【焔の系譜】その少女、行方不明につき
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■ショートシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月14日〜04月18日
リプレイ公開日:2009年04月23日
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●オープニング
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『新生☆アメリ』
描かれた姿絵は、男の衣装をまとい晴れやかに笑う『彼』。長いひらひらとした衣装をまとい蝶のように舞う、奇術師としても才能ある舞姫とかつて呼ばれた人物は、今まで通り仕事をこなしていくだろう――しかし、ケジメとして黒曜石のように美しい長い髪を、バッサリ切り落とし、舞姫を名乗ることをやめた。
最近始まるメイディアでの公演を機に―――。
十代後半にもなれば男として身体の線は確実に、目に見えて明らかなものになっていく。個人差はあれど、女を名乗り続ける事は難しい――。声変わりもあるし。だからだろう。
人を惹きつける魅力に溢れた少女は、うつくしい青年へと変貌を遂げつつあった。
「アメリたん、アメリたん・・・・僕の、アメリたんが・・・・」
やや黄色味がかった肌、小柄、黒い髪は短く刈り取られていて、小さな目、ぱんぱんになった顔、はちきれんばかりになった腹により服は皺が寄っている。その相手がブツブツ壁に向かって、呟いているのだ。
少々――いや相当、奇異である。
顔は既に、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。やがてその壁に張り付いている告知の羊皮紙に顔をすりつけ、号泣する。通りを行き交う人々は、ドン引きしつつ、その人物をよけていった。
そして勝手に、告知の羊皮紙を一枚べりっと剥がし、持ち去っていった。
―――ねぇ、ママー、あのひと何してるの?
―――しっ見ちゃいけません!
とぼとぼとそれを見ながら、メイディアの都を歩いていく。
「(アメリたんが男だってことは知ってた・・・・それでも、僕らだけの秘密だと思ってたのに。男でも、好きだって思うやつが他にも出てきたら・・・・僕は、僕は・・・・耐えられない!!)」
ずっと以前、アメリにストーカー行為を働いた青年は、しかるべき罪を償い出てきた後も、ずっとアメリに心を奪われたままであったようだ。
もう、いい加減現実を見た方がいいと思う。余計なお世話かもしれないが。
どげしッ。下を見て心ここに有らずの状態であった為、誰かにぶつかるのも無理のない事だった。
「てめぇっ! どこ見てやがるんだ!!!」
「あーあーいってぇ、今のでお前腕の骨折ったんじゃねえの」
「・・・・たん、・・・・メリたん」
「うわ、こいつ、何かぶつぶつ呟いてるぞ。気持ち悪ィ」
「治療費出せっつってんだよ!! 聞いてんのか、ああ!?」
そしてその後はお決まりのコース。殴られ、蹴られ。
アメリたんが、いなくなってしまった。僕のアメリたんが―――。
生命力に溢れた僕だけの花。美しい蝶。男でも良かった、女性の姿で舞い奇術を披露する彼女は、美しかったから。公演の時最前列をもぎ取った時、にこやかに自分を見つけてほほ笑みかけてくれた時、二人の視線が絡み合い、そしてこの胸は熱くなったというのに。(錯覚です)
美しい時よ永遠に。この先はいらない。
もう、どうでもいい―――!
男は路地裏にその後引っ張りこまれ、引き続き暴行を加えられ、されるがままになっていた。
そこに若い女の声が響く。
「そこで何をしてるんです!! その人から離れて!」
薄れる意識の中で。少女が炎をその右手に生み出し、男達に警告している姿が見えた。
彼女の長い波打つ髪は、炎を写し取ったように真っ赤だった。
*
「大丈夫ですかぁ? 災難でしたね。あいつらは逃げてっちゃいましたよ。捕まえる事ができなかったのは無念ですぅ。すみません」
道で色んな方が騒いでいたから、何かあったと思って―――。覗いてみて良かったですねと。自分の手柄を誇るでもなく。少女は安堵したように、言った。
彼等は、今メイディアのある小さな公園にいた。ぼーっとした彼がどこか頭を打ったのではないか、と案じて。診療所に連れていこうとしたが、当人が嫌がった為。少し落ち着くまで、とついて来てくれたのである。
普段は賑やかなその公園は、この時刻、人の姿が疎らであった。
「・・・・・・いえ、その、・・・・どうも・・・・」
「どういたしまして。さっき渡した回復アイテム、ひとまず役に立ったみたいですねぇ。良かった〜。でもどこか痛いところが残っていたら、無理せずお医者様に見てもらった方がいいですよ」
穏やかに自分の声をかける彼女の笑顔を、男はぼんやり見た。
「あの・・・・名前は」
「私は、ミーア・エルランジェと申します。・・・・、あ、いっけない!! お使いの途中でしたっ。ご主人様がちょっと難しい方なのであんまり遅くなるとマズいんですぅ〜〜。それでは、失礼いたしますねっ。今度は変なのに絡まれないよう、お気をつけて」
ぺこん、と笑顔で会釈して。彼女の意識はすぐにその男から切り離された。
荷物を抱えて小走りでそこから去ろうとしていく彼女を、凝視する。揺れる赤い髪。去っていく存在。
男の体が青い光に包まれる。精霊魔法の詠唱光だ。
「―――・・・・?」
何か異変を察知したのか、少女が振り返った。その眼が大きく見開かれる。
「・・・・アイスコフィン」
公園の木々、その枝にいた鳥達が一斉に羽ばたいていく。氷の棺に封じられた少女が、その瞬間何を思ったのかは判らない。
ミーアはその日を境に、忽然と姿を消したのだ。
●
「ミーアちゃんがいなくなった?」
冒険者ギルドの受付嬢フローラは、素っ頓狂な声を上げた。
「え、だって最近、ロゼさんの依頼で」
そう、つい最近も別の依頼の件で顔を合わせたばかりなのだ。
ミーアは好事家エルフの女傑マチルダ・カーレンハートの屋敷の侍女にして、火のウィザードである彼女の唯一の弟子だ。
「ええ。一昨日マチルダ様に頼まれた用事を昼過ぎに済ませに出て――夜になっても屋敷に戻らず。翌朝から異変を感じたマチルダ様の指示で、あの時から屋敷の皆が総出であの娘の行方を追っているのですが、――足取りが追えたのは、あるところまでなのです」
気品のあるエルフの執事レンは――顔を曇らせつぶやく。
「冒険者の方々に、ミーアの捜索を手伝って頂きたい」
フローラはわかりました、と頷き。面識のある少女の危機に焦りながらも、ギルド職員としての務めを果たすべく。日時、時間、その掴めている足取りとやらを聞き、しっかりと書きとっていく。
「ミーアが助けた男性に、話を聞きたいのですが名も居場所も解りません。ですが、その男性に心当たりが――ひとつ」
「え?」
すっと差し出された羊皮紙。そこに描かれた絵と内容に、フローラは驚いて目を瞬く。テーブルに置いた紙を、指でこつりと叩く。
「その男性が同じ物を剥がした場面を、目撃した親子の証言を得ました。その時の、その男性の様子も・・・・。これは、マチルダ様と私の推測ですが。もしかしたら、過去にこの『流星座』の方達に関する依頼があったのではないかと。御調べ頂けますか」
冒険者ギルドにある依頼書は膨大な数に上り、古いものはしまわれているが。フローラは、あ、と手を叩いた。
「職員に、熱心なファンがいますよ。たぶん、彼なら関連依頼があったなら把握している筈! 急いで確認してみますね」
お願致します、とレンは丁寧に頭を下げた。
●リプレイ本文
●
「あのヘンタイ・・・・まさか再犯するとはねェ」
さらさらと羊皮紙に似顔絵を描いていく忌野貞子(eb3114)は、呆れて呟いている。
「アメリさんが仰るには・・・・。使用魔法は主に、アイスコフィン・・・・。前事件の際は、・・・・高速詠唱は、使用が確認できず。ウィザードの師からは・・・・男は既に破門され。『出て来て』まだ・・・・間もない事からも。‥・・高速詠唱は・・・・未だ覚えていない可能性が、・・・・高いのでは、と」
アメリの仲間には、多少なりとも魔法の知識のある者がいる。
エヴァリィ・スゥ(ea8851)が彼らから得た情報を、仲間達に伝える。
「それにしても。はぁ・・・・アメリさんて、奇麗で」
「素敵な人だったね〜」
中性的な魅力に富んだ人物は、それはもう、目の保養だった。水無月茜(ec4666)と冴木美雲(ec6326)が溜息交じりに、素直な賛辞を口にする。
絵が出来るまでの間、男性陣は変態捕獲の為の打ち合わせ(考えてるお仕置き)等をしていた。鎧騎士のヴァラス・シャイア(ec5470)がアプト語で書かれた以前の報告書を、改めていると。受付嬢のフローラから声がかかった。
差し出されたのは、日付を見るにずっと以前の報告書だった。
それは、ある鍾乳洞で起きた氷漬けの怪物が、内部の気温の上昇で氷が解け。動き出した事件が記録されたものだった。
流星座への聴きこみは。彼らと面識のある貞子を筆頭に、エヴァリィ、茜、美雲、紫狼の5名で行った。
彼らに例の再犯の話を切り出すと、即協力の姿勢を見せてくれた。奴の似顔絵を作成したいのだ、と貞子が告げると。張り紙用の使用していない、羊皮紙もくれた。
『あんのド変態・・・・! その子を何としても助けだして。でも、貴女方もくれぐれも気をつけて』
そう言われて天幕を後にしたのだが。
「舞姫の時も良かったけど、女装より今の方がいいわねぇ。・・・・くく。まぁ変態には耐え難かったのかもしれないけど・・・・。さ、出来たわ」
似顔絵が皆の手に渡る。
「ちょっと待ってください。今あの人から聞いたんですが、もしその男がアイスコフィンを使用したなら、氷はもう溶けてるかもしれません」
驚く皆に、受付嬢から得た情報を伝える。
男の得意技であるらしい、それ。
どうやらその氷は、術で解除するまでもなく。気温が0℃以上の場合通常の氷同様、自然に溶け出すらしい。
「んー。でも、ある程度溶けてから運び出したにしても。馬車はやっぱり必要じゃないかなぁ。後は、夜にこっそりとか?」
アシュレー・ウォルサム(ea0244)の発言に。
「その可能性は、確かに。でも問題はもしかしたらその男と、ミーアさんが氷から溶けた状態で今一緒にいるのかも、・・・・という事で」
ヴァラスのひきつり顔でのコメントに。皆が凝固する。
氷棺に閉じ込められるのは確かに恐怖だろう。しかしながら、アイスコフィンすなわち即死の魔法ではない。だからこそ、生身で向き合う方が精神的に、数倍恐ろしいのではないだろうか。その男の部屋に、監禁、とか。
「急がないとミーアたんがアブねえ!」
面識ある少女の危機に。村雨紫狼(ec5159)の叫びがギルド内に響き渡る。まったくもって同感である。皆迅速に、ミーアの貞操の為(ぉぃ)行動を開始した!
●
「少しぽっちゃりとして丸顔で、波打つ髪は赤で、腰程まであってね、緑色の服を着てるわ」
「目はぱっちりとしていて、瞳は緑色、色白で笑顔が可愛い娘です」
捜索の為、ミーアについて依頼人に尋ねた煉淡は。ファンタズムのスクロールで映像化して、微調整を繰り返し。見事、似てきた! との評価をいただいた。
「マニア受けしそうな娘(こ)よね、よくよく考えてみれば・・・・」
美貌の婦人は。顔を陰らせ、チッと舌打ち。
初対面ではあるが、機嫌が底辺を這う女性を前に、煉淡は落ち着いていた。数々の魔物となどと戦った経験が彼に落ち着きを与えいているのかもしれない。でなければ、今にも火を噴きそうな彼女から半泣きで部屋を辞した使用人の娘達のように、逃げたくなったことであろう。
「頼んだわ、煉淡君。あの子を早く保護してやって」
「勿論です。全力を尽くします。――そうだ」
「なぁに?」
「『お仕置き』の件、考えておいてください」
マチルダは妖艶に微笑んだ。
「百回死んだ方がマシだと思う内容を、考えておくわ」
*
「ふーむ、無事だといいんだけどねえ」
アシュレーはそう呟いた。
例の目撃者の親子の自宅の住所は、執事レンが抜かりなく控えてあった。都の中心から離れた、マチルダ邸からそう遠くない距離にあるこじんまりとした、庭付きの一軒家だ。
さらなる有益な情報が得られれば良いが。扉を叩くと。中から女が現れた。
レンの名を出したことと。彼の人当たりの良さも手伝って、スムーズに聞き込みを開始することができた。
貞子より貰った似顔絵を見せると、似てる、と驚かれた。
「そういえば、あの男性とお話した後、思い出した事があるの。なんとなくね、お酒臭かったような気がして。風に乗って少し」
特殊な嗜好の持ち主は、飲酒もするらしい。若い母親は、そんな情報をアシュレーにくれた。
●
男がゴロツキにボコられていた場所は、確認済みだ。そこへ向かう煉淡。
その後。イメージを映像化できる術――ファンタズムでミーアの姿を見せて、尋ね歩いた。
「訳あって人探しをしているのですが。この方を見かけませんでしたか?」
訝しげな反応をされた時には。行方不明なのだ、と補足すると大抵の者は親身に答えてくれた。だが、最初の頃は予め得ていた情報しか入ってこなかったが。
「あの人達の証言によると、この公園に二人で来たのは間違いないですもんね」
煉淡と共に聞き込みを続けた美雲が、そう言う。
公園にいる老夫婦が、事件当日ミーア達の姿を目撃していた。レンの情報と合わせ、確定だろう。丁度入れ違いになったようだ。だんだん人気が少なくなる時間だったようで。ミーアは運が悪かったと、いう他ない。
「なんとか今日中に、見つけられればいいんですが」
煉淡は、パーストのスクロールを使用し、過去視を行った。
公園に入っていっただいたいの時刻が解った事から、彼女の身に異変が起きた時も割り出す事も不可能ではなかったのである。
男はアイスコフィンでミーアをこの公園で封じた後、木陰へと運び。深夜馬車を使用し、ミーアを荷台に他の荷物に紛れさせたあとここを出た。それを彼は【視た】。
向かった方角を掴み、その情報を元に仲間達はさらなる捜索に奔走した。けれど有益な情報を得て、アシュレーはその馬車を貸し出した者の特定に急ぎ、他の者達は似顔絵を元に煉淡が示した方角を捜査。煉淡は、道中同様の術を駆使し、途中アイテムで魔力を補給しながら――追跡に尽力した。
アシュレーが得た、酒が好きみたいだよーという情報から、数ある店の中から酒場や酒屋を中心に当たると。それらしい男の目撃証言が出始めた。男の行動範囲に入ったらしい。
「あのちょっと変な、近寄りがたい太ったお兄さん〜〜? 」
酒屋の少々ケバ(失礼)こほん、看板娘はそう言った。身を乗り出す紫狼と、スレイン・イルーザ(eb7880)。
「知ってるのか!?」
紫狼の問いに。長い金髪を弄りながら、男二人を見上げ。
「だぁってこの絵、結構似てるもん〜〜。そういえば酒を買い込んで、食糧も山程買ってたみたいだよー。近くに住んでる、引きこもりっぽいわね。ね、何か買ってってよ」
「どうも。でも酒はいらない。今一仕事中だからな」
スレインが丁重に断ると、ちぇ、とつまらなそうな様子だ。
「よっしゃ、有力な情報ゲット!」
見つけてぼこる! と息まく紫狼はスレインを置いて飛び出していった。仲間達は、相当例の犯人に容赦ない仕打ちをしそうである。予想は容易にできた。
とはいえ。ふむ、と頷く。
「(・・・・まぁ、自業自得だが)」
今回の仲間達の中で一番過激な懲らしめを考えていないスレインですら、こうなのである。
変態の運命は――既に決定していた。
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「あの人、何かやらかしたんですか?」
『その家』の大家は、おずおずと。
「その可能性が高い、ということです」
実際奴は黒なのだが、ヴァラスはそう場を収める為そう説明した。彼の手には畳まれた巨大な袋があり、それをじっと見た大家は『何に使うんだ?』とてつもなく不安そうな顔をしていたが。パラの鎧騎士は、微笑んでさりげなくそれを隠した。
とはいえ、見るからに強そうな面々が、奇行の目立つ男のところへ向かっているのだ。大家じゃなくとも戸惑い怯えるだろう。
「あの、家は・・・・傷つけないでくださいね・・・・」
なんとも間の抜けた願いを口にした後。そして男の住まいを、指さした。
*
アシュレーが建物の外から、エックスレイビジョンで透視を行う。小さな建物だから、内部構造はごく単純なものだった。部屋数も少ない。
「鍵はしまってるだろうから、そこは任せてねー」
ディテクトライフフォースで、生命反応を探る煉淡。
中には二人――居る。
アシュレーが鍵を容易く解除させ、彼を先頭に、速やかに押し入る仲間達。エヴァリィと茜が必中のムーンアローを放ち、男はくぐもった悲鳴をあげてごろんと転がった。
「んーんーんーーーッ!!」
椅子に縛りつけられ、布を噛まされ喋れなくされている赤毛の少女が、じたばたと暴れている。目を潤ませ真っ赤な顔で。エロい縛り方をされている少女を見、皆ぐらっとめまいを感じた。
「「「「こんの変態がァァァア!!」」」」
そう叫んだのは、一人ではなかったのを記載しておく――。
反撃を試み立ち上がった男を、縄ひょうで威嚇するアシュレー。ミーアを人質にしようとしたのか、そちらへ向かう男をヴァラスが阻止し、意外な程素早く素手で攻撃を仕掛けてくる男からその身を楯に、ミーアを護った。
「それっ」
再度アシュレーが威嚇し詠唱を阻止し、怯んだ男に紫狼が飛びかかり何度も殴りつける。
「これはミーアの分だ!!! 素手で十分だ、この変態野郎!!!」
倒れ伏し、はぁはぁと息を荒げる男は。ばっと振り仰ぎ。叫んだ。
「どうせ僕はいらない人間なんだ、・・・・そうさ、いいさ、殴れよ、もっと殴れぇぇぇ。どうせこの子も、僕を助けたのは同情からなんだぁあ」
きもちわるーいー。
ミーアはとろんっ・・・・とした目で、男を見ている。世の中にはこういう男もいるのだと解った、ミーア15歳の春である。
やりたい事は山程あれど。折檻は仲間達に任せ。美雲が縄と解き、口の布を外す。
「ミーアさん、大丈夫だった? 怖かったね」
少女は大粒の涙を零しながら。
「どなたかは存じませんが、あ、ありがとうございます」
「私がお話を聞いてあげるから、鬱憤も何もかも私にぶちまけて」
「い、生きた、心地がしませんでした。滅茶苦茶怖かったですよぉぉお!」
「うんうん(撫で撫で)」
美雲に抱きつきわんわん泣くミーアに、そっと茜とエヴァリィが心をこめて歌を聞かせる。月魔法メロディだ。横目でボコボコになっている男を見て、ミーアのメンタルケアに専念することに二人は決めた。部屋の中は凄い騒ぎで、彼らにはたぶん歌、聞こえないだろうから。
*
かくして、ヴァラスの麻袋に詰め込まれた男は、例の馬車に積まれ。
依頼人の下へ向かう途中。暗闇の中、麻袋から顔だけを出していた男は。アシュレーに刃物で頬をぴたぴた、延々とやられていたようである(ぉ
「でもこういう馬車とかって、揺れると危ないよね」
ガッタアン!!
でかい石を踏んだらしい。
「〜〜!!」
「あっはは、ごめんね。ちょっぴり切れちゃったかな?」
惜しかった・・・・、じゃなくて危なかったね、とアシュレーは朗らかに言う。
「――――!!」
声ならぬ悲鳴が、メイディアの夜に響き渡った(?)
馬車は定員オーバーだったので。乗れなかった者は、徒歩でマチルダ邸へ向かった。
「あんな男ばかりじゃない。あれは少々特殊だ」
「俺らの事まで嫌いにならないでくれよ、ミーアたん」
スレインと紫狼の発言に、ミーアが苦笑。女子達の励ましのおかげで、だいぶ彼女は元気になってきていた。
「わかっています、大丈夫ですよぉ。本当に・・・・、助けに来てくださって、ありがとうございました」
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屋敷の庭。男は、闇の中歩いてくる怖い美少女を見、ひ、と悲鳴をあげた。
「・・・・再犯は、罪が重いわ。妄想と現実の区別がつかない、おバカさんは・・・・」
そこに、茜の詠唱したシャドウフィールドが広がる。その闇の中、貞子はにぃぃっと、微笑い。近づき手を翳す。
「イッペン死ぬしかないわね・・・・?」
「ひぃぃ、ま、魔物!?」
失礼な男である。
まぁその迫力にビビっていたのは、男だけではなかったけれど。
「マチルダさん、では」
「よろしくね、煉淡君」
執事達が鏡を運んでくる。灯りを片手に。冒険者(男)達に押さえつけられ、鏡の前に引き摺られてきた男は、かたかた震えながら。戸惑い顔で鏡を見た。
煉淡が手を翳す。男の体を、淡い光が包み。
みるみるうちに、縮んでいった。
ミミクリーの魔法である。
それは、ぷぎい、と鳴いた。
マチルダがぽんと手を打つ。
「これはいいわ」
その首をがしっと掴み、女傑は覗き込む。
「まるまるした豚ねぇ。グリフォンは今夜は食事抜きで、屋敷の裏にいるのよ。さぞかし悦ぶでしょうよ」
右手には生みだされた、鮮やかな炎。
「それとも、焼いてあげる?」
「ぷぎ―――!!!!」
「いい。――誰かを力づくでどうにかしようなんて男は、私が骨の髄まで燃やしてやる」
「ぷぎぃぃ」
「次にやったら焼き豚よ。忘れないことね」
がったがった震える豚を見て、ミーアが呻く。
「ま、マチルダ様、もう・・・・その辺で」
「あんたって子は! 自分の貞操が危うかったってのに」
後ろから抱きついて。
「マチルダ様達や、皆さんが心配して助けてくれたから、もういいんです」
「ミーア」
感動の場面は、がたがた震えている豚のぷぐぷぎっという鳴き声のせいで、台無しな感じだった。
まぁ、ともかく?
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かくして。心身ともに衰弱した変態は、保安隊へ引き渡された。
美雲が男の耳許で囁いた通り、彼は当分出てくる事はないだろう。いつか出所したら、もう少し全うな人生を歩んでほしいものだ。
「まぁ、犬に噛まれたと思って」
報酬支払時、アシュレーより差し出されたのは、呪い返しの人形。シュールな見た目に似合わず、効力はありそうだ。ミーアは苦笑いしつつ受取り、礼を告げた。
春。それは変態さんの出てくる季節。何か困った事があったら、冒険者ギルドにご相談を。
力強い冒険者達が、あなたの窮地を救ってくれるに違いないのだから!