【導きの章】聖都オレリアナ・動乱〜陰謀編

■イベントシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 83 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月04日〜03月04日

リプレイ公開日:2009年03月13日

●オープニング

●聖都にて
 王都メイディアから見て西に位置するイムレウス子爵領、その山脈の麓にある、聖都オレリアナへと彼等は訪れていた。正直、随分遠くまで来たものだ――そう、少年は思った。彼が地の魔術師である師匠の元に弟子入りしてから、一年と経ってはいない。商家の息子として生まれた彼が辿る筈だった道――父親の死後劇的に彼の置かれている状況は変わり、地図上でも明らかな通り、こんな遥か遠くまで来てしまった。
 師匠エドワンドの知己である、マチルダという女性の屋敷に滞在していた占い師の女性――ロゼ・ブラッファルドが。エドの弟子である少年、ラスを占ったのは少し前の事だ。彼女は少年の事を占い、イムレウス子爵領で起きる次なる怪異について占っていた。

 *

 その時も優しげで綺麗な人だと、素直に感じた。傍にいると温かな空気に包まれる。彼女が陽の精霊に縁が深いというのも頷ける。その夕陽が差し込む室内で彼女は率直に告げた。
 ―――ラス君にかけられた『呪い』は強力で、きっとあなたを絡めとろうとするでしょう。執着、歪んだ愛情の発露。相手はあなたが追ってきている事を知っている。もうじき――あなたがエドと共に進む先でその道はきっと交わる。
 ラスはその瞬間、正直この人が初めて怖いと思った。その澄んだ紫色の瞳に、胸の奥に強固に封じている記憶や感情までも、見通されそうだと思った。まさしく呪いだ。あの美しい邪なる妖精が残したものは。ドアの傍でその光景を黙って見つめている師匠の視線が痛い。

「ラス君、その時が来ても絶対にのまれては駄目。相手が魔物である事を、忘れないでね。あなたが見なくてはいけない物がある暗示がある。そして地図のこの場所で、何か起きつつあるみたい」
 ロゼがその指先で指し示す先、歩み寄りそこを覗き込むエドワンド。
「聖都で怪異が起きるか。終末、黙示録――本当に、世も末だな。くそったれ。ロゼ、お前はここに残れ。クイン、こいつに決して魔物を近づけるなよ」
「はっ。そんなもんが来ても、返り討ちにしてやらぁ。だけどそういうおっさんは・・・・どうすんだよ」
「聖都に行くに決まっている。ロゼの言う通りなら、十中八九例の腹黒妖精は子爵領を巣食うカオスの魔物の野郎どもの一味である可能性が高いからな。行くだろ? しけた面してないで立て、ラス」
 背後をばしっと叩かれて、少年は思考の海から引き上げられる。
「は、はいっ」
「エド」
 心配そうに見上げてきたロゼの頭をぽんぽんと撫で。――そしてその後すぐに、その師弟はかの地へと旅立ったのだ。
 そしてその土地では、未曾有の大惨事が本当に起きようとしていた―――。

 *

「師匠は、ここに来た事があるんですか」
「ロゼの母親の共でな。この霊峰には子爵領に住む、沢山精霊魔法の使い手が訪れる。身分など関係なく、門は開かれている。この地は禍が避けて通るとまで言われたモノだが――皮肉なもんだな」
「ロゼさんのお母さんって・・・・」
 そこまで問うて、ラスは口を噤む。かつて一回だけ尋ねた事があるが、殆ど何も教えてくれなかった。彼女の母親が貴族の娘だったこと。エドは昔彼女の傍で働いていたこと。両親を失いこの土地を離れるしかなかった彼女を、養女として護り育てた事。それだけだ。
 エドワンドはその件に関しては、多くは語らない。だからラスも質問攻めは控えた。誰にでも多く語りたくない事もあるのだろう、と少年なりに考えての事だ。
「(いつかきっと教えてくれるだろう――)」
 本当は全て聞かせて欲しいけれど、時が来るまで待つつもりで。


 聖都オレリアナから伸びた一本の道は、背後にそびえる山の中腹へと繋がりそこには風の祠と呼ばれる建造物がある。
 そこと、祠の先にある陽の祭壇が数人の人間の手で破壊され、宝物が盗み出された事を街の者達が知ったのは、皮肉にもその精霊達の中でも気性が荒い物達が、街の者達を襲ってくるようになってからだった。
 エドとラスは実際精霊に襲われている人を、助けに入った。その際に当の精霊から聞かされた。精霊達は罪人を差し出す事と、宝物を全て返す事を求めている。それでも収まらない激しさが感じられる。鎌鼬の手による殺傷事件、風神・雷神も警告しての事か街の上空を飛び回っている。
 そして聖地を護る烏天狗までもが大神官の元へと、現れたらしい。期日を決め、その刻限までにすべて解決しない場合は人との共存を絶つ、との痛烈な宣告をしに。
 ―――そしてその日まで、そう時間はない。
 祭壇と祠を護る守護者達は何人も殺され、聖地は壊滅的な被害を受け、山の生物の怒りは凄まじいものがある。
 そしてその後調べて解った事だが、街の名のある魔術師、戦士達が十名近く変死を遂げていることも明らかになった。エドワンドは唸る。
「死人に口なし・・・・か」
「師匠、この街・・・・何が起きているんだろう。犯罪が増えてきたのって、だいぶ前だって神殿の巫女さん達が言ってたし・・・・。その強い人たちがなんで自殺するかもわからないよ」
 竜と精霊を祀る大神殿で話を聞き、建物を後にしたラスが、顔を顰める。街では保安隊が懸命に駆け回っているらしいが、宝物を奪った者を見つける事も未だ出来ず、それ以外にも窃盗、傷害事件、殺人、など物騒な事件が立て続けに起きている事もあり、混乱している。
 それと関係あるのかどうかは、不明ながら薄気味の悪い子供の鬼の姿が度々目撃されるとの報告も入った。
「グレムリーまで・・・・大量発生してやがるし」
 困惑したラスに、人を不快にさせて心を荒ませる事が好きな魔物だ、とエドは教える。子供の姿をしており角を持つらしい鬼の姿をしている。
「変死事件もだが。そいつらがそれだけ居るって事は、後ろには何かいるな。聖地の祠と祭壇を破壊したのは、人だと想われている。実際は魔物が後ろで、手を引いているのか・・・・。しかしうまく立ち回れば、人に全て責任を負わせられるな」
「傍目から見たら人間の犯罪が急増したようにしか見えない・・・・?」
「そうだ。山の守護者達を殺すなんて芸当は、そうそう実現するのは難しい。それなりに高位の魔物が後ろについてやがるのかもな。力を貸す方法はいくらでもある」
 また人を利用するのか、と。ラスが憤りに顔を強張らせ。手をぎゅっと握った。
 ―――エドワンドは聖都の現状と、得た情報をしたためシフール便をロゼへと送った。

●今回の参加者

巴 渓(ea0167)/ アマツ・オオトリ(ea1842)/ 美芳野 ひなた(ea1856)/ キース・レッド(ea3475)/ エイジス・レーヴァティン(ea9907)/ 忌野 貞子(eb3114)/ ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)/ 雀尾 煉淡(ec0844)/ 晃 塁郁(ec4371)/ 土御門 焔(ec4427)/ 水無月 茜(ec4666)/ 村雨 紫狼(ec5159

●リプレイ本文


 風が立てる音は、精霊達の怒りと嘆きのよう――。
 聖都オレリアナの東に位置する門、そこより伸びた『風の祠』と呼ばれる場所へ続く山道に、三人の姿があった。
「大丈夫かい、焔さん」
「はい」
「うへー、寒ぃな」
 その山道には、疎らにしか植物が生えてはいない。足場がお世辞にも良いとは言えない舗装されてはいない道を行くのは、陰陽師の土御門焔(ec4427)と、彼女の護衛を名乗り出た天界人の村雨紫狼(ec5159)。そして、この地に縁のある依頼主のウィザード、エドワンド・ブラッファルドだ。
 途中現れたインセクトはエドが、牽制の意味をこめて地の精霊魔法を駆使し遠ざける――紫狼も彼に習い、無闇に殺生は行わず進んでいった。
 宝が『霊峰の要所』より持ち去られたのは、二十日以上前の事だ。
 風の祠を越えると、試練と呼ばれる厳しい精霊達との戦いが、問答無用で始まってしまう事を、エドは二人に教える。
「祭壇の方へ向かうのが無理であれば、風の祠へだけ。そこで過去視を行います」
「聞いた通りだ、山の精霊達よ。俺達は、今戦いに来ているわけじゃない」
 不信感に満ちた風の精霊らのざわめき。だが、姿を見せ攻撃は仕掛けてこない。
 月の精霊魔法パーストは、焔の力量であれば一月前に起きたことを知る――過去視が可能だ。

「これは・・・・」
 焔が顔を陰らせ、呟いた後。ひとまず、『風の祠』にて知りえた事を、ファンタズムを使用し映像化を行った。何もない空間に、事件の時の光景が浮かび上がる。
 犯人は複数。男四人、女三人の幻がその場に紡がれる。殆どが薄汚れた暗褐色や、闇色のマントをまとい、顔を隠すかのようにフードを深く被る。素顔を晒していたのは、二人の男。ファイターのようだ。
 読み取った過去視によると、その体系、動作等から見て20代〜30代の者達である可能性が高いのではないか、と焔は推理を口にする。二人を除き、使用しているのは多種多様な精霊魔法。彼等はかなり強い魔法の使い手達であったらしく、躊躇なく下級のエレメントを殺して行ったようだ。

 都に戻る途中――。
「でもさ、なんで主ってやつが出てきて、奴らを倒さなかったんだ? 無茶苦茶強ぇんだろ?」
 紫狼は疑問を口にする。
「何か考えあっての事だろう。―――そういう相手だったさ」
「ふぅん?」
 何か思うところがあるのだろう。エドは山を暫し見据え、背を向けた。



 アトランティスで人が亡くなった場合、通常は自宅、地域の寄り合い場所に安置される。殆ど都で変死した遺体は土葬された後だったが、まだ葬儀を終える前、自宅で安置されている遺体がある――。そう先に都に滞在しずっと変死事件の調査に当たっていたエドより、聴き。二人の冒険者がその人物のもとへと向かう。辛うじて、土葬が行われる前に間に合った。
 事情を話し精霊界へ旅立つ魂に、最後の言葉を尋ねる事を、願う。
 その死に色々思うところがあったのだろう――遺族の許可を得て亡骸を前に立つ、晃塁郁(ec4371)。キース・レッド(ea3475)は彼女の護衛として傍に控えている。
 塁郁の体が白い光――術の詠唱光に包まれる。神聖魔法のデッドコマンドを使用したのだ。

「怖い」

 塁郁が残留思念を読み取る。横たわる人物の顔には苦渋の色が濃い。暫く前から様子をおかしくしていて、数日前に息絶えた20代半ばの男性。聖職者。

「殺される。――そう強く思ったようですね。何者かに殺されると怯えていて、最終的に自ら命を絶ったのか――」
「自殺を強要された訳じゃななく、あくまで自発的に命を絶った――ということかい?」
「はい。あくまで死ぬ間際に考えていた事の一部を知れるだけで、問いに答えてもらえる訳ではありませんから、詳細は解りませんが」
 息子を喪った悲しみに暮れる家族は。変死事件の調査を行うという名目で訪れた、塁郁とキースに。麻袋を手渡した。重量のありそうなそれを、キースが受け取る。
「あの子が使っていた寝台の下に、布に厳重に包まれて置いてあったものです」
 改めさせてもらう、と断り、その場で二人は袋を開ける。麻袋の中には――古めかしい装飾が施された宝石と、破壊された剣が入っていた。
 
 合流した仲間達はそれらの風の祠で知りえたこと、変死事件の調査を進め得た情報を交換した。そこで再びファンタズムで映像化された持ち去られた宝と、キースと塁郁が得たものは合致した。しかし一部破壊され、また半数以上の行方が不明だ。
 そして、それぞれ別行動を開始した。
 


「師匠程は役に立たないかもしれないけど、お姉さん達の事は護るから」
 地のウィザードの道を志し奮闘している、知り合いの少年ラスティエルの真摯な発言に三人娘達は笑みを浮かべる。少年の実力云々ではなく、女性としてその心根が嬉しい。
 忍者の美芳野ひなた(ea1856)、志士の忌野貞子(eb3114)、天界出身の演歌歌手、水無月茜(ec4666)は共に行動することに決めていた。三人娘にラスが同行する。
 四名は、件の場所より強奪された精霊の宝の回収の任務に当たる。 

 貞子は二人の目を盗んで、こっそりある品を渡した。
「これ、バレンタインチョコよ。・・・・後でたべてね」
 可愛い包装を施された品だった。単語をと問い返し。後で師匠に聞きなさいと言われ。きょとんと目を瞬いてラスはにこっと笑う。
「ありがとー。いただきます」
 魑魅魍魎が跋扈し荒んだ空気が漂っているこの都で、ラスの笑顔は一種の清涼剤のようだった。貞子的には個人的に気にかけているその少年と色々話したい事等はあれど、状況が状況なのでそう、のんびりしてはいられない――残念ながら。

「さて。いざとなったら、秘伝の巻物でちゃっぴいをパワーアップさせます。悪魔さんが出てきても、ちゃんと戦えますよ」
 ちゃっぴいとはひなたの使用する術で生み出す、大ガマの事だ。彼女は妖術巻「蝦蟇秘伝」を使用して、カオスの魔物と対峙する時の備えとして考えていた。

「まずは情報収集ね」
 件の場所より強奪された精霊の宝の回収の任務に当たる四名は、誰にどう尋ねるか決めてこなかった為、ひとまず宝石商の場所と、怪しい取引が行われている場面を目撃した事はないか、等聞き込みを行うことにする。途中乱闘が起きている現場に差しかかった時はすかさず茜が、メロディ――呪歌で騒ぎを鎮め、一部の者達はひなたが風の向きを確認し春花の術で昏睡させた。二人が暴徒化した住民達の対応を行っている間、貞子がアイスコフィンで子鬼の動きを封じ、もう一体の鬼はラスがストーンで石化させた。
 騒ぎは収める事は出来たが、都の保安隊らが手を焼くこの一件。メロディで気を落ち着けた男達は、憑物が落ちた様子で『唐突に人を殴りたくなった』だの、『相手が憎くて憎くて存在していることも許せなくなった』だの語った。しかしなぜそんな気持ちになったかまでは分からないとのこと。彼らを犯罪に駆り立てる特殊な力がかかっているのは判る。しかし、なぜこれほど大量に行き成り都に降りてきたか。宝石に辿り着く云々以前に、彼女達は暴徒達の対応に追われる結果になった。
「これは・・・・骨が折れるわね」
 貞子が少々辟易してそう呟くのも、無理からぬ事だったろう。
 ―――少年と深い因縁のある、三人娘も知る銀髪の妖精は、現れなかった。


● 
 鎧騎士のルエラ・ファールヴァルト(eb4199)と僧侶の雀尾煉淡(ec0844)はペアを組み、ルエラ所有のペガサスで上空から問題となる子鬼の探査、撲滅の役目を買って出た。空を飛び回り、煉淡が使用する術、ディテクトライフフォースで都の生体反応を探る。かなり広範囲を探る事が出来るその能力で、多数の生命反応が確認されたが、大多数がただの都人だ。煉淡が不審に思ったのは路地裏等、人が好んでいかないような場所で奇妙な動きをする者達だった。ルエラに伝え、ペガサスが向かう先に暗がりに潜む子鬼の姿を見つけた。

「セクティオ!」
 ふいを突かれて逃げる事すらできず、子鬼はルエラの剣を前に倒れる。もう一匹泡を食って逃げだしたオーガへ。すかさず問いを放つ。
「なぜこんな真似をする? ――風の祠から奪った宝はどこにある?」
 煉淡の詮議の声に、子鬼は一瞬足を止め。瞬時に浮かんだ思考をリードシンキングで読み取る。直後、彼は高速詠唱のブラックホーリーを使用するのを躊躇した。即座にペガサスから飛び降り、追いかけようとしたルエラの腕を掴む。
「煉淡さん?」
 戸惑うルエラの呼びかけに。子鬼らは、宝物を盗む件にはやはり、全く関わりがない事。子鬼に接触した『カオスの魔物』がいることを知った煉淡は、それを伝える。

 人を、堕落させろ。

 オーガにそう、命じた者がいる。
「都に犯罪が急増したのは、彼らが人々を不快にさせ、心を荒ませていったからでしょう。それでも――きっかけを作ったのは魔物です。彼らが山から下り、都で騒ぎを起こす原因を作った者が。皆に伝えましょう」
 都に巣食う人心を乱す子鬼をただ闇雲に殺す事は、間違いかもしれない。そう煉淡は考えたのだ。しかし――都は広く、得た情報を交換する事を仲間達は打ち合わせてはいない。煉淡が都に散った仲間達に知りえた情報を知らせるのは、容易ではなかった。



「喩え我が手、血に塗れようとも。守り抜いた人々が手を汚さず、平和に生きられる世となるならば・・・・」
 宝物の探索の為。事を有利に運ぶ為、アマツ・オオトリ(ea1842)は暴徒の鎮圧を行うべく、都を駆けまわっていた。COを駆使し、峰打ちで暴徒を、突っかかってきた相手を黙らせる。石の中の蝶の指輪を使い魔物の探査を行おうとしたが、魔物の気配を感知する事はなかった。オーラエリベイションを自己付与まで行ったというのに、現れるのは暴徒と、人々を翻弄する子鬼ばかり。
「邪妖精ども、姿を現すがよい!!」
 アマツは苛立ちとも焦りともつかぬものを覚え、独白したが。切り裂きたい相手は一向に現れない。彼女に駆け寄ってくるのは、セブンリーグブーツを使い伝令の役目を担っている巴渓(ea0167)だ。彼女は渓から、オーガが魔物が術を使用し命じられた上で、都に降りてきた事を教えられた。煉淡らから得た情報を、渓は皆に伝え歩いていたのだ。渓はそれを伝えると他の者に同様の事を伝えるべく走り出す。
 彼等は確かに善の者とは言えない。しかし、都の各地で仲間達は容赦なく出逢った鬼を退治していっているに違いない、アマツがそうであったように。躊躇なく倒した相手が完全悪ではなかったと聞いて、全く動揺しないでやり過ごすのは難しい。
 ―――アマツがかつて対峙した少女の姿をした魔物の哄笑が、どこかで聞こえた気がした。
 剣に伝う血、露地裏で倒れた子鬼の亡羊とした目を思い出したのか、アマツは歯ぎしりする。その哄笑が幻聴だとしても―――ざわめく心を落ち着かせるのは、容易ではなかった。



「どうも魔物に踊られてる人たちがいるみたいだね。こんな時に困ったもんだよ」
 手に入れた襤褸布を被り、人目を憚る風を装い路地裏へ向かうエイジス・レーヴァティン(ea9907)が、ぼやく。屯している人相の悪い男達が、彼に視線を向けてくる。
「この手のお宝、高く引き取ってくれる人がいるって聞いたんだけど知らない? いい値で売れたらお礼はするよ」
 取り出したのは、小奇麗なシルバーメイス。男達のぎらついた視線に、エイジスはため息をかみ殺す。
 武器を奪い取ろうと伸ばされた手を避け、行動を起こす。
 その後、その場には。致命傷にならないよう気をつけて叩きのめされた二人の男の姿があった。
 ダン!!
 一番身なりの良かった男――残った一人を壁に押し付け、腕を捩じり上げる。エイジスが一般人であれば殺害して武器を奪い取ろうとしていたのは、落ちたナイフからして明白だ。
「今から僕が聞く質問に答えて。いいね」
 有無を言わせず。加減をして骨が折れる寸前で止め、低く言う。
 脂汗を滲ませ、男は息も絶え絶えになりながら頷いた。

 *

 その後男から可能な限りの情報を引き出し、違法な手段で宝石の売買を行う、その裏の組合の拠点を突き止めたエイジスは。仲間にどうそれを知らせたらいいものか、悩む。そこにやがて現れたのは、渓だ。普通に歩くだけでも一時間かなりの距離を進めるセブンリーグブーツを履き、疾風のような速度で、都中を伝令役、皆のサポートと決め飛び回っていた渓が、やがてエイジスの元に現れたのだ。ずざざざっと音を立て、急停止する。
「お、いたな」
「お疲れ様〜。宝物を奪ったやつらのアジトを突き止めたけど、皆にどう伝えたものか考えてたんだ」
「突き止めた? ほんとか」
 エイジスの策の成功に目を見張り。渓は持参していた小さな笛を取り出し、吹く。大きく甲高い音が出た。上空から魔物の探査を行っていたルエラと煉淡がその音に気付く。ひとまず四人が合流し、下水の臭いが充満する薄暗い路地にあるアジトに乗り込み―――。勿論相手の抵抗にはあったが、歴戦の勇士達にとって敵ではなかった。都の保安隊に、霊峰の要所より盗まれたと思しき物は返しに行く事を告げ、盗賊達のギルドの件は一任し。陽が暮れるころ、ようやく皆は宿へと向かった。



 聖都に現在魔物の姿はない――。魔物を見つけるのに効果を発揮する筈のディテクトアンデッドも、石の中の蝶も、何ら反応は見受けられなかった事からの、結論だった。
 焔と紫狼、そしてエドワンドは。都で起きている事の真相を確かめる為に、変死事件の起きた現場へと赴いていた。その現場の二か所で、焔がパーストを使用し、過去視に成功した。皆が集まった宿の一室でその情報を映像化していった。

 大きな犬の姿に、黒い翼を生やした狡猾そうな、二匹の魔物――。
 完璧な造作が冷酷そうな印象を与える、淡い金色の髪に楽器を持った長身の貴族風の男。そして、その男の傍で行動していたらしい、波打つ銀の髪に黒いドレス姿の妖精。

「パースト・・・・過去視で得た事から。魅了の力、言霊の力、・・・・邪悪な魔法を駆使して。信心深いこの都の人達を利用する事を思いつき実行した――それに間違いはありません。今映像化した魔物達は都の実力者達に霊峰の要所を襲わせ、宝を奪うよう唆したようです」
 変死したウィザードも、祠を襲った者も同一。――後に我を取り戻した実行犯は、精霊殺害と聖域を侵し宝を強奪した、その罪の重さに耐えきれず、真相を告白することもできず――自害する。そして魔物はその時には既に、都からは姿を消している。
 あたかも、今回の謀は人が企てた事であるように。

「鬼どもも同様に操り都に多数降りるよう仕向け、人心を乱し――精霊とこの都の人々との間の絆を断ち切ろうとしたってぇことだな」
「はい」 
 エドと焔のやり取りに、それぞれ思うところがあるのだろう。知っている魔物が関与している事を目の当たりにした者は、尚更だった。
 オーガらの騒ぎはエドとラスが後は収めるよう、都の保安隊と力を合わせ行っていく事を約束したが――。
 真相は暴かれたものの、暗躍した魔物は姿を消し実行犯達は皆、命を絶っている。
 しかも、回収された宝は、全てではなかった。奪われた武器の数々は破壊され、雨風に晒されて尚美しく輝いていた宝玉は、今や広げられた布の上に無機質に転がっている。それに、エドワンドの娘――ロゼは手を伸ばした。そのアメジストは精霊達の石像に埋め込まれていたものだ。かつて都人が霊峰の精霊達へ送った像と、宝――親愛の証であったもの。
 重苦しい沈黙が、部屋に落ちる。
「――行けるか?」
 事態は想像以上に厳しい。エドワンドは――宝を山へと返す役目を担わせていた娘に、確認した。彼女は子爵領に広がる怪異を止める為に来た。
 行くよ、とロゼは気負いなく答えた。
「人が奪ったものなら、人の手で返さなくちゃ。これだけの人達が力を貸してくれて、精霊と人の絆を取り戻そうと奮闘してくれたんだもの。絶対に、無駄にはしない」
 聖都オレリアナと霊峰の精霊達の行く末は、ロゼ達――そして五人の冒険者らに託されたのだ。