【黙示録】この空に 祈りは静かに放たれて
|
■イベントシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 83 C
参加人数:15人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月01日〜06月01日
リプレイ公開日:2009年06月09日
|
●オープニング
●経緯
イムレウス子爵領、聖都オレリアナ。王都より遥か西方に位置する、人口数千人、子爵領屈指の、いにしえより精霊信仰が盛んな土地である。
そこは数か月前、魔物達の介入により都の住人達と霊峰の精霊達の間に事件が起き、瞬く間に都を揺るがす動乱にまで発展した場所で。ある冒険者達と依頼主達の働きにより、事件は最悪の事態になる事無く沈静化。霊峰に住む陽の高位のエレメント、霊鳥ホルスを始めとする精霊達、そして人との絆は断たれず今に至る。
その後、ゲヘナの丘の魔女エキドナに攻撃を加える際、霊峰の精霊達が協力し。地獄への道を開き、祈りを捧げる場を提供してくれたのは。記憶に新しい。
その都に。大きな鳥、否。紫の鱗を輝かせる竜が、降下していく―――。
●竜と精霊
『我が弟が、あの娘にばかり担わせるのを嫌がっているといったのは、そなただろう』
「確かに言いはしたが。若は、段々長に似てきたようだ」
呵呵、と笑い。その後若きドラゴンの鳴き声にだぶって聴こえるのは、若者を思わせる男の声だ。
『それに、この都に住むものも、未来を自分で掴み取る権利がある。地獄で今なお戦いを続ける者達を助ける事もまた可能だと、誰かが教えてやらねばならぬ。ひとりひとりの力は儚くとも、それが数千ともなれば違う。ホルスらの流儀に合わせれば、住人らは【風の祠】までしか行けなくとも。地獄への道を開けてもらえれば、十分に届けられる』
*
首都オリハルクを始め、領地を現在統治しているのは子爵―――イクシオン・レフ・イムレウス。けれど遠くにあるカゼッタ島が本来島の大貴族ディオルグ家が治めていたように、この聖都も古くから続く由緒ある大貴族ラグリアが預かる土地だ。
しかし、現在の当主は、表だって言う者はいないがこれといって聡明という事はない、凡庸な男だった。夫に愛想を尽かした妻はひとり息子を溺愛し、息子は自尊心の強い、高慢な若者に育っているのだという。彼らが選んだ配下もまた能力的には押して知るべし。当主は悪事を企む事の出来ぬ小男ぶりを発揮して恐ろしい事は仕出かしていないが、先の動乱の最中、ろくな対応もできず荒ぶる精霊らを前に動転するばかりで、何もできなかったのは誰の目にも明らかだった。
無能。
自らの護るべき都の大事に、影で震えていた彼らを。呆れ果てそう、スフィンクスは酷評した。ロゼ・ブラッファルドや、冒険者らがいなかったら今頃この聖都はどうなっていたか。ロゼらも思うところあった様子で、ラグリア家の者達に接触はしなかった。
『ふむ。話を聞くと中々の困った輩のようだが。言ったあろう。かの家の者達にも、自分達の未来を開き、世界を脅かすモノと戦う権利がある』
「あの腑抜け共にそれが出来るとは、思えぬが」
『最悪、我らが都人達と共になそうとしている事を邪魔することだけは、させまい。勝手な事を、と妙な行動に出られても堪らないのでな』
●共闘
少女達の歓声が、林の中にあるイハン大聖堂の庭園で起こった。
「もう、だっ、だから言ったでしょう。本当だって」
「凄い、竜だわ。私本物を、初めて見ちゃった」
「私も!」
「も、申し訳ありません。静まりなさいっ!!」
年配の女が一喝するものの、藍色と白の法衣に、白いヴェールをまとった若い巫女達の興奮は完全には収まらない。十代二十代の女達が多い。皆好奇心いっぱいの目を、現れた紫の鱗の若い竜と、半人半獣の精霊に向け、頬を紅潮させあれこれ喋り続ける。あまりの騒々しさに渋面になる陽精が毒舌を披露する前に。素早く若は口を開いた。
『時に大司祭は』
「も、申し訳ありません。大司祭様は動乱のさなか体調を崩されて、長時間は」
『ならば、短時間でよい。スフィンクス、お前が行け』
「ご案内なさい」
「は、はいっ。ではこちらへ」
声が半ば裏返りかけている巫女と共に、陽精は建物の中へと入っていった。
『そなた達に頼みがある』
先程一喝し娘らを静めた二十代半ば程の女、他総勢20人近くの女達はその言葉に息を呑む。
『先の動乱を収めたのも、地獄と呼ばれる恐ろしい場所に跋扈する魔物と戦ったのも、ある者達と、王都よりきた冒険者らだった。再び、魔に対抗する為に、彼らに協力を願うつもりではあるが。此度こそ、そなた達も力を貸すがいい。自分達の大切なものを護りたいという意思と、誇りがあるならば』
竜はこのアトランティスで神聖視されるもの。精霊信仰の厚いこの地でも例外ではない。さらに言うならば竜はコロナドラゴンの眷属と名乗った。皆、竜の語る言葉に次第に真剣な様子になり、耳を澄ませた。
彼の発言を要約すると、こういう事だった。
地獄にはゲヘナの丘という地があり、そこは魔物と人の激しい戦いの地だった。
丘を護るエキドナという魔女は退いたが、かの地の禍々しいエネルギーが尽きた訳ではない事。さらに昨今、それとは別に滅んだ筈の魔物が蘇るなどという恐ろしい事例が、報告されているのだという。
竜は、地獄の禍はその垣根を越え、この地にまで更なる災厄を撒きかねないことも、警告した。
『多くの冒険者が、竜が、精霊が闘っている。精霊を祀る地に住む者達よ。丘の力を削ぐ為、また魔の勢力に打撃を与える為。助力せよ』
●リプレイ本文
●
今回、聖都をあげての祈りの儀式の発案者、コロナドラゴンの若君は。霊峰への入口からほど近い場所にあるイハン大聖堂にて。都に集結してくれた冒険者達、そして聖堂の巫女達に改めて此度の計画を話し、確認をした。
『この都の民は先に、動乱の混乱の中にあった。あの一件は魔物の介入があったが故のことだと、今ではそう囁かれているという。人々にとって、魔物の脅威は身近といえる。子爵領の他の土地で起きている怪異にしかり。地獄に直接足を踏み入れた事がなくとも、魔物らが跋扈する不毛の地と言えば―――想像できなくは、ないだろう』
―――何に祈るかは、個人に任せる、と竜は続けた。家で祈っても良いし、その娘らが歌を披露するという広場に集まって来てもらっても良い。お主らの聖堂に集まり祈りを捧げるのもよい、と彼は言った。
「じゃあ僕は、ホルスの所に、道を開いてもらうよう頼みに行ってくるね」
ホルスとは聖都オレリアナを一望できる霊峰の主。全長50メートルは超える黄金の鷹で聡明さと強力な精霊力を兼ね備える高位のエレメントである。都人達と皆の祈りを地獄へ届かせる為道を開いて貰えるように、エイジスが願ってくると名乗りを上げた。
「それでは、私達はラグリア家の元へ行こうか。よろしく頼むぞ、稚児竜」
『きゃう♪』
先程話した竜の、弟――小さなドラゴンパピィは、アマツに陽気な鳴き声で応えた。諸事情により最悪、祈りの儀式を妨害する危険すらある、都の当主の元へ。貴族への交渉や応対に慣れたアマツが向かう。いくら悪評高い『ラグリア家』といえども、アトランティスにおいて新聖なる存在、竜を軽んじる事は―――あるまい。
それでは――とそれぞれが、頷き合った。残念ながら一人だけ集合時間に間に合わなかった冒険者が一人いたが、後の皆は其々が出来る事を考えた上で都へ来た。なすべき事をなすために、巫女達の手を借りる者は助力を願い、都の各地へと散っていった。
●
「っしゃ! それじゃあ、俺も町に繰り出して説得に回るぜ!! うへへ〜、中学生くらいかな〜もう巫女ちゃんだらけで俺パラダイス!」
何やらウキウキしている村雨紫狼の傍には、何となくえ〜?? という反応をしている二体の精霊が。別に泣かれたりしている訳ではないが、この視線は痛い。
「その反応は嫉妬?! 俺は二人が一番なんだってばよ! く〜こんなに嫉妬深いのも男冥利なんだけどな〜、ナンパも出来ねーや。説得頑張ったらさ、借家に帰ってみんなで風呂に洗いっこしよ−な!」
ヲイ。傍で固唾をのんでその光景を見護っていたいかにも純粋培養的な可愛らしい顔立ちの巫女さんはふるふる震えた。聖堂で霊峰への祈りを捧げ日々つつましく生きてきた少女には刺激が強かったようだ。
「いやあああ変態ーーー!!」
あ、逃げた。
「ああああ待って巫女さん!!」
彼は都の民への説得に回る前に、巫女さんの誤解(?)を解かなくてはいけなそうではあった。
*
「ナイトのセイル・ファーストだ。よろしくな」
「私はパラディン候補生、鳳・美夕だよ。よろしくね」
「初めまして、よろしくね。俺はウィザードのラスティエルだよ。二人は友達なんだね」
人懐っこい好奇心旺盛な少年に、初対面といえどセイルも美夕も話やすさを感じたのか。あれこれ会話に応じてくれた。
「セイルさんの連れてきた竜、なんだよね?」
「ああ、そうだ。‥‥どちらも大人しい種だし、大丈夫‥‥だと思って連れてきたんだが」
へぇ、と呑気に相槌を打つ少年の傍ら、いや、正確に言うと大丈夫だと思いたい、だな‥‥と等と内心呟くセイルだったが。祈り通じてか、二体の竜は多少慣れぬ場所で、地元住人の視線にさらされながらも、今のところ大人しくしていた。
都には数か所、人が多数集まれるような大きな公園があり、花壇、そして噴水がある。人が集えるような、一番開けた公園――広場を今回のイベントの舞台として設定した。仲間達の数人がそこで音楽や踊りを披露するらしい。平和への祈りをこめてなされるそれは、きっと力となる事だろう。
公園傍に住む者達は、窓から見えた竜の姿に驚き外へ出てきたりもした。駆け寄ってくる子供達に美夕は、これからここで起きる事を説明していく。
「音楽や、踊りがあるの?」
「うん、それと、剣舞ね。平和への祈りをこめて」
阿修羅神へ祈る旨は、この地の子供達には判らないだろうから特に口にはしない。
「けんぶ??」
なぁに、それと。子供達はきょとんと首を傾げるが。どう説明したものか考えた美夕とセイルに代わり、
「きっと凄くカッコいいと思うよー。友達を沢山連れて来て。家族の皆にも。ここでお祭りがあるよって」
とラスが。子供達に難しい事を説明するより、そう言った方がいいと判断したようで。
「さて、格好いいかな」
「俺も美夕と一緒に打ちあうとして。演奏者がいるなら任せようかな」
「お願いするって話は、してきた?」
いや、とセイルが答えると。じゃあ俺聞いてきてみるね、とラスが引き受けた。以前エキドナにダメージを与える儀式の際も参加してくれた、とても腕のいいバードに頼むつもりなのか。少年は二人に、俺も楽しみにしてるから頑張ってね、と笑顔で激励した。
*
「それでは、宜しく。レディ」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますね。レッドさん」
馬へと巫女を引きあげて。キースは愛馬のハリケーンにて、移動手段に乏しい仲間に代わり、彼らと重複しないよう遠方より市民への説得を開始した。民の数は多い、巫女達も其々バラバラで行動する事になり。巫女達とて不安はあるだろうが、彼女達なりに真摯に此度の竜からの話を受け入れていた。数ある聖堂、中でもイハン大聖堂は聖都オレリアナにおいてかなりの知名度を誇る。さらに言うならば、巫女は聖職の一つ。民もまた話を頭から疑ってかかる事はないだろう、しかし。
「皆さん、本当に協力してくれるでしょうか。‥‥耳を、傾けてくれるでしょうか?」
「大丈夫、頑張ろう。君ひとりで説得をやらせる訳ではないから」
キースの力強い言葉に、巫女は息をつき。決意をこめてこくりと頷く。
「失礼いたします」
巫女が言葉を尽くして説明、彼女が言葉に詰まる場面ではキースがフォローを入れ、また傍に控えている風のエレメントジニールの存在もまた二人の話す事の信憑性を増す事に繋がり、その後訪問先で、人々を祈りの儀式へとかきたてていった。
*
雀尾煉淡はペガサスを駆り、大聖堂の巫女の一人に同乗を願い、聖都の遠方より住民達の説得に向かい回っていた。目立つように低空飛行していると、住人ら――主に子供が空を仰ぎ煉淡らを指さし追い掛けてくる。住宅街、ある程度開けた場所へと降下し、煉淡と巫女はペガサスより降り立った。
「この世界からの禍が世界の壁を越えこの都市にも降りかかってきます。それを防ぐため皆様の助力が必要です。どうか皆様も禍に立ち向かう祈りに参加して頂けないでしょうか!」
登場の仕方、煉淡の真剣な呼びかけに皆驚いた様子だ。さらなる人が集まってくる中、彼らが理解しやすいようファンタズムのスクロールにより、地獄のゲヘナの丘の映像を住民達に見せた。映像と共に、地獄を、カオスの魔物の世界という形で説明していく。皆その映像を目の当たりにしたことで、それが虚言ではないこと、本当に危機が迫りつつある可能性を考えた様子だ。巫女もまた決然と顔を上げる。
「この方が今仰ったように。今、私達の明日を護る為に。お一人お一人の祈りの力が必要なのです。どうかよろしくお願いします!」
●
そして、大貴族ラグリアの元へ向かったアマツ。
城壁の正門を護る衛兵、に身分を明かし要件を告げた上で、城主らに面会を願い出た彼女は。最初門前払いを食らいそうになったが。同行した竜の子に気付いた彼らが驚き、やがて暫く待たされはしたものの――中へと通される事になった。別室の部屋でまた待機を命じられる。兵士の高慢な話方は気にくわないが、ひとまず怒りを抑えてアマツは待った。
『偉そうなやつら〜。スフィンクスが言った通り、ぜんとたなんだね。この都』
「しっ‥‥。‥‥そういえば、稚児竜。いや、そう呼ぶのもなんだな。チビドラでは‥‥まるで、猫のようだしな。そなた、名前はないのか?」
『あるよ〜〜。僕はコロナドラゴンの子だもん。当然』
「ほう? そなた、本当の名は何という?」
その後竜の子は名乗ったが、聞きとりにくい上に非常に長かった。当惑するアマツ。何度か繰り返してもらったがえらく古めかしい、言い難そうな名だった。
『やっぱりね。皆そういう反応するんだよね』
今は別の場所にいる、竜の子と普段共に行動している若者は。同じような反応して、じゃあ略してちびドラだ! とハッキリキッパリ言い放ったという。頭を抱えるアマツ。情景が目に浮かぶようだ。
『じゃあさ、僕は自分で名乗るから、アマツは今まで通りちびドラでいいよ』
「わかった。では、そうさせてもらうぞ」
「大変お待たせいたしました、どうぞこちらへ」
騎士が現れ、慇懃に礼を取る。彼に案内され、奥の広間へと誘われたアマツは。そこで噂のラグリア家の面々と顔を合わせる事になる。
頭痛を伴う波乱に満ちた会見が、幕を開けた。
自分が、試練の参加者にして、それを通り抜け霊鳥ホルスへと面会した者であることを告げ。またカゼッタ島の闇を払った者の一人であることを、伝えたが。
「カゼッタ‥‥あの呪われた島なら子爵様が見事に、お救いになったと聞いておりますわ。あなたごとき一介の冒険者が島を救う為に尽力したなど、聴いておりませんよ。ねぇあなた」
「ま、まあ。確かにそう聞いておるが、竜の若子と、仮にも試練を潜った騎士殿に対し、そのような言い方は」
「あなたがそのような弱腰ですから、我らのみならず我が息子ルヴェルトまで侮られるのです!」
「御気分を害したのなら、謝罪致そう。しかしながら、我々は、貴方がたを侮るつもりはない。礼を尽くした上で、此度の助力を願いにきた次第」
「は、住民を勝手に扇動して、祈りの儀を始めるですって? よく分からぬ輩が我らに断りもなくこのオレリアナを歩きまわるのも我慢がならないのに。助力を願うですって? 住民を導くのは我々ラグリア家のもの。貴方がたの出る幕ではありません!!」
床に扇子を投げ捨てて、仁王立ちになった女の傍らで。夫がおろおろとしている。
ラグリア夫人――クリスティは金髪碧眼も美しく、見た目こそ女の魅力に富んだ外見の女だったが。その心が外見に悪影響を及ぼしていた。
―――神経質で、皆を委縮させる振る舞いをする女。
強い精霊力を持たず、殆ど、魔法を操れない一家。
「さっさと、この都から出ていきなさい。そんな祈りの儀式など潰してやるわ。可愛い私達の民に妙な事を吹きこむなど許しません。衛兵、何をぼさっとしているのです。この女を連れ出して!」
影口が彼らを―――誇り高いこの女性を、歪ませたのか。けれど。アマツは果敢に睨み返す。
「此度の邪魔をすれば、そなたは永遠に竜種と精霊の敵となるぞ!! 」
その口調の烈しさに、その内容に。さしもの女も言葉を失う。
『喧嘩してる時間はないんだ。協力する気がないなら、黙っててよ』
うんざりした様子で、チビドラも渋面で言う。そこで、ずっと沈黙を守っていた――――母によく似た容姿を持つ青年が大義そうに立ちあがる。
「母上も父上も今回の事は静観してください。試練を潜りぬけた勇者は、称えられるもの。その言葉を、また高名なコロナドラゴンの若君の言葉を蔑ろにするのも、ラグリア家の者として褒められた事ではありませんね」
「まぁ、ルヴェルト!! な、何を言うの。―――おやめなさい、どこへ行くのです!!」
「その祈りの儀とやらへ。供は自分で付けるから結構ですよ」
「や、やめなさい。そんな得体のしれない事に関わるのは」
「は、ここで母上の怒鳴り声を聞いているより遥かに有意義な時間が過ごせそうですよ。それでは、失礼」
アマツの腕を取り、青年は広間を出る。チビどらも追う。
「さぞ辟易しただろう。すまなかった。では、連れて行ってもらおうか。その祈りの儀とやらへ。イハン大聖堂に向かうのは―――祖父が亡くなって以来だ」
男は苦笑いする。アマツとちびドラの中に先程まで燻っていた怒りは、その悔しそうな苦々しい面持ちを目の当たりにし、少し薄らいでいった。
*
そろそろか、と。タイミングを見計らって、エイジスが空飛ぶ箒で霊峰―――馴染みのある陽の高位のエレメントの元へと向かう。
試練を潜りぬけ、あの陽精からの信頼も厚い彼ならば。地獄への入口を開き儀式の協力を願う事は、さほど難しい事ではないだろう。
●
「さ、巫女さん俺の背に乗りな」
同じく市街地での民へ状況説明と、説得を名乗り出た巴渓。セブンリーグブーツを履き、身を屈めて親指で背を示す冒険者に。ぽぽっと顔を赤らめる巫女。ふりふり頭を振ると癖のある栗色の髪が揺れる。
「あの、殿方との必要以上の接触は」
「いや、俺は男じゃねぇから(予想通りの反応だな‥‥)」
「え、ああ大変失礼いたしましたっ!!(赤面)」
「ま、いーけど。ごちゃごちゃ話してる時間はねえだろ? さ、ちょいと揺れるが落ちねぇようしっかり掴まってろよ!」
数分後―――。
「ふぅふぅふぅ‥‥その靴、凄いんですのね、いったいどんな魔法が‥‥(くらくら)」
「おいおい巫女さん、大丈夫か。体が揺れてるぞ」
「は、はい」
自分の顔を両手でぺちんと叩き、彼女は頷く。
子供達の声はするものの普段から、閑静な住宅街なのだろう。微かに届く鳥の囀りは、平和そのものといった感じだ。だが―――。
今はまだ午前中。母親は家事を、子供達は遊びに夢中の時間だろう。呼び鈴を鳴らした。
突然の来訪者に驚く都の住人達に、巫女は、そして渓は言葉を尽くして話をしていく。
渓はカゼッタ島に巣食う魔物を討った冒険者の一人であることを、告げる。
「カゼッタ島の事は、噂には‥‥。なんだか沿岸に魔物が溢れていて、島で暮らす者達はイムレウス子爵様が指揮を執り、退治したと聞きましたけど。あなたも、子爵様に協力なさったの?」
遥か遠い南西の島で起きた怪異の詳細は、歪んだ形で伝わっているらしい。渓は内心、舌打ちしたが。真相をここで話す事は出来ない。
その辺りの事はぼかして、対話を試みる。
数か月前に起きたこの都の動乱の起きる火種となった、『宝』をめぐる事件で。それを捜した一人で在る事を伝えると。今度は大きく頷いた。
「あの時は不心得ものが、聖域を荒らして宝を奪った事は。皆はもう知っていますわ。恐ろしい事に、魔物もまた関わっていたとか、何とか。そうですか、その時力を貸してくれた、王都からいらした冒険者の方のお一人なのね」
「事情を判ってくれてるなら話が早ぇや。今度はあんたらが、自分の手で、自分達の暮らしを護る番だ。かといって戦えって言ってる訳じゃねえ。祈ってほしい。それが地獄のある場所、魔物達に痛手を与える、力になるんだ」
「どうかよろしくお願い致します。祈りはここからでも、イハン大聖堂にお越しいただいても構いません。広場でも音楽等と共に儀式が執り行われますし。ご家族皆さんでご協力ください」
「で、でも。私達が祈ったところで‥‥そんな事できるのかしら」
「お母さん、何話してるの〜?」
「あっちに行ってなさい」
「あのさ、やってみなきゃわかんねぇって! 俺達はそう思って行動してる。頼むから力を貸してくれ。この世界の主役は冒険者じゃない、あんたらだ!!」
●
忌野貞子、美芳野ひなた、水無月茜の三人は、以前の『儀式』同様、歌と音楽で皆の心をひとつにまとめ、盛り上げようと計画しているようだった。平和への祈りをこめてなされる物であるなら、きっと効果は期待できる筈だ。
バードとして卓越した才能を見せるエヴァリィ・スゥもバックコーラスで、また友人のマスク・ド・フンドーシもまたダンスで大いに盛り上げる予定だ。ちなみに彼は、いつもの褌姿ではなくダンススーツをしっかり着こんでいるので安心して欲しい(?)。
エヴァリィのみならず茜は本業が天界の演歌歌手であるので、歌の上手さは言うまでもなく、さらに月魔法を使用可能なので彼女の歌――『メロディ』は聴き手の心に影響を与える事が可能だ。
「茜さんとエヴァリィさんの歌で引きつけて、貞子さんに皆さんの説得をしてもらって―――」
とひなたが最初に確認したとおり。広場へと向かう途中彼女もまた巫女さんと共に説得を試みたが、絆の高い精霊を同伴しているのではない為(ひなたのペットちゃーるずも途中どこかに行きそうになったり)、いくら貞子がうまく説明しても。今一説得に効果は上がらず。
ただ人は確かに集まってきた。楽しい歌声に惹かれ。
「さぁ皆さんこっちよー!!」
いつもの真っ黒さをどこかに吹っ飛ばして。メイド服に身を包んだアイドル☆貞子が広場へと人々を連れてくる。
「(歌詞が分からなくても一緒にハミングしたり踊ったりして、平和の祈りを込めて)」
同様のメイド服に身を包んだひなたが、えいやっと噴水を囲む円上の石段の上に上がる。メイド隊、そして巫女の衣装に身を包んだエヴァリィと気合いも十分のマスクマンがその場に立つ。
世界を超えて私たちは来たんだよ
まだ頼りない私だけど 君の笑顔を願ってるよ
あのね ちょっとでいいの
君の素直な気持ち 解き放って
ずっと待ってたの 君の想い
巫っ女みこにしてあげる☆
まだまだ 頑張ってみようよ
巫っ女みこにしてあげる☆
だからちょっとね 笑顔見せてよ
「(聞いているオーディエンスが、他の市民を呼んで来て一緒に盛り上がりたくなる衝動を刷り込みます)」
とエヴァリィが考えて来た通り。かなりの人数が集まってきている―――。
巫っ女みこにしてあげる☆
まだまだ 諦めちゃダメだから
巫っ女みこにしてあげる☆
だからちょっとね 応援してね
巫っ女みこにしちゃうんだ☆
世界に愛 もっとあふれて
巫っ女みこにしちゃうんだ☆
だからもっとね 君にLOVEして
みーんな、巫っ女みこだよ〜〜〜!!
(以下、えんどれす)
――――意識が暫く飛んでしまい、詳細は描写し切れないのが残念だが。
マスクマンに負けぬほど陽気に身体全体でリズムを取る観客達とか、手を振りまくるウィザード少年とか、イハン大聖堂の巫女さん達の光景が繰り広げられた、ようだった。
熱い想いはうねりとなってその広場から確かに、地獄へと放たれていったのだろう。恐らく。
また説得チーム以外の他の冒険者達は、既に一時その広場から撤退した(ぁ。
「こ、この後に私達は剣舞を―――」
「やる予定、だな」
ゴクリ。生唾を飲み下す。美夕とセイルが身を寄せ合い遠くからそれを見ていた。どれ程強い魔物と戦った時でもどこかで保たれていた何かが脆く儚くも崩れ落ちそうな予感が(以下略
―――羞恥心、それは時として忘れてはならないもの。忘れた方が幸せかもしれないもの。
「聴いてくれてありがとう☆ さぁて、お次は―――」
彼女達の出し物が終わり、名ざしで呼ばれてしまった。セイルと美夕は気合いを入れて噴水へと近づいていく。そこにいた二体の竜が心なしか妙に遠い目をしているのが気になるが、二人は予定していた通り『剣舞』を開始した。それと共に、巫女さん姿のエヴァリィが荘厳な音楽を奏で。竜はそれに合わせて、上空を見事に旋回し、その素晴らしさに観客達はほぅ‥‥とため息をついた。
●
事前に打ち合わせした通り、活動する場所を被らないようにして。ペガサスを駆り、ルエラ・ファールヴァルトもまた遠方より都の住人の祈りの儀式へ参加を求め、呼びかけを行っていった。他の仲間が駆っていたペガサスも同様だが、空飛ぶ騎獣というものは目立つ。最初に空から舞い降りる演出を行ったのが効果的だったのか。皆の注目を集め、儀式の件を伝えるのは難しい事ではなかった。その時傍には人目を弾く風神もいて。それが説得力を増す一助けとなった。
「今、カオスの魔物達の世界ともいえる地獄からこの都市へ禍がもたらされようとしています。
その禍に立ち向かう為、皆様のご助力が必要なのです。助力といっても戦いではありません。
祈って下さい。―――自分や家族、大切な人達を禍から守れるよう。明日を迎えられるよう。―――皆様で祈って下さい」
*
大貴族ラグリアの息子がイハン大聖堂へと訪れ。冒険者らの呼びかけに応え聖堂へと集った民衆達がざわめく中、彼は協力の姿勢を見せ、共に祈りを始めた。
それを見て、年老いた司祭が微笑し、二体の竜の子、スフィンクス―――そしてアマツが密かに息をつき――笑んだ。
冒険者らも―――皆、祈る。ある場所では、リンデンの歌姫の美しい歌声と共に。祈りは、空へと放たれていく。
そして―――。
霊峰―――陽の祭壇にて。
空間が歪み。亀裂が生じる。生物の目のように、縦に広がった穴の向こうには、荒れた大地、見覚えのある赤黒い空が広がってみえた。
エイジスの頼みに応え。山にいる精霊達もホルスに従い、共に静かに―――祈りを捧げる。
陽霊のカモミール、そしてこの霊峰で仲間になったジニールのリコリスがエイジスの傍に控えている。精霊達の視線の先。都から向かってくる微かな光。それは束になりやがてその生まれた亀裂へと流れ込んでいった。それに感嘆しながらも、エイジスもまた祈る。
「(みんなが、仲良く元気で暮らしていけますように――――)」
ここは祈りが力になる世界。イムレウス子爵領、聖都オレリアナにて皆の紡ぎあげた祈りの力―――それは地獄へと向かいかの地へ、そこにいる者達へ確かな痛手を与えたのだった。