【愚者の章】―――虚飾の町―――

■ショートシナリオ


担当:深空月さゆる

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月21日〜06月28日

リプレイ公開日:2009年06月30日

●オープニング

●奇妙な噂
 メイの広大な砂漠に点在するオアシスの町が、カオスニアンとその者らが率いる恐獣に狙われる、という出来事が以前より続いていた。増えた難民は行き場を失い。受け入れに難色を示す他の領地らとは異なり、イムレウス子爵領が積極的に彼らの救済を行っているのは、この領地の民にはよく知られた話だ。
 難民の中の志願者を募り、かなりの数が兵士となり、カオスニアンや増える砂漠の生物を倒す為に訓練を受けていった。子爵の命の下、子爵領の最南端、サミアド砂漠と接触する場所にある、その『砦』に付近に人口300人程の、兵士達の暮らす町が作られた。戦いに備え、首都の工房より多種のゴーレムも移送されている。
 兵士としての適性なき場合、他の仕事を与えられられる事が約束され。そこより南西に存在する『ウェスト・タリス』という町に難民受け入れの住居の完成がされた後、老人女子供と共に『首都』から移住をしていった。
 子爵は税を住民らよりある程度収集する――その代わり、徹底して、医療施設、福祉施設、孤児院の設立、運営等を行ってきた。無理な納税義務も課さず、それが賢君として名高い理由の一因だ。ただ。ごく僅かにだが一部の者達が、子爵領内部に魔物の【影】ありと気付いても、それは表沙汰になる前に、殆どが秘密裏に潰されていった。
 けれど子爵の善を信じていない、かつて冤罪の末潰された大貴族ディオルグに縁ある者が、その悪事の決定的な証拠を握る為、その二つの『タリス』の町に潜入を試み。
 そしてその結果―――今回の事件が起きた。

 
●助力
「おや、よーやく戻ってきましたね、家出娘‥‥‥‥。テッサ?」
 天幕に飛び込んできたシフールの羽の動きが止まり、床に軽い音を立て落ちた。笑顔で迎え入れた道化師風の男が、絶句した。子爵領で人気の旅芸人ら―――、一座の団員達が。稽古を中断し、驚き駆け寄った。
「〜〜〜〜ぅ〜〜‥‥」
 男の掌ですくいあげられた妖精は、痛みを堪えるように丸まっている。酷く苦しげだ。傍にいる黒髪、金色の瞳、浅黒い肌色の美貌の女が。思い切り悲鳴をあげた。
「ぎゃあ! ちょっとちょっと、この子怪我してるの? 血とかは流れてないけど」
「―――さて、外傷はないようですが。誰か薬を!」
「‥‥いッ、た、子爵の側近に、矢を射られたと思ったのに、銀色の‥‥」
「こ、これを」
「どうも、―――さっ、飲んで」
「し、死んじゃ駄目よっ、テッサ」
 仲間が必死で励まし、『薬』でシフールは回復の兆しを見せる。
「皆が、この町に来て―――公演の傍ら、ジーク家の当主の元に立ち寄るって言ってた筈だって‥‥よかったぁ、私の記憶違いじゃなくて」
「テッサ。坊やは‥‥アレクは一緒では」
 泣きだした少女は、道化師の首にしがみ付く。
「砦に捕まってる‥‥やっぱり潜入捜査なんて絶対に止めるべきだったんだよ。他の奴等もみんな殺されちゃうよ‥‥!!」
「ふむ。子爵にバレて監禁、‥‥ですか‥‥」
「ふ、フール・パーター! まずいんじゃないの!」
「‥‥ひとまず、マダム、暫く潜伏して生活できる程度の貯えはありますよね、オレリアナに皆で一度避難を。『彼』の言う事が正しいなら今子爵領で一番安全なのは、あそこでしょう」
「‥‥エドワンド・ブラッファルド?」
「ええ。それに最近聖都の民と精霊らと竜と冒険者らで、偉業を成し遂げたとか。精霊らの加護もありますしね。首都なんぞにいるより余程、いいかと」
「あんたは」
「これからテッサと共にジーク家に向かいます。恐らく、彼らと連絡を取り合う事は可能でしょう。アレクを犬死にさせる訳にはいきません。‥‥それではマダム、皆さんを頼みます」
 道化師は天幕を後にし―――その沿岸の町の丘にある―――ジーク家の屋敷へと向かった。


●異変
 そういえば、ウィザードのラスティエルは前に。なぜ子爵領にいる弟に会いに行かないのだ、とロゼに聞いた事がある。そうしたいけど、できない、というのが答えだった。とても困らせてしまったようなのであまり深くは聞けなかったが。
「彼はな、ロゼが子爵領に来ていることを知るなり。会いたいではなく、メイディアに連れ戻せとそう言った。こんな危険な土地に連れてくるなんて何を考えると怒鳴られたさ」
 無理はねぇが、大変な剣幕だったと、以前エドがラスに言っていた―――。

 今ジーク家に集っている『関係者一同』の中、一際場違いな派手な姿の道化師。ロゼの予想通り、彼らのもとへ尋ね人は確かにあり。しかも相手は――カードから抜け出たような容姿の人物だった。
 ロゼの相棒のクインも竜の子も動じていない処を見ると、聞いていたらしいが。ひとりだけ状況についていくのがやっとといった感じのラスは、密かに息をついた。
 
 13年前カゼッタ島での事件からエドに救いだされたロゼと、その弟。周知の通りロゼは以前彼女の母の騎士をしていたエドに庇護され、『弟』は。エドの知己、ディオルグ家の覚えもめでたかった旅芸人の一座―――『アユル・ウェーダ』へと預けられ。ずっと行動を共にしていたというが。
 けれどロゼがそうだったように。彼にもまた、真実が全て語られている。彼は一年程前から団員の一人だったシフールと共に。各地に仲間を作りながら『子爵』を討つべく密やかに行動を始め。今回、ある噂の真相を確かめにいった先で、―――捕まった。

 真紅の髪、紫の糸で刺繍が施されたマントを摘み、ド派手な化粧を施した男は呟く。
「自分はご覧の通りの外見だから、兵士がうろうろしている砦に忍び込んで――――なんて隠密行動は不向きですし」
「―――なぁ、フール・パーター。ロゼの弟らが掴んだ、噂って何だ?」
 クインが鋭く問う。
「消えていく難民の、噂です。‥‥正確に言うと、どんどん受け入れている筈の難民が町から溢れださない事を戸惑う者がいた訳です。事実、子爵の受け入れの仕方は来るもの拒まず、という感じで、無茶な感は否めません。人口は流れ込んで行くのに、破綻しない。確かに、奇妙でした。それでアレクらが調査したところ、商人らの話だと。あの町に関わった商人の一部ですがね。しかも町の民の顔ぶれがどんどん変わっていってるようですよ。皆そこは楽園のように褒める。‥‥気味が悪い、周囲にぼやいているうち、その商人は変死を遂げた」
「!」
「アレクらは証拠を掴む為に、他の子爵を疑わしく想う同志らと共に潜入調査をし。町の中央にある医療施設に忍び込んだ際に―――何者かの襲撃に遭ったようですねぇ」
「そこで‥‥あなたは何を見たの?」
「ごめんなさい、アレク達は中を見たんだけど。私は見るなって怒鳴られて。でも、なんだか‥‥皆凄くぎょっとしていて。そうこうしている内に、魔物が。癇に障る笑い声をたてて襲ってくる‥‥シフールみたいに、小さな魔物がいたの。あちこちから現れた、住人らの様子が、その時おかしくて。ランタンの明かりで照らされた顔は、眼が死んだ魚みたいだったの。でも笑ってるの」
 恐怖が蘇ってきたのか震える少女を、宥めて。ラスの顔色が変わったのを一瞥したエドが、名乗りでる。
「では。砦へはクインと冒険者らに任そう。ウェスト・タリスの方の調査へは俺とラスが向かう‥‥とはいえこっちも人手を募った方が良さそうだな。ラス、いけるか」
「勿論。―――行きます!」

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3114 忌野 貞子(27歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●ウェスト・タリスへ
「うむ‥‥かの島の『何か』を目覚めさせる為の糧として、魂をか‥‥」
 アマツ・オオトリ(ea1842)がそう呟く。現在彼女を含めた7名が向かおうとしている、ウェストタリス、その町と対になる、もう少し北上しサミアド砂漠に面した古城『タリスの砦』に他の仲間達が向かっている。そこに依頼人の一人、ロゼ・ブラッファルドの弟と仲間が囚われている。アマツが言ったのは、救出班の内、冒険者のひとりが事前に言っていた事だ。
 『彼ら』は、ウェストタリスに潜入しそこで見てはならぬ何かを目撃した。それが今回の依頼の発端だった。
「魂を補充する装置になってるんでしょうね、そのウェストタリスって街は。死体処理は魔物に任せればいいですし、表向きは凄い善政で通ってますからね。難民の皆さんは疑いを持たないでしょうし、持ったとしても‥‥」
 うわぉ、とおどけたように言う。そう、確信があるようで、クリシュナ・パラハ(ea1850)の言葉は断定的だった。
 その推理は正鵠を射ているのか。これからこの目で確認する事になる。

 空飛ぶ絨毯に乗るのは難民のフリをした忌野貞子(eb3114)と、クリシュナ、アマツだ。
 その傍で、導蛍石(eb9949)と彼のペガサスに同乗したクロード・ラインラント(ec4629)が飛行し。ロゼの義父のエドが駆るグリフォンに、彼と弟子のラスが同乗している。
 貞子とラスに関しては、ロゼらが身を寄せている貴族の屋敷で、アマツの手により化粧なども施され、難民風のいでたちに変装作業は完了済みである。
 
 これより貞子とラスは同じ難民として潜りこむ。クロードはチキュウから来落して間もない天界人医師として、蛍石は白の神聖魔法の使い手として、町で苦しむ人々の救済の為に来たと告げる予定だ。

「うーんっと、俺と貞子さんは、冒険者のアマツさんとクリシュナさんに拾われて、その途中で天界から来たクロードさんもまた町への移住を望んでいたから連れてきた、んだよね? でもって蛍石さんは後から合流する形で俺達とは面識がない振りをするんだね?」
 考えをまとめ口にするラスは真剣そのものだ。
「‥‥ラス、大丈夫? ‥‥こんがらがってない‥‥? 演技、出来る?」
「平気だよー!」
 図星を刺されたのか、少年は少々ムキになっていう。周囲の大人達が忍び笑いをするので、頬を膨らませた。
「お師匠も難民のフリをするんだよね?」
「ああ。俺は一度は首都に移住したが、噂を聞きつけタリスを訪れたって事にする。剣の腕には自信があるからな。砦側で働かせてほしいって言ってみるさ。別に砦じゃなくてまずこっちに来てもおかしくはないだろうさ。まぁそうする事で監視ができるかもしれんが。それでも見れる事もあるだろ」
「成程、そういう手もあったか」
 アマツが感心して頷く。肩下まで波打つ黒髪に不精ひげ、さらに確かにエドは下手に商人や難民を装うと怪しまれそうな体格だ。剣は使えるので、まず問題はないだろう。
「魔法が使えんのは隠しておいて、あんた達と別行動して、いざずらかる時は援護出来るようにする。お互い持ち寄った情報は後で交換し合う、そういうことで決まりだな」


●楽園だと、彼は言う。
 タリスの町は傍に連なる山脈からの、吹き下ろしの風の影響を防ぐ為か周囲が木々と、塀に覆われている。昔から存在したその町に難民の為の住居を増やし、膨れ上がった町は――どのような場所なのか。
 町に到着後、門番に事情を説明すると傍の建物を示され、そこで通行の許可を貰うよう説明された。
 受付窓から見える係り員は柔和そうな男性二人で。交渉事に慣れている、武装しているアマツが進み出て。
「イムレウス子爵が難民を救済しているという話を耳にしたので、彼らをここまで護衛してきた次第だ」
「そうそう。いや〜本当に、救済と一言で言っても中々誰にでも出来る事ではないですよね!」
 クリシュナも共に。二人で善政にとても感じ言った事、子爵を褒める言葉を重ね、仲間共々協力を願い出る事をアマツが伝えると。係員は微笑んだ。
「そうでしたか。ええ、子爵様は本当に素晴らしい御方なのです」
「‥‥噂は、本当だったのね‥‥できれば永住を、望みたいわ‥‥‥‥。今まで沢山、辛い思いをしてきたから‥‥できれば心穏やかに、暮らしたいわ‥‥ね、ラス」
「うん、もう恐獣とかカオスニアンとかコリゴリだよ〜」
 ひしと抱きあい泣きだす貞子とラス。
「さぞ御苦労なさったんですね。そういえばあなたは、とても顔色が悪いし、ここでゆっくり養生してください。‥‥もうここに来れば安心ですよ! 同じように大変な思いをした人達が助けあって、心の傷を癒しながら日々暮らしていますから」
 感激し泣く二人、ラスは演技力はいまいちで仲間達は密かにハラハラしていたが何とか疑われずに済んだようだ。
「天界は、医療が進んだところだと聞いた事があります。クロード様は医療施設の責任者へ、私が事情をお話しましょう」
「よろしくお願い致します」
「こちらこそ。我々としても心強い限りです。ただ大変申し訳ありませんが、そちらの騎士様、この町の中では武器の所持が原則禁じられているのです」
「申し訳ないが‥‥」
 アマツがそう謝罪した上で、武人としてそれは難しい事を丁寧に告げる。押し問答になると想われた矢先、やがて相手が折れた。不満そうな様子を僅かに見せながらも。
「でも、すぐに必要はないとお分かりになる筈ですよ。ここはとても平和で楽園のような場所ですから」
 その満面の笑みに―――寒気を感じたのは一人や二人ではなかった筈だ。
「それにしても今日は商人以外‥‥外からのお客様も多いですね」
「‥‥俺達の他にも、難民が来たの?」
「ああ、いいえ。遥々王都よりいらした、鎧騎士の女性ですよ」
「はぁ〜随分遠くからいらっしゃったんですねぇ」
「何用で?」
 クリシュナが驚いて見せると。本当に、と男は頷く。
「なんでも以前砂漠で恐獣やカオスニアンらに襲われたオアシスの町を救った、その縁で。彼らが今ここに移住したと聞き、皆さんに会いにきたのだそうですよ」


●医療行為
 医療施設は白塗りの壁の、大きな建物だった。石造りでひんやりとした感はあるものの、窓も幾つもあって光を取り入れられるようになっているので暗さや閉塞感は左程でもない。
「クロード様、診察はこちらの部屋で行ってくださいませ」
 クロードは医師らの使う診察室を、衝立を隔て使用する事になった。一見すると普通の振る舞いに見える医師達と医学等を交えた話をし、是非にと望まれここで働ける事になったものの、辺り障りのない会話をするに留まった。
 その日の夕刻、別行動をしていた蛍石は作戦通りに施設へと入る事に成功し、そこで他人のふりを装い、クロードらと顔を合わせた。
「お初にお目にかかります。私は導 蛍石と申します。 魔法での治療を生業としております」
「初めまして、私は天界から来落してきました、医師のクロード・ラインラントです」
 クリシュナは施設の外れ、患者達が使うシーツやタオルを洗い煮沸消毒する、そういった手伝いに回された。アマツもその手伝いを名乗り出て、共に行動している。
 また体調が優れないと告げた貞子達は、比較的病状が軽い者達の病室にいる。
「この町には次々怪我人や病人が訪れるのですよ。だからご助力は大変心強い限りなのです。これからずっと、このタリスの町にいてくださるのですよね?」
 助手を務める女に問われて、蛍石は頷く。
「勿論です。その為にこうして来たのですから」
 それは嘘に違いないが、女は頷いた。
「そうですか、‥‥ずっと。なら良かった。皆喜びますわ。導様、こちらの患者さん達をお願いしてもよろしいですか? だいぶ精神的に参っている方々のようで。こちらも力を尽くしてはいるのですけれど」
 蛍石は、精神衰弱を装う貞子達を始めとする難民らの心を、メンタルリカバーで癒していく。病人はクロードを含めた医師が引き続き診ていくことになり、蛍石は精神的苦痛を癒し。そしてここにも存在した、眠り病で床につく患者を救うべく魔法を駆使して『夢魔』退治を試みる。クリエイトハンドで患者の体から魔が飛び出した後は、コアギュレイトで拘束しホーリーで殲滅した。
 彼の鮮やかな手並みを称賛する声が次々上がる中、言葉少なになった医師や助手がいたことにクロードが気付いた。既にトイレでテレパシーの詠唱は澄ませているので、蛍石に心で語りかける事が出来る。

「(蛍石さんがお使いになっている神聖魔法。警戒され始めています。‥‥気を付けて)」
 ぴくりと蛍石の手が止まる。しかし他の生気を取り戻した患者等が、他にも眠り病に侵されてる奴らがいる、と声を上げるため蛍石はその手を止めることができなくなった。

 *

 この医療施設、人が多く隠れて術の詠唱を行う事が難しい。
「お医者様、厠が近いようですが」
 体調不良では? と見咎められ、クロードは曖昧に笑い。まだこの地に来てそれ程立っていないので、環境の変化に体が戸惑っているのでしょう、と穏やかに切り返した。天界から来た、というのは事実だし彼自身こちらに来たばかりの時戸惑いが皆無だったとはいえないから、その発言にも信憑性がある。
「患者を労わるのも大切ですが、ご自身も大切になさらないといけませんよ、医師として」
 はい、と答え背を向けたクロードを。中年の医師は物言いたげな目で、見つめていた。

 
●施設の秘密
 布団を干し、掃除洗濯などを雑務を手伝うアマツとクリシュナに、かかる声があった。
「すみません。少しよろしいですか」
 鎧を身につけ、美しさよりも凛々しいといった風体の若い娘がそこに佇んでいた。
「貴方がたは、ここの職員の方ですね」
「ああ、そうだが」
 二人はひとまず頷く。女は、建物を疑わしげな眼で一瞥し。
「ここの医師達は、本当にこの町の方々を救っているのですか? ‥‥少々、奇妙な噂を耳にしたのですが」
 驚き硬直した二人を見、彼女は目を伏せ呟く。
「‥‥すみません。おかしなことを、お尋ねました」
「待たれよ! 貴方は」
「王都から訳合って知人を訪ねてきた、鎧騎士の富永と申します。私は」
「クリシュナ様、こちらもお願いします。煮沸消毒してください」
「あ、はいはいっ!!」
 現れた看護助手の娘の、溌剌とした笑顔に。鎧騎士の娘は顔を曇らせ。一礼し、背を向けすぐその場を離れた。引き止める間もなかった。

 *

 医師らの様子が、おかしい。監視的な視線を感じ、昼間とても施設の謎に迫るどころではなかったクロードは。テレパシーで密やかに皆と連絡を取り合いながら、結果皆が寝静まるのを待ち。割り当てられた部屋、その寝台から抜け出す。
 幸いにしてこの建物の中、術の効果範囲内に皆入る事ができている。ラスの師匠はこちらの出方を、窺っているに違いない。
「(行動を、開始します)」
 アマツ、蛍石、貞子、クリシュナ、ラス、そしてエド―――皆いつでも行動できるよう寝ずに起きている。一人一人に思念を飛ばすと、了解、との返事が返ってきた。
 ブレスセンサーを頼りに、暗闇の中。その医療施設内の調査を開始した。恐らく医師らが眠っている部屋は避ける。寝静まった建物内、物音をたてぬよう慎重に進む。灯りは使えず頼りになるのは、呼吸音のみ。万が一の時に備え、既にレジストメンタルは施している。
 奥は以前に、伝染病の患者の隔離場所として使っていたところなので、当時の者も一部残されているとのこと。足は踏み入れないよう堅く言い渡されていた。
「(やはり、気になるのはそちらでしょうか)」
 ―――段々と暗闇に慣れてきた目を頼り、扉を見つける。
 石の扉。僅かな隙間があいている。両手を入れ、力を込め思い切り引く!

 薄暗くて、よく見えない。
 湿った空気が流れ出てきて。彼にむかって、飛び出してくる影があった。辛うじて声は挙げなかったものの、これには驚く。炎がぽつぽつぽつと三つ灯った。クロードがいる場所に円形の火柱が派手に上がった。高速詠唱のムーンフィールドでも防ぎきれない。炎で吹き飛ばされた彼を、愛らしい声がからかう。

「いけませんわ」
「覗きは」
「駄目よ」
「「「ねぇ」」」
 ケタケタケタ‥‥

「「「やっぱり、鼠さん達だった」」」

「過去を覗く者‥‥」
 炎に浮かび上がる姿は、天界風にいうならばゴスロリファッション。見憶えのあるもの。
 それが縮んだような、小さな三匹のシフール。
 三つ子のように、同じ顔をしている。

「あら」
「勘違いね」
「あの方はもう死んでしまった」
「可愛いけど、ちょっとおまぬけさんでしたもの」
「サラ様には、叶いませんわ」
「賢さも、美しさも」

 くるくる舞い踊る妖精達は、クロードに火の精霊魔法を打ちこみながら御満悦だ。高速詠唱を使える訳ではないのに、時間差攻撃なので、立て続けに打ち込まれている。ムーンフィールドを張り直し、クロードはせきこむ。

「魂を奪った人々を、どうしたのです?」

「それはもう、体は。家畜や獣にこっそり食べさせましたわよ」
「腐るとくさいし〜」
「ぐちょぐちょになるしィ〜〜」
 妖精らは、嘲笑う。
 派手な火の魔法攻撃に仲間がその場へ、駆けつけて。コアギュレイト後のホーリー、ストーンが炸裂する。石化した妖精ががしゃんと音をたて床に落ち、聖なる光に焼かれる痛みに絶叫を上げる。

「痛い、痛いわぁあっ」

「‥‥クロードさん‥‥逃げるわ、‥‥魔物に囲まれつつ、あるって蛍石さんが。ラスも抑えて、『あいつ』じゃないわ」
「‥‥!」
 高速詠唱でホーリーを続けて打ちこみ、脱出を促す蛍石。
「嘘‥‥やられちゃった‥‥」
 重ねて術を叩きこまれ、壊れた人形のよう、死んだ妖精。
 アマツとクリシュナがこちらへ駆けてくる。術を詠唱、生み出した炎でクリシュナは中をあらため。皆でそこを確認した。
 夥しい数の白い球。それが意味するところは、皆には解り、吐き気が込み上げてくる。部屋の四隅、中央にあるのは石像‥‥否、翼がゆっくり羽ばたくのを見ると、邪気を振りまく者か。炎の鞭で、其々が得意とする魔法でそれを退ける。
「皆、早く来い!」
 エドの声が響く。妖精らの魅了の術をかけられているのか、追いかけてくる町の者はエドがグラビディキャノンで足止め、その衝撃波でなぎ倒した。脱出経路を調べていたクリシュナとエドの援護があって町の者達とそれ以上の事を構えるのは避けられた。
 魅了された町人。一部の者達は去る彼らを物言いたげに見つめ、だが引き止める事はなかった。

 ―――虚ろな繁栄の陰にあるのは、デスハートンによる白い球の精製所。情報を持ち帰るに留め、あの町を救うのを先延ばしにした皆は。砦で高位の魔物と接触した仲間達が、ある取引を受け入れる状況に陥り、その施設への不可侵の約定を結ばされたことを知るのは、無事帰還を果たした後の事だった。