【黙示録】 犬猫をたすけてください!
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■イベントシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:21人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月09日〜06月09日
リプレイ公開日:2009年06月20日
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●オープニング
●舞降りし者
古くからアトランティスの民には、宗教が存在しない。神を信仰するという行為に馴染みが薄いのは周知の通り。彼らの中に『神』はなく、竜と精霊こそが彼らに畏敬の念を抱かせるものだ。また死した存在はすぐに、精霊界と呼ばれる場所へ向かう。その為通常、行き先を見失った怨念に凝り固まった存在がアンデッドとなる事はないし、エンジェルと呼ばれる者達も彼らからすれば遠い存在だ。
「(――ラファエル様、ガブリエル様からの啓示。祈りの、力)」
ジ・アースに向かった仲間は、敬虔な信仰心を持つ者達の前に現れるかもしれない。しかしアトランティスの地へ現れた天使は、下界を見下ろしながら。暫し、悩む。
力を貸す事に躊躇いはない。第二のルシファーを生み出さない為に、この戦いへの関与は控えてきたエンジェルといえど。否、だからこそ。
自分が持つ品、その力を授ける事は容易だ。けれど、願わくば―――
「(ただ強き者に挑むだけの猛々しい心の持ち主ではなく。弱い生き物を護る為に力を振るえる者にこそ、その力を役立てて欲しい)」
温和なその天使は、その決意を持って、地上に舞い降りた。そして暫くの間、あちこちを彷徨った。やがて、魔物の被害によるものか、家屋の一部が破損し、人の気配が少ない寂れた町に辿り着いた。その町の片隅の家屋から、弱々しいながらも聞こえてくる、沢山の生物の声を聞いた。
天使はその廃屋の扉を潜る。そしてその無人の家を棲みかにしている、沢山の犬と猫に。つかのま目を見張って、立ち竦んだ。
●依頼と報酬
とても綺麗なひとだ、と少女は驚いた。白いゆったりとした服をまとう人物は明らかに際立った容貌をしている筈なのに、道を行き交う人達は誰も気にとめていないようだ。気配を殺しているかのように、目立たず。店の外壁に身を預けるような感じで、静かにそこにいた。
何か悩んでいるように少し眉間に、皺が寄っている。所用を済ませた後、屋敷の執事と共にメイディアの都を歩いていた彼女は足を止めた。
「‥‥どうしました、ミーア?」
「爺やさん。あ、いえ。ちょっとあの方が気になって」
「あの方? ‥‥ああ」
「‥‥何か、都の人っぽくないですよね。困った事でもあるのかなぁって、思ったものですから」
老紳士が、軽く眼鏡のフチをあげ。建物に寄りかかるようにしている人物を見た。困った人は放っておけない気質の少女は、ある嫌な出来事に遭遇した後も、その人の良さが損なわれる事はなかった。執事――レンは、やれやれと少し息をついたが。頷く。ミーアはそれで彼の言いたいことを理解したのか、ちょっと顔を和ませた。
「あのぉ。勘違いだったらごめんなさい。何かお困りのことでも、ありましたか?」
そのひとは、中性的な――とても端正な顔立ちで。白に近い金髪は膝裏程に届く長さがあり、瞳は新緑を写し取ったような、綺麗な色をしていた。
そしてある事に気付く。そのひとは荷物らしい荷物を持っていない。しかし小さな猫を一匹、抱いていた。それが一層、その人物を奇異に見せていた。
「‥‥あなたは」
「ミーア・エルランジェと申しますぅ。‥‥あ、こちらがレンさんといって私がお勤めしているお屋敷の執事さんなのです」
傍に来たレンが、軽く会釈した。相手もまた会釈した後。しばらくじっと二人を見ていたが。やがて、口を開く。
「冒険者らが集う場所がある‥‥そう聴いたのですが。都のどこにあるか、私には判らず。『誰に話しかければいいかも判らず』、途方に暮れていたのです」
「冒険者ギルドにご用事でしたかぁ。依頼を出しに行く途中だったんですね。なら、場所はよく知ってます、実は何度もお世話になった事があって。よければ案内しますよ」
「――いえ。ギルドに確かに用事があるのですが。私は、依頼人にはなれないのです」
「え?」
相手は、猫を差し出した。その予期せぬ行動に、ミーアが驚きつつそれを受け取る。痩せてはいたが、真っ白な可愛い猫だった。ミーアの手の中で、みゃあと小さく鳴いた。
「この都から西、恐らく馬で一日程の距離、小さな湖の傍、魔物との戦いの被害にあった町の外れに廃屋があり。そこに犬猫がいます。飼い主を失った者達が集まってきたのか、かなりの数、棲みついているようでして」
「あ、あの?」
「貴方がたが依頼主となって、その犬猫を救ってくれる冒険者を募ってほしい」
「えええ!?」
「‥‥うち捨てられ、今日の食糧にも難儀する彼らを哀れに思うのなら、どうか。尽力してくれた者への礼は、金銭ではなく。彼らの地獄での闘いを有利に進める品を授ける事を、約束します」
「じ、地獄ぅっ? えっと、あの?」
ミーアがパニックを起こしかけている。
「失礼。あなたのお名前は」
「言わなくては、駄目ですか」
「ぜひ、お聞かせ願いたい」
「‥‥ロー・エンジェルのセシル」
暫く考え込んだ後。レンが眼鏡の奥で目を見張って。相手をマジマジと見やり。呟く。
「‥‥文献のように、白い翼は、ないのですな」
「‥‥爺やさん?」
「‥‥!? 翼を隠しひとのフリもできなくはありません。だが‥‥不思議だ。貴方がたアトランティスの民は、我々の存在など知らず。目にする機会もまた、またない筈なのに」
「いえ、多くは存じません。ただ、私がお仕えするマチルダ様は、様々な知識をお持ちの方。他国の文献も写本として‥‥かなりの数所持しています」
「成程‥‥。ですが、私の正体云々ではなく、出来れば心から動物達の未来を案じてくれる人達の手で、彼らを救ってほしいのです。力だけを追い求めるだけの猛々しい者よりも、弱者の為に力を振るえる者にこそ、あの力を託したい。少しずつ集まった祈りの結晶を、相応しい者の手に渡したいのです」
「祈りの結晶、ですか」
「できれば、『彼ら』を本気で慈しみ思ってほしい。それもまた平和への祈り、力になるので」
「‥‥判りました」
「え、え、え? あの?」
「助かります」
セシルと名乗った存在は、そっと猫の頭を撫でて。直後、ばさりとその背に白い翼が生じ、その体はふわりと浮いた。都を行き交う人々の、ざわめきも。浴びせられる周囲の視線も、頓着せず。え、と声を発したミーアに、初めて微笑を見せて。
「―――誰に頼むか、迷っていました。話し掛けてくれてありがとう。心の優しい、お嬢さん」
天使はその場から飛翔し、やがて――消えていった。
●リプレイ本文
●
冒険者ギルドにて張り紙を見、集ってくれた冒険者らは、大半が此度の依頼が大変なものになると予想をしていた。ずっと人に面倒を見られてきた動物にとって今置かれている状況は過酷極まりない。心の傷も、軽視できるものではないだろう。
―――町外れの廃屋に向かった冒険者達。それなりに広い建物、扉を静かに風 烈が扉を開くと。その先には。音楽に効果があったのか。こちらに目を向けてくる幾つもの目があった。騒ぎだしそうな彼らに先手を打って、ルイス・マリスカルがアイテム、パンの葦笛を、魔力を込め演奏する。すぐに彼等は、落ち着いた様子を見せた。曲を聴く様に近づいてくる。
「にゃんことわんこがすげーいっぱいだな」
中を覗いた布津 香哉が驚いたように言い、傍らでぼーぜんとした様子で。セイル・ファーストが激しく眼を瞬いた。
「‥‥おいおい‥‥いくらなんでも多すぎるだろうが‥‥」
「それでも、まだ奥の方に隠れているのかもしれないな」
烈が取りだしたのは、市場で購入したハーブの名称『キャットニップ』というものだ。大量買いはできなかったが、マタタビの名称で知られるあれによく似た効能を持つアイテムらしく。十匹分程彼は用意し持参していた。暴れる猫がいても、これで多少は大人しくなるに違いない。
「大変な想いをしただろうに。人懐っこい奴もいるのだな」
人を怖がって離れているもの、敵意を見せる者。ルイスの音楽の効果か、敵意を左程見せず近づいてくる者のうち一匹の猫をアマツ・オオトリが抱きあげる。痩せているが、その白猫はだいぶ愛想がいい。慣れた動作で喉を指でくすぐり、耳を撫でてやると気持ちよさそうに猫は鳴いた。
「さ、皆さん」
建物の外で。馬車からよいしょ、と荷物を下ろす。中から出てきたのは、ルスト・リカルムがミーアに用意してもらった、冒険者の人数分、マスクと分厚い手袋、厚地の長袖と前掛けなどだった。依頼人の同僚の執事、レンが馬車から荷物を下ろす。同様のものが入っている。
―――備品は粘り強く協力要請を。交渉が平行線になった場合は妥協案。言動は無礼がない様に注意しよう。
そう考えてきてくれたルストだが。一応依頼人はミーア・エルランジェだが、15のウィザード見習いの少女である。彼女の魔術の師。マチルダ・カーレンハートに協力を頼むつもりであったのなら、大変気難しい女傑なので。しかも、金銭にかけてはあのひとはシビアだ。
『あ、では私が払いますよ』
と、代金はミーアのポケットマネーから出す事になった。とはいえ、実際は全員分少女が払うのは結構大変だったので、こっそり執事のレンが彼女に代金を支払っていたのは余談である。 ―――さて。ともかくも王都で購入してきたそれらを。冒険者らは、皆其々に礼を言いながら受け取りしかと身に付けていった。
●
その廃屋内は、本当に大変な事になっていた。ベアトリーセ・メーベルトや、他の冒険者らがこの町に至る道中話していた通り、衛生面は推して知るべし。捨てられたのは、彼らのせいではない。被害者である可哀そうな動物が、他の人間に病気を広げるような事があってはならない。それは駆除される可能性すら生むのだから。
だから彼らを綺麗にする、廃屋も何とかするのは皆に異論はない。
――――その決意は先程扉を開けた後も、もろくも崩れるものではなかった。が。生きて物を口にすれば、当然出されるものがあり、かなりの量だ。予想していた事だが、糞尿の臭いはマスク等で防ぎきれるものではない。
ルイスが演奏をまだ続けてくれている間、入口付近で足を止めたオラース・カノーヴァがある術の使用を試みる。犬猫と完璧に意志を疎通させたいのなら、術の使用が有効だ。その為、月魔法テレパシーで会話を試みているのだ。彼の傍に、数匹の犬が近寄ってくる。唸り声をあげて、逃げて行ってしまった犬猫もいる。
「まぁ、そう皆が皆、簡単にはいかねぇよなー」
「(怖がることはない、俺達は味方だ)」
そう続けてテレパシーで訴えても、本当に? と皆が半信半疑だ。疑い、でも信じたい、尻尾は警戒するようまだ僅かに揺れる。膝を折り、傍の雑種犬と思しきそれを優しく撫で、脚を折って引きずるように歩いている犬には剣を鞘に納めたままリカバーをかける。犬の顔が輝いた。わふわふまとわりつく犬をわしわしと撫で、彼は怪我をしているものは来るよう、テレパシーで呼びかける。
「(陰陽師の土御門焔と申します。皆様の救助に参りました)」
部屋の隅で怯え怖がる様子を見せる動物、それぞれに挨拶を試みる焔。
「(辛かったでしょう。ここにはあなた達を傷つけるものはいませんし、ご飯も今他の皆さんが用意してくれています。もう大丈夫ですよ。少し元気になったら新しい家族を捜しに行きましょう)」
上辺だけでない想いは、同じ種族でなくとも通じるものだ。焔の元にも犬猫達は近寄ってきた。彼女は心をこめて、傷ついた彼らを癒せるよう―――根気強くテレパシーで話しかけ続けた。シャクティ・シッダールタも傍で、白魔法を使用し治療を行っていった。中には相当汚れが酷くなってしまっている子もいたが、彼女は厭う様子は見せない。慈愛をこめ、優しく接した。彼らの様子を見て、ルイスは演奏をやめた。どうやらひとまず大丈夫そうだ、との判断だろう。
「綺麗にするからな〜。ちょっと失礼するぜ」
持参したスコップで廃屋の中のゴミなどを片付けていく紫狼。飛び散った残飯や糞尿などは悪臭の原因だ。動物は死期に仲間や家族の元を離れるものが多い、その為か亡骸はそこにはなかった。けれどゴミはかなりの量に上る。女の子達にはさせられない、と自ら汚れ仕事を買って出て、彼は頑張ってその作業を行っていった。それを脇に寄せて、外に後で纏めて運び出す。焼却はミーアが術で引き受けてくれる事になっている。
「へへ、お前達の体は、皆がすっきりさせてくれっかんな!」
傍を興味深そうにうろつく犬猫に、彼は明るく声をかけた。
*
近くに湖はあるが、どうやら水深がかなりあるようだし、また水を嫌がる犬猫も多いであろう、という声もあり。やはりタライを利用することになった。
クリシュナ・パラハは腕まくりし。市場で購入してきてくれた大きめのタライを準備。手が空いている者が手伝い近場の井戸から汲んできた水を、注いだ。ヒートハンドを使用し、水を熱すぎない程度のお湯にして―――水で調整して、温度をちゃんと確認。直接洗うのではなく、彼女が購入し用意してくれた沢山の布、それでひとまず片っぱしから体を清めていくことにする。齋部玲瓏、忌野貞子、水無月茜、アマツがクリシュナの手伝いをすることを名乗り出た。
また。今回の依頼を引き受けてくれた冒険者の一人は集合時間に間に合わなかった。どうしたのだろうか、と仲の良い友人達は案じたが。現実問題として彼女がいない以上、犬猫達へのご飯は別の誰かが担当しなくてはいけない。
「私がやりましょう」
そう名乗り出たのはファング・ダイモス。ミーアが屋敷より持参した調理器具一式を借り受け、即席で調理場を作り。持参した新巻鮭を取り出し、芋がら縄で味噌汁を作るべく鍋に水を張り。調理を行っていった。ミーアが積み上げた枝に炎をクリエイトファイアーで点火。そうしてる間に、冒険者らから持参した食材の提供があった。アマツは一部ポケットマネーを使ってまで用意してくれた、沢山の魚や食べ物を。香哉もまた釣ってきた魚を取り出し、使ってほしいと告げる。メリル・スカルラッティも新巻鮭を、成犬・成猫用の餌にと渡す。玲瓏もまたかなりの量の魚を提供してくれた。ファングもルイスも、調理の他にあれこれやろうと考えていたが、どうにもこの作業にかなりのところ、時間を使いそうではある。
「では、私もお手伝いを」
簡単な調理ならばできますよ、と腕まくりして包丁を握るルイス。よろしくお願いします、と礼儀正しく言うファング、二人は手早く魚を調理しあら汁などを作っていった。
魚の匂いにつられて周囲をうろつきまわる犬猫達は、食材を強奪しようと虎視眈々と狙っている。鍋をひっくり返されたり、包丁にまとわりつかれては危険だしマズイ。大人しくさせるよう暴れないように、と水無月 茜が魔力をこめたそれで落ち着かせていく。効果テキメンだ。ただし歌っている間は。
さすがに疲れて歌をやめれば、気性の荒い猫等はやはり餌に向かって突進していきそうになる。本来は治療で暴れだしそうな子に対して使おうと思っていた魔法を、音無 響は即・使用。ぽてん、っと転がった犬猫はなんだか気持ち良さそうに眠りに落ちた。しかし、次々廃屋から出されてきた犬猫、体を清めたもの、そうでないもの。次々匂いに釣られてでてくる。げに凄まじき嗅覚。ファングとルイスを護るように調理場の傍にいる響は、どきどきしながらもテレパシーを試みる。
「大人しくしてたら食べ物あげるね‥‥誰か、猫じゃらし、猫じゃらし! 後、骨、骨!」
「これ使ってくださいですぅっ。よくわからないけど玩具代わりになるかとっ。市場で買ってきましたっ」
「えええ、ミーアちゃん何それ?! まぁいいや、えいっえいっ」
「これも使おう」
烈が先程のマタタビならぬキャットニップを用意し。やがて、猫達は満足そうにごろごろと喉を鳴らし始めた。が犬には通用しない。また、猫達も数が多い。キャットニップは十匹分しかないのだ。慌ててファングがレンより手渡された大きな餌皿にあら汁を注ぎ入れていく。犬猫のあまりの興奮ぶりに、ようやく我を取り戻した茜の歌も途切れがちだ。メロディ効果で多少落ち付いてこれか、と皆驚嘆し、犬猫を構ったり、餌をあげていったりとしていった。
「わ、まだあるから落ち着いて〜」
メリルもまた餌やりの手伝いをしながら、皆のがっつきぶりに仰天した。肩に飛びかかられたりもして。たいがいが餌に殺到していくものばかりだったが、警戒心をむき出しにして唸っている犬もいる。手を差し伸べようとすると、ばうっと吠え、歯を鳴らす。
「ええ、こういう犬もいると思っていたわ」
ベアトリーセは自らが焼いた小魚を持ち。猛犬ににじり寄る。コリーの血が入った雑種、その成犬。
「大丈夫、怖くない、怖くない」
にこにこ笑顔の彼女と、凄い形相で後ずさりする犬。そっと差し出す魚をくんくんと嗅ぎ。やがてそっと近づき。
ガプン。
あ、噛んだ。――――これには皆仰天した。
「‥‥っふ。平気平気、私ドラゴンに噛まれた事あるから」
「誰かポーション!!! か、リカバー!! 早くですぅー!」
彼女はこれと数匹の犬につきっきりになる結果となったが。体を張って献身的に頑張った甲斐あって、犬達がひとまずひとの手から餌を貰う事ができるようになったのは、幸いだった。
*
「小さい奴らには、やっぱりミルクだよなぁ」
香哉は牧場などがあれば、牛乳を貰えるのではないか、と考えてきたようだ。ただ問題は依頼人のミーアらを始めここの土地に詳しい者がいないということ。ただ、うまくいけばミルクを貰えるだけでなく、牧場で飼ってもらえるかもしれないと。向いてそうな犬を選んで連れてきている。
皆に断って近隣に牧場を探しにきた香哉ではあったが。どことなく寂れた感のある町を歩いて住人らに話を聞こうと思ったが、声をかけても足早に通り過ぎられるだけ。困ってしまった。
「―――何をお探しですか?」
「ああ、すみません。この町に牧場は」
声をかけてきた相手を振り返り。香哉は軽く眼を見張った。金の髪にゆったりとした白い服を着た、優しげな人物だった。香哉に抱かれた、黒い豊な毛なみの犬ははふ、と嬉しげにいった。相手は、軽く頷いて見せ。すっと手を上げる。
「この道をまっすぐ行って。町外れに小さな牧場があるようです。引き取ってくれるかどうかは解りませんが‥‥」
「えっ‥‥と、ありがとうございます。ご親切に」
いえ、と相手は短く答え。香哉はもう一度頭を下げ、足早にそちらへと向かう。しばらく行った先で何気なく振り返ると。その人物は既に忽然と消えていた。
*
廃屋の裏側に、広い空き地があった。多少腐食は進んでいても、まだ使えそうな椅子に腰かけて、セイルがワイナモイネンの竪琴を爪弾き始める。
ポロン、ポロンと優しい音が零れる。周囲が騒がしいと効果は切れるが、案じる必要もなかったかもしれない。木々の影、放置されて伸び放題になっている草の影から音に興味を惹かれたのか、動物達が顔を出す。
「―――小さな動物リサイタル、って所かな。拙い腕で恐縮ではあるが」
犬猫達が怖がらない穏やかなそれを、選曲したようだ。また、拙いというのも謙遜だろう。ルストとディーネ・ノートが、セイルに近寄る動物に手を伸ばすが、抱きあげるのは嫌そうな様子を見せる者もいたので。触られるのを嫌がらない子を中心に、借りたブラシで目立つ汚れを取り除いていった。ルストとディーネが彼らを犬と猫をそれぞれ数匹ずつ抱き上げ、表――廃屋の入口付近に置かれた桶の方に連れていく。体をしっかり清めれば、きっと貰い手が見つかるだろう。
「頼むわ♪」
「はいはい〜了解っす」
「怪我はリカバーで治療したので、大丈夫かと」
「そうか。ありがとう。大人しいのだな、いい子だ」
二人は桶の傍にいた彼女達に犬猫を一匹ずつ渡していく。きちんと絞った布で、汚れを丁寧に落としていった。
――――先程の空き地にいた犬猫は二人が何往復かして回収されていき、やがて抱きあげると嫌がって、後回しになったセイルの傍をうろうろとしていた大人の猫だけが残された。曲を弾き終えて、セイルが猫に笑いかける。
「ご清聴、ありがとうな」
彼が喉を撫でると、意外にも気難しそうな猫は気持ち良さそうに鳴いた。彼の髪と同じ、黒い毛なみの猫だった。
*
「俺達は町の復興の手伝いしていくよ。魔物にやられたのは数か月前だっていってたっけ。思ってた程酷くねえみたいだけど、でも何か大変そうだし」
「‥‥町で一応、宣伝はしてみるわ。犬猫を飼う余裕のない人が多そうではあるけど。駄目もと、ね」
「やっぱり放ってはおけませんからね〜」
被災者用のお風呂はとりあえずは大丈夫そうだな、と思いながらクリシュナが。一番町が酷い状態だったときからは脱している。問題は住人の心に弱者に向ける余裕までは、ない事だろう。
「犬猫達を助けるのも大切。けれど、命の軽重に差は無い。困っている者がいるなら助けになりたい。それが騎士の務めであり、―――剣士の矜持よ」
「何匹かは預からせて下さい。私も皆さんと一緒に探しますから」
紫狼、貞子、クリシュナ、アマツ、茜がそう町に残る事を名乗り出た。日数、時間的にでも彼らに出来る事は限られているだろう。―――それでもその真心はきっと塞いだ町の人達の心を、元気付ける筈だ。ミーアはにこっと笑って、告げた。
「それでは、私達は王都に先に戻っていますぅ。皆さん、どうぞ宜しくお願いしますね。報酬をお渡ししたいので後ほど冒険者ギルドに」
けれど彼等は皆、地獄で使えるというアイテムはいらないという。ボランティアでいいと。
何台かでの馬車で、王都への移動の途中、人型に姿を変えた玲瓏の精霊、ルームは。彼女の頼みで、動物達の心が落ち着くような、竪琴で優しい音色を奏で続けた。玲瓏が撫でながら、囁く。
「次の飼い主さまに愛されますように」
王都に行く途中――――甲斐甲斐しく彼らの面倒を見る冒険者達の姿を見て、ミーアは微笑んだ。
「‥‥この世の中、捨てたものではないのですぅ。ね?」
抱き上げた子猫に、額を押し当て。ミーアは呟いた。
●
王都へ戻ってきた冒険者らは、其々の行動を開始した。ただし元々は野良化していた子達だし、彼らと絆が深い訳ではない。当初、誰一人としてリードをつけておく事を考えてはいなかった為、馬車で町から王都まで移動して下ろそうとしたときに、ひょいといなくなってしまったものもいた。テレパシーを使用できる者達は事前にこれから起きること、良い貰い手を捜して家族になってもらう予定であることを話して聞かせていたから、彼らの落ち度ではないが―――がっかりするものも多かったのは無理ない事だ。
この広大なメイディアで。行くべき場所がはっきりしている者もいる―――ルイスは船乗り達に打診してみるべく、数匹の猫を抱えて早々に港へと向かった。烈とベアトリーセは行くべき場所が冒険者ギルドや酒場など、そしてポスター張りと決めていたので途中まで共に行動する。二人ともポスターは作ってきた訳ではないので、絵を描く才能があるクリシュナが作成した天界風にデフォルメされた犬猫のそれを何枚も持った。可愛い絵柄だ。
「はぁ」
何やら思うところがある様子のベアトリーセも、特にその何かを口にしようとはしない。ポスターは大いに必要である―――少しでも多くの犬猫を貰ってもらう為にも。また烈は向かった先で在った馴染みのギルド員や酒場の主人に十分な対価を自腹から払って許可を貰い、同時に何か質問があった際のフォローも頼んだ。本日中に貰い手が名乗りでず残ってしまった子がいても、一時的にミーアの師匠のマチルダ邸で預かれる、とのこともあり、その事も伝えられる。皮膚病などがひどかった一部の子達のことも、しかりだ。
それを聞き、冒険者達も安堵していた。勿論数こそ限られるが自分が引き取ってもいい、と考えている者もいたが。―――しかしながら、正式な引き取り手が現れてくれる事に越したことはない。かなりの数であること、その犬猫の貰い手を捜すのに協力を願うと、顔馴染みの店主やギルド職員達は快諾してくれた。
*
拠点となる場所が必要である。おおよそ、80匹、これだけ大人数の犬猫を一度に皆連れ歩く事は出来ない。冒険者街の空き家を使わせてもらう案が出されたが、大家を簡単に納得させるのは難しかった。ひとまず広い公園を使用させてもらう事にして、ディーネ、ルスト、セイルがそれぞれ犬猫を数匹ずつ、貰いうけたリボンや紐などで作った即席のリードをつけ、街中へと向かった。
「いいひとが見つかるといいわね♪」
ディーネが弾んだ声で言うと。短い間でも大切に愛情をもって接せられた事からか、動物達もどこか安心したように三人にリードをひかれ、ついていく。ルストは特に、相手が飼い主に相応しいかしっかりと確認して渡す、と前もって言っていた。きちんと育てられない者に、動物を飼う資格はない。彼女が考えたとおり、最初に飼い主候補の人柄をきちんと見ておくのは、とても大切なことだ。
*
港ではルイスの読み通り、船乗りの元に連れて行った猫達は鼠退治に大いに貢献してくれるだろう、ということで。次々と貰い手が決まっていった。王都の港の規模は、皆周知の通り。あまり大事にしてくれなそうな人は、上手く角が立たないようお断りをする場面もあったが、トラブルもなく連れてきた猫達は彼の手を離れた。
また王都の公園で他にも多数の犬猫が居る事を告げ。他に希望者がいるかどうか、ぬかりなく確認し。家族の番犬にもどうですか、という提案が効果があったのか。興味を示した者達に、希望の犬種等を確認し。他の仲間と後ほど、候補として何匹か連れてくることを約束した。
この日、港の船乗りを中心に。結果的に、即戦力として成猫が10匹、番犬の役目を果たす大型犬が4匹貰われていった。
*
オラースは、数匹の成犬を連れて、散歩した。興味を持った様子の子供連れの母親や、通行人にそつなく声をかけていった。しっかりと会話をし、ただの興味本位でなく飼ってくれそうな人物を捜す。
「そっちはあんたの犬かい?」
「ああ」
オラースは自分のペッド、セッターのペンドラゴンを連れて来ていた。よく躾けられた大きな犬は主人の命令を聞き傍で大人しくしている。人に触られても吠えたりはしない。
「きちんと飼えばこうなる。躾をし愛情をこめて接すれば、な」
「へえ〜」
やがて彼が今そこにいる犬だけではなく、公園に他の犬猫もいることを告げると。興味を持った者がかなりの数でてきた。彼の宣伝活動は効果があったといえるだろう。
一方マリーナも都を歩き、動物に反応を見せる人を中心に声をかけていった。地道に人当たりよく彼女は事情を説明して、飼ってくれる人を捜していく。すぐの返事、という訳にはいかなかったが。家族に相談してみる、とか。欲しい、という反応を見せてくれるひとも少なからずいた。子犬であれば欲しい、と言ってくれる者達に貰われる事が決定した子も、いた。マリーナは その時は。子犬はいつか大きくなること、大人になっても責任を持って大切にしてください、と。彼らが置かれていた境遇を話した上で、大切に飼ってくれるかどうか見極める事も忘れない。
「ありがとう! 家族で大切にしますね」
その言葉を信じて。子犬の未来に幸せがあるよう祈りながら、マリーナは手渡した。
●
子供達に、可愛がってもらえれば嬉しい。なにより飼育する事で、命の温かみとかけがえのなさを感じてほしい―――それが、玲瓏の願いだった。
「孤児院でお勤めの方に知り合いは――――あぁ、そうだ。知人が教会で働いているんですぅ。そこに近くの孤児の子達が遊びに来てて。皆元気で、とっても良い子達ですよ。まずはその教会に行ってみましょうか☆」
もし飼ってもらえるようであれば、と玲瓏が『孤児院』を上げたことで。ミーアはそう答えた。玲瓏は安堵して微笑んだ。
向かった先、教会にて――――。
「幸人さん、こんにちは。お久しぶりですぅ」
出迎えてくれた天界人の男性に、ミーアは元気よく挨拶した。玲瓏もぺこりと頭を下げる。
「おお、元気だったか」
「はい〜。あ、玲瓏さん、幸人さんは教会の建物を一部使って、子供達にお勉強を教えてる素敵な先生なんですよ★」
「あ、いやいやそんなに大したものじゃない(照)。‥‥そちらの方は?」
「ジャパンより参りました、齋部 玲瓏と言います。よろしくお願いします。実は―――」
存在を主張して玲瓏の腕の中の子犬達がわん、と吠えた。ミーアもまた二匹の犬を抱えている。子供が安心して飼えそうな、温和そうな子達を選んできているので。それ程激しい吠え方ではない。幸人は驚いて目を瞬かせた。
*
都での宣伝を聞いてきたのか、公園には少しずつ人が集まってきていた。
「大変な思いをして暮らしてきた子達です。愛情を持って接すれば、きっと、とってもいいペットになりますよ〜〜」
こういうご時勢だから心情に訴えかけるように、と。メリルは言葉を選んで声をかけ続ける。
「その三毛猫、触らせてもらっていいですか〜〜〜?」
ゲージから出す前に、焔と響がそれぞれテレパシーで語りかけ落ち着かせて、大丈夫だからと取り出し子供に渡す。術の効果はさすがというべきか、暴れて目を覆いたくなるような事態には今のところ陥っていない。
「お金はかからないの?」
「ええ、かかりません。大切にずっと面倒を見てくれる方であればお渡ししたいと思っています」
「ん〜。家族と相談してみようかな」
「はい。良く考えて頂いてからで構いませんので」
ファングが穏やかに応対していく。
多少痩せてはいても、皆が清めてブラッシングした彼等は、最初廃屋の中で見たときとはまったく違っていた。
比較的温和な扱いやすそうな犬猫から、だいぶ貰われていった。
●
冒険者らはその日の夕方、公園に集合した。それぞれの奮闘があり。保護できた90匹近くいた犬猫、10匹は例の町に残し、残り80匹中、60匹近くが飼い主が決まった。ポスターや宣伝活動の効果があって飼う事を決めてくれた王都の住人、また船乗り達、孤児院で、等。 子猫や子犬はやはり貰い手が多い。問題は皮膚病の可哀そうな子達、年老いた動物達、あと人から捨てられた事で心の傷が深い者達、だ。
皮膚病はしっかりと治療していけば、治るだろう。けれど人によって傷つけられた心を癒せるのもまた、人だけなのだ。
「最後まで残ったのか。だが見る目のない奴が多かったようだな。俺と一緒に来るか」
烈は明るく話しかけ、その怯えた様子で縮こまる成犬、毛を逆立てる猫達に語りかける。三匹の、傷ついた動物達。
「(きっと大切にしてくださいます)」
「(もう安心だよ。信じてついていくだけでいいからね)」
焔と響が、テレパシーで語りかける。烈は考えを変える気はないらしい。じっと彼らを見ている。やがてゆるく尻尾を左右に揺らした。僅かに心を開いた証だ。その場にいた者達は、ほっと息をはいた。
「ん? あらら。あなた達は、私の所に来るわよね?」
と、ディーネが。そこにいたのは、最初の頃から彼女に懐いた様子を見せていた猫達。なーん、となく動物を、ディーネは優しく見た。
そのすぐ傍ではメリルが、引き取りたいと前もって選んでいた犬。怪我をしていた事で多少臆病になっていた、けれど治療を終えたその犬は。生来は明るい気性の犬なのかもしれない。ダッケルを抱き上げて、メリルはそっと抱き締めた。
「一緒に行こう。家族になるんだよ?」
「あなたは、これから私と暮らすのよ。これから、どうぞよろしくね」
既にいる犬とは別の犬種を、と。幼いコリー犬をマリーナもまた、選んでいた。どちらも大切にしよう、と彼女は考えているのだろうか。抱きあげてその小さな顔に頬を寄せる。
「では。さっき話したけど、こっちの五匹は。ウィルのブリーダーのツテで、引き取ってくれる奴を捜してみる。安心しろ、絶対に放り出したりはしねぇから」
オラースも犬三匹、猫二匹を引き受けた。セイルもまた彼以外に懐かないその黒猫を、引き取る事に決めた。彼の竪琴の音色を最後まで聞いていた、あの猫を。
*
「アマツさんには、こちらの灰色の猫ちゃんを。貞子さんには、こっちの子犬ちゃんを‥‥これで冒険者の皆さんには計16匹貰われていって。後は怪我をした子達だけだから、こちらはお屋敷で看病して。マチルダ様もお知り合いの方に当たってみてあげるって、言ってくださってたし。うん」
可愛い籠に毛布の一部をひいて、そこに猫と子犬を入れ。良かった、とひとりごちる。
ありがとう―――。
そう、どこかで聴こえた気がして彼女が振り返ると。すぐ傍に真珠色の、きれいな袋が置かれていた。中を覗くと、そこにはキラキラと輝く、結晶がいっぱいに入っていた。
「ミーア」
「!? はいっ」
「受け取るといい。普通なら町の復興しか考えないところを犬猫を助けようとするのは、その博愛の心は称賛に価することだ」
オラースから差し出されたのは、魔導書アルスパウリナだ。驚くミーアに、ウィザードが持ってこそ価値があると彼は続けた。ミーアは袋をぎゅっと握る。
「でも、オラースさん。私は、天使様に頼まれただけなんです」
思わず言ってからミーアは口を塞ぐ。オラースは頭から否定する事無く、微笑った。もしかしたら冒険者らも薄々気づいていたのかもしれない。一介のウィザードが地獄で使用できる特別な品を報酬にするなど、おかしいという事に。でも誰もその真相を、問いただす事はしなかった。犬猫の為に本当に一生懸命やってくれた――――。
「誰でも良かった訳じゃねぇだろ。その誰かはあんたを見こんで頼んだんだ。きっとな」
*
そう。彼らがした事、それはまさしく平和への祈りに通ずる。渡された品は、人々の祈りの結晶、稀有な輝きを放つもの。
救われた命に、彼らのその先の未来に。どうか幸多き事を、願って――――。