【邪精の影】――娼館で紡がれる悪意――

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月14日〜05月20日

リプレイ公開日:2009年05月22日

●オープニング



●取引
『申し訳ありません、―――様には私のような身分のものなど。不相応で。恐れ多い事です』
 はにかんだ笑顔が可愛かった使用人の男は、たった一晩の誘いを無様な程真っ青になって断った。その挙句、まさかと思って調べてみれば後日侍女の娘と密通しているのが解り――二人共々即刻解雇してやった。
 頬にミミズ腫れが生じる。無意識のうちに強く掻きむしっていた――ようだった。
「綺麗に‥‥なりたいっ」
 誰もが振り返るような、美しい娘に。醜いからといって、侮られるのは許せない。好意を寄せていた相手であれば尚更。涙が滲む程。強く強く――それを願う。
「可哀そうに」
 窓から――声が聞こえた。窓枠に腰を下ろし。歪めた顔のまま振り返った貴族の娘を。女は同情した様子で、憐れむよう見つめた。
 そこにただ居るだけで嫉妬してしまう程に、美しい――妖精。
 珍しい銀髪の黒の裾の長いドレス、完璧な造作を得ている女だった。
「‥‥貴女の望み、叶えてあげましょうか?」
 唇の端を持ち上げ。彼女が口にした提案は、あまりに甘美で。
 ただし、望みを叶えるには。ある、対価が必要だという。
「必要なのは――貴女の魂の一部。それと、100人分の魂を、集める手伝いをする事が条件」
 女は、カオスの魔物なのだという。さすがに度肝を抜かれた娘を、心を絡み取るように。巧妙な話術でたたみかけ。とどめに、女は、目の前で様々な物に化けてみせた。
「ね? 私達の仲間になれば、美しい娘の姿を得る事など――いとも、容易い事ですのよ」
 その妖精との出会いが、危うい均衡を保っていた彼女の精神の糸を切っていく事になる。
「復讐してやりたくはありません? 貴女を傷つけた全ての者に。この、世界に」
 他者の命など、塵芥のようなもの。取るに足らないものである―――と。
 本当はいけない事なのかもしれない。けれど望みを叶える為にどうしても対価が必要であるというのなら、自分を蔑み傷つけてきた者達を犠牲にして、一体なぜいけないのだろう?
 鏡に映る自分をぼんやりと見ながら、あの【言葉】を思い出す―――。
「仕方ないわよね」
 落ちくぼんだ目。丸い鼻。薄い唇。鏡を覗きこみ、ぷりぷりとした頬を撫でて。娘は――にっこりと微笑んだ。


●娼館の女
「今でも降り出しそうな、天気ですねぇ‥‥やになっちゃう」
 赤毛の十五歳程の娘――ミーア・エルランジェが。寝台の上で上半身を起こしているその女性に声をかけるものの。彼女から反応は返らない。菫色の美しい瞳は、焦点を結んではいない――。
 この子爵領を蝕む禍の元凶――その一味にデスハートンで魂を強奪された彼女、ロゼ・ブラッファルドは普通に生活することも、ままならない状況に置かれていた。
 奪った相手は旋律を奏でる者、という貴族の男の姿の魔物。ロゼの相棒のクインや縁あってついてきたコロナドラゴンのパピィ、そして冒険者達がその魔物を追い、魂を取り戻そうと力を尽くしてくれている。イムレウス子爵領、首都オリハルクより海を挟んで浮かぶ大きな島――カゼッタ島にて。シフール便すらも途絶えて久しい、あの島で。今彼らの身に起きている事の詳細を、うかがい知ることはできないけれど。彼等は大丈夫だ、とみずからを励まして。少女はロゼに、話しかける。
「大丈夫ですよぉ、皆さんならきっとロゼさんの大切なもの、取り戻してくれます!」
 一生懸命言い募る友人に、ロゼは微笑して。それがとても、儚く見えて。そのあまりの弱弱しさにミーアは胸をつかれた。
「‥‥皆さんとっても強いんですから! ほら、寝てください。無理しちゃ駄目ですよ」
 その時だった。扉が、些か乱暴に開く。
「‥‥ミーアさん」
「ラスさんったら、一体何事‥‥」
 ラスティエル――通称ラス。本来はにこにこと愛想のよい十三歳程の少年だが。今は、ひどく青褪めている。
「こ、怖い顔して、何事ですか? びっくりするじゃありませんか」
「悪かったな、ミーアちゃん。驚かせて。ったく、余裕がない弟子で嘆かわしい」
 少年の後ろから。軽くウェーブがかった肩程までの黒髪に、不精ひげの男は嘆息しながら、部屋に入ってきた。
「お師匠」
「エドさん‥‥。でも、あの。一体?」
「単刀直入に言う。『あいつら』がまた動きだしたみてぇでな。ただしこの子爵領ではなく――王都メイディアの南西、馬で二日程の距離にある港町でだ。――つい今しがた、マチルダからの文が届いた」
「マチルダ様から? ステライド領で起きたことをわざわざ知らせてくれた、と?」
「マチルダの知己が住んでいるだけじゃなく。俺とラスに関わりのある街でな。それを覚えていてくれたようだ」
「‥‥?」
「そこにも書いてあるが、街の名前はリーゼル。商業都市の異名をとる、物流が活発な街でな。かつて、魔物の被害が出たが現在は落ち着いていた。が、そこで最近また、変な事が起きるらしい」
 唇を硬く噛みしめ、俯いているラスの様子が気になるものの、ミーアは問い返す。
「変な出来事‥‥?」
「デスハートンによる被害だ」
「また、ですか‥‥!!」
「お馴染みの邪気を振りまく者の目撃証言。広い街で、神出鬼没で現れ魂を奪う。ただ――今回その魔物だけでなく気になるのは、娼館で続く事件だ」
「しょ、娼館?」
「そう。夜来た客が、翌朝魂吸い出されて廃人になって転がっていて。犯人と思しき女は消えてるんだとか」
 ミーアが唖然とし、ほんの少し顔を赤くした。その反応に、エドが頭をかきむしった。
「‥‥ますます若い娘さんに聞かせる話じゃなくなってくるんだが。でかい港街ともなれば、娼館はごろごろある。場所が場所だけに、事件が明るみになるのが遅れたらしいが――既に五十人以上はやられているらしい」
「その女性がもし娼館を渡り歩き犯行を重ねているというのなら。その容姿も知られている訳ですよね? なぜ捕まえる事が出来ないんです?」
「ある時は金髪美女、ある時は黒髪の美少女、等など。起こす事件は一緒、だが女の容姿は異なる」
「そ、それって。複数犯? でも」
 共通点は、皆並はずれて美しい女であるということ。
 遺族も、場所が場所故に事を公にするのを嫌がって―――事が明るみになるのが、これ程に遅れたが。もう一月前程から起き始めた事件らしい。
「あの、でも。私はロゼさんを放っていくわけにはいきません」
「――判ってる。俺が、行くよ。ミーアさんは師匠とここに残って、俺の分もロゼさんを護ってあげて」
「ラス君が?」
「リーゼルの港町。そこは、俺の故郷なんだ」
 邪なる妖精と因縁が生まれた、始まりの地。ラスの顔色の悪さの意味に、ようやく納得がいった。

●今回の参加者

 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea9026 ラフィリンス・ヴィアド(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec6386 白 宵藍(19歳・♀・僧兵・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

●始まりの地の、物語
「協力してくれてありがとう。よろしくお願いします!」
 依頼人のラスが元気良く挨拶してきた。無造作に切った茶の短髪、身長もまだそれほど高くはない。色白、そばかすが浮いたその顔立ち―――だが、一年前とは見違える程大人びて来ている。
 彼と初対面である者達は、少年に自己紹介を。その中で白宵藍(ec6386)もまた、礼儀正しく挨拶する。
「僕は、黒の僧兵の白 宵藍です。よろしくお願いします」
「えっと。ばい、しゃおらん? 」
 言い難ければ、しゃおらん、と呼び捨てで構いませんよと笑う。僕、と自らを呼ぶ相手は、しかしラスとそう年の変わらない少女のようだった。
「宵藍だな。よろしく」
「はい(にこり)」
「あらぁ‥‥何だか仲良さげね。少し妬けちゃうわね‥‥??」
 ラスに大変な事あれば危険な場所だろうと憑いて、いや付いてきてくれる忌野貞子(eb3114)の発言。何やら周囲に漂う暗黒オーラが子犬ちゃんの所有権を主張している。びっくうと肩を波打たせる宵藍。当のラスはどうしたの貞子さん、と呑気なものだ。
「‥‥目立ってますね」
 とは神聖騎士のラフィリンス・ヴィアド(ea9026)が。さりげなく無関係を装うレインフォルス・フォルナード(ea7641)(ぉ
「まぁまぁ、さて、立ち話もなんですし!」
 行きましょう、と促すシャクティ・シッダールタ(ea5989)。うん、とラスは神妙に頷いて。
「俺の街まで大体馬車で二日弱――状況が状況なんで。少し急いでいこうと思うんだ。――皆の事が、心配だから」

 *

 馬を所有している者は自分のそれで、またギルドから借り受けた馬車で途中、休憩を挟み現地へ向かう。
「もう‥‥一年程前になるかしらね? ラス」
「うん。あ、ええとね」
 以前の事件の事。事情を知らない者達はその話に聞き入る。以前街では宝石を所有する者――主に宝石商が狙われる事件があり、強奪された品はかなりの数に上った。
 多数の物品を売買する高名なアーク商会。ある事情により、その犯人を誘き寄せ捕獲を試みた。しかし、真犯人は他にいた。偶然出会った者達を、ラスを巻きこみ。商業都市を混乱と恐怖に陥れた者は、ある妖精だった。
「結局のところ、あの剣自体が凄い魔力を帯びていた訳ではなかったんだ。傍についてたその魔物が、魅了の力で男を操り犯行を重ねさせていたんだって事が後で判って」
「邪なる妖精‥‥だったか」
 レインフォルスが呟く。彼もまた、その事件に深く関わっていたからだ。
 娼館に現れる謎の美女。後に残るのは衰弱した男。
「直接の関わりはないとは思うんだけど‥‥。少し嫌な感じがするんだ。俺の故郷で起きている事件だからとも思うんだけど‥‥」


●情報収集
 保安隊の詰め所は煉瓦作りのそれなりに広い建物だった。冒険者ギルドより来たと告げると。奥の応接室へと通され、後に保安隊の副隊長が現れた。皆挨拶も早々、不明な点を尋ね始める。
「その謎の女が現れた娼館では、魔物も同様に姿を見せるのでしょうか?」
 まず、そう切り出したのはシャクティ。その魔物の使用魔法に関しては、ラスと貞子が仲間達に伝え済みだ。
「いえ、今のところは。翼の生えたその魔物は、街の各所で見られるが女と行動を共にしている話は入っていません」
 一度被害が出た娼館は襲われているか―――答えは否。
 襲われた娼館からの女の足取りについては、不明。
 事件の起きる娼館は、飛び石。予測は不可能との事。
「ただ、一度襲われた娼館が再び襲われていないなら、絞り込みも容易いでしょう」
「当初我々もそう考えまして。被害の出ていない残りの50軒に関しては、把握したのですが。一応働きたいと言ってくる美しい女には厳重に注意するよう、全ての店に警告もしました」
 苦い口調だ。相手も商売だ。金蔓である商売女の受け入れを全て拒絶する訳にはいかない、というところだろうか。事件は警告の後も続いてしまったらしい。
「その女性に関して、他に何か情報は得られてはいませんか」
「残念ながら。それがですね。店に現れる女の服装、外見が違う以上、別人と判断するのが妥当なんでしょうが。被害にあった男はまったく同じあり様ですし。で皆訝しんでいるんですよ」
 そうですか、とラフィリンスは思案するように黙り込む。
「‥‥その、翼のある魔物は、やはり現れるのは深夜‥‥なのかしら」
「ええ。さすがに白昼堂々、ということは」
「そう‥‥ありがと」
「では、次は俺だな。あんた達も知っての通り、一年前この町で宝石商らを襲う傷害事件が起きただろう。あの時の事件には魔物が絡んでいた。今回も翼ある魔物の被害が出ているってことだが。娼館を渡り歩く女に関して、魔物絡みだとか言う話は出ているか」
 レインフォルスは、忌々しいあの事件の事を強く意識している為か、このような聴き方をした。
「客を見ると、女が魔物のような技を使い犯行に及んだに違いないというのが、我々の見方です。ただ」
 そうは確信しているものの、真相は不明、との事だ。
「あの。僕達に、被害が起きていない娼館の場所へ、案内してくれる方を一人つけて頂く事はできないでしょうか?」
 宵藍が頼む。その要求が通れば、虱潰しに店を尋ね歩くより遥かに時間短縮になりそうだった。副隊長は頷き、案内人を一人借りれる事になった。

 *

 幾つか娼館を尋ね歩いた後のこと。
「‥‥なんだ、働きに来たんじゃないのかい。その話なら、保安隊の奴らからも言われたよ。さ、商売の邪魔だ。まぁ、お前さんが客になるってんなら、話に応じてやってもいいけどね」
 ある娼館の女主人の含み笑いに、ラスが真赤になる。これはまずいわね‥‥と、すかさずラスを後ろに下がらせた貞子。ずい、とシャクティが前に出る。
「被害者をこれ以上増やさない為にも、ご助力願いますわ」
 状況を説明し、協力の説得を試みるシャクティ。雇った商売女が客を殺しかけるなんていう悪評が広まったら、店の立場も危うくなるのでは、とシャクティに言われ。――女もまた、最低限は協力を約束してくれた。すなわち。妖しげな美しい女が自らを売りに来た時には。保安隊に連絡を入れると。
 保安隊の男性の案内のもと、一軒一軒を回り。全て回ったところで、彼とは別れた。警護の仕事に戻るとのことだ。
 夕刻に差しかかる頃。生業の酒場店員としての知識と話術を生かし、同業者を中心に酒場にも回り、聞き込みを行っていったレインフォルスが、有益な情報を拾ってきた。
 それは最近この周辺で広まりつつある、一つの怪談とも言うべきものだった――。

「私、綺麗? と尋ねた後。美女は、醜女に姿を変えるのだそうだ。それで少しでも動揺したり、逃げだそうとすると魂を奪われるらしい。だから最近、娼館ではあまりに美しい女は買わないようにしよう――そんな動きが男達の中で出始めているのだとか」
 レインフォルスはいつもと変わらないクールな調子で、そう告げる。その振る舞いからは仕事が終わったら、客としてどこかの『店』に行こうなどという考えは微塵もにじみ出ていない。見事だ。
「‥‥美女は買わない。のだとすると。それを犯人がもし知ったのであれば、どうするか‥‥ですわね」
 シャクティが言い。仲間達が考え込む。
「‥‥俺、念の為ちょっと調べてみるよ」
「‥‥竜晶球?」
「うん」
 問う貞子に応え。龍の姿が浮かび上がる宝石がついた指輪に念じる。使用者を中心に直径100メートルの範囲に魔物がいれば、光を放ち。近づけば一層強く発光する。ただしかなり力を消費するのでラスには多用はできない。
 煌めく光に、皆が身構え周囲を見渡す。白昼に比べ少しずつ夜の町の色濃くなる歓楽街、魔物の存在を探知した。
「さっきの話だと、女と邪気を振りまく者は別に出るみたいだ。どう行動する?」
 と、ラスが。その点は考えてこなかった仲間達は言葉に詰まる。
「まず、女を追いましょう。その指輪で感知した方へ、先に」
 ラフィリンスが毅然と告げ、皆頷く。
「客として接触したほうが、いいでしょうかね」
「あのさ。これ、長く持たないんだ」
「大丈夫。ならば、私が神聖魔法で魔物を探査しますから」
 安心させるようラフィリンスが。
 そして二人の協力で魔物の居場所を突き止め。その派手な彩色の娼館を前に、皆が驚く。
 それは先程、女性達を店で働かないか、と勧誘した女主人がいる娼館だった。
 小麦色の肌に豊満な体つきのひらひらとした服をまとった女は、荷物を抱え鼻歌交じりにその店に入っていこうとする。
 レインフォルスがその手を掴んだ。にこ、と愛想よく笑い。
「きゃあ美形さんvv 今晩あたしを指名しない?」
 しかし、彼の後ろにいる、一般人ではない様子の女達に、ぎょっとする。
「なななんなのよぉ」
 手短に、5人を代表してシャクティが自分達が冒険者であることを明かす。そして状況もざっくばらんに話した。
「‥‥と、いう訳なんですの。最近この店に入った新人さんがいらしたら、教えてくださいません?」
 女は考え込み―――。
「ん、いるわよ」
 でもあの子は。まぁまぁ可愛いけど普通の子よ? と女は逆に聞いてくる。
 しかし魔物の気配は、間違いなくあの店からする―――。見過ごす訳にはいかなかった。


●客として
「上手くいくでしょうか」
 宵藍のごく小さな呟き。うまく配置した衝立の後ろに身を隠して。し。とシャクティが唇に指を立てる。もう一つの衝立の後ろには、レインフォルスと貞子、ラフィリンスが膝を折り、息を潜めている。

 *

 灯り一つしかない、薄暗い部屋に入ってきた若い娘。宵藍に少し外見が似ている。ただその髪は少し灰がかっていて、瞳も彼女程鮮やかな青ではないが。
「指名してくれて、ありがとう」
 大きな寝台の上に正座している少年を見て、笑みを深くする。
「可愛いお客さん。ね、私、綺麗?」
 そう尋ね。寝台に乗りにじり寄り――動きを止めた。
「‥‥俺に力を貸してくれた人が、情報を拾って来てくれたんだ。綺麗な人が、違う姿に戻ってその質問をするって話を」
「‥‥!?」
「君からは、やっぱり。魔物の気配がする」
 そうはっきりと言う少年の指には輝く指輪が。冒険者達が少年の傍に駆けよった。既に臨戦態勢である。
 成程ね―――、と女は呟き。
 武器等を向け、睨みつけてくる者達に。女は失笑した。
「私は、魔物じゃないわよ」
「ラス君に近づかないで」
「‥‥呪われたくなかったら‥‥大人しくするのよ」
 警告するラフィリンスと貞子。
「‥‥。いいわ。戻して」
 女からは飛び出した二つの影があった。邪気を振りまく者。細い指先が、肩にとん、と触れる。身体の線が歪んだ。そこにいたのは、太りぱんぱんに膨れ上がった顔に、その肉に目も鼻も埋没しそうになっている――そんな容姿の女だった。
「では。私、綺麗? 正直に言っていいわよ」
 仲間が聞いてきた噂話が、皆の脳裏をかすめる。

「それがあなたの本当の姿なら、俺はその方がいいと思う」
 ラスの真摯な言葉に。
「‥‥何を」
 喘ぐように呟き。
 ラスは真っ直ぐに女を見る。
「‥‥嘘、嘘。男は綺麗な女の方が好きなのよ。‥‥皆そうなのよ!!」
 暴れ、喚きだした女に。シャクティが短く詫びた後、みぞおちに一撃をくらわせた。勿論加減している。女は寝台に倒れこんだ。
 直後、翼ある鬼が両断される。レインフォルスが切り裂いたのだ。ラフィリンスがその剣で片方の魔を裂き、宵藍もまたブラックホーリーで攻撃を試みた。
 二匹とも直ぐに倒される。 
「‥‥貴女も、魔物に唆された哀れな犠牲者なのね? ‥‥ならば終わらせてあげるわ」
 と、貞子が。シャクティが女を仰向けにしてやり、乱れた髪を一度撫で立ち上がる。皆、娼館の外へと飛び出した。女と『邪気を振りまく者』もまた、繋がっているのが明らかになった。

 *

 ラフィリンスのディテクトアンデッドと。途中で行き合った保安隊より情報を得て。魔物が現れているらしき場所へ皆は急行する。
 シャクティとレインフォルスは前衛として襲ってくる魔物と対峙し。一部の飛翔し逃げた者はファイアーバードでその身を焼いた。
 派手に立ち回りをしていると、どこからともなく魔物は応援に駆けつけ、一時、辺りは騒然となった。ラフィリンスは既に狂化を起こし、乱暴な言葉を投げつけながら、スマッシュや、バーストアタックを使用し。降下し襲ってくる敵を、高笑いと共に葬っていく。事前に聞いていた仲間達は、その様子を見ても動じない。貞子はアイスコフィンで敵を氷の棺に閉じ込める。ラスもストーンで魔物を封じ、まだ戦いに不慣れな宵藍も慌てず、そのブラックホーリーを敵に放って前衛の援護を行った。殆ど反撃される前に倒されていったが、放たれた黒炎でラスが怪我をし。宵藍はすぐさま持っていた回復薬を使用し傷を癒した。
 敵を葬るラフィリンスは目立つ。遠巻きに戸惑ったように見ている者達があらぬ事を言い始める前に、と。シャクティはその腕で彼女を強く押えこむ。放すよう、高圧的に命じ暴れた末、やがてラフィリンスは大人しくなった。
 ラフィリンスやラスの力が続く限り、また保安隊からの情報を元に、その晩彼等は魔物を捜し、奔走し。相当数の魔物を倒した。広い街だ、全てかどうかは不明ながら。このリーゼルで起きている怪異を鎮めるのに、彼らが大きく貢献したのには間違いない。
 だが。人から奪い取った魂は、彼らを倒した後も出てこぬまま。
 あの女の身柄は、保安隊へと預けられた。


●遠ざかる、影
「子爵領の地ではデスハートンの被害を続けて出す訳にはいかないからねぇ。遠くまで、出稼ぎ御苦労さん。おい、どした。不機嫌そうな顔をして」
 袋の中には沢山の人間の魂。それをしかと持って、大きな翼ある獣の姿をした魔が笑う。
 銀の髪の美しい妖精は、じっと眼下の街を見下ろし。唇を歪め。ふい、と顔を背けた。
「本当に、来るとは」
「はぁ?」
「別に。‥‥帰りましょう」
「百人分集められなかったからってそんな顔すんなよぉ。待てって! サラ!」

 *

 事件解決の後。夜分ではあっても、ラスの実家では彼の母親が冒険者達を迎え入れてくれた。ラスの友人と親も交えて、その翌日、食事会が催された。ラスの親友アルの父親は、リーゼルにアーク商会あり、と言われる、その取締役である。冒険に役立ててくださいと差し出されたそれを、冒険者達はそれぞれ丁重に礼をいいつつ、受け取った。
 あの女性はこの街に住む、ある貴族の娘だったそうだ。事件の事は彼女は何も覚えておらず、娘も魔物に狙われた被害者だと、両親が主張しているらしいが―――。
「あの人、可哀そうだね」
 ラスは呟いた。心の闇を囚われ人の道から外れた事した、ひと。
 女のあの時の叫びが、皆の心に残っていた。事件は一応解決したが―――加害者であり被害者である女の事を、皆は当分忘れられそうにはなかった。