていてくれ」
その女性と絆を結んだ者だからこそ言える言葉がある。
「君も、どうか――頼む」
少年は毒気を抜かれたような、困惑した表情でキースを見つめていた。
判っていてほしい――。
それは祈りにも似た、言葉だった。
*
少年の姿はなく、冒険者らと肩を落として帰ってきた娘を――依頼人らは抱きしめ、家の中へと入れた。
父親が長老らに怪異についての説明をしに行ってくれ――。フィオリの母親は彼らに食事を用意し、それを食べながら色々なことを話した。
「あーもーヤメヤメ! みんなくっれー顔しちゃってさ。 今まで変えられなくても、これからがあるじゃん! フィオリたんもまだ10歳だし、これからもっと勉強して世の中を知ってさ」
「うん。ありがとう。みんなも。私、頑張るね。あの子がいつかここに戻ってきた時に、安心して暮らせるように、少しずつ村の皆を説得していくことにする」
「あなたは・・・・本当に、頑固なんだから」
「へへ。ママの子だもん」
少女の強さが、眩しい。
少年が時を重ねれば重ねるだけ、人間社会に順応するのは難しくなる。今回彼は村に来る道は選ばなかった――それでも。そう口にする少女の強さは、冒険者らに希望を抱かせたのだった。