花嫁は猛犬がお好き!!??

■ショートシナリオ&プロモート


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月16日〜05月21日

リプレイ公開日:2008年05月24日

●オープニング

 仕事を終え帰宅したロージーは、その日に届いたシフール便を開いてその驚愕の事実を知った。
「ら、来週帰ってくるー!?」
 驚愕のあまり床に落とし、暫く呆然自失となっていた。本来なら嬉しいはずの遠距離恋愛中の彼氏の帰郷、そして帰郷=二人は結婚の約束をしていたから喜びもひとしおの筈だった。
 ・・その、筈だったのだが。
 せわしく目を動かし、ロージーは苦悶の呻き声をあげる。
 そして手を額に当て天井を仰いだ。
「・・あと一ヶ月は先だと思ったのに・・」

 服の袖を捲り上げて、アザだらけの腕を見下ろし、ロージーは哀しげなため息をついた。これでは花嫁衣裳を着たら、皆にぎょっとされること確実である。とはいえ、挙式までは準備期間等の関係もあり、一月位の猶予はあるだろうけれど。

 恋人は獣医師志望の人物で、ウィルで開業する前に自然に生きる動物達に触れ合ってきたい、と告げ今は生まれ故郷のこの地を離れていたのだ。恋人が帰ってきたら聴きたかった様々なこと、旅の話、動物の話、けれどロージーはその帰郷を手放しで喜べない自分を惨めに思う。
 半年程前の別れのとき、自分は確かにこの日を待ち望んでいたくせに。

『ロージーはちょっと頼りないところがあるからな、半年の間俺の代わりにこいつが、君を護ってくれるよ』

 既に成犬かと思える程大きな、茶色のごつい顔、口元垂れ下がった耳が黒くてふてぶてしい顔つきの犬が、ばう、と低く吼えた。手渡されたその身体はずっしりと重かった。
 ロージーは自他共に認める小心者の娘である。ついでに怖がりだ。おっとりとした雰囲気、大人しそうな外見が災いしてか今まで男に絡まれたことも皆無ではない。

 犬を預かった経緯を皆に話すと恋人の心配は最もだ、と当初周りの人は言った。が、正直ロージーは、恋人がくれたそのまだ生後数ヶ月とは思えない程の立派な体格の犬を見て、抱いた第一印象は『怖そう』だったものだから、始末に終えなかった。
 ――たぶん、犬のほうも、ロージーが本心では喜んでいなかったことを、察していたのかもしれないと、後にロージーは想う。
 ・・彼は非常に反抗的で、ロージーが遊ぼうと試みてもしつけをしようとしても全て突っぱねた。日に日に渋さと迫力を増していく彼を撫でてあげようと手を出しても、吼えられて拒否される始末。さすがに温和な彼女がぷちんと切れて叱っても、鼻で笑うかのように顔を顰め、悠然と去っていく。それでも食い下がると、なんとあろうことか、彼女を蹴倒して去っていく。
 おかげでロージーの痣はこの数ヶ月絶えることがなかった。
(もっと小さな犬をくれればよかったのに)
 ロージーは元々決して犬が嫌いだったわけではない。大好き程まではいかなかったが、・・けれどロージーでも扱い易いような小さな犬だったらこんなに致命的にしつけが失敗するようなこともなかったのではないか、と思うのだ。

 ロージーの家は道路に面したところに立っているので、深夜といえど飲み屋帰りの通行人が皆無ではない。通行人の声が聞こえると、それ以上の声で渋くかなりの音量で『彼』が吼えるのだ。そして近所がそれを騒音とみなしている。かなりの大きさの犬なので庭で飼っている為、起きるトラブルだ。かといって室内で飼うのも中々難しい。
  
 その日、ランプの明かりを消した後、彼女は寝台に入り込み毛布を被り。枕に顔を埋めながら眠りに落ちていくその時を見計らったように聞こえた。人の声、バウバウバウっと聞こえたかなりの音量のその声に眠気を振り払われる。
(あぁ、また‥)
 慌てて吼えるのを止めさせようと庭にいき、ぴしゃりといった。

「ラズリー、煩いっ。何時だと思ってるのっ」
 外見に似合わぬ可愛い名前の持ち主は、吼えるのを止め、ゆらりと振り返ってきた。『彼』を叱り付けたロージーに、必殺のとび蹴りが決まった。地面に沈められた主人である彼女は、またも悠然と犬小屋に消えていく彼を、こ、こいつ‥‥!と、恨めしく見送った。
(もう無理、私一人じゃ絶対無理‥!)


●冒険者ギルドにて
「それで、ペットを飼ってらっしゃる冒険者の方に、しつけやコミュニケーションの取り方の相談に乗ってもらいたい、さらには関係を少しは円満なものになるようにアドバイスを欲しい、と」
「はぃ、そうです‥」
 受付嬢は不思議そうだ。
「犬を扱っている人にお願いするというのは考えてみた?」
 ごく当然の問いだ。なぜわざわざ冒険者ギルドで依頼を出すのか。

「この町のそういったお仕事につかれている方は、恋人の友人や知人がかなり多くて。彼氏の知り合いには相談し辛いんです。私が犬のしつけに失敗しちゃったこと、あまり知られたくないというか。うちの犬かなり乱暴者に育っちゃったし、人見知りもしてかなり吠え掛かったりして失礼をしちゃうと思うんです」
 目を逸らしながら、彼女はため息混じりに言う。受付嬢は柳眉をひそめた。
「そう‥」
 その他にも理由がありそうだ、という受付嬢の心中を察したように、ロージーは補足する。
「あと気になることが一つあって。近所の子供達がうちの犬のことをちょっと苛めたりしてるみたいなんです。石を投げられたり棒を向けられたり、勿論黙ってやられるような犬じゃないから、そのうちあの子達に怪我をさせたりしないか、少し気がかりで。私が怒ってもあまり効果がなくて。それも少し困ってるんです。いい知恵をお貸しいただければ、と想って」

 彼女の両親は、最初こそ犬の飼育を歓迎したものの、相次ぐトラブルにすっかりお手上げ状態、早く引き取り手を探せ、の一点張りなのだそうだ。

「‥それに冒険者の方ってペットを飼ってらっしゃるかたが増えてきてるって聞いたんです。私少し動物が苦手になっちゃって、出来ればもっといろんな動物に慣れたいっていうのもあって。触れさせていただけたりすると、とても嬉しいんです。ちょっと腹立たしい犬に育っちゃいましたけど、私がもっとうまく接してあげていたらこうはならなかったかも、と想うので。依頼書、出していただけますか?」

 依頼人、ロージーは不安そうな様子だ。受付嬢はにこりと笑って頷く。様々なトラブルを一人で抱えても投げ出さないのは彼氏への義理だけではないのが感じられたからだ。腹立たしい、と口で言いながらも、彼女はたった一人で本当に一生懸命その犬の面倒を見てきたのだろう。

「出しておきますのでご安心ください。彼氏さんと挙式の前に、そのラズリー君といい関係を築けるようになるといいですね」

●今回の参加者

 ea0244 アシュレー・ウォルサム(33歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1683 テュール・ヘインツ(21歳・♂・ジプシー・パラ・ノルマン王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea5597 ディアッカ・ディアボロス(29歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●一日目

「まずは普段の行動を調べてからラズリーとしっかりコミュニケーションをとるのが大事だと思うんだ」
 アシュレー・ウォルサム(ea0244)の発言に、皆一様に頷く。
「シフールにとっては猫でも死活問題ですし、最初の躾と関係性の構築って重要ですよね」
 空をふわりと舞いながら、ディアッカ・ディアボロス(ea5597)がしみじみと言う。
「我が家も大きいペットが多いので、ご苦労お察しするのじゃ」
 そう告げたのは、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)。テュール・ヘインツ(ea1683)が首を傾げつつ、尋ねる。
「ユラヴィカさんのペットって鳥や馬とか‥‥でしたっけ」
「うむ。色々居てな。うちのペットの中にキョウというのがいるんじゃが、キョウは凶暴のキョウなのじゃ・・・・さすがに連れてこれなかったが、色々準備はしてきたので大丈夫な筈じゃ。アシュレーも、雛鳥を住処に置いてきたと言っていたな?」
 アシュレーは肩をそびやかし、苦笑した。
「食われたら大変だから」
 さすがにそれは大丈夫では、と皆和やかに笑い合う。

「ロージーさんはギルドの受付の方に様々な動物と触れ合いたいと言っていたそうですし、ひとまず私はペットを連れてきましたが・・・・」
 リードを付けられた二匹の犬。くるりとした尻尾が愛らしい犬と上品そうな毛並みと垂れた耳が特徴的な犬種――柴犬と、セッターである。
「大丈夫だよね、僕も連れてきちゃった。ラズリーと仲良くなってくれるといいなあ」
 黒い毛並みが艶やかな温和そうな牧羊犬が、尻尾を振った。ピンク色の舌を出して嬉しげな様子を見せる犬を優しく撫でて、少年は笑う。三匹の犬たちは既に打ち解けた様子で、リードをぐいぐい引っ張ることもなく、互いの匂いを嗅いだ後はごく慣れた様子で主人らについてきていた。
「ペットを飼うのって楽しいことが多いけど、依頼人のロージーさんは大変そうな状況だね。ラズリーをご近所の嫌われ者にしないように頑張らなくっちゃね!」
 意気込むテュールにつられたように、アシュレーが微笑う。
「そうだな。ここか、依頼人の家は」
 犬問題で悩む依頼人ロージーは、話に聞いた人通りのありそうな道路に面したそれなりに広い庭つきの一軒家に住んでいるようだった。その時だった。鼓膜を震わす犬の声、柵を揺らすガシンガシンという衝撃音が響き渡ったのは。
「ゥゥウウウバウバウバウ!!!!!」
 柵越しに見える、口元と大きな耳が垂れた黒茶色の毛並みの大きな犬――見知らぬ者達のにおいを嗅いで興奮しているのか、何度も何度も柵に体当たりを仕掛けてくる。怖い吠え方。噛まれたら痛そうな歯がずらり。
 皆揃って呆気にとられた。キングオブ猛犬。・・・・誰かがゴクリと喉を鳴らした。
「‥‥とりあえず雛鳥は置いてきて正解だったかもぢゃな」
 仲間の沈黙は肯定の証しだった。

 赤味がかった茶色の髪を両耳の上で束ね、暖色系のスカートと上着を身につけている女性が出迎えてくれた。彼女が依頼人のロージー。挨拶も手短にこれからの計画を立てる為、ラズリーに関わる詳しい話を彼女から聞く。
 予想通り、フセ、マテ、基本中の基本のお座りすら、できないとのこと。食事も所定の位置に置き、それを勝手に食べる、というパターンらしい。叱っても言うことを聞かない、無駄吠え、他諸々。聞けば出るわ出るわの問題点の数々。三人を代表して、アシュレーが苦言を呈する。

「そもそも懐かない原因は君にもあると思うよ。まずラズリーのことを君はあまり好いていないよね? 犬だって人間だって同じなんだよ。最初から自分を好いてない人間に好いていこうなんてないんだから。だからこっちが好きになって向こうに好きになってもらわないと」
「おっしゃる通りだと思います。でも、それは判ってるんですけど、やっぱりどうしても・・・・、怖いっていう気持ちが先に立ってしまって」
「‥・・先程の様子を見ると、ラズリーは気が随分立っている様子。あなたも少しお疲れに見受けられます。私の歌を聴いては頂けませんか?」
 バードである彼の紡ぐ歌声。メロディーというその歌は、例えば落ち込みの回復、戦意の喪失等、精神に様々な効果を発揮するらしい。ロージーは驚きつつも是非、とその申し出を快諾した。そして稀有なる歌声を耳にした事で彼女は心を落ち着かせ、その歌はラズリーにも変化を呼び起こした。


「学者さんじゃないから詳しくは知らないんだけど犬って家族の中で順位をつけて自分より偉い人の言うことだけ聞くんだって」
「犬より上位であると認識させ直すのと、ルールの線引きのし直しをしなければならないので厄介といえば厄介ですが、それは避けては通れないことだと思います」
「が、頑張ります!」
「うん。撫で方にも順序があって、今みたいに落ち着いている時を見計らって近づく、目線を合わせて最初に手のひらを見せて何も持ってないことを見せてからゆっくり顎の下とかを横から撫でる、あと、上からは厳禁だって」
 そっと近づいてくるロージーを、ラズリーは静かに見ている。その手を拒絶する様子はない。顎の辺りをおずおずと優しく撫でるが、逃げなかった。暫くしてからフイ、とやがてラズリーは彼女から離れたが、それでも第一関門は突破だ。
 少し大人しくなったラズリー相手に、冒険者達のロージーとラズリーを仲良くさせちゃうぜ大作戦が始まった!


「いいかい? もうしつこいとまで思えるほどしっかり、フセやマテなどといった動作を徹底的にやれるようになるまで繰り返す」
「や、やってくれるでしょうか・・・・」
「無視されてり反撃を受けても怒らず、きちんということを聞くまで続けるんだ。ちゃんということを聞いたら命一杯撫でたりして褒める。怒って反省したら、大げさなくらいに褒めてあげていいと思うよ」
「は、はい、コーチッ‥‥じゃなくてアシュレーさん!」
 声が枯れる程続けて、一度としてラズリーは言うことを聞かなかった。中々手強い犬相手に苦戦する彼女に、頭上からディアッカのアドバイスが降る。
「犬は人間の言葉を理解しているわけではないので態度や気構えで示さないときちんと伝わりません。『ぶっ殺す!!』ぐらいの気迫でダメ出ししてください!」
「は、はい、努力します。こらっ! ラズリーやめなさいっ!!」
 見ると仲間の連れてきた犬三匹を苛めているように見えるラズリー。でも実際は、じゃれかかっているだけのようだった。思わず駆け寄って叱りつけてから不愉快そうに顔をしかめた犬。しまった、と皆が想ったときには、ガスッと例の鮮やかな飛び蹴りが決まっていた。
「頑張れロージー殿、まだ一日目じゃからな! まだまだ!立ち上がるのじゃ!」
「は、はい、慣れてますから大丈夫です。イたた」
 アシュレーに引っ張り上げられ、花の乙女とは思えぬ動作で腰を撫でさすりながら、なんとか立ちあがる。一日目はマテ、フセ等はできなかったが、それでも多少は触れさせてくれるようになったことは大きな進展だった。

●二日目

「最悪、珍酒『犬饗宴』を呑ませてぐだぐだになったところで一気に片をつけるかとも考えたが、ディアッカが丁度いい魔法を使えるならそれで」
「・・・・ラズリーってばお酒飲んだらどうなったのかしら」
「二日酔いとかしちゃったかもしれないねぇ」
 アシュレーの発言に依頼人は吹き出し、しごく真面目なテュールの発言に一層くすくすと笑った。
 彼らはラズリーに水浴びをさせようとしているのだ。テレパシーという魔法で思念でラズリーと会話したディアッカ。よく晴れた空の下、新緑の木影にて彼らはラズリーの体を丁寧に洗っていく。鼻や目に水をかけてしまったときは唸りもするし、突如立ち上がり水をぶるぶると振りはらったりはするが、宥めれば再び芝生に身を横たえ、体を洗うのを許した。
「ラズリーに、なんて言ったのじゃ?」
「ロージーがあなたと仲良くしたがっている。彼女はあなたが病気になったりしないように体を洗ってあげたいと考えている、というようなことを」
 ユラヴィカがちょっと笑った。
「成程。気にかけてもらっていると判って、少し絆されたのじゃな」
「でもね、魔法が使えなくてもきっとラズリーと心を通わせる事はできるよ!」
「少しずつラズリーも君に慣れてきているようだしね」
 見透かされたと想ったのか、娘は頬を赤らめ、こくりと頷いた。
 飼ってこのかた散歩をしたことがない話になり、ロージーは悩みを口にした。
「棒とか石とか使ってラズリーを傷つけようとした男の子が近所にいるんです」
 乱暴なその少年のことが気がかりであるらしい。彼女を安心させるべく、四人はある提案をした。

●三日目

「愛犬家にとって大事な仕事。それは散歩である・・・・というわけでスムーズに彼女がラズリーと散歩デビューできるようわしらが不安の種を取り除いてやろう!」
 おー! とテュールとディアッカが声をあげる。彼らの飼い犬達も意気込みを示すように(?)尻尾を振った。依頼人とアシュレーは、しつけの仕方のおさらい、遊び方の伝授、実践の為家に残った。
「わー! 可愛いわんちゃんがいっぱいだ!」
 散歩を開始し出逢う近所の少年少女達に、三人はごく自然な感じで話し掛けた。目を輝かせ近付いてくる子供、遠巻きに見ている子供、反応は実に様々だ。犬達も、触れられても嫌がらず喜色を浮かべて子供達と接している。
「・・・・この辺りは犬をいじめる子がいるって聞いてたけどそんなことなくてよかった。犬だって石を投げられたりしたら嫌だもんね」
 テュールの言葉を聞き。子供達は顔を見合わせ、困った顔をした。
「お兄ちゃん達も知ってるの? ラズリーに石投げる子がいるっていう? パパとママにも怒られたんだけど、あんな事するのは一人だけだよー」
「ま、みんな、最初っから外見が怖い犬だなーとは想ってたけどぉ。性格もわるいよねー」
 ねーっと子供達は口々に例の猛犬の悪口をいう。乱暴者の少年の名を辛うじて聞き出したが、他の皆はラズリーの文句で花を咲かせている。頭ごなしに言うことはせず、やんわりとユラヴィカは苦笑しつつも告げた。
「確かにいきなり吠え掛かられたら驚くし、怖いな。無駄に吼えるようなことがなくなれば、皆もその犬のことが、そんなに嫌いではなくなるのではないのか?」
『ん〜』
 でも、ラズリーが大人しくなるなんてありえないよ! ほんっとに乱暴な犬だもん! と皆口を揃え言い放った。


●四日目

 少年少女達が発言を撤回する日も近い。皆とロージーの献身的な努力の甲斐あってか、少しずつラズリーはフセ、マテ、おすわり、が出来るようになっていった。初日の彼の姿からは想像もできなかった出来事にロージーも本当に嬉しそうだった。蹴っ飛ばされることも無くなり、彼女の痣がなくなる日がくるのも夢ではない。皆で散歩の練習の途中、例の乱暴者の少年に出くわし、ラズリーは少年に飛び掛り怪我をさせるかと想われたが――。
「ラズリー、ダメ!!!」
 ぴしゃりと叱って、リードをぐいと引っ張る。背の高い少年を迫力満点の顔つきで睨み、唸り続けていたが、それでもラスリーは鎮まった。四人の誰かではなくロージーが彼を止めることに成功したのだ。
「少しずつ言うことを聞くようになってきたの。だから君も、この子を苛めないでね。そうすればきっと、君にも無闇に吼えたり飛び掛ろうとはしなくなるから」
 穏やかに、だが毅然と告げる。少年は顔を真っ赤にして駆け去っていった。
「えらいラズリー! よく止まったね、えらい!!」
 ぎゅうっと抱きしめて心底嬉しそうに彼女は言う。彼女の抱擁を受け、無骨そうな相変わらずの無表情ながらも、ゆらゆらとラズリーは尻尾を振った。周りから心からと想える拍手が沸き起こった。他人から見たら些細な出来事かもしれないが、依頼を受けた四人には、この二人にはそれは奇跡と言えるものだと知っていたから。


●五日目

 早めの帰郷となったらしいロージーの婚約者は、かなりの長身の山男風の人物だった。(ラブラブな二人の再会の様子は割愛)占い師であるユラヴィカの助言、『婚約者には今までの経緯をちゃんと話したほうがいい』という提案を、ロージーは受け入れた。
 髭を蓄えた温和そうな婚約者は、驚きつつも真剣に、最後まで耳を傾けてくれた。
「余計なことかもしれんがな、お二人はじき結婚するのだろう? ならこの先何かに悩むような事ができたとしても、ちゃんとお互い話せるようにしておくのは大事だとも想ったのじゃ」
「お心遣い、感謝します。ロージーもごめんな、俺もそこまで考えなかったから。苦労かけちゃったな」
「平気よ。皆さんが親身になって手助けしてくれたの。本当に、お世話になりました」
 心をこめて礼を言われた四人もまた笑顔を見せた。努力が実を結んだのだ、安堵がにじむ。
「お前もな、好きな子程苛めたくなるってやつだったのかな? 俺も獣医師としてやっとやっていける自信が多少はついたし。開業する動物病院、お前はそこの看板犬になるんだ。最初はそんなに忙しくないかもしれないが、よろしくな」
 わしゃわしゃと乱暴に、愛情を込めて犬を撫でながら、彼は言う。否定か肯定か判然としない様子で、ラズリーは鼻を鳴らした。
「犬メインの病院かい?」
「いえ、犬に限らず猫でも鳥でもペガサスでもグリフォンでも」
「ほ、ほんとに?」
「あはは、ゆくゆくはどんな生き物でも診てあげることができればな、と想っているのは本当ですよ。ロージー、前に話した通り、俺と一緒に病院で働いてくれるよな?」
 ちらりとロージーは恐持ての、けれど今はごく自然に傍にいる犬を見て、笑った。
「‥・・喜んで!」


 ラズリーの変化に驚いたロージーの両親のように、近所の子供達も驚き、けれど少しずつ彼を好きになっていってくれることだろう。新居が出来るまでラズリーは夜はロージーの部屋で寝ることになった。これで夜通行人に無駄に吠えることもなくなる。
 家を後にする冒険者達を笑顔で見送ってくれた二人の脇では、リードに繋がれたラズリーの姿があった。手を振る彼らに応えるよう、一度深みのあるあの声でバウ、と吠え尻尾をゆらゆらと振った。
 ペットとは家族であり心から愛情を込めて接すれば必ず応えてくれるもの。――それを再確認した四人はロージーやラズリーのこと、ひとしきりペット話に花を咲かせて帰路についたのだった。