闇より出でし妖精は無垢なる顔でアイを囁く
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 49 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月06日〜05月09日
リプレイ公開日:2008年05月13日
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●オープニング
メイにある豊かな、それなりの賑わいを見せる街。その街の者の間ではかなりの知名度を誇る貿易商を営む『アーク商会』のトップには、自慢の一人息子がいた。
まだ12歳になったばかりのアルフレッド・アーク、愛称アルと呼ばれる少年だ。
茶髪に青の瞳、という両親の特徴を継いだ彼はその日もまた、親友のラスと共に商人の子供達の集まる私塾より、勉強を終え帰ってきたところだった。
「あのさー、アル、実は俺、お前に言ってなかったことがあるんだ・・」
「なんだい?」
ここ最近彼の両親に喧嘩が続いていたことを、彼は告げる。ラスが寝入った後に決まって彼らは口論をしていたらしい。
「そんなこと今まで一言も言わなかったじゃないか」
「家のごたごたなんて、聞いても仕方ないだろ?」
唇を尖らせて弁明する。アルは首を傾げながら、評した。
「ラスのお父さんとお母さんは、普段は仲がよさそうなのに、珍しいね」
「ああ。原因は、別の町で妙な事件を引き起こした剣を父さんが勝手に仕入れてきたことにあるらしい。それさえ仕入れなければあんなに二人とも仲が悪くなる事もなかったのに・・、って俺思ってさ」
「うん」
「悩んでた頃、俺すごく綺麗なシフールに出逢ったんだ――」
銀髪で紫の瞳の黒いドレス姿の妖精。
「シフール?」
唐突な発言にアルは面食らった。
友人の秘密主義に呆れもした。これもまた初耳だったからだ。
「彼女がその日遊びに来てくれた時も、なんで勝手に父さんは仕入れちゃったんだろう、ってついぼやいちゃったんだ。そしたら、彼女が」
「・・。そのシフールはなんて?」
「『原因になったその短剣を盗み出し捨ててしまえばいいのでは?』・・って」
「盗み出す?」
「うん。そうすれば元通りの仲の良い二人になりますよ、きっと、・・って。だから言うとおり俺は、夜中鍵を持ち出してこっそり忍び込んで、それで・・」
ラスが両親に無断で持ち出したその短剣を、シフールは処分を申し出て、その後、姿を一向に見せないのだという。
「どこにいったんだろうなぁ・・俺、もっとあの子と話がしたかったんだけど」
「名前とか、何か他に聞いた事はないの? 探すにしても手掛かりがないと」
うーんと唸った後。ラスは何気なく告げた。そういえばその時、彼女の黒いドレスの裾から、尻尾が見えたのだと。
「でも、それだけじゃあのシフールを探す手がかりにはならないよなあ」
「探し出したいの?」
「勿論。俺・・もしかしたら初恋ってこれか?って思うんだよな。寝ても冷めてもあのシフールのことが頭から離れないんだ」
「は、初恋」
はにかむ友人を見、そこでアルは愛らしい顔を不安そうに曇らせた。
「話を戻すけど・・その尻尾ってどんなの?」
「ん? こう親指くらいの太さの尻尾の先に、なんていうんだっけ、あの、そう、黒い色の矢尻みたいなのがくっついてゆらゆら揺れてたぜ」
アルの眉間に皺が寄った。
「黒いドレス、尻尾の先には黒い色の矢尻のようなものを持つ、シフール?」
そして、アルはふっとあることを思い出した。不吉な予感を伴って。
「ちょっと歯も尖ってる感じで。ほんとすっげー可愛かったんだ! どうやらその短剣って魔力が宿った問題の武器だったらしくてさー・・。なんかそのシフールが心配で。あれ、アル、どうしたんだよ、妙な顔をして。おーい?」
アルフレッドの顔色が悪い。完全に足を止め、凝固している。友人が目の前で手をばたばたさせているのにも気付いていないようだった。
間違ってたり勘違いだったりすればいいんだけど、と前置きしてから温和な少年はなるべく常のように穏やかに告げた。
「いいかいラス、落ち着いて聞いてね。僕は一時期妖精とか人とは違う生き物の紹介をしている本を読んだ事があるんだけど。シフールそっくりの外見でシフールじゃない生物がいるんだって。特徴は・・矢尻のような尻尾を持っているんだって」
「・・へっ?」
杞憂でありますように。普通のシフールの突然変異とか。祈りながらもアルはそれはないだろう、と密かに思う。
「そいつらは、黒きシフール、邪な妖精っても呼ばれるんだって」
「な」
怒りと驚きがないまぜになったような顔で、ラスは絶句した後、搾り出すように言った。
「アル、冗談にしては笑えないぞ。それに俺、そんなの聞いたことないし」
「カオスの魔物って、塾の先生から聴いたことあるだろ? その魔物の仲間なんだってさ。シフールと同じで世界中風にのり、何処にでも辿り着く可能性がある魔物だって図書館の写本には書いてあったよ。世界の各地で悪戯とか悪巧みをして人に迷惑かけるらしい」
断言はできないけど、とアルは神妙に告げた。それが本当なら、相手は善意でそれを預かったわけではない。ラスは彼女に唆され、まんまと魔力を帯びたいわくありな短剣を持ち逃げされてしまったことになる。
「まさか、魔物なんて」
半信半疑でラスは怒ったように呟いたが・・。
しかしながら。嫌な予感程、当たるものである。
――アルの予想は的中した。
●冒険者ギルドにて
そして町ではそのシフールの持ち去った短剣が原因と思われる、辻斬りにも似た事件が多々おき始めたのである。美しい宝石つきの短剣を武器に、犯人は裕福な屋敷に忍び込み、或いは宝石商などを襲っている。
警備のものを倒し、或いは隙をつき建物に侵入、単なる物取りにしては犯行が鮮やか過ぎる。幸いまだ死人は出ていないが重軽傷を負ったものは少なくはない数存在する。
武器を操っている者は顔を隠していることを除けば、一見普通の冒険者風の装いである人物らしく未だ捕獲には至っていない。
怪我を負った目撃者が言うところ、宝石で装飾されたその優美な短剣は、二人の少年が思い描く問題の短剣と一致しているらしい。
翡翠、碧玉などの宝石がついているにも関わらず破格の値段で、もう清めも済んでいるといわれて仕入れたラスの父は本当に、責任を感じてしまったらしい。
「それで、その曰く有りの短剣を持ち去ったシフールが元凶で、君たちはその犯人が黒きシフールに何らかの力で操られているのではないか、と言いたいんだね」
アルフレッドとラスと名乗る二人の少年は、真剣な顔で受付の男性に訴えた後、そう問い返され、頷いた。
「俺たち、あの短剣を取り戻して、早く処分をしたい。別の国で沢山の人を傷つけて血を吸った剣らしくて、このままだともっとまずいことが起きるかもしれねーんだ。ここだけの話、俺の父さんがこの町に持ち込んだ剣だから、なんとかしねーと」
「どうやらその犯人は宝石や金目の物がある場所を狙っているようです。近々僕の父とラスの父さんが、僕の屋敷で宝石等の競りを行う予定なんです。毎年この時期にやるもので」
誘き寄せるつもりなのだ、と彼らは説明した。
「俺とアルの父さんには全部話してある。母さんにも。父さん達もまた友人同士だから。みんな宝石商や金目のものを狙う犯人に対して本気で怒ってるんだ。犯人を、その後ろに居る・・‥あの妖精を捕まえたいと思ってる」
ラスという少年は、密かに傷ついたような目をしていた。
友人の肩を励ますように叩き、アルフレッド少年がしっかりとした口調で告げた。
「僕達の予想が当たるなら。本当にその妖精が黒きシフールなら、警備の者も居ますが、それでも冒険者の方にも居ていただいたほうがいいと思うんです。――どうか、お力添えをお願いします」
●リプレイ本文
詳細の確認、事件解決の為の打ち合わせをすべく冒険者達は依頼主の家へと訪れていた。アーク商会総取締役のルドルフに促され、思いのほかしっかりした口調でラスの父――テムザは冒険者達に話し始めた。
「例の短剣は、ある街で起きた連続通り魔事件の犯人が所持していたものです。金の柄等に小さな瑠璃の宝石がはめ込まれ、犯行で使われたとは思えないほど曲を描いた銀の刃は曇りがなく美しい一品でした」
持つ者が魅入られ犯行に及ぶと言われた短剣、ひとまず危険のないようにそういったものを専門に扱うウィザードに預け、紆余曲折を経てその短剣はテムザの元へと来た。
「・・つまり、テムザさん。あなたが手に取り仕入れをしてきたということは、剣に触れたり直視しただけで、妙な気を起こしたりするわけではないのですね」
念の為に皆を代表して、レンジャーのキース・レッド(ea3475)が問う。
「はい。それが不思議と、私にはなんら変調は起きませんでした。巷を騒がせている事件のことを考えると、私の身に何も起きなかったのは奇妙にも思えるのですが・・」
「そうですか・・」
キースは神妙な顔つきでちらりとラスを一瞥する。だがそれ以上は続けなかった。皆には、予め短剣そのものに魔力が宿っていない場合、他の『何者』かが短剣所有者に暗示をかけ操る可能性を示唆してある。けれど皆唇を噛みしめて俯いている少年を慮ってかシフールの事は口には、しない。
「賊が競りの会場に現れる可能性はかなり高そうですか」
重くなりそうな空気を変えたのは、侍の瀬方三四郎(ea6586)だった。
「はい。宝石商や宝石所有者を狙う手口、我がアーク商会で今回の競りで取扱うものは希少価値の高い宝石が中心だと街中に大々的に告知してありますし。ほぼ確実に現われる、と我々は読んでいます」
「ふむ。では会場で乱闘になる可能性を考え・・商品は兎も角、競りの会場自体には壊れやすい物などを置かぬようにしておくのがいいかと思われるが、いかがか」
とてきぱきとウィザードのフィーノ・ホークアイ(ec1370)が提案する。
「そうですね・・装飾品は必要最低限に致します。そして一応なのですが、競りに使う品は全て本物を扱います。御客様の目を欺くつもりはありません。万が一商品の破損があった場合、あながたに請求するつもりもありませんが――しかし極力そうならないように、また商品が敵に奪われるような事はないようにご尽力頂ければ、と思います」
「判りました。我々としても商品などに傷をつけたくはないし、むざむざ奪われるつもりもありません。それとあながたがに雇われた警備員の方たちには、一般客と商品の保護に回って頂きたいのだが」
「わかりました、そのように致しましょう」
ルドルフは頷いた。
●闇に潜む
空は曇天。何処となく肌寒い中、続々アーク商会の競売の会場に、客が集まってきている。
目玉商品を競り落とす囮役の瀬方は、黒の礼服を着こみ客に紛れ込んだ。キースとレインフォルス・フォルナード(ea7641)は壇上から見て二階の左側の廊下、階段付近潜み何か起きた場合迅速に会場に降りる手筈になっている。先程警備の者との打ち合わせを願い出たフィーノ、天界人の水無月茜(ec4666)、志士の忌野貞子(eb3114)は反対の二階の右側の廊下に潜む。
「キースさんがラス君のお父さんに確認してたこと、気になりますね」
「テムザ、そしてラス、どちらも短剣に触れたのに凶行に走ることがなかった。それはつまり・・‥短剣には本当は呪いなどかかってはいない可能性が高いということだからな」
「はぁ・・。なんだか‥ラス君、可哀そうですね。その例のシフールってラス君が密かに好きだった女の子のようじゃないですか」
「種族云々はおいておくが、連続殺傷事件を起こしたかもしれない相手だからな‥‥」
「・・‥。そうですね。でも本当に、そのシフールはカオスの魔物って呼ばれる・・‥?」
「・・えぇ。ラス君は、残念だけど‥‥。私の妖魔、や怪異‥‥の知識、は‥‥誤魔化せない」
低くボソリボソリと話す、妙に迫力のある仲間に少しも怯まず、フィーノは腕組みをして問い返す。
「貞子は、そのシフールが邪な妖精だと思うのだな」
「そうとしか考えられないもの・・。‥‥そこで失意のラス君を親友のアル君が慰めて二人はそのまま‥‥友情が、愛情に。なったり、うっふっふ・・ふふ」
肩を震わせ興奮している(?)様子の貞子。
「さ、貞子さん??」
「おーい、落ち着け」
「大丈夫‥‥真面目に、やるわ」
「ならいいが。・・‥先ほどキース達にも告げたが、二人とも気をつけろ。警備員の中で敵に接触された者がいるかもしれん」
「・・‥? どういう」
「・・なに?」
フィーノが目を眇める。彼女の目には薄暗いこの会場内においても現状が把握できる力が備わっている。
「警備員に仲間内に魔物による魅了を受けた者がいる可能性を示唆したが、相手のその時の反応が少し妙だった気がするのだ。――私の勘が当たるなら奴らの中で、何か仕出かす者がいるかもしれん」
●競り
様々な商品が落札されていく。
百人近くの客がいる会場。飛び交う人の声、横取りされて悔しげに腰を下ろす男、頬を紅潮させ手に入れた商品をうっとりと見詰める者――。
会場は今や、奇妙な熱気に包まれていた。
「それでは皆様、大変お待たせ致しました。本日の目玉商品である『名も無き王の夢』ダイヤモンドをふんだんに使用しました男女着用可能な首飾り、至高の一品です!! アーク商会一年に一度の今回の大イベントでしか手に入らない、さぁ――500Gからスタート!」
「510!」「530!!」「550!!」「700!!」「760!!!」
目の色を変えて皆が口ぐちに叫ぶ。
「1000G!!!」
朗々とした男の声が会場に響き渡る。
「その名も無き王の夢とやら、私がいただきますぞ!」
すっくと立った礼服姿の瀬方に、ライトが当たる。
「おぉ―っと!1000! 1000G出ました!! 他にいらっしゃいませんかぁ!?」
会場内にざわめきが駆け抜ける。ざわざわと皆が口ぐちに、一番の価値ある魅力的な商品を落札しようとしている男の金額を口にしている。
「はい、それでは『名も無き王の夢』、落札者様決定――! こちらへどうぞお進みください!」
中央の赤い絨毯へ進み出た瀬方を追うようにライトが彼の姿を照らし続ける。
司会進行を務めているラスの父は、ちらりと瀬方を意味ありげに見たが、にっこりと営業用の笑顔を浮かべる。そして瀬方が彼へと歩み寄り宝石を手にした――。
「!!!???」
ざわめく会場。
中央でゆらりと立ち上がった目立たない風貌の男がいる。
無表情で懐から短剣を引きだして振り下ろす。
「ッきゃ、きゃあ―――!!!」
服を切り裂かれて貴婦人が悲鳴を上げる。それだけではない。他にも人に刃物を向ける者が現れ始め、会場は騒然となった。皆立ち上がり入口を目指そうとするが蜂の巣をつついたような騒ぎの為うまく進む事が出来ない。
「あやつ‥警備兵!」
フィーノが舌打ちする。キースとレインフォルスが会場内へ急行した。警備員の中に危険人物が混じっている可能性を告げたのが役立った。
「スリープ!!」
茜が狙いを定め月の魔法を解き放つ!
今まさに客に切りかかろうとしていた男達を纏めて戦闘不能にすることができた。
「な、なんとか数を減らさなくちゃ。私下に降ります。警備の人たちが頼りにならないなら、誘導する人がいないと」
「わかった。だが、くれぐれも気をつけるのだぞ」
「はい!」
「・・‥来た」
『そちら』に注意を向けていた貞子は、呟く。
瀬方は襲いかかってきた男の襟首を掴み、激しく床に叩きつけている。
衝撃により黄金の柄を持つ短剣が跳ね飛ばされる。
連続宝石強盗、殺傷事件の犯人を組み伏せ、腕をねじり上げた。
そして、同時に。変化して会場に乱入してきた相手を的確に捉えたフィーノが身を乗り出す。新たに侵入してきた存在がいることを、ブレスセンサーで感知したのだ。
「瀬方! 妖精だ! お前を狙っている、身構えろ!」
彼女の良く通る大声はこの喧騒の中で瀬方に確かに届いた。
瀬方が犯人を気絶させ身構える。視線の先には――短剣!
階段を駆けおりながら術の詠唱を開始する、貞子。
氷の棺で問題の短剣を封じるのだ!
「アイス‥」
術を解き放とうとした貞子は目を見開く。
黄金の柄。美しい宝石を有する銀の短剣が、浮きあがった。
「!」
――そしてその短剣を大剣のように構えるシフールが、一人!
「お招き頂きありがとうございます。『名も無き王の夢』頂戴いたしますわ」
鈴を振るような可憐な声音で宣言し、妖精は瀬方に切りかかった!
●闇より出でし妖精は哀を囁く
「トルネード!」
フィーノが一般客を極力巻き込まないよう術を放つ。強風で足元をすくわれ転倒する警備員。動きが鈍ったところを茜の魔法が彼らを眠りの中へ引きずり込む。正面口を開け放ったレインフォルスが、一般客を逃がし操られ攻撃を仕掛けてくる一部の警備員の剣を受け止め、傷つけないよう鳩尾を蹴りあげ気絶させる。そして床に崩れ落ちた警備員を皮肉をこめて一瞥する。
「いつの間にだか知らんが、よくもまあこれだけの数を魅了したのだ・・!」
レインフォルスの傍らを駆け抜け、会場へと駆けこんでいく少年がいた。昨日ルドルフ宅で逢った少年だと、閃くように彼は気付いた。
「駄目だ! 戻れ、ラスティエル!」
だが、彼は決して振り返らなかった。
「ちっ」
動きが素早すぎ、その体格の圧倒的差から得意とする武術がシフール相手では効力を完全には発揮できない。切りつけられて腕に血を滲ませて瀬方は防戦を強いられる。テムザを庇っているので思うように動けないのだ。
事態が膠着するのを厭ったのか、シフールもまた身を翻し、『少年』の元へ駆けた。呆然とした様子で会場の惨状、シフールの凶行を見ていた少年が硬く強張った顔つきで、滑空してくる彼女を見返す。
「お久しぶり、ラスティエル。また貴方にお手伝いしてもらうことができたわ」
短剣を携え彼女は少年の元へ。人質。少年の頭にもその単語が過ったかもしれないが、彼は未だ動けないでいる。
「やめろッ!!」
怒声が響き鞭が唸る。シフールを絡め捕り遠くへ飛ばしたキースが、ラスを庇い立つ。うまく態勢を整え、妖精はふわりと羽根を広げ、毒づく。
「乱暴な方ですのね。女に無礼を働くなんて褒められることではありませんわ」
「あいにくと、相手によるな。宝石に目が眩んだ邪なる妖精。これ以上彼を傷つけないでもらおう!」
「傷つける? 妙なことをおっしゃるのね。私は傷つけてなどいませんわ。その子が勝手に私を信じて勝手に傷ついただけですもの」
警備員の多くは倒れ伏し、客人は外へ避難させられている。閉じていく扉を一瞥し、妖精は唇を吊り上げた。
「あらあら、あれだけ協力者を増やした筈なのに、随分役に立たなかった事。少々分が悪そうですね」
「逃げられると想うな」
冒険者達に取り囲まれてもなお、シフールは嫣然と微笑う。
「今まで奪った宝石は秘密の場所に隠してありますの。取り戻せると想っていました?」
「ならば、お前を捕まえて在り処を話してもらうだけだ」
「私を傷つけることは依頼に含まれていて?」
「事の次第によってはそうする」
「私が魔物だから? けれどあなたがたはそれ程ご立派ですか? 私達を軽んじる資格があるかしら。――あなた達の世界は誇れるものばかりではないでしょう? 世界を巡って私が出した結論は、人も魔物も大差ない、ということ。私は少しでも綺麗なものを探したいただけですわ。宝石は素直に美しいと思えますから」
皆がシフール捕獲の為に動いている事を察しているのかいないのか。シフールの語り口は熱を帯びていく。
「シフール、もうやめろよ。俺は君が事情があってこんな真似をしてるなら、庇おうと想ってたんだ。もう、聴きたくねえ。やめてくれよ!」
「今回は宝石を手に入れるのは二の次、私はあなたに教えたかったの。この世界は本当はどうしようもないものなのだって。黒きシフールである私に笑いかけ慕うあなたの愚かさが苛々して仕方なかったんですわ。カオスの魔物は人に忌まれ憎悪を向けられる対象ですもの‥‥いい加減、目が覚めました?」
「俺は君のことが好きだった」
シフールは奇妙な表情をした。嘲笑も憎悪もなくぽっかりと感情が抜け落ちた顔。
「本当に好きだったんだ、君のことが。魔物だとしても」
瞬速で放たれたキースの鞭がシフールを絡め取る。彼は会場のほうへ放つ。短剣ごと空に放りだされた妖精。
「貞子!」
「アイスコフィン!」
キィィン。
虚空に氷の塊が発生する。
だが、床に落ちた棺の中には、短剣しかない。
「ストーム!」
状況を把握し、すぐさま高速詠唱で術を発動したフィーノ。
強風が生じ逃れた『敵』を壁に叩きつける筈だが、標的はその爆風すらも利用し、割れた窓から逃れ外へと飛び去っていった。
●物語の終わり そして始まり
魅了の力で操られていた『犯人』を捕獲した。問題の短剣は、呪いの力はなくとも責任を持って処分するとルドルフらは心決めていたようだった。黒き妖精は逃したものの、客人も商品も無事護られたこともあり、報酬は正当な額支払われた。
冒険者達は事件の後、ラス少年と話す機会があった。
「父さんやアルは、俺があのシフールの魅了の魔法にかかってるって言うんだ。でも、俺・・‥。俺は・・」
キースが彼の肩にそっと、手を置いた。
‥てん両親や友人のアルが真実から目を背けそう告げたのか、ラスの為に言い聞かせているのか判らない。冒険者達が確かに言えるのは―――。
少年の中に確かに息づいている想いは魅了の力などで宿ったものではないということ。そしてそれを貫くならばそれは、『世界』を敵に回す恋に他ならないということだけだった。