【流転の章】終焉に向かう島 ――幕間――
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■イベントシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:13人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月21日〜05月21日
リプレイ公開日:2009年05月29日
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●オープニング
始めは一時の事なのだと、誰もが思っていた。賢君と名高い、イムレウス子爵がこのような島の惨状を、放置する筈がないと。眠り病が相次ぎ、また廃人同様になり衰弱していく者達が溢れ、状況が悪化の一途を辿っても、人々は待っていた。島に閉じ込められた彼らを、助けてくれるべく子爵が指揮をとり、船団を率い、首都オリハルクより救援の為訪れる事を。
けれど、期待は裏切られ。海上にその姿が見える事は、決してなかった―――。
助けを求める為、出ていった船は一隻として戻ってくる事はなかった。彼等は島の者達を裏切ったのか、途中で不幸な事故が起き首都へ、辿り着くことができなかったのか、島の民には真相は判らぬままだった。
確かなのは、このまま行くと。残された彼らが――遠からず死に絶えるだろうということ、だった。
生物が消え行く島は、終焉に向かう呪われた地に相違ない、そう口にする者も多かった。
かつて。子爵より島の統治を任されていた由緒正しき貴族、ディオルグ家夫妻が過去に行ったとされる悪行、13年前にも同様に魔物が出、人々を苦しめた。此度の事も、彼らがもたらした禍によるものなのだ、と囁く者もいた。
けれど重い納税を強いる事無く、島の民の為に力を尽くし、穏やかな統治を行ったディオルグ家の当主は、あの事件が起きるまで民に敬われていた。彼と、その妻である人を惹きつける魅力に溢れた優しげな夫人は――島の民に愛されていた。それを、覚えている者も多い。
何かの間違いだ、と信じたくとも。現実にあの時も、今も、この島には魔物が溢れている。
愛憎は、表裏一体だ。慕わしく思っていればこそ、裏切られた時の失望は、大きい。
東の聖都オレリアナ、西の聖地、カゼッタ島とすら言われた程。この島は精霊達の多い、神聖かつ穏やかで平和な土地だったのに、変わり果ててしまった。
かつてのディオルグ家、そしてイムレウス子爵に裏切られ、カゼッタ島の民は深い悲しみと、怒りの中にあった。
だが。
*
「今、ある女性と、この島を――あなた方を救う為戦っている人達がいます。とある少年より依頼を受け、王都より派遣されてきた、冒険者達が」
先日。港町アゼンダにて、そう励まし民の治療を行っていった不思議の力を操る女騎士がいた。半信半疑の者達に、誠意をこめて説明を試み。彼女は、彼ら、冒険者らの仲間で。他の皆は、島を巣食う魔物と繋がっている、強大な魔物を――これ以上の魔物による被害を食い止めるべく戦い、奮闘していると告げ。彼らに戦いをまかせ、自分は単身で救援活動の為来たことも重ねて説明し、治療や取り憑いた夢魔を患者から神聖魔法で叩きだし、退治を行っていった。彼女は真摯に言い募った。絶望の淵にいる住人達に。
「あなた達の、この島の命運は絶たれていません。希望を捨てず、どうか気を強く持って下さい」
と―――。
*
そして今、長雨の続くカゼッタ島、港町に年の頃18程の娘が降り立つ。亜麻色の長い髪に、菫色の瞳が美しい、藍色のローブを纏う娘。だいぶ痩せてはいたが、その足取りは思いの外しっかりとしている。傍らにはまだ少年といって差し支えのない身軽そうな弓を手にした若者と、小さな竜の子供の姿がある。
味方にかなりの被害を出しながらも、誰ひとり命を落とす事無く生還した――。そう、先の激戦を終え。冒険者らの活躍があって、高位の魔物を島から、ひとたび追い払う事に成功した。彼らの後ろにいる者の『計画』が全て潰せた訳ではないが――事態は好転しつつある。
けれど、高位の魔物が去ったからといって、すなわち島に平和が戻った訳ではない。今尚苦しんでいる人々が、沢山いるからだ。ある女騎士が街の民を救う為尽力してくれたが、そして彼女が救った命も少なくはなかったが。一人で救える数には、限りがあるのは当然のこと。
だからこそ―――。
「では、打ち合わせ通りに――」
ロゼ・ブラッファルドは。改めて協力を申し出てくれた冒険者達に、よろしくお願いします、と頭を下げた。
この島にはまだ、謎がある。魔物達がこの地に執着した訳が、はっきりとは明かされてはいない。けれどそれよりも、今は。
―――どうか、一人でも多くの命を救う為、力を貸してください。
それが、彼女の願いだった。
●リプレイ本文
●感謝と新たな依頼
「皆さん、本当にありがとう。言葉で言い尽くせないほど、感謝しています」
ロゼが深く頭を下げた。小さな竜が、彼女が元気になった事が嬉しいのかずっと周囲をぱたぱたと飛び回っている。聖都からずっとこの調子だ。先日、デスハートンの被害にあった彼女、皆の活躍により犯人より魂を無事取り戻す事ができた。戦いに参加した者達、彼女に関わった冒険者らは皆回復を心から喜んだ。皆を危険な目に遭わせたという、ロゼの強い罪悪感を、払拭する程に。
微笑い――もう一度頭を下げ。真剣な様子で願う。
「それでは、打ち合わせ通りに―――。アゼンダの人達を。どうか一人でも多く助ける為に力を貸してください。宜しくお願いします」
●訪問
「では、行って参ります」
荷物を抱えぺこ、と頭を下げたルエラが、担当区域へと向かった。各家を訪問するのは彼女と、ソペリエ、クロードと宵藍の四人だ。宵藍は誰かの助手を、と名乗り出た為クロードの助手として同行する事になった。大きく三ブロックに分け回る。
「それでは私も引き続き、港町の人々の救助活動を。クロードさんと白さんが向かう方は、先日私が夢魔を落とした方が多くいらっしゃる方面です。夢魔の退治は行いましたが、調子を崩している方もまだ多い筈。診てあげてください」
「わかりました」
神聖魔法リカバーや、同様の治癒アイテム、精神的な不調を回復するメンタルリカバーは即効性のある、効果が見た目に明らかな不思議の技だが。病気や、生活環境の悪化による体調不良までカバーできる物ではない。医学が進んだ天界の医師として、彼に出来る事は多いだろう。
「クロードさん、僕達も」
よいしょ、と荷物を抱え直した小柄な僧兵、宵藍。荷物の中には、持参した回復アイテムの他、ひなたから預かってきたリカバーポーション、また渓より預かった毛布があった。彼女が持参した毛布を、四人で分けて持ち運ぶ。テントは流石にかさばるので、港に来た住人の中で必要な物に無償で渡す、と決まった。
「‥‥?」
「そうですね」
「クインさんが言っていた事を、考えているんですか?」
彼が言葉少ななのは、先程クインからアゼンダの町の医師が残っていないという、耳を疑う事実を聴かされたから、と推測したようだ。
過去を覗く者らが集中的に襲ったのは町の運命線を握る、そういった者達。
夢魔に憑かれて昏睡状態の末死亡した医師達の無念は、どれ程のものであったろう。
「でもここにはクロードさんがいて、僕達がいて。救える命は、沢山ある筈です‥‥と思います」
生来の気質が言わせたのか。宵藍は、率直な言葉で励ました。
「そうですね。前回お休みした分、尚更頑張らなくては」
「?」
首を傾げる宵藍に、少し笑いかけ。
「いえ。行きましょうか」
「はい!」
町は昔からのもの、道も総じて細くところが多く、ぐねぐねと曲がり、緩やかに坂の上まで伸びていた。その道に石造りの家が建ち並ぶ。訪問し彼らの為に尽力する役目を引き受けた皆は、手分けして救援の為奔走する。
●自分に出来る事を
臨時の炊き出し場が皆の手で作られ、そして広げられた布の上にあるのは、皆が持ち寄った保存食、回復アイテム、ワイン、等だ。飲むのではなく消毒用に提供された日本酒のどぶろくは、また別にまとめられている。
この町で数少ない、大きな開けた場所である港で、ひなたが炊き出しの準備を、巴とクリシュナが仮設テントを設置する。その中には簡易風呂も置く予定だ。住人らの体を中で清められるようにする。
島に残る魔物への退治を名乗り出ていたレインフォルスだが、ひとまず皆の行動が住人を第一に、という事である以上一人だけ魔物退治に向かう訳にもいくまい。さて、どうしようか悩んでいたところ。
「お手伝い、頼んでいいですか?」
「調理、のか?」
エプロンを身につけたひなたに笑顔を向けられ、尋ね返す。彼は酒場店員なので実は調理等も、かなりの腕前だったりするのだ。大いに活躍してくれそうではあるが、その前に。
「ええっと、お水が沢山必要なので、運んできて欲しいんです。ひとまず料理は私が頑張りますので、そちらをお願いできますか?」
「料理に使う以外にもかなり必要だな、‥‥了解」
と紐のついた桶を棒に引っ掛け、頷いた。
「さて。風呂に使えそうなタライは三つ、あとはオルドから借りた桶が‥‥十、か」
桶を地面に起き、渓が並べられた道具を数えた。先日ソペリエが訪問し魔物退治を行った区域に行き、彼女の仲間であると事情を話し、先程風呂用に借りてきた、大きな桶。
それにレインフォルスは、運んできた井戸の水を注ぎ込んでいく。桶を貸してくれた家の子が興味深げに周囲をちょろちょろとしている。だいぶ痩せてはいたが、先日父親が夢魔の眠りから覚めて家族揃って明るさを取り戻しているのか、目に陰りはない。
「あの、お友達とかも、呼んできていい? ここでご飯が食べれるよって」
「おう、いいぞ。ただ、今医者達が、家を尋ね歩いている。病人がいる家のガキは、その治療と診療が終わったら家族で来るように、伝えてくれるか」
渓の言葉に。うん、と頷き少女は家の方へ戻っていった。
「町の被害状況の確認はっと‥‥。これは、だいぶ時間がかかりそうですね〜〜」
ぐるり、と港町を見渡し。建物の破損等を持参したスクロールへ、技能を生かして記載し、後にギルドへ提出を行おうと考えてきたクリシュナではあるが。千を超える世帯を回るのはかなり大変だ、どうするかというところで若干悩んでしまった。じき、訪問を行っている彼らから話を聞いた者達が、どっと港へ押し寄せてくるだろう。火の精霊魔法の使い手である彼女の火種の提供、治療用の布等の煮沸消毒等。ヒートハンドはかなり役に立つだろうから余計に。
「わ」
とか考えていたら、静かだった町から少しずつ、人の姿が見受けられるようになってきた。
「おい、クリシュナ、手伝ってくれ」
仮設テントを立てた後、ひなたの手伝い、他諸々忙しく動いていた渓より声が。はいはいっと返事をし、駆け寄る。被害状況のチェックは後回しだ。皆が置いていった保存食等、救援物資を渡せるように準備も行って。レインフォルスが料理や様々な物に利用する水を、すぐ近場にある井戸からくみ上げてくる。
腕まくりをして。
「よしっ」
気合いも十分。同様に借り受けたテーブルに、まな板を置いて。オーガフィッシュ(鬼面魚)、ソール(シタビラメ)、パーチ(小スズキ)、フライングフィッシュ、ボニート(小カツオ)、マクラル(サバ)、マクラル(小サバ)といった、持参した魚を取りだして。重ねて準備していた枝に火をつけ、そこにクリシュナに火を付けてもらい、持参した調理器具をフル活用し、鍋も設置。大きな鍋に、水を張る。
野菜の提供は難しいかもしれない、と依頼主の相棒のクインが、ひなたに告げた。悪天候が続き食糧難は深刻化している。皆自分と家族を護る為に、貴重な食料を提供するに踏み切る事はできないだろう、と。
『ただ、皆が町の奴らの為に総出で力を貸してくれるって判ってくれれば、―――もしかしたら協力してくれる奴は出てきてくれるかもしれねぇよ』
「了解ですよー、クインさん」
その言葉に励まされ、ひなたはよし、と気合いを入れる。塩味のスープ、自分が持参した魚を入れればそれで一品。船乗りのオルドとその仲間達が、皆でどんどん魚を釣ってくる、とひなたに約束してくれた為、材料の残量を今すぐ心配する必要はなさそうだ。
大変な思いをして日々を耐えてきた彼らのお腹を、満たしてあげたい。少しでも元気が戻るように。
「(小町流花嫁修業目録、美芳野 ひなた‥‥行きます!!)」
彼女は、凄まじい勢いで次々魚をさばき調理していった。
*
怯え身を寄せ合う家族に、家から出ているよう告げて。魔物に憑かれないよう、レジストデビルを自身に施し、神聖魔法のクリエイトハンドを使用する。
霞のようなモノが、横たわる女から出てきた。ソペリエは大分見慣れたが、やはり奇異だ。憑依を試みるが、防御は万全。ソペリエの体に入る事が出来ず、魔物の目論見は失敗する。
「トゥシェ!」
カウンターアタック、スマッシュ等の合成技で攻撃するが、形状的にスマッシュの効果はやはり薄い。COを一つ一つ通常通りの攻撃に切り替え、魔力を帯びたその武器で夢魔を倒していった。完全に消えた事を確認し、外で待っていた家族に呼びかける。
「入っても大丈夫ですよ」
駆けこんできた子供達、夫はソペリエに頭を下げ、瞼を持ち上げ薄く眼を開けた妻に、感極まったように泣きだした。そっとソペリエは扉を閉め、家後にした。―――他にもまだ助けを求めている人が、大勢いる。
「‥‥!?」
そして何気なく空を見、変化に気づいた。
*
少しでも環境を衛生的に出来るように、と。訪問先で掃除などを申し出て必要そうであれば、持参したハタキなどを利用し、溜まった洗濯物なども積極的に、進んで洗い。籠を持って屋根付きの洗濯物干場に出た時。彼女は、目を見張った。
「空が」
上空で強い風が起きたかのように、一気に暗雲が吹き払われていく。冷たく降り続いた雨は途切れ、差しこんできた陽精霊の光を受け、キラキラと輝いた。重苦しく暗い雰囲気が漂っていた港町―――窓から差し込んできたそれに、驚き家から飛び出してくる者。その声が耳に届いた。
それを見て、想い出す言葉があった。
「(この天候を、何とかしますね)」
「ロゼさんが、何かをした?」
ルエラが空を振り仰ぎ、呟く。
雲が遠ざけられた空に、皆が驚く。港へと話を聞きつけ訪れた者達も、持参してきた椀に汁物を注ぎ入れていたひなたも、列を作る者達を順番に風呂に入れてやっていた渓やクリシュナも、必要となる水汲みを一挙に引き受けていたレインフォルスも―――。
皆が、その劇的な変化に息を呑んだ。
●青空
町外れの、聖堂に立ち寄ったロゼ達。用事を済ませ建物を出たところで、杖を握る。陽の光を閉じ込めたかのような、淡い金の輝きをまとわせる輝石。ひときわ強い輝きを帯びた。
代々イムレウス子爵家に伝わる秘宝で、前の持ち主は現子爵の母親。今は巡り巡って、ロゼの手元にある、オリハルクの輝石と呼ばれる物だ。
イムレウスの血族、精霊力の強い女――子爵の妻が継ぐ事が慣例になりつつあったもの。継承した者だけが、使う事を許されていた石。
「‥‥もっと早く、こうしていれば良かった」
一気に晴れていく空。
目を疑うような光景に驚きながらも。彼女の悔いた様子、そして零れた言葉を。皆聴かぬふりをした。事実そうであっても、彼女を追い詰める必要はない。
これを使えばロゼが島にいると、魔物達に声高に主張しているようなものだった。しかしだからといって使用を躊躇った事が、本当に悔やまれる――そう考えているようだった。
ロゼの苦い思いとは裏腹に、空は美しい青色を取り戻していた。
●救援
アゼンダ以外の村も、沿岸部に点在しているという。島の中央に、東西に連なる峰があり。そこを境に、南部の町で周知の通りディオルグ家の終焉と共に、他幾つもの村が消えている。
「改めて。僧兵の導蛍石と申します。よろしくお願いします」
「ロゼ・ブラッファルドです。協力してくださって、ありがとう。よろしくお願いしますね」
「それでは――」
蛍石と煉淡は頷き合う。道中、交互でディテクトアンデッドを使用し、魔物の居場所を突き止める事になっている。
紫狼、アマツ、煉淡、蛍石――そしてエイジスは。ペガサス、他グリフォンといった騎獣を駆り、ロゼの護衛兼、他の村の救援の為行動していた。
途中、ビースト系のモンスターの襲撃も受けたが、見慣れぬ者達に攻撃してきただけであって強い殺意はない。魔物ではないそれらを、深追いせず皆、追い払うに止めた。ロゼの体調を気遣っての事だった。
そうこうしている内に、魔物の気配を掴んだ蛍石がその事を皆に知らせるが、皆の予想通り現れた魔物は雑魚。敵ではなかった。
「へへへへーどんなもんだいっ」
強敵達を前になすすべもなく海に落ちていく邪気を振りまく者を見て、はしゃいだ声を上げるのは紫狼だ。
「紫狼、お前空中戦あまり得意じゃねぇんだから、無理すんな! 無茶はもう少し余裕ができたらにしろ!」
戦おうとして密かに落ちかけた冒険者に、気付いたクインから突っ込みが入る。ああ、他の冒険者達は見て見ぬふりをしていたのだが。
「うぐぐっ。なんだよー、チームヘタレーズ改め『ロゼたんラブラブ親衛隊』の仲間だろ、なのに容赦ねえのな」
「そ、その命名やめろ!」
同乗しているロゼの顔を見れず、顔を赤らめ震えつつ抗議。当人は肩を震わせている。
ちびドラは満更でもなさそうに、からからと笑い。何とも微笑ましいやり取りに皆、笑みを誘われた。
皆はまた一つ、眼下に集落を見つけた。島に蔓延する、息の詰まるような静寂を吹き飛ばすような一団は、また一つの村を救うべく急ぎ降下していく。
*
その集落には眠り病の患者が二人いた。念の為魔物が憑依しているか確認をし、蛍石はクリエイトハンドでそれを叩きだす。霧の形状を取るモノ。ロゼらへの攻撃を防ぐ為煉淡がホーリーフィールドを、蛍石が憑依防止の為その場にいる者達へ、レジストデビルは施している。エイジスが剣で切り裂き、煉淡と蛍石が高速詠唱のホーリーで攻撃し―――討ち取った。
「お酒は心の澱を洗い流すのにいいからね。でも呑みすぎはダメだよ」
戦闘後エイジスがワインを寄付し、長老らがありがたそうに、何度も礼を言いながら受け取った。エイジスもアマツも、保存食等沢山のものをアゼンダに預けてきた。今彼らが持ち歩いているのは、他の村の事を考えて残していた一部である。
「(ふむ、紫狼のカラ元気を見習おうか)」
少しでも皆が元気になるようにとアマツが精霊招きの歌声を再生し、それを伴奏に、彼女も歌った。ずっと辛い事が続き疲弊していた民の顔色に、生気が戻り始める。その歌声を聞きながら、皆は各々出来る事をするべく行動を開始した。死者は既に死後何日も経過している者ばかりで、手は施せなかった。まだ救える命を、と煉淡と蛍石は気持ちを切り替え、リカバー、メンタルリカバーとリカバーで患者の心身を救うべく尽力する。また、ロゼのように夢魔の仕業でない眠り病にかかる者は、いない様子だ。
虚脱状態にあるものは、皆リヴィールマジックのスクロールで煉淡が確認、デスハートンの被害者と断定された。被害者の人数をスクロールに書きとめる。
先日倒した、首に縄をかけた死の幻を紡ぐ者を倒したあと転がり出た、白い球――戦場となったディオルグ家で回収された一部の魂は、アゼンダで先程立ち寄った聖堂に預けられている。しかしそこの司祭は魔物に殺害され、責任者不在の聖堂に残されたのはまだ見習いのような年若い巫女達が二人だけだ。けれど彼女達もまた、その魂の持ち主を捜す為に尽力する、とつい先刻も、ロゼらと約束してくれた―――。
「大変だと想うが、そこにある沢山の白い球の中で、このおっさんのもあるかもしれない。本人のもんなら、口元に近づければ吸い込まれっから。諦めず、当たってみてくれ」
クインが聖堂の事を教えると。僅かな希望を見出したのか、その家族達は馬車でアゼンダに向かう事を約束してくれた。
●推測
この島で何が起きているのか。魔は退け、眼に見える災禍による被害は、沈静化しつつある。だが、他にも何かあるらしい。グリフォンに乗り、島を見ながら。エイジスは考える。
「島の秘密か。たぶん精霊がらみだよね。なら精霊さんに聞くのが一番」
13年前の事件の際も、魔物が現れ精霊が暴れたと聞く。
「みんな、この辺りでなにかヘンな感じがする所はないかな?」
傍にいたチコリ――火のフェアリーはむうっと唸り。
「あるかな?」
まだ難しい事は話せないエレメンタラーフェアリーは、主の言葉尻を真似て話すことくらいしかできない。苦笑するエイジスの周囲を飛び回る。その代わって。陽霊――カモミールが答える。
「たぶん、島じたいが、お墓みたいなの」
「‥‥墓?」
「うん。でも、『こっち』の方が、なんだかもっと、怖いみたい‥‥今も」
顔をしかめ。ぎゅうっと抱きついてくるミスラに、あの時と同じ怯えを見たエイジスは。その頭を撫でてやる。私も、とチコリもひっついてきた。
「それ以外には、何かわかるかい?」
精霊達は首を振る。
「(精霊の祭壇のようなものが、ある?)」
住人達が生気を取り戻しつつあり、天候も回復し―――魔に呑みこまれつつあった島はその滅びへの歩みを止めた。一見そう見える。だが。エイジスは精霊の言葉に、嫌な予感を覚える。精霊が沢山殺されたと聞いた。陽霊達の怯えは、それに原因か。それとも。
「(もしかして、精霊が殺される他にも、魔物が溢れかえっていた他にも。何か起きつつあるっていうのか)」
●来訪
ディオルグの屋敷。破壊された扉の前に立ち、見上げ。彼女はぎゅっと唇を噛みしめ、足を踏み入れた。
「ロゼ、中にはお前が見るような物は残ってないぞ」
硬い声でクインが言う。
「うん」
「やめとけって言っても、やっぱり行くのかよ」
屋敷は彼女の記憶にあるものと、恐ろしい程様変わりしているだろう。ロゼは、魔物の放つ黒い火で焼かれた屋敷からエドに救出されて、その後一度もこの地に戻ってきてはいなかったのだ。クインと、皆の気遣いは聡い彼女には解る。それでも、頷く。
「うん。でも私は、見ないと」
「待って下さい。一応魔物の気配を探ります」
煉淡がディテクトアンデッドを使用。建物内、周囲から魔物の気配は皆無だった。それを聞き。恐る恐る、中に入り。やがて、彼女は駆けだした。足音が反響する。激戦の舞台になった、大広間へと。黒く煤けた内部、天井が開き、また壊れた窓、一部亀裂の入った壁から、陽の光が差し込んできている。
光差す場所に足を止めた彼女は悲鳴もあげず、泣き出しもしなかった。広間の奥、燃えて原型をとどめていない正面の壁にかかっていた絵画と思しきものを見、周囲を見、何も言わず見続ける。
「おい、ロゼ、大丈夫かよ?」
「‥‥気分悪かったりするか? やっぱ、外出た方がいいんじゃ」
「紫狼の言う通りだ。そなたは時に無理をし過ぎる。外へ」
「‥‥ありがとう。大丈夫」
そうして、呟く。
「ただいま」
と―――。
「あのキザミュージシャンは逃がしちまったけど。しっかし、ざまぁかんかんだぜ、あー‥‥名前わかんねー出オチの悪魔坊主! ま、いっか。‥‥お、見っけ」
屋敷の中、崩れ転がった石の影、隅など。見落としがないよう、皆で手分けして取り残した白い球が転がっていないか探し、回収していった。
「私も、皆が無事に生還できた事、憎き闇どもを追い払えた事。嬉しく思う」
アマツもそれを手伝いながら言う。想い出すのは、先日のこの地での闘いで旋律を奏でる者が残した言葉だ。招待とやらに関しては、クインからロゼに伝えられている。
「(いずれ先、子爵領を舞台に大きな戦いが起こるのだろう――)」
だが闘うだけだ。リンデンに巣食う宿敵を倒す為にも。自分の刃はまだ折れてはいないのだから。
時間が許す限り探し、十数個の白い球を拾い、皆はアゼンダに戻るべくその地を発った。
そして、飛行中。遥か遠く、海上にあるものを見つけた―――。
*
「美味しいです」
「ありがとう」
「こんな風に、お爺ちゃんの体をさっぱりさせてあげられたのは、久しぶり」
「本当に、ありがとう」
沢山の感謝の声。港の救護班達もつられて笑顔になる。港での活動がかなり忙しい為、魔物の残党退治に渓とレインフォルスは行けなかったが。彼らの喜んでいる顔を見ると、そちらは町を回っている皆に任せようかと思える。ひとまず自分達はここで、出来る事をしようと。途中から町の女達の協力が得られたので、クリシュナだけは町へ行き、住人らから得られた情報を元に倒壊しかけている家屋の確認などを行ってきた。危険を示す為ロープを張り、その住人らに、簡易テントなどを渡す。
このまま続けていけば、この町の皆の置かれている状況はかなり改善されるだろう―――そう想った矢先の事だった。最初に気付いたのはオルドだった。
夕刻。彼方からこの島を目指してくる、ゴーレムシップ。その、船団を。
イムレウス子爵がカゼッタ島を目指し、向かってきている。
冒険者らはぎょっとしてそれを見た。住人らからも、次々に戸惑いの声が、上がる。
「あんたらが間違った事をしてるんじゃねぇ。本当は逃げも隠れもする必要がねえが。あの嬢ちゃんが不在の時に。いや、あの子が居たら余計か。奴らと事を構えるのは不味いんじゃねぇか」
この島に住む者達を、絶望の淵にたたき落としたその手で、今度は救援の真似事をするつもりらしい。その相手への怒りと、深い困惑をこめ。海上を睨んだ冒険者らに、ロゼに深く関わったオルドは、今迫る状況に強い危機感を覚えるのだろう。重ねて言う。
「食い物は大体、配り終わっただろ。片付けをして、さっさとずらかるぞ。で、あの嬢ちゃんらと合流する。町に行ってる仲間達も、早く呼び戻したほうがいい」
オルドは自分の船を示し、そう冒険者らに告げた。
―――船団に気づいたらしい、急ぎ戻ってきたロゼらと合流し。回収した『魂』を聖堂の娘達に預け、冒険者らを乗せた船は子爵らと鉢合わせ寸前でその町を離れた。彼らが善を装う以上、直接対決をするのは、今少し先だ、と皆言い聞かせて。
民の目から見ても、明らかにしなければならない。禍の元凶が、誰であるのかを。
そして―――男のつけたその仮面を、剥ぎ取るのだ。